乙女になった雛菜ちゃん。   作:バナハロ

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プロローグ
カッコイイ男の子なんていない。


 それは、激しく雨が降っている夕方の事だった。夏休みが明けた秋空を覆う予報外れの雨雲は、鬱陶しいほどの音を立てて大量の水溜りを地面に作っていく。

 見事に降られた市川雛菜は、カバンを頭の上に上げて駅近くにある色んなお店が並んでいる建物の、屋根があるけど外に当たる下に逃げ込んだ。

 

「も〜、最悪〜……」

 

 鞄を傘にしたところで、ずぶ濡れであることは変わらない。髪はともかく、まだ夏服のスカートやシャツ、靴下がぐしょ濡れである。お気に入りの私服で来たのは失敗だったのかもしれない。

 ホント、真夏の雨は良いことがない。涼しい? それはない。蒸し蒸しと暑いのにぐしょ濡れになるとか最悪だ。

 いつも連んでいるメンバーが一緒ならともかく、一人で濡れるのは何も楽しくないし嫌だ。

 そう……今日は、一人だった。今日のノクチルは個人の現場になってしまった上に、雛菜だけレッスンの日……だから「しあわせ」では無かった。

 その上、この雨である。まぁ……明日、学校で好きな方の先輩の浅倉透に慰めてもらって、好きじゃない方の先輩の樋口円香にウザ絡みして、可愛い同輩の小糸にツッコミを入れてもらおう……そんな割と身勝手な事を平気で考えながら、とりあえずスカートの裾を絞って水を出している時だった。

 

「あの……これ、使われますか?」

「え〜?」

 

 顔を上げると、思わず一瞬だけ目を見開いてしまった。立っていたのは、透のように透き通るような瞳と、その目の下にある円香のような泣き黒子、そして小糸のように少しだけウェーブが掛かった毛先の髪をフードの横からはみ出させた男の人が、自分にタオルを差し出してくれていた。

 口元はマスクで隠されていて、髪型もはみ出ている黒い毛先以外はフードに隠されている。

 ……カッコ良い、とオーラだけ見て強く思い、少し頬が赤く染まる。透と似て異なる空気に、一目惚れに近い感想が漏れそうになったが、すぐに理性が追い付いた。一目惚れ、なんてそんなベタなことがあってたまるか、と言わんばかりだ。

 

「誰〜?」

「あ……し、失礼しました……。そこのゲーセンの店員なのですが、ちょっと目についてしまったので……」

 

 そう言う店員が指差す先にあるのは、小さなゲームセンター。そんなに騒がしくなく、人通りも少ない場所だ。

 

「借りちゃって良いんですか〜?」

「き、気になさらないで下さい……。少し前にやってた、一番くじの景品の余りをうちで再利用してるだけなんで……」

「じゃあ〜……お借りしますね〜?」

「は、はい……ただ、差し上げた、と勘違いされては困るので……」

 

 と、言いながら、男の人はマスクで覆われた口元に人差し指を立てて運び、静かに告げた。

 

「お返ししていただく時は、なるべく他の人に見られないように、よろしくお願いしますね」

「ーっ……」

 

 濃い緑のフードと、その下のサンバイザー、濃いグレーのマスク……それらの隙間から放たれる聖属性のオーラの爆風を、雛菜はさらに正面からまともに受けてしまった。

 この人……ヤバい。光のバーゲンセールだろうか? 何がヤバいって、オーラと優しさのバーゲンセール。これで落とされない女はマゾ以外いないだろう、と思ってしまう程だ。

 だが、と雛菜は強く粘る。自分には透がいる。いくらカッコ良い男の人がいても、透には勝てない。

 だから堪えた。

 

「わ、分かりました〜」

「雨、通り雨みたいなんで、15分もあれば止むと思いますし、暇だったら遊んでいってください」

 

 ほら見ろ、と雛菜は思った。結局の所、顔面の良さを活かした営業に過ぎない。というか、自分の顔の良さを自覚している男は生理的に受け付けない……まぁ、店長に言われてきた可能性も否めないが。

 何にしても、自爆してくれたおかげで少し落ち着いてきた……と、いまだに少し高鳴っている胸を落ち着かせつつ「では」と微笑んで店の入り口に入っていく背中を見た直後、雛菜は再び目を見開き、頬を赤くする。

 あれだけクールな真似をしておいて、そしてそれだけクールなファッションに身を包んでおいて……その濃い緑のパーカーの背中には……ユアクマの絵がスタイリッシュに描かれていた。

 あれは……S○GAコラボの際、ゲームセンターのUFOキャッチャー限定で今もあるユアクマのパーカー……そして、雛菜が獲得出来ていない景品。

 つまり……あの男の人、あれだけの真似をしておきながら、ユアクマが好き? と、理解した時には遅かった。

 

「っ……」

 

 雛菜の心臓は再び加速し、激しい動悸に見舞われる。今度こそまずいかも、なんて勘繰る余裕さえない。

 まさかのギャップ……そして、趣味の良さによる最大瞬間風速に乗って放たれた一本の矢は、完璧に雛菜の胸を穿った。

 

「……っ〜〜〜!」

 

 とにかくまずい、ここにいたらダメだ、なんてあまりの衝撃に、雛菜は思わず雨の中、タオルを頭に巻いて走り出してしまった。

 

 ×××

 

 翌日、学校に到着した福丸小糸の目にまず入ったのは、市川雛菜だった。なんか、席でずっとコンパクトなサイズの手鏡を見ながら顔をチェックしていると思ったら、少しリップを唇に塗り始め、前髪を上げておそらくニキビが出来ていないかチェックをし、そしてその後に前髪を整えるようにいじっている。

 その様子を眺めながら、小糸は少し眉間に皺を寄せつつ声をかけた。

 

「ひ、雛菜ちゃん……?」

「っ、こ、小糸ちゃん、かぁ……」

「ど、どうしたの?」

「う、ううん。何でもないよ〜」

 

 少し様子がおかしい……気がするけど、何かあったのだろうか? 

 

「な、何か……悩んでるの?」

「そ、そんなことないよ〜? 雛菜、悩みなんてないから〜」

「あ、アイドルの事?」

「全然、違うよ〜?」

 

 違う……となると、他に考えられるのは。

 

「円香ちゃんと……け、喧嘩でもした……?」

「してないよ〜? ホントに何でもないから〜」

「そ、そっか……」

 

 人の嘘を見破る訓練を受けていない小糸でも、嘘を言っているわけではないのはよくわかった。

 まぁ、何でもないなら良かった。何でもない、と言われていたのにしつこく問い詰められていたので、和ませるためにもとりあえず冗談めかすように言った。

 

「な、なら良かった……てっきり、初恋でもしたのかなって思っちゃっ……」

「……」

「え?」

 

 な、なんだろう、その真っ赤な顔……と、少しだけ狼狽える。顔を赤くしたまま、俯いて目の焦点が少し合わなくなっている。

 冗談のつもりだったのに……なんか、図星をついてしまったかのような……。

 

「……ほ、ホントに?」

「っ、ち、違うよ〜? も、も〜小糸ちゃん意地悪〜」

 

 あ、これは分かる。嘘ついてる顔……というより、態度だ。しかし、雛菜が惚れる男の人なんて……。

 

「き、昨日もしかして……プロデューサーさんと、何かあったの……?」

「あは〜、怒るよ〜?」

「ぴえっ⁉︎ ご、ごめんなさい……⁉︎」

 

 全然違った! ……え、じゃあ、誰に対してそんな劣情を……? と、小糸は眉間に皺を寄せる。

 まさか……運命の出会いのようなものがあったというのだろうか? 昨日の短い時間の間で? 

 

「ど、どこかのモデルさんとか……男優さん?」

「……まぁ、小糸ちゃんにならいっか〜。でも……円香先輩と、透先輩には内緒だよ〜?」

「う、うん……え、てことは、ホントにモデルさん⁉︎」

「うん、少し聞いてね〜?」

「ぴ、ぴえ……」

 

 あ、ちょっと怒った、と小糸は冷や汗をかく。やはり、ノクチルの中で本気で怒ると一番怖いのは雛菜だろう……と、思ったのだが、その雛菜が頬を赤らめて、少し目を逸らしながら頬をポリポリと掻きつつ呟くように話し始める様子は、むしろ可愛らしいものだった。

 

「昨日ね〜……その、雨が急に降ったでしょ〜?」

「あ、う、うん……大変だったよ……外で撮影してた私は……」

「お疲れ様〜。それでね、その〜……雨宿りに使ってたゲーセンの前でね、店員の男の人が〜タオル貸してくれて〜……その人が、その〜……透先輩くらいカッコ良くて〜……」

「え、ええ……⁉︎」

 

 その褒め言葉……雛菜の中でもおそらく最上級のものだろう。そこまで言わせる男の人……一体、どんな人なのか? 

 

「それにね〜、その人……ユアクマちゃんが好きみたいで〜、まだ雛菜がゲットしてないゲーセンのユアクマちゃんパーカーを持ってて〜」

「そ、そうなんだ……」

「今日、その人のところにタオル返しに行くんだ〜。昨日のうちに、洗って乾燥機かけて、今日また持って行けるようにしたから〜」

 

 な、なるほど……と、小糸は理解する。要するに……好きな人に一刻も早くまた会いたい……ということだろうか? なんか……本当に乙女の顔をしている。

 でも、それなら自分は応援してあげないと。

 

「ひ、雛菜ちゃん……私、応援するからね……!」

「あは〜、ありがと〜」

 

 そんな呑気な話をしながら、二人でその人の話をした。

 

 ×××

 

 とんでもないことになった、と、その二人の二つ後ろの席の少女は頭を抱える。

 少女の名前は、浅沼緋影。ボッチだ。入学初日の朝、飼っている犬の散歩をしていたら、リードが外れて犬と逸れ、探し回っている間に入学式が終わってしまい、翌日にはヤンキーの烙印を押された少女である。

 目つきは悪いわけではないが、クリアな瞳の割に少しだけ細目で人によっては目つきが悪く見えるし、背も163センチと高校一年生の女子にしては高めな事もあって、未だに一部から怖がられている。

 夏休みもずっとバイトだけしていて誰かと遊ぶこともなかったし、強いて上げるならゲームの中だけ……つまり、もう暗い青春が始まってしまっていた。

 けど、ボッチなのは今に始まった事ではない。中学の頃からネットの世界にしか友達はいなかったし、高校に上がってから「友達欲しいな」とは思っても行動には移さなかったのだから仕方ない。

 そんな卑屈な環境に慣れつつある少女にも、悩みがあった。それが、二つ前の席で盛り上がっている可愛い女子二人である。

 

「……まさか、市川さんだったとは……」

 

 ゲーセンの店員は、男の人ではなく女の子だった。

 市川雛菜については、緋影もよく知っている。ノクチル……最近デビューしたアイドルユニット。この高校にいる四人の幼馴染が283事務所という芸能事務所によって一つのユニットとなった……らしい。まぁ詳しくは知らない。アイドルに興味はないから。

 問題なのは……アイドルの子が惚れた相手が、よりにもよってインキャとかボッチ云々以前に女である自分であるということだ。

 もし、バレたら……いじめが始まってもおかしくない……! 

 もう入学してから何事もなくここまできた以上、今後も可能な限り何事もなく行きたいのだ。

 だから……まぁ、バイト先に来た時も、なるべくなら他の人に対応を任せたほうが良いかも……と、思う反面「今からでも友達を作るチャンスなのかな……」と、チラリと前にいる二人を見た。

 

「ち、ちなみに……アイドルだって気づいてる様子は……?」

「なかったよ〜? あったら、お店に色紙飾るからサインちょうだい〜とか、言われると思うし〜」

「じゃ、じゃあ……ほんとにお客さまでもなかった雛菜ちゃんに気を利かせてくれた、良い人なのかもしれないね……!」

「あは〜、そうだよ〜」

 

 だめだ、気まずい。席を立ってしまった。

 そもそも、そんなんじゃない。たまたま目に入った可愛い子が困っていたから手を貸したいと思っただけだ。どこかで見たような気はしたが、まさかクラスメートのアイドルだとは夢にも思わなかったし、店の売り上げに貢献出来るかも、或いは常連を作ってそこから友達が出来るかも、なんて思っただけだ。

 ……まるで、自分がナンパに成功をしてしまったような罪悪感に駆られ、思わず逃げ出しまった。ちなみに、ユアクマちゃんは普通に好きなだけである。

 目立たないように歩いて教室を出た直後だった。どんっ、と誰かとぶつかって尻餅をついてしまう。

 

「いてっ……」

「あ、ごめん」

 

 誰……と、うっすらと目を開けると、立っていたのは、綺麗な瞳にグレーのサラサラヘアー……市川雛菜の話を立ち聞きしてしまったからか、スッと顔と名前が一致した。浅倉透だ。

 

「っ、ご、ごめんなさっ……や、すみませんっ……!」

「? いや、ごめんで済むでしょ。ぶつかっただけだし」

「???」

 

 何の話をされているのか分からなかったが、とにかくまずいと思い、そのまま走って逃げる。

 ダメだ、やはりダメダメ。こんな無意識に目立つ人達に目をつけられたら、今まで送ってきた平穏な学園生活はさよならになってしまう。

 とにかく、もう一人でいくしかない。そう強く思いながら、走って廊下を後にし……ようとした所で、ハッとなって足を止める。ていうか、さっきの会話で……。

 

『今日、その人のところにタオル返しに行くんだ〜。昨日のうちに、洗って乾燥機かけて、今日また持って行けるようにしたから〜』

 

 てことはつまり……。

 

「えっ、今日も来るの⁉︎」

 

 学校が終わったら、誰よりも早くバイト先に行かなくてはならなくなった。

 

 ×××

 

 放課後。今日はお仕事はお休み。本当なら透と、ついでに円香も一緒に過ごすつもりだったのだが、雛菜には用事がある。……そう、タオルを返すという。

 で、小糸は雛菜について行く事にした。

 

「ありがとね〜、小糸ちゃん〜」

「だ、だいじょぶだよ、雛菜ちゃん。せっかくだし……またユアクマちゃんの景品ゲットに、チャレンジしてみる……?」

「ほんとに〜? やる〜!」

 

 俄然、楽しみになってきた。そのまま二人でこの前のゲームセンターに到着。さて、早速……と、小糸と雛菜は中へ入る。あまりゲームセンターには来ないが、中学の時はプリクラだけ撮りによく来たものだ。

 一応、外見の特徴は聞いているが……やはり、本人を見ないと分からない。その人がいるかどうか聞こうと、雛菜に顔を向けた時だ。

 

「雛菜ちゃ……雛菜ちゃん?」

「……な、何〜?」

 

 少し、ソワソワしているみたいで落ち着きがない。頬も赤いし……もしかして、緊張しているのだろうか? 

 

「大丈夫?」

「へ、平気〜……それよりいる〜? あの人……」

「いや見たことないからわからないけど……」

 

 ……どうしよう、雛菜が可愛い。いや、普段から割と可愛いけど……こう、いつものとは違って、乙女チックで可愛過ぎた。こんなに他人の影響でオロオロする雛菜はあまりにも珍しい……と、思っている時だ。雛菜の目が小さく見開かれた。

 

「あっ……」

「?」

 

 雛菜が不意に近くのクレーンゲームに隠れつつ、視線を奥に向ける。そちらに小糸も顔を向けると、店の奥から出てきたゲームセンターの店員が目に入った。

 フードを目深に被り、ちょっとだけ鋭い目と澄んだ色と瞳と、口元を隠したマスク……雛菜が言ってた通りの見た目だ。

 

「あ、あの人……?」

「そう〜」

「た、確かにカッコ良いね……オーラは」

「でしょ〜?」

 

 一目惚れするのもわかる。あの見た目で、大雨で気が滅入ってる時に優しくされたら……雛菜の懸念も分かる。

 

「チャンスだよ、雛菜ちゃん……! いってきたら?」

「じ、じゃあ……行ってくるね〜?」

「だ、だいじょぶ? 緊張してる……?」

「楽勝だよ〜。……あ、なんなら、景品の取り方とか聞いてきちゃおっかな〜」

 

 それだけ話して、雛菜はクレーンゲームの筐体から飛び出して行った。

 改めて、その様子をクレーンゲームの奥から見守る。

 

「あ、あの〜……?」

「はい? ……っ!」

 

 一瞬だけ、店員さんも驚いたように見えたが、すぐに冷静さを取り戻したようで、声を掛け直した。

 

「あ……昨日の。風邪ひかなかったみたいで良かったです」

 

 クールな見た目をしてなんて真摯な話し方をするんだこの人! と、小糸の頬も赤く染まる。それをゼロ距離からぶち撒けられている雛菜はもっとだ。

 

「あ、え……あ、は、はい〜。お兄さんのおかげで〜」

「わた……ぼく……自分は大したことしてませんよ。本当は、傘を貸せればよかったことですし……」

 

 謙虚だ……と、少し小糸は尚のこと感心してしまう。確かにあれはカッコイイ……と、目を輝かせて眺める。

 そして、キュンとしているのか、雛菜が頬を赤らめて目を見開かせたままポーっとしているのが可愛かった。

 

「……そ、そんなことないよ〜。タオルだけでも、とても助かりました〜」

「そ、そうですか……」

「そ、そうです〜……」

「……」

「……」

 

 なんか……雛菜らしくなく会話が盛り上がっていない。店員さんも、もしかしたらコミュ力が低いのかもしれない。これでは、まだタオルも返せていない……と、思っていると、すぐに雛菜が思い出したように言った。

 

「あ、これ……昨日、お借りしたタオルです〜」

「あ、わざわざありがとうございます。は、早いですね」

「き、昨日……すぐにお洗濯して、乾燥機にかけましたから〜」

「そこまでしなくても良かったのに」

「い、いえいえ〜、早く会いたかっ……あ、いや、こういうのは、やっぱり早めに返した方が良いと思ったので〜」

 

 話しながら、タオルを手渡す。そのまま、話題が無くなってお互いに黙り込んでしまう。

 ……いつになったら、雛菜は景品の取り方を聞いてこれるのだろうか? 何か助け舟とか出した方が……と、思っている間にも、店員さんはその場から立ち去ろうとしている。

 

「じ、じゃ、自分仕事があるので……」

「あっ……」

 

 な、なんだその雛菜らしからぬ切なそうな表情……! と、小糸は時と場合も考えずに少しキュンとしてしまう。

 慌てて雛菜は何か声をかけようとしたが、アワアワと両手を虚空に彷徨わせる。ダメだ、なんとかしてあげないと……と、小糸は思い、何か言わないとと考える。

 そんな中、視界に入ったのは、店員さんの背中。ユアクマちゃんのパーカー(グレー)である。これだ! 

 

「あ、ひ、雛菜ちゃーん!」

「な、何〜……?」

 

 あ、泣きそうな顔してる。どれだけ深く一目惚れしているのだろうか? と、心の中で苦笑いを浮かべながら、援護した。

 

「あ……あにょっ、あの人のパーカー……雛菜ちゃんの好きな、ユアクマちゃんじゃない〜?」

 

 自分に役者の才能ないかも、なんて自己嫌悪するほど酷い演技だった。咄嗟ということもあったとはいえ、噛み噛みだし、何故か語尾が雛菜と重なるし、本当に酷い演技だった。

 ……が、雛菜には言わんとしていることが伝わったらしい。

 

「ほ、ホントだ〜。あの、店員さん〜」

「? ま、まだ何か?」

「そのユアクマちゃんのパーカーなんですけど〜……ゲーセンの、ですよね〜?」

「そ、そうですけど……」

 

 いきなり直球で着ている服の事を話すのは驚いたが、そこは雛菜ならではのスキルだろう。

 

「これ……今やってる、ユアクマコラボの広告で従業員はみんな着ていまして……」

「え〜、そ、そうだったんですか〜?」

 

 もしかして、ユアクマ自体はあんまり興味無いのだろうか? いや、まぁどちらにしても、景品は欲しいので取らないといけないのだから、コツを聞く必要はあるわけで。

 

「あ、あの……! その景品の取り方、教えてほしくて……!」

「……畏まりました。どちらの筐体になさいますか?」

 

 しまった、と小糸は狼狽える。ゲーセンによるのだろうが、せめて1プレイくらいしてからじゃないと、そういうの教えてもらえない気もする……。

 と、思っているのに、お構いなしに雛菜は声を掛けた。

 

「まだやってないので、何処にUFOキャッチャーがあるのかも分かりません〜」

「あ、そ、そうでしたか……本来なら、数回チャレンジした方に案内する決まりなのですが……」

 

 やっぱりか、と小糸は少し狼狽える。こういうの、雛菜は煩わしく思うタイプな気がするから。

 

「本日は、特別です。他の方には、内緒にして下さいね」

 

 そう言って、人差し指を立てて口元に運ぶ。そんな仕草が、なんかやたらとカッコよく見えて。雛菜だけでなく小糸も頬が赤く染まる。

 

「あ、ありがとうございます〜……」

「いえいえ。では、こちらへどうぞ」

 

 そう言って、店員さんはその筐体の場所へ案内してくれた。

 ホント、サービス良いし、イケメンだし、仕草が何処となくお茶目だし、雛菜が好きになるのも分かる人だ。

 案内してくれたクレーンゲームの筐体の中には、四種類のパーカーが飾られていた。そして、景品として取る必要があるパーカーはビニールに入っていて、少し縦に長い。

 

「やは〜♡ 可愛い〜」

「ありがとうございます。どちらの色になさいますか?」

「へ〜? 決められるんですか〜?」

「せっかくですから、お客様が欲しい色のものを確保していただきたいですので」

「……あ、あは〜……」

 

 あ、また照れてる、と思う。接客中とはいえ、隙あらばイケメン力をダンクしてくる。

 赤面している雛菜は、顔を赤くしたまま窺うように尋ねた。

 

「あ、あの〜……お兄さんは、どの色かのパーカー……待ってますか〜?」

「え、じ……自分、ですか?」

 

 本当にこの店員さんがユアクマが好きなのか、そしてあわよくば同じ色にしようという二段構えの作戦のようだ。

 その質問に対し、今度は店員さんが少し照れたように頬を掻きつつ、目を逸らす。

 

「じ、自分はその……全部、だったり……?」

「え〜?」

「……は、恥ずかしいですけど……このキャラが好きで、全種類集めたんです……。に、似合わないですよね」

 

 その照れたような笑みが、全速力で小糸と雛菜を襲う。このイケメン、カッコ良い上に優しくて紳士で少女趣味で照れ屋……雛菜を殺すつもりなのだろうか? というか、やはりユアクマは普通に好きらしい。

 

「そ、そんなことないですよ〜。……そ、そのパーカー……とても、お似合いだと思うから〜……」

「あ、あはは……ありがとうございます。お客様にもこのパーカー、似合うと良いですね」

「ーっ……は、はい〜……」

 

 褒めたはずなのに、それを倍返しする威力のカウンターに、もう雛菜のHPは残り僅かだった。

 さて、結局色は現在、設置されている色のものを取ることにした。改めて取り方を教わる。クレーンゲームの筐体の中は、底はプラスチックのボールで敷き詰められていて、その上に折り畳まれたパーカーを包装しているビニールが置かれている。

 

「このクレーンゲームは、基本的に一回じゃ取れません。パーカーの先端を狙って、少しずつ出口に向かってずらして下さい」

「ズラす〜?」

「はい。そして、取り出し口に景品を引っ掛けます。そうなったら、引っ掛かっていない方を持ち上げて落とす……というのが、取り方です」

「分かりました〜」

 

 ニコニコと微笑みながら返事をした雛菜は、早速100円玉を入れる。そのままクレーンを動かした。三つのアームがついているクレーンは、店員さんの言う通りに先端を掴み、アンバランスにも持ち上げる。が、持ち上げ切ったところでアームのうちの一本の力が緩み、落ちてしまった。

 

「落ちちゃったよ〜?」

「でも、スタート位置より明らかに出口に近寄ったでしょ? あと、3〜4回で取れますよ」

 

 つまり、掴んだものをそのまま出口に落とす……というポピュラーなコンセプトではないらしい。

 その後は、流石は雛菜、と言ったくらいの飲み込みの速さでクレーンを巧みに使いこなし、本当に3回であっさり取れてしまった。

 見ていただけの小糸には随分と簡単そうに見えたのだが、本人はそうでもなかったようで。とっても満面の笑みで手に景品取り出し口からパーカーを取り出した。

 

「やは〜〜〜♡ 取れた〜〜〜」

「す、すごいよ雛菜ちゃん……!」

「お……おめでとうございます」

「これもお兄さんのおかげだよ〜」

「いえ、お客様の力です。……本当に予想してた中でも最低額で取れてしまうなんて、とてもお上手ですね?」

「っ、あ、あは〜……!」

 

 褒められ、嬉しそうに頬を赤らめて俯く。その雛菜に、店員さんは微笑みながら告げた。

 

「袋、ご用意しましょうか?」

「あ、平気です〜」

 

 そう言った雛菜は、その場でビニールの包装を剥がした。

 

「小糸ちゃん、これ持ってて〜?」

「あ、うん……!」

 

 その剥がしたビニールを小糸に持たせ、ブラウスの上からパーカーを羽織った。今、店員さんが来ているグレーのパーカーと同じ色のものの袖に腕を通し、そして恐る恐るというようにしたから顔を覗き込むようにして聞いた。

 

「ど、どうですか〜……?」

「その感想を言う前に……」

「?」

 

 そう言いながら、店員さんは雛菜の正面に歩いた。少し近くない? と、第三者の目線で見ている小糸が思うほどの距離に立った後、店員のポケットからハサミを取り出し、首の周りを手で覆った。

 何する気? と少し緊張してしまっている間に、店員さんは雛菜の耳元で囁いた。

 

「動かないで」

「っ、ひゃい……」

 

 雛菜の顔は、もう見たことないくらい真っ赤だ。こんな乙女な雛菜は見たことがないほどに。

 こんな雛菜を見るのは初めてだが、ちょっと心配な気がする。ハサミで何をする気……と、緊張気味に見守る中、プツッという小さいのにやたらと耳に響く音と同時に、店員さんは雛菜から離れる。

 そして、笑みを浮かべながら雛菜に見せたのは……パーカーについていたタグだった。

 

「これで……よくお似合いですよ」

「〜〜〜っ!」

 

 さらに、顔が赤く染まった。もうグルグルと目を回し、思考は正常に定まっていない。

 

「ひ、雛菜ちゃん……?」

「あ……ひ、ひひ雛菜っ……こ、このあと用事あるんだった〜。じ、じゃあ……またね、お兄さん〜」

「ええっ⁉︎ あ、ありがとうございました……!」

 

 逃げてしまった雛菜を、慌てて小糸は追い掛けた。

 

 ×××

 

 雛菜と小糸がゲームセンターを出て行ってから、すぐに緋影はその場で次の景品のパーカーを設置してから、バックヤードに戻った。ゲーセンのバイト内でも空いている緋影は、誰に声を掛けられることもなく奥の休憩室に入る。まだ勤務し始めて30分も経っていないのに。

 そして、休憩室の椅子に座り、机に肘をつくと、全力で頭を抱えた。

 

「クッソ恥ずかしい真似をしてしまった……」

 

 いや、死ぬほど恥ずかしい。あの身なりを考えると、市川雛菜という人物はそれなりにオシャレに気を遣っているタイプなのだろう。そんな彼女が新品の服にタグが付いていることを知らないはずがない。それだけ照れさせてしまったのだろう。

 そして、それ故に恥をかかせるわけにはいかなかったので言っておいたが……まさか、あそこまでテンパらせてしまうとは。

 というか、自分は何をしているのか。そもそも、雛菜に見つからないように立ち回る予定だったというのに、バカ親切に接してしまった。

 

「はぁ……絶対、刺されるよねこれ……」

 

 バレたら何を言われるか分かったものではないから、なるべく関わるべきではない……が、でもあの様子だとまた来ると思うし……。

 逃げたいのだが、今日、あの雛菜が景品を入手した時のあの眩しい笑顔……。

 

『やは〜〜〜♡ 取れた〜〜〜』

 

 ……可愛かったな、と少し頬が赤くなる。自分は、あんなに純粋に笑ったことはないし、笑えたこともない。

 羨ましい。少し……また、あんな風に……パーカーを着た時みたいな笑顔が、また見たい……なんて思えてしまった。

 

「……」

 

 でも……お兄さんってガッツリ言われてるのに、性別を偽り続けるのは……と、とにかく頭の中で悩み渦巻いてしまった。

 

 

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