私が学園に赴任してから2回目の入学式。
その壇上には漆黒のスーツに身を包んだ
伝説たりえる存在がそびえ立つ。
ドリフターハート。
生きる事すら困難な境遇でありながら
14勝9勝。内G1勝利数が6回。
敗北した5つのレースすら2着を守った
アメリカダート界において最強のウマ娘。
そんな彼女も日本に訪れ
トレセン学園で教鞭を執っていた。
ドリフターは優駿の原石達に対して熱く語りかける。
メジロマックイーンの素晴らしさについて。
私の面倒を見てくれたアメリカトレセンの学園長は
一度だけ彼女のサポートに付いた事があった。
学園長はドリフターを「素直な娘だったよ」と言ったらしい。
それが誉め言葉ではないと、いまさら気づいた。
マックイーン本人は顔を真っ赤にして言葉を失い
その隣のテイオーはそんな彼女に同情の顔を向けている。
延々と語り続けるドリフターをたづなさんがやんわりと止めた。
「あの、ドリフターハートさん……
メジロマックイーンさんの魅力は
みなさんに充分に伝わりました。なので……」
たづなさんの懇願にドリフターは笑みを浮かべる。
明るさが存在しない人を嘲る不快な笑顔。
サニーの笑顔とは違う。
「ああ、スミマセン。
”MT”対決が楽しみすぎましてツイ」
彼女はわざと半分片言な日本語を話す。
その理由を「ニホンの方はこういう喋り方がスキみたいデスから」
と、今の様な表情で語っているのを耳にした。
ドリフターは口を閉じると
しばらく新入生を見渡した。
短いけど長い彼女の沈黙。
異様な威圧感に包まれた会場からどよめきが起き
それから、すぐ静寂が訪れた。
ドリフターはそれを待っていたかのように口を開いた。
「エー、新入生のミナサンは
コドクというものご存じですか?」
誰も返答をしないまま
彼女は一人で語り続ける。
「地元のコックさんから聞いた話なんですがネ
コドクというのは、ツボに大量の毒虫を詰め込んで
共食いをさせて最強の毒虫を作る伝統的な儀式らしいデス」
たづなさんが再びドリフターの言葉を遮ろうとしたが、遅かった。
「この学園は蠱毒のツボであり
アナタ達はそこに詰められた毒虫。
夢という名の毒を宿し敗者を食らう虫。
みなさん
ぜひ、最後の一匹になれるようガンバって下さいネ。
私からは以上デス」
ドリフターが頭を下げると
彼女へ向かって一人だけで拍手を送る娘がいた。
そのウマ娘の名前はフジキセキ。
彼女は苦笑いを浮かべながらもドリフターを祝福している。
まるで家族の”しょうがない所”を許容するかのように。
※
「何を考えてるんですかね……あの人は……」
保護者への釈明。
つまり、ドリフターの尻拭いを共に終えた後
ブライアンオブライフが職員室で不満を漏らす。
「何も考えてないと思う」
「ですよね……
フジちゃんはあんなにいい娘なのに……」
ドリフターハートは全国で数々の優駿の原石を
見つけ出してトレセン学園に招き入れていた。
その中でもフジキセキという娘は
クラシック三冠最有力候補と呼ばれるくらいの逸材だった。
性格も穏やで愛嬌もあり面倒見が良いと聞いている。
実際、入学式を前にしてナーバスなっていた同級生を
軽やかな仕草と優しい言葉で勇気づけているのも見た。
「やっぱり、魂の繋がりなんですかね……」
魂の繋がり。
その言葉には聞き覚えがある。
ウマ娘の中には理屈ではない本能から感じとる
不思議な縁が存在し、全くの初対面でも
家族の様な親近感を覚える事もあるらしい。
URAが私達を海外から日本に呼んだのも
より多くの魂の繋がりを見つける目的もあるのだろう。
「私やサニーさんがキャプテンの元に集まったのも
奇妙な縁があったからだしなぁ……」
そう言うとブライアンオブライフは
携帯から一枚の写真を見せてくれた。
その写真はおそらくハロウィンの時の物のようで
年配のウマ娘を中心に海賊のコスプレをした娘たちが集合していた。
その中にはブライアンオブライフ
そして、サニーも混じっていた。
「中心にいるこの人がキャプテン?」
「はい。偉そうな姿してますよね。
実際、偉そうにしてる偉い方でした」
約束されていた大記憶を奪い逃げきった事から
「地獄から来たコウモリ」と呼ばれたウマ娘。
それがサニーとブライアンのキャプテンだった。
キャプテンと慕われる彼女は自身の父親が管理していた
チームバックスを引き継いで、多くのウマ娘を育成していると
サニーから聞いていた。
「アニメに出てくる海賊みたいに豪快な方らしいね」
「そうなんですよ!
『野球をすればレースも強くなるぞ!』
とか言ってチームに入った途端
バットとグローブを渡してくるような人ですし
サニーさんなんか、学校の野球大会で
チアリーダーしてる時にスカウトされたんですよ!」
「うん。サニーから聞いた事がある。
『キミにはポンポンよりもバットが似合うぞ』
っていきなり言われたって」
「ホント、勝手な方なんですよ。キャプテンは」
「でも、みんな楽しそうだね」
「まぁ、そうなんですがね」
いつも笑ってるサニーだけじゃない。
大人しそうな黒鹿毛の娘も
耳がフサフサしている娘も
小さな栗毛の子を連れた娘も
ブライアンオブライフも
写真にうつる多種多様なウマ娘たちは
みんな笑顔で自分たちのキャプテンを囲んでいる。
「キャプテンの強引さには辟易する事もあったんですがね
何故か、みんな最期まで付き合ってしまって
かく言う私もキャプテンが無茶苦茶な方法で鍛えてくれたから
自分の実力以上の力を出せた気がするんですよね」
「ウワサ以上に良い指導者なんだね。
でも、ブライアンが勝てた一番の理由は
ブライアンが一番勝つ努力したからだと思う」
「そうですかね……?」
「サニーが言っていたよ。
『ブライアンはチームの中で一番頑張ってる
ブライアンを真似したから自分も勝てた』って」
「それは違いますよ」
サニーの言葉を否定した彼女の声はとても冷たかった。
少し弱気だけど、明るい彼女の声だと
すぐ認識できなかったくらいに。
長さの分からない静寂は
勢い良く扉を開く音と
ある生徒の叫びで終わった。
「ブライアンさんが!!」
「え!?私!?」
「いえ!違います!
ナリタのブライアンさんが大変なことを!!」
「ナリブちゃんがまた!?」
私とブライアンオブライフが生徒に連れられ
ナリタブライアンの元へ急行した。
彼女はいつも通り目上のウマ娘に
野良レースの挑戦している所だった。
ナリタブライアンが昨年に入学してから
あらゆる相手に戦いを挑んでいた。
最初は同級生。
次にデビュー戦を勝利したウマ娘。
さらに重賞優勝者に対して。
ナリタブライアンのメイクデビューは
来年の予定にも関わらず
彼女は既に多くの惜敗と勝利を得ていた。
そして、今回の相手はドリフターハートだった。
「ワタシみたいなおばあちゃんに勝っても
何の自慢にもなりませんヨ」
「詭弁はやめろ。アンタが負けるつもりが
無い事は見ればわかる。だから、私と戦え」
「ナ、ナリブちゃん!!」
二人の間にブライアンオブライフが割って入り
素早くかつ、深く頭を下げる。
「申し訳ございませんでした!!
この無礼は私が――」
ドリフターハートとナリタブライアン。
その視界に彼女は入っていなかった。
「どうしてもというなら仕方ありませんネ。
ワタシが有利な条件で勝負をする事にしましょう。
それなら若い貴女とゴブゴブな条件だと思いませン?」
「いいだろう」
「納得してくださって幸いデス。
では、その時が来たらお誘いイタシますネ」
ドリフターハートは背を向けて歩き去って行く。
呼び止め謝ろうとするライフの事を無視しながら。
それにしても、ドリフターハートの言葉に
なんだか嫌な胸騒ぎを覚える。
あの冷たい声を忘れてしまうくらいに。
※
入学式から1ヵ月以上過ぎたある日。
外で二学年対抗の模擬レースを始めようとした時。
急な夕立に襲われた。
私は同僚達と協力して
生徒たちを室内に誘導した。
幸い夕立はすぐに止んだが
グランドはずぶ濡れになってしまっていた。
体育館で授業を再開するか相談していた時
「先生!あれ……!」
一人の生徒がグランドの方へ指をさした。
そこにドリフターハートが居た。
どんな時でも真っ黒なスーツを着ているはずの
彼女がジャージ姿だ。
彼女は泥の上で手招きをしている。
私には誰を呼んでいるか分かってしまった。
ナリタブライアンが他の生徒たちを
掻き分ける様にドリフターの元へ歩み寄る。
私は彼女を止めようとした。
成長途中の足でぬかるんだバ場を走るのは危険すぎる。
「先生!まって!」
止めようとした私の手を小さな手が掴んだ。
「お願い!ブライアンさんに走らせてあげて!」
手の主はマヤノトップガン。
彼女もまたブライアンオブライフの誘いで
今年入学した生徒の一人。
「だけど……」
私の口が止まる。
マヤノの瞳を見てしまったから。
ブライアンと同じ金色の瞳が
炎のように揺れ動いていた。
私もあの場所へ参戦したい。
でも、その資格はまだ無い。
それが許せない。だからこそ邪魔はさせない。
何故かそう語りかけられた気がしてしまう。
私が動揺している最中
もう一人の生徒がドリフターへ引き寄せられる。
フジキセキだ。
彼女もまた挑もうとしている。
偉大なる先導者に。
その姿を羨望と嫉妬の目で見送る娘達がいた。
ドリフターが連れて来た逸材達。
彼女達もマヤノと同じ想いを抱いている。
止めなければいけない私も
若い二人がどれだけの力を秘めているか
彼女たちが挑もうとしている伝説の強大さを
この目で見たいと思ってしまう。
そんな私の苦悩なんて関係無く
三人だけのレースが始まってしまった。
おそらくペースからして1マイルのレース。
取り決めを一切行っていないのに
走り出した三人の中で認識は一致している。
いくつもの激戦を乗り越えたドリフターの走りに
ブライアンも、フジキセキも付いてきている。
デビュー前とは思えない既に重賞を勝利できる走りだ。
だけど、ドリフターはまだ本気を出していない。
彼女がスパートをかけるタイミングはやはり――
その時、ドリフターが急激な加速を見せる。
私が知っていたタイミング通り。
最期のカーブで彼女が仕掛けた。
精巧に作られた歯車同士が噛み合う様に
彼女の足とぬかるんだ土が共鳴し
異次元の速さを生み出す。
その光景を私は映像で何回も見ていたけれど
画面越しでは分からない迫力に圧倒されてしまう。
これが、運命に噛みついた女。
観る者全てに自身の存在を刻みつける走り。
それを一番近くで目撃してしまった二人が
臆する事は無かった。
飢えた獣が獲物の喉笛を狙う様に
歯を剥きにして、その影を追いかける。
これがナリタブライアンとフジキセキの――
いや、私たちの本性。
親友だろうと、家族だろうと、恩師だろうと
たとえ、今は決して敵う事の無い強大な敵であっても
自分よりも先にゴールへ到達する事を許さない。
勝利し、自らの名を記録に、人々の心に
永遠に刻もうとする獰猛で貪欲な存在。
それが私たち。
走り終えた二人に振り向いたドリフターの口が動いた。
” オレハマッテルゼ ”
泥に塗れた三人は共に笑い合っていた。