アラーム音が鳴り響く中、起き始めで瞼が重くて開かず、まだ意識がおぼつかない中、手探りで時計を見つけてスイッチを押した。部屋中に響かせていた音は一瞬にして納まり、意識も漸くはっきりとしてきた。
「んぅ……朝ごはん用意しないと」
普段ならばもう少し遅く寝ていたいが、近所にいる彼の分と今この自宅には泊まり込みの客がいるのでその分も用意しなければならないし、いつもより体を動かしたいのもある。
もそもそと布団から這い出てきた鳶色髪の少年──湊・マグナ・イールは寝間着を脱いで着慣れた動きやすい簡素なシャツとズボンに赤と黒のジャケットを羽織り、布団を畳んで台所へと向かう。
「うーん、どうしようかな……僕はともかく、一番の問題はあの子の口にあうかどうかがね……」
軍学校とはいえ一般男子生徒の朝ごはんは豪華以前に簡単なもので済ますので満足してもらえるのか少し不安はあるが、いつまでもこうして悩んでるわけにはいかない。
冷蔵庫から卵とベーコンを三人分、棚からはフライパンと油をそれぞれ取り出した。
「さて、と。始めますか」
上手く焼けた目玉焼きとベーコンをトーストに乗せ、氷を入れた麦茶とヨーグルトを添えた二人分の朝食を乗せたトレイを居間のテーブルに置き、練習用の木剣2本を携えて庭に出て、構えを取って素振りする。
振り下ろし、振り上げ、横薙ぎ、突き、逆手に持ち替えて一閃、上に飛び上がって勢いよく振り下ろし、などの動きを虚空に向かって振り続けて体が温まってきた所で本命へと移る。
イメージする仮想相手は海の赴いた時に遭遇した2体のうち一体の
地面を蹴り、勢いよく駆け出す。
一直線に疾走する湊に御使いは槌矛を凄まじい勢いで投擲。当たれば貧弱な人の体なんぞ簡単に押しつぶされて挽肉にするであろうその鋼鉄の矢を当たる寸前にステップして回避し、足を止めずに距離を縮めていくが、問題はここからだ。標的から避けられて空中を飛翔する槌矛が分解され、12本の細身の錫杖へと姿を変えた。錫杖たちは無防備な湊の背中を狙ってマシンガンの弾丸の如く襲い掛かる。狙うのは頭部、両腕部、両脚部、心臓で錫杖の半分は使われると推測、後は避けられた際の追撃か足止めに使用と思われる。
海で見た時で飛来していた速度であれば全神経を集中し、後は危機を感知する勘で恐らくは避けられると推定して、錫杖を槌矛の時の様に当たる直前でステップで全て回避。
そして遂に得物抜きの御使いと接敵。手には超重量の武具は持っていなくとも、それを扱える規格外の膂力は健在。拳を握りしめて向こうからも突進してくる。身体能力の差では明らかに御使いが断然に分があるが、一つそれをいなせる点が存在した。
この機神は戦場から回収状態のままであるため、肩や肘などの関節部は人工皮は剥がれて内部の金属は露出していることから、幽幻種との戦闘で大破し行動不能の状態で魔笛に汚染されていたためにいくら加護が残ったままとはいえ無理やり動かしている事には変わりない。故に通常よりも姿勢バランスはかなりズレがでてくる。
実際に対峙した際、自分に向かって一歩踏みしめた時点で脚部からバチバチッ! とスパークを発生していた事で確信を持って回避できた。
今回も同じように身を少し屈んで御使いの振り上げようとしている高く掲げた右腕の真下をくぐり抜けて背後を取った。
無防備な身を晒した御使いの破損部分目掛けて双剣を振り下ろし──
「へえ、結構いい動きするじゃない」
刃を当てる直前、自身に掛けられた声に反応したその動きを止め、そのまま力を抜いて仮想での機神戦をやめて声の主の方へ振り返る。
居間と庭を隔てる開けられた戸の前に立っていたのは、まるで童話の中にいる妖精がそのまま現実へと出てきたかのような可憐で儚げな少女──紗砂・エンデンス・凛・ケールであった。
朝日に照らされて七色に色味を変える水鏡色の髪。憂いと儚さを持った大粒の眼は瑠璃色に輝かせ、その身は白磁のように白い肌。それらが相まって、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
まだ年齢は14歳でありながらその実、世界三大国の一つである『エルマリア神教界』で伝説の人として扱われ、今幽幻種によって脅かされている世界を守ろうと奔走している聖女であった。
「まあ、これぐらいしないと幽幻種相手に接近戦なんてできないからね。おはよう、紗砂。よく眠れた?」
持っていた木剣を塀に立てかけ、戸へと足を運びながら昨夜に彼女に用意した布団は大丈夫であったのか確認した。
「思っていたよりは寝心地はよかったわ。まさか東洋の寝具を体験するとは思わなかったけど」
「ウチの家族が今住んでるの、東洋の人たちが住んでるエリアだったからね。仕送りが来る時は東洋関連の奴結構届くからね。そういえば、あと少しで次の仕送りがくる時期だったかな……。あ、すぐに手と顔洗ってくるからそこに座ってまってて」
「さっさと済ませなさいよー。私お腹空いてるんだから」
紗砂と雑談しながら居間へ上がり、彼女にはテーブルの前で待機するように言い、それに対して遠慮のない砕けた返答を背中越しに受け止めながら洗面所へと駆け足気味で向かう。
「「ご馳走様でした」」
朝食を用意する際に生じた、彼女の口に合うかどうかの不安はどうやら杞憂だったようだ。トーストに関してはウチの料理担当より美味いんじゃないという予想外の発言まで出てきた。ベーコンと目玉焼きの焼き方を教えてくれた
「よかったよかった。普段何を食べてるか聞いてなかったから朝ごはんいつものようなので大丈夫か不安だったけど、安心した」
「私は食事に文句は付けないわよ。こうしてしっかりと用意されたものに不味いだなんていう輩の神経が疑うわ。それに……イリスのに比べたら雲泥の差よ」
「あはははは……それはまあ、さすがにあれと比べられたらね……」
食べ終わった食器を載せたトレイを回収して台所で洗いながら湊の呟きに答えた紗砂は最後、顔をしかめたのち若干震えながら発言した。
それを聞いた湊は、苦笑しながら友人の家にいる家政婦ロボの戦略級兵器並みの料理の出来なさに関しては否定しなかった。
「それで、この後凪の家に行くっていうのは聞いたけど、その後どうするの?」
「それについてはあの駄犬の家で言うわ。あんたも今日予定がないなら付き合いなさい」
追加で入れ直した麦茶をちびちびと飲んでいた彼女はそう返事を返した後は、居間に設置してあるテレビの番組へと意識を戻していた。
洗い終わった食器を拭いて食器棚にしまいながら、湊はテレビを食い入るように見ている彼女を見て、彼女は朝から晩まで修行していたと言っていたのを思い出した。
布団の件といいテレビといい、彼女にとっては初めて体験することであったのであろう。そう考えた湊は紗砂の境遇と立場に表現しがたい憤りと疑問が浮かび上がった。
会って間もないとはいえ、その修行の日々が辛いというのはある程度察せれるが、何故そこまでして世界を守りたいという意思を貫ける理由はなんなんだろうか、と。
気になりはするが、聞くとしても今ではないだろう。それはもう少し彼女がどういう子であるかある程度知った後に踏み込むべき話題だ。
疑問を自身の内へと飲み込みながら湊は冷蔵庫にいれていたお裾分け用の食べ物を収納してあるタッパーを取り出した。
「「…………」」
必要なものをバッグに詰め終わらせて、紗砂と共にいざ友人の家へと来た、まではよかった。玄関前の扉越しからでも聞こえてくるパリーン! やドゴォン! などの破壊音が聞こえてきて、ああまたか……と思いながら事前に持たされていた合鍵を使って中に入って2人がみたものは。
壁に大穴、床には割れた花瓶や皿などが散乱したダイニングに下着姿になった銀髪の美少女と迷彩柄のシャツを着た少年が揉み合っているという、知らない人から見れば、どこからどう見ても事案にしか見えない悲惨な光景であった。
その光景を捉えた湊は大きくため息を吐きながら、ことの元凶たる銀髪の美少女──イリスへと視線を向ける。
活発そうな大きな瞳に形のいい唇に艶やかな長いまつげ、そこにうっすらと赤みがある頬をした、愛らしくもどこか儚げな、理想的な容姿をしているこの家の家政婦の女の子であるが、彼女は人間ではなく人型機械体である。しかも彼女は人類の最終兵器である機神を超えた存在──不完全神性機関であるのだ。
そしてその主が迷彩柄のシャツを来た少年──凪・一咲・ジール。不完全神性機関になる以前に幽幻種との戦闘で破損し廃棄場で眠っていた彼女を拾って自力で修復し、自身の家政婦ロボとした技術力の高い友人である。とはいえ本人曰く良質な家政婦AIを組みこんだにも関わらず家事が全く上達しないという悲しみがあり、それがこの酷い光景を生み出してしまっていた。
と、自分たちが見ていることに気付いたのか、件の2人がこちらへと視線を向けた。美少女の方は目をキラキラさせ、少年の方は冷や汗たっぷりで青白い顔という見事に真逆の反応をしていた。
「……お楽しみのところ、邪魔して悪かったわね駄犬」
「……えーと、凪? 今日の朝ごはん入ってるタッパー、ここに置いておくから後はイリスちゃんとごゆっくり……」
半目で見ながら紗砂は吐き捨てるように呟いてから回れ右して玄関へと行き、湊も苦笑しながらも彼へ渡す朝ご飯入りのタッパーを床に置いて彼女に続いて家から出て行こうとした、が
「ちょっと待てぇ!! これは誤解だぁぁぁぁぁぁ!!」
「紗砂ちゃん! さっそく遊びにきてくれたんですね!」
これまた主従揃って互いに真逆の反応を出してきたのであった。
こうして、人類の最終兵器たる人型機械体の少女、聖女、少年たちの奇妙な組み合わせによる夏休みは幕を開けた。
光に当たる事により、ゲーミングのように髪色を変化させる本作の聖女系ヒロイン、紗砂・エンデンス・凛・ケールをよろしくお願いします。