乙女になった雛菜ちゃん。   作:バナハロ

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表面上の情報で得られることなどたかが知れている。

 いよいよ、学祭も最終日。つまり……まずい日だ。緋影にとって。大丈夫、服は今日に備えて毎日分割して持ってきておいたし、なんとかなる。

 ロッカーにしまっておいたし、準備だけは万端だ。そんなわけで、そろそろ着替えないといけない時間。雛菜を朝、見た時、お化粧や髪型にすごく気合いを入れていた。

 雛菜との待ち合わせ時間は、12時15分。それまでに、着替えを済まさなければ。

 さりげなく緋影は鞄の中に入れて持ってきた鞄を取り出し、その中にさらにロッカーの中の私服を移した。

 

「……よしっ」

 

 それを背負い、足早に教室の後ろから離れた。学祭中だから、ロッカーから何かを取り出しても不自然ではないのだ。

 さて、問題はどこで着替えるか、だ。何せ、学祭の最中は学校内で普段、使われない教室が使われることもある。だが、その問題は既にクリアした。

 パンフレットを見て、使われている教室、使われていない教室を割り出し、パンフレットに載っていないながらも倉庫として使われている教室に関しては、昨日と一日目に割り出しておいた。

 そんなわけで、緋影は一人でそそくさと空いている教室に向かった。

 

「よし……!」

 

 鍵を掛けて、着替えを始めた。私服に着替えを終え、マスクを装備し、帽子を被った。

 よし、完璧。さて、集合場所は校門前。そこに、雛菜にバレずに移動するしかない。

 ……大丈夫、靴も持ってきた。あとは、窓から外の木にしがみつくだけだ。

 

「よしっ……」

 

 大丈夫……どちらにせよここは2階。失敗しても死にはしないだろう。

 3、2、1……と、心の中でカウントダウンを立てて、一気にジャンプした。

 

 ×××

 

 雛菜は、まだ集合の15分前にも関わらず、集合場所で待機していた。

 

「っ……」

 

 髪型も整えたし、制服もおしゃれに着崩してるし、少しだけ化粧もした……うん、完璧なはず……はずなんだけど……。

 何故か、不安で鏡で何度も自分を見直してしまっていた。変な所はないし、いつも以上に綺麗なはず……でも、もう少し何か盛った方が良かったかな……いや、これ以上何かしてもケバくなる……。

 なんて、不安になっている時だった。

 

「お待たせしました。市川さん」

「っ! あ、浅沼さん〜……!」

「ここが……市川さんの高校ですか。学園祭、盛況みたいですね」

「は、はい〜……!」

 

 ……確かに、昨日から一般客が入るようになって、割とお客は増えた。だから、なお一層、人目を気にせずにイチャイチャ出来る。

 

「じゃあ、行きましょうか。案内、よろしくお願いします」

「ま、任せて下さい〜! 雛菜、この三日間で美味しいお店たくさん調べたので〜」

「……はい、楽しみにさせてもらいます」

 

 ……やはり、素敵だ。この目しかないのに浮かべられる笑顔が……! 口元は、どんな感じなんだろう……いや、何となく妹さんと似てはいるんだろうな、と思うが。

 何せ、緋影でさえ可愛いというよりカッコ良いように見える顔立ちをしているのだ。お兄さんはさぞ……なんて思っている時だ。

 そっ……と、隣から手を繋がれた。

 

「やはっ⁉︎」

「? どうしま……あっ、間違えた」

 

 間違えた? 何を間違えたのか分からないが……何にしても、チャンスだ。手を離そうとする浅沼の手を逃がさないように掴み直した。

 

「あ、あの〜……つないで、たいです〜……」

「え?」

「手を……ずっと……」

「……もちろん、構いませんよ」

「っ〜〜〜! あ、ありがとうございます〜」

 

 やっぱり……優しい。なんかもう大好きだ。そのまま二人で手を繋いで、学祭を見て回りに行った。

 歩き始めたところで、隣の浅沼が「あっ」と思い出したように声を漏らし、雛菜に声を掛けた。

 

「そうだ、市川さん」

「は、はい〜……?」

「そのお化粧……とても綺麗ですよ」

「っ〜〜〜!」

 

 効いた、その一言。なんだろう、この乙女心がわかっているようなテクニカルショット。胸を貫通し、心臓をくり抜いてそのまま背中から突破されたような感覚に陥った。

 

「っ……も、も〜! お、女の子を辱めるの禁止〜……!」

「あ……ご、ごめんね……?」

「次やったら……こ、今度は手繋だけじゃなくて、腕も組んじゃいますよ〜……?」

「あ、あはは」

 

 そんな話をしながら、学祭を見て回った。雛菜が参加してのは3日間だけだが、3回も回れば本来なら飽きるところだろう。

 だが、雛菜はむしろ楽しみだった。同じ場所でも、違う人と行けば楽しみ方が変わることを知っているからだ。

 

「浅沼さん〜、ここのたこ焼き美味しかったですよ〜?」

「じゃあ……食べてみましょうか。ご馳走しますよ」

「あは〜、やった〜♡」

 

 こういう時はお言葉に甘えた方が可愛げがあるのは、雛菜は知っている。

 そのまま、たこ焼き屋の前に並ぶ。大丈夫、緋影と一緒に来た時、ここのたこ焼きが美味しいのは調査済みだ。

 

「浅沼さん、何食べる〜?」

「うーん……この前は普通の食べたし……」

「え〜? 前も食べたことあるの〜?」

「あ……いや、昨日銀○こ食べましたから」

 

 あれ、昨日も食べたんだ、と間の悪さを痛感する。

 

「じゃあ……たこ焼きやめときますか〜?」

「え? いや、食べますよ」

 

 なら、たこ焼きにしよう。……正直、雛菜も別にたこ焼きが食べたいわけではないが……美味しかったのだから、それを浅沼にも実感して欲しい。

 

「……ふふ、ありがとうございます。市川さん」

「あは〜♡」

「でも……市川さんもたこ焼き、食べたんじゃないですか?」

 

 あれっ、な、なんで……? と、雛菜は狼狽える。

 

「な、なんでですか〜……?」

「あ、あー……妹が、嬉しそうに語っていましたので……」

 

 緋影ちゃん、お兄さんと仲良いのか悪いのかわからない……でも、そうやって話したりするんだ……なんて少し嬉しくなってしまう。あの子、自分との思い出をちゃんと楽しかったもの、と認識してくれているようだ。

 

「もし、市川さんが別のものを食べたかったら、自分は構いませんよ?」

「……」

 

 その嬉しさに、さらに浅沼が畳み掛けてくる。ダメだ、死ぬほど嬉しくて起爆しちゃう。この兄妹、どういう人達なのか小一時間ほど問い詰めたい所だ。

 お心遣いはありがたいけど……でも、これは自分が浅沼をエスコートしているのだ。

 だから……。

 

「……でも、せっかく雛菜、美味しいお店とか〜……楽しい出し物とか〜……その、色々調べたから……浅沼さんには、それを楽しんでもらいたいな〜……なんて〜……」

 

 言ってる内容が、端的に言えば「あなたのために頑張りました」なので、恥ずかしさのあまり頬が赤くなる。

 それでも、両手の人差し指をツンツンしながらも気持ちを伝えると、浅沼も少し驚いたように目を丸くしていた。

 ……そして、にこりと笑みを浮かべ、頷く。

 

「……そうですか。じゃあ、市川さんが案内してくれるお店、自分にも堪能させてください」

「っ……!」

 

 ホント、この人は……と、爆照れする。ホント、この人が選ぶ言葉と文脈が、一々雛菜の心をくすぐる。よく恥ずかしげもなくそんなことを言えるものだ。おかげで、雛菜のライフはガッツも根性も使い果たした。

 

「うう〜……浅沼さん、ずるいです本当に〜」

「え、なんで?」

「知らな〜い」

 

 怒ってるわけじゃないけど、少し拗ねたようなそぶりを見せる。……少しは、浅沼を照れさせたい。……と、思ったのだが。

 

「市川さん、そう機嫌を崩さないで下さい。お詫びに……そうだな。荷物持つよ」

「っ……そ、そういうところ〜! でも持って〜!」

「かしこまりました」

 

 ……執事か、と思わないでもないながらも、持ってもらった。

 でも……こういう、ちょっとキザ過ぎることを平気で言ってしまうところが好きだったりするわけで……。

 

 ×××

 

 ふっ、と緋影は笑みを浮かべる。たこ焼き、どう食べよう、と……。

 場所は、たこ焼き屋からだいぶ離れたベンチ。そこで、座ってたこ焼きを眺める。これを食べるには……マスクを取るしかない。

 だが、マスクを取れば、目とセットで口元が見えてしまう。……どうしよう。

 

「浅沼さん〜? 食べないの〜?」

「え? た、食べるよ。ちょっと……大きくて、驚いちゃったから……」

「大きい分美味しいよ〜?」

「うん。良い匂いはするし……」

「……え、そ、そう?」

 

 話しつつも、緋影は悩む。どうやって食べるか……背中を向けて? いや、拗ねられるし感じ悪い。

 他に作戦は無いだろうか? と、思って考えるが、思いつかない。この際、ここで正体をバラす……いや、ダメだ。ここでバラせば確実に「バラさざるを得ないからバラした」と思われる。それは避けないと。

 でも、他にどうしたら……と、悩んでいる時だった。

 

「……あっ」

 

 そうだ、帽子がある。目を隠せば、もしかしたら顔の全体が見えるわけではないので、顔の全体像が緋影の時と同じだと見破られないかもしれない……と、少し錯乱気味の案が思い浮かんだ。

 そうと決まれば全は急げ……と、決めて帽子のツバを目深に被らせ、それと同時にマスクを外す。

 

「……あ」

 

 直後、横から声が漏れる。まずい、無理があったか? ていうか、ある。ないわけがない。

 こ、こうなったら……もう、これしかない! 決心した緋影は、大きなたこ焼きを……強引に口の中に放り込んだ。

 

「あっづぁっ……⁉︎」

「何してるんですか〜……?」

「はふっ、はふっ……!」

 

 雛菜はドン引きしているが、これも誤魔化すためだ。これで、唇を火傷すれば……顔が変わる……! 

 そのまま強引に咀嚼。クソほど熱いが我慢して、なんとか飲み込み、マスクをした。

 

「……ふぅ、美味しかった。流石、市川さんが選んだお店ですね」

「あは〜♡ よ、良かったです〜……!」

 

 なんとか取り繕って言うと、雛菜はニコニコ微笑んでいた。口の中は大惨事だが、根性で乗り切る。バレたら嫌われるのだから当たり前だ。……でも、喉までかなりヒリヒリする。

 

「た、食べたら……見に行きませんか? 例えば……じ、自作映画とかあったりします?」

「自作映画〜……ま、いっか。良いですよ〜? ちょうど、雛菜の先輩のクラスでやってたと思います〜」

「そっか。じゃあ、そこに行きましょう」

 

 とりあえず、誤魔化せた……はず。さて、さりげなく飲食は退けたし、後は上手いこと避ければ良い……なんて思っている間に雛菜も食べ終えたので、移動を開始した。

 本当なら、バレないためにもなるべくなら口を開きたくない緋影だったが、不自然に思われるのはもっと困る。何より、雛菜を退屈させたくない。

 

「市川さんの先輩って、どんな方なんですか?」

「素敵な人ですよ〜? 顔が良くて〜、いつも褒めてくれて〜、可愛くて〜……」

 

 ……ちょっとむすっとしてしまう。浅倉透の事、そんなに好きなんだ……なんて、思ってしまうわけだが……まぁ、それでも今は我慢である。

 

「その人が、どんな映画に出るんですか?」

「雛菜、まだ見に行ってないから分からないです〜。……そ、その……浅沼さんと、一緒に見たかったから〜……」

 

 ……だから、そういうの言うのは……いや、まぁ仕方ない。向こうにとっては好きな人へのアタックなのだから……受け止めなければ。

 

「ふふ……ありがとうございます。では、参りましょうか」

「っ……は、はい〜」

 

 笑みを浮かべるだけで照れちゃう雛菜を見て、やっぱりこの子かわいいな、と強く思ってしまったりした。

 さて、そうこうしているうちに、その教室に到着。ちょうど、受付を透がやっていた。

 

「あ、雛菜ーと……あれ、あさ……」

 

 やばっ! 何この人無駄に鋭い⁉︎ と、すぐに危機を感知した。

 

「浅倉透さん、ですよね? アイドルの!」

「そうだけど?」

「あ、透先輩〜。この人、雛菜の知り合いの浅沼陽太さん〜」

「あ、そうなんだ。初めまして」

「は、初めまして……」

 

 思ったより飲み込みが早かった。別に気づかれてたわけじゃなかったのかもしれない。

 

「で、雛菜。彼氏?」

「っ、ち、違うよ〜。たまに行くゲーセンの人〜」

「ふーん、カッコ良い人じゃん」

「でしょ〜?」

「うん」

 

 すんなりと会話が始まり、とりあえず緋影は上手く誤魔化せた、とほっと胸を撫で下ろしておく。良かった、バレてなくて。他人にバラされるのも、思いつく限り最悪のバレ方だ。

 

「それより、早く案内して〜?」

「はいはい。……あ、その前に雛菜、トイレ平気? 結構長いよ、映画」

「え〜そうなの〜?」

「うん。三時間」

「エンドゲーム並みの大作ですね……」

「じゃあ、雛菜お花摘みに行ってくる〜。浅沼さんは〜?」

「自分は大丈夫です。……ゆっくりで良いので、行って来てくださいね」

「っ……は、は〜い」

 

 そのままパタパタと雛菜はトイレに向かう。その背中を目で追いながら、緋影は待ち時間をどうするか考えた時だ。すぐに透が声をかけて来た。

 

「で、なんで顔隠してるの? 緋影ちゃんだよね?」

「げふっ! ごふっ……ぇふっ……!」

 

 まさかのカミングアウト。というかやっぱりバレていたことを思い知り、吹き出すどころか咳き込んでしまった。

 

「っ、い……いいえ? 陽太ですけど?」

「いや、緋影ちゃんでしょ」

「ち、ちがいます!」

「えー、なんで隠すの?」

「い、いや……隠してませんけど……」

「じゃあ、雛菜に言うね」

「う、嘘です! ……ひ、緋影です……」

 

 白状まで1秒かからなかった。残念ながら、目の前の先輩は意外と鋭い人らしい。

 ため息をつきながら、緋影はマスクを外し、肩を落とす。

 

「で、なんで隠してるの? 雛菜のこと揶揄ってるの?」

「ち、違います! ……そんなつもりは、なかったんです……」

「? でもそうじゃん?」

「うっ……そ、そうですけど……」

 

 そう、結局そうなっているのは認める。揶揄う、と言うより騙しているわけだ。

 

「……先に勘違いしたのは、市川さんの方で……学校でも、なんでか絡まれるようになって……それで、その……嫌われたく、なくて……」

「……ふーん」

 

 だが……やはり、雛菜の友達には評判が悪い。泣かそうとしてるんじゃないだろうな、とジロリと睨まれている。

 

「まぁ良いけど。でも、雛菜はノクチル的にも私達的にも大切な人だからさ、雛菜が大切に思ってる子を、私達も大切にしたいから」

「? は、はい?」

 

 なんだろう……何が言いたい? 遠回しな表現でモノを言うタイプじゃないだろうに、要領を得ない……なんて思っていると、すぐに直球で告げて来た。

 

「私達に、雛菜とその好きな人を別れさせるような事、させないでね」

「っ……は、はひ……」

 

 ……少しゾッと背筋がヒヤリと冷え、背筋が伸びてしまった。この人……怒ると怖いのかもしれない。分かりにくいだけあって「怒ってる」と認識するまでのラグが怖い。

 

「浅沼さん〜、おまたせしました〜」

「あ、い、いえ……!」

 

 戻って来たので、慌ててマスクをつけて誤魔化す。そのまま自作映画を眺めた。

 

 ×××

 

 映画は30分で終わったし、中身は物語ではなく透が奇跡的なループでペットボトルを投げ捨て、ゴミ箱に放ると言うT○ctokみたいな映画だ。感動と胃の痛みがイーブンくらいで、割とそれどころじゃないとこあったが。

 

「透先輩カッコ良かった〜〜〜」

「そ、そうですね。リテイクも多そうだったけど……」

「すごかったな〜。透先輩、プロのバスケ選手みたいだったから〜」

 

 それは緋影も思った。よくTwitterで見る、外国人の動画のようだ。

 

「浅倉さんって、運動神経良いんですね」

「悪くはないと思うけど〜……まぁ、アイドル始めてから、もっと良くなった感じはありますね〜」

「すごいなぁ……自分は、運動あまり得意じゃないので……」

 

 身体を動かす事で得意なのは、ゲーセンでやるエアホッケーやダンスゲームくらいだろう。

 

「あのビデオ欲しいな〜……透先輩に言えば、もらえるかな〜?」

「もらえるかもしれませんね。聞いてみたらどうですか?」

「そうします〜。緋影ちゃんにも見せてあげたいし〜」

 

 いや、まぁ見たんですけどね、なんて思っても顔に出さない。もし本当に見せられたら、初めて見るリアクションをしないと……と、思いつつも、なるべく緋影関連の話題を避けたいので、すぐに言った。

 

「そうだ、市川さんのクラスは何をされているのですか?」

「雛菜のクラス〜? い、行きたいんですか〜?」

「興味はあります」

「ひ、雛菜今日は非番だから〜……行っても、雛菜のお化け姿は見れませんよ〜?」

「いえ、どんな事をされているのかも知っておきたいところですから」

「……い、良いですけど……」

 

 そう決めて、雛菜の……というか、二人の教室に向かった。何をしているのかくらい知っているが、今は知らない体なので知らないフリをしないといけない。

 さて、教室に到着。列に並んでいると、雛菜が決心したように「よしっ……!」と気合を入れた。

 

「あ、浅沼さん〜」

「? なんですか?」

「一人で入って下さい〜。雛菜には用事ができたので〜」

「え、よ、用事?」

「はい〜! と、とにかく待ってますから〜」

 

 そう言うと、雛菜はパタパタと走って教室に突入した。どうするつもりなのか知らないけど……まぁ、一人で入れと言われたし仕方ない。少し気を緩める時間があるのも助かる。

 しばらくして自分の番になったので、中に入る。分かっていることだが、ほとんどガチ過ぎるオバケのコスプレ大会になっていて、恐怖なんてかけらもない。元々、ここ出身であることもあり、中身は知っている。余裕まんまでのんびり歩いていると……小糸のお化け姿を、一眼レフで写真を撮っている円香の姿が見えた。

 

「ま、円香ちゃん……! 次のお客さん来ちゃうし、迷惑だから早く先に行かないと……!」

「大丈夫」

「大丈夫じゃないよ……⁉︎」

 

 ……何をしているのだろうか? あの人達は。樋口円香という、一番怖いけど一番まともだと思っていた人のイメージが瓦解していく。小糸のことが好きなのだろうか? と そもそもお化け屋敷でフラッシュすんな、と色々と思ってしまう。

 ……あれ、というか列に並んでいる時、円香は自分の前に並んでいた人ではなかった。あの人、いつからあそこで写真撮っているのだろうか? 

 そんなことを考えている間に、円香と小糸が自分に気が付いた。

 

「あ、浅沼さんだっけ?」

「え……そ、そうなの⁉︎」

「ぼふぉっ⁉︎」

 

 円香にバレ、吹き出してしまったが、円香は平然と続ける。

 

「そうでしょ。どう見ても」

「え……だ、だって……この人、雛菜ちゃんが好きなゲーセンの店員さん、だよ……?」

「……は?」

 

 なんて組み合わせてこんなところにいやがんだ! と、頭を抱えそうになってしまう。まずいまずいまずい、目の前の二人は、足りないピースをお互いに埋め合える情報を得ている。……つまり、正体はバレてしまったわけで。

 円香のキュッとした視線が、綺麗に緋影に突き刺さった。

 

「……どういうこと?」

「あ……い、いや……これには、深いわけが……」

「雛菜のこと、揶揄ってるの?」

「ち、違くて……」

「じ、じゃあ……どういうこと?」

 

 まずいまずいまずい、と、小糸にまで睨まれ、緋影は大量の冷や汗を流す。こうなると、もう大ピンチだ。説明したいが……何より着替えた雛菜がいつここに来るか分からない。

 もう何なの今日は⁉︎ と、吐きそうになりながらも、なんとか誤魔化さないといけない。

 

「あ、あの……の、後ほど説明するから、今は……!」

「浅沼さん、まだ来ないの〜?」

「ぽーんぽっこりーん⁉︎」

 

 小糸の次のお化けが出て来る道から、雛菜が現れてしまった。最悪のタイミングである。

 

「い、市川さん……!」

「ど、どう〜……? お化けの、雛菜〜……」

 

 そういう雛菜に、お化けっぽさはない。青白い化粧をしているにも関わらず、頬は赤く染まっていて、少し恥ずかしそうにしながらも、両手首は曲げて指先を床に向け、お化けっぽく立っている。

 

「っ……き、綺麗ですよ。こんな幽霊に憑かれるなら、むしろ幸せに思えてしまうくらいには」

「っ……あ、あは〜……ありがとうございます〜……」

 

 頬を真っ赤にして雛菜は俯いてしまう。緋影も、今の言い方は少し気恥ずかしくて、頬を赤らめてそっぽを向く……が、その先には円香と小糸がジト目で自分を睨んでいる。

 やばっ……そうだ、褒めてる場合ではない……いや、意を決してわざわざ自分なんかのために着替えだけでなく化粧までして来てくれた女の子に褒め言葉の一つも言わないわけにはいかない。

 正体をバラされ、嫌われることも覚悟して、そのまま黙り込んだ時だ。とうとう円香が口を挟んだ。

 

「雛菜、とりあえず化粧落として来たら? この後も、浅沼さんと回るんでしょ?」

「え〜? まだ感想一つしか聞いてないのに〜……」

「学祭、あと二時間で一般客は解散だけど良いの?」

「あ〜……じゃあ、落としてくる〜……浅沼さん、外で待ってて〜?」

「あ……は、はい……」

 

 今のは……援護射撃、なのだろうか……? 店の奥に消える雛菜を眺めた後、円香は自分の方に歩いて来て、腕を掴んだ。

 

「ちょっと来て」

「え……あ、は、はい……!」

「小糸、雛菜には余計なこと言わなくて良いから」

「あ、う、うん……」

 

 そのまま円香に連行されてしまう。お化け屋敷を通り抜ける速さではない速さで教室から出ると、向かい側の窓際にドンっと壁ドンされる。

 

「……で、何のつもり?」

「え……あ……は、はい……実は……」

 

 まさかの二度目の説明である。胃がマッハで潰れていくのを感じながら、緋影は透にしたのと同じ説明をする。

 ……すると、円香は黙り込んで小さくため息をついた。

 

「はぁ……まぁ良いけど。でも、いつまでも隠せる事じゃないのは分かってるでしょ。どうする気?」

「……いつか、言います。近いうちに」

「……ほんとに?」

「言っても嫌われると思うけど……言わないと、嫌われますから……」

 

 ……まぁ、今後いじめが始まるとして、どちらの方がマシになるか、の違いだ。

 

「……そう」

「お待たせ〜」

「きゃうっ!」

「っ……り、リアクション大きい……」

「あ……ご、ごめんなさい……」

「? 何の話〜?」

「「何でもない」」

 

 なんとか話は纏まったようで、円香はそれ以上、緋影には何も言わなかった。代わりに雛菜に声を掛ける。

 

「雛菜」

「何〜?」

「楽しんで」

「は〜い」

 

 そのまま二人は、また学祭を回りに行った。

 

 ×××

 

 さて、そうこうしているうちに、もう一般客の帰宅の時間になってしまった。

 雛菜としては見ていて正直、楽しかったが、浅沼はどうだっただろうか? 一応、ずっとにこにこはしていたけど……でも、なんか……最近はこうも思う。この人より、緋影と一緒の方が楽しかった気もする。

 なんか、こう……この人の言う事は、全て作り物な感じがして来ていた。素の面も勿論、出ているのは分かる。それは、主に照れたりする面で。

 普段、キザなことを言ったり、雛菜を褒めてくれる時とか……嘘を言っているわけではないのだろうけど、結局はゲーセンの接客の延長線のように感じてしまう。

 

「……」

 

 そういえば……緋影と、今日は朝しか会えていない。デート中に、透や円香と小糸、あと志望校なのか、何故か来ていた芹沢あさひと会えたりしたが、緋影にだけは一度も顔を合わせることはなかった。

 ……ちょっと寂しいな、なんて思わないでもない……まぁ、これから学生だけの後夜祭があるのだから、結局は一緒にいられるわけだが……うん、決めた。後夜祭は緋影と一緒にいよう。

 

「じゃあ、市川さん。また今度」

「あ、はい〜。またゲーセンにお邪魔しますね〜?」

「いつでも来て下さいね」

 

 そのまま別れてしまった。……思ったより、名残惜しい感じもしなかったのが不思議だった。

 さて、さっさと教室に戻る。中はもう片付けが始まっている。後夜祭は自由参加。その時間帯はクラスや部活の出し物は終わり、フォークダンスなどが行われる。

 緋影にダル絡みしようかな〜なんて考えながら教室の中で周りを見るが……緋影の姿は見当たらなかった。

 代わりに、自分に気付いた小糸が、少し緊張した強面で聞いて来た。

 

「小糸ちゃん〜、緋影ちゃんは〜?」

「し、知らない……」

「? 緋影ちゃんと喧嘩でもしたの〜?」

「してないよ……あはは」

 

 何かあったのだろうか? 少し気になるが……まぁ今は先に緋影を……なんて思って待っていたが、中々現れない。……もしかして、もう帰ってしまったのだろうか? 後片付けがあるのにしれっと帰るタイプではないと思っていたのだが……。

 ま、まさか……他所の高校の男子にナンパをされた……とか? あり得る……何せ、あの子は可愛いし。

 

「ひ、雛菜……緋影ちゃん探してくるね〜!」

「あ、う、うん……」

 

 すぐに探しに行った。校内をしばらく走って探しても中々見つからない……と、思っていると、昇降口から見覚えある学生服の少女が入って来た。

 

「あ……い、市川さん……」

「緋影ちゃん〜〜〜? も〜どこ行ってたの〜〜〜?」

「ご、ごめんね……」

 

 文句を言いたかったし、実際に文句を言った。……でも、その表情が、なんか好きな顔にそっくりで。心配かけさせてーとか、色々と……言いたいことはあったのに、もう忘れてしまった。

 とにかく今は……後夜祭の約束だ。

 

「緋影ちゃん〜……もし良かったら、雛菜と後夜祭……行かない〜?」

「え……わ、私なんかとで、良いの……?」

「うん〜……緋影ちゃんと行きたいんだ〜」

「っ、わ……分かり、ました……」

「じゃあ、決まりね〜?」

 

 話しながらも……でも、雛菜的にはなんか逃げられそうな気がして、やはり少し不安だ。そのため、また隣からキュッと手を繋いだ。

 

「っ、い、市川さん……」

「逃げないようにね〜」

「に、逃げないよ……」

 

 そのまま教室に戻った。

 

 ×××

 

 さて、後夜祭。緋影と雛菜は並んで生徒達のフォークダンスを眺める。男女で組んで踊っている姿が見られ、いかにも青春といった感じだ。

 緋影にはこういうの縁がない話だと思っていたから、そもそもここに来るつもりさえなかった。

 でも……いざ見てみると悪くない。青春の様子を見て、あの男女がどんなカップルかを想像すると楽しい。

 例えば、あの男女は……おそらく男女ともどもツンデレ。息があいすぎている。あそこの男女は、多分オタクカップル。そもそも踊りが下手。あそこの男女は、多分男が浮気してる。もう一人の女が控えてる……なんて眺めていた時だった。

 

「緋影ちゃん〜」

「? はい?」

「雛菜と踊ろ〜?」

「ひょえっ……⁉︎」

「雛菜、緋影ちゃんと踊りたいな〜」

 

 な、なんだろう急に……ちょっと気恥ずかしいのだが。

 

「お、お友達同士なのに……?」

「気にしなくて良くない〜? 学祭の出し物だし〜」

 

 そ、そういうものなのだろうか……でも、男女以外で踊ってるのは……あ、男同士でバカやってる組は何人かあるが……あ、あれに混ざると思えば……まぁ、悪くないかも……。

 

「っ……わ、分かりました……」

「はい、決まり〜」

 

 二人でそのまま混ざった。至近距離で、顔を向け合って、お互いに手を繋いで腰に反対側の手を乗せる。

 あれ……? と、緋影は頬が赤くなる。なんか……恥ずかしいのに、謎の幸福感がある……。

 雛菜の綺麗な顔がこちらを真っ直ぐと見据えていて、こちらの方が背は高いはずなのに、むしろ強く抱かれているような……そんなかんじだ。思わず胸の中に頭を埋めたくなってしまうほど。

 すると、雛菜も少し頬を赤らめてしまう。

 

「も、も〜……緋影ちゃん、顔見過ぎだよ〜……?」

「っ、ご……ごめん……」

「雛菜の顔より、早く踊ろ〜?」

「そ、そうだね……」

 

 そのまま二人で、周りの生徒達がいつの間にか合掌していることにも気が付かずに踊り明かした。

 

 ×××

 

 ……その様子を、少し離れた場所で眺めていたノクチルのメンバーは、三人とも思った。とりあえず、緋影が雛菜を揶揄うつもりなどなく、嫌われたくないと言うのは信用できた。

 何せ……あんなに二人とも楽しそうかつ幸せそうに踊っているのだから。

 

「……緋影ちゃん、良い子かもね」

「う、うん……良い子だから、告白する勇気がないのかも……」

「ま……でもこのままじゃまずいでしょ」

 

 円香の言う通り、このままは何にしても良くない。彼女に悪意がないことはよくわかったし、可能な限り雛菜の友達としてサポートしてあげよう、そう思った。

 

 

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