プラン・ソレイユ   作:ろめ~る

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95-3~4:ワンダー・オブ・ユー

「どういうつもりだ」

 

フジキセキの歩みを彼女の先導者が阻む。

 

「マーベラスのヤツは意地でも走るつもりだぞ。

 なのに”長女”のテメーが脚を洗うのは

 どういう了見だ?言ってみろ?」

 

聞いた事の無いドリフターの流暢な怒りに

フジは寂しそうな笑みを浮かべている。

 

 

今月の頭に開かれた弥生賞。

 

後続がフジキセキに追い付きだした残り100m。

彼女は2回目のラストスパートをしかけ完勝した。

 

その姿は「2段ロケット」と称えられ

ナリタブライアンに続く6人目。

なおかつ、シービーからルドルフの様な

2年連続三冠ウマ娘の誕生を期待されていた。

 

私達が夢を抱いている中

フジキセキの屈腱炎が判明した。

その復帰の目安は約1年。

 

三冠の夢を否定された彼女は

そのままトゥインクルシリーズ引退を決め

今日、自身のトレーナーと共に会見を開き

私もそのサポートとして同行していた。

 

会見が終わり、専属トレーナーが席を外し

フジも外の空気を吸いに出ようとした時

ドリフターが裏口の扉の前で待ち構えていた。

 

 

「走るの辞めるつもりは無いよ。

 ただ、道を変えるだけさ。

 貴女と同じ道にね」

 

おそらくフジが言っているのは

ドリームトロフィーリーグの事だと思う。

 

トウィンクル・シリーズ等で優秀な成績を収めた

ウマ娘たちが集う。その名の通り夢の舞台。

 

年2回の開催で調整期間も長く

エンターテイメント性が高い為

ケガが原因で一度引退したウマ娘も多く参加している。

 

みんなを楽しまる走りを見せたい。

今のフジの願いを続けられる道。

 

それでも、ドリフターは彼女の選択を認めない。

 

「ババァ相手の方がラクだと思ったのか?」

 

「ううん。今の私でも貴女に勝てるとは思えない。

 でも、私は今の貴女と戦いたくなった。

 今回の件で覚悟が決まっただけさ」

 

「舐めた口してんじゃねえよ。クソガキ」

 

ドリフターの手がフジの胸倉を掴みかける。

 

「それはいけない!」

 

私が止めるよりも先に彼女の腕を

横から伸びた手が掴んだ。

 

 

「もう充分だろう」

 

ドリフターを止めたのは奈瀬トレーナーだった。

 

「なんでお前がここにいるんだよ」

 

「『今の先生はマーベラスを見失ってるから

 マーベラスをわけてあげて』と頼まれたから」

 

「あのチビ助……」

 

 

奈瀬さんは腕を離す事無くドリフターと目を合わせる。

 

ウマ娘であるドリフターの力なら

人間である奈瀬さんを簡単に振り払えてしまう。

 

それでも、ドリフターは奈瀬さんの言葉に耳を傾ける。

体調に不安がある教え子マーベラスサンデーを

奈瀬さんに任せるくらい信頼しているから。

 

「キミはフジキセキに道を教えた。

 だが、どの道を選ぶのは彼女の意志による」

 

「お前にオレ達の何がわかるんだよ」

 

「キミとフジキセキは違う。

 それだけはわかる」

 

舌打ちと共にドリフターの腕から力が抜ける。

奈瀬さんが手を放すと、彼女は腕を下げ

フジ達に背を向け裏口のドアを開いた。

 

「先生」

 

フジの呼びかけにドリフターを脚を止める。

振り返りはしない。

 

「見ていてください。

 私が残したキセキを」

 

返事をしないままドリフターは垂らした

尻尾を静かに揺らしながら去って行った。

 

 

「奈瀬さん。申し訳ございません。

 私が彼女を止めるべきでした」

 

私は頭を下げる。

ドリフターが一線を超えないと信じてはいたけど

人間である奈瀬さんに止めさせたのは危険すぎた。

 

「謝るのはボクの方です。

 出過ぎた真似をしてしまい

 申し訳ございませんでした」

 

「オベイ先生も、奈瀬さんは悪くありません。

 事前に伝えれていなかった私の不手際です。

 必要の無いトラブルに巻き込んでしまい

 すみませんでした……」

 

三人合わせて頭を下げながらも

私はドリフターに共感していた。

救えない自分への怒りを。

 

 

私がジャパンCを勝利を手にした翌年の2月。

サニーが絶対の称号を手にした時

彼女から私にメッセージを送ってきた。

 

「ミー満足しちゃった。たすけてオベイ」

 

ジャパンCの勝利の余韻から覚めていないからなのか

サニーの強さだけを見ていたからなのか

 

そのメッセージを私はただの喜びの表現だと受け取って

たった一言だけの返事をした。

「よかったね」と。

 

「うん」

サニーからの返事はその一言だけだった。

 

それから半年以上が過ぎた9月末。

私は思ったような結果に辿り着けないでいた。

 

あらゆる事象が味方し、自分の限界を超える力を出せる。

そんな奇跡が起きることなんて生涯に一度あれば

最高にラッキーな事でしかなくて。

 

純粋な実力差でねじ伏せられるのが当たり前の世界。

どんなに訓練とリサーチを重ねても

勝つべくして勝つ存在の前には無力でしかない。

 

そんな現実に打ちひしがれている

私の耳にある事件が聴こえてきた。

 

あのサニーが重賞じゃないレースで

6頭立て5位の結果に終わった。

 

彼女が絶対の称号を得た後

重賞で勝ちきれない事は知っていたのに

 

それを単に巡り合わせが悪いだけ。

すぐに流れを掴んで去年みたいにG1を連勝して

憎たらしい笑顔を浮かばせ続けるんだろう。

 

私はそう思い込みたかったのに。

 

どんなに情報を集めても

私がにとって都合の良いサニーの敗因なんて見つからない。

誰もがサニーの落日を確信し嘆き諦めていた。

 

そこで、やっと私は初めて気づいてしまった。

いや、目を背ける事が出来なくなった。

 

彼女の「満足」という言葉の意味を。

私に助けを求めていたのを。

 

サニーが再び心を焚きつけられるのを求めていたことを。

こんな私なんかに。

 

でも、彼女が信じてくれたなら

私は――

いや、私がやるしかない。

 

 

もう一度、ジャパンCに全てをかける。

再びあの栄光を掴めば、サニーの輝きを取り戻せるんだ。

 

そう信じて私は去年と同じ地を走る。

来年にはサニーとここで競い合う夢を見ながら。

 

でも、今年の主役は私じゃない。

一番近くで二人の英雄が起こした事件を目撃するだけの

単なる観客にしか過ぎなかった。

 

 

ウマ娘は願いを糧にし夢を伝えていく存在

だと、言われているのに現実は残酷でしかない。

 

フジキセキが引退を決めた約2週間後

ナリタブライアンの全治2月の関節炎が判明。

 

その連鎖はまるで私たちの限界を宣告している様で

居る筈の無い神様の腕を食い千切ってやりたくなる。

ドリフターハートがしたように。

 

 

主役の居ないターフ。

引き立て役と言われた二人が激走する。

最大の宿敵の幻影を追い抜こうとする様に。

 

その光景には見覚えがあった。

トウカイテイオー不在の菊花賞。

そこに居た彼女たちも幻影と戦っていた。

 

自分たちの理想が残した幻影と。

 

トウカイテイオーが

フジキセキが

居なかったからじゃない。

 

彼女がいても、私は勝つんだ。

 

自分だけの夢を抱いて彼女たちは駆ける。

自分を証明する為に。

 

 

寂しくて激しい皐月賞が終わり

一週間が過ぎ連休を目前に迫っていた頃。

私はある生徒の補習を担当していた。

 

「つまり、ヨーロッパと日本の芝は

 葉っぱよりも根っこが違うんですね?」

 

「うん。こっちの主流である野芝はネットのように

 根が広がって反発を付けられて走りやすい。

 そう言われているね」

 

「自分や一緒に走る娘の事だけじゃなくて

 レースではいろんな事を考えるべきなんですね……」

 

「うん。それに日本でも寒い所のレース場は欧州と

 同じ洋芝が使われて、他のレース場も寒い時期に

 枯れてしまう野芝を補強する為に上から洋芝の種を撒く

 ”オーバーシード”を行う事もあるんだ」

 

「なるほど……ということは!北海道で産まれた私なら

 ヨーロッパで上手く走れたりしますか!?」

 

「その可能性は充分にあるよ」

 

 

彼女の名前はスペシャルウィーク。

北海道から遠く離れたこの府中に

ドリフターハートによって導かれたウマ娘。

 

彼女は高い瞬発力とスタミナに加えて

走りの基礎の技術も充分に備わっていた。

それは育ての母がいつも熱心に特訓してくれたからだと

本人から聞いている。

 

ただ、その反面

同年代のウマ娘の居ない地で育ったせいか

知識面では他の生徒から遅れていた。

 

それでも、彼女は向上心が高く、素直な性格から

勉強にも熱心に取り組んでいる。

 

立場上、一人の生徒を贔屓にするのは

不適切だけれど、彼女はどこか妹に似てて

つい、こちらも彼女の事には熱心になってしまう。

 

「日本で最初の凱旋門賞ウマ娘は貴女かもね」

 

「そ、それって!世界一ってことですよね!?

 なんだか遠い話のような……」

 

「日本一のウマ娘を目指すなら

 ”世界も取ってやるぞ”ってぐらいの

 気持ちがあった方が良いと思うよ」

 

「オベイ先生が言うと説得力ありますね……」

 

そうだよ。

私もかつて大き過ぎる夢を持っていたから

ここまでムキになれたんだ。

 

最初は夢だけを見ていればいい。

現実なんて後から嫌というほど見せられるから。

 

 

「先生にとって日本一のウマ娘って

 なんだと思いますか?」

 

「難しい質問だね」

 

「やっぱりブライアンさんみたいに

 クラシック三冠ウマ娘になることなんでしょうか……」

 

「確かにそれも日本一のひとつの形だね。

 でも、あのタマモクロスとオグリキャップは

 三冠路線とは縁が無かったよ」

 

「ということは……天皇賞の春と秋を……

 それに宝塚と有マに…ジャパンCも……

 うーん……どうすればいいのか……」

 

「レースとその栄光も色んな形があるから迷うよね。

 でも、共通している事は一つだけあるかな」

 

「なんですか?」

 

「自分を証明する走りをする」

 

「自分を証明……?」

 

「具体的に言えば

 このレースは、今の自分だから勝てた。

 そう胸を張って言える走りをする事かな」

 

「自分だから……

 先生はジャパンCでタマモさんとオグリさんに

 勝った時にそう思えたんですか?」

 

「うん。自分にとっての最強を目指した自分だったから

 あのジャパンCで二人に勝てた。

 6年以上経った今でも、そう言える」

 

「す、素敵です!

 私もそんなレースがしたいなぁ……」

 

「できるよ。

 だって、もう貴女には理想の存在が――」

 

「失礼シマス」

 

熱くなった私の語りをドアが開く音が遮り

ドリフターハートが現れた。

 

 

「スペサンはいますカ?」

 

「はい?先生どうしたんですか?」

 

「20分後に模擬レースをしますのデ。

 スペサンにも参加してほしいんですヨ」

 

ドリフターはいつものわざとらしい片言を並べる。

 

「今は勉強をオベイ先生に見てもらっているので――」

 

「スズカサンも走りますヨ」

 

「スズカさんも!?」

 

スペシャルウィークの目に星が灯る。

私も彼女みたいに素直だったら良かったのに。

 

私の後悔を知られる事も無く

スペシャルウィークが申し訳なさそうにこっちを見ている。

 

「あのー……」

 

「補習ならいつでもしてあげられるから

 走れる時に走っておいで」

 

「す、すみません!行ってきます!」

 

彼女はあたふたと片付けを済ませる。

誰よりも早く理想に近づきたいから。

 

「準備運動は忘れないようにね」

 

「はい!」

 

スペシャルウィークが走り去ると

残された席にドリフターが収まる。

さも当然のように。

 

「何か御用でも」

 

「少し話がしたいと思いましテ

 同じ学園の仲間デスからネ」

 

ドリフターは相変わらず全てを嘲笑しているけど

以前ほどの嫌悪感は浮かんでこない。

 

「そういえば、私のプレゼントはどうでしたカ?

 楽しいレースでしたカ?」

 

「うん。それには感謝してる」

 

「それはヨカッタ」

 

ケタケタとドリフターがより大きく笑う。

どうして、彼女があの娘を見つけたのか

どうして、私を導いたのか。

その答えを私はなんとなく理解できていた。

 

「皐月賞。お二人共とても素晴らしい走りでした」

 

「フジもいないのに

 あんなに張り切ってバカみたいですよね」

 

「居ないからこそ、自分と彼女の強さを

証明したかったんでしょう」

 

「ホント、アイツらフジキチすぎて困りますヨ」

 

ドリフターは笑い続ける。

蔑みと喜びを発しながら。

 

「私はこの学園で蟲毒をしたかったんですがネ

 教育とは思った以上に難しい事デスね。

 日本はジュキョーの国だから簡単だとナメていましタ」

 

ドリフターはあらゆる逆境に噛みつき

食らい続けた人生を歩み、そんな自身の牙を

教え子にも継承させようとした。

 

でも、彼女の思惑は外れた。

フジキセキという同じ理想を追いかけ

競い合う事で高め合う関係が

誰の意図や関与も無く

彼女達の中だけで完成された。

 

それは、自分達の理想が去った今でも

変わる事は無い。

 

前回の皐月賞に出た二人はフジキセキという

自分の中の理想と戦い続けている。

ずっと。

 

「逃げたヤツのケツを追いかけて

 バカなガキどもですヨ」

 

一方的に話す彼女に

つい一言だけ反撃したくなってきた。

 

「貴女にもキセキの様な理想がいたようですけど」

 

一瞬だけ、彼女はポカンとしたが

すぐさま爆笑してみせてきた。

 

「アイツとは4戦3勝でしたのに、それを理想とは――

 笑えないジョークはやめてくださいヨ!」

 

誰とは言ってないですよ。

そう指摘するのを辞めておいた。

 

「でも、まぁ

 あの時、フジごときにキレたのは

 アイツの事を思い出したからですかネェ……」

 

彼女と宿敵との5度目になる対決は

双方ケガで引退という悲しい結末を迎えた。

 

後悔を忘れられないのは私だけじゃないんだと

改めて虚しい安心感を得てしまう。

 

「そういえばですネ。

 フジの奴、来年は寮長をすると、ぬかしたんですヨ

 私みたいな指導者を目指す一歩として。

 ほんとあのバカ娘は……」

 

そう語る彼女は幸せそうで

未練を残しながらも新しい道歩むのを

見つめていられるのが羨ましかった。

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