乙女になった雛菜ちゃん。   作:バナハロ

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蕾が咲く。
普通じゃないと苦労する社会はおかしい。


 もうすぐ文化祭が始まる。それに連れて、文化祭の準備期間なるものが始まる。早い話が、放課後に残って作業できる期間だ。

 だから、雛菜にとってはゲームセンターに行けなくなる期間でもあった。だから、今日はその作業期間の直前、しばらく来れなくなる、と浅沼に会いに来ていた。

 いまだに少し緊張してしまう雛菜は、緊張気味に唾を飲み込んでゲーセンの中に入る。

 さて、浅沼を探す。……と言っても、どこにいるかわかっているわけではないし、何なら今日が勤務の日かどうかも知らないため、慎重に中を見て回っていると、後ろ姿が見えた。

 ……何故か、やたらと抱きつきたくなってしまう背中を見て、思わず大胆になってしまった。

 

「あは〜♡ 浅沼さ〜ん」

「ひゃうっ……!」

 

 あれ……な、何だろう今の女の子みたいな可愛すぎる悲鳴……と、思ったが、まぁ驚いて声を漏らすと男の子もこんな声出ちゃうのかも、何それかわいい、と思いながら、とりあえずスルーした。

 ……それより、緋影を相手にしてるノリで抱きついてしまったことの方が問題な気がする。

 

「……急に抱きつかないで下さいよ……」

「っ、ご、ごめんなさい〜……」

 

 ちょっと気まずくなりながら離れる。しまった……やってしまった。何故か、背中に緋影を感じてしまって愛でたくなってしまっていた……と、反省する。ビッチ臭い女だと思われないだろうか? 

 

「あ、あの……浅沼さん……」

「あ、あはは……まぁ、次から気を付けてください。じ、自分も困っちゃうので……」

「は、は〜い……」

 

 少し恥ずかしそうに頬を赤らめる雛菜。しかし、大胆な真似をしてしまった……と、反省する雛菜に、浅沼から声を掛けた。

 

「それで……市川さん。今日は何をしに来られたんですか?」

「あ、遊びに来ました〜」

 

 本当なら遊びではなく、ちゃんと用事があって来たわけだが……。まぁ、別にその辺はまだ気にしなくても良いだろう。それよりも、まずは遊んでもらおう。

 

「雛菜、欲しい景品があるんだ〜」

「何が欲しいの……ですか?」

「これ〜」

 

 話しながら、雛菜が指差した筐体は、猫のぬいぐるみが入っていた。別にこれが欲しいとかではないわけだが……まぁ、今ある景品の中では一番、欲しいと思えなくもないものなのだから仕方ない。

 

「これ……前と同じで取れますよ?」

「えっ……あ、そ、そうかもですけど〜……」

 

 やばい、そう言われればその通りだ。なんとか言い訳しないといけないわけだが……何も浮かばない。

 どうしよう、なんてワタワタと考えた結果、つい本音を言ってしまった。

 

「ほ、本当は景品より〜……そ、その〜……浅沼さんと、一緒にいたいな〜……っていうか〜……」

「っ……」

 

 言ってから後悔した。本当に何を言っているのか。ほとんどそんなの告白のようなものなのに……。

 

「な、なんちゃって〜! い、今のは冗談っていうか〜、なんて言うか〜……い、いや嘘ってわけではないんだけど〜……!」

「ありがとうございます、市川さん」

「っ……!」

 

 急に飛んできた、優しい声音のイケメンボイス。男の人にしては高めの声なのに、やたらと胸に響いてしまい、頬が赤くなってしまう。

 

「オフの日でしたら、いつでもお相手します。……ですから、勤務中は遠慮していただけませんか?」

「っ……は、はひ〜……」

 

 クリティカルヒットした、今の……いや、それにしても、だ。それなら必要なものがある。

 

「じ、じゃあ〜……浅沼さんのシフト、教えて欲しいな〜? ……な〜んて〜……」

「じ、自分の……ですか?」

「じゃないと〜……その、誘えないし〜……」

「……」

 

 ……いや、思わずお願いしてしまったが、それもかなりヤバい事お願いしてしまっている気がする。

 すると、少し困ったように浅沼は眉間に皺を寄せた直後「ま、いいか」と声を漏らし、メモ帳を取り出した。

 

「これ……まぁ、急にシフト変わることもあったりするんで、そうなったら申し訳ありませんけど……」

「ーっ……」

 

 貰ってしまった。シフト表……これで、行きたい日はいつでも行ける。いない日にまで顔を出すこともなくなる……。

 嬉しさのあまり、頬が赤くなってしまった。

 

「もちろん、本当に欲しいものがありましたら、勤務中でも気軽にお声掛けください。……いつでも、力になりますよ」

「あはっ……!」

 

 さらに、追加ダメージ。この人、あまりにも強すぎる。顔を真っ赤にして、そのまま俯いて、ぷしゅーっと煙が出る。ダメだ、店員としての仕事で言っているのは分かっていても、やはり好きになっちゃう。好きな顔面でそんなことを言われたら……。

 その狼狽えている雛菜に「じゃあ」と続けて言った。

 

「自分は仕事がありますので……」

 

 あ、やばい。まだ本当の要件は済んでいない。

 

「あ、ま、待って〜!」

「ま、まだ何か……?」

「そ、その……も、もう一つだけ用事があって〜……」

「……なんですか?」

 

 聞いてくれるみたいだ。ならば、と要件を済ませるためにすぐ言った。

 

「そ、その……再来週の日曜日は空いてますか〜……?」

「え? 空いていますが?」

「じゃあ〜……雛菜の高校、学祭あるんです〜……」

 

 らしくなく、歯切れ悪くそう言う雛菜。それも仕方ない。他校の生徒を学祭に誘えば、円香や透にもバレるかもしれないし、何より普通に恥ずかしいから。

 でも……それでも、勇気を振り絞る。

 

「だ、だから……その……一緒に、回りたいな〜って……」

「っ……日曜って……そういうことか……」

「ダメ……ですか〜……?」

 

 少しだけ瞳が潤んでしまったが、顔色を覗き込むように尋ねる。これ、断られたら少し立ち直れないかも〜……なんて、また少しずつ怖くなってきてしまった。

 すると、少し考え込んだ緋影は、笑みを浮かべて答えてくれた。

 

「分かりました。じゃあ……お邪魔します」

「ーっ! あ、あは〜〜〜♡ 浅沼さん好き〜〜〜!」

「ゑ?」

「え〜? ……あっ」

 

 しまった……勢い余って、つい告白を……! あ、やばい。どうしよう、ダメだ、もうキャパが限界。

 

「な、なんちゃって何でもないですサヨナラ〜〜〜!」

 

 真っ赤になったまま逃げ出してしまった。

 

 ×××

 

「あ……そ、そういう『好き』じゃないよね……?」

 

 ポツンと残された緋影は、思わずぼんやりしてしまう……少し、気まずいが……まぁ、まさかこんな状態から告白してくるわけがないし……多分、友達としての「好き」だったのに、つい好きと言うワードに引っ張られて愛の告白したみたいに意識してしまい、逃げちゃったのだろう。

 ならば、次からは普段と変わらないように接してあげるとして……今は、それよりも文化祭当日の事である。

 

「……やばい、よね……」

 

 前に言われた時に気がつくべきだった。自分はアホか、と強く思う。……だって、浅沼も緋影も同一人物じゃん。学祭、行けるわけがない。だってその場にいるんだから。

 本当、どんどん自分で自分の首を絞めているような気がして、心底嫌気が差してきてしまった。一体、何がしたいんだろう、自分は……。

 いや……何もしたくないのかもしれない。騙しているのは気が引けているのに、でもなんだかんだで雛菜に好かれるのは嫌じゃなくて、どっちの自分も肯定してもらえるのが嬉しくて、そのまま中途半端に彼女を受け入れて……そして、一番嫌われるかもしれないことをしてしまっている。

 

「……はあ」

 

 とりあえず、バレないようにしないと……と、自己嫌悪しながら、当日は私服とマスクを持って行くことにした。

 

 ×××

 

 翌日から、居残りで文化祭の準備。雛菜と小糸と緋影の三人は、他の脅かし役のメンバーと、衣装係と連携してまずは採寸である。

 スリーサイズも測らないといけないわけで。かなり憂鬱になりながら、緋影はわざわざ文字で記してくれた自身の結果を見る。

 

『身長166センチ、スリーサイズ73/56/79』

 

 ため息しか出ないほど貧相な体型だった。その癖、タッパだけはあるのだから本当に困ったものである。前に測った時より2センチ伸びてるし。

 

「はぁ……」

「やは〜緋影ちゃんどうだった〜?」

「っ……み、見せない……!」

「え〜? 大丈夫だよ〜、どんなに胸小さくても、小糸ちゃんもいるし〜」

「ひ、雛菜ちゃん! どう言う意味……⁉︎」

 

 言われて、緋影の目は小糸に向く。確かに、アホほど可愛い子だけど体格は小柄だ。雛菜とこうして並んでいても、同い年には見えないし、なんなら自分の年下にさえ見える。

 そして……それは当然、胸もだいぶ小さい……。

 

「……ふ、福丸さん……」

「は、はいぃ……」

「そ、その……ステータスですよね……貧乳は……」

「え……あ、そ、そうですね……!」

 

 貧乳同盟が組まれようとしていた。その間に、雛菜はホワホワした空気に似合わず素早い動きで、シュパッと緋影の手元から紙を奪う。

 

「あっ……!」

「あは〜〜〜♡ 緋影ちゃん、雛菜より背高いんだ〜〜〜」

「も、もう〜……」

「胸は雛菜より小さいのに〜」

「関係ないでしょ、それ……」

 

 身体を両手で抱き抱えるように隠しながら、少し頬を膨らませる。恥ずかしい……小さい事が、ではなく自分の身体のことを話すのが。

 ちょうど良いタイミングで、全員分の採寸を終えた衣装係の子たちが戻ってきた。

 

「お待たせ。じゃあ……まぁ、どんな衣装にしよっか? やっぱり、着物っぽいの?」

「あは〜♡ 雛菜、それで良い〜」

 

 それで良いの? と、思いつつ、緋影は顎に手を添える。選ばせてもらえるなら……まぁ、せっかくなら驚かせられるやつにしたい。……あと、顔がなるべく隠れる奴。

 そう思うと、案はもう一つに絞られる。

 

「え、選んで良いなら……わ、私はこんな感じ……」

 

 言いながらスマホで見せたのは、リ○ル鬼ごっこのキラーの顔だ。黒一色の服装に赤い瞳のマスク……これで追いかけられたら、流石に怖いだろう。顔も隠れるし、割と適している……と、思ったのだが。

 

「却下〜」

「え、な、なんで市川さんが拒否するの……?」

「何のために緋影ちゃんをお化け役にしたと思ってるの〜? お化けの格好した可愛い緋影ちゃんを雛菜が見たいからだよ〜?」

「え、これコスプレ大会なの……? ていうか、私がコスプレしても可愛くならないし……」

「とにかく、顔が見えないのはダメ〜」

 

 ええ……と、困ってしまう。というか、コスプレとか言われると恥ずかしさがより一層増すのだが……。

 

「ひ、雛菜ちゃん……お化け屋敷はコスプレ大会じゃないよ……!」

「小糸ちゃんは〜……どんな格好しても怖く無さそう〜」

「じ、じゃあどうして私まで脅かし役に巻き込んだの⁉︎」

「可愛いからだけど〜?」

 

 小糸も小糸で苦労している様子なんだな、と改めて雛菜の自由さを感じさせられる。この子、割と身勝手である。

 でも、顔が見えないといけないお化け……と、言われて、少し考えてみる。どんな格好なら、雛菜は頷いてくれるだろうか? 

 とりあえず、メイクでも顔隠せると思い、言ってみた。

 

「じゃあ……ゾンビは?」

「ダメ〜。可愛くない〜」

「ミイラ」

「それも顔見えないでしょ〜!」

「ヴェノム」

「……緋影ちゃんはどうなりたいの〜?」

 

 確かに最後のはダメだろうけど……逆に聞きたい。雛菜は自分をどうしたいのか。

 

「い、市川さんは……私をどうしたい、の……?」

「う〜ん……じゃあ、雪女とか〜?」

「え……い、嫌だよ……恥ずかしい……」

「え〜? じゃあ、吸血鬼?」

「そ、それも恥ずかしいから……」

「わがまま〜」

「っ……す、すみません……」

 

 お前が言うな、と言う台詞を必死に堪えた。この野郎は本当に自由で勝手である。

 すると、中々終わらない予感がしたのだろうか? 係の人が声を上げた。

 

「じゃあ、もうこっちで決めて良い?」

「え〜、何にするの〜?」

「ちゃんと顔が出るやつにするから」

「……なら良いけど〜」

 

 思ったより、拘りは無い様子だった……まぁ、自分もどうしても顔を隠したいわけではない。

 

「じゃあ衣装よろしくね〜」

 

 雛菜が元気にそう言うと、小糸と緋影の手をとって部屋から出ていった。

 

 ×××

 

 さて、翌日。文化祭の準備は他にやる事がある為、お手伝い……とはならなかった。残念ながら、雛菜は基本的に自分がしたいことしかしないからである。

 

「透先輩〜!」

「おー、雛菜と小糸ちゃんと……日向ちゃん?」

「緋影ちゃん〜!」

「ごめんごめん」

 

 友達の名前を間違えるなんて失礼! とでも言うように雛菜はぷんすかと怒る。いや別に全然、緋影は気にしていないのだが。

 

「みんな引き連れて今日はどしたー?」

「遊びに来た〜」

「よーし、先輩がかまってあげよーう」

 

 話しながら、透も教室から出てきてしまう。

 

「散歩行こ〜?」

「良いねー。行こうか」

「ひ、雛菜ちゃん! 顔見るだけって言ってたでしょ⁉︎」

「じゃあ、小糸ちゃんは来ないの〜?」

「い、行くよ……!」

 

 まぁ教室では弱弱キャラの小糸だから、ついてくるしかないと言うのは雛菜も分かっていた。その小糸の隣には、緋影も一緒に歩いている。

 

「透先輩〜、当日はどこ行く〜?」

「うーん……どこ行くかー」

「今年は執事喫茶やらないの〜?」

 

 去年は、円香と透は同じクラスだったこともあって、顔面偏差値の高さを実行委員に活かされ、執事喫茶をやった。詳細は省くが、当然のように大盛況だったのを思い出す。

 

「やらない。違うクラスだし」

「と、透ちゃんも円香ちゃんも……執事服、かっこよかったよね」

「でしょー? 知ってる。今年はクラスバラバラになっちゃったけど」

「じゃあ、透先輩のクラスは何やるの〜?」

「なんだっけ……確か、自作映画……みたいな感じ」

「透先輩、映画出るの〜?」

「うん、多分」

「ハリウッドスターだ〜」

「ふふ、めっちゃ出るわ。アベンジャーズ」

 

 いつものノリの会話だ。でも、こういうやりとりが楽しかったりする。

 そんな頭の悪い会話をしながらも、とりあえず四人で歩いて回っている時だった。小糸が後ろから口を挟む。

 

「あ、あの……透ちゃん……てことは、今こうして四人で歩いてるのってマズイんじゃ……」

「あー……確かに?」

「そうだよ! お前何サボってんだ浅倉!」

 

 そんな声が聞こえてきた。振り向くと、イカにも文化祭実行委員っぽい上級生の二年生が立っていた。

 

「お前は主役だろ! 何遊び歩いてんだ!」

「えー、良いじゃん。別に。暇だし」

「暇じゃねーんだよ本当は!」

「文事、細かい」

「細かくねえ! いいから来い!」

「あーれー」

 

 そのまま透は連行されてしまった。まぁ、連れて行かれてしまったのなら仕方ない。

 

「また後でね〜」

「はいよー」

「はいよー、じゃねえよ! 反省してんのかお前は⁉︎」

 

 なんて話しながら連れて行かれるのを眺めつつ、そこで雛菜はちょっと小腹がすいた。

 

「お腹減った〜。お菓子買いに行かない〜?」

「い、良いね……!」

 

 なんて話している時だった。キュッ、と引っ張られる感覚。腰の裾が引っ張られている感じだ。小糸だろうか? と思って振り向いたのだが、違った。緋影だった。

 

「緋影ちゃん〜?」

「……な、何……?」

「どうしたの〜?」

「な、なんでもないけど……」

 

 目を逸らされてしまった。何だろう、急に……? と、ぼんやり眺めてると、拗ねた様子の緋影は、ボソボソと何か呟く。

 

「……好きって言ってくれたくせに……」

「え〜? 聞こえないよ〜?」

「な、なんでもない……!」

「じゃあ、お菓子食べに行こ〜?」

 

 そのまま三人で購買部に向かった。

 そういえば、緋影はどんなお菓子が好きなのだろうか? まだ、緋影のことを何も知らない。

 

「緋影ちゃん、どんなお菓子が好き〜?」

「私は……じ○がりこ、かな……」

「そうなんだ〜?」

 

 意外でもないけど……何故か意外に思えてしまった。なんかこう……意外と普通のものが好きなんだな……と。

 

「あは〜、何味〜?」

「じゃがバター」

「……え〜?」

「か、変わってるね……」

 

 なんかあまり食べた事がない味だ。大体、チーズかサラダか期間限定だし、何故かフルシーズンある青いのはあんまり食べない。小糸も少し共感出来ていなかった。

 

「美味しいの〜?」

「お……美味しいよ。食べた事ないの?」

「ある気がするけど忘れた〜」

「まぁ……じ○がりこなのにじゃがバターにしてるから、ホントに特徴がある味でもないし……気持ちは分かるけど。ただ……美味しい気がするってだけ……かな」

「そうなの〜?」

「……う、うん……」

 

 なんか……前々から思っていたけど、結構この子は自分を下に見るタイプのようだ。共感してくれる相手や友達がいないと、そういう感覚になってしまうのかもしれない。

 それは……しあわせではない。

 

「じゃあ雛菜、今日はじ○がりこにしよ〜っと」

「え? いや、いいよ……無理しないで。大体、みんなサラダのが美味しいって言うし……」

「無理なんてしてないよ〜? 友達が美味しいって言うの、一回くらい試すのは普通でしょ〜。ね〜、小糸ちゃん〜?」

「えっ⁉︎ あ、そ、そうだね……!」

 

 そうなの? と、言った顔を浮かべる緋影に、雛菜は正面から抱きつく。

 

「そうだよ〜?」

「っ、い、市川さん……⁉︎」

「だから〜……もう少し笑って〜?」

「っ……」

 

 ハグしているから、どんな顔をしているかは分からない。でも、真っ赤なんだろうなと何となく察している。

 

「っ……ご、ごめん……」

「謝らなくて良いよ〜?」

「……あ、ありがと……」

 

 うん、よし、と放した。改めて、三人で購買部に向か……。

 

「いた! 何サボってんの⁉︎」

 

 後ろから声がかけられる。振り向くと、三人のクラスの実行委員がこちらを見て手を振っていた。

 

「あは〜見つかった〜」

「見つかった〜、じゃないよ! サボってないで手伝って!」

「もう衣装合わせ終わったよ〜?」

「他にも色々やることあるから! 三人もいなくなられたら困るから!」

 

 結局、食べる事なくそのまま三人とも連行され、そのまま教室で手伝いをさせられた。

 

 ×××

 

 さて、その日の夜。シャワーを浴び終えて、緋影はベッドの上で寝転がっていた。もう冬服に切り替わる季節なのに、やたらと身体が熱い。身体どころか顔も熱い。何もかもが熱い。

 思い出してしまうのは、市川雛菜。まだ出会って数日なのに、彼女の笑顔や彼女と話した内容がやたらと頭の中をフラッシュバックする。

 

「〜〜〜っ!」

 

 胸が痛い、頭が働かない、顔が熱い。どうしよう……というより、どうしてしまったのだろう。そして、どうかしてしまった自分をやっぱりどうしよう……そんな風に頭がぐるぐると回ってるけど働かない。

 相手は女の子のはずだ。いや、確かに昔から男の子を「カッコ良い」と思う事はあっても、恋しそうとか、あんな感じの彼氏が欲しいと思ったことはこれっぽっちも湧いたことはなかった。

 逆に、女の子の可愛いところを見ると少しドキッとする事が多かった。雛菜と出会ってからはその節が多くなってきていた。

 でも……自分はまさか同性愛者……という事なのだろうか? 

 いや、仮にそうであったとしても、だ。そんな自分が誰かを好きになって良いはずがない。同性愛者の事情に詳しくない緋影だが、異性愛者の人数に比べて格段に少ないだろう。

 なら……雛菜にとっても、この感情は迷惑になるはずだ。

 

「……っ⁉︎」

 

 そんな中、電話がかかって来た。発信者の名前は「ひなな〜♡」。相変わらずらしい名前だ。番号にかけてきた、という事は、浅沼にかけてきたのだ。……ていうか、そうだった。雛菜の好きな人は浅沼なのだし、仮に好きだとしても失恋確定である。

 ……少し遠慮気味に電話に出た。

 

「……もしもし?」

『あ……あ、浅沼さんですか……⁉︎』

 

 この緊張も……緋影に向けられたものではなく、浅沼に向けられたものだ。自分の事は所詮、友達。……なんか、少しムカつく。自分がますます嫌いになりそうだ。

 

「はい……なんですか?」

『あれ〜? なんか……元気ないですか〜?』

「ま、まぁ……色々ありまして」

『そうなんですか〜……じ、じゃあ……雛菜が、幸せを送ってあげますね〜……?』

「あ、あはは……ありがとうございます。市川さんの声を聞くだけで……元気になります」

『あは……!』

 

 そんな事を言うと、少し照れられてしまったが、この照れも浅沼に向けられたもので、緋影に向けられたものではない。

 

『……ふ、ふふ……やっぱり、雛菜……浅沼さんのこと、好きだな〜……』

「え?」

『あっ……い、いえっ、何でもないです〜……』

 

 何を言われたのか聞こえなかったが……なんだろう、これ。結構キツい。早く電話を切りたいが……でも、雛菜を悲しませたりしたくない。何とか理性で押さえつけて、話を聞いた。

 

「それで……今日は、どうされました?」

『あ……は、はい〜……。その、雛菜……昨日のこと、謝りたくて……』

「昨日?」

『昨日、好きとか言っちゃったから〜……その、変なこと言っちゃったかな〜って〜……』

「……ああ、大丈夫ですよ。友達として、という事ですよね?」

『あ……は、はい〜……』

 

 あれ、少し元気がなくなった? よく分からないけど……とりあえず、もう話を切ろうと思った。なんか、きついし切ないから。

 

「じゃあ、今日は……」

『あ、そ、それでですね〜?』

 

 まだ話があるらしい。

 

『実は今日、文化祭の準備が始まって〜、緋影ちゃんと同じ係になったんです〜』

 

 世間話か、と理解し、耳を傾ける。まぁ、店員の「浅沼」として話につきあわないといけない。

 

「そうなんですか……おつかれさまです」

『い、いえいえ〜……その時に、緋影ちゃんと一緒にいたんですけど〜……どうも、緋影ちゃん……基本的にネガティブな子みたいで〜……』

 

 それはそうかもしれない。かもしれない、というかそうなのだが。基本的に過去の経験から、最悪を想定する癖が付いている。

 

「そうなんですか〜……」

『多分あの子〜……共感してくれる友達いなかったから、自分の価値観は底辺〜みたいに思ってる子だと思うんです〜……』

 

 当たり……意外と鋭い人だ。さて、そんなわけで自分は雛菜の言ったことを不自然じゃない程度に理解した事として相槌を打つ必要があるため、第三者の目線で見た自分を言っておいた。

 

「そ、そうなんですか……面倒臭い人なんですね」

『そんな事ないです〜。緋影ちゃんの悪口はやめて下さい〜』

 

 あれ、そんなつもりはなかったけど……というか、雛菜は自分のことを面倒臭いと思っていないのだろうか? 

 

『本当は……もっと、緋影ちゃんのこと知りたいんです〜。だから……明日から、もっと仲良くなりたいな〜って思うんですけど〜……どうしたら良いか、浅沼さんに相談したくて〜……』

「……」

 

 本人です、本人、と、頭を抱えたくなってしまう。何なら少し泣きそうになってしまった。

 でも、抑える。ここでネガティブなリアクションをすれば終わる。浅沼が嫌われるわけにはいかない。

 客観的に見て、第三者の目線から自分を分析し、どうやったら緋影ともっと仲良くなれるのか……そんな方法を考え、言ってみた。

 

「難しく考える事ないと思いますよ。……緋影も、市川さんが初めての友達で好きだと思いますから。……だから、今日まで通りに仲良くなれば良いと思います」

『ほ、ほんとですか〜……?』

「はい」

 

 自分の首をすごく絞めているような気がしつつも、そう言った。

 でも、嬉しかったから。雛菜が、まさか自分にそこまでの感情を抱いてくれているとは……。本人に話していない気になっている以上、それは紛う事なき本音だから。

 だから……雛菜が自分に愛想尽かすまでは、自分がどんな感情を雛菜に向けていても、仲良くしよう、そう決めて長電話をした。

 

 

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