ノクチルのメンバーが全員一緒に登校するのは、何も毎日ではない。別々で登校することもあるし、他の誰かと一緒に来ることもある。
で、今日は雛菜と小糸の二人で登校していた。軽く伸びをしながら、雛菜は隣の小糸に声を掛けた。
「ねぇ、小糸ちゃん〜」
「な、何?」
「ずーっと気になってたんだけど〜」
「うん?」
「緋影ちゃんと浅沼さんって同一人物だったりしない〜?」
「ぴゃー!」
聞いてみたら、なんか奇声が漏れ出した。大丈夫だろうかこの子?
「どうしたの〜?」
「な、なんでもないよ……そ、それより違うと思うよ?」
「え〜?」
意外とハッキリ否定して来た。なんだろう、なんか知っているのだろうか? なんて少し勘繰ってしまうが……まぁ、とりあえず今はそれよりも、小糸の事だ。
「なんで〜?」
「うーん……な、なんとなくかな……!」
「ふ〜ん? まぁ良いけど……でも、なんか似てるような気がするんだよな〜」
「あ、あはは……」
まぁ……でも、なんか……同一人物でも良いか、なんて思ってしまっている。だって、どちらかと言うと今、興味があるのは浅沼よりも緋影の方だから。
そんな話をしている時だった。前を歩いている雛菜より高い身長の少女が目に入る。
それを見るなり、雛菜は「やは〜〜〜♡」と無意識に笑顔をこぼして走り出した。
「ひ〜か〜げ〜……ちゃ〜〜〜ん♡」
「? ……? …………⁉︎」
スカートを持ち上げると、目の前の緋影は顔を真っ赤にする。可愛い……けど、周りの視線が気になった。通り過ぎる人みんな緋影を見ている。
あれ……なんかモヤっとした。なんか……自分以外の人に緋影のパンツを見られることが、思った以上に嫌だった。
「っ、ひ、ヒナちゃ……何の真似……佐天の真似……⁉︎」
照れてる顔は可愛いが……やはり、ちょっと嫌だ。
「ごめんね〜? もう二度と、雛菜以外の人にパンツ見せないね〜?」
「ヒナちゃんにも二度と見せません!」
「なんで〜〜〜⁉︎」
「そんなに驚くことか!」
もー! と怒る緋影はとても可愛い……また隙を見て捲ってみようかな……なんて思っていると、そこで「あっ」と声を漏らす。そういえば、小糸を置いて来てしまった。
「ま、待ってよ雛菜ちゃん……!」
「ごめんね〜、小糸ちゃん〜……あ、小糸ちゃんも見た〜? パンツ〜」
「聞かなくて良い!」
「っ、み、見てないよ……?」
「気も使わなくて良いよ……」
げんなりしてる緋影ちゃんも可愛い〜とか思いつつも、ボヤボヤしていると遅刻してしまう。
「ほら、二人とも……」
「だ……大丈夫? 浅沼さん……」
「私は平気だよ……ごめんね、心配かけちゃって」
「ううん……私達の幼馴染が、迷惑かけちゃってるから……」
「そ、そっか……でも、大丈夫」
……なんか共鳴しているが……何故か、ちょっとだけ胸がモヤッとしてしまった。何故だろうか?
いや、気の所為だ。まさか小糸と緋影が仲良くして少し嫌に思うことなんて何もないはずだから。
そんなわけで、雛菜は二人の間に割り込んで、両手に片手ずつを取った。
「さ、二人とも〜? 早くいくよ〜?」
「あ、うん」
「わかった」
そのまま三人で学校に向かった。
×××
もうすぐ中間試験ということもあり、そろそろ学校でもそういった空気が流れている。まぁ雛菜には関係ないが。
「緋影ちゃん〜、遊びに行こ〜?」
「え……いや、試験近いし……」
「大丈夫でしょ〜。それより、ゲーセンに行かない〜?」
「え……げ、ゲーセン……?」
「そ〜」
ゲームセンターで、またユアクマのぬいぐるみっぽいストラップが取れる。それを、お揃いで揃えたい。
「じゃあ……行こっか」
「うん、行く〜」
「待ちなさい、浅沼」
声を掛けてきたのは、通りかかった担任の先生だった。
「あんた遊びに行く気?」
「え……や、あの……」
「この前の小テスト、8点で?」
え、8点? と、雛菜が顔を向ける。確か、50点満点の小テストだったはず……と、緋影を見る。
緋影は、思わず目を逸らしてしまっていた。かわいい。
「夏休みも補修二科目あったよね? このままで良いの?」
「い、いや……それは……」
「勉強しなくても別に良いけど、ちゃんと考えなよ。このままじゃ進級もままならないよ」
「え……そ、そうなんですか……?」
「そうだよ」
つまり、この子は割とお馬鹿さんらしい。かわいい。勉強も出来なくて運動も微妙って……何にもできないじゃん、かわいい、と、雛菜はほっこりする。
そんな時だった。パタパタとこれまた可愛い足音が三人の元に駆け寄って来る。
「ふ、二人とも……今から帰り?」
「良いとこにきたね、福丸。君からもなんとか言ってあげて?」
「ぴえっ⁉︎ ……な、何をですか……?」
「この子の成績について。この前の小テスト8点」
「え……は、8……?」
小糸がドン引きしていた。まぁ、普通に8点は低い。雛菜も冷静になってから聴くと「バカだな〜」と普通に思う。
真面目な小糸はジロリと緋影を睨む。
「ひ、緋影ちゃん……大丈夫なの……?」
「え、ふ、福丸さんまで……大丈夫だよ、明日からやるから……」
「今日は?」
「え? き、今日はヒナちゃんとゲーセン行くから……」
その言葉は、割と普段厳しい小糸には地雷だった。内弁慶気味とはいえ、その内に入ってしまえば、全てが終わる。
「だ、ダメだよ! テスト一週間前にゲーセンなんて……!」
「え……な、なんで」
「り、留年しちゃうよ……! 私が教えてあげるから、頑張ろう?」
「っ……」
にこっと優しい笑みを浮かべる小糸。それを見て、緋影はあまりにも眩しいものを見た様に目を細めると同時に頬を赤らめる。
……なんとなく気に入らない。この子、雛菜じゃなくても可愛い子相手なら誰でも照れるんじゃ? なんて少しネガティブなことを思ってしまう。
やがて、緋影は目を逸らしたまま答えた。
「……だ、大丈夫……頑張るから、明日から……」
「そ、それやらない奴だよ! 透ちゃんだよ!」
「じ、じゃあ……明後日から……」
「もっとやらない奴!」
地味に透をディスっていた気がしたが、雛菜はスルー。その通りだし。
「緋影ちゃん、今日は私と勉強しよう……!」
「え……い、いいです……」
「断られた⁉︎」
「た、大変そうだし……」
「勉強は大変なものだよ!」
「じゃあ嫌だ……」
「あ、あれ……? なんか……思ったより真面目な人じゃない……?」
残念ながら、その辺は雛菜も見抜いていた。絶対、定期試験に備えて勉強するタイプではないんだろうな、と。
でも……確かに留年されると雛菜も困る。とりあえず、緋影の為にもここは雛菜も頑張ることにした。
「じゃあ、今日はみんなで勉強会ね〜?」
「えっ」
「わ……め、珍しいね……! 雛菜ちゃんが、勉強って言い出すなんて……」
「でしょ〜? でも、緋影ちゃんのためだからね〜?」
「わ、私のためならゲーセンに行きたいなー……なんて……」
「それもアリ〜♡」
「なしだよ! ひ、緋影ちゃんのためになるのは勉強だから……!」
「い、いや……これで今日、なんやかんやで私が0時に死ぬとしたら、二人との思い出がゲーセンではなく勉強で終わってしまうわけだし、人間いつ死ぬか分からないんだから、常日頃から遊んだ方が良いと思うけど……」
「どんだけ勉強したくないの⁉︎」
らしくなく早口になる緋影を眺めながら、やっぱり雛菜は「可愛い」とほっこりしながら眺める。
ま、何にしても、と言うように先生が軽くパンパンと手を叩いた。
「じゃ、福丸。浅沼のことよろしく」
「は、はい……!」
「えっ」
「じゃあ、緋影ちゃん。頑張ろうね〜?」
「……えっ?」
緋影の絶望する顔も、これはこれで良いかも……なんて、少しサディスティックな笑みを浮かべて、雛菜は小糸と緋影の三人で勉強場所に向かった。
×××
「なんで私の家……?」
「一度は入ってみたかったから〜」
「ほ、掘り出し物とかありそうだし……!」
「え、市場?」
マズイ、と大量に緋影は汗を流す。何がマズイって、兄貴なんて存在しないことがバレる。弟はいるが、その弟もマズイ。兄の名前を弟の陽太と言ってしまったから。自分と違って活発な弟だからいないとは思うが……もし帰って来たら……。
「お邪魔しま〜す」
「ひ、雛菜ちゃん……勝手に入っちゃダメだよ……!」
「あ、あの……ほんと勘弁して……」
てか、鍵が開いている……ということは、十中八九誰かが家にいると言うわけで……。
「おかえ……あれ、誰?」
普通に弟がいてしまった。もう、なんか運命がクソだな、と思ってしまった。
「え〜? 誰〜?」
「ぴえっ……!」
雛菜の背中に隠れる小糸。その二人の横から抜けて来た緋影は、弟の陽太を口を塞ぎに行った。
「ちょーっと、ごめんねー!」
「むぎゅっ……!」
そのまま陽太を連れて、とりあえず洗面所に入った。
「く、苦しいってクソ姉貴!」
「ご、ごめんね……今日、出掛けないの?」
「ていうか、誰なのあの人達?」
「詳しくは言えないけど……いや、言えるわ。友達」
「え……ね、姉ちゃんに?」
「うるさいから。少し黙ってて」
悪かったな、今まで友達作らなくて、と思いつつも、とりあえずそろそろ戻らないといけない。
「お願い、後でなんか奢ってあげるから、外で遊んできて」
「えー、なんで?」
「色々面倒になるから。だから、お願い」
「仕方ないなー」
「お姉ちゃんが二人を部屋に連れて行ったらね。……オーケイ?」
「オーケイ」
それだけ話して、弟を置いて部屋から出た。玄関に戻ると、雛菜と小糸の姿はなかった。
「あれっ」
い、いない? と思ったら直後、二階から声が聞こえて来た。
「あは〜〜〜♡ 緋影ちゃんのベット〜〜〜!」
「ひ、雛菜ちゃん……! 勝手に寝転がっちゃダメだよ……!」
「意外と柔らかい〜。本人の胸はそうでもないのに〜」
喧嘩を売られている様な声が聞こえて来た。部屋の中に入ると、雛菜が自分のベッドの上で寝転がっていた。
……なんかちょっと興奮した。自分のベッドで……雛菜が……と。そして、それと同時にムラムラしてる場合じゃないな、とすぐに思い、声を掛ける。
「ち、ちょっと……何してるの?」
「あは〜〜〜♡ 緋影ちゃんのベッド、良い匂い〜〜〜」
隠す気ゼロである。なんと言うか……本当に自由な人だ。可愛いから許せてしまうのは、もはやずるいまである。
「ふ、福丸さんからも……」
「そ、それより、勉強しないと……!」
「あ……やっぱりやる?」
「や、やるよ! ここまで何しに来たの……⁉︎」
少し……憂鬱だ。まぁ、それでも仕方なくとりあえず勉強の準備をし始めた。
「じゃあ私、ちゃぶ台持って来るね」
「よろしく〜」
「あ、ありがとう……!」
そのまま、一階に降りる。下の階に置いてある丸い机を持つ。もうだいぶ前に使っていた奴なので少し汚いが、拭けば大丈夫だろう。
なので、雑巾で細部に至るまでしっかりと拭いてから自室に持っていった。
「お、お待たせ……重かった……」
「い、言ってくれれば手伝ったのに……」
「い、いやいや、福丸さんに力仕事はさせられないから……」
「あは〜分かる〜」
「ど、どう言う意味……⁉︎」
見た目と中身の問題、なんて思いつつ、三人でちゃぶ台を囲む。これから勉強しないといけない……ふむ、勉強……。
「……あ、お茶も出さずにごめんね。今用意して来るから、先に勉強してて」
「あ、いや平気だよ……!」
「雛菜、ジュースが良い〜」
「くすっ……了解」
「ご、ごめんね……」
小糸は勉強道具を広げ、雛菜はベッドの上で足をパタパタさせる、2人とも可愛い……なんて思いながら、下に降りてコーラを注いだ。偶然、あってよかった。
そのまま氷をコップに入れて、コーラを注ぐ。それを三つ揃え、オボンの上に乗せて持っていった。ちなみに弟は出かけたようで、いなくなっていた。
「お待たせー」
部屋に戻ると、雛菜はまだ布団の上でダラダラしていて、逆に小糸はペンを動かしている。本当、対照的だなぁと思っていると、まぁ集中力が完全に入っていなかった小糸が顔を上げた。
「……あっ、ありがとう」
「ううん」
二人の前にコップを置く。さて、勉強……勉強か……。
「……あ、お菓子食べる?」
「緋影ちゃん」
小糸から出たとは思えないほどピリッとした声が出て(でも可愛い)、思わず肩を震わせる。
その緋影に、ジト目で小糸は聞いた。
「……勉強しなくて済むように仕事増やそうとしてない?」
「…………し、してないヨ?」
「してるー! ちゃんと勉強しないとダメでしょ!」
「ひ、ひええ……」
逃がさない、というように小糸に腕を掴まれる。……小さいおてて可愛いなぁ……ていうか、小糸に怒られるの少し良いかも……なんて思っている時だった。
「む〜……!」
隣で小さく唸るかわいい生き物がいた。自分をじっと見ているのは雛菜。頬を膨らませ、ジーッと自分を睨んでいる。
「今、緋影ちゃんえっちな目で小糸ちゃん見てた〜?」
「えっ」
「いやそんなことないよ⁉︎」
何言ってんの? と、思っている間にも、頬を膨らませた雛菜は自分の腕を引き、隣に座らせる。
「雛菜が教えてあげるから〜。だから、えっちな目も雛菜に向けて〜」
「え、ひ、ヒナちゃんなら良いの……?」
「良いよ〜?」
ゴクリ、と唾を飲み込み、隣を見る。冬服とはいえ室内ではまだ暑いので、上着がパージされて胸が強調されるブラウス姿を視界に入れる……パッツンパッツンでえっちだ……い、いやいやいや。
「いやいや、てか見ないよ!」
「え〜? 今見てなかった〜?」
「そ、それより何か食べる?」
「ダメ〜! 勉強〜!」
「し、集中しないと終わらないよ……!」
敵が増えてしまった……いや、むしろ天国かもしれない。逃げたがる自分を逃さない、と言うように、二人は囲んでいたちゃぶ台を移動し、自分を挟むように座った。
まさかの……アイドルによるサンドイッチである。
「はわっ……はわわわっ……!」
「じゃあ、一問目からね〜?」
「ま、まずはやってみて……!」
正直、別の意味で集中出来なかった。
×××
さて、緋影がダウンし、少し休憩。本当に勉強が苦手なようで、集中力の途切れ方が普通じゃない。すぐにボーッとするし、話を聞いてるかと思ったら、シャー芯をどこまで出せるかチキンレースしているし、消しカスで「ヒナナ」の文字を作るし……それを無意識でやっているんだから、この子そもそも勉強に向いていない気がしてきた。
「30分、寝かせて……」
「え〜?」
「お願い……今度、ヒナちゃんの言うこと一つ聞くから」
「ぴえっ⁉︎ な、なんて恐ろしい契約……!」
「あは〜、乗った〜〜〜」
そんな契約して良いの? と、小糸は思ったが、すでに緋影は入眠する。まだ40分しかしていないのに即寝したあたり、マジで疲れていたのだろう。
「すぐに寝ちゃった……大して勉強してないのに……」
「あは〜♡ ほんとに甘ったれ〜」
「じゃあ、私達は私達でやってようか」
「雛菜、緋影ちゃんの部屋物色してる〜」
「ええっ⁉︎ か、勝手にやっちゃダメだよそう言うの……!」
「あは〜、こんな所に雛菜が載ってる雑誌置いてある〜」
「もう漁ってるし!?」
そのまま、さらに部屋の中を見て回る。例えば……中学の卒アルとか。手にとって中をパラパラを捲る。
「あは〜〜〜♡ 中学生の緋影ちゃん可愛い〜〜〜」
「え、ど、どれどれ?」
気になって見てみたが……前髪で目は隠れていて、地味なオーラがバカみたいに出ていた。
「え……可愛……え?」
「昔はこんな感じだったんだ〜〜〜」
「……」
ま、まぁ……可愛くないこともないのかも? しれない……いや、やっぱよく分からないけど。でも、昔はこんな感じだったんだ……と、ちょっと意外に思う。
高校に出て髪を切るのも、すごく決心したことだろう。……半年遅れだけど、自分達が友達になってあげられてよかったな、なんて少し思っている間に、雛菜はぽたりと呟いた。
「あ、浅沼さんの中学生時代がないな〜……」
「あいやー!」
「あいや〜?」
そ、そうだった! まだ兄=妹とか言う状態になっているの、バレていないんだった。それなのに卒アルが見つかる場所に置いとくとか……不用心にも程がある。
「た、たぶん……私立なんじゃないかな……?」
「ていうか〜、弟君もあるのに二階の寝室っぽいとこも二つしかなかったし〜」
「ぴょえ〜!」
す、鋭い! と、さらに声が漏れてしまった。
「玄関の靴も五人家族にして少なかったし〜……ていうか、男物の靴、やたらとサイズ小さいのばっかだったし〜」
「あ、浅沼さん足小さいんじゃないかな……?」
全力で誤魔化しに行くが、やはり家に来ると限界がある。特に雛菜のような賢い子の場合はなおさら。
「もしかして……緋影ちゃんって……」
「わ、わー! 違うよ雛菜ちゃ……!」
「何が〜?」
「えっ」
……あ、嵌められた、とすぐ理解した。
「……い、いや……その……」
「ね〜、何が違うの〜? 何を察して何を知ってて違うって思ったの〜?」
尋問の内容があからさま! と、さらに困ってしまった。バレた以上は、これ以上ゴネるともう無駄だ。雛菜相手では、素直に白状した方が良いのはわかっている。
「……ごめん、雛菜ちゃ……」
「緋影ちゃんと浅沼さんが同一人物ってこと〜?」
「わかってたの⁉︎」
「あは〜♡ 当たりだ〜」
結局、嵌められた……と、またしても愕然とする。自分の学習能力のなさに。
「……し、ショック……?」
「いや〜? なんか腑に落ちた感じあるし〜……正直、過去の言動を思い返すと恥ずかしかった気がしないでもないけど〜……」
はやい話が本人に告白してたようなものだから、まぁ雛菜の気持ちはわかる。
「でも……その、緋影ちゃんに悪気は……」
「分かってるよ〜」
「え?」
「だって〜……こーんな可愛い子にそんな悪気、生まれもしないと思うし〜」
それはそうだけど……相変わらず、やたらと鋭い人だ。
「……ただ、まぁ言ってくれなかった以上は〜、雛菜もちょっとだけ意地悪しちゃおっかな〜……って」
「えっ……」
な、何するつもりなんだろう……と、思ったのも束の間、すぐに雛菜は緋影の耳元で囁いた。
「……浅沼さん、起きてください〜……」
「んっ……す、すみません市川さん……眠ってしまっていましたか……」
浅沼モードで起きるように声をかけてる! と、小糸からリアクションと悲鳴が同時に漏れそうになった。
「ん……ん? 市川さん……っ、あれっ⁉︎」
目が覚めて、すぐにハッとする。
「い、今私なんて言ってた⁉︎」
「市川さんって言った〜!」
「ハイヤー!」
「も〜! ヒナちゃんって呼んでよ〜?」
「い、いや違うの! 今、苗字で呼んじゃったのは別に変な癖がついてるわけじゃなくて……!」
「今は緋影ちゃんだもんね〜?」
「そう! ……ん? 今は?」
酷い弄り方してる……と、小糸は少し半眼になる。お陰で、緋影はアワアワと慌ててしまっていた。
「それより、緋影ちゃん。そろそろ勉強しようね〜?」
「あ……は、はい……」
そのまま、緋影だけでなく小糸にとっても緊張の時間が続いた。
×××
勉強はなんとか終わった。まぁそれでも全体の10%くらいの上、まだ復習しないと何も思い出せないわけだが。
何にしても、と緋影はホッとする。今日は寝て過ごしてやる……なんて思っている時だ。
「雛菜、お腹減った〜」
「え」
「ご飯作って〜?」
「い、いやいや……!」
いや、いられて困ることもないけど。でも、ご飯なんて無理だ。正直、勘弁して欲しい。
「……私、料理出来ないし……」
「……緋影ちゃんって、何なら出来るの〜?」
「……」
しれっと酷いことを言われた気がした。でも実際、何も出来ない。ちょっとゲーセンのゲームが得意なくらいだ。
「私の取り柄ってなんだろう……歩けること? 目が見えること? 夜中にトイレに行けること?」
「すごいね〜?」
「ひ、雛菜ちゃん……今褒めるのって逆に褒め言葉にならないんじゃ……」
それはそうかもしれない。普通に死にたくなっている。せめて何か一つでも得意と言えることがあれば……と、小さくため息を漏らす。
「大丈夫だよ〜? 緋影ちゃん〜」
「……何が?」
「緋影ちゃんは背が高いのに何も出来ないのが可愛いんだから〜」
「クリティカルヒットした、今の」
超ショックだった。胸の奥を抉るような一撃が貫き、後ろにひっくり返るしかない。
結局、自分は何も出来ないわけだ……と、目から涙を流しながら動けなくなる。
「わ、わー! 緋影ちゃん、大丈夫……⁉︎」
「私なんて生きてる価値ないんだ……」
「あは〜♡ でも、緋影ちゃん優しいでしょ〜?」
「え……?」
顔を上げる。涙目のまま。雛菜はニコニコ微笑んだまま続けた。
「だって、緋影ちゃんゲーセンでよく困ってるお客様の面倒、見てあげてるでしょ〜?」
「っ……そ、それはまぁ……仕事だから……」
「でも、気づかないふりする人も結構いるでしょ〜? 欠かさずに声を掛けてくれる緋影ちゃん、真面目だし優しい子だと思うよ〜?」
「……ヒナちゃん……」
自分の仕事ぶりを褒めてくれる人なんて、店長以外で初めてだ。いつも、雛菜にレクチャーをしてきて良かった……と、思わず緋影は涙目になった直後だ。
「あ〜、これ緋影ちゃんじゃなくて浅沼さんの話だった〜」
「キョンスィ〜〜〜〜⁉︎」
「ひ、雛菜ちゃん!」
そうだった! 緋影の時に雛菜の面倒見たことなんてなかった! 今のはもうダメか……と、緋影は頭を抱える。……いや、感動した仕草は見せたが、特に何も言わなかったけど……。
というか、もうやはり家にいられるのは危険だ。追い返すことにした。
「と、とにかく、今日はダメっ。料理はまた今度、練習しとくから!」
「は〜い……」
雛菜がしょぼんとしながら……いや、あんまり落ち込んでいるようには見えない様子で項垂れながら返事をする。
「ご、ごめんね、緋影ちゃん……!」
「いや、私こそごめん……お世話になったのに、何も返せなくて……」
小糸には、素直に謝らないといけない。今日一日世話になったのだから。しかも、ネガティブなことは何一つ言わず、自分の面倒を見てくれた。本当に今度、お礼した方が良い……。
「いやいや、そんなの気にしないでよ。明日からもっと厳しくするから……!」
「え?」
……今なんかとんでもないことを言われた気がする……いやいや、まさか大天使コイトエルに限ってそんな……。
「あ、あの……小糸ちゃん……?」
「ちゃんとやろうね……?」
「……」
ダメだ。勝てない。ガッカリと肩を落とすしかなかった。
まぁ、とりあえず今日のところは帰宅……と、思ったのに。
「ただいま〜」
母親が、帰ってきた。もうホント、タイミングの神様に嫌われてるとしか思えない。
「あは〜〜〜⁉︎ 緋影ちゃんのお母さん〜〜〜⁉︎ 会いたい〜〜〜!」
「わ、私も……!」
「……」
どうしよう、と頭の中でグルグル回るが、ダメだ。どう考えたって会わせるしかない。
「……下に行こっか……」
ため息をつきながら、二人と階段を降りる。一階に降りると、目の前にいたのはやはり母親だった。
「緋影、誰か来てる、の……」
「こんばんは〜。緋影ちゃんのお母さんですか〜?」
「お、お邪魔してます……!」
ドシャッ、と母親は荷物を落とす。目の前にいるのは、アイドル。やはり……と、緋影は顔を手で覆った。自分の母親は、男の人も好きだが……女の人も好きだ。
その上で、アイドルに関しては男性アイドルより女性アイドル派……つまり。
「市川、雛菜さんと……福丸小糸ちゃん……?」
「あは〜? 雛菜達のこと知ってるんですか〜?」
「う、嬉しいな……!」
やばい、確実に面倒臭いことになる……と、緋影の脳内CPUがフルオートで動く。この後の流れは目に見えてわかる。
「も、もしかして……緋影がよく話してるお友達って……」
「ひ、緋影ちゃん、私達の話ししてるんだ……!」
「多分、雛菜達ですよ〜?」
「しかも……緋影に、お友達……! ふ、二人とも……ご飯食べていきますか?」
母親の感動→ご飯食べてく? のコンボ……ダメだ、それは阻止しないと。
すぐにそう判断した緋影は、少なくともその場の最適解を導き出した。
「あーごめん! 私、これからお兄ちゃんと外で食べる約束してるから!」
「え〜?」
「あ、あれ……?」
「あら、そうなの? じゃあいってらっしゃい」
「二人とも、またね!」
強引な逃走だった。
×××
「……お兄ちゃん〜?」
ポツンと取り残された雛菜はそんな声を漏らす。確か、この子に兄はいなかったはずだが……と、小糸と顔を見合わせる。
「ごめんなさいね〜、あの子ったらちゃんと挨拶もしないで……」
「あ、あの……緋影ちゃん、お兄さんいるんですか?」
「ええ、そうね。あの子、昔から仲良い従兄弟の子がいてね。いつも『お兄ちゃん、お兄ちゃん』って、昔から遊んでたのよ。今、確か一人暮らししてる一個上の子」
その直後だった。雛菜は自分でも驚く程に苛立った。……緋影に、仲が良いお兄さん? と。
「……は〜?」
不愉快だった。なんか思ったより。
明日、問い詰める。そう強く心に決めてしまった。