ある日の午後、試験が終わってから緋影は軽く伸びをした。終わった。全てが。おそらくだが……赤点は回避出来た。なんかそれだけでやたらと嬉しかったりする。
さて、そんなわけで、今日は豪遊することにした。ゲームセンターのゲームが大好きな緋影は、実に楽しそうな様子で教室を出て行こうとしていた。
そんな緋影の後ろから、むんずっとお尻を鷲掴みする影。
「緋影ちゃん、胸だけじゃなくてお尻も小さい〜」
「ひゃうっ⁉︎ ひ、ヒナちゃん……⁉︎」
真っ赤になって飛び上がってしまった。この人、何をやっているのか。
「な、何すんの⁉︎」
「無防備だったから〜」
「や、やめてよもう……恥ずかしいから……」
やたらと胸が高鳴ったのは、きっと気の所為だと思う。
「緋影ちゃん、何処か行くの〜?」
「えっ? え、えっと……」
どうしよう、これはもしかして遊びに誘われるのかもしれない? だとしたら、ゲーセンなどというよりもっと良いところに行きたい。
せっかく出掛けるのだから、デートスポットっぽいところ……どんなとこが良いだろうか?
あまり返事に時間かけるのも良くない気がしている割に、少し頭の中でうだうだと悩んでしまった結果……変なことをぼやいた。
「らっ……ラブホテリュ……」
「……は〜?」
とんでもないことを言ってしまった、と思った時には遅かった。
「あ、いやっ……今のは……!」
「誰と〜?」
「じ、冗談だから……!」
「誤魔化さなくて良いから、誰と〜?」
「……」
信じるなよ、と誰しも思う所だが、雛菜は珍しく真剣な表情で緋影の両肩に手を置いた。
「誰と〜?」
「い、いや……あの、えと……」
どうしよう、と悩み禿げる。何でそんな変な答えを言ってしまったのか。というか、何故雛菜もそんなに真剣なのか。
何にしても、冗談と言っても通じなさそうな空気だ。どうしよう……嘘を吐こうか? 適当な男子の名前を……いや、恥ずかしい。というか、噂が広まったら最悪だ。同じ理屈で知らないおじさんもダメ。
かと言って、ほんとのことを言っても信じてもらえないし……と、悩みに悩んだ挙句、またアホな答えを告げた。
「……ひっ」
「ひ? まさか、樋口円香先輩〜?」
「ひっ……ヒナちゃん……」
「……は〜?」
何言ってんだ私は! と、頭が真っ赤に染まる。白目を剥いて両手で頭を抱えるしかなかった。
やばい、何を言うよりもやばいことを言ってしまった。早く弁解しなければ。
「ち、違っ……今のは、冗談で……!」
「あは〜」
「えっ、な、何?」
「じゃあ……行こっか〜」
「え、い、行くって……何処に?」
なんか……ラッキースケベな予感が……と、緋影は大量に冷や汗を浮かべる。雛菜は相変わらずにこにこした笑顔のまま緋影の腕に自分の腕を絡めてきた。
「行くって言ったのは緋影ちゃんだからね〜?」
×××
よく、エロ同人やら何やらでは「お城のようなホテル」と揶揄されることが多い。それはその通りだろう。見た目は西洋のお城のようだから。
外見は綺麗だし、夜になるとライティングによって顔が変わる。清純な女性が、少し色っぽさを出すように。
中身に関してはよく知らないが、すごいらしい。ピンクな内容にハートの枕、テレビはAVを垂れ流す始末。
つまり、外がどんなに綺麗だろうと、中は品がないものであって。
「ひ、ヒナちゃん……本気?」
「緋影ちゃんが言い出したんだよ〜?」
「そ、それは冗談で……」
「知らない〜」
現在、ラブホの前。二人で並んでそれを見ていた。マズイ、いやほんとにマズイ。当然の事ながら、心の準備なんて出来ていなかった。今のままこの施設でする行為に及んだら、間違いなくテンパる。
エロ同人誌やら何やらで見た感じ、こういうところでその行為に及ぶには、基本的にガキっぽさは必要ないらしく、大人同士がお互いに大人の愛を育め合うものらしい。
つまり、テンパったりなんてしたら嫌われるというわけで。そのテンパらないためには心の準備が絶対に必要になる。
何とかしないと、と思い、そこでハッとして声をかけた。
「あっ……こ、こういうところって未成年は入れないんじゃ……」
「年確とかされないでしょ、一々〜」
「で、でも制服のままじゃダメなんじゃないかな……」
「じゃあ、私服に着替えよっか〜」
「……」
わざわざ出直すの? と、頬が赤く染まる。
「せっかくだし、二人で洋服買いに行こ〜」
「え? わ、わざわざ……?」
「そうだよ〜?」
そ、そんなに自分とそういうことシたいのかな……なんて、頬が赤く染まる。でも、自分は胸もお尻も小さいのに身長だけ平均以上あって、色気なんてかけらも無いクソダサ女なのに。
しかし、誘った手前、もう雛菜にしばらく付き合う他ない、と諦め、そのまま買い物に向かった。
駅の近くで、とりあえず服を買いに行った。と言っても、一式買えるほどのお金なんて持ち歩いていないし、場所はユニ○ロ。セールになっている安い服を買うことになった。
「か、帰って着替えるんじゃダメなのかな……」
「どんな服が良い〜?」
「え? あ……お、お任せします……」
「やり直し〜」
「えっ……あっ、う、うそうそ! え、選ぶ選ぶ!」
そういえば、前にヘアピンを選ぶ時に怒られたことを思い出す。そうだ、自分の希望を言わないと……でも、これから脱がされる服を選ぶんだよなぁ……と、少し頬が赤くなる。
脱がしやすい方が良いのかな……と、思う反面、やはり露出度は低い服が良い。恥ずかしいし。あともう十月だし。
地味で露出度低いものが良いのだが……そうはいかないだろうし、地味な方はこの際、捨てよう。
さて、派手目な服、と決めたが……そういう服を着た事がない。どんな感じだろうか?
イメージ的には……フリルがついていて、ピンクとか赤で、リボンとかもちょこんと乗ったワンピース……いや無理だ。恥ずかし過ぎる。ワンピースなんて人生で一度も着たことがない。
しかし……ワンピースって一枚の布で身を包んでいるわけだし……脱がしやすいのではないだろうか?
ここは……冒険してみるべきところなのかもしれない。
「あの……じゃあ……わ、ワンピースで……」
「あは〜、了解〜」
言ってしまうと、雛菜はとても嬉しそうににこやかな笑みを浮かべた。
そして、緋影の腕を引いて店内を見て回り始める。しかし……やはりワンピースは冒険しすぎな気がしないでもない。脱がされるとわかっているのなら尚更だ。
今からでも訂正は間に合うだろうか?
「あ、あの……ヒナちゃん、やっぱり……」
「はい、決まり〜。これ試着室で着てみて〜?」
「早っ⁉︎」
こっちが何か言う前に、既に手の中にいくつかハンガーを納められていた。この子、本当に底が知れない。
「ほら、早く早く〜」
「う、うん……」
こうなったら……試着だけでもするしかないのかもしれない。とりあえず、洋服を受け取り、そのまま試着室に向かった。
試着室で着替えることしばらく……完了して、鏡を見た。
「わっ……」
着てから変に感動してしまった。何せ、写っている自分の格好は、オレンジと紺のストライプの首元まで歩くTシャツに、紺色の暖かい生地のワンピース、そしてこの時期は普段から履いているタイツの自分。
なんか……秋仕様の大人の女性、という感じでとても気に入ってしまった。
「綺麗……」
何より……地味目で露出度も低いというのが良い。組み合わせ次第でワンピースはこんなふうに着こなすことが出来るんだ……と、感動してしまった。
「え、えへへ……」
「着替え終わった〜?」
「ひゃわっ⁉︎」
急にカーテンを開けられ、思わずビクッと背筋を伸ばしてしまった。
「ひ、ヒナちゃん! いきなり開けないでよ! 着替え中だったらどうすんの⁉︎」
「あは〜、やっぱり似合ってる〜」
「き、聞いてる⁉︎」
全然、聞く気がなくてビビる。……ま、まぁ、褒められて悪い気がするわけでもないが。
「き、綺麗……かな……?」
「綺麗だよ〜。雛菜の見立て完璧〜」
「う、うん……ホントに……」
自分みたいな貧相な女でも大人に見えるのだから、本当にすごい。
「あ、ありがとう……」
「じゃあ、今度は緋影ちゃんが雛菜の洋服選んでー?」
「えっ、わ、私が……?」
「そう〜」
その交換条件、聞いていないのだが……だが、良い服を選んでもらったのだ。ここは一つ、自分も根性見せないといけない。
「わ、分かった……頑張ります……!」
「雛菜はね〜、可愛い服が良いな〜?」
ざっくりしたリクエストだが、もうそれは致し方ない。とりあえず、可愛さということで店内を見てみる。
やはり、可愛いと言えば明るい色、だろうか? しかし……あまり可愛い系の服を着ることはない自分には難しい。
「どうしようかな……」
「雛菜、秋物が良いかな〜」
「あ、秋……か、カーディガンとか?」
「そうそう〜。分かってるじゃん〜」
よっしゃ、当たり引いた、と小さくガッツポーズ。ならば、カーディガンを探しに行った。
可愛い系……と、顎に手を当てて探すが、やはり柄より色合いで決めるしかないのだろう。そうなると……やはり、ピンクだろうか?
「こ……これとか、どうかな……」
手渡してみると、雛菜は一応受け取ってくれた。で、近くにある鏡を眺めながら、自分の体にあてがってみる。
「うん、良いかも〜」
「ほ、ホント?」
「ホント〜。……で、他は〜?」
「い、今選ぶから……!」
他……つまり、カーディガンに似合う奴……と、そのまま他の洋服を探した。
×××
さて、それから30分ほど経過した。雛菜には黒いフリルがついたノースリーブとベージュのスカートを選んだ。
まぁまぁ気に入ってくれたみたいで、二人でそのまま私服に着替えたままお店を出る。ちなみに、制服は鞄の中にしまっておいた。
「あは〜、緋影ちゃんが選んでくれた洋服〜」
「わ、私のも……ヒナちゃんが、選んでくれた洋服だよ?」
「じゃあお揃い〜?」
「お、お揃い……なのかな?」
全然、タイプが違う服だけど、お互いに選んだ服だからお揃い、というとんでもない理屈でお揃いになった。
「この後、どうする〜?」
「どうしよっか……」
「せっかく私服になったし〜、このままデートしよっか〜?」
「でっ……う、うん……」
ちょっと気恥ずかしいけど……でも、まぁアリだ。雛菜と二人でデートとか最高だから。
「じゃあ、どこ行く〜?」
「え、えと……」
ゲーセンは嫌だ。なんか違う……と、思ったのだが……せっかくの私服だ。つまり……記念写真が欲しい。
「ぷ、プリクラとか……」
「やは〜、良いね〜」
よし、また正解だ……! と、ガッツポーズ。そうと決まれば善は急げだ。この時間、試験終わったばっかなこともあって、何をするにしても記念が好きな学生はやたらとプリクラを撮りたがるものだ。
少し焦って、小走りになってしまった時だ。足元をもつれさせて転びそうになってしまった。
「きゃっ……!」
ヤバっ……と、思ったのも束の間だった。後ろから、ガッと腕を掴まれて支えてもらってしまった。
「危ないよ〜? 慌てると〜」
「っ、ご、ごめん……」
「緋影ちゃん、落ち着いてるのに子供みたいだよね〜」
「うっ……や、やめてよもう……」
恥ずかしさで、少し頬が赤く染まる。そんな自分に、雛菜は相変わらずニコニコした笑みのまま、横から告げた。
「そういう落ち着きのない子は〜……こうしてあげるしかないよね〜?」
「へっ……?」
そう言いながら……キュッと手を繋がれてしまった。
「っ、こ、子供じゃないよ……」
「子供だよ〜?」
「……うう」
なんかすごく恥ずかしいことになっている気がしながらも、そのままプリクラを撮りに行った。
さて、そのまま二人でゲーセンを満喫。プリクラの後はクレーンゲームをやって、レースゲームをやってエアホッケーを遊んで……と、とにかく二人で色々と遊び尽くし、いよいよ帰宅する時間になってしまった。
「今日は、楽しかった〜?」
「う、うん……! なんか忘れてる気がするけど……でも、楽しかったよ……!」
「雛菜も〜」
「そ、そっか……良かった……」
よくよく考えれば、完全に雛菜の休日を使ってしまったから、楽しくなかったら困ってしまう。
「緋影ちゃん、意外とチョイスは良いよね〜。ヘアピンの時はマリオのヒゲとか選んでたのに〜」
「あ、あはは……まぁ、あれ以来……その、勉強とかしたし……」
「あは〜、えらいね〜」
ただでさえ、学校の知り合いは全員、アイドルなのだ。自分がせめて一歩引いたとこから一緒に馴染むには、努力は必要だ。
「じ、じゃあ……またね、ヒナちゃん……!」
「うん〜……あ、緋影ちゃん〜。帰る前に一つだけ〜」
「? 何?」
そう言ってから、雛菜は緋影の耳元に口を寄せ、そして囁くように言った。
「……ラブホテルは、また今度ね〜?」
「え……あ……」
思い出した。そういや、そんな話をしていた……というか、全てのきっかけがそれだった。
なんていうか……もう色々と全力で顔が真っ赤に染まりあがる。
「ひ、ヒナちゃん〜!」
「じゃ、またね〜」
そのまま逃げるように雛菜には帰られてしまった。
よくよく考えれば……今日、今の今まで自分はホテルに入る事はビビっていたが、雛菜とその行為に至ること自体に抵抗はなかった。
それはまるで……自分は同性愛者と言われているようで……何だか、非常に色々と頭の中が真っ赤に染まった。なんでって、そもそもエッチなことをしたがっているような自分に気が付いたからだ。
チャンスがあれば、その手の行為をしようとか考えている……それに、気が付いてしまった。
だとしたら……雛菜に付き合わせるわけにはいかない。おそらく、彼女はのんけだし、変な勘違いさせてはいけない。
「……距離、おかないとだよね……」
その日の夜、緋影は一人で果てた。
×××
逃げるように帰宅した雛菜は……本当に逃げていた。
「っ〜〜〜!」
顔を真っ赤にして、ドッドッドッとS級ヒーローのように高鳴る胸を上から鷲掴みにして押さえ込んで。
危なかった。つい、その……同級生とラブホテルに行くところだった。何が危ないって、ついホテルの目の前まで来てしまったことだ。
いや……別に嫌じゃないけど。ちょっと女の子同士というのも興味ある。というか……少なくとも今の今まで「抱かれたい」と思う男はいなかった。透とか緋影のように抱かれたいと思う女の子はいたが。
つまり……自分も……。
「いやそれは良いんだけど〜……」
まさか、緋影がホテルに行きたいなんて言い出すとは……それも、ラブホテル。そして、雛菜と二人で行きたがるとは……。
もしかして……そういう感情を抱かれているのだろうか? ない話ではないのだが……なんか、だとしたらちょっと嬉しいけど恥ずかしい。
「相談できそうな人、雛菜にはいないしな〜……」
透は絶対無理だし、円香には相談したくない。で、小糸は驚愕が止まらないだろうし……残念だけど、そういうので相談に乗ってくれそうな人はいない。
「はぁ……どうしよっかな〜……」
ため息を漏らしながらも……シちゃえば良かっただろうか? と、少しだけ後悔。だが、何にしてもとりあえずどうするのか悩むしか……。
「雛菜?」
「っ、ま、円香先輩〜?」
しまった、と冷や汗を流す。まさか現れるとは、と雛菜が珍しく狼狽えたのを、円香は見逃さなかった。
「……何? どうかした?」
「は〜? 何が〜?」
「別に。まぁどうでも良いけど。何か悩んでんの? てか、何で私服?」
「別に〜? 円香先輩に話すことなんてないし〜」
「あっそ」
そう、話すことなんてない。……円香が一番、良い返事をくれるかもしれないのだが……。
「……」
「じゃ、私帰る」
「あ……ま、まって〜? せっかくだし一緒に帰ろ〜?」
「……勝手にして」
そう、せっかくだ。せっかくなので、一緒に帰っても良いところだろう。
そのまま二人で並んで歩き始めた。
「あんた今日、何してたわけ?」
「緋影ちゃんとデートしてた〜」
「へ〜、何処に?」
「まずラブホ行った〜」
「……は?」
口が滑ったわけだが、まぁ良いか、とすぐに思い直す。相手は円香だし、適当に誤魔化せば良い……と、思っていたのだが、円香はジロリと自分を睨んでいる。
「あんた本気で言ってんの?」
「そうだよ〜。緋影ちゃんが行きたいって言うから〜……」
「……それであんた悩んでたんでしょ」
「な、悩んでないもん〜……」
見抜かれた。ホント、やたらと鋭い人だ。
「で、シたわけ?」
「いや〜? 買い物に行って誤魔化したよ〜?」
「ふーん……良かった。お詫びの菓子折りは必要ないわけね」
「元々、必要ない〜! 緋影ちゃんの方から言い出したんだから〜!」
この人、なんか意地悪いことを言い出した。だから円香には言いたくなかったというのだ。
「円香先輩きらい〜」
「どうでも良い。それより、よく誘われたのに乗らなかったね。あんたは乗るでしょ、そういうの」
「……ホントに円香先輩きらい〜」
意地悪いことばっか言う人だ。おかげで雛菜もムクれてしまう。
「でも、断らなかったってことは嫌じゃなかったんでしょ」
それは……そうかもしれない。嫌だったら雛菜はその場で嫌と言ってしまうから。誤魔化して遠回しに断ったりはしない。
でも……それを円香に言われるとやはり少しむすっとしてしまうわけで。なんか自分のこと分かってます、みたいな感じがちょっと癪だ。
「……嫌じゃないけど、良くもなかったし〜……」
「今日の下着、上下で揃ってないとか?」
「そ、それもあるけど〜……」
まぁ、色々だ。準備とかしてなかったし。主に心の。……いや、それ以上に緋影がどういうつもりだったのか気になり過ぎたのが一番だが。
「……も、も〜! 雛菜のことは良いの〜!」
「良くないでしょ。あんたの話だし」
「うう〜……」
それはその通りだけど……と、雛菜は肩を落とす。なんか、すっごく恥ずかしい思いをしている気がする……と、ため息も漏れる。
「はぁ……円香先輩にはバレたくなかったのにな〜……」
「珍しく迂闊だったあんたが悪い」
「うう〜……」
本当に腹立たしい……そもそも、緋影が悪い。急に人とラブホに行きたいとか言い出すとか、仮に付き合っていたとしてもドン引きするレベルである。
「よし、決めた〜。雛菜、緋影ちゃんのこといじめる〜」
「は? そんなことさせないから死んでも」
「知らない〜」
「分かった。ここで息の根を止める」
「やってみれば〜?」
少しずつ殺気が渦巻き、円香と雛菜は構え始める。かたや両手首を蛇のように殺し腰を低い構え、かたや両手を斜め前に広げて恐竜を制するような構え。
ひゅうう……と、木枯らしが転がりそうな風が、二人の間を吹き抜ける。しんっ……と、静寂が場を支配した。
そして……双方、一気に襲い掛か……。
「ふ、二人とも何してるの!」
その間に入り込んだのは小糸だった。天使が割り込んできたおかげで、円香は一先ず落ち着き、動きを止めた。でも雛菜はそうでもなかった。尖らせた手の先が、円香の頬に減り込む。
「あっ、ごめん〜。避けると思ってたから〜」
「……小糸、雛菜今日ラブホに連れ込んだって。浅沼さんを」
「ぴえっ⁉︎ ひ、雛菜ちゃん……!」
「円香先輩〜〜〜⁉︎」
普段の自分なら気にしないが、緋影が相手と知られるとやたらと気恥ずかしくなるので勘弁して欲しかったのに……。
むすっとしたので、やり返すことにした。
「円香先輩だって、緋影ちゃんを食べようとしてたくせに〜〜〜!」
「は? してない」
「ぴえっ……ま、円香ちゃん……?」
「ホントだよ〜? あのつるっとしたお尻に顔埋めたいって言ってた〜」
「言ってない」
「ま、円香ちゃん……!」
「小糸、すぐ信じないで。そして引かないで」
ぷーくすくす、と言わんばかりに雛菜は笑みを噛み殺す。効いている。とっても。
すると、円香は雛菜をジロリと睨みつけ、続けて言った。
「ていうか、私が浅沼さんのこと襲いたいと思うわけないでしょ。小糸のことだって襲った事ないのに」
「だ、だよね……! ……ん?」
「でも、雛菜が浅沼さんをラブホに連れてったのはホント」
「えっ」
「ま、円香先輩〜!」
……ダメだ。今日はなんか勝てる気がしない。というか、今日は円香と小糸が二人でデートしてたんだ、なんて察してしまった。
何にしても、もうさっさと帰ろうと思って逃げようとしたが、その雛菜を小糸がつかんだ。
「ひ、雛菜ちゃん、緋影ちゃんのこといじめちゃダメだよ……! 私達、まだ高校生なんだから、そういうのはまだ早いと思うし……!」
「な、何もしてないよ〜! ラブホテルの前に行っただけだから〜!」
「何しに行ったわけ? ラブホの前まで」
「緋影ちゃんが行こうって言ったの〜!」
なんかもう腹が立ったので、強引に逃げることにした。小糸に手を離してもらうと、二人に「あっかんべー」と言うように舌を出す。
「もういい〜! 帰る〜!」
「あっそ」
「あ、ひ、雛菜ちゃん〜!」
明日、とにかく緋影に文句言ってやる、と強く決めて走って帰宅した。