翌日、緋影は眠そうな顔のまま身体を起こす。ぬぼーっとした顔色のまま、ベッドから降りて、すぐに準備を始める。正直、眠い……ていうか、怠い。
それでも、とりあえず顔を洗いに行く。遅刻したら怒られてしまうから、まずは目を覚まさせないといけない。
顔をバシャバシャと洗い、続いて髪を整える……うわ、今日の寝癖、中々直らない。まぁ、目立つとこは元に戻したし、別に良いか……と、思い、櫛を元の場所に戻す……が。
「……」
ふと、雛菜の顔が頭に浮かぶ。何となくだけど……あの子にみっともない姿は見られたくない。
もう少し、しつこく髪を直す。だが、寝癖をしつこい。お前どんだけ物理法則に逆らいたがるんだよ、と思う程。
直す、直らない、直す、直らない、直す……。
「あーもうっ……!」
やっぱり直さないで行っちまおうか。いや……ダメだ。みっともない姿は見せられない。こんな事なら、普段から寝癖をもっとしっかり直しておけば良かった。
そのまま悪戦苦闘する事しばらく、ようやく少しずつ治ってきた。そして、完全におとなしくなった直後……今度は何故か前髪の一部がはねた。
「なんでだこんにゃろっ……!」
あったまに来たので、ついやってしまった。ハサミで、はねた分のハサミを切った。切ってしまった。バッサリと。
ヒラリヒラリと舞い落ちる前髪……一部とはいえ、目に入るその前髪……かなり、目立つ所が欠けてしまった。
「……」
今日学校休む、と秒で決めた。理由は……女の子の日で良いや、なんて適当に決めて、部屋に戻ることにした。
にしても……死にたい。なんで、こうも……自分はやらかしてしまうのか……なんてすごすごと歩いている時だった。
「姉ちゃん、朝ご飯できたよ」
「えっ……いや、今日は寝て過ごすから……」
「いや、学校じゃん今日」
「い……良いな、今日は。女の子の日だから」
「女の子のって……ピンピンしてんじゃん。てか、弟にそういう方向してる時点で逆に嘘でしょ」
……この弟、鋭い。
「ちゃんと行きなよ。コテンパにするよ」
「な、なんでコテンパにされるの⁉︎」
「いや、お母さんにちゃんと姉ちゃんの面倒見るように言われてるし」
「逆でしょ! 普通……!」
いや、まぁ確かに何も出来ない姉である自信はあるけども。でも、まさか世話を焼く役を弟に取られるとは……。
これで、別に情けないと思えないあたりが、自分の一番ダメなとこかもしれない。
「ほら、早く降りてきて。女の子の日でもひな祭りでも良いから、ご飯食べて家を出て百合の花を咲かせて」
「ゆっ、百合ぃっ⁉︎ なんの話……!」
「え、なんでそんなキョドってんの? 本当に百合なの?」
「ち、違ううるさいバカクソガキ!」
「は?」
「あうっ……ご、ごめんなさい……」
あれ、もしかして自分が妹だった? なんて変なことを考えながら、仕方なく朝食を食べることにした。
にしても、弟にこそ気が付かれなかったが、やはり前髪がすごく気になる。いつも視界に入っている髪がないと、なんだかやたらと落ち着かない。
「……はぁ、ヒナちゃんに……変とか思われるかな……」
「何が?」
「わひゃあっ⁉︎ い、良いから朝飯!」
「だから出来てるって。なんで弟の前でそういう恥ずかしい呟き漏らすの」
「る、るっさい! もういらない、学校行く!」
「姉ちゃん、メンドくさい。ほんとコテンパにするよ」
「……ご、ごめんなさい……」
怒られるどころか脅されてしまった……と、緋影は肩を落とす。よく見る姉×弟のおねショタエロ漫画描いてる人は、謝りに来て欲しいくらいだ。
×××
しかし、前髪問題は解決していない。その為、何とかするしかないが……どうするか? 帽子……いや、教室内では取らないとダメ。他に方法は……ヘアゴム? いや無理。髪を結った事なんてほとんどないから。
……そんな中、目に入ったのは、小学生の時に使っていたカチューシャだ。
「……」
かけるか……? 頭に……これを。オールバックに出来る様にすれば、鈴木園子のように……。
「……いやいやいや」
この年でこのカチューシャはない。無理だ。でも、他にやりようが……と、思っている時だった。
「姉ちゃん、まだ行かないわけ? サボらせないよ悪いけど。担いででも学校まで運ぶよ」
「え……わ、私は丸太?」
「……ていうか、何でそんな学校行きたがらないの? 雛菜さんと何かあった?」
「は? 何もないけど?」
前髪切り過ぎただけだから、本当に何もない。
「……まぁ良いけど。でも大丈夫、俺は自分の姉が同性愛者でも気にしないから」
「ぶっ殺すよホントに!」
「殺し返すよ悪いけど。いいから準備して」
「は、はい……」
結局、何も対策は浮かばずに学校に行くことになった。
学校に向かいながらも、なんとかして誤魔化す方法を考えるが、何も思いつかない。
こんな事なら、普段から最低限の身嗜みなどではなく、もっと女の子らしくすることをしておけば良かった。
そんなふうに思っている時だった。
「緋影ちゃ〜ん!」
「!」
後ろから声が聞こえて、思わず前に走り出してしまった。ていうか、逃げてしまった。
「え〜〜〜⁉︎ 何で逃げるの〜〜〜⁉︎」
「ご、ごめんなさい〜〜〜!」
「あは〜〜〜絶対、逃がさない〜〜〜♡」
「は、早っ⁉︎」
追いついてきた! と冷や汗をかいてしまう。それはそうだ、運動神経も全然違う。
ていうか、自分より何もかもが上なのだし、逃げ切れるわけがなかった。
「……はぁっ、ひぃっ……!」
「あは〜追い抜いた〜」
「ひぃーっ、ひぃーっ……!」
「すっごく本気で走ってたんだね〜? 雛菜は6割くらいだったのに〜」
その情報、言う必要あるのだろうか? すみませんね、遅くて、と心の中で皮肉を言いつつも、呼吸を整える。心の中でないと発声出来なかった。
そんな緋影の死にかけている様子など気にかける素振りも見せず、雛菜はニコニコしながら告げた。
「で、なんで逃げたの〜?」
「っ⁉︎ ェフッ、ゲフッ……!」
「なんで〜?」
咳き込んでしまっているのも無視して、腕を掴んで拘束される。だが、前上を見られるわけにはいかない。顔だけ背けた。
「緋影ちゃん〜?」
「っ、み、見ないで……!」
「なんで〜?」
「っ……い、いえ……その……」
……言えない、前髪変になってるなんて。どうしよう、と焦る。
「な、なんでもないよ……」
「じゃあ顔見せて〜?」
「や、そ、それは……ちょっと……」
「なんで〜⁉︎」
……困った、と冷や汗が流れる。何とかして誤魔化さないと、と頭の中を回す。何て言って誤魔化せば……いや、思いつかない思いつかない。人と顔合わせなくて良い理由なんてあるとさえ思えないまである。
「わ、私と目を合わせると……石になっちゃうから……?」
「……は〜?」
まぁ意味わかんないよね、と我ながら呆れてしまう。何だろう、今の言い分。メデューサか何かなのだろうか?
「じゃあ、雛菜見る〜♡」
「ちょっ、待っ……!」
「やだ〜」
やめて、と前髪を隠したいが、ダメだ。雛菜に強引に顔を向けられる。顔を見られるなり、雛菜はにこにこ微笑みながら言った。
「やは〜〜〜♡ 前髪変〜〜〜」
「ゴッファっ……!」
ジャガーノートのエクシーズ素材を一つ取り除いた上でリミッター解除を切られ、ダイレクトアタックされた気分だ。
あんまりだ、これはあんまりだ。やはり、来るんじゃなかった。雛菜に「変な前髪」なんて言われてしまうなんて……と、涙目になったまま膝から崩れ落ちる。
「あは〜? 緋影ちゃん〜?」
「……死ぬ」
「え?」
「私を殺して私も死ぬ……」
「それ一人しか死んでないよ〜?」
そのままノソノソと川にかかっている橋の上からダイビングする為に、歩き始めた時だった。ドンッ、と曲がり角で誰かとぶつかり、尻餅をつく。
「あ、ごめ……浅沼さん」
「……樋口先輩、今までありがとうございました……」
「は?」
「今から……魚になってきます……」
「何があったか知らないけど落ち着いて」
そう言いながら、円香は緋影の前にしゃがみ込む。そして、下から顔を覗き込んできた。
「……前髪?」
「っ、み、見ないでください! どうせ私の前髪は変です!」
「ん……じゃあ、動かないで」
「え……?」
すると、円香はポケットからヘアピンを取り出した。そして、緋影の前髪を横に分けると、そのヘアピンで止めてくれた。
「ん、これで綺麗」
「へ……?」
恐る恐る前を見ると、普段雛菜や透に対応するような冷たい目ではなく、むしろ暖かい慈愛の笑みを静かに浮かべた円香が、自分の顔を覗き込んでいた。
「……うん、似合う」
「えっ、あ、あのっ……」
「それ、あげる。髪伸びるまでつけてたら?」
「い、いやあのっ……そ、そんなっ……悪いです……!」
「いいから。気にしないで。雛菜がいつも迷惑かけてるし」
「っ……は、はい……」
さっきの一言はだいぶ効いたので、何か雛菜のために弁解してる気にならなかった。というか、ちょっと円香の優しさに胸が溶かされてしまった。
「あっ……あのっ、その……」
「なに?」
「ありがとう、ございます……お礼させてくださ」
「あは〜〜〜♡ 緋影ちゃん〜〜〜捕獲〜〜〜」
直後、円香を突き飛ばして雛菜がハグしてきた。真横に転がる円香のことなど無視し、雛菜は自分の顔を見る。
「あ〜、ヘアピン可愛い〜♡ 新鮮〜」
褒められて嬉しい……が、さっき一番言って欲しくないセリフを言った癖に……そして、親切にしてくれた樋口先輩を突き飛ばして……と、少しむすっとしてしまう。
「ちょっと雛菜……あんた……」
「知らな〜い。緋影ちゃん、行こ〜?」
しかも謝らない。むすっとしてしまい、雛菜から離れると円香の腕にしがみついた。
「へ〜……?」
「……樋口先輩にそういうこと、言っちゃダメ」
「や、やは〜?」
その直後、円香の胸にも何かが刺さった。この子、もしかしたら小糸より臆病な子なのかもしれない、と……。
それにより、円香も緋影の頭を撫でながら、自分の元に抱き寄せた。
「浅沼さん、学校行く?」
「あ……は、はい……!」
「じゃあ行こっか」
「え〜⁉︎ 雛菜は〜⁉︎」
「来たかったらついて来たら?」
円香に冷たく一蹴された雛菜だが、緋影は円香と腕を組んだまま登校した。
×××
さて、昼休み。ご機嫌の緋影は、円香と小糸とお昼を食べる約束をした。円香も、小糸と緋影とお昼を食べることがまんざらでもない様子だったので、割と楽しみである。
「福丸さん、行こっか?」
「う、うん……!」
話しながら教室を出ようとした時だ。その後ろから喧しい声が耳に響く。
「雛菜も行く〜〜〜!」
「……」
「あ、う、うん……?」
ずっと同じクラスにいたからか、小糸は何となく二人の様子がおかしいことに気がついていた。
「……あ、あの……何かあったの?」
「ヒナちゃんが、私の前髪を変だって言ったの」
「だって変だったもん〜〜〜! その後、ヘアピン付けてから褒めてあげたでしょ〜〜〜⁉︎」
「でも……樋口先輩は変なんて言わないで、助けてくれた。なのに……樋口先輩を突き飛ばして……」
「雛菜だってヘアピンくらい貸せたのに〜!」
残念ながら、それらはすべてタラレバである。……いや、まぁそんな細かい理由じゃない。色々と積み重なったのは事実だが……結局の所、変って笑われたのが強烈だったのだ。
とにかく、怒ってる……というより拗ねている感じでツーンとしていると、雛菜がキュッといつになく弱々しい様子で自身の袖を摘んできた。何? と、顔を向けると、ちょっとだけ泣き出しそうな様子で小さく聞いてきた。
「……ひ、雛菜も一緒にご飯食べるの……ダメ〜……?」
「ひょえっ……」
またダイレクトアタックされた。天使のサイコロを百面ダイスで振りました? というほどのそれは、消滅させるどころか浄化させる勢いで自身のちょっと拗ねていた点を吹っ飛ばした。
「っ……そ、そんなこと、ないです……」
「や、やは〜〜〜♡ じゃあ、雛菜もいく〜〜〜」
「み、みんなでいこっか……」
そんなわけで、結局円香のところに透もいて、ノクチルに囲まれて食事を摂ることになった。
×××
さて、放課後。今朝はとっても大きなハプニングがあって忘れていたが、雛菜には雛菜の目的があった。
……そう、その「お兄ちゃん」とやらとどういう関係なのか問い詰めることだ。
従兄弟、とは言うが、従兄弟という関係は確か結婚出来たはずだ。雑な兄弟とは訳が違う。
つまり、探るしかない。そのために、放課後を使う……勉強会という強制力のある餌を使って。
「緋影ちゃん〜」
「あ、あの……ヒナちゃん……」
声をかけたのはほぼ同時だった。先に話を聞くことにした。
「何〜?」
「あ、うん……えっと、放課後……その、私ヘアピン買いに行きたくて、いつまでも樋口先輩の使うわけに、行かないから……」
勉強をするのは余程嫌なのかもしれない。何にしても、一緒にいられるのなら、問い詰める事も可能だし問題ない。
「……良いよ〜?」
「ヒナちゃんは、何かしたいこと……」
「緋影ちゃんと一緒にいられるなら何でも良いから平気〜」
「ひゅっ……」
何だろう、その息を吸ったようなリアクション。本当に可愛いリアクションばかりする子だ、と笑みが浮かんでしまう。
「じ、じゃあ……行こっか」
「うん〜」
二人で並んで買い物に向かった。
「どんなヘアピンが欲しいの?」
「え、えっと……とりあえず、なんでも良いかな……私なんかが高いの買っても、何も変わらないと思うし……」
それを聞いて、少し雛菜はむすっとする。ホント、こういう自己評価の低さは困る。
「ダメ〜。ちゃんと似合うの選ばないと〜」
「え……で、でも……」
「じゃないと、雛菜がなめくじのヘアピン選んじゃうよ〜?」
「やめて! お願いですから!」
「なんで敬語〜?」
まぁ、苦手そうだとは思っていたけど。とりあえず……ここはひとつ、ちゃんと可愛いことを自覚させたい。
「緋影ちゃんは可愛いよ〜?」
「っ、な、何急に……」
「だって、雛菜が可愛いって言うんだから可愛いんだよ〜?」
「そ、そんなことないよ……本当に可愛かったら、友達の一人や二人くらい出来てたと思うし……」
「? 雛菜とか小糸ちゃんがいるでしょ〜?」
何を言っているのか、このかわい子ちゃんは。それに、可愛いから友達になるとかじゃない気もする。雛菜自身も別に友達多いわけじゃないので、あんま深く考えたことないけど。
「ヒナちゃん……」
「せっかくだし、可愛いの買っちゃお〜?」
「……う、うん……」
さて、そんな話をしているうちに駅に到着した。この周りのお店なら何かしらあるだろう。
そう決めて、とりあえず適当なお店に入った。どんなヘアピンが似合うか? 前髪に止める奴だから、変なのにするわけにもいかない。
「あ〜、これは〜?」
声を出しながら雛菜が手に取ったのは、クリアな水色のヘアピン。シンプルだけど、元が良い人にはむしろこういう方が良い。特に、緋影はクールなイメージがあるし。
それに対し、緋影は……。
「あ、じゃあそれで……」
「……」
即決過ぎる。そんなに気に入ったのだろうか? とりあえず、別のヘアピンを用意した。
「こっちは〜?」
濃い暗めの赤。普段着る服が、制服以外あまり明るくない。だからこそ前髪くらいは明るめにしたらどうだろうか?
「あ……じゃあ、それで」
「……」
いや、何となくこの感じ、覚えがある。だけど、せめてもう一回チャンスをあげたい。
別のヘアピンを手に取った。もう秋、そして次は冬だから使える、雪の形をしたヘアピンだ。
「これは〜?」
「あ、ならそれで……」
「ちゃんと選んでる〜〜〜⁉︎」
想像通りの返事で、思わず声を上げてしまった。
「え、だ、だめですか……? どれも素敵だなと思って……」
「じゃあどう気に入ったのか教えて〜!」
「ひ……ヒナちゃんが選んでくれた奴だから……」
「……む〜」
本音で言ってくれているのは分かる。だから嬉しい。でもそうじゃない。
「じゃあ、雛菜ナメクジのヘアピン選んじゃうよ〜?」
「え……そ、それはちょっと……」
「雛菜が選んだ物なら何でも良いんでしょ〜?」
「そ、それは限度があるから……」
「その限度、もっと低くして〜! 少しくらいわがままになって良いから〜」
あまり遠慮されても、こっちも困る。あと、単純に緋影の好みも知りたいというのもあるし。
「……わ、分かった……」
「で、どんなのが良い〜?」
「じ、じゃあ……」
と、呟きながらしばらく見回した後、緋影が手に取ったのは……。
「これが良い、かな……」
「どんな……えっ」
……マリオの髭の形をしたヘアピンだった。いや、面白いし止める理由はないけど……これを薦める理由はもっとない。
「気持ち悪い〜、雛菜が選ぶ〜」
「えっ……今、すっごく辛辣なこと言った?」
「うーん……どんなのが良いかな〜」
無視して選ぶ。本当なら、緋影の意見も汲みつつ選ぶつもりだったが……雛菜にはマリオの髭の何処に何を感じ取ったのか分からないため、自分が良いと思ったものを選ばせることにした。
「雛菜が選ぶから、緋影ちゃんはどれが良くてどれが嫌か言ってね〜?」
「え……あの、あ、うん……」
勢いだ、こういうのは。というか、髪の毛に髭をつけるセンスはやはり分からない。
さて、改めて、だが……とりあえずさっきの三つと、他にもう二つ選んでみた。
「はい、この中から選んで〜?」
「ど、どれでも良」
「は〜?」
「なんでもないです……」
怒る前に謝ってくれて良かった。お願いだからもう少し考えて言葉を発していただきたい。
「で、どれ〜? 少しくらいワガママでも良いから〜」
「うーん……」
緋影がまず手に取ったのは、青いシンプルなヘアピン。やはり、シンプルに明る過ぎないものが好きなのだろうか?
「……これは、多分似合わないかな……」
「え〜? なんで〜?」
「わ、私みたいに暗いだけの女に、こんなの……」
「……」
ダメだ、こいつ自己評価が地に落ちている。今にして思えば、ゲーセンの男性店員さんの格好もなるべく自分を隠したいという表れなのかもしれない。
だが……どんな理由があっても、自分が選んだヘアピンは全て似合う自信がある。
こいつから本音を聞き出す方法……思いつく限り、一つしかない。
「緋影ちゃん〜、雛菜トイレ行ってくるから、選んでてね〜?」
「え……あ、う、うん……」
それだけ話して、お店を出た。
×××
どれも似合う自信がないな……というのが、本音だった。どれも素敵だったけど、なんていうか……やはり自信がない。今日、一緒にノクチルのみんなとお昼を食べたけど、やたらと落ち着かなかったし。
着飾るのは、あまり趣味じゃないというかなんというか……何で一人で狼狽えていると、電話がかかって来た。
「げっ……」
チェインの方にかけてきたわけではないと言うことは……兄モードにならなくては!
「……はい」
『あ、浅沼さんですか〜? 雛菜です〜』
「ど、どうも」
トイレに行くって言っていたのに……人と二人で出掛けている時まで話したくなるほど、自分の男モードは好かれているのだろうか? いや、まぁ別に良いけど。
「今、妹ちゃんと出掛けてるんですけど〜……』
「そうなんですか。妹がお世話になってます」
『ぷふっ……』
「えっ、何で笑うんですか?」
『いえっ……な、なんでも〜……』
何かツボに入ったのだろうか? いや、ホント何でも良いけど。
『緋影ちゃん、前髪変にしちゃったから、ヘアピン買いに来たんですけど〜』
地味にクリティカルヒットした、今の一言。
『緋影ちゃん、全然自分の意見を言ってくれなくて〜……何か、本音を探る良い方法知りませんか〜?』
本人に聞いちゃってるんだけどね、と思っても、口にしない。しかし……全くこの子は自分と兄のことに気が付かない。うっかりさんなのだろうか? かわいい。
しかし、それにしては本音を探るなんてだいぶハードル高いことを言うなぁ、と思わないでもない。
「知りませんよ。あいつ、実際の所可愛くないし」
『ぷはっ……!』
「え」
『な、なんでもないよ〜……面白いなとムカつくのが同時に来てるだけだから〜……』
「む、ムカつく……?」
ムカつかれることを言っただろうか? なんかちょっと怖い……。
『緋影ちゃんって、雛菜のこと嫌いなのかな〜……』
「えっ、ど、どうして……?」
『だって〜……雛菜が似合うって言っても、信じてくれないし〜……』
「……」
それは違う……と言いたいが、言い切れない。実際、信用していないから褒め言葉を素直に受け止め切れていないのかもしれない……。
なんか……自分って面倒な女なのかもしれない。
「……市川さんは、緋影にどうあって欲しいんですか?」
『そんなの〜……普通に友達だよ〜? 一緒に茶化し合ったり〜、似合いそうな物買い歩いたり〜……とにかく、色々〜』
「……」
それを聞くと……なんだか自分が悪かった気がしてくる。実際、このヘアピンはどれも素敵なので、つけてみたいとは思った。まぁどれも似合わない気がしてならなかったので遠慮してしまったが。
「……はぁ」
『どうしたの〜?』
「何でもない。……緋影、なんだかんだ押しに弱いから、市川さんは押すだけで大丈夫だと思いますよ」
『あは〜〜〜⁉︎ ホント〜〜〜?』
「はい。……妹も、市川さんのこと好きだと思うので、自信持ってください」
『やはっ……!』
あれ、なんか今度は急に声が止まった。
『あ、ありがとうございます〜……じゃあ、雛菜失礼しますね〜?』
「分かりました」
そのまま電話を切った。なんか……雛菜にばかり気を遣わせてる気がしてきたな……と、小さくため息をつく。
そうだ、似合う似合わないはこの際どうでも良い。雛菜を信じて「似合うものを選んでくれた」と思うべきだ。
よし、そうと決まれば、まずはヘアピンを選ぼう。そう思って、雛菜が取ってきてくれたものを改めて見比べた。
「……うーん、これかな……」
手に取ったのは、濃い暗めの赤いヘアピン。前々から、少し青や黒以外にも興味はあった。昔は赤が好きで、今もたまに見えない所は赤いものを身につけていたりする。
雛菜が選んでくれたんだし、似合う……そう思いながら、購入しようと思った時だ。
「雛菜バンザイ〜!」
「ひゃうっ⁉︎」
唐突に、スカートが後ろから持ち上げられる感覚。雛菜のやろう、またやってくれたようだ。しかも……今日の下着、確か赤だった気が……。
「あは〜、緋影ちゃんの下着、派手〜♡ 誰に見せるつもりだったの〜?」
「っ、ひ、ヒナちゃん何するの⁉︎ ていうか、誰にも見せないよ!」
「雛菜に見せる為だったら嬉しいな〜?」
「そ、そんなわけないでしょ! バカ!」
この子は本当にもう! と頭の中が真っ赤になる。
そんな自分の憤慨する空気など無視して、雛菜はニコニコしたまま声をかけてきた。
「ヘアピンも選んだ〜?」
「え? あ、う、うん……」
「じゃ、買いに行こっか〜」
「……うん。ヒナちゃんが選んでくれた奴だから、大事にするね」
「あは〜」
話しながら、そのまませっかくなのでデートを続けた。