同性愛者、とは一体如何なものか、病気の一種なのか? それとも同性しか愛せないだけで普通の人? などと調べるような行動力は、残念ながら緋影にはない。
基本的に面倒臭いネガティヴな女の癖にウジウジしているので、妄想だけ頭の中で膨らませる生き物だ。
さて、自分がレズであると自認した翌日、緋影は弟から強引に起こされて学校に向かった……が、向かっただけだ。途中でコンビニに寄って漫画を読み始めた。
なんか……雛菜と顔を合わせづらい。だって……自分は雛菜が大好きだから。自分なんかに声を掛けてくれて、色んなところに遊びに連れて行ってくれたりした彼女が、とても好きで仕方なかった。
けど、おそらく雛菜はのんけだ。だから……まぁ、自分なんかが近くにいると、今後は気を使わせるだけになってしまうだろう。
その為、今日は学校をサボることにした。
「……マック行こ」
朝マックして、ゲーセンで時間潰して……あ、その前に着替えないと。制服のまま遊んでたら目立つ。こんな事するのに躊躇がないから成績はいつまで経っても上がらないんだろうな……なんて考えながら、とりあえずトボトボと歩いて行った。
×××
「えー、緋影ちゃんいないの〜?」
「そ、そうみたいだね……!」
近くの席にいない友人の姿を見て、雛菜はガッカリしたような声音を漏らす。
「ど、どうしたんだろうね……真面目そうに見える子だったから、サボりとかはしないと思ってたけど……」
「あは〜? 緋影ちゃんは全然、真面目じゃないよ〜? 頭悪いのに、やらないといけないことからすぐに逃げちゃうし〜」
「わ、割と酷評してるんだ……」
「でも〜……だから、何処かで迷子になってないか心配かな〜って……」
何せ、あの可愛さとゲーム以外何の取り柄もない少女は、何処で何をしていようと問題が起こったらまず負ける。ついててあげないと不安で仕方ない。
まぁでも、今はとりあえずホームルームの時間なので、しばらく待機するしかなかった。
「一応、チェインしてみないとな〜」
「そ、そうだねっ……」
そんなわけで「体調悪いの〜?」と短いメッセージを送る。小糸も「おはよう。どうかしたの?」と送信してみた。
既読はつかないが……まぁ、もしかしたら、今は手が離せないのかも、と思い、とりあえず返事を待つことにした。
〜60分後〜
ホームルームと一限目が終わったが、まだチェインは来ていない。先生も出席を取る時「え、休みなの?」みたいなことを言っていたこともあったし、心配が少しずつ大きくなってきた。
正直、お見舞いに行きたいほどだ。でも体調が悪いわけでもなかったら家にはいないわけだし、どうしたら良いのか分からない。
「はぁ……どうしよっかな〜」
「で、電話は?」
「出てくれるかな〜……」
そんな風に呟きながら電話しようとスマホを取り出すと……その前に、円香から電話が来た。
「……」
「あ、円香ちゃん……今日、透ちゃんとお仕事だよね……? 何かあったのかな……」
「あは〜、うるさい〜」
ぶちっと電話を切ってしまった。
「ひ、雛菜ちゃん! なんで切ってるの⁉︎ お仕事のことかも……」
「今それどころじゃないよ〜?」
「も、も〜! ……あ、今度私のとこに……」
無視して、雛菜は緋影に電話を掛ける。チェイン独特のコール音が鳴り響くが、応答するような声は聞こえない。
しばらく待機したが、結局出ることはなかった。
「ひ、雛菜ちゃん……」
「何〜?」
「円香ちゃんが……ゲーセンのお兄さんモードの緋影ちゃんを見たって……」
「……は〜?」
つまり……サボりだろうか? でもそうと決まれば話は早い。ならば……こっちもサボって迎えに行くだけだ。
「じゃあ雛菜もそこに行くね〜」
「え、今から⁉︎」
「そう〜」
「だ、ダメだよ雛菜ちゃん! 怒られちゃう……!」
「明日なら別に良いよ〜?」
今日、怒られると時間のロスだ。明日、サボった罪を緋影と一緒に怒られれば良い。
そう決めて、教室を出た。当然、放っておけない小糸も後を追う。だが……先生に捕まってしまった。
「お前ら、次の授業始まるぞ。どこ行くんだ?」
「あ……いえ。えと……!」
「緋影ちゃんを探しに行きます〜」
「ああ……そういやいないんだっけ。……いやダメだろそれでも」
「先生はあの弱々しい子がどうなっても良いって言うんですか〜?」
「え? いや……そういうわけじゃねーけど」
「雛菜は本当に心配だから探しに行きたいと思ってるんですけど〜」
「それとこれとは別だ」
むむむっ、と雛菜が唸る中……後ろから小糸が両手を広げて立ち塞がった。
「わ、私が抑えるから、雛菜ちゃん行って!」
「へ〜?」
「抑えるって……」
「分かった〜!」
「あ、待てこら!」
「せ、先生はいっちゃダメです!」
小糸が身を張っている間に、雛菜は逃げ出した。
あのアホな女の子が時間を潰す場所なんて決まっている。後は、しらみ潰しにそれを探すだけだ。探し出したら……何か悩んでいるのかもしれないし、正体に気づいていないフリをして聞き出してしまおう。
そう決めて、そのまま走っていった。
×××
今日に限って調子が良かった。朝マックをして、銃を撃つゲームの2Pを1人で始めてハイスコアを叩き出した。
学校をサボってゲームをする……というのも、やはり楽しい。スリルが違う。
「ふぅ〜……」
でも、両腕は限界。プルプルと震えた手をマッサージする。こう言うゲームは一日一回が限界だ。
……さて、次はダンスゲームだろうか? いや……流石に腕も疲れたし、メダルゲームで休憩にしようか……なんて考えながら筐体の前から退きながら……ふぅ、とため息。
いや……もっと体動かすゲームが良い。疲れて、何も考えないでいられる時間が欲しい。考えると……嫌なことをたくさん思い出す。
学校、サボっちゃったな、とか、親に連絡されたら怒られるな、とか……あと、雛菜にもっと顔合わせづらくなっちゃったな、とか。
自分でサボると決めてその通りにしているくせに、やたらとビクビクしている。一体、何がしたいのか……。
いや、何がしたいかも分かっている。雛菜に本当は会いたい。でも……自分からは会いに行きたくないのだ。同性愛者ということがバレるのは怖いけど、向こうから近寄って来るなら仕方ない。
でも学校に行けば顔を合わせることは仕方ない出来事ではない。……だから、行けない。
そんな面倒臭い女である自覚が十分過ぎるほどあった。
「……っと、ダメダメ」
今、ネガティブなことを考えてはダメだ。自己嫌悪のあまり自殺してしまうかもしれない。ゲームで体を酷使して、死ぬ一歩手前まで暴れて、何も考えられなくなってしまおう。
そう決めて、太達の前に向かった時だ。
「あ……いた! ひか……お兄さん〜!」
そんな声が、耳元まで届く。明るくてホワホワした口調、意外と高くて幼いヘルツ、自分が今、一番聞きたくないけど聞きたい声……市川雛菜が、後ろに立っていた。
「あ……ひ、ヒナちゃん……」
「やっと見つけた〜!」
パタパタと駆け寄ってくる。ヤバい、どうしよう……逃げないと、なんて臆病ながらに思ったが、雛菜の足と反応速度は段違いだ。逃げられない。
「もう、探したよ〜?」
「な、何してるんですか……? 今、学校の時間では……」
「それはそっちも同じでしょ〜!」
それはそうなのだが……と、そこで気付く。オシャレに気を遣っている子なのに、汗ばんだ額とブラウスに、風圧を受けてか若干、跳ねている髪……本当に探し回ってくれていたようだ。
これを相手に逃げるのは流石に出来ない。
「え、えと……あの……」
「お兄さんはどこに行ったか知りませんか〜?」
「え?」
「緋影ちゃんの居場所〜」
言われてハッとする。そう言えば、今の服装は一旦帰って着替えたから、兄という体になっている格好だ。
もしかして……探していたのは緋影ではなく、兄の方? と、少し涙目になる。というか、それはそうだ。遊びにラブホへ誘うような変態女より、顔が好みの兄と遊んだ方が、学校をサボって怒られるリスクを負った意味はある。
「し、知らないかな……」
「そうですか〜」
あんまり残念そうに見えない。多分、緋影を探すと言う体で兄に会いにきているから。こっちは、正直少し吐きそうなくらいショックを受けている。
……まぁでも、自分が嘔吐するのはどうでも良いけど、せっかく学校サボってまで兄に会いにきてくれた雛菜の気持ちは大事だ。
「では……妹、探しに行かれますか?」
「あは〜、手伝ってくれるんですか〜?」
「勿論」
それに……兄という体ならば、雛菜に好きな感情を察されても同性愛者としては見られないだろうから。
……というか、そうだ。雛菜も自分が男になれば、結ばれても嫌じゃないのでは? なんて、少し頭の中を拗らせ始めてしまった。
「じゃ、行こ〜?」
「うん、行こっか?」
そのまま二人で絶対に見つからない緋影を探しに行く事にした。
×××
もう秋であることもあって、肌寒い季節になっている。荷物を全部置いてきてしまった雛菜は、上着でさえも椅子に掛けっぱなしだ。
ちょっとそれ故に寒そうにしているのを見かねて、緋影は自分の上着を羽織らせた。
「どうぞ、市川さん」
「ありがとうございます〜。やは〜、あったかい〜」
今の……紳士っぽかった……と、少しニヤつく。そのまま二人で街並みを歩く。
「それで、妹が学校に来ていないんだっけ?」
「そうなんです〜。こんなこと今までなかったから、少し心配で〜」
「心配することないと思いますよ。あいつ、学校くらい平気でサボりますから」
「なんでサボったんだと思いますか〜?」
「えっ」
なんで思うも何も、本人だ。それはなんて答えれば良いのか……と、少し悩んでしまう。
「さ、さぁ……あいつ根暗で無責任だからどうも……」
「そんなことないよ〜!」
「えっ? ご、ごめんなさい……」
「あ……て、ていうか、真面目に答えて〜?」
真面目に……か、と考える。と言うか、これはチャンスかもしれない。男の身のまま話をして本音を伝える事で、雛菜が同性愛についてどう思っているのかを知る良い機会に出来る。
そうと決まれば、早速だ。
「じ、実はうちの緋影……」
「うん?」
……でも、同性愛者と、完璧に把握されるのはリスキーなんじゃないか? と、思い、内容を少し変えて言った。
「……ゆ、百合モノのアニメに興味あるらしくて……それで、女の子同士の恋愛とか出来るのかーとか悩んでて……」
「……ふ〜ん」
結局ほとんど言っちゃった。でもまぁあくまでも興味がある程度には抑えたし、多分大丈夫だろう。
「ヒナちゃ……市川さんは、どう思う?」
「雛菜は別に良いと思うけど〜?」
……なんか適当な返事が返ってきた。本当に考えてくれているのだろうか?
「い、いやだってほら……同性愛者ってことは、女の子を性的な対象で見てるわけで……つまり、着替えとか体育とかの間もえっちな目で見ちゃうわけで……」
「それくらい、同性愛者じゃなくてもあるよ〜?」
「ほ、他にも……その、のんけの子を好きになって、迷惑かけちゃうかもだし……!」
「雛菜もい〜っぱい迷惑かけてるよ〜? 円香先輩とかいつも雛菜のこと怒るし〜」
……いや、まぁそう言われるとその通りなのだが。でも、やっぱりなんかズレている気がする……と、不安になる。
それでも、と言うように雛菜は笑みを浮かべる。
「雛菜もね〜、他のノクチルのみんなもね〜? 緋影ちゃんが……レズでも、おバカさんでも、雛菜達をどんなにえっちな目で見てても、ずーっと一緒にいたいと思ってるよ〜?」
「え……?」
なんか……まるで、真横にいる自分に言っていたような言い方に、少し胸の奥がどきっとする。もしかして……正体、気付かれているのだろうか? なんて。
気が付けば、歩いて来たのは公園。絶対に緋影がいなさそうな場所まで来ていた。
「入ろ? 中」
「え? あ、うん?」
言われて、手を引かれて中に入る。ベンチに座り、二人で並んで座った。
「で、でも……緋影のバカ、あれですけべだよ? 家にエロ本とかあるし……もしかしたら、平気で嫌がられることするかも……」
「も〜、まだ分かってないの〜?」
「えっ……」
隣の自分を見た雛菜は、笑みを浮かべながらニコニコして言った。
「雛菜達はね〜、元々みんな変な子達が集まってるから、緋影ちゃん程度の変な子がいても、何も思わないよ〜?」
「や、でも……」
「さっき言った通り、どんなにえっちでも、レズでも、本当はお兄さんなんていなくても……」
「え?」
雛菜の手は、まず自分の帽子に伸ばされた。ぬるりと取られてしまい、変な圧を感じて抵抗する事ができなかった。
「とっても不真面目で学校を平気でサボれちゃう子でも、都合が良い勘違いをされるとそれに乗っちゃう子でも〜」
そのままさらに口元のマスクを取られる。マスクなんて他人が触りたくないものナンバー1だろうに、平気で取ってくれてしまった。
「スタイルと成績と運動がダメダメな子でも、ウソをついて何度も雛菜とデートしてくれて、今もこうして変装しながら学校をサボっちゃう子でも」
そして最後に……サングラスを取られる。顕になった緋影の瞳には、少しだけ涙が浮かんでいる。
「……雛菜達は、ずっと一緒にいるよ〜?」
「っ……!」
思わず、頬が赤く染まる。もしかしなくても分かる。ということは、だ……。
「き、気付いてたの……?」
「緋影ちゃん、隠すの下手くそだもん〜」
「いつ、から……?」
「割と前から〜」
カアァァッと赤く染まる前に、サァ──ッと真っ青に染まる。つまり……騙していたことがバレてしまったわけで。
「ご、ごめんなさいヒナちゃん! その、私別に揶揄うつもりだったわけじゃ……!」
「だから〜別に怒ってないよ〜?」
「で、でも……!」
「でも、も何もないの〜! そういう意味だと、雛菜だって悪いんだよ〜? 正体に気づいてたのに、知らないふりして本音を聞き出したりしてたんだから〜」
「え? ……あっ」
思い出した。前にヘアピンを買いに行った時、確かそんな感じの電話を……綺麗に載せられてたし、それに関して一切気が付かなかったし、なんかもう色々と恥ずかしい。
「も、もーやだぁー……転校したいぃ〜……」
「あは〜、クールな格好してるのに、何も全く気づかない緋影ちゃん、すごく可愛かったよ〜?」
「転校する!」
「じゃあ雛菜もする〜」
「それしたら転校の意味ないし……」
なんか、色々と恥ずかしい思いをしてしまったが……でも、なんだか学校サボったりなんてしない方が良かったのは理解出来た。自分はいつもこうして気にし過ぎてしまう。
……だから、こうやって余計に人を心配かけさせ、そして家ではその世話に疲れた弟に手間をかけさせてしまうのだ。
「それより、どうする〜? 緋影ちゃん〜」
「え、な、何が?」
「今日、このままサボってゲーセンで遊んじゃう〜?」
それは……とっても魅力的な提案だ。もうここまでサボってしまったわけだし、良いかもしれない。
「じゃあ……遊びにいこっか」
「あは〜、学校サボってデートだ〜」
「……うん」
それで……せっかくだから、少しでも雛菜の気持ちが自分に寄るようにしたい。学校サボって町中走り回ってまで自分を見つけてくれたこの子の事が、緋影はこの世の誰よりも好きだ。
そう決めて、勇気を踏み出すことにした。
「あ、あの……ヒナちゃん」
「あは〜、何〜?」
「手、繋いでも良い……?」
……ちょっと、踏み込み過ぎだろうか? でも……手を繋ぐくらいなら友達でもしてる(気がする)し……何にしても、断られたら立ち直れないかも……なんて思っていると、その自分の手を雛菜が握ってくれた。
「良いよ〜?」
「っ……あ、ありがと……!」
「じゃあ、いこっか〜」
話しながら、サボりに出かけた。
×××
午前中、満面なく二人で遊び尽くし、お昼を食べに行くことにした。最後にはプリクラなんて撮ってしまって、本当にイチャイチャできたと思う。これが午前中なのだから素晴らしい。
午後はどうするのか、それはまぁお昼に相談するとして……それよりも、だ。
「ここで食べよっか〜」
雛菜が連れてきてくれたお店は、それはもうおしゃれなカフェだ。正直、カップル以外は入りそうにないくらい、普段の自分なら入ることもヒヨってしまう程おしゃれなカフェだが……今の自分は周囲からは男にしか見えていないだろうし、問題ない。
そんな怯えが目に入ったのだろうか? 雛菜が、手を握ってくれた。
「大丈夫だよ〜? 緋影ちゃん、今の格好はそこらの男子より素敵だから〜」
「ひゅっ……」
そうだった、元々雛菜に一目惚れされ掛けるほど今の自分の服装は(男の子として)良いんだった。
それを気付かせてくれた雛菜を前に、なおさらキュンとしてしまったわけだが。
……そうだ、おしゃれなカフェだし、プリクラ撮った後だし、今日の服装も良い感じだし……告白してしまおうか?
「っ……」
そうだ、告白してしまおう。近くに雛菜がまた一目惚れしかねない男が現れないとも限らないし……言ってしまおう。
席に案内され、二人で座る。
「何食べる〜?」
「え、えと……何があるのかな……」
「雛菜はケーキにしちゃお〜」
「え、いやあの……お昼では?」
「お昼にケーキ食べちゃダメって、誰が決めたの〜?」
「あ、な、なるほど……」
この自由奔放さ……羨ましい限りだ。とはいえ、雛菜がケーキを食べている間に自分はガッツリ食うわけにもいかないので、自分もケーキにした。
緋影はチーズタルトで、雛菜はイチゴが乗っているチョコレートケーキ。流石にいきなり告白はまずいだろう。
とりあえず……話をして、お互いの気分を盛り上げて……そして、その後に……。
なんて考えていると、雛菜が自分を見てニコニコしているのが見えた。
「っ、な、何……?」
「ん〜? いや、可愛いな〜って」
「っ……か、可愛くないよ……」
恥ずかしいからやめて欲しい……いや、やめてほしくはない。でもやっぱり嬉しさで顔が赤く染まるのでやめて欲しい。心臓がもたない。
しかし……その、慈愛に満ちた笑み……ちょっと綺麗にも程がある。とても同い年とは思えない程だ。
「あ、そうだ。緋影ちゃん〜」
「っ、な、何?」
「レズなんでしょ〜?」
「ほげっ⁉︎」
なんてこと改めて確認するのか。いや、その通りなんだけど普通に恥ずかしい。
そんなこと、かけらも気にする様子はなく、雛菜はストレートを二球目放り込んだ。
「ノクチルの中だと誰が一番好き〜?」
「ええっ⁉︎」
お前じゃいっ! と思っても言えない。いや、ある意味最高のパスか? と、小首をかしげる。本当はケーキを食べながら、あーんとかし合ってから……と考えていたのだが、この絶好のキラーパスを逃す手はない。
「わ、私が好きなのは……!」
「誰々〜? 円香先輩以外なら誰でも雛菜は許すよ〜?」
許すってなんだろう……と思いつつも、今はそこではない。雛菜、と言ってしまえば良い。
そう決めて、緊張気味に胸を高鳴らせながら……吐き出すように告げた。
「あ、あの……私、ヒ……」
「あ、ごめん。小糸ちゃんから電話だ〜」
「……」
……とりあえず、照れ隠しで雛菜の名前を言えなかったとしても、小糸の名前をあげるのはやめよう、なんて思ってしまったり。
「もしもし〜?」
『あ、雛菜ちゃん……? いつ戻って来るのっ?』
「え〜? 戻った方が良いの〜?」
『先生みんな怒ってるよ……明日、もしかしたら雷じゃ済まないかも……』
「あ〜……じゃあ、昼休み終わったらね〜」
何の話をしているのか知らないけど、何か約束だろうか? 何にしてもしばらく待機……していると、電話を切った。
「緋影ちゃん〜、午後は学校戻ろっか〜」
「え、な、なんで……?」
「小糸ちゃんが寂しいって〜。今日は円香先輩も透先輩もいないから〜。雛菜、荷物全部置いてきちゃったし〜」
「……そ、そっか……」
そうだ……そもそも、雛菜は自分だけの友達じゃない。他に自分なんかより、昔から付き合っていた人たちがいる。
なのに……自分は何を思い上がって告白なんて考えているのか。もう、自分で自分が恥ずかしくなってきた。ちょっと変なテンションになってしまっていた。
すぐに調子に乗るくせ、直さないといけない……なんて肩を落としていると、雛菜が笑顔で声をかけてきた。
「で、誰〜?」
「えっ、な、何が?」
「緋影ちゃんが一番好きな人〜」
「え、もう行くんでしょ?」
「いや、ケーキは食べていかないとでしょ〜」
……それはそうだが……もう雛菜と答えるわけにはいかない。雛菜は透が好きらしいし、順当に透と言っておけば良いだろう。
誤魔化さないと……と、思っていると、雛菜はニヤニヤしながら声を掛けてきた。
「確か、ヒって言ってたよね〜?」
「えっ」
そこまで聞いてたんかい、と唖然とする。マズい、誤魔化さないと……まさか雛菜と答えるわけにもいかないし、かと言ってヒが頭につく名前の人なんて、そもそも友達がいない自分には……いや、いた。一人。
「ひ……」
「もしかして、ヒナ……」
「……樋口先輩……」
「……」
すんっ、と空気が重くなった。ヘビーホールのように。珍しすぎるほど目が鋭くなった雛菜が、問い詰めるように緋影に尋問する。
「……なんで〜? 雛菜より〜?」
「え?」
な、なんでと言われると少し悩む。本当は雛菜の方が好きだから。いや優劣をつけることではないんだけど……なんて言うか、恋愛対象として見ているか、という意味では。
だが、円香と答えた以上は何か理由を……と、とりあえず自分が円香のことを実際に好きなとこを述べた。
「優しいし……面倒見が良いし……あと、目元のホクロが素敵で……それで、クールだし……」
「……もういい、知らな〜い」
「え、な、なんで?」
「雛菜、ケーキいらないから先に戻るね〜? 二つとも食べちゃって良いから〜」
「ちょっ、そんなに食べれないよ私……!」
「知らない〜」
「せめてお金置いて……」
逃げられてしまった。その日から、緋影はダイエットを頑張ることにした。
×××
ちょうど、そのカフェの食レポを円香としていた透は、少し休憩時間を挟むことになり、円香がトイレに行っている間に、ボンヤリとその様子を見ていた。
雛菜は怒って出ていってしまい、緋影は一人で頑張って二つのケーキを食べている。
「……あー」
手伝おうか? とも思ったが……撮影中だし、カメラがあるからやめておく。特に深く考えたわけでもなく、なんとなくやめといた方が良い気がしたから、やめておいた。
しかし、だ。それよりも思うのは……雛菜が店内にある自分たちに全く気が付かなかったこと。気がつけば絶対に来ていた。
つまりそれは……あの、緋影と一緒にいるのがとても楽しかったからだろう。
「……ふふっ」
何より、あの会話の内容……すぐに理解した。何せ、自分も経験あるから。鈍いバカな相手との付き合いについては腐るほど。
雛菜は敏感だけど、緋影は鈍い……この関係、いつまで続くのかな、と少し楽しみに思いながら、頬杖をついてクスッと微笑んだ。
「……何笑ってんの?」
声をかけてきたのは円香。
「別にー?」
「って……あれ、浅沼さん? 雛菜は探しに来なかったの?」
「さっきまでいたよ。出たったけど」
「? なんで?」
「え? あー……」
……なんでって……あ、そういえば……緋影は照れ隠しで樋口の名前を出していたっけ……と、思い出す。
これは、忠告しといたほうが良いかも……と、思ったのだが、どう説明をしたら伝わるかを考え……面倒になった。
「分からん」
「あっそ」
そのまま撮影を再開した。