私が日本での教師生活が三年目を迎えようとした頃。
ナリタブライアンの初のG1である朝日杯勝利を祝して
彼女を囲んで焼肉を食べる事になった。
「ウワサで聞くのと、目で見るのは……
やっぱり違いますね……」
初めて目にする雪山の様に積み上がった
空っぽの皿と茶碗にブライアンオブライフは圧倒されていた。
「すまない。久々にみんなと食事を
一緒にできたのが嬉しくて」
「これでも現役の時より減った方なんやけどな」
そこにはナリタブライアンのトレーナーである
小宮山勝美に誘われたオグリとタマモも居た。
「遠慮するな。私の分も食え」
「ありがとう。ブライアン。
ちょうどサラダを食べたかったんだ」
「ブーちゃん!ライオンだって野菜は食べるよ!」
「外でその呼び方はやめろ。小宮山」
「天下無敵のナリタブライアン様も
コミちゃんには敵わへんみたいやなー」
持ち前の人当たりの良いそれぞれの性格と
いくつもの苦難を乗り越えた三人のおかげで
ナリタブライアンはほどよくリラックス出来ていた。
今年の8月。ブライアンがデビューし始めた頃
彼女は自分の闘争心をコントロールできず
本来の力を発揮しきれない場面が多くあった。
それは、ドリフターハートとの対戦よりも
ビワハヤヒデの活躍に影響されていたのかもしれない。
奈瀬文乃のナリタタイシン。
トニビアンカのウイニングチケット。
皐月賞とダービーは二人の激走の前に惜敗したが
いずれも0.1秒差まで迫っていた上に
菊花賞では5バ身差のレコード勝利を成し遂げた。
迫ろうとする度に離れていく背中。
ナリタブライアンが感じた焦燥を私も知っている。
そんな彼女の心身を支え
真の実力を引き出すヒントを与えたのは
小宮山トレーナーだった。
彼女はかつて精神と肉体の両面から
タマモクロスを最初から最後まで支え続け
その手腕をオグリキャップと組んだ時も発揮した。
彼女はタマモクロスの猟犬の走りと
オグリキャップの怪物の精神を
ナリタブライアンに継承させ
彼女を新たな日本一のウマ娘に育てつつある。
優れたウマ娘には魂の繋がりを見つける才能があるが
小宮山の様な人間には繋がりを作る才能がある。
私の学園長も日本との縁を繋いでくれた。
「あれ?オベちゃん。あんまり食べてないけど
大丈夫?体調悪いなら――」
「いえ、少し考え事をしてしまって」
「経費で落ちるんやし、遠慮せんと食べたろや」
「それでは、いただきます」
私はトングと取り皿を経由し、肉を食べる。
サイズも赤身と脂身のバランスも良い。
日本的な美味しさが私に合っている。
小宮山から学園長を思い出したせいか
あの時のハンバーガーが頭に浮かんだ。
私の両親はあまり肉を食べず
家庭では薄い味つけをした魚料理が中心だった。
それはアメリカに居る頃も
フランスに渡った後も変わらなかった。
だから、一人だけアメリカに戻った時
現地の一般的な食事に困り果てた。
アメリカの食事は分厚い肉に暴力的な油と
濃厚なソースで支配されてて
臭いだけでも満腹になってしまう物ばかり。
だから、いつも学食では人気の無い魚料理を選択して
ダイナーでもツナサンドばかり食べていた。
そんな私にサニーは「お肉も美味しいよ」なんて
大きな口でハンバーガーに頬張りながら言われたっけ。
彼女の姿を借りる決意をした時だったかな。
いつものダイナーで初めてハンバーガーを買って
慣れない大口を開けてかぶりついたのは。
言い訳レベルに入ったレタスなんかでは
中和できない獣臭い肉と塩辛さしかないチーズ。
酷い味が口に残り続けたし、翌朝まで胸焼けしてたのに
不思議と悪い気分じゃなかった。
小さくて美味しい肉を食べながら
私はあの不味い挽き肉の思い出を味わっていた。
※
「ブライアン。来年のレースも楽しみしてるぞ」
「ほななー。
コミちゃんと一緒にがんばってなー」
冷たい風が流れる夕焼け空の下で
去り行く二人を私たちは店前で見送る。
「期待されちゃってるね」
「好きにすればいい。
私は私の為に走るだけだ」
「じゃあ、私も自分がやりたい事を続けるよ。
来年も一緒に頑張ろうね。ブーちゃん」
「その呼び方はやめろ」
小宮山はナリタブライアンを寮へ連れて帰る。
私とライフ以外が其々の居場所へ戻った。
「私たちも帰ろうか」
「そうですね……」
私とライフも同じアパートに戻り
同じエレベーターに乗ると彼女が口を開いた。
「この後、二人で少し飲みませんか……?」
「うん。いいよ。
そっちにお酒もって行くね」
彼女が晩酌を提案し、私が賛成したのは
自分達が部外者だと勝手に思い知った
からかもしれない。
私は一度自室に戻り
彼女の部屋へお酒を片手に訪れた。
「なんだか高級そうなお酒ですね……」
「リンゴのお酒。カルヴァドスと言って
両親が好んで飲んでたの」
「いいんですか……?」
「いいよ。ライフの教え子のお祝いたがらね」
カルヴァドスとリンゴジュースを合わせた
簡単なカクテルを二人で楽しむ。
リンゴの濃厚さと爽やかさがたまらない。
度数が高いお酒なのにどんどん飲めてしまう。
だからなのか、普段は胸の内に閉じ込めていた
宝物を見せ合ってしまう。
それも目的で彼女は誘ったとは思うけれど。
「オベイさんにとって……
サニーさんはどんな存在なんですか?」
「太陽かな」
「太陽ですか……」
「うん……
友達だけの関係とは言えないし
ライバルと言うには私は相応しく無いからさ……」
バカみたいな返答だけど
それ以外にどう表現したらいいのかわからない。
友だちや宿敵と言うには彼女は遠すぎるから。
私を照らして乾かし焚き付ける。
近そうに見えるくせに遥か彼方にいて
大袈裟に言えば神さまにも近いのかもしれない。
あまり詳しく無いけど、この国にイタコという
霊や神を自分に憑依させる方がいるらしい。
私もあの時、イタコの様な事をしようとしたのかもしれない。
素顔のまま稲妻と怪物と戦うのを恐れたのか。
自分にとっての理想に近づきたかったのか。
あれから数年が経っても
私が彼女を演じようとした理由がわからない。
ただ、彼女と同じ負けず嫌いが
私も同類だと認めてくれたのは嬉しかった……
ライフは暫くの沈黙の後
想いを返してくれた。
「私はオベイさんに嫉妬してるんです」
「私なんかに……?」
「サニーさんを灯したのは貴女だから。私じゃない。
だから、相応しくないとか言わないでください。」
サニーはよくチームメイトの話をする時
その中でも特にブライアンオブライフを話題にした。
とても頑張り屋な娘で、彼女を見る度
自分も頑張りたくなってしまうと言っていた。
あの時の勝利者インタビューだって
昨日G1を勝利した相棒に負けたくなかったから
勝つことができた。そう、言っていたのに。
「サニーさんは言っていました。
あの時、追いかけてくれたのが
オベイだから私は強くなれた。
オベイの為にも負けられない。と……」
サニーは罪な女。
私たちは彼女の尻尾を追いかけるバカな女。
なんだか、自分達が滑稽で笑えてきてしまう。
「去年も言ったけど、サニーはブライアンオブライフが
居たから勝てたって言ってた。
その言葉に嘘は無いと思う」
「だとしたら、サニーさんはタラシじゃないですか」
「その通り」
「やっぱりかー」
同じ想いを肴に酒を飲み笑う。
沈んだ太陽の思い出を語り合いながら。