『――先日未明、児童ポルノ製造容疑で逮捕されたのは、自称自営業 田中太郎容疑者です。田中容疑者は、「違うんだ! 俺はやってない!! くそ! 俺は異」失礼しました。映像が乱れました。田中容疑者は違法な画像の製造疑いが掛けられています。自宅からは、制服姿の画像が数点見つかっており、警察が関連を調べてい――』
いつもの事務所。
点けっぱなしのテレビが、
先日の憑依系
この先、地獄のような尋問によって全てを吐き出すのであろう。
捜査網からあぶれた
さて、日本においてDCPと呼ばれる影の組織には、ある恒例の行事があった。
毎年夏に行われるこの行事は、諸外国から修羅の国JAPANと揶揄される謂われとなっている。
「というわけで! お盆だ!!」
金魚柄の淡い桃色の浴衣に身を包んだ塵子が、割り箸の刺さった自作のりんご飴を掲げた。
いつもよりも低い位置で二つ結びにした紫色の髪が揺れた。
「はい。で、この格好は、なんですか?」
場所はいつもの事務所だった。
この時期忙しい霧島照子は、ここにはいない。
(それに……塵子さん。どうして焦げたパプリカを持ってるんでしょうか……?)
スーパーの見切り品の赤いパプリカに砂糖をまぶして焼いただけのそれは、言われなければりんご飴モドキとわからないほどに、不細工な出来具合だった。
みのりにも祭りの雰囲気を味わってもらおうという、塵子の小粋で愚鈍な計らいだった。
みのりも塵子同様に、蒼い浴衣を着させられていた。塵子に捕まり、昇天ペサガスMIX盛りに危うくさせられかけたが、断固拒否して今に到っている。
「みのりん! 祭りだよ! マ・ツ・リ♪」
「はぁ……?」
「ふふん。つまりね――」
指を立てた塵子は訳知り顔で説明を始めた。
表向きにはお盆が始めるが、裏社会では毎度のごとく世界の危機に瀕していた。
魂祭。
所謂、冥界と名が付く異界と現代日本の境界が曖昧になる日だ。
古の昔から、DCPの前身の組織が一定の周期で戦い続けてきた日本の闇だった。
本来は、7月に行われていたこの行事も、徐々に日がずれ込んで現代では8月となっている。
大凡3日ほどで現実から異界を叩き返さないと、
かなり頭のおかしな行儀だ。
「とぉ、言うわけで! ……遺物回収月間です!」
口頭説明では伝わらず。
最終的に事務所のホワイトボードに魂祭の詳細説明を書き込んだ塵子が、ボードを叩いて言った。
黒のマーカーで冥界の来歴から書かれたボードには、宇宙が広がっている。
「えぇ……?」
(どういう思考ルート辿ったらそうなるんですか)
みのりは困惑し、猫のような顔になった。
長らく説明を聞いたみのりは、冥界の概要は掴めたが、塵子の言っていることの意味は殆ど分からなかった。
「だって。ここで稼がないと、私やばいしぃ」
黒マーカーのカスだらけの指を頬に当てた塵子が、思案気味に言った。
「あ、みのりんにも分け前あるからね! 参加で。 ガッポリガッポリ♪」
奇妙に踊る塵子が考えているのは、今後のお財布事情の事。
解体途中のビルの一部を破壊したことになっている塵子は、いよいよ収入が怪しくなってきていた。
壊すはずのビルを壊して、何故か損害賠償請求のようなことが起こり、塵子はあの後猛抗議した。
実際には御影が破壊したわけだが、DCPにおける階級が一番高い塵子だけが割りを食っていた。ついでに言えば、そこには半分に分割された従業員の蘇生費用も含まれている。
繰り返しになるが、冥界を塵子主観で言えば。
毎年確定で出現し、レアアイテムをドロップするレイドイベント。
日本が他の国と比較して、遺物を大量に保有している理由の1つでもあった。
「経験を稼げるので、参加することに否やはありません」
「ほぉ、殊勝ですなぁ」
「それに、話によると多くのDCPが参加されるのでしょうか?」
みのりは小首を傾げて聞いた。
うんうんと頷いた塵子は、突然両手を広げ、ボードをひっくり返して裏面を表示した。
「よくぞ聞いたぁ!」
「!?」
ボードの急な音と動きに、みのりの肩が跳ねた。
(……なんで端末を使わないのでしょうか)
端末には投影・投写機能もあり、壁に映し出すこともできた。
特殊な端末は異様に多機能であるのだが、単に塵子は使い方がわからないだけであった。
塵子の力の一端を知り、弟子という立場のみのりは塵子へのITダメ出しを躊躇していた。
しかし、実際に教示すれば尻尾振って寄ってくるのだが、みのりは知る由もなかった。
塵子が返したボードの真ん中には、一枚の紙が貼ってあった。
見出しは、召還状。
そこには、無駄に仰々しい挨拶文とともに塵子の名前が書かれていた。
「ふっふっふ。見よ! 召喚獣塵子さんは、日本に必要とされているのだー!!」
「ヒィヒ。召喚じゃなくて召還だぞ。よく読めチリ」
急に再起動した御影の人形が、霧島照子のデスクの上で立ち上がって、塵子にツッコミを入れた。
「しょうかん? 召還? あ、ホントら。あれ、どういう意味これぇ??」
紙の文字を再認識した塵子の脳は、迷宮入りした後ショートしてフリーズした。
「御影さん」
頭から煙を上げる塵子を尻目にデスクから飛び出した御影は、重さを感じさせない動きでみのりの肩に移動した。
「ヒィヒ。まぁ、
発声するたびに首の動く魔女の人形は、かなり不気味である。
「ヒィヒ。元々DCPの前身の組織は、冥界のマガツヒを送り返すため、平安時代の陰陽家同士が手を結んだのが始まりだ」
(魔女なのに陰陽師……)
魔女の恰好をした御影の人形が、堂々とした佇まいで、腕組みをして語り始めた。
御影のあまりに威風堂々な姿に、強烈なストループ効果を感じたみのりは白目になって止まってしまった。
「その組織の本家本元からの呼び出しってわけさ。つまり断れねぇ。そして、DCP上位層の大半が死亡した年もある。喜ぶのは頭のイカれたやつだけさ」
召還状から煙が上がり始め、燃え滓が燐光を纏って漂い始めた。
「うわっ。もう時間になった!」
「ぁー……。ミノリも行くンだろ? 覚悟しとけよ」
「え? あ、はい」
みのりが塵子へ近づくと、御影は塵子の頭の上によじ登った。
燐光と共に、涼やかなタマ鈴の音が鳴り響き始めた。
「うぅ……モゾモゾするこれ」
「えっと……どうすればいいですか?」
「ヒィヒ。ミノリはそのままだ。そして、我慢しろチリ。御ォ 榮山明残 霊頭原ン 慈恵无音色絆 ハアッー!」
燐光に合わせて発光する塵子へ、御影が何事か呪言を掛け、異能封じの札を貼り付けた。
すると、塵子の
数年前、塵子が初めて呼び出された時。
既存の呼出符を使用していた本家本元は、塵子に転移呪詛をかけた途端に、連座式に座標がリンクしていた呪符の全てを喪うという大失態を犯していた。
当時は危うく、
以降、塵子だけは特殊な異能ループ札を使って、無理やり転移させるようになっていた。
そうしている内に、燐光は益々激しくなり、急急如律令と篆書体で書かれた円陣が浮かび上がった。
(魔法陣!? 美しい……これが日本で古代から続く、外法の粋)
光る魔法陣の美しさに、みのりは目を見開いた。
「御影さんさぁ。これ、いつも思うんだけど」
「何だヨ」
「なんでこれ、西洋かぶれみたいになってんの?」
無駄に装飾された幾何学模様の文様を指して塵子が言った。
特に、みのりが美しいと感じた部分だ。
「……多分造ったやつの趣味だなァ。特に意味ねーゾ、そこ」
つまるところ、無駄に洗練された無駄のない無駄な文様ということになる。
「……」
会話を聞いたみのりは、ヨダレを溢しながら白目になり光へと吸い込まれた。
一拍の空白の後。
意識を戻すと、塵子達は地面のない大空を舞っていた。
空は疎らに星の輝く蒼穹だが、地面には底の見えない暗闇が地平線まで続いている。境目が朧げで上下が分からなくなりそうな、幻想的な光景だった。
「うっひょ〜♪」
「!?」
そこから、急激な自由落下が始まった。
「あっははは! 何度やっても慣れないねぇ♪ これ!!」
「いっ!」
気を失いそうな恐怖感の中、みのりは隣でいつの間にか手を繋いだ塵子の陽気な声に救われていた。
黒い地面が迫ってきた。
暗闇だが、一箇所だけ薄く穴が空いているのが見えた。
「ヒィヒ。よく見とけ。通るぞ」
御影の声が不思議と響いた。
穴に吸い込まれるように落ちると、いつの間にか落下方向が反転し、飛ぶように朱に塗られた幾重もの鳥居を通った。
視界の端を飛んでいく鳥居は、神籬の欠片が桜吹雪のように散っていた。
幻想的な千本鳥居を抜けた先、塵子達の視界は開けた。
玉砂利が敷かれ、無造作に飛び石が置かれた無機質な地面。異形の燈籠が幾つも立っていた。
「ヒィヒ。
「うぅ……トイレ行きそびれた……」
静謐な空気の元、呑気な塵子の声が響いた。
塵子の声で神聖さが破られたように、みのりの耳に音が戻った。
神社の境内のような広場には、薄明るく灯る提灯が幾つも吊るされている。
文字の反転した屋台がいくつも見られた。
通りの先では、騒がしい一角もあった。
賑やかに騒いでいるところでは、人で混み合っており、背中から煙のような異形を生やした男達が殴り合っている。
囃子声と衝撃音が聞こえた。
「……」
塵子を含め緊張感のないDCPと思われる面々に、みのりの片眉が上がった。
ふと、みのりは屋台の匂いに釣られた。
飴の屋台だった。
近づくと、得も言わぬ良い香りが立ち込めている。
塵子が作った焦げたパプリカと異なり、棒に刺さった果物が飴色の蜜に固められて、美しく光り輝いていた。
購買欲の湧いたみのりは、懐から財布を取り出して、黒子のように黒ずくめの店主に声を掛けようとした。
「あの」
「おい、変な気を起こすなよ。ミノリ。ココにあるのを食べると、儚畏比良坂に囚われるぞ」
「え?」
いつの間にか、御影がみのりの隣にぷよぷよと浮かんでいた。
ほとんど無意識に財布を取り出していたみのりは、御影の普段よりも低い声で我に返った。
みのりが声を掛けたことで振り返った黒子は、顔のない呪いだらけの文字で嗤った。
「ひっ」
「ヨモツヘグイの呪いだぞ。
正気に戻り、売り子の顔を認識したみのりは小さく悲鳴を上げた。
「……そんな呪いが……存在す、うおっまぶしっ!」
「相変わらず、ドギツイ呪いねぇ」
みのりの隣。
いつの間にか寄って来た塵子は、誘いの呪いに抵抗して
ヨモツヘグイの呪い。
簡単に言えば、共食いでゴキブリを滅ぼす商品とホイホイを融合させたような悪魔の発明だった。
強烈な誘引力で引き寄せ、一度食べたら出られなくなる。更にその原料は、囚われた冥界産の原生生物であった。
「チリ先輩!!」
遠くから赤い髪の毛をオールバックにした
塵子の弟子の一人である桃城杏奈だ。
「おー、杏奈ちゃんもきたのかぁ」
「私も呼び出し組になりました!」
このニ年間で、塵子に追いすがるべく実績を上げている杏奈は、この冥界
先日の気絶した失敗を汚名返上すべく、杏奈は気炎を上げていた。