「一旦休んで水分補給しよう」
「はい……」
走り込みを再開してからしばらくして今度は長良さんが休憩の宣言をする。走るスピードを落として歩きに移行する長良さんから少し遅れて阿賀野も同じようにして歩きに移行して水筒が置いてあるベンチに向かう。
「いやー。毎日言ってますけど今日は暑いですねー……」
「いや……でも今日はいつもより……暑いよ……っと……」
「長良さん!? 何で服脱いでるんですか!?」
他愛もない会話していると長良さんが突然上着を脱ぎ始め、スポーツブラ一枚だけになる。
「え? いや暑いから……」
「ここ外ですよ……」
「大丈夫だよ今日は鎮守府の中だけだもん」
「いやでも……」
阿賀野が言い切る前に長良さんが今度はスカートも脱ぎ出し、スカートの下に履いていたブルマが露わになる。これで今の長良さんが身に纏っている衣服はスポーツブラとブルマ一枚ずつになる。
「……長良さんもしかしてその格好で走るんですか?」
「……走るけど?」
「えー……もう下着で走ってるみたいなもんじゃないですか」
「でも涼しいよ?」
「…………」
長良さんが着ていた服をベンチに無造作に放り投げると服のとなりにある水筒を手に取りふたを開けると勢いよく飲み込む。
「……まぁ長良さんがいいならいいんですけど……一回脱いじゃったら汗びっしょりでもう着れませんよー……」
脱ぎ捨てられた服を見てポツリと呟くと阿賀野もベンチに置いてあった水筒を手に取りふたを開ける。
「ちょっと待って阿賀野!!」
「キャーーー!?」
すると長良さんがいきなり抱きついてくる。抱きつかられたときの衝撃で水筒の中身がピュッと飛び出し阿賀野の手を濡らす。
「汗まみれで急に抱きつかないで下さいよ!! もう!! 何なんですか!?」
反射的に抱きついてきた長良さんを振り払う。今回は長良さんの肌面積が広いせいで余計に汗の感触がしてしまう。
「日陰で休もう日陰で」
「……それだけですか?」
「そうだけど?」
「そんなんでいちいち抱きついてこないでくださいよ!! ただでさえ暑いんだから!!」
「だって阿賀野顔赤いよ。さっきとか本当に真っ赤だったもん」
「えっ?」
長良さんの指摘にパッと手で自分の顔に触れる。だけど暑さのせいか体感的にはいつもと別段変わりない。
「ちゃんと休もう。身体も冷やさないといけないし」
「うわ!? ちょ!? 長良さん!?」
私の手を取ってそのままズンズンと早足で木陰の方へ向かっていく長良さんに引っ張られるようにして私も木陰の方へ向かっていく。
阿賀野の手を引いて木陰に向かう長良さんの、玉の汗が乗った背中、その汗を吸って濡れているブラ、服を脱いだせいでくっきりと分かる日焼け後を頭から足先までを何回も眺める。
「…………!?」
阿賀野は今一体何をしているんだろう。何で長良さんの身体をそんなにジロジロ見る必要があるの。やっぱり長良さんが言うように熱が溜まっててちょっとおかしくなってるのかも。
「着いたよ」
「あっ」
ああだこうだ考えている内にいつのまにか木陰に着いていた。
「はいこれ、額に当てるか脇にはさむか首筋に当てて」
長良さんがクーラーボックスから氷みたいに冷たいペットボトルの水を渡してくる。私はそれをそのまま額に当ててその場に座り込む。冷たくて気持ちいい。
「しばらく休憩」
「はい……」
長良さんも私の隣に座り込み、水筒をグーっと飲むと阿賀野も手に持っていた水筒で喉を潤す。
「…………」
「…………」
お互い無言のまま、強ばった身体をダラリと投げ出すとまるで投げ出すのを待っていたかのように風が阿賀野達の火照った身体を撫でていく。それがすごく心地良い。
「風が気持ちいいですねー」
「そうだねー」
「もう夏が終わるまでずっとここにいません?」
「いやー、それは無理じゃないかな?」
「夏が終わるまでここで2人で後生静かに……、ん? 後生静かに?」
「何言ってんのさ」
「あはは……」
本当に何言ってんだろう。凄く恥ずかしくなってきた。あれ? 何で恥ずかしがる必要があるの。単なる言い間違いというか、言葉の綾みたいなものなのに何故か顔の温度が上がっていっている。
こんなこと言ってしまうなんて自覚がないだけでかなり身体に熱が溜まっていたのか。だってそうじゃなきゃ冗談でもあんなこと言わない。絶対に言わない。うん、言わない。……はず。
「そろそろ再開するよ、立って」
しばらくして、長良さんがそう言って立ち上がった。
「は〜い……」
阿賀野もそう言って渋々立ち上がる。
「…………」
「長良さんどうしたんですか?」
「……絶対に『阿賀野まだ休んでたいです〜』みたいなこと言うと思ってたのに……、こんなあっさり……」
長良さんが信じられないといった表現で阿賀野の方を見る。そういえば何でだろう。休憩して気力と体力がある程度戻ったから乗り気になったとかかな。いやでもいつもの阿賀野ならそんなことで乗り気になったりしないし。
「阿賀野もとうとう走り込みの良さに気づいたんだね!」
「それは絶対違います」
「そっか! よーし! じゃあラストいくよー! 阿賀野返事!」
「は〜い……」
「返事!!」
「はい!!」
長良さんの呼びかけに返事をすると、先に走り出した長良さんの数歩後ろの位置を保つようにして阿賀野も走り出した。
「今日はこんなもんだね」
「は〜い……」
数十分後、長良さんが走り込み終了の宣言をする。
「どう阿賀野? 今の気分は?」
「シャワー浴びたいです……あと服の洗濯も……」
「よし! じゃあシャワー浴びにいこっか」
「行きましょう行きましょう」
お互いタオルで身体から噴き出した汗を拭いつつ浴場に向かう。
「うわー汗でびっしょり……」
浴場でもはや汗で濡れていない部分の方が少ない服と下着を脱ぎバスタオルを体に巻くと、脱いだ服と下着に汗を拭いたタオルを洗濯機に放り込む。
「あ! 阿賀野!」
「え? うわっ!?」
長良さんの突然の呼びかけに振り向くと阿賀野の顔に濡れた布が勢いよく叩きつけられると微かな汗の匂いが鼻腔をくすぐる。
「もー、長良さん何なんですかこれ?」
「ごめん、それ長良が汗拭いたタオル」
「えー!?」
手に取っていたタオルを放り投げる。
「入れ忘れてたみたいでさ……」
「だからって投げないで下さいよ! 私がまだ居たじゃ無いですか!」
「狙いがずれちゃって……」
落ちたタオルを使い古されて汚れきった雑巾を掴む容量でタオルの端を掴み拾い上げ、洗濯機に入れる。
「まったくもう!」
「そんなに汚いかな……」
自分の汗の匂いだって嫌なのに、他人の汗の匂いなんてもっと嫌だ。今回はそれを顔に叩きつけられてる上にちょっと嗅いじゃったからより拒否反応がでる。最悪。汗臭い。本当に最悪。うん、最悪。最悪……なはず……。
「…………」
「……入んないの? 洗濯機の中ジーッと見て……」
「あ、いや、入ります入ります!」
洗濯機のボタンを押してそそくさと浴場に向かった。
数日後、あいも変わらず照りつける太陽の中、今日も長良さんと走り込みをしている。
「阿賀野〜、なんかあったの?」
「え、何でですか?」
「いつもは嫌々付いてきてるのに最近はそんな感じしないからさ」
「あ、あ〜……」
長良さんの質問に歯切れの悪い返答をする。
「ほ、ほら! 阿賀野も十戦隊の旗艦として、初代旗艦の長良さんの走り込みはちゃんとやらないと駄目だと思ったんですよ!」
「ほんと〜?」
「ほ……本当……です……」
疑いの目を向けてくる長良さんから顔を背けて呟くようにそう言う。こんな言い方じゃあ余計疑われてしまうかもしれない。
「本当は走り込みの良さに気づいたんでしょ?」
「それは絶対違います」
「あ、そう……」
長良さんの冗談混じりの予想を冗談抜きで否定する。
「ま、いいや。何にせよ真面目に走り込みしてくれるんだからね」
長良さんの表情がパッと明るくなりそのまま前に向き直る。良かった、深く突っ込まれなくて。
「今日はここまで」
「はい……」
長良さんの一言で今日の走り込みが終わる。
「シャワー浴びよっか」
「浴びましょう」
タオルで汗を拭きつつ浴場に向かう。
「長良さん先入ってて下さい。洗濯は阿賀野が全部やるので」
「……ね〜阿賀野、最近変じゃない?」
「え?」
「だって阿賀野自分から進んで洗濯全部やるなんて絶対言わないのに、ここ何日かはいつもやるって言うしさ、何かあったの?」
「あ、いや、え〜……それは〜……」
長良さんの疑問にまたも言い淀んでしまう。
「……長良さんには……普段からお世話になってるので……これくらいはやらなきゃな〜……て……」
「……そっか〜。じゃ、阿賀野の厚意に甘えて長良は先入ってるねー」
さっきと変わらず、長良さんは阿賀野の言い分に深く突っ込むこと無くそのまま浴場に向かう。
きっと長良さんは阿賀野の言ってることは建前だって気づいてるんだろう。でも表面上は真面目にやってくれてるし、阿賀野のことだから裏が合ってもどうせ大したことじゃないから別にいいやって感じだろう多分。
「『大したことじゃない』じゃ、ないのよねー……」
そうポツリと呟いて、洗濯機のスイッチを入れると阿賀野も浴場へ向かった。
浴場で汗を流し、着替えて長良さんと別れると阿賀野は一人洗濯機の方へ向かい何故か洗濯機の横にある洗濯籠の中から、何故か洗わずにそのまま放置された長良さんのタオルを取り出す。
「…………」
阿賀野はそのタオルを広げて両手の手のひらの上に乗せるようにして持つ。
「…………」
そしてそのままゆっくりと自分の顔を包み込むように押し付けると長良さんの汗の匂いが鼻腔に広がっていく。
(…………)
何でこんなことをしているのだろう。他人の汗を拭いたタオルなんて臭くて汚いに決まってるのに、何でこんなことをしているのだろう。
(あー……)
でも阿賀野は長良さんのタオルが顔に着弾した次の日から毎日やっている。何でか、何でか分からないけど、これをやっていると凄く満たされた気分になってくるのだ。
(あぁ〜……)
でもこんな変態みたいな事を長良さんに見られたらきっとそのときは生きた心地がしないんだろうなと思う。
「……阿賀野何してるの」
そう、ちょうど今みたいに。
「な……長良……さん……」
「それ長良が汗拭いたタオルじゃない? しかも洗濯してない。何でそんなのを顔に押し付けてんの?」
「あ……いや……これは……その……」
「しかも顔を押し付けたままピクリとも動かないし、何か怖いんだけど……」
「あ〜……その〜……あの〜……」
困惑している長良さんに曖昧な返事をしてお茶を濁しつつ頭をフル回転させて言い訳を考える。
「え〜と……阿賀野この前『普段から汗をかく人は汗臭くなりづらい』っていうのを見たんですよ〜……」
「……うん」
「ということは〜……汗をよくかく長良さんは汗臭くなりづらいってことじゃないですか〜……」
「……うん」
「そう! 阿賀野はそれの検証がしたかったんです! 決して変な意味で嗅いでたわけじゃないんです! 本当です!」
「ふ〜ん……」
「…………」
苦しい言い訳。でも咄嗟に思いついたのがこれしかなかった。実際あんまり臭くなかったし。
「じゃあここ何日か長良のタオルの匂い嗅いでたのもそういうこと?」
「……そ、そうです! 1回だけじゃ分からないじゃないですか!」
「へぇ〜……」
「…………」
バレてた、全部バレてた。長良さんのタオルを嗅いでたのもうバレてた。嘘でしょ、全部見られてたの。どうしようどうしよう。もう駄目かも……。
「……これからはそういうことやるときは最初に言ってくれない? いきなりだとびっくりするからさ」
「……え?」
「いやだから、そういうことやるときは最初に言ってって……」
「……分かりましたごめんなさい。これからは気をつけます」
「うんお願い」
そう言うと長良さんが洗濯機の中を漁り出す。助かった。え、助かったの。何でも良いや、とにかく上手く誤魔化せたみたい。言ってみるもんだね。
「あれ?」
「どうしたんですか長良さん?」
「長良のハチマキが無い」
「え?」
「まさか阿賀野……」
「違います違います違います!! 阿賀野じゃないです!! 本当です!! 誓ったっていいです!!」
「じゃあ阿賀野ハチマキ探してくれる?」
「探しますよ」
長良さんの頼みを二つ返事で引き受けると阿賀野と長良さんの二人で脱衣所を探し回る。
「……何してんの長波ちゃん」
するといくつかある洗濯機の一番端、壁と洗濯機の隙間で長良さんのハチマキを顔に押し付けて蹲ってる長波ちゃんが見つかった。
「あ……長良……」
「……それ長良のハチマキじゃない? しかも多分洗濯してないやつ……。何でそんなの顔に押し付けてるの……?」
「……違うんだよ長良。この前『汗をよくかく人は汗臭くなりづらい』っていうのを見てそれの検証をしてたんだ。決して変な意味で嗅いでた訳では……」
「長波ちゃんもなの!?」
打ち合わせでもしたかのようについさっき聞いた言い訳と同じ言い訳をする長波ちゃんに困惑する長良さん。
(あ〜あ……)
そんな二人のやり取りを阿賀野はいたたまれない感情にさいなまれながら見つめていた。