TS吸血鬼眷属は百合の造花を咲かせたい   作:どや!俺の小説はプリティでエエやろ!

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眷属/2

 気がつけば、シアターに僕の秘密が映っていた。誰が見るんだよこんなもの。こんな、醜いものを。くだらない幻覚は誰のためのものかはわからないが、上映会に居るのは残念ながら僕一人だった。

 

 3年前のあの日。マンションのエレベーターのドアが開くと、僕の家の前に羽鳥柚華(はとりゆうか)が居た。

 羽鳥とは同じ小学校出身で、所謂幼馴染というやつだ。いや、だった。小学校中学年までは中々に仲がよかったと思うし、一緒に二人で放課後遊んだりも沢山した。親同士の繋がりも少なからずあった。

 だけど、小学校高学年辺りから羽鳥が可愛くなってきた。いや、元々可愛かったんだろうけど、羽鳥を可愛いと思ってしまった。僕の気恥ずかしいという感情が顔を出し、性別を理由に避け始めた。羽鳥からは依然として誘ってくれていたが、少しずつ遊ぶ頻度は減っていった。

 僕の羽鳥を見る目に女の子を見る目が混じり始めたことも、きっと羽鳥には伝わっていたと思う。羽鳥のことを異性としても好きになり始めていたけど、友情から恋心への変化を当時の僕は後ろめたくて良くないことだと捉えていたように思う。

 中学生になる頃には、僕と羽鳥の関係は希薄なものになっていた。当然だと思う。誰が好き好んで自分を避けるくせに変な目で見てくる相手と一緒に居たいと思うだろうか。

 そうして僕は仲のいい幼馴染を会ったらぎこちない挨拶を交わす程度の他人に追いやり、自業自得な初恋の失恋を味わった。

 

 羽鳥柚華は高校を一週間休んでいた。

 もう話をすることも殆どなかったけど、所謂「同中」なんて数は多くないし羽鳥が学校に来ていないことは心配していた。いや……うん。

 白状すると、失恋した癖してどんどん美人になっていく羽鳥を時たま目で追いかけてしまっていたから、勝手に気になっていた。もう他人なのに。

 

 玄関前で泣き腫らした目を擦りながらインターホンに手を伸ばしては躊躇して手を降ろす、という逡巡を繰り返していた羽鳥を目にしたときは、自分の目を疑った。

 明らかに普通じゃない状態の羽鳥を見て、なんで羽鳥が家の前に居るのかとか、なんでそんなに泣いてるのとか、とにかく気が動転した。なにより、幼い記憶の中にあるこんな状態の羽鳥を羽鳥の両親が放っておく訳がなくて、僕では解決できないなにか恐ろしいことが起きてるんじゃないかって怖くなった。

 

「え、と……は、羽鳥?」

 

 自分でも考えられないくらい小さな声を口から洩らして、ゆっくりと羽鳥に近づいていく。

 多分足もガクついていたし、振り返ればありえないくらいダサかったと思うけど、逃げなかったことだけは当時の僕を褒めてもいいかな、とも思う。

 

「あの、えと……え……?ど、どうしたの? 」

「……!……カ、カオル……」

 

 足音にすら気づかずにインターホンに手を伸ばす羽鳥。小声でも十分聞こえるような距離に近づいた僕に、ようやく羽鳥は気づいた。

 その日はたまたま学校を出るのが遅かったのも、今思えば運が良かったのかもしれないと思う。横から声をかけられると想定してなかったのか、大きく肩を跳ねさせて後退りながらこちらを向いた羽鳥の顔は、なにか重大なミスを犯したような、自分が否定されることに怯えているような歪みを訴えていた。

 

「……は、羽鳥柚華になんのようですか」

 

 目を強く瞑り、自分自身を抱きしめながらぽつりと溢れた羽鳥の言葉は、様子は、僕の頭の中を吹き飛ばすのに十分だった。

 赤ちゃんのほうが放っておいても生きていけるような弱い人間の姿を僕は知らなかった。

 お願いだから傷つけないでと懇願するような苦しみを見せつけられたことを僕は忘れられない。

 こんな、心のどこにもない言葉が口をつついて出てきてしまったことに、ひとりでに傷ついてしまった見開いた目を僕は記憶し続けると思う。

 

「あ、あの、ご、ごめんなさい」

 

 何に謝っているのかもわからないような酷い顔で壁に体を這わせるように歩き出した羽鳥の右腕を、僕は咄嗟に掴んだ。このまま何処かへ行ってしまうと、もう会えないんじゃないかって、死んでしまうんじゃないかって、そんな気がして。

 

「は、離して!離して!!」

「ち、ちょっと!」

 

 羽鳥は暴れた。女性の体から出ているとは思えない物凄い力だったのを覚えている。

 

「お願い、離して!羽鳥柚華になんのようですか!」

「離さない!どうしちゃったんだよ!」

「あなたとはなにも関係ないでしょ!」

 

 その時の僕は怒っていた。意味のわからない謎の文言もそうだし、何かを求めて僕の家の前まで来たくせに何も言ってくれないことにも怒っていた。

 本当にどうすればいいのかわからなかった。だから、聞くことにした。

 

「ユウがなにも言わないからわかんないんだよ!なんでここに来たんだよ!なにもない訳ないだろ!」

 

 いやまあ、聞くことにした、なんて独白が合わないことは認めよう。格好つけすぎた。

 マンションの住人に通報されなかったのが不思議なくらい酷い癇癪だった。泣いている女の子に寄り添う気持ちが一切ない、より大きな声を出したほうが勝ちとでも言うような叫びを上げたことを思い出させないでほしい。

 この瞬間を振り返るのなら、大声を上げた昔の僕を褒めたほうがいいのかもしれないけど。

 

「なんだよ!関係ないって言ってるんだから関係……え……?」

 

 癇癪に負けじと声を荒げようとした羽鳥の動きが止まった。信じられないものを見たような顔で呆然と立ち尽くし、小声でユウ、と反芻していたのを覚えている。

 

「え……ユウ、ユウ……今、ユウって……え?」

「……なんだよ」

 

 この時の僕は、こんがらがっていた。ちょっと小学生までのあだ名で呼んだだけで、こんなにおかしな反応(それまでも十二分におかしかったが)になると思っていなかったから、そんなにユウって言われたくなかったのかなって。

 いやいや、まさか。え、そんなに嫌い?ってぐるぐるとこの混沌の場に相応しくない能天気な悩みを捏ねくり回していた。仕方ない。混乱していたし、未だに好きだったからあだ名で呼ぶことを否定されたくなかったのだ。

 暫しの停滞の後、ユウ──羽鳥の顔がくしゃくしゃになって震えだした。

 

「ね、ねぇ……オ、オレのことが、わ、わかるの?」

「……どういうこと」

「だ、だから、その……ユ、ユウってわかるの?」

「ユウはユウでしょ。……え、やっぱり下の名前で呼ばれるの嫌だったり」

「じゃ、じゃなく、て!……えへへ、そう、そうかぁ……し、下の名前……」

 

 ずるずると鼻を鳴らしながらなにかを咀嚼するようにゆっくりと話して、笑みを溢す羽鳥。

 今まで聞いたことのない唐突なオレという一人称にはかなり驚いたけど、そんな小さなことを気にする状況ではないと僕は思った。友達だった頃は活発な子だったし、裏ではそう言ってたのかなくらいで処理した。

 記憶喪失とか、精神的ななにかそういうどうしようもない問題の可能性を感じながら、何がうまくいったのかわからないが話は聞けそうだと、そう思った。

 

「あの、さ……オ、オレのこと、わかるんだよね?」

「わかるって。もう、何回言えば……」

「オ、オレ……っ。うぅ〜……」

 

 へたり込むように力が抜ける羽鳥を支えてゆっくりと座らせる。服をぐいと引っ張るので、抱きしめてあげた。役得だ、なんて考える余裕は当然なかった。弱っているときは人肌恋しいものだと思うし、それに──

 

「だ、だれもオレが男だって覚えてなくて、それで、お、女になってるし、母ちゃんも柚華って、どうしたの柚華って、うぅ〜……」

 

 それどころではない爆弾が不法投棄されたから。

 

「大丈夫だよ。大丈夫。……う、ん。……大丈夫。僕は、覚えてるよ」

 

 無責任な言葉を投げたところまで映すなよ。ねえ、聞いてる?

 

 

 

 

 

 自虐的トラウマ映画の尺の大半は羽鳥柚華改め羽鳥悠(はとりゆう)との出会いの部分に捧げられていたのか、そこからは駆け足で流れていった。

 この世界から悠としての存在が消えていて、羽鳥柚華という別の存在の痕跡が残っていること。

誰も悠を覚えていないかもしれなかったこと。……いや、誰も悠を覚えていないこと。

 僕──満樹透(まんじゅとおる)が、羽鳥悠と小学校からの親友であり、この世界で唯一悠を覚えている──と、嘘をついたこと。

 これからは外では羽鳥悠を羽鳥柚華として扱うこと。羽鳥柚華として生きること。二人のときは悠として息抜きをすること──僕の知らない過去の話をされないように、新しい思い出を作ること。

 ユウは言い淀む箇所が幾つがあったが、そりゃあ言いづらいだろう。気にせず、言える範囲で構わないと映画の僕は告げていた。嘘をついてるその口で。

 

 どうして嘘をついたんだろう。どうして嘘をつき続けてるんだろうか。

 嘘をついたと言う機会は幾らでもあった。多少の罪悪感はあれど、嘘をつき通すなんてまず不可能なんだから清算すべきだった。

 今と同じく支えることだって。満樹薫と羽鳥悠として、新しく仲良くなって思い出を作ればいい。世界で独りだと知ったユウは深い悲しみに暮れるだろうけど、独りじゃないって伝えればいい。

 小学生時代の関係に異性としての要素が入らない世界の住人だというのなら、仲良くなれるに決まってる。現に今、全てを差っ引いても親友だろう。

 

 そこからの3年間は一瞬だった。幸せな時間など見せてやらないとでもいうように、数万倍に希釈されたユウの笑顔が薄っぺらく貼られて終わった。

 どうせなら僕はそこが見たかったのに、監督とは反りが合わないらしい。可愛いシーンが沢山あるのに。

気がつくと映画もエンドロールだ。尺の取り方にセンスのない低評価間違いなしの悪辣な映画は、客に疑問を残して終わる。

 

「なあ、なんで今も嘘をついてるんだ?」

 

 いつの間にか隣りに座っていた客が、好きな人の声と形で話しかける。

 映画の内容も悪ければ客層も悪いらしい。

 

「なあ、なんで今も嘘をついてるんだ?人の人生を動かすような嘘をついて、一体どうするつもりなんだこいつは」

 

 さあ、なんでかな。僕が知りたい。

 

「ていうかさ、僕は覚えてるよってやつ。なんであそこであんなこと言ったんだ?騙したかったのか?」

 

 そんな邪悪じゃないと思いたいけど。いや、邪悪なのだろうか?

 

「やっぱりさあ、オレが思うにこいつは、」

「「好きな女を支配したかったんじゃないか?」」

 

 二人目。両隣で話しかけてくるなら、僕を放って二人で話せよ。席なら譲る、エンドロールだし。

 

「本当にありがとう……!オレ、カオルが居てくれてすげー助かったよ!オレ、生きてたんだって、ちゃんと生きてたんだってさ!ありがとうカオル……!」

「こいつ、ありがとうって言われるたびにキモチよくなってんじゃねーのか?嘘ついてる相手なのに。ありえねー」

 

 一人ずつ増える誰か。声はユウ。

 そりゃあそうだろ。好きな人からありがとうって言われたいだろ。嘘は別。と、割り切れたらいいのにね。

 

「いっつも体をエロい目で見てるしよ。男の距離感つってさあ、なにいい思いしてるんだよ」

「はーやだやだ。これだから猿は。さるー!性欲お化け!」

 

 ここばっかりは否定したい。からかってきてるのはユウのほうでは?

 

「オレは男だって言ってるのに、いつまで好きを引きずってるんだ?」

「てか、好きなのは体だったってことか?おかしいだろ、中身は男だぜ?異常者が」

 

 あんまりそういうことは言わないほうがいいと思うけど。怒られます。

 

 沢山の言葉から耳を塞ぐ……ことは何故かできないので、素通りさせる。慣れたものだ。

 しかし、とにもかくにも律儀だ、僕。3年前にユウが女になったと、自己暗示をかけては夢に暴かれ続けている。悪夢を悪夢と認識して見るなんて、なんて偉いんだろう。

 起きたら寝汗が酷くて気分が悪い、程度のものにしてくれればいいのにしっかり呪いをかけてくる。脳は一体どういうお考えなのだろうか。

 

 知らない間にシアターが客で満席になっていた。きっと終わりも近いってことだろう。どうやらここから出れそうだ。

 出る前に折角なので自己採点を。映画の主役の僕は弱々しかったと思う。振り返ると、なんか昔に比べて図太くなったな。これも3年の成果か。未だにユウには振りまわされっぱなしだけど。

 映画だかなんだかの終わりはいつも同じ形だ。ある程度増えたら、みんなで揃ってはい終わり。いい加減飽きてきたけど、今日も聞いてあげることにする。沢山のバカたちが口を揃えてナイフを投げる。お陰でいつも血だらけだった。

 

 

 

 

 

「なあ、死にたい?」




初執筆にして既に承認欲求の化け物のため、評価してもらえると嬉しいです。
感想とかくると爆発します。
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