ダンジョンに神がいるのは間違っているだろうか 作:ほんじゅくバナナ
説明回その1
ドン、と太鼓の音が殷々と轟く。
「“
現れるは巨大な狼。
頭上に灯る燐光以上の輝きを放ち、『深層』とは思えないほどの明るさをもたらす。
突然の光に目を顰めるのは『ブラックライノス』と呼ばれる、前傾二足歩行を取る犀型のモンスター。
その筋肉質の体躯は大型といって差し支えないが、雷狼と比較してしまえばあまりにも矮小だ。
ブラックライノスの皮膚は鎧と見紛うほど硬く厚いはずの硬皮を、大剣並に巨大な牙はまるで飴細工のように容易く噛み砕く。
牙が肉を貫き、血飛沫が舞い、悲鳴が上がる。
雷でできた狼は触れるだけで『麻痺』の状態異常を与え、噛みつかれれば足掻くことさえ敵わない。
瞬く間にブラックライノス達を食い殺した雷狼は満足げにバリバリと喉を鳴らし、霧散した。
「まったくフィンも人使いが荒い。いや、この場合は神使いかな。ヤハハハ!」
邪魔するものがいなくなったダンジョンの通路を、エネルは悠々たる足取りで歩を進める。
あれから階層を二つ進め、現在51階層。
受注した冒険者は依頼を達成し、その見返りとして
今回の
報酬も難易度に見合うものだったが、今回の『遠征』の目的は未到達階層への到達。無駄な武器、
エネルに白羽の矢が立つのは至極当然のことだった。
既に一つ目の『カドモスの泉』を巡り終えており、肩に掛けられた長筒型のバックパックからは液体が水面を立てる音が聞こえてくる。
泉の番人であるカドモスは竜種の意地からかエネルの雷撃を数発耐えてみせたが、最後は口腔を通して体内に直接雷をくらい、黒煙を吐きながら大地へと沈んだ。
しかしそれでもダンジョンは侵入者を排除しようと策を講じる。
防具を身に着けず、剥き出しの背中に刻まれた
その背中を見つめる赤い数十の眼があった。
八本の脚と複眼を持つ、赤と紫が混色した巨大蜘蛛のモンスター、『デフォルミス・スパイダー』。
天上に張り付き、隙を伺っていた狡猾な個体群である彼女らは
まるで無音の刺突。完全な死角からの狙撃に勝ちを確信したのか醜悪な笑みを浮かべるが、それは一瞬で驚愕と絶望に変わる。
『ギィイイッ!!??』
悲鳴にも似た絶叫が響き渡り、蜘蛛たちの視線が集中する。そこには、今まさに上半身と下半身が泣き別れた同族の姿があった。
「見えているぞ。“
『──!?』
再び黄金の棒が背中の太鼓を打ち鳴らす。合図に飛び立つは雄々しき鳳。
羽ばたくことはなく一直線に飛んでいき、恐ろしく鋭い嘴でデフォルミス・スパイダーを啄み、殺していく。
さらに、太鼓から迸る稲妻が竜の形を取ったかと思えば、降り注ぐ硬糸を全てその身で受けきった。
鼓の音が起こるたびに、様々な姿を模して顕現する雷の力。
第一等級
もはや武器ではなく精密機器に分類してもいいほどの高機能性と脆さを併せ持つそれは、
死角からの不意打ちをカウンターで迎撃する。
途端に膨れ上がるダンジョンからの殺気。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオォォォ────』
重く低い慟哭が聞こえた瞬間、天上及び左右の壁面全てに亀裂が走った。
エネルを脅威と見なしたのか数えるのも億劫になるほどのモンスターが続々とから産み落とされる。
『
突発的なモンスターの大量発生。冒険者を絶望の淵に突き落とす、悪辣な
だが、エネルにとっては脅威足りえない。モンスターが出てくる順番がわかっているかのように先んじて亀裂に雷を撃ち込んでいく。
偶然ではなく、明らかに認識したうえで出現場所へ攻撃を繰り出していた。
声。
人だろうが
それらを感じ取る常軌を逸した感知能力といえる力を、エネルはスキルとして獲得していた。
その名を【
相手の気配を察知する能力であり、戦闘で相手の動きを先読みしたり、隠れている敵を見つけ出したりするのに役立つ。敵の強さを肌で感じ取る感覚をもたらし、危険を回避したり、逆に危険な敵を素早く認識したりできるなど非常に便利な能力だ。
死角からの攻撃に対応してみせたように、視覚と聴覚が合わさったような性質も持ち、目を閉じてもある程度周囲の様子を把握できる。
無類の利便性を発揮するスキルだが、ダンジョン内では感知範囲が地形に大きく依存する。
地下なのに光が照らす場所がある。
モンスターが産まれる。
壁を壊しても時間経過とともに修復される。
ダンジョンは『生きている』。冒険者の中ではもはや当たり前の認識だ。
そのためか【
ダンジョンの『声』は騒音や耳鳴り以上に不快だ。他の声が聞こえなくなるほどに頭の中でガンガンと響いてくる。
隣接した通路の様子ならまだしも、階層を跨いだ感知は不可能に近しい。
不揃いかつ巨大な段差、丁字路に、三つも四つも枝分かれする道、錯綜する迷路を越えて、やがてエネルは足を止めた。先程から一本道だった通路はもう一寸先ほどで終わりを迎え、開けた空間へと繋がっている。『ルーム』と呼ばれる広間だ。
このルームに『カドモスの泉』が存在する。
足を踏み入れたエネルはすぐさま違和感に気付いた。
荒らされている。
ルームには、林に届かない密度でまばらに木々が生えわたっていたが、そのどれもが無残にへし折られ、あるいは押し潰されている。周囲の地面も壁や何かが暴れ回ったかのように罅割れて粉々になっており、多くの破片が散乱していた。
何よりそれらの光景の随所には、溶かされたような跡がある。
一部分を濃い紫に変色させている樹木からは、今も上がる黒煙と一緒にえも言われぬ異臭が漂っていた。
「やはりな」
異常を確かめながらルームの最奥まで進むと見えてくるのは、美しい蒼色の水面を揺らす清冽な泉。
そして、その前にうずたかく積もる、大量の灰。
他の気配がないのは確認済み。まず、間違いなくカドモスの死骸だ。
「冒険者の仕業ではない。縄張り争い、いや
灰の中から金色に輝く翼の皮膜──『カドモスの皮膜』を取り出しながら、ルームの惨状も加味して、いくつかの可能性を模索する。
まず、この51階層最強であるカドモスは、ブラックライノスやデフォルミス・スパイダーが束になったところで敵わない。
下の階層にも腐食を攻撃手段にもつモンスターに心当たりはないことから、最も可能性が高いのは未確認の新種だろう。
しかもそれは、階層主にも劣らない強さなわけで。
嫌な予感がしたエネルは慣れた手つきで泉水を回収すると、『カドモスの皮膜』や腐食跡がある木片と一緒にバックパックへと放り込んだ。
フィンにどう説明しようか脳内で理論を組み立てながら、帰路に就く。
しかし、思考は地面を伝う微弱な振動によって中断される。
即座に何かが接近してきていると当たりをつけ、意識を研ぎ澄ます。
『───────────────ァァ!!』
いきり立つような咆哮を上げながら、揺れの原因は姿を現した。
巨大なモンスターだ。
全身を占める色は黄緑。ぶくぶくと膨れ上がった柔らかそうな緑の表皮には、ところどころ濃密な極彩色が刻まれており異様に毒々しい。無数の短い多脚からなる下半身は芋虫の形状に似ている。長い下半身に乗る格好の上半身は小山のように盛り上がっており、厚みのない扁平上の器官──恐らくは腕──が左右から伸びていた。先端には四本の切れ目が入っており、指に見えなくもない。
ダンジョン深層を何度も探索してきたエネルでさえも、一度も目にしたこともないモンスター。
進行に合わせ上下に振動するモンスターの巨躯が、四Mはある天井へと何度もぶつかり合い削り落とす。横幅も道の両端にほぼ届き、通路一杯を塞ぎながらこちらへと迫ってくるその光景は、戦車を連想させる。
「ヤハハハ! やはり新種か」
がぱっ、と口腔を開くと紫と黒が混合したおぞましい
事前に察知していたので難なく避けたものの、液体はダンジョンの壁をじゅおっ、という音ともに溶かした。
間違いない。カドモスを倒したのはこのモンスターだ。
腐食により発生した悪臭に顔を顰めながら、己の推理が当たっていることを確信した。
「“
『────────ッッ!』
腐食液もろともモンスターを消し飛ばす。
ぶよぶよの見た目通り耐久はそこまでないらしく、牽制のつもりで放った一撃でも簡単に倒せてしまう。
巻き込まれる形で被弾したモンスターは、肉体の一部が炭化しており体液が漏れることはない。しかし、肉体が均衡を失ったかのようにぶくぶくと膨れ上がっていく。暴走機関のように際限なく肥大していく身体を制御できなくなったモンスターは、破裂するように内側から弾け飛んだ。
爆発の余波で吹き飛ばされたモンスターの体液が周囲に撒き散らされる。
「“
指先から発せられる莫大なエネルギー。バックパックを巻き込まないよう前方へと指向性を持たせた電熱の盾を展開する。
超高熱化された大気が腐食液を蒸発させ、エネルのもとに届かせない。
マントラでは察知することができない
腕を振り抜けば、枝状に分裂した雷が無差別にモンスターへ殺到した。
敵との距離は約二十M。これだけ離れていれば腐食液を防ぐことは容易だ。加えて、こちらの攻撃手段は無数にある。
手札を全て切らせてしまえば、あとはレベル差によるスペックのゴリ押しだった。もはや防御に意識を割く必要もなく、雷撃を連発するだけで攻防一体の技と化す。
「こいつで最後か」
味方を囮にした決死の突進でエネル近づくことには成功するが、それを把握していないはずもなく、他の個体と同様に一撃で屠られ、蹂躙劇は一旦幕を閉じる。
討ち漏らしがないことを確認して残骸を調べるがドロップアイテムは勿論、魔石すら残っていない。
どうやら、倒した後に漏れ出す腐食液で自らの躰すら溶かしたようだ。他のモンスターには見られない特徴に、この個体の異常性が窺える。
一体どういう経路で現れたのか考えようとして、その前にやるべきことがあると気付く。
芋虫型のモンスターとの接敵時、エネルはベースキャンプへ帰還している途中だった。モンスターは前方から来ており、それはすなわち50階層へ続く正規ルートを進んでいるということになる。
もしや、と一抹の不安を覚えた。あのモンスターが50階層まで到達してしまうのではないか──と。
「急ぐか」
エネルは呟くと、移動速度を上げるべく脚を雷に変えて駆け出した。
この後、女型とばったり出会うけど瞬殺します