夏に汗   作:カンキツf

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夏に汗

 「……阿賀野何してるの」

 「な……長良……さん……」

 「それ長良が汗拭いたタオルじゃない? しかも洗濯してない。何でそんなのを顔に押し付けてんの?」

 「あ……いや……これは……その……」

 「しかも顔を押し付けたままピクリとも動かないし、何か怖いんだけど……」

 「あ〜……その〜……あの〜……」

 

 時は一週間程遡る。

 

 「長良さ〜ん、どうしたんですか〜それ〜?」

 「ちょっと遠くまで走ったら降られちゃってさ」

 

バケツをひっくり返したような土砂降りの雨の中、軽巡寮の入口で傘の水滴を払っている私の隣、ずぶ濡れになった長良さんが髪の毛先から水滴を滴らせ自分の服の裾を掴んで雑巾のように絞っている。

 

 「何でそんなになるまで走ってるんですか……」

 「んー……、今日はいきなりザーッと降ってきたからねー……」

 「あー……それで急いで帰ってもびしょ濡れになっちゃったって感じですか?」

 「いや、今日の走り込み分はしっかりやったけどね」

 「やったんですか!?」

 

 長良さんの話に思わず大声を出してしまう。

 

 「いつも思ってますけど長良さん毎日よくやりますよねー。雨に降られても平気なんですか?」

 「いや、流石にここまで降られるのは嫌だけどね。阿賀野の方こそこんな雨の中傘さしてどこ行ってたの?」

 「……重要物資の調達です」

 「あー、お菓子のへそくりが無くなったから買い足しね」

 「ちょっ! 何で分かるんですか!?」

 

 翌日、照りつける太陽の下、軽巡寮の入口で冷たい缶ジュースを飲んでいる私の隣、髪の毛の先から水滴を滴らせた長良さんが自分の服の裾を掴んで雑巾のように絞っている。

 

 「……長良さ〜ん、どうしたんですか〜それ〜? 今日は雨降ってませんよ〜?」

 「ちょっと遠くまで走ったら結構汗かいちゃってさ」

 「えっ、ひょっとしてそれって全部汗ですか……?」

 「うん、そうだと思う」

 「うわぁー……」

 

 服から絞り出された水滴が全て汗だと聞いて思わず後ずさる。

 

 「阿賀野の方こそ、こんな暑い中わざわざどこ行ってたの?」

 「……妹たちが『阿賀野姉お願い♡』って必死に頼み込んでくるから優しい私は仕方なくですね……」

 「あー、エアコンの効いた部屋でずっとダラダラしてたら矢矧辺りに飲み物の一つでも買って来いって蹴り出されたってとこね」

 「ちょっ!! 何で分かるんですか!?」

 

 こんな感じで長良さんは本当に毎日毎日、春夏秋冬、いつもいつも走り込みをしている。この前長良さんに『飽きたりしないんですか?』って聞いたら、『走らない方が気持ち悪い』って言われた。

 

 「阿賀野なんてその気になればベッドの上から動かずに1日過ごせるのに! どう思う那珂ちゃん!?」

 「どっちもどっち……だと思うな……」

 

 長良さんが出撃から大破状態で帰投したとき、安静にしてなきゃいけないのに走り込みに行こうとして大変だった時があったとか、『長良くらいになると走った方が早く治る』とか言って明石さんを困らせて、最後は五十鈴さんが来て無理矢理ふん縛ったとか。

 ここまで来ると長良さんにとっての走り込みって食べたり眠ったりするのとほぼ同列の行為なんだろう。

 

 「阿賀野がこうやってのんびりするのと同じでねー。ねー矢矧?」

 「阿賀野姉いい加減にして」

 

矢矧はこんなこと言っているけど阿賀野だってバリバリ走り込んで鍛えたりするんだからね。

 

 「ほら阿賀野走るよ」

 「はい……」

 

主に長良さんに連れられてだけど。

 

 「あ〜つ〜い〜!」

 

汗が止まらない真夏でも震えが止まらない真冬でも長良さんはお構いなしに走り込みに駆り出してくる。正直言ってかなりしんどいけど十戦隊の後輩としてあまり無下には出来ない。仮に無下にしたら引きずられて連れて行かれるんだけどね。

 

 「あつい〜……」

 

 走り出したときは滲む程度だった汗が肌の上で集まり粒になり、顎の先、髪の毛の先からポタリポタリと垂れ落ち地面を濡らしていく。

 

 「長良さん休憩しません? 水分補給しないと……」

 「さっきしてから1分も経ってないよ」

 「いやでも、熱中症対策しないと……」

 「阿賀野は休みたいだけでしょ。まだ走るよ」

 「え〜……」

 

 阿賀野の要求を一蹴して、長良さんはお構いなしに走り続ける。そんな長良さんの後ろについて阿賀野も走り続ける。

 

 (はぁ〜……)

 

 心の中でため息をついてふと目線を落とすと相変わらず落ちていく汗が乾燥しきった地面を黒く濡らしていくのが見える。余りにも汗の量が多いのか阿賀野の周りの地面までもまだら模様を描くように濡れていって……、あれ?

 

 「雨降ってきたね」

 「え? あ、本当だ。雨降ってる」

 

 長良さんの呟きに顔を上げて周りを見渡してみるといつの間にか空を覆っていた黒い雲がポツポツと雨垂れを落としている。

 

 「じゃあ長良さん走り込みは切り上げて戻りましょう」

 「えー、これくらい平気だよ」

 「平気じゃないですよ。阿賀野は濡れるの嫌なんで戻ります」

 

 そう言うと阿賀野は反転して鎮守府の方に走り出す。

 

 「ちょっと待って阿賀野!!」

 「キャーーー!?」

 

 そんな阿賀野を長良さんは抱きついて引き止めようとしてくる。長良さんの身体が触れられたところにじっとりした汗の感触がする。

 

 「汗まみれで急に抱きつかないで下さいよ!! もう!! 何なんですか!?」

 

 反射的に抱きついてきた長良さんを振り払う。

 

 「走り込みは続けるよ」

 「えー、でも雨強くなってきてますよ?」

 「大丈夫。今日はちゃんとこれ用意してあるから。はい阿賀野の分」

 「レインコート……?」

 

 困惑している阿賀野をよそに長良さんがレインコートを羽織ると迷いの無い動きでプチプチと前のボタンを留めてフードをかぶる。

 

 「よし完璧! 阿賀野も早く」

 「……やらなきゃ……駄目ですか?」

 「『やらなくて良いよ』って……言うと思う?」

 「…………」

 

 バシャバシャと水溜りを踏みつけて、打ちつける雨の中を長良さんと一緒に走っている。雨が降っていてもレインコートのせいで体感の暑さは雨が降る前と変わらない。むしろ降る前より暑いかもしれない。

 

 「長良さ〜ん……」

 「…………」

 「長良さ〜ん!?」

 「…………」

 「長良さん!!」

 「え!? なに!?」

 

強い雨音のせいで大声で喋らないと会話もままならない。

 

 「いつまでやるんですか〜!!」

 「えー!! まだまだ始まったばっかりでしょ!!」

 「もう帰りたいでーす!!」

 「まだ帰らない!!」

 「えー!! うわっ!!」

 

 抗議の声を挙げようよした瞬間、強い風が阿賀野の顔に雨を叩きつけてくる。

 

 「あー……もー……」

 

その風のせいで抗議する気も失せてしまい。土砂降りの雨の中を無言でかつ無心で走り続けた。

 

 「阿賀野ー」

 「なんですかー……」

 「大分小雨になってきてる」

 「え?」

 

長良さんのその言葉でずっと下に落としていた視線を上げるとさっきまであれだけ激しく振っていた雨が嘘のように弱々しくなっていた。

 

 「もう脱いでも大丈夫だね」

 「そうですねー……」

 

長良さんが走るスピードを徐々に緩め、歩きに移行するとレインコートのフードを脱いで今度はプチプチとボタンを外していく。

 

 (はー良かった。暑くて大変だったもん)

 

長良さんと同じく、阿賀野もレインコートのフードを脱いでボタンを外していく。ふと空を見上げると雲の合間から青空が見え、太陽の光が差し込み始めた。この分なら雨が完全に止むのも直ぐだろう。

 

 「だから平気って言ったでしょー」

 「え? 平気ってそういう意味だったんですか?」

 「うん。直ぐ止むと思ったんだよねー」

 「……はぁ」

 

どうやら長良さんが言っていた『平気』は『これくらいの雨なら降ってても平気』という意味ではなく『雨なら直ぐに止むから平気』という意味だったらしい。自分の予想通りになったからか長良さんは得意げな顔をしている。

 

 「……それだったらわざわざレインコート着なくても雨が止むまで待てばよかったんじゃ……」

 「まぁまぁ良いじゃん。ほら見て阿賀野、虹出てるよ虹」

 「わーほんとだきれー。誤魔化されませんからね」

 「あはは」

 

 そんな風に雨に降られた次の日。うだるような暑さの中、顔を伝ってポタポタと流れ落ちて行く汗で地面を濡らしつつ長良さんと一緒に鎮守府の敷地内で走り込みをしている。

 

 「もう駄目です〜……」

 

 そう言って座り込むとそのまま横になって快晴の空を仰ぐ。灼熱の地面に身体を熱されるがそんなことはどうでもいい。

 

 「阿賀野寝るな! 地面の方が暑いよ!!」

 「限界ですよ〜……」

 「水分補給しな! 水分補給!」

 「長良さんが飲ませてくださ〜い……」

 「えー! しょうがないなー!」

 

 長良さんが走り出し、阿賀野から遠ざかっていくが三十秒も経たずにまた戻って来る。

 

 「ほら阿賀野飲んで!」

 「はい……」

 

長良さんが抱きかかえた阿賀野に水筒の飲み口を差し出す。飲み口に口をつけると長良さんが水筒を傾け、口の中にスポーツドリンクが注がれる。それを飲み干して喉を潤す。

 

 「どう!?」

 「美味しいです〜……」

 「よしもっと飲む!」

 「はい……」

 

 さっきと同様、長良さんが口の中に注いでくれるスポーツドリンクを阿賀野はただ飲むだけ。

 

 「なんか赤ちゃんにミルクあげてるみたい……」

 「長良さんあげたことあるんですか?」

 「いや無いけど」

 「無いんですか」

 「阿賀野そろそろ立って自分で飲んだら?」

 「え〜……阿賀野赤ちゃんだから無理です〜……。あ、無理でちゅ〜……」

 

 両手をグーにして手の甲を見せるように胸の前に持っていき、目をつむって赤ちゃんのモノマネをする。

 

 「全く阿賀野はしょうがないな〜。あ、しょうがないでちゅね〜」

 「えへへ〜。もっとミルク飲みたいです〜……。あ、飲みたいでちゅ〜」

 「さっきからこのやり取りずっと見られてるけどそれでも良いの?」

 「え!?」

 

 長良さんの一言にバッと正面に視線を逸らすと微妙な表情をした長波ちゃんが阿賀野達を見つめていた。

 

 「…………」

 

 阿賀野が無言で立ち上がると背中に付いた埃と砂を払い落とし俯く。

 

 「走り込み……再開しましょう……」

 「そうだね」

 

 阿賀野の言葉に長良さんが同意すると長波ちゃんの肩をポンポンと叩き、『ありがとう』とお礼を言った後に走り出した。阿賀野もそれに追随して走り出す。

 

 (恥ずかし〜……)

 

 後で聞いたところ、長波ちゃんは長良さんが水筒を取りにいったときには既にいたらしい、けど口裏を合わせて黙っていたようだ。なんか変だと思ったら……。

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