乙女になった雛菜ちゃん。   作:バナハロ

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学祭は始まるまでが一番重要。

 それから数日間、文化祭の準備は滞りなく進んだ。色々とオブジェクトを買って来たり、お化け屋敷のルートを作ったり……と、色々。何だかんだ、こうして居残りして準備をするのは楽しいものだ。

 それは、雛菜や小糸、緋影も同じで雛菜が「透先輩のとこ行こ〜?」とならない限りは協力していた。

 ……だが、雛菜は少し困ってしまっていた。何故なら、数日ほど前から何となく緋影の様子がおかしいからだ。

 

「い、市川さん……!」

「何〜?」

「お昼……今日は、ノクチルの皆さんと食べるの……?」

「ん〜、まだ決めてないよ〜?」

「わ……私、空いてるんだけど……いや、空いてるのはいつものことで……だけど、こう……ひ、暇だなーみたいな……」

「……」

 

 素直に誘うこともできないの? と、思う反面、なんかやたらとそれが可愛らしく見えてしまった。何この小糸と円香の面倒臭い部分を足して二で割ったような奴。

 可愛い、可愛いけど……おかげで、少し意地悪してみたくなってしまう。

 

「ふ〜ん? じゃあ雛菜、ご飯食べてくるね〜?」

「え……あ、そ、そっか……」

 

 泣きそうになってる……そんな顔もまた可愛い……けど、本当に別々で食べては意味がない。

 

「でも〜……緋影ちゃんがちゃーんと誘ってくれたら、緋影ちゃんと食べちゃうかも〜?」

「っ……た、食べたいな……! 市川さんと……!」

「良いよ〜」

 

 急に素直になって、何だか非常に可愛い。そのまま、緋影の机の上に集まり、お弁当を広げた。

 

「そ、そういえば……市川さん。学祭当日だけど……パンフレット読んだ……?」

「読んだよ〜?」

「い、色々楽しそうなところ、マークしてみたんだけど……どう、かな……」

「え〜? 配られたの今日だよ〜? いつの間に〜……」

「授業中だけど……?」

 

 意外と不真面目……というのは前から知ってた事だけど、成績は大丈夫なのだろうか? まぁ、好きにすれば良いけど。

 せっかくマーキングしてくれたのだから見てみたい。

 

「どんなところマークしたの〜?」

「こ、こんな感じ……」

 

 机の中から冊子を取り出したので見てみた。中をとりあえずパラパラと眺めてみると……「たこ焼き屋」「クレープ」「吹奏楽部の演奏」「焼きそば」「自作映画」……などなど、デートスポットのようだ。ちゃんと、透や円香のクラスも入っている。

 

「あは〜楽しそうだけど〜……これ、雛菜の為に〜?」

「う、うん……浅倉先輩とか、樋口先輩の所にも顔出したいかなって……」

「やは〜〜〜♡ やっぱり緋影ちゃん好き〜〜〜」

「あ、ありがと……」

 

 嬉しそうに頬を赤らめて手をモジモジさせるのは勝手だが、それでも言っておきたい。

 

「でも〜……緋影ちゃんの好きなところも行きたいな〜って」

「え……わ、私?」

「そう〜。せっかく二人きりで回るから、知りたいな〜?」

「そ、そっか……」

 

 言われて、緋影は冊子を手にしてパラパラと中を見る。さて、彼女はどんなのが好きなのだろうか? ウキウキしながら待機していると、緋影は冊子の中を指差して見せてきた。

 

「こ、こことか……!」

 

 指差していたのは「巨大樹海ジオラマ」と書かれている展示だった。2年生のクラスらしい。

 

「絶対やだ〜」

「えっ」

 

 何するところか分からないし……というかこういうの好きなのだろうか? 

 

「虫好きなの〜?」

「いや別に……ただ、好きなモデルさんが虫好きみたいで……」

「そ、そうなんだ〜……」

 

 何だそのモデル。面白いけど関わり合いになりたいタイプではない。別に雛菜も虫が嫌いなわけではないが、進んで見たいものでもないし。

 

「他はなんかない〜?」

「ほ、他か〜……他になると……」

 

 パラパラと再び冊子を捲りはじめる。察してはいたが、やはりこういうのは苦手らしい。

 

「あ……じゃあこれ」

「? ……PTAのフリーマーケット〜……?」

「ほ、掘り出し物あるかなって……」

 

 結局、この子の趣味が迷宮入りする結果に終わった。まぁ、退屈はしなさそうだし、別に構わないが。

 

「じ、じゃあ、そこ行こっか〜……」

「ユアクマグッズとか……割と、掘り出し物があるかもだから……」

「え、そうなの〜?」

「フリーマーケットって、お金かからないどころかもらえて要らないものを処分できる良い機会だし」

「なるほど〜」

 

 つまり……早い話がいまの学生たちが子供の頃に使っていた非売品が売られるかもしれないという事で……特に、文房具などは今使うと恥ずかしいけどまだまだ使えそうなデザインのものがたくさんある。

 

「あは〜楽しみになってきた〜」

「そ、そっか」

 

 子供の頃に手に入らなかったものが入手できる機会……そう思うと、割とソワソワしてくる。

 まぁそれよりも……緋影が、少し積極的に声を掛けてくれるようになったのは、少し気になる。多分、友達になろうとしてくれているのだろうけど、ちょっとだけ気になってしまった。

 

 ×××

 

 学園祭の日程は、木曜日〜日曜日。去年は三日間だったのだが、今年は一日増えたらしい。

 当然ながら、木曜日と金曜日は平日なので一般客は少ない。雛菜の予定は、木曜日は円香と雛菜の二人で仕事があるので休み。金曜日に緋影と周り、土曜日はノクチルと学祭。そして、日曜日は浅沼と回る。

 放課後の居残り中、緋影は発声の練習をしていた。

 

「うぅ〜らぁ〜めぇ〜しぃ〜やぁ〜……」

「うらめしや〜♡」

「う……うらしや……!」

「うん、三人ともやっぱり黙って出て行こう。緋影さんから、怖くない、明るい、むしろ怖がらせたい、しか出てこない」

「ぴえっ⁉︎ こ、怖がらせたいの……⁉︎」

 

 あんまりなレビューに小糸が声を上げたが、正直緋影も同じ感想である。文化祭準備でクラスメートと関わる機会も増えてきてわかったのだが、小糸は本当に小動物みたいで、雛菜とは真逆な性格である事。なのに仲良くしているのだから、人間関係とは分からないものだ。

 さて、そんな三人に、後ろから別の声がかけられる。

 

「ごめん、今空いてる?」

「あは〜? 空いてるよ〜?」

「いや練習中……」

「空いてるなら、買いものして来てくれない?」

「何を〜?」

「ドンキで、あのお祓い棒みたいなやつ買って来て」

「売ってるの〜?」

「なかったら、他の……とにかく日本のホラーっぽいのなら何でも良いから!」

 

 言われて三人とも顔を見合わせた後、とりあえず行くか、みたいになって買いに行くことになった。

 ドンキは割と近くにあるので助かる。そのまま三人で靴を履き替えた。

 外出しながら、小糸が声を漏らした。

 

「こ、こういう……学祭の準備期間に出かけて、買い物に行くって……学祭ならではだよね……!」

「あは〜♡ たしかに〜。じゃあ、ついでに食べちゃう〜? ラーメンとか〜……」

「だ、ダメだよ! なんか、急いでる感じだったし〜……!」

「雛菜、お腹すいた〜。甘いもののが良いかも〜」

「ほ、本当に行く気⁉︎」

 

 行かないのに口に出したりはしない。でも、行く気になってしまっている。お腹空いた、って言うと本当にお腹空いてくるから、女の子は不思議だ。

 

「緋影ちゃんは〜?」

「あ……わ、私も……お腹すいた、かも……」

「何食べたい〜?」

「わ、私は何でも良いよ……」

 

 最近はよく話すようになったけど、まだ雛菜以外の人と話すのは苦手なようだ。恐らく、小糸がいるからかもしれないが……なら、せっかくだし仲良くしてもらいたいものだ。

 

「じゃあ雛菜〜緋影ちゃんが行きたいお店が良い〜」

「え……な、なんで……?」

「なんか……隠れた名店、みたいなの〜? 知ってそうだし〜」

「い、いや……そんなの知らないから……」

「ゲーセンに行った後とか、たまに寄るお店ないの〜?」

「あ、あるにはあるけど……」

「じゃあ、そこね〜? 今から行こ〜!」

 

 二人に仲良くなってもらうには、新しく入ってきた子に話を合わせつつ、お店の話題を振るのが一番……と、思ったのだが、その雛菜の手を小糸が掴んで引き止めた。

 

「そ、その前に、ドンキで買い物だけしなきゃダメだよ……!」

「え〜……めんどくさい〜」

「な、何しに出てきたと思ってるの……⁉︎」

 

 そんなわけで、ドンキに向かった。

 

 ×××

 

 ここまでまとまりのない商品が置いてあって、逆にまとまりを感じるお店は他にない……それが、ドンキとヴィレバンだろう、と緋影は思っている。

 だから見てるだけで楽しいし、暇が潰せる。友達同士で来れば、たまに置いてあるエロ本とかでも楽しめるのだろう。もっとも、緋影には縁がない事だが。

 

「緋影ちゃ〜ん、見て見て〜!」

 

 そんな声が聞こえてきて顔を向けると、雛菜がリーゼントのヅラを小糸の頭に乗せていた。その小糸は、サングラスを掛けている。

 

「ヤンキー小糸ちゃん〜。あは〜〜〜」

「お、おらおら、お金出してよ……!」

 

 ヤンキーなのに懇願してるよ……と、思いつつも、こんな子にカツアゲされたらお金出しちゃうかも、と思ってしまう。

 

「だ、出すのは良いけど……お菓子食べた後は、ちゃんと歯を磨くんだよ?」

「か、カツアゲされてる立場のセリフじゃないよ⁉︎」

「やは〜〜〜♡ 小糸ちゃんなめられてる〜〜〜」

「な、なめてないけど……で、いくら欲しいの?」

「い、いらないよ! ていうかもらえないよ!」

 

 そう言いながら、小糸はサングラスとリーゼントを外す。中から出てきたのは天使なので、やはり素の方が可愛い。

 

「あ〜、あっちに変なサングラスある〜」

「あ、ひ、雛菜ちゃん……待って……!」

 

 そのまま小糸と雛菜の後を追う緋影。とにかくホラーっぽいものを探さないといけないのに、こんなにのんびりしていて良いのだろうか? 

 そんな風に思いながら歩いている時だった。

 

「緋影ちゃ〜ん!」

「?」

「これ、つけてみて〜」

 

 持って来られたのは、ガスマスクのおもちゃだった。本当、何でもあるお店である。

 

「……嫌。知らない人と間接キスになりそう」

「え〜?」

 

 そういう面白グッズは絶対、男子高校生とかが試してる。特に、最近はドクターストーンも流行ってたし……なんて思っていると、目の前で雛菜がマスクを装備していた。

 

「どお〜?」

「な、何してるの……? 全然、似合ってないけど……」

「あは〜だよね〜」

 

 そう言いながら、雛菜はガスマスクを外し……そして、それを緋影に差し出してきた。

 

「はい、これで雛菜と間接キスだよ〜?」

「ひょえっ⁉︎」

「ぴえっ……⁉︎」

 

 小糸までもが声を漏らす中、雛菜はニコニコしたまま続けた。

 

「だから、着けてみて〜?」

「な、何が『だから』なの……?」

「え〜? 雛菜との間接キスなら嫌じゃないでしょ〜?」

「い、嫌じゃないけど……」

 

 別の意味で無理だ。意識しかしない。女の子同士なら何でも許されると思っているのか。こちとら、もっと早く仲良くなって、プールでイチャイチャすればよかったと思う程度には雛菜を意識しているというのに。

 彼女のことが好きになったわけでもないし、自分が百合子である事を確信したわけでもないが、彼女への想いが高まる程にちょっと夜眠れなくなる程度には意識している。

 それなのに……ガスマスクの回し……い、いや大丈夫……家族間では間接キスくらいキスと思わずにするし、わざわざ意識することもなく……そう、雛菜が家族だと思えば良いんだ。

 雛菜は家族、雛菜は家族……あれ、それ……雛菜と結婚してね? 

 

「ああああもうっ……!」

「それこっちのセリフ〜……えいっ」

「むぎゅっ……⁉︎」

 

 強引に口に捩じ込まれた。呼吸をするためのものなのに、呼吸を止めるように押し込められた後、ゴムバンドを後頭部に回される。

 

「〜っ!」

「はい、出来上……がり……ぃ〜……」

「……?」

 

 強引に口に捩じ込んで何のつもり……と、思ったのも束の間、目に入ったのは雛菜の顔。真っ赤な顔のまま、ぽわーっと自分を見ていた。

 何その浅沼を見る顔……いや、間違ってはいないわけだが……なんて思っていると、すぐにふと気がつく。

 今、つけているのはガスマスクのオモチャ。シャアのマスクとは真逆の口元を覆うマスク……そう、ゴッツくてもマスクはマスクなのだ。つまり……。

 

「やばっ……!」

 

 慌ててマスクを外そうとするが、テンパってて外せない……と言うよりも、後頭部にゴムがつながっているのに、マスクを前に引っ張るものだから外れるわけがない、という状態だった。

 で、まぁ手を滑らせればそれは戻ってくるわけで。

 

「ほげっ……⁉︎」

「あっ……だ、大丈夫〜?」

 

 戻ってきたマスクが鼻の頭に直撃。ひっくり返る。というか、今のは効いた。

 

「痛ッ……つぅ〜〜〜っ……!」

「こ、小糸ちゃんティッシュある〜⁉︎」

「あ、う、うん……血⁉︎ 雛菜ちゃん、殴ったの⁉︎」

「殴ってないよ〜〜〜!」

 

 鼻を押さえていた手を離すと、赤い液体がついている。鼻に直撃し、鼻血が出てしまったようだ。

 

「痛そ〜……大丈夫?」

「だ、だいじょ、ぶ……」

 

 ティッシュで拭いてもらいながら、ようやく落ち着いてきた。危なかった……まさか、女子高生にもなって鼻血を出すハメになるとは……死ぬほどなんか恥ずかしい……。

 いや、そんなことよりも、一大事だ。なんとかして、マスクの件を誤魔化さないと……。

 

「あ、あの……ていうか、さっき……」

「動かないで〜」

「え、あ……は、はい……」

「ひ、雛菜ちゃん……このガスマスク、血がついちゃってるんだけど……どうしよう」

「買っちゃう〜? なんかホラーっぽいし〜」

「ぜ、絶対通用しないよ!」

「でも、ドライアイス使って冷気と煙使うから、ガスマスク着けたお化けが出ると怖いんじゃない〜?」

「いやそれ怖さのベクトルが化学的過ぎる気も……」

「いいから買ってきて〜。雛菜、緋影ちゃん見てるから〜」

「わ、わかったよ……」

 

 言われるがまま、小糸は買いに行ってしまう。本当、鼻血くらいで申し訳ない気がする。

 

「市川さん、このくらい大した事ないから……」

「も〜……そういう事言わないの〜。……せっかく可愛い顔なのに、鼻からティッシュ出して〜……」

「いや出してるんじゃなくて詰めたんだけど……」

 

 話しながら、雛菜は自分の口と鼻を覆うように手を当てた。すると、また顔を真っ赤に染め上げる。何してるんだろうそれさっきから……なんて思っている間に、雛菜は告げた。

 

「やっぱり〜……緋影ちゃん、目が浅沼さんにそっくり〜……」

 

 ギクッ、と身体が震え上がった。ヤバい、その手はマスクの代わりか! と、狼狽える。

 

「あ、や……違っ……」

「もしかして……緋影ちゃんって……」

「っ……!」

 

 バレたか⁉︎ ……と、キュッと目を瞑ってしまった直後だ。雛菜は明るい声で告げた。

 

「浅沼さんの妹さん〜⁉︎」

「実はそう……え?」

「やっぱり〜」

 

 潔く告白したのだが、裏目に出た。誤解をきれいに与えてしまった。

 

「あ、いや……今のは……!」

「似過ぎてると思ってたんだ〜! 性格とか口調とか声音とか目元とか〜」

「ひぃっ⁉︎」

 

 逆にバレてるんじゃないかとびっくりして悲鳴を漏らしてしまった。……いや、マジでその節あり得る。

 あ、あれ……この子、こうして見ると何考えてるのかわからなくて少し怖い! 

 

「どうして今まで隠してたの〜⁉︎」

「え……い、いや……」

「お兄さん、なんて名前〜?」

「……」

 

 ど、どうしよう……これはもう、正直に言う良い機会なのではないか? そうだ、どうせこうなった以上、もうバレてるんだし……素直に言った方が良い。

 

「じ、実はね、市川さん……」

「? 何〜?」

「わ、私……」

 

 ……でも、もし素直に言って……嫌われたら……いや、ていうか普通に考えて嫌われる……。嫌われたらそこまでと腹は括っていたけど……でも、いざ本当にそうなると思うと、少し……勇気が……。

 

「……緋影ちゃん〜?」

「っ!」

 

 綺麗な顔で下から覗き込まれ、胸の奥がドキッとしてしまう。好きな顔が飛び込んできて、何も言えなくなってしまった。

 ダメだ……やっぱり、そんな勇気はない……! 目を逸らしながら、変な声音で答えるハメになった。

 

「……あ、兄の名前は……陽太です……」

「あは〜♡ 明るそうな名前〜〜〜」

 

 ……弟に、兄役をやってもらおう……そんな事を思いながら、とりあえず誰かに捌いてもらいたい気分になった為、個人的に買い物をする事にした。

 

「……ごめん、市川さん」

「ん〜?」

「ちょっと、欲しいものあったから買ってくるね……」

「いってらっしゃい〜」

 

 そのまま緋影はその場を後にした。

 

 ×××

 

 なんか、暗かったな……と、雛菜は少し緋影の後を見る。どうかしたのだろうか? 

 彼女に少しでも明るくなってほしくて色々と試してみたけど、どうしていつも裏目に出てしまうのだろう。自分はこんなに人を元気付けるのが下手だったのかな……と、少しショックでさえあった。

 ……ちょっと気になってしまったので、雛菜は緋影の後をつける。もし、何かショックな事があった……それこそ、鼻血を出して恥ずかしいとこを見せたーとかで気にしていたら、こっちも気にしてしまう。

 それとも、兄のことをあまり話したくなかった……とか? バイト先まで同じにしていたわけだし、仲良いものだと思っていたが、本当は悪いのだろうか? 

 そんなわけで、後をつけてみることにした……のだが、見て驚いた。

 

「……これかな……」

「っ」

 

 息を呑んだ。選んでいたのは、手錠だった。

 え、な、なんで〜? と、流石の雛菜も困惑した。何故、手錠? 警察官ごっこ……ならまだ良いが、そうとは思えない。え……まさか、マゾ? そういう趣味? ていうか……そういうのに付き合ってくれる関係の人がいる? 

 ……あれ、何故だろうか。そう思うと少し、ショックに思えてきてしまった……。自分以外にも仲良い人がいるなら、それはむしろ喜ばしいことのはずなのに……。

 そんな中、緋影の独り言が飛び込んできた。

 

「……これで陽太に殴ってもらおう……」

 

 まさかのお兄さんと近親相姦! と唖然とする。兄妹間の仲は悪いどころか行きすぎなくらい良かった! 

 ヤバい、絶対にヤバい。何だろうこの人達……雛菜の理解をあまりにも超えてしまっていて、正直他のことを考える余裕がなかった。

 ……確かめたい。でも、確かめても絶対に答えてくれない。だから、さりげなく探るのがベストな気もするけど……でも、どう聞けば……。

 悩んでいる間に、緋影は出て来てレジに向かってしまう。……あれ? レジと言えば……小糸が買いに行っていた! なんかよく分からないけど、今会わせちゃダメな気がする! 

 だが、緋影の前に雛菜が出ても良くない。手に持っているのがバレバレだからだ。

 そんなわけで、小糸を探した。ちょうど良いところに、前を歩いているのが見えた。

 

「こ、小糸ちゃ〜ん!」

「? ……あ、雛菜ちゃん。これ意外と高かったんだけど……」

「後で雛菜がお金出すから……一旦こっち来て〜!」

「え? あ、う、うん……?」

 

 言われて、小糸は釈然としない様子ながらもこちらに来る。

 

「ひ、緋影さんは……?」

「今、欲しいものあったらしくて買い物してる〜」

「そ、そうなんだ……」

 

 何を買ったかは言えない……一瞬、小糸に聞いてみようか迷ったが、どんな聞き方をしてもバレる気がする。うん……ここは、何も聞かないのが得策だ。

 しばらくして、緋影が戻ってきた。

 

「ごめん……お待たせ……」

「じゃあ、学校戻ろっか〜」

「えっ、ひ、雛菜ちゃん……緋影さんが通ってるカフェは……寄らないの?」

「そんなのもうどうでも良いかな〜」

「ええっ⁉︎」

 

 そんな事よりも、さりげない情報収集だ。緋影の正体を探る必要があるし……万が一ド級のマゾであれば、それに雛菜は合わせられるようになる必要があるのだから。

 

 ×××

 

 学校に到着し、雛菜は早速、手渡した。

 

「はい、買って来たよ〜。ガスマスク〜」

「何でガスマスク⁉︎」

「お祓い棒なかったから〜。ドライアイスの煙が上がってる中でガスマスクつけてる人出てきたら怖くない〜?」

「お化けが呼吸対策して何の意味が⁉︎」

 

 話しながらも、雛菜にとってそこはもはやどうでも良い。……それよりも、だ。後ろの少女である。一瞬、チラ見してから、ガスマスクの外装を見せた。

 

「それよりほらここ〜、緋影ちゃんの鼻血〜。血がついてると怖くない〜?」

「それ弁償してきただけの奴でしょ⁉︎」

「雛菜の奢りで良いから〜」

「っ……し、仕方ないわね……まぁ、お祓い棒も飾りのつもりだったし……」

 

 との事で、一度別れながら、緋影に声を掛けた。

 

「そういえば、緋影ちゃん〜」

「っ、な、何?」

「この前……ツイスタで流れて来たんだけどさ〜。アニメのキャラクターが、可愛い女の子に吹き出した唾を浴びて『ご褒美』って言ってた切り抜きが流れて来たんだけど……どういう意味〜?」

「え……」

 

 意味くらいわかる。要するにマゾという事だろう。……だが、ガンダム以外のアニメにあまり興味なさそうな緋影ならば、実際に本人がマゾでもない限り分からない事だろう……。

 そう思ってチラリと彼女を見る……が、緋影は難しい顔をして平然と答えた。

 

「え……ど、どうしてだろう……ね?」

「ぴえっ⁉︎ わ、私に振るの⁉︎ ていうか、雛菜ちゃんも意味知ってるよね……⁉︎」

 

 ……今の反応、知ってるのに小糸に振った感じがする……というのと、小糸の台詞に「しまった」というのを同時に思ってしまった。

 小糸が自分に疑問を持つほど、今鞄の中に手錠なんてアブノーマルなものを持っている緋影は警戒する。下手な聞き方はできない。

 

「あは〜♡ 雛菜、この前透先輩と〜、SとMの話で盛り上がっちゃったから〜」

「え、ええっ⁉︎ そんな話するの⁉︎」

「結構してるよ〜?」

 

 嘘である。たまにしかしてない。けどまぁ透はその辺の記憶ガバガバだし、全然平気だろう。

 

「それで〜、雛菜と透先輩はSっぽいけど〜、小糸ちゃんと円香先輩はMっぽいよね〜って話になって〜……」

「わ、私Mじゃないよ……!」

「え〜? でも、Sでもないでしょ〜?」

「そ、そうだけど……ふ、普通だもん……!」

 

 で、だ。チラリと緋影を見た。

 

「緋影ちゃんはどっちかな〜……って」

「わ、私……?」

「あ、あ〜……確かに、緋影さんは……どうだろう?」

 

 見られた緋影は、少し困った様子で目を泳がせる。あの反応……なんとなくマゾっぽい気もするけど……でも、分からない。何せ、あのSっぽい兄の妹なのだから。

 

「私は……あんまり人をイジるのは、好きじゃないかな……イジられる分には、あんまり気にした事ないけど……」

「え〜……そうなの〜?」

「い、いや……別にイジられたいってわけでもないけどねっ?」

 

 ……そんなことをハッキリ言われると思わなかった。本当にマゾなら、手錠を持っている以上、隠されるものだと思っていたから。

 これはー……逆に気の所為な気もして来たが……まぁ、それならそれで構わないかもしれない。

 

「……そっか〜。じゃあ、良かったかも〜」

「え、な……何が?」

「何でもないよ〜?」

「ひゃんっ……!」

 

 ホッとしたからか、少しちょっかいを出したくて、正面から脇の下に指を差し込んだ。当然、胸に手のひらが当たる。

 

「も、もうっ……い、いきなりくすぐるのはやめて……!」

 

 そう言いつつも、抵抗はしない。頬を赤らめたまま、そっぽを向くだけだ。あ、あれ? この反応……と、再び雲行きが怪しくなる。

 

「……やめてほしかったら、抵抗したら〜?」

「え? あ……だ、だって……力入れすぎて……怪我とか、させたくないし……」

「……」

 

 嘘くさい……あれ、これもしかしてどっちだ? と、眉間に皺を寄せる。そういえば……SM判定よりも大事なことを聞き損ねていた。

 

「そういえば、緋影ちゃん〜」

「な、何……ていうか、手を離して……」

「……お兄さんと仲良いの〜?」

「え? ……あ、あー」

 

 何故か、気まずそうに目を逸らした。やましい事がないのなら、目を逸らす必要なんてないだろうに。

 

「……良くは、ないかな……」

「……」

 

 いや、良くないとしても……怪しい。むしろ、良くない方が手錠を使ったプレイなど乗ってくれそうな気も……。

 結局、疑念が晴れることはなかった。

 

 

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