この世界は美しくない。
私が暮らす魔界では、どんよりと重たい雲は光を遮り、木々や植物は歪んでいる。動物だって可愛らしいものは一匹もおらず、ただ禍々しい魔獣が命のやり取りを繰り返す。
私達もその例に漏れず、魔天族と呼ばれるプライドだけで生きているような連中が跋扈している。
「はぁ……楽しくない。」
突然だが、私はサキュバスだ。だが私は他のサキュバスとは違い、空腹だからと言って節操なく魔獣のアレを銜えこんだりはしない。というか私の同族はよくあんなことできるな。
いやいやいきなり話が逸れた。本題に戻そう。さっきも言った通り私は同族と違う価値観を持っているらしく、ご同輩からは嫌われている…どころか、私を見つけた瞬間問答無用で襲い掛かってくるレベルで忌避の対象になっている。そのため一人でホイホイと出歩くことはせず、各種族の
「しょうがないでしょう。私たちはいつどこで襲われるとも分からないんだから。」
で、私の独り言に返したのはダークエルフのトゥール。元はダークエルフの都市【デックアールヴ】で議員をやっていたらしい。しかし人界側に立つハイエルフとの戦争の際、ハイエルフに味方するような発言をしてしまい議会は紛糾。投票の結果、追放が決定したそうだ。
「トゥールの敵は過激派だけだからいいだろう。私はどの悪魔からも命を狙われているんだぞ?」
「はいはい。異能持ちの淫魔様は大変ね。」
「バカにしてるのか?」
そう、トゥールの言う通り、私は異能と呼ばれる能力を持っている。これは種族本来の能力とは別に持って生まれることがある能力で、異能持ちが生まれる可能性は100世代に一人程度らしい。私も伝え聞いただけで詳しいことは知らないが。
そして私の異能は血を啜った相手の能力を手に入れる、という強力なものだ。トゥールにいい名前がないかと聞くと、〈血盟〉と名付けられた。最初こそ「子供臭い名前を付けるな」と文句を言ったものの、なんだかんだ言いつつ気に入っているのは否めない。
現在私が持っている血盟はアンデッドの〈不死〉、ダークエルフの〈第六感〉、獣人の〈剛腕〉、それに加えて私のようなサキュバスに元から備わっている能力、つまり〈吸精〉を血盟で強化した〈搾精〉の四つだ。
これだけ見ても分かるだろうが、私は戦闘に全く向いていない。獣人の血を吸うまでは本当に死ぬかと思ったことも何度かある。弱肉強食にもほどがあるだろう、この世界を作った神は一体どんな神経をしてるんだ。
だが獣人の血を啜って〈剛腕〉の血盟を手に入れたことで、私にも幾分か心の余裕というものが生まれた。そして思い出してほしい、先ほど私は「同族と違う価値観を持っている」と言った。それは何かと言えば、そもそも私は楽しい事をして生きていたい。逆に言えば楽しくないことはやりたくない、というものだ。
そこで私は閃いた。「魔王になれば好き勝手できるんじゃないか?」と。
そもそもプライドが青天井に高い癖して合議制を取っている今の魔界が間違っているんだ。私ではないにしても、力を持つものが頂点に立ち、統治した方がよほどうまく回るに違いない。
「よし!やるぞ!やって見せる!」
「ちょ、バカ!そんな大声出したら……」
私の声に呼び寄せられたのか、森の中から私の背丈の倍ほどもありそうな魔獣が顔を出した。しまった、トゥールと食料集めに来ていたのを忘れていた。だがこれは好機!
「はァッ!!」
「やあぁッ!」
裂帛の気合を迸らせ、魔獣の顎を横から打ち抜く。私の攻撃でふらついた魔獣を、トゥールが自前のナイフで切り刻む。魔獣の肌は鋼のように硬いが、ダークエルフが特殊な金属を鍛えて拵えたナイフなら話は別だ。まるで柔らかい布を切るかのように、魔獣の身体には深い傷が幾重にもつけられていく。
「トゥール、いつものだ!」
「はいはい、トドメね!」
私が魔獣を下からかち上げて柔らかい腹を晒させ、トゥールのナイフが心臓に突き立てられる。魔獣はそのうちに呼吸を止めていた。
その後、私は不用意に大声を出して魔獣を呼び寄せたとしてトゥールにこってり絞られることになった。納得がいかない、しっかり討伐した上に持ち帰って食糧にもなったというのに。
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