「はぁ……、はぁ……、はあッ」
自宅から砂浜までの道を、一定のペースで走る。
親父からも言われている事だが、健全な精神は健全な肉体にこそ宿るものだろう。
余裕がある時に人に寛容なのは当たり前で、なればこそ余裕が無い時にも人に寛容であれるように。常に体力は保っておけるようにしたいし、そのように心掛けることは大切だろうと、思う。
これは小さい時からの習慣で、小さい時はもっと短い距離だったが、次第に距離を伸ばして今に至る。
基本的にこの時間は、勤勉なサーファーさんが浜辺にいるとか、朝出勤の人くらいしか見かけないのだが、今朝に限って、同じルートを走る人影が見えた。
「おう、世良か。精が出るな」
ポニーテールに結った緑髪に、赤い瞳の美少女。それが彼女──世良百恵だ。俺からすると母親の弟の娘ということで、遠い血縁にあたる。彼女は母親譲りの病弱体質で、小さい頃は入退院を繰り返していたが、最近ではこうして、俺と同じだけの距離を走れるほど丈夫になった。
「あ、柊くん。今日は遅かったね。体調悪い?」
心配そうに首をかしげる彼女の仕草は一言、あざとい。実際顔がいい奴がやってるんで破壊力は凄まじいのだが、悲しいかな、幼馴染でもある俺には平常運転としか写らない。狙ってやってるなら俺以外の奴を狙えと言いたい。
「むぅ。その顔は呆れてる? 酷いなあ、人がせっかく心配してあげてるっていうのに」
「ん、ああ、悪い。別に何ともないから気にしないでくれ」
くだらないことを考えているうちに接近を許してしまった俺は、結果、世良に鼻先がくっつきそうになるほど接近されることを許してしまった。
こういうことには慣れているが、流石にドキリとはしてしまう。そこをからかうのが相手の常とう手段と知りながら乗ってしまうのは俺の悪癖だろう。
「ふぅん。あんまり無理はしちゃだめだよ? じゃあ、とりあえず一緒に帰ろっか」
なにが「じゃあ」なのかは知らないが、その言葉に従って、俺は世良と帰ることにしたのだった。
朝起きて、外を走って、家に帰ったら朝食を摂って、学校に行く。基本的にこれが俺の朝の過ごし方だ。世良によって母親がしつこく俺をからかう以外に、異常はない。
「ねえ、四四八……。百恵ちゃんと何かあったの? もしかし、そういう?」
「違う。断じて違うったら違う。いいから母さん、急がないと遅刻する」
「で、でもっ」
粘り強く尋ねてくる母さんを振り払って、家を出た。
なんだ、こう。朝から猛烈に疲れたぞ……。
俺の名前は柊四四八。俺の高祖父――曽祖父のお父さんの名前から取ったらしい。第二次世界大戦の勃発を阻止した日本が誇る英雄であり、同時に謎多き祖先である。正直、彼の結婚相手すら不明ときている。
そして、柊四四八の仲間たちの祖先もまた同様に謎が多い。まあ一部の人間は著書が残っていたりするので、俺の祖父などはそういった本をもとに柊四四八の研究を進めている。
どうして俺の名前が高祖父と同じなのかといえば、それは親父と母さんの青春時代が理由らしい。なんでも、2015年、鎌倉市民が一斉に柊四四八の夢を見るという珍事件があったのだ。死傷者は一人もいないことから大して大きく取り上げられることも無かったのだが、オカルトや眉唾な都市伝説として、事件から十年近く経った今でも語り継がれている。
その事件の時、親父はなんと柊四四八本人のような視点で、母さんは高祖父の仲間の一人、世良水希のような視点で動いていたとのことで、子どもには、男なら四四八、女なら水希と名付けると決めていたそうである。俺本人としては、たいそうなビッグネームを背負ってしまったわけで。名前に恥じぬ男でありたいと思っている。
「オハヨ、柊くん。今朝は大丈夫だった?」
歩きながら体力回復を図ろうとしたところ、後ろから世良に声をかけられることで疎外された。いろいろな意味で心臓に悪いからやめてほしいが、素直にそういうワケにはいかない。おう、と短く返してそのまま通学路を進んでいく。しばらくすると小町通りに入り、そこで如何にも男勝りな少女に声をかけられた。
「よう、四四八。……っておまえ顔色悪いな。大丈夫なのか?」
彼女は真奈瀬晶。ここらへんに店を構えている生そば真奈瀬の一人娘である。見た目こそチャラいというか、どうにも怖そうだが、根は優しく、(少なくとも世良よりは)女らしいところもあるので、話せばいい奴である。
ここでこうして気遣ってくれるあたえり、本気で天使に見えてくる。そして胸がでかい。
「まあ、平気だよ。なんでもない」
安心させるように手をひらひらとさせると、今度は後ろから小さな影が突っ込んできた。
「うぉ!?」
「やっほー。四四八くん。いい朝だね!」
低身長、ロリボイス。見た目はゆるく可愛らしいが、俺の周りではトラブルメーカーである。名前は龍辺歩美。
歩美や晶も柊四四八の仲間の子孫であり、俺の幼馴染である。ここらへんはもう、恒例行事というか。
「はぁ……。まあいい。栄光はどうした?」
「栄光くんねぇ。昨晩一緒にゲームしたあと寝て……、今朝モーニングコールはしたげたけど起きなかったから、寝坊じゃない?」
むしろ男連中が問題児すぎる。
大杉栄光。よく歩美とオンラインゲームをしているらしいのだが、奴は歩美と違って、そのまま爆睡、遅刻ギリギリという流れが多い。学業面でもギリギリなのだから、きちんとやってほしいところなのだが。
「二週間後には中間テストもあるんだぞ、あの馬鹿……」
そしてもう一人、鳴滝淳士は学校に行くのが苦手な人種らしく、率先して来ようとしない。俺ともう一人が頑張って、ようやく来るようになったくらいである。まっすぐでいい奴なのだが強面で不愛想なせいで人に避けられがち、かつ本人がそれを放置するから孤立しやすい。付き合いが深い俺たちがいなかったらどうなっていたことか。
ため息交じりに進み、我が母校――千信館学園の校門前まで来たあたりで、ようやくもう一人がやってきた。リムジンから優雅に降りて。
「おはよう、クソ庶民ども。いい朝ね、柊」
我堂鈴子。近所で有名な右翼団体の娘であり、けっこう豪華な屋敷に住んでいる娘、なのだが。まあなんというかな、残念美少女なのだ。
無視してスタスタ歩くと、実にきれいにずっこけてくれた。ついでに少女マンガのお嬢様のような顔まで見せている。表情筋とか、顔の造形を無視した顔芸は血筋らしい。
「ちょぉぉい! あんたら、私が挨拶してるのにスルーするわけ!? もっとなんかあるでしょうが!」
「リンちゃん、もうその反応を見るためにスルーしたまであるよ、わたしたち」
歩美のツッコミにさらに顔芸が激しくなる我堂。俺はもう、完全に無視することを決めた。
そうしていつもの賑やかな登校の最後は、校門前に仁王立ちするジャージ姿の担任……芦角先生によって幕を閉じた。
「よう、柊。今朝もご立派なハーレム具合だな。けんか売ってんのかシメるぞ。砂利どもに恋だの、愛だの早いんじゃボケェ!!」
キャラ説明多くて申し訳ない。