裸に憧れている主人公新吾は、ある日メイドであるアンジェからいかにも怪しげな『モテ薬』をもらう。それを飲んだ瞬間、世界が変わり、新吾は原初の姿へと還っていった・・・・・・
C81頒布『茶柱エクストリーム』同人誌「ましろの季節」掲載作品。

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裸だったら何が悪い!~新吾~

 人は裸で生まれてくる。しかし、人間には残念ながら羞恥心というものがある。それ故毎日服を着る。もちろん、体の防御や温度調整など、そういう機能的な役割を考えてのことかもしれない。しかし、中には裸でいたい、所謂「ヌーディスト」という方々も存在する。今回は、裸に憧れている1人の青年について、密着取材を試みた。

 

 果たしてそれが起こったのはいつの頃だったか。確かマフラーを首に巻いた記憶があるから、恐らく冬ごろだろう。俺はどんな気を起こしたのか、何故かショッピングモールを練り歩いていた。

 性懲りも無しに衣服や雑貨を見て回る。最近インテリア雑貨として「TENGA」というものが流行っているらしい。噂によるとランプらしいのだが、詳細は良く分からない。試しに買ってみるか。あと目ぼしいものは、あ、そろそろ桜乃の誕生日だ。何か買ってあげないと……

 そう思いついた時、目の前に見覚えのある服装のメイドが立ちはだかっていた。

「あら~新吾さん!奇遇ですね~」

ワザとらしいウザボイス。誰かに仕えたいのを願うなら、まずはその声を何とかしろ!おせっかいは焼けば焼く程良いとは限らないんだぞ。

「おお、奇遇。なにしてるの?」

「なにって、お買い物に決まってるじゃないですかぁ~」

アンジェはこちらに見せつけるように、お買い物籠を揺らす。

「へー」

「へー、って、何ですかそのリアクション!」

まあ、メイドなら買い物位当たり前にするんじゃないのか?

 そんな良く分からない会話を長々としていた。

 

 買い物も終わり、商店街に戻る。辺りは既に暗闇に包まれ、店舗とアーケードの光が宝石のように輝いている。レンガで敷き詰められた道路には、無数の乾いた靴音が所構わず宙を舞っていた。

「で、なんで付いてくるんだ?」

 買い物が終わり、用事が済んだハズのアンジェが何故か俺に付いてくる。別に思い当たる節は無いが。

「実は、渡したいものがありまして……」

 そう言って、アンジェは徐にメイド服の脇ポケットから、何やらアヤシイ、白と黒に彩られた錠剤を取り出した。

「これは、何?」

「新吾さん知らないんですかぁ~。これが噂の『モテ薬』ですよ!」

 そういえば、一昨日あたりの特番で、ハリウッドで大人気の薬が有るとか無いとか、紹介されていたっけ。ただ、一粒の値段が軽く高級車が買える位だったような。アンジェ、一体こいつを何処から手に入れて来たんだ?

「あ、ああ、一応は知ってるが、コレ、メチャメチャ高いんだろ?」

「そんなはずないですよぉ。普通にあかひげ薬局で安く売ってましたよ」

何?あかひげ薬局?精力増強マムシドリンクとか、いわゆる男のプライドを維持する薬品を販売する、そういう店だ。……いや、『モテ薬』とか言ってる位だから、あかひげ薬局で売っていても不思議ではないのか。

「本当か?」

「アンジェ、嘘だけはつきません!さあさあ、飲んでみて下さい!明日から新吾さんモテモテです!」

アンジェが信じてくれとばかりに、俺に詰め寄る。

「分かった分かった。有り難く頂戴するよ」

アンジェはその言葉を聞いた瞬間、鬼の首を取ったかのようにニンマリとした笑顔を浮かべ、俺の手のひらに先程の錠剤を乗せ、その場をそそくさと立ち去った。一体、この薬にどれだけの効用があるのか、実は俺も気になるところだった。早速家に帰り、試してみるか。

 

 家に帰り、スーパーで買った食材を使って、適当な料理を作る。今日は、回鍋肉かな。

 「おいしい」

 桜乃はとろけるような笑顔で、その味に陶酔していた。

 「お兄ちゃんの料理、いつもおいしい」

 朴訥ながら、その思いやりは痛いほど伝わる。やはり長い間二人で暮らしてきたからだろうか、双子でもないのに、相手の気持ちが覗き見るようにわかるのだ。もしかしたら、俺の思いこみかもしれないが。

 「お兄ちゃん、お風呂先入る?」

 「桜乃が先でいいよ」

 「分かった」

 妹に一番風呂を譲るのは当たり前だろう。ただ、今日は少し目的が違った。そう、アノ薬を試す時が来たのだ。

 先程貰った薬はジーンズのポケットに入れていたので、まずはそれを取り出す。そして、ガラスのコップに水道水を満たす。ここまで来たら後には退けない。

 薬を口に放り込んだ。急いで、水を口に含み、飲み込む。

 ……何も異常は起きない。

 やはりアンジェに騙されたのか。まあ、金取られなかっただけまだ良心的かな。そう思っていた次の瞬間、強烈な眠気が襲ってきた。もうその場には立っていられない程の、全身に力が全く入らない程の、すさまじい眠気。だめだ、もう、げん、か、い……

 俺はリビングのソファに倒れ込み、そのまま深い眠りに落ちた。

 

 翌朝。気が付くと、俺の部屋のベッドに横になっていた。もしかして、桜乃が二階まで運んでくれたのか。迷惑を掛けてしまった。謝らなければ。

「おはよう」

「お、おはよう」

桜乃が、アノいつも冷静な桜乃が、どもった。何故だ。

「昨日は、ありがとう」

「ううん、気にしないで、私が、し、して……」

一体どうしたというのだ、さっきから様子がオカシイ。

「どうした?今日の桜乃、いつもと違うぞ」

「別に、か、変わらないよ」

「どうした?遠慮しないで言ってみてよ」

「なんでもないって言ってるでしょ」

 突然、桜乃が憤慨し、自分の部屋へ戻ってしまった。やはり昨日のソファで寝てしまった件が原因なのか。それが原因ならばいつもの桜乃なら笑って許す。いくらなんでもそこまで怒らなくてもいいのに。

 腑に落ちないが、桜乃のご機嫌を取り戻さねば。

 

 二階へ上り、桜乃の部屋のドアをノックする。

「入るぞ」

桜乃からの返答は無い。まだ拗ねてるのか。

鍵は開いたままだ。ええい、ままよ。ドアノブを掴み、ゆっくり捻る。

桜乃はベッドに頭からスッポリ毛布を被って丸くなっていた。

「さっきは、ごめん」

 桜乃は、ひょっこり毛布から頭を出す。

「ううん。私が悪かった」

 桜乃は、気持ちに踏ん切りがついたのか、毛布から突然飛び出て、部屋にある鏡を指さす。

「ねえ、今、お兄ちゃんの恰好、自分でどう思う?」

どう思う、って言われても、パジャマだ。普通のパジャマ。青と白のストライプが特徴のしまむらでも売ってる極々普通のパジャマだ。

「いや……、別に、普通だけど」

「そ、そう、なんだ、へぇ」

 桜乃は苦笑いし、そのままベッドに逆戻りした。

「そんなにファッションセンス無いかな」

別にパジャマにファッションセンスもへったくれも無いだろうと思いつつ、自分の部屋へ帰還する。

 

 部屋に戻り、ふて腐れて暫くベッドでダラダラしていると、アンジェから携帯電話にメールが届いた。

『今日、公園で遊びませんか?』

 なんと幼稚なメール。せめて遊園地とかだろ。まあ、貧乏アンジェには公園がお似合いだ。パンダに跨って優越感感じてるかも。

 生憎休日の予定はスッカラカンだったので、何もしないよりはアンジェと遊ぶ方がマシだと思い、了承の返信を送り、そのまま家を出た。

 

 アンジェ曰く、近くの公園で待ち合わせとのことだ。『近くの公園』ってここ位しかないよな。何たるアバウト。

「お待たせしましたぁ~」

 間の抜けたアンジェボイスが、公園で待ち惚けていた俺の心に針を刺すように突き刺さる。

「まったく、アンジェ、場所位ちゃんと指定しろよな……」

「し、新吾さ、ん、そ、そ、その恰好、ど、ど、どうなされたのですかぁ~」

アンジェが目標物に向けて突進するイノシシの如く、俺に駆け寄る。

「いや、休日だし、パジャマでいいかな、って」

「ぱじゃま?何言ってるんですか。新吾さん、何も着てないじゃないですか!!」

何も着てない?何寝惚けたこと言ってるんだ?さっき桜乃の部屋で確認した時は、確かにパジャマを着ていた。確かにこの目で確認した、ハズだ。だが、良く考えてみろ。今朝の桜乃の反応は、おかしかった。……まさか、あの時から、桜乃に裸を見せつけていたのか?

「アンジェ、落ち着いてくれ。俺が裸で出歩くような、変態さんではないことを、知ってるよな?」

「はい。みんながうらやむような、完璧さんです」

「だろ。な、悪い冗談は、ここまでにして、パンダに跨ろう」

「だ、だ、だ、だめでしゅぅ。新吾さんの、お、お、ごーるでんえくすぱーとまぐなむで、パンダさんがタジタジになっちゃいますよぉ」

 アンジェの顔がみるみるうちに紅潮してきている。

「な、何言ってやがる、って、えー!」

 何ということでしょう。俺の体が、ボディペインティングしていないにもかかわらず、全身金色に輝いているではありませんか。

「な、な、な」

 休日で、遊びに来た子供たち、散歩ついでにやってきた主婦の皆様、果てはゲートボールか無駄話でもしに来たおじい様おばあ様まで、幅広いジャンルの方々が、太陽に照らされた俺のファベラスマックスなボディに、いや、黄金伝説に、もはや一点の曇りも無く凝視している。

「け、警察を呼べ!変質者だ!」

 そういうのに過敏な主婦が、そそくさと携帯電話を取出し、何やら話始めた。

 ああ、俺の人生、これでおしまいか。

「ま、待ってください!」

 もう臭い飯のことで頭がいっぱいになっていた俺の頭に、一筋の光。そう、当事者のアンジェだ。

「これは、私がいけないんです。新吾さんに、教師ビンビン物語になってもらおうと、今話題の、『フルボディマックス』を差し上げたのです。御覧の通り、本人は、気が付くまで、ずっとモテ薬だと勘違いして、裸になってまで、私にアピールしてくれた。けど、それはそれ。副作用として、本来眠っているはずの本能に目覚めてしまう。そのせいなんです」

 フォローしてくれるのかなと思ったら、御覧の有様。『薬の副作用』 だと?ふざけるな!俺は、本能的に裸になるような、そんな江頭2:50みたいな人間では決して無い!

「待て待て待てぃ!副作用で裸になる訳無いだろ!ってかそもそもアンタがくれた薬だろ!……まさか、最初から知ってて俺をはめたな?」

「ちちち、違います!この薬の効能は、モテる体にしてくれる代わりに、使用者本人の内に秘めた願望・欲求を、理性を騙してまで遂行する、そういうものなのです」

「だったら、そういうことは先に言ってくれよ!もう手遅れだ」

 光輝いている俺の裸。これが俺の内に秘めた願望。そうだったのか、これが、俺の『もう一つの人格(ペルソナ)』……。だったら、受け入れることから始めなければ。

「分かった。アンジェ、ありがとう」

 昔から、筋骨隆々な父に憧れていた。本当に物心つく前だったけれど、父が良く風呂上りに見せてくれた裸が、今でも印象に残っている。いつかあんな美しい芸術的な裸を見せられたらいいな。子供ながらに、そう思っていた。それ以来、俺は毎日、寝る間を惜しんで筋肉に磨きをかけることにした。しかし、体つきの問題で、父のように逞しい筋肉が着くことは無かった。それ以来、その記憶は胸にしまっていたハズだったのに。

「そうか、そうなのか。これが本来の俺」

 これが俺の生きがい。これが俺の生きる意味。これが俺の存在価値!

 そう考えると、俺の今までの生活は『服』によって拘束されていたのか。そう、人間の本来の欲求を抑え込むために、人間は自ら『服』を纏うようになった。俺はその拘束具から、今日この日から解放され、本来の人間の有るべき姿へと還るのだ。

「さあ、括目せよ!これが人間だ!人間は常に裸だ!裸だったら何が悪い!」

 その決意に呼応するかの如く、俺の体は更に輝きを増し、辺りをましろ色に変えていく。

「ま、眩しいです、新吾さん」

 光に呼び集められる虫たちの様に、周りにいた人々が、俺に近づいてくる。

「これが伝説の『シンゴ―』」

「『シンゴ―』だ!」

シンゴ!シンゴ!シンゴ!シンゴ!シンゴ!

公園にいる人々のボルテージがマックスに到達し、ついに、服を脱ぎだした。

「これだ!俺が求めていた世界は!」

 一人の青年は、狂ったように、地面に頭を打ち付け、

「私、なんで気づかなかったんだろう。これが人間!人間なのよ!」

 一人のアンジェは、猛り狂った煩悩を開放し、エデンの園への帰還を果たした。

 これが理想。これが、この公園が、今人間が人間でいられる場所。俺は夢を果たしたんだ。父さん、見てくれ!これが、俺だ。

 

 公園にいた全員が裸の恍惚に陶酔していた、そんな時。

「警察だ!服を着ろ!」

あの主婦が呼んだ警察が遂に公園に到着した。みんなアへ顔になっている。まるでヤク中の集会だ。

「お前ら、何キメたんだ?大麻か?マリファナか?」

「俺らは、『人間』に戻っただけだ!裸で何が悪い!」

 自然と俺の口はそう動いていた。

「お前が首謀者か?そうなんだな?」

「そうだ!皆が裸になりたい、そう思っていたのを、俺は、その欲求を開放させてあげただけのことだ!」

「さっきから、口を開けば、裸、裸、裸!お前夢でも見てるんだろ?」

 夢じゃない。今ここに広がっている風景は、人間の理想郷。裸の人間。みんなが願っていた。

「何言ってるんだ。裸なのはお前だけだろう?」

 冷静になり辺りを見渡す。

 そこに、本当に広がっていたのは、俺という一つの『事件』に群がっていた、ただの野次馬達。服を着ている一般人だった。

「そんな、バカな」

「バカなのはお前だ。ほら、さっさと来い」

 俺の手首に手錠が繋がれ、そのままパトカーへと連れ去られていった。

 それを横目でアンジェはほくそ笑んでいた。

『馬鹿な奴』

 そう口走っていたに違いない。

 

 

〈終わり〉

 



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