愛の敵を、証明すべし   作:十三

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前篇

 

 

 

 

『げに信仰と希望と愛と()の三つの者は限りなく(なが)らん、()して()のうち最も大なるは愛なり』

 ―コリント人への手紙1 13:13

 

 

 

 

 

 

 

 

 荘厳な空間の中に、高く壮麗な声が響き渡る。

 僅かばかり褪せた内装も、この歌声の前では気の端にも触れない。誰もが聞き惚れ、時間を忘れる程の美声は、やがてその声量を萎めていく。

 共に歌っていた筈の子供たちも、今ばかりは余韻というものを理解して静まり返っていた。いつもこうならば楽なんですけどねと思いながら、教会の管理を任されている妙齢のシスターは再び口を開いた。

 

「では、本日の年少ミサはここまでに致しましょう。《シスターフッド》の皆さん、本日はありがとうございました」

 

「いえ、こちらこそ。先週は私共の私的な理由でミサを欠席してしまいましたから、このくらいは」

 

 そう言って、《シスターフッド》の現責任者である歌住サクラコは頭を下げた。

 彼女たちはキヴォトスに存在する巨大教育機関《トリニティ総合学園》の大聖堂を拠点とする独立組織のメンバーである。組織としての規模は、あらゆる部活組織や派閥が坩堝のように入り乱れるトリニティの中でも最大級であり、しかし普段は大聖堂の管理や生徒たちの悩みや懺悔を聞く慈善活動などを行っている善良な組織だ。

 その善良な活動の中には、広大なトリニティ自治区内に点々と存在する分教会を定期的に訪れ、ミサを執り行うというものもある。それこそ都市部から僻地の分教会まで、彼女らは分け隔てなくその慈愛を振り撒くのだ。

 

 今回の子供を対象にした年少ミサもその一環だ。場所はトリニティ郊外。学園の生徒にとっては不倶戴天の間柄でもあるゲヘナ学園自治区にほど近い場所にある分教会であり、窓からはキヴォトスの海が一望できる閑静な高台の上に存在している。

 無論周辺には都市部ほど人がおらず、教会を訪れる者もそれに比例して少ないが、それでも信心深い周辺の住民や、観光で訪れた人たちの立ち寄りの場として十全に機能している。

 そしてこの教会を預かるシスター、神永(かみなが)メノウも元はトリニティ総合学園に在籍していた過去があり、卒業してから数年、この場所で慎ましやかながらも平穏な日々を過ごしていた。

 

「シスター、シスター‼ 今日のお歌、すっごい綺麗だったー‼」

 

「お姉ちゃんたちすっごーい‼ シスターよりお歌上手ー‼」

 

 一人の子供が素直に称賛の言葉を漏らした事を皮切りに、集まった子達が次々と《シスターフッド》の面々に駆け寄っていく。サクラコを始めとした6人のメンバーは、一気に集まって来た子供たちへの対応に最初こそ驚いたものの、年少の子への対応そのものは慣れたもの。頭を撫でたり、子供たちを複数人纏めて抱っこしてあげたりと、それぞれの方法であやしていく。

 

「今日、初めてここにいらっしゃった生徒さんも良い方達ですね」

 

「えぇ。二人とも自慢のシスターです。――シスター・ヒナタ、シスター・マリー」

 

「「はい」」

 

 サクラコの元へとやってきたのは、二人の女生徒。若葉ヒナタと、伊落マリー。

 先輩たちに付いて様々な業務をこなしているマリーは元より、普段は大聖堂で膨大な量の備品管理の仕事をこなしているヒナタも、この教会を訪れるのは初めてだった。

 

「改めまして、本日はお手伝いいただきありがとうございました。普段は元気いっぱいで礼拝堂の中を走り回るような子達なのですが、ふふっ、今日はまるで借りてきた猫のようになってしまって」

 

「いえ、良い子達ばかりで。逆に私たちが元気をもらってしまいまし‼‼」

 

「はい。シスター・ヒナタの仰る通り、今日この教会を訪ねる事が出来て良かったと思っています」

 

 マリーは生来のその誠実さや柔らかい雰囲気で子供たちにすぐに懐かれ、柔和な笑顔とそれなりの上背があるヒナタはそのお姉さん然とした感じに引き寄せられた子供たちをあやしていた。

 偏に《シスターフッド》に属するシスターと言えども十人十色だ。それぞれに心に抱く慈愛の形というものがある。

 元からこういった人と接する活動を好むマリーはこういったイベントに積極的に参加し、「人の話を聞くのが不得手」と自称するヒナタでも、こうして子供に好かれている。

 サクラコはと言えば、勿論こういった場を好ましく思っている。だが彼女の立場上、多少心が荒んでしまうような業務をこなす機会も多いせいか、どうにも一歩及び腰になってしまうのだ。その辺りは、まだ”学生”であると言えた。

 若いですねぇ、などと老婆心じみた配慮をする程には年を食っていないメノウではあったが、この子達のような素直で純粋な生徒達ばかりだったら自分の在学中も少しは楽だったのではないかと思えてしまう。

 

「ねーねー、シスター。今日はお菓子ないのー?」

 

「お菓子ーお菓子ー」

 

「はいはい。今朝焼いたクッキーがありますから、ちゃーんと一列に並ぶんですよ?」

 

「シスター・ヒスイ、シスター・ホタル、シスター・ルリ。貴女達も手伝いを」

 

「「「かしこまりました。シスター・サクラコ」」」

 

 他に連れてきた《シスターフッド》の生徒三人は、メノウが奥の部屋から持ってきたラッピング済みの小袋に入ったクッキーを一言ずつ声をかけながら子供たちに渡していく。いつもであればお菓子を貰った時点で帰路につく子供たちであったが、今日は彼女たちと別れるのが惜しかったのか、まだお話がしたいと仔猫のようにすり寄ってくる。

 その様子に微笑んだヒナタとマリーもその輪に加わって、礼拝堂はすぐに談笑の場に変わってしまった。流石に分教会と言えどもこれ以上騒がしくするのは忍びないと思ったサクラコが一言釘を刺そうとしたが、それをメノウが柔らかく制止する。

 

「大丈夫ですよ、シスター・サクラコ。最近は随分と陽も長くなってきましたし、そちらの都合が良ければもう少し子供たちの相手をしてあげてくれませんか?」

 

「えぇ、まぁ。そういう事でしたら」

 

「ふふっ。ではその間に、私達も少しお喋りしましょうか」

 

 そう言うとメノウは、サクラコを隣室に案内する。

 普段はあまり使われる事のない分教会の応接室は、しかし管理者の真面目さが表れているように埃一つ見当たらない。

 促されるままにソファーに座って数分、常日頃から愛飲しているという紅茶が差し出され、それを一口啜る。普段は基本的に贅沢をしないという彼女だが、唯一紅茶の茶葉だけはトリニティ自治区内の某有名店から取り寄せているという。

 その名に違わず、あるいは淹れ方そのものが良かったのか、香りと共に味も良かった。五番街パティスリーのチーズケーキ辺りがとても良く合いそうですねなどと思いながら、静かにカップを置く。

 

 

「通功の古聖堂の一件は残念でしたね」

 

 やはりその話か、とサクラコは思う。

 

「……ご存知の通り、《エデン条約》は文字通り白紙に立ち返りました。元ゲヘナとの和平推進派であった貴女からすれば忸怩たる思いですか? シスター・メノウ」

 

「和平推進派、ですか。終ぞそれを行動に移さなかった私がその肩書きを名乗るのは烏滸がましいというものでしょう。そういう意味では、発案者である連邦生徒会長の失踪後、各所に働きかけて締結直前まで巻き返した《ティーパーティー》の手腕は見事と言う他はありませんね」

 

「ですが結局、様々な要因が絡み合って水泡に帰しました。事ここに至ってアリウスが出張ってくるとは思いませんでしたが、それを手引きしたのも――」

 

「《ティーパーティー》の一角、《パテル派閥》の首魁、聖園ミカ。……私が在学していた頃はまだ中等部だったあの子がこんな大それた事をするとは思いませんでした」

 

 その声に込められた感情は憐憫、ではなく懐古だった。

 卒業後に学園に深く関わる場所ではなく、自ら離れる事を選んだのだ。今更学園の勢力関係に口を出すのはお門違いというもの。――などと思っているのだろう。

 

「私としては今でも、貴女に学区内に戻っていただきたいと思っているのですが」

 

「買い被りすぎでしょう、シスター・サクラコ。元より《シスターフッド》は今回の一件で表舞台に上がる事にしたのでしょう? 私は政治は不得手ですし、懸命に頑張る後輩たちの足を引っ張る事はしたくありません」

 

 《シスターフッド》は元々秘匿性の高い組織である。トリニティの最高意思決定機関《ティーパーティー》の影響下からすらも独立していることからもそれは明らかだが、それは決して学園内で独立組織として私腹を肥やしているからというわけではない。

 《エデン条約》締結会場で亡霊の如く出現した特殊部隊《ユスティナ聖徒会》を前身とする彼女らは、そのあまりの影響力の強さゆえに自ら内政不干渉を貫いている。彼女らもトリニティの生徒である事に変わりは無いが、極論《ティーパーティー》が崩壊しようが、動く権利も義務も彼女たちにはない。

 世俗の権力と宗教。この二つが癒着した場合ほど手に負えないものは無い。そんな組織がアリウス襲撃の際に動いたのは、学園そのものの危機であったという事もあるが、かつてはいずれの組織にも影響を与えると言われる程の才女であった、現《補習授業部》所属の浦和ハナコからの条件付きの依頼があったからである。

 

 しかしながら、今まで不干渉を貫いてきた組織が一度武力を以て表舞台に出てきたのであれば、以降も再び同じように行くわけでもない。

 現状、《ティーパーティー》の一角であり、アリウス分校のトリニティ襲撃の手引きをした聖園ミカは厳重に収監されており、過去の襲撃により一時は意識不明の重体に陥った百合園セイアは未だに組織に正式復帰できないでいる。つまるところ、トリニティの(トップ)は機能寸前にまで陥っているという事。

 

 こうなってくると、数多の派閥が混ぜ合わさって構成される学園の弱みが露呈してくる。混乱に乗じて派閥の強大化、及び巻き返しをしようと企む者達がちらほらと現れる。実際、今の時点でその予兆はあった。

 だからこそ、《シスターフッド》が動かなければならなかった。かつての《ユスティナ聖徒会》時代の権威を取り戻そうという野望は無い。ただトリニティがこの混乱を収束できないままでいれば、内部からの崩壊は元より、最悪条約の過程を無視したゲヘナ学園の侵攻すらも考えられる。

 まぁそちらの方は、条約推進派であったゲヘナの風紀委員長が目を光らせている間は問題ないとは思うのだが。

 

 つまるところ、一刻も早く混乱を鎮めるために学園への影響力が高い人物を近くに置いておきたいと思うサクラコの思惑も間違ってはいないのだ。

 

「ここは良い場所です。住民の方々も、子供たちも良い人ばかり。シスター・サクラコ、貴女から見れば逃げていると思われるでしょうが、私はここで、平穏に過ごしたいのです」

 

「逃げているなど……日々を平穏に過ごしたいと思う事に、何の罪がありましょうか」

 

 協力が得られないのであれば、それでも良い。というよりも最初から、先達をこき使う権利など誰にもありはしないのだ。

 既に《救護騎士団》のミア団長と共に聴聞会を開く所までの算段はつけている。未だ予断を許さない状況ではあるが、最悪とまでは言えない。であれば、在校生のみで事を収めるのが筋というものだろう。

 

「ふぅ。紅茶、ごちそうさまでした。お礼に今度、このお茶に合いそうなお菓子をお持ち致しますね」

 

「まぁ、ありがとうございます。《シスターフッド》の活動でなくとも、いつでもいらして下さいね。歓迎いたします」

 

 黒いベールの内側にある僅かに黒みがかった赤髪を揺らしながら、メノウは優しく笑う。

 その笑顔を見ていると、サクラコが中等部の際に見た事のある彼女との差異が殊更に浮き彫りになってしまい、この平穏な環境が今の彼女を形作ったのだと否が応にも突きつけられる。

 とはいえ、この人と再会できたことそのものに意味があったと、そう納得しかけたところで――扉の外が突然騒がしくなった。

 

 

「し、シスター・サクラコ‼ 大変です‼」

 

 そう叫びながら応接室の扉を開けたのは、先程まで子供たちの話し相手になっていた碧髪の修道女、シスター・ヒスイだった。

 

「どうしましたか?」

 

「敵襲です‼ 先程子供たちを見送ろうと礼拝堂の扉を開けたところ、遠方に武装集団を確認しました‼ 数は不明ですが、この教会を目指して迫ってきています‼」

 

 シスター・ヒスイの得物はSR(スナイパーライフル)、即ち狙撃手である。視力の良い彼女がそう判断したのであれば、今更サクラコが再確認するまでもない。

 

「子供たちは?」

 

「一旦全員礼拝堂内に戻しました。ご指示を、シスター・サクラコ」

 

 そこからのサクラコの行動は迅速だった。応接室を飛び出し、礼拝堂へと向かう。報告通り子供たちが全員揃っている事、そして連れてきた《シスターフッド》の面々も欠けることなく揃っている事を確認してから指示を飛ばす。

 

「シスター・ヒスイは急いで上階へ。鐘楼を定位置に狙撃ポイントを確保。シスター・ホタルとシスター・ルリはそれぞれ教会の東端と西端に移動を」

 

「「「了解です」」」

 

「シスター・マリーは迅速に《正義実現委員会》と《救護騎士団》に連絡を。早急に駆け付けて下さるよう伝えてください」

 

「か、かしこまりました‼」

 

「シスター・ヒナタは私と一緒に。シスター・メノウ、申し訳ありませんが子供たちを奥の部屋に連れて行ってくださいますか?」

 

「……えぇ、分かりました」

 

 一通り指示を飛ばし終えると、サクラコも自身の武器である純白のAR(IMI タボール)を取り出す。実際にこれを発砲を前提とした鉄火場で持ち出すのは久し振りではあったが、構えた感触を見るに、恐らく勘は鈍っていないだろう。

 

「シスター・ヒスイ、敵戦力は逐一報告を。防衛戦です、この教会内には一歩たりとも入れさせませんよ」

 

 《正義実現委員会》ほど実戦経験があるわけではないが、《シスターフッド》の構成員もそれなりに動けるという自負がサクラコにはあった。

 幸い、この分教会は高台にあり、三方は崖に近い。専用の装備でもなければ囲まれる危険性は少ないのだが、それは同時に、撤退路が存在しないという事でもある。

 礼拝堂の扉を少し開け、ヒナタと共に一本道を見下ろせる場所まで移動すると、シスター・ヒスイの報告通り、こちらに進んでくる一団が見えた。

 

「……見た限り、民間傭兵(アルバイト)の一団ですね。軽車両が何台かありますか。シスター・ヒナタ、アレは持ってきていますか?」

 

「えっと、はい。念のため」

 

「それは重畳。傭兵ならば分隊支援火器持ちも複数いるでしょう。先制攻撃を仕掛けるとしましょうか」

 

 サクラコの言葉に、ヒナタは少し戸惑いながらも頷いた。そして、常に持ち歩いている大型の鞄のロックを解除する。

 その中から飛び出してきたのは、折りたたみ式の大型グレネードランチャー。本来であれば強力な反動が災いして、とても単身で扱える代物ではないのだが――大人しい性格と相反して《シスターフッド》一の膂力を持つ彼女であれば、コレを制御するに足る。

 

 その成果はすぐに出た。弾き出される五つの砲撃音。緩い曲線を描いたそれは、程なくして巨大な爆発音を巻き上げる。

 結果として、軽車両二台に直撃。着弾時に出来た穴に嵌って複数台が走行不能。傭兵団の方もまさか教会方向からこれ程の火力が飛んで来るとは思っていなかったのか、侵攻に乱れが見えていた。

 

 というよりも、サクラコにはこの相手の動き自体に違和感を覚えるものがあった。

 もしここに《正義実現委員会》の羽川ハスミや静山マシロなどがいれば、或いは元アリウス生徒で昔から戦いに明け暮れていた白洲アズサなどがいればもっと具体的な指摘が出来たのだろうが、生憎とここには二人しか存在しない。それでも、おかしいと思えるほどには相手の動きが()()()だった。

 

 そも、ここは一本道かつ、周囲にろくな遮蔽物もない開けた場所だ。ついでに言えば、襲撃場所が高台にある以上、迎撃の可能性を考えるのであれば普通は視覚が制限される夜間に仕掛けるのがセオリーというものだろう。それも、少数精鋭の工作部隊などを送り込む方法で。

 だが今は、陽が傾きかけているとはいえまだまだ周囲は明るいまま。進行速度も遅く、「迎撃してください」と言わんばかりの、いわば鴨撃ち状態だ。

 

「シスター・ヒスイ。配置に付きましたか?」

 

『はい。恙無く』

 

 携帯している通信機越しに連絡を取ると、鐘楼に辿り着いたシスター・ヒスイからの言葉が返ってくる。

 

「敵集団の指揮官クラスの人物は確認できますか?」

 

『少々お待ちを。――はい。狼狽する隊を纏め上げている者がいますね』

 

「狙撃は可能ですか?」

 

『吹き飛んだ車両や黒煙などが邪魔で上手く……もう少し引き付けていただければ』

 

 その言葉を聞き、サクラコはヒナタを伴って一旦教会近くまで退いた。

 いくら行動が不可解とはいえ、相手の数は恐らく三十は下らない。そしてこちらの戦力は五名。ヒナタの持つグレネードランチャーも徒に連射が出来ない以上、前に出て殲滅を行おうなどと考えれば教会を守り切れなくなる可能性もある。

 

「シスター・ヒスイ。迫撃砲などを牽引している者がいればそちらを第一目標に」

 

『かしこまりました。シスター・サクラコ』

 

「シスター・ホタル、シスター・ルリ。恐らく相手は横に広がってきます。それぞれ可能な限り食い止めて下さい」

 

『『了解です』』

 

「シスター・ヒナタ、防弾性の椅子をいくつか持ってきてバリケードに。その後はグレネードの次弾装填を急いでください」

 

「は、はい‼」

 

 とはいえ、とサクラコは考える。

 この分教会は確かに大聖堂の直轄ではあるが、貴重品が保管されている場所でもない。わざわざ大人数で襲撃する旨味など、どこにも無い筈である。

 となれば、今日ここを訪れた自分達《シスターフッド》を狙った襲撃であると考えるのが妥当なのだろう。……そうなると、増々退くわけには行かなくなった。

 

「(ゲヘナ? ……いえ、流石に短絡的すぎますか)」

 

 ゲヘナの《万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)》は基本的に信用ならないが、風紀委員長が武力で頭を押さえている内は動きはしないだろう。――恐らくは。

 

「(まぁ、今はそんな事を考えている場合ではありませんね)」

 

 手に持った銃の重さを再確認する。先日表舞台に立つと決めたばかりだというのに、こんなにも早く自分たちの弾丸が運命を決める事態に陥るとは思ってもみなかった。

 不意に、サクラコの目の前に重量感のある物体が置かれた。礼拝堂に設置されていたそれは、大聖堂にある物と同じ、防弾仕様が施された長椅子。その仕様上、重量もかなりのものである筈なのだが、先程グレネードランチャーの反動をものともしなかったヒナタにとっては、この程度の重さは文字通り些事でしかない。

 

「あ、あの、シスター・サクラコ」

 

「どうしましたか?」

 

「《正義実現委員会》の皆様、どれくらいで到着されるでしょうか」

 

 普段、《正義実現委員会》のメンバーはトリニティの校舎区画内にある詰所に集まっており、そこを拠点として校舎区画や自治区内のパトロールをしている。

 だが、流石に都市部から離れた場所に常駐しているメンバーはいない。既にマリーが応援要請を出しているはずだが、駆け付けるまでにそれなりの時間は掛かる筈――ヒナタはそう思っていたし、他のメンバーも同じような意見ではあった。

 

 しかし、サクラコの顔に悲観的な色は無かった。ヒナタのその問いに対して即答することは無かったが、ポケットからスマートフォンを取り出して時間を確認すると、薄く微笑んだ。

 

「私の予想が正しければ、それ程時間はかからない筈です。さぁ、お務めを始めますよ」

 

 それが口火になったかどうかは分からないが、シスター・ヒスイより敵集団が動きだしたとの連絡が入る。次第に近づいてくる足音を聞きながら、彼女は引き金に指を当てた。

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 一体どうなっているんだ?―――この襲撃作戦に参加した傭兵(アルバイト)の一人はそう思っていた。

 作戦自体は簡単なものであったはずだった。所詮は金で雇われた武装生徒の下っ端。この作戦がどこから齎され、どのような意図があるのかまでは全く分からない。彼女らに伝えられたのは、僻地にある教会を襲撃し、適当に破壊行為を行って撤退する事。常駐しているのはトリニティのOGであるシスター一人。すぐに終わる仕事だと、誰もがそう思っていた筈だった。

 

 しかしその思惑は、突然飛来した五連グレネードの前に脆くも崩れ去った。

 確かに陣取った位置は悪かったかもしれない。だが、寂れかかってる教会からそんなものが飛んで来るなど誰が想像できるだろうか。

 その攻撃でこちらの輸送車両は大半が駄目になり、戦闘不能になった者も少なくなかった。どうなっているのかと騒ぎたてる人員が出る中、後方に下がっていた観測班から情報が齎される。

 

「し、《シスターフッド》だ‼ 奴らがいる‼」

 

 それを聞いて、戦意を失った連中もいたほどだった。

 トリニティの秘匿戦力。今までほとんど表舞台に立っていなかった連中が、よりにもよって今日この時、礼拝の為にこの教会に立ち寄っていた。

 悪名高い《正義実現委員会》や、《救護騎士団》の特記戦力であるミネを相手取るよりかはまだマシだが、報酬に見合う戦闘になるとは到底思えない。誰もがそう思って撤退を考え始めたが……。

 

「ひ、退くな‼ 作戦は予定通り行う‼」

 

 リーダーは、そう言った。

 何を馬鹿なと言いたくなったが、この業界、リーダーの言う事は絶対だ。それに、少なくとも引き際だけは心得ているリーダーであった。最悪でも全滅の憂き目には遭わないだろうと思い、すぐさま体制を整える。

 残ったのは四十人弱。敵戦力は……まぁ十人いればいい方だろう。普通に考えれば数で押せる。――そう思っていた。

 

「ッ――何で押し上げられないんだ‼」

 

「アイツら手慣れてやがる‼ クッソ‼ 的確に撃ち抜いてきやがるぞ‼」

 

 障害物すらない一本道。流石にそれなりの被弾は覚悟していたが、相手の弾幕は想像以上にこちらを捉えてきた。

 それに加えて、一定時間ごとに飛んで来る高火力グレネード弾。流石に装填にはそれなりの時間が掛かるようだが、その分その火力はこちらの進行を確実に遅らせる。加えて――。

 

『グアッ‼』

 

「おい観測班‼ クソッ、やられた‼」

 

 腕の良いスナイパーが後方支援要員を確実に戦闘不能にしていく。距離にして約500メートル。これだけの距離を中々詰められないでいた。

 

 しかし、あちらにも限りがあるのは明白だった。幾ら戦力的には強かろうと、物資的にはそうでもない筈である。

 それに防戦に徹しているという事は、それだけ余裕が無いという事でもある。こちらは先程リーダーが増援の要請をしていた。厳しくはあるが、時間をかければ任務は達成できるだろう。果たして報酬と被害額がトントンになるのかどうかは疑問ではあったが、まぁ少なくとも「やるべきことをやれば達成できる」仕事であればやる意味はある。それ程精強ではなくとも、一応こちらもプロなのだ。

 そんな感じで、若干ではあるが戦勝ムードが漂ってきた時――()()はやってきた。

 

 

 ()()を最初に視認したのは、一番手前で戦線を押し上げていた連中だった。《シスターフッド》の連中がバリケード代わりにしていた教会の長椅子の向こうから、一つの影が飛び出してきた。

 何だ、誰だとその影に銃口を向けて発砲を行う。だが()()は、目にも止まらぬ動きでその全てを潜り抜けると、手近にいた傭兵を()()()()に倒した。

 

 その両手にあるのは二丁のHG(ハンドガン)。ベールの内側から覗く赤黒い髪色と同色に彩られた大型拳銃。《シスターフッド》に属するHG使いのシスターが()()()()として所持しているものの、彼女のそれは一風変わっていた。

 否、銃そのものが変わっているわけではない。その女の戦い方が変わっていた。AR(アサルトライフル)と変わらない威力の弾丸を左右からぶっ放し、本人の機動力を相まって、それはもはや人型の殲滅兵器であった。

 黒いシスター服を翻しながら、その女はまるで踊るように12.7mmの弾丸を撒き散らす。一発撃つだけでかなりの反動が来るはずのそれを、さも羽毛より軽いかのように取り回す。

 ある意味では悪い夢のようでもあった。その両腕の先から重々しい銃声が鳴る度に、近くに居た傭兵が吹き飛んでいく。一発たりとも無駄弾を発生させないその射撃の正確さもさることながら、自身に向かって放たれ続ける弾丸の雨の中を、まるで意に介さないように疾走する胆力もまた化け物だ。その全てを躱しきれているわけではないというのに、まるで止まる気配がない。

 その姿に、恐怖を覚えない方が難しいというものだろう。前衛(フロントアタッカー)として自ら弾丸の前に出るような生徒も少なくないが、彼女のそれは「他の者を護るため」というよりかは、ただ単純に自分が全ての戦果を総取りするための突撃にしか見えない。

 それは、現在キヴォトスに現役で存在する”最強格”に分類される生徒達にも引けを取らないようにも見えた。少なくとも、一介の傭兵でしかない女生徒の目には。

 

「――貴方方に、神のご加護がありますように」

 

 それは、シスターの口から放たれるにはあまりにも自然な言葉だった。だが、この信じがたい光景の中で耳に入ると、それは途端に意味を変える。

 処刑宣告――それ以上でも以下でもない。

 

 

「か、神永メノウ⁉ な、何で奴がこんなところに……‼」

 

 それは、少し離れた場所に居たリーダーの狼狽した言葉だった。近くに居た傭兵が聴き慣れないその名前の事を問うが、リーダーはまるで触れてはいけないものの名前を口にしてしまったかのように、以降口を閉ざしてしまった。

 だが、どんなに強くとも単身であれば何とか――などという常識が全く通用しないのが()()()()()()だ。

 例えばゲヘナ風紀委員委員長の空崎ヒナ。ミレニアムサイエンススクール特殊部隊C&Cリーダーの美甘ネル。そして――。

 

 

『う、うわあああああああああっ‼』

 

『な、何でこんな早く―――ぎゃあああああああっ‼』

 

「キ、キ、キヒヒヒヒヒヒヒヒ。キヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ‼」

 

 

 

 トリニティ総合学園治安維持部隊《正義実現委員会》委員長、剣先ツルギ。

 《狂犬》《狂戦士》《トリニティの悪魔》《血濡れの黒棘》――多種多様な異名で呼ばれる、文字通りトリニティ最強戦力の一人。

 

 

「弱い、弱い、弱いなぁ⁉ もっと、もっとだ、もっと抵抗しろ‼」

 

「潰す、殺す、嬲り、殺す、撃って、殺す。全員纏めて死に晒せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼」

 

 二丁のショットガンから放たれる、暴力的な死の旋風。小型の竜巻にでも巻き込まれたかのように、足止めをしようと立ち塞がった者達が為す術無く吹き飛んでいく。

 相対した者をPTSD(心的外傷後ストレス障害)に追い込む事も少なくないという純粋なる恐怖。悪鬼羅刹という四字がこれ程似合う存在もそうはいまい。

 たかが二人、されど二人。たとえ各学校の正規部隊でも挑むのを躊躇う程の狂気。避けようのない脅威(それ)が前方からも後方からも迫って来た。

 

「り、リーダー‼ これ、どうすれば……‼」

 

「て、撤退だ‼ 全員逃げろ‼」

 

 もう、時すでに遅しだった。数の暴力を容易く覆す絶対的な戦力が二名。そしてそれを機に、前進してくる《シスターフッド》の面々。逃げようとしても、易々と許してくれるような連中ではないだろう。

 そう思った直後、一介の傭兵であった彼女の意識も、容易く刈り取られた。

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 諸々の事態の処理。サクラコの仕事は、むしろそこからが本番であった。

 合法非合法を問わず、傭兵アルバイトによる襲撃事件そのものは良くある事だ。どこぞの恨みを買った企業のオフィスが爆破されたとか、白昼堂々不良グループとの銃撃戦があったとか。それこそ枚挙に暇がない。

 

 だが、教会が襲撃されたというのならば話は別だ。幸運にも建物自体に被害は無かったものの、礼拝に来ていた子供たちを危険に晒したことには変わりない。

 まぁ当の子供たちは特に怖がっていたような事も無く、むしろ特殊な状況を楽しんでいたような節があったのがまだ幸いだっただろうか。しかしながら通す筋は通さねばならず、一人一人家まで送り届けて親に状況を説明した上で詫びの言葉を述べるという事を続けて行った。

 ありがたい事に、どの家庭もサクラコ達に対して温厚な態度で接してくれたのだが、その全てが済む頃には日が完全に暮れていた。

 

「改めて、ありがとうございましたハスミさん。《正義実現委員会》の方々が比較的近くで演習を行っている事は分かっていたのですが、迅速に駆け付けて下さったおかげで被害を大きくせずに済みました」

 

「いえ。それが我々の役目でもありますので。《シスターフッド》の方々、そして教会に居た子供たちに被害が出る前に事態を収められて良かったです。……まぁ、ツルギが飛び込んだ時点でほぼほぼ終わっていたような気もしますが」

 

 時刻は既に日付が変わろうとしている頃、《正義実現委員会》が所有する車両に相乗りさせてもらう形で、《シスターフッド》の面々も帰路に着いていた。

 サクラコは《正義実現委員会》の実質的な纏め役でもある羽川ハスミと向かい合わせになるような形で座りながら、含みのある言葉を交わしていく。

 

「しかし、少し驚きました。《シスターフッド》の方々の練度が高い事は承知していたつもりでしたが、あの分教会のシスターの方があれほどとは……」

 

「えぇ、まぁ。あの方が一度前線に出てしまうとああなってしまうのは分かっていたので、出来る限り引き留めようとは思っていたのですが……無理でしたね」

 

 全てを諦めたようなサクラコの言葉に、ハスミは心中を探るような真似をしてしまう。しかしそれは彼女のテリトリーである。察したサクラコは、渋々といった様相で話し始めた。

 

「あの方は、私がまだ中等部だった頃に《シスターフッド》のNo.2を務めていた方です」

 

「神永メノウさん、と仰いましたか。確かに私もそのような方がいらっしゃった、という事だけは朧げに覚えています」

 

「はい。……あの頃は今よりも《ティーパーティー》の独裁力と秘匿性が強く、また今よりもゲヘナ学園との関係が悪かった時期でした」

 

 トリニティ総合学園の最高意思決定機関、通称《ティーパーティー》は、学園創立の際に際立った三つの派閥『パテル』『フィリウス』『サンクトゥス』がそれぞれ代表者を選出して、その三名が持ち回りでトップの地位に立つという仕組みになっている。

 その構造上、代表に選ばれた派閥のトップ同士の仲が険悪である場合、その独裁力と秘匿性は比例するように高くなっていく。自分がホストである内に、自派閥に対して有利になるような政策を推し進める――などと言ったことは珍しくもない。

 だからこそ、《シスターフッド》のような独立組織が存在するのである。上が政争に躍起になっている間に治安維持が困難になった場合、その代行を務められるように。

 だが、これまでそれが大々的に行使される事は無かった。そう、()()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()極少人数で鎮圧作戦を遂行できる人物……その条件に当て嵌まっていたのがあの方でした」

 

 赤黒の髪を棚引かせ、二丁の大型拳銃(Desert Eagle.50AE)を構えながら単身暴漢や不良を薙ぎ倒していく絶対強者。公の作戦報告書にその名が残ることは無かったが、当時その姿を見た者で、その鮮烈な戦い方を忘れる事はできなかった。

 サクラコもその一人。中等部時代に起きたゲヘナが関わっていたとされるトリニティ自治区内でのテロ事件の際、メノウに救助されていた。

 

「では、卒業以降あの分教会に赴任されたのも……」

 

「ゲヘナ自治区と近い場所ですからね、あそこは。私としてはもう少し都市部に赴任していただきたかったのですが……本人のご希望とあれば是非もありませんでした」

 

 

 そして、今回起こった事件。

 《シスターフッド》のトップを狙ったものか、それとも分教会自体を狙ったものか。普通に考えれば前者になるのだろうが、サクラコは少し違和感を覚えていた。

 

「ハスミさん、今日我々がミサを執り行うためにあの分教会を訪ねる事を知っていましたか?」

 

「? いいえ。元より我々は《ティーパーティー》の傘下のようなものですし、《シスターフッド》の動向は噂程度でしか耳に致しません。校内でのイベント等であれば話は別ですが」

 

「えぇ、そうです。今回の出張の件はごく限られた場所にしか報告しておりません。私達を狙ったというのであれば、慎重に動かざるを得ない自体である可能性もある、という事です」

 

 治安維持を司る組織である以上、ハスミにもその言葉の意味は理解できた。喉から出かかった言葉を封じて、唾と共に嚥下する。

 

「今回の事件、ナギサ様には……?」

 

「お察しの通り、まだ報告をしていません。……そうですね、諸々があの方の耳に入るまで三日というところでしょうか。ご協力いただけますね? ハスミさん」

 

 立場上は、その言葉に対して首を横に付さざるを得ない。だが、最悪の事態を考慮すれば、単純にそれを行うのは浅薄であるとも思えた。

 

「どのように、されるおつもりで?」

 

「今回襲撃に雇われた傭兵のリーダーを尋問してください。細い糸を辿る事になるとは思いますが、手繰る役は実績のある外部の方にお願いいたしましょう」

 

「……もしかして」

 

 ハスミもここでようやく理解できた。それを察したのかサクラコは小さく「はい」と返す。

 少しばかりの静寂が、車内を支配する。その空気の重さが、事態の重大さを色濃く証明していた。

 

 

 

 

「シャーレに、依頼します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






【オリキャラ解説】

■神永(かみなが)メノウ 
【挿絵表示】

 トリニティ自治区内に存在する分教会を管理するシスター。《シスターフッド》のOGである。
 基本的には穏やかで、誰に対しても優しい性格。近所の子供たちからも好かれており、評判も良い。
 しかしながらいざ戦闘となると性格は一変する。両手にデザートイーグル.50AEを構えて敵陣ど真ん中を突っ切りながらその全てを鎮圧する。現役時代は、ボロボロになっていたトリニティの正規治安維持組織に変わって凶悪組織や凶悪犯などを陰ながら鎮圧していた。

・年齢 非公開
・誕生日 6月15日
・身長 173cm
・趣味 お菓子作り 

 役割は【STRIKER】【タンク】【FRONT】。攻撃タイプは【爆発】。防御タイプは【重装甲】。


■朔原(さくはら)ヒスイ
 《シスターフッド》所属。使用武器はSR。

■満野(みたしの)ホタル
 《シスターフッド》所属。使用武器はSMG。

■有月(ありつき)ルリ
 《シスターフッド》所属。使用武器はAR。



※ちなみにオリキャラの名前は鉱石の名前から拝借している。
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