「雛菜、なんか綺麗になった?」
「え〜?」
そんな声を掛けられたのは、翌日のお昼だった。いつもの四人で食事を食べていると、ふと透が聞いてきた。
「あは〜、透先輩に褒められた〜」
「お世辞でしょ」
「そんな事ないよ。てか、先に気付いたの樋口じゃん」
「え〜?」
「……別に。たまたま目についただけ」
「やは〜、円香先輩ツンデレ〜」
「うるさい」
面倒臭そうにあしらいつつも、円香はジロリと雛菜を見る。実際、綺麗にはなっている。普段から気を遣っているであろう髪にはさらに磨きが掛かっているし、唇にはリップ、指の爪の先までマニキュアを塗って、おしゃれさを増させていた。
「好きな人でも出来たわけ?」
「あは〜? 違うよ〜」
ニュートラルな返事……違和感はないが、何か隠している気がする……まぁ、雛菜が何を隠していようが、綺麗になることは悪いことではないので気にしないが。
「そういえば、雛菜。昨日、小糸ちゃんとゲーセン行ったんだって?」
「行ったよ〜? ユアクマちゃんのパーカー取りに行ったんだ〜」
「へぇー、取れた?」
「取れた〜。今日、持って来てるんだ〜」
「学校に持ってくる意味」
「それは〜……秘密〜」
ニコニコしながらも、少しだけ雛菜の頬は赤い。そんなにパーカーを取れたのが嬉しかった……とは考えにくい。本当に好きな人ができたんじゃないか、と気になるところだが……ま、気にしても仕方ない。
「あ、そうだ〜。じゃあ、せっかくだし〜……みんなで、取りに行く〜?」
「良いね、それ」
「ノクチルみんなでユアクマちゃんって……可愛いね」
透と小糸が賛同する中、円香がポツリと声を漏らす。
「それ、雛菜がお金出すの?」
「は〜? 円香先輩の分は絶対出さない〜」
「は?」
「じゃあ、出してくれるの? 私の分」
ちゃっかり口を挟んだのは透だった。それに対しても、雛菜は笑顔で答える。
「うん〜。雛菜、昨日取り方教わったから、みんなの分取ってあげられるよ〜? 円香先輩の時は、手元が狂いそうだけど〜」
「あっそ」
「じゃあ、今日はみんなでゲーセンね〜?」
「ういー」
「ん」
「わ、分かった……!」
一人、冷たく返す円香であったが、雛菜が楽しみにしている様子は一番、察していた。
でも、そこまで楽しみにする要素は少し分からない。何せ、雛菜の分は既に確保しているわけだから。
もしかしたら……ゲームセンターそのものに、何か楽しみな要素でもあるのかも……と、思いつつも、今はとりあえず黙って食事を続けた。
×××
胃が痛い……と、正直、緋影は泣きそうだった。恋する乙女を騙しているようで気が引けているのだ。
でも……ちょっと、バイトしてて初めてやり甲斐というものを感じた。自分がお客様のために仕事をして、喜んでもらえたのは本当に嬉しかった。今まではお金を稼ぐための手段としか思っていなかったけど、嬉しいものだ。
「……はぁ」
でも……だからこそ、緋影の胃はキリキリと痛んでしまっていた。なんか……気分的にはホストと言うか……騙している気がする。これでまたうちの店に来た時、自分にまた絡んで来られて、そしてコツとかなんとか言われてコミュニケーションを取らされて……また楽しみにされて来てしまう。
それでお金を使ってもらうのは申し訳ない……何より、バレた時が怖い。学校でもバイト先でも、顔を合わせる機会は多いのだから。
「やは〜、放課後楽しみ〜」
「そ、そうだね……!」
そんな中、仲良し二人が教室に入ってきた。楽しみ、という言葉の時点で嫌な予感がする。
「今日は、雛菜頑張っちゃお〜っと」
「う、うん……あの、私の分も代わりにやってくれると嬉しいな……」
「もちろん〜。小糸ちゃん、クレーンゲーム下手そうだし〜」
やはり、今日も来るつもりのようだ。まぁ、自分は今日、仕事がないわけだが。
だから、多分顔を合わせることはないだろう……と、思っている間にも、会話はスルスルと耳に入ってくる。
「そ、それに〜……また、あの人に会えるかもだし〜……」
……なんでそんなに自分なんかに惚れ込んでいるのかわからない。そもそも、イケメンである自覚がない。ていうか……マスクに、ゲーセンの広告用として着用を許されたフードと、ゲーセンの店員は元々、着用しなければならないサンバイザーで顔なんて見えなかったはずだ。
一体、自分の何を見てイケメンと捉えたのか気になるところだ。
少し困っていると、雛菜と小糸は話しながら自分の机の横を通り過ぎて、自分達の席に座る。
「でも、良いの? 雛菜ちゃん……」
「何が〜?」
「もしお店に行ったら……あの人に恋してる事、透ちゃんや円香ちゃんにバレちゃうんじゃ……」
「……」
それはその通りだろう。意外と顔に出やすい雛菜は、小糸にでさえバレていた。確実に隠せない。……ま、もっとも今日、緋影はゲーセンにいないわけだが。
「……他のゲーセンにしよっか〜」
「そ、そうだね……!」
その辺は、雛菜と小糸の好きにすれば良い。
「で、でも……良いの? あの店員さんに会いたかったんじゃ……」
「それはそうだけど〜……まぁ、今日は仕方ないよ〜……はぁ」
いや、毎日顔合わせてるでしょ、教室で……と、思いつつも、緋影はのんびりと教室で動画をスマホで眺め続けた。
ゲーセンでバイトしている理由は色々あるけど、やはり一番はゲームセンターのゲームが好きだからだ。情報も得られる。
そして、そのゲーセンのゲームの中でもハマっているものの攻略法とかを、スマホで見るのが休み時間の過ごし方だ。
今日は、なんとなくクレーンゲームの取り方を見ている。いや、全然深い意味はないんだけど……昨日の出来事があって、なんとなく調べたくなった。
何せ、ゲームセンターによってアームの強さ、三本あるアームのうちどのアームが緩むか、そもそも景品が置かれている台に敷き詰められているのが何か、とか……そう言った条件によって取り方は変わる。
……だから、まぁ……なんだろう。自分のゲーセンもいつ設定が切り替わるか分からないし、その時のための対抗策を復習……と、思って動画を見ていた。
そんな時だった。
「あ、そうだ〜。小糸ちゃん、これ今度、ゲーセンに行く時につけて行こうと思ってたんだ〜……あっ」
そんな話が聞こえてきて、ふと真下に何かが転がって来る。出したものを落としてしまったようだ。
教室で関わるのは控えた方が良いだろうか? いや……机の下の足元にまで転がってきているし……見て見ぬふりは流石に冷たい。
そう思って、それに手を伸ばす。落としたものは、ユアクマのヘアピンだった。しかも、渋谷のとあるお店で限定販売していたコラボ商品。自分が買えなかったやつだ。
「あれ〜? どこにいっちゃったんだろ〜」
「お、落ちてないね……!」
机の下に転がっただけに、二人には死角になってしまっているらしい。ヘアピンが見当たらない様子だった。
すぐに返さないと……と、思い、席から立ったところで……身体が固まってしまう。
返すって……どうやって? なんて話しかけたら良い? ここはバイト先ではないし、向こうも客ではない。
つまり、ここでしくじったら平穏な学園生活が崩れるかもしれない。
返すだけ……でも、声の掛け方……絶対条件として「印象に残さない」「今後、関わるようなものを残さない」「恩着せがましくしない」である。
言葉遣い、手渡し方を可能な限り「地味」の一言に尽きるようにしなくては……どうやって……。
『これ、落ちましたよ』
い、いや……人によっては「あっそ。だから? お礼言って欲しいの?」って返される。中一の秋に、クラスメートにそう言われたことがある。
『もしかして、これをお探しですか?』
これも、人によっては「探してるけど? 見りゃ分かるでしょ。てかなんであんたが持ってんの?」って言われる。中二の夏前に言われた。
『あの、これ落ちてたんですけど……』
ダメだ、これも。「落ちてたから何。早く返してくれる?」と投げ返される。中三のハロウィンの後に言われた。
つまり……会話はダメだ。……さりげなく前を通り過ぎて、机の上に置くのがベストだろう。
ちょうど、小糸と雛菜は机の周りを探している。立ち上がった緋影は、歩きながら二人の前を通りつつ、机の上な手を置いた。
「ごめんなさい……と、通ります……」
「ど、どうぞ……」
雛菜からは返事さえもなかったが、そのまま通してもらい、用事はないけどトイレに向かった。
「あれ〜? ホントにどこに……あっ」
「ど、どうしたの?」
「あった〜、机の上に〜」
「机の上⁉︎ み、見落とし過ぎだよ……!」
「床に落ちたの見えたんだけどな〜……もしかしたら、ト○ストーリーみたいに、ユアクマちゃんの意識があったのかも〜」
「……もしかして」
そうそう、それで良い。自分のことなんて認識しないで欲しい。
そう思いながら、教室をさっさと後にした。特にトイレに用事があるわけでもないので、なんか謎にトイレの前を往復して教室に戻ってきた時だ。
席に座った直後、小糸が雛菜に「来たよ」と声をかけたのが目に入った。え、私の事? なんて思ったのも束の間、雛菜が自分のもとに歩いてきた。
「ねぇこれ〜、拾ってくれた〜?」
言いながら差し出されたのは、さっきのヘアピン。しまった、と緋影はギョッとしてしまう。
やばいやばいやばい、バレてたバレてたバレてた。どうしよう、とワタワタしながらも、何か返事しないと、と思い、頷いてしまった。
「っ、あ、あのっ……は、はい……」
「そーだったんだ〜。ありがとね〜」
「っ……い、いえ……こちらこそ……」
「何が〜?」
……普通に渡せば良かったのでは? なんて反射的に思いながら、苦笑いを浮かべて目を逸らしている間に、雛菜は自分の席に戻る。
ま、まぁ……とりあえず、良かったといえば良かったのかな……? と、思いながらも、とりあえず全力でホッと胸を撫で下ろした。
×××
放課後。一人でゲーセンに向かう緋影は、今日はのんびり歩いていた。バイト先でも浮いていることもあって、残念ながら緋影は自分のバイト先でゲームができなかった。なんとなく、仕事以外であの場に足を踏み入れるのも苦手に感じてしまっている。
さて、そんなわけで、緋影は自分の勤務先ではないゲーセンに向かった。まぁ、ゲーセンなんて星の数ほどあるし、まさか被ることはないだろう。
その上、基本的に自分は制服で遊びに行くのは嫌なので、家で着替えてから出掛けている。家から学校までは一駅分だし、面倒ではない。それよりも、制服のまま遊びに行ってヒキニートゲーマーの通り名をいただく方が面倒だ。中二の春の思い出である。
さて、そんなわけでゲームセンターでとったユアクマパーカー(緑)に身を包み、ジーンズのパンツを履き、マスクを装備してピアスを耳につけ、帽子を被って出掛けた。クラスメートに顔なんて覚えられていないだろうが、念には念を入れている。
さて、ゲーセンに到着し、景品コーナーをのんびり眺める。正直、フィギュアに興味はないが、どちらかと言うと取るのが楽しくてやってる。
そんな時だった。
「あれ〜〜〜なんで〜〜〜⁉︎」
なんか、聞き覚えのある声がする。いや、聞き覚えがあるというか、聞きたくないというか……でも、反射的に顔を向けてしまった。……で、後悔した。
「取れないよ〜! さっきは一発だったのに〜!」
「お、おかしいね……!」
「ふふ、アームめっちゃ緩いじゃん。ウケる」
「……もう諦めたら?」
やはり、雛菜と小糸……そして、浅倉透と樋口円香の四人だ。
なんでここに⁉︎ と、思わず隠れてしまった。いや、確かに自分のゲーセンには行かないと言っていたが、だからって被る? と、神様を殴り飛ばしたくなる。
「持ち上げ切ったら、毎回緩むじゃん」
「そ、そうだね……真下に落ちるから、横にも動かないし……」
「貯金箱」
「なんで〜? 昨日はうまく行ったのに〜」
そんな呟きが聞こえて、思わず反射的に筐体の中身を見る。パッと見た感じ、パーカーは自分のとこと違って、折り畳まれた状態でなく、丸められて細長くされている。
その上、さっきの会話「さっきは一発だった」から推察するに……数回やってアームの強度が強くなるタイプ。
流石に、全てのアームが弱い、なんていうのはゲーセンでは無いのだろうが、三本あるうちのどのアームが弱まるかで取り方も変わるし、そもそも景品の形状的に自分が教えたやり方は難しい。不可能ではないが。
「今日はもう諦めたら?」
「む〜……円香先輩きら〜い」
「小糸ちゃん、あっちにあったぬいぐるみ、欲しくない?」
「え……で、でも……」
一緒にいるメンバーがとうとう飽き始めてしまっていた。透が小糸を連れて別の筐体に行ってしまう。
一方、最初に諦めるように促した円香は、その後も残っていた。
「あとどれくらいで取れるわけ?」
「分かんない〜……」
「早くして。プリクラも撮るんでしょ?」
「……円香先輩邪魔〜」
「あっそ。だったら早くして」
……優しい人もいるみたいだ。わざわざ待っててあげている。まぁ、自分なら待たせるのも待つのも嫌だから、やはりソロで挑むが。
それにしても、わざわざ別の色のユアクマパーカーを欲しがるなんて、本当にユアクマが好きみたいだ。
その後も何度かトライするが、なかなか取れない。おかげで自分はどうしたら取れるか、作戦は立てられた。
「……むぅ〜」
「雛菜、何か飲む?」
「奢ってくれるの〜?」
「そうは言ってない」
「雛菜、コーラ〜」
「あっそ」
どうしよう……今、自販機に歩いて行った円香って子……ツンデレにしか見えない……と、ちょっと萌えた。ああいう暴力的じゃないツンデレは大好物だ。
……さて、どうしようか、と緋影は悩む。何せ、お店のお客さまだ。大事にしてあげたいわけだが……でも、必要以上に絡めば、バレた時の反応が大きい……けど。
『やは〜〜〜♡ 取れた〜〜〜』
……もう一度、あの顔が見たい。そう思った時は、身体が動いていた。大丈夫、マスクもしてるし帽子も被ってる。学校で後ろの後ろの席だとバレる要素はない。
後ろから、そっと緋影は雛菜の肩に手を置いた。
「……お姉さん。落ち着いて」
「やは〜……はっ⁉︎」
「お店以外で会うのは初めてですね。お困りのようでしたので、つい声をかけてしまいました」
不思議と、マスクと帽子をかぶっている時は言葉がすらすらと出て来た。優しくそう告げると、雛菜はさっきまでの様子とは打って変わり、頬を赤くして固まってしまう。
「っ、お、お兄さん〜……⁉︎」
「先程まで一緒だった方に、取ってあげたかったんですか?」
「そ、それは〜……その〜……は、はい〜…………」
「でしたら、一緒に頑張りましょう」
「っ……よ、よろしくお願いします〜……」
顔を真っ赤にしたままの雛菜は、力無くコクンと頷いて、少し俯く。
それを見てから、財布から100円玉を取り出した緋影は、そのまま説明した。
「クレーンゲームのアームの設定は、ゲーセンによって違います。大事なのは……癖を掴むこと」
「は、はいぃ〜……」
雛菜の手の上から手をかぶせ、ボタンに触れつつ、取り出した100円玉を筐体に投入。
「さっきまでやっていた時……気がついたことは?」
「ほえ? え、えっと〜……お、奥のアームが緩んじゃって……持ち上げづらい……とかですか〜……?」
「うん。良い着眼点をしていますね」
「っ……ぁ、ありがとうございます〜……」
嬉しそうに頬を赤く染めた。本当に可愛い子だ。
実際、なかなか良いものを持っている。前に教えた時もすぐにコツやクレーンの距離感を掴んでいたし、センスある。……まぁ、クレーンゲームのセンスってそもそも何? というのもあるが。
「つまり裏を返せば、手前二つのアームはしっかりしているということ。まずは……前方に景品を寄せますよ」
「手前……ですか〜?」
「そうです。ガラスにくっつくくらい手前に」
「……は、はい〜……」
話しながら、雛菜の手を掴んだままボタンを押す。アームはまず横に動き、景品の奥側を二本のアームで掴んだ。細長く丸められていることもあって、奥だけを持ち上げた挙句、商品を転がして手前側に移動させた。
「お上手ですね」
「い、いえ〜……お、お兄さんが……近くにいてくれるから〜……」
「ふふ、そちらもお上手です」
そう言いつつ、雛菜が照れている間にまた100円玉を入れた。クレーンを動かし、さっきほどでは無いが、若干奥側を掴む。
「お、奥で良いんですか〜?」
「大丈夫。……ほら」
すると、景品を掴んでいるアームは、手前側が若干、傾いてはいるが、それはガラスに押し当てられるようにして持ち上げられる。……そう、疑似的にアームを手前側にも作ったのだ。
ガラスに押し付けるように景品を持ち上げることで落とさないようにする。そして、そのまま真横に動いて、景品口にそのまま落っことした。
「わっ……や、やった〜……!」
「よく出来ました。……流石ですね」
そう言いながら、雛菜から離れ、そして景品の取り出し口から筒状に丸められたパーカーを差し出した。
「どうぞ。お姉さん」
「っ……あ、ありがとう、ございます〜……」
「自分は、何もしていませんよ。……取ったのは、お姉さんです。お友達にも、そう伝えてあげてください」
「〜っ……!」
さっきまで頑張っていたところを見たこともしれっと伝えてしまったが、自分はここまでだ。あとは雛菜も自分で取れるだろう。あの人達に「雛菜が自分で取った」ことにするためにも、緋影はいない方が良い。
「じゃあ、自分はこれで。……頑張ってくださいね」
それだけ伝えて立ち去ろうとした時だ。
「あ、あの〜……!」
「? はい?」
手首を掴まれて呼び止められてしまい、振り返る。相変わらず頬を赤くしたままの雛菜は少しハッとした様子になる。どうやら、反射的に呼び止めてしまったようだ。
緊張しているのが伝わってきたので、こちらから微笑みかけてあげる。
「どうしました?」
「ひなっ……わ、私……市川雛菜って言います〜……!」
知ってる、と思っても口にしない。すればおじゃんだ。
「ま、また〜……その、げ、ゲーセン……遊びに、行っても良い……ですか〜……?」
そう尋ねる雛菜は、両手でゲットした景品をキュッと抱き締めつつ、俯きながら上目遣いで自分を見上げる。
その、恥ずかしいながらも勇気を出したような話し方が、胸の奥に来てしまって……思わず、緋影も胸の奥できゅっと来てしまった。
「も……もちろん。いつでも、来て下さい」
それだけ返事をして、緋影はその場を立ち去った。そろそろ、限界だからだ。ツカツカとゲーセンの中を歩き去って、出口から出て行って、歩く。とにかく歩く。
……そして、人があまり来ないところまで来てから、ようやくその場でしゃがみ込み、マスクを顎に下ろして両手で顔を覆った。
「っ……はぁああぁぁあああ〜……」
自分は何をしているのか、と後悔が浮かぶ。何でだろう、マスクと帽子があるだけでなんでも言えてしまうのが不思議だった。割と恥ずかしいことも言っていた気がする。
ダメだ、これ黒歴史確定……なんて思いつつも、だ。頭に思い浮かんだのは、景品が落ちた直後の雛菜の様子。
『わっ……や、やった〜……!』
……あれだけ喜ばれると、恥をかいた甲斐があった気がしてしまう。今日は店員じゃなかったけど、店員としての仕事は果たせた……なんて、やりがいを感じてしまっていた。
「……喜んで、くれてたよね……」
そういう問題じゃない気もするが、そんな事がちょっと嬉しい。そう思い、でも今日のゲーセンは別の場所を選ぶことに決めた。
×××
「っ……名前、名乗っちゃったな〜……」
まだ、何も知らない人なのに、そんな人に自己紹介をしてしまった……なんて、元々その辺、ルーズにしている癖に恥ずかしくなってしまう。
そもそも、今にして思えば、何故あそこで自己紹介なのか……流れは不自然ではなかったが、変な奴と思われなかったが、なんならプライバシーに関してかなりガバガバな子だと思われなかったか、雛菜らしくないことを考えれば考えるほど、これまたらしくなくネガティブになってしまっていた。
「はあぁぁ〜……」
隣のクレーンゲームの筐体も同じ景品が入っていたので、そっちで景品を確保しながらため息が漏れる。一度、経験してしまえばもう自分の技術にしてしまっているのが流石だった。
でも、頭の中ではずっと別の事を考えながら、しれっと景品を入手する。
「随分、簡単に取ってる」
その雛菜の真横に、飲み物が置かれた。円香が戻って来たようだ。
「はい、コーラ」
「偉〜い。よく買って来れました〜」
「何様」
とりあえず、未だ鳴り響く鼓動を黙らせるために、可愛い先輩をいじっておいた。
コーラを受け取りながら、代わりにお礼と言うようにパーカーを差し出す。
「はい、円香先輩〜」
「どうも。いくらだった?」
「ん〜……じゃあコーラ代って事で〜」
「いや、全然レート違うでしょ……」
「だって〜、三つともかかった金額全然違うし〜」
「……あっそ。じゃ、交換」
今更、そのくらい気にする仲ではない。
「じゃあ、円香先輩〜。透先輩達連れてきて〜?」
「探しに行った方が早い」
「え〜、雛菜ちょっと疲れちゃったし〜……」
「いいから」
それだけ話して、二人でゲームセンター内を歩く。本当はもう少し気持ちを落ち着かせる時間が欲しかったのだが……まぁ、仕方ない。
そのままゲーセン内を見て回っていると、雛菜に円香が声を掛けた。
「でも、ホントに取れたんだ。景品」
「うん〜」
「もしかして、あの人に教わったおかげ?」
「っ……あ、あの人って〜……?」
吹き出しそうになったのを全力で抑えた。まさか、見られていたとは……。
「あの人のこと好きなの?」
畳み掛けてきた。相変わらず、こういうとこ性格が悪い。
「全然違うよ〜? 雛菜が好きなのは透先輩と小糸ちゃんだけだもん〜」
「あっそ。……ま、良いけど。知り合い?」
知り合い……なのだろうか? いや、知り合いではあるだろう。でも……まだこっちは向こうの名前を知らない。というか……名乗ったのに、名乗ってもらえなかった……もしかして、やっぱりいきなり自己紹介はドン引きされてしまったのだろうか……。
「雛菜? ……雛菜っ?」
「……知り合い、ではないかも〜……」
「そうなの? まぁどうでも良いけど」
「……どうでも良いなら聞かないで〜」
「ま……浅倉と小糸には、独力で取ったことにしといてあげる」
そ、それ……つまり早い話が全部見てたってことになってしまう。なんだか歳上の余裕を見せつけられた気がして、気恥ずかしくなる。
「や、やっぱり雛菜、円香先輩きら〜い」
「どうでも良い」
話しながら、二人で透と小糸を探しつつ、雛菜はやはり思った。円香に、この気持ちがバレるわけにはいかない。あの男の人のことがバレれば、間違いなくロクなこと言われないから。