デミグラス・デッドコード   作:peg

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報復

 儚畏比良坂(クライヒラサカ)

 古の陰陽師たちが冥界と戦うために作った決戦のバトルフィールドと言い換えて相違ない。

 

 そんな古の決闘場めいた場所には、上位層のDCPが参加していた。

 しかし、皆癖が強く、そこかしこで喧嘩や小競り合いが起こっている。

 

 そんな中、比較的大人しい部類の塵子達は、塵子の弟子である桃城杏奈の背伸びした自慢話に付き合っていた。

 

 赤い髪をした寛ぎ系戦闘装束(カジュアルアーマーコーデ)の杏奈は、妹弟子(みのり)へのマウント取りに勤しんでいた。

 浴衣姿の塵子やみのりと異なって、しっかりと戦闘を意識した服を着ている辺り、杏奈も一端のDCPと言って良い。

 むしろ、お祭り気分で来ている塵子達を他のベテランDCP達が白い目で見ていることに、みのりは気が付かなかった。

 

「この間の一件と、異世界帰還者類(カテゴリーB)の捕縛が規定数を超えたので昇格したんだ」

 

「そんなに突然なるものなんですか?」

 

「ヒィヒ。まァ、累積の実績で……ってとこだな」

 

 ふふん、とみのりに向かって杏奈は薄い胸を張った。

 

「ぉー、杏奈ちゃんもやるねぇ。昇進祝いでこれあげるよ」

 

「え!? いいん」

 

 杏奈の背後に居た塵子が腰元から取り出したのは、割り箸に突き刺してある焦げたパプリカだった。

 

「です……えぇ?」

 

 喜んで振り返りブツを受け取った杏奈は、顔に輝く笑顔を貼り付けたまま器用に困惑してみせた。しかし、二本、三本と色違いが増えていく。

 塵子から完全な善意の元に渡している様子がにじみ出ているため、誰も止めることができなかった。

 

 ニコニコと杏奈を困惑させる塵子を尻目に、みのりは肩に乗る御影に疑問を投げかけた。

 

「御影さん御影さん。どうして杏奈さんは、あんなに塵子さんに纏わ……懐いているんですか? 他のお弟子さんは、まだ一度も見てないのに」

 

 こんなに短い期間で遭遇する杏奈を、みのりは少しだけ疑問に思っていた。

 

「ヒィヒ。まァなんだ。アンナの異能を()()()()()事が出来るのは、今のところチリだけだからな。ヒ。期待してんのさ……。これ以上は本人に聞いたほうがいいと思うぜ」

 

「……そうですか」

 

(……不滅之体(イモータル)か)

 

 先日の事件の後、みのりは杏奈の異能について聞いていた。

 

『杏奈ちゃんの不滅之体(イモータル)はね……無敵超人よ!!』

 

 とは、塵子の言。

 答えたのが塵子であったため、重要なことは何一つわかっていなかった。

 兎も角、杏奈が抱えている悩みは、みのりが思っている以上に深刻そうであった。

 

「お?」

 

 その時、少し前に鳴った玉鈴の音が一定のリズムで鳴り響いた。

 シャンシャンと、遠くから近付いてくる。

 

(巫女……?)

 

 人垣を挟んだ向こう側に、微かに人の姿が揺れるのをみのりの目は捉えた。

 

「皆々様方。遥々、良うこそ御出下さりました」

 

 そう言って現れたのは、年端もいかない少女だった。外見だけで言えば、塵子の少し下くらいに見える。

 赤と白を織り交ぜた独特の巫女装束を着ており、胸元は大きく押し上げられ、スリットから地肌が覗いている。漆黒の長い垂髪は赤い飾り布と真鍮色の鈴で彩られていた。

 彼女の周りだけシンとした空気が降り、光り輝いている。

 

(まるで、この儚畏比良坂(空間)そのもののような……)

 

 巫女の様子に見惚れたみのりは、そんな印象を受けた。

 

「ね、ねぇ。なんか光ってない?」

 

 背の低い杏奈が、みのりへ近付いて肘でつついた。杏奈からは、人垣の向こうが柔らかく光っていることしか分からないのだろう。

 

「え? ええ」

 

「あれぇー、この声……?」

 

 杏奈の肘打ちで正気に戻ったみのりの耳に、間延びした塵子の声が聞こえた。

 

「神薙の巫女だ」

 

 騒いでいた一角が静まり返り、誰ともなくそんな声が呟かれた。

 

 玉鈴の音が止み、光が溢れた。

 

 神薙の巫女。

 この儚畏比良坂(クライヒラサカ)を管理する一族の末裔であり、一族郎党 儚畏比良坂(クライヒラサカ)に閉じ込められた憐れな虜囚(人身御供)だ。

 この暗い結界の中で凝縮された呪いの力は、時の支配者から冥界打ち返しを拝命した神薙の一族に強大な力を与えていた。

 しかし、反面。

 その力に神薙の一族もまた縛られていた。儚畏比良坂から出ることができないのだ。

 出ることの出来ぬ結界の中で、生命を賭して現世を守る防人。

 厄災の神霊(マガツヒ)が溢れた時の為に用意された、最後の砦であった。

 

「それでは」

 

「おほー! やっぱ、ミコッちゃんじゃん。一年ぶりー! 元気だった? なんか、大人っぽくなったねぇ!」

 

「えっ!? あっ……あぅあぅあぅあぅあぅあぅ」

 

 いつの間に移動したのか。

 まったく空気を読まない塵子が、巫女の両手を取ってブンブンと振った。白い顔を赤くした巫女は、乳を揺らしながら塵子にされるがままとなっている。

 DCP達の視線が降り注ぐ中、神々しい光が急速に萎んでいった。

 

「えぇ!?」

 

(なにやってんだー!?)

 

 一瞬で神々しさが消滅した姿に、みのりは困惑した。というより、師匠の突飛な行動にあっという間についていけなくなった。

 

「あ、消えた。ねぇ、どうなってるの? ねぇってば!」

 

 ぴょんぴょん跳ねた杏奈が、必死に事態を見ようと躍起になっている。

 

 みのりが動き出そうとしたとき、塵子と巫女の間を引き離すように、黒い巨体が落ちてきた。

 

「おわっ! 危なっ」

 

「きゃっ」

 

 灰色の髪を無造作に伸ばした若い男だった。

 胴丸の古風な鎧に熊の毛皮を誂えた格好をしている。背中には朱の鞘に収められた大太刀を背負っており、膂力の大きさが伺えた。

 

「そこまでにしておけ、異能相克」

 

 そう言った男は、胸の高さに両の手を上げて印を組んだ。

 

「ぁ……熊吉」

 

「おぉ! 熊吉じゃん!」

 

 塵子は懲りずに、今度は熊吉と呼ばれた大男に纏わり付き始めた。

 何らかの呪いをかけられているのか、塵子の体が光り始めた。

 保父さんに纏わり付く光る女児。

 見ていたDCP達は、そんな光景を幻視した。

 

「はぁ……」

 

 力づくでも引き剥がせない塵子の様子に、熊吉と呼ばれた男はどうしたものかと溜息を零した。

 ここで言う力づくとは、バッドステータスを付与する呪いのことだ。

 掛けられた塵子は、水を得た魚……もとい、星を得た髭面のおっさんやペロキャンを食べた赤い悪魔ばりに毒々しく明滅していた。

 みのりはついに、その姿が居た堪れなくなり、人垣を高速で移動して塵子の襟元を掴んだ。

 

「何やってるんですか、塵子さん! ほら、行きますよ!!」

 

「あ、待ってみのりん! まだ、毛皮のもふもふが足りてないって! え? みのりんをもふもふしていいだって……!?」

 

「言ってません!!」

 

「あーれー」

 

 着崩れしない鉄壁の浴衣をズルズルと引き摺られた塵子は、人垣にまぎれて見えなくなった。

 

「あ、相変わらず……嵐の様な方ですね」

 

 取り残された神薙の巫女が呆然と呟いた。

 

「うむ……御子よ」

 

「あ!」

 

 目を見開いて口に手を当てた巫女は、神聖さを取り繕った。

 

「コホン。それでは――」

 

 

 

 

 

 

 

 塵子達のいる儚畏比良坂から場所を離した――某所。

 出来るOL風にスーツを着込んだ霧島照子は、茹だるような暑さの中をキリキリと歩いていた。

 

 昼下がりということもあり、オフィス街が形成されているこの街の一角では、車の往来は多いが人通りは比較的に少なかった。

 

 コンクリートジャングルの暑さの中。

 汗一つかいていない照子にはある秘密があった。

 シリアルナンバー JDR-523-008-101-003-001。

 保冷式胸部装甲(クールランジェリー)だ。

 

 オシャレなランジェリーの中心に光る動力部が付いたそれは、とある異世界で火口に入るために必須な遺物だった。なぜ下着なのか、それは誰にもわからない。しかし、光る動力部を押し込むと一瞬で下着が格納され清掃までされてしまうという、ある意味では便利グッズであった。

 乙女炉心(ハートキャチャー)という、魔法少女変身シリーズ遺物の類似品だ。

 照子としては、()()()()()()()()で装備している気持ちが6割……いや、9割。もとい、7割くらいあった。

 ちなみに、照子の備えは杞憂であったし、一般常識的に押して脱げる服はない為、他人が下着を格納すること(仮にそんなこと)になろうものなら、童貞を殺す服として機能すること間違いなしだろう。

 残りの3割は、ダブった塵子からの献上品であったとか、規格外の下着が高いとか雑な理由だったりする。

 

 そんな照子が向かっている先は、ピンク色のネオンライトで彩られた視界に眩しい病院だった。パリピめいた曲が流れ、音に合わせた危険色に照らされている。昼間から危険色に明滅する看板は、一見して近寄ったらヤバい感じが出ていた。

 

 人払いの結界だ。洗脳系の異能に耐性がある一般人ですら、なんのお店!? となる事請け合いであった。

 

(相変わらず趣味の悪い……)

 

 看板には、整形外科 東クリニックの文字。

 看板を見上げた照子の眉根が寄った。

 特殊な異能でなくとも近付きたくなくなる物件だ。

 

 照子がここに来た理由は、人員登用のための定例会へ出席するためだった。

 毎年この時期に人員不足に陥るDPCでは、即戦力と成り得る異世界帰還者類(カテゴリーB)の起用が行われていた。

 

 DPCの損耗率は高い。

 異界関連事件の年間発生件数は、昨年度で言えば3万飛んで960件。

 一日平均85件ほど発生している。

 対する全国に常駐するDPCの数は、200名前後だ。3年経つとほぼ全員入れ替わると言えば、どれ程異界からの脅威が大きいか分かるだろう。

 

 

 病院に入った照子は、ホラー系廃病院のような受付を抜け、2階にある空調の効いた研修室に辿り着いた。

 

「……」

 

「ギャー!」

 

 無言で扉を開けると叫び声が響いた。

 

 プロジェクターで照らされた壇上では、ロープで簀巻きにされ、売られる奴隷めいた表情をした異世界帰還者達がハイライトの消えた目で何処か遠いところを見ていた。

 

「やめろぉ! やめてくれぇ!!」

 

「こんなこと許されると思ってるのかぁ!」

 

「オンドゥルルラギッタンディスカー!」

 

 尚、叫んでいるのは買われていく()()()()()()異世界帰還者達だけだ。

 叫んだところで、既に戸籍も消され魔力波長も登録済みの彼らは、もはや真っ当に生きることはできなかった。

 

 各地域管轄者によって無言の手せりで行われるこの伝統行事は、既に人身売買の様相を見せていた。

 

「ほぅ。今年は活きが良いねぇ」

 

 入り口から移動した照子は、言葉を漏らした。

 収容所を通ってきたにもかかわらず、常識的で否定的な言葉が出てくるのは活きの良い証左だった。

 

「えーひみ、みく、あいっ!!」

 

「あがいあがいあがい」

 

「あがいよぉぉ!」

 

「あい! とぉっ!」

 

 司会者によって凄まじい勢いで裁かれていく。

 

 手せりでベットされているのは、各事務所が保管している遺物の数だ。

 異世界帰還者達が所有していた遺物は、特例を除いて、政府が差押えている。

 というのも、異世界帰還者の殆どが特異な魔法使いであることが多く、死蔵している遺物よりも有用性が高かった。

 

 ちなみに、照子は競りに参加しない。古株の最強戦力に近しい塵子を有している照子の事務所が、競りに参加すると顰蹙を買うからだ。

 古株のベテランのいる事務所では、一から訓練生を育てるのが常となっている。

 そして、照子の事務所では、遺物は主に塵子の借金補填に使われていた。

 

「もうしないから、男に戻して……」

 

 照子が目を向けた先で、青い髪を背中まで伸ばした少女が、ハイライトの消えた目でポツリとこぼした。

 

(……)

 

 眉間にシワを寄せた照子は目頭を揉んだ。対象的に、底抜けにバカで平和な塵子の笑顔が思い出されて、頭痛がしたためだった。

 

 あまりにも思想の怪しい人間は、収容所で強制的にTSさせられたり、人間以外の畜生にされ、少なくとも死亡する3年後くらいまでは問題を起こさないレベルで一度アイデンティティーを徹底破壊される。

 もっと酷い例で言えば、記憶を漂白され、異界と戦うためだけの生物兵器にされるのであった。

 

 このガワは少女の男も、性犯罪関係で何かをやらかして、自分が何をしたかを嫌というほど分からされたのだろう。

 

 照子の目の前で、哀れそうで憐れではない男は買われて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 競りも終わり、会場が落ち着いた頃。

 照子は等間隔に並べられたパイプ椅子に腰掛けた。座っているのは約50名程だ。

 

 演台を前に立つのは、東クリニック院長の男だった。一般的な軍属の組織における司令という立場に近い男だ。

 黒いスラックスに柄付きのワイシャツ、その上から白衣を着た壮年の男だった。

 

 前面のスクリーンには、赤い球体が映し出されている。

 

「さて、憂慮すべき事案が米国側から通達されたのは、皆の知るところであろう。……餓蝕魔弾(イクリプス)だ」

 

 前に映し出された画像が、黒髪の男に切り替わった。

 

安全な黒馬(ペルシェロン)……。ブツを確実に届ける運び屋。……例え、それが死であっても。だったか……?)

 

 スクリーンの反射光が薄く照らす中、照子は眉根を寄せて記憶を辿った。

 

「件の運び屋は、安全な黒馬(ペルシェロン)とあだ名される西欧人だ」

 

 続いて、日本列島が俯瞰された図が表示され、赤いポインティングが行われていく。

 

「先日収容されたゴースト体共は、安全な黒馬(ペルシェロン)が蒔いた種を起点に召喚されている。いずれも、霊脈に沿った場所へだ」

 

 次に、天気図のような霊気圧変動図と、関連した霊脈のモデルが示された。

 

「召喚と同時刻。霊気変動が確認されている。これは、召喚に伴う霊脈から吸い上げられたエネルギーに依るものだが、一部エネルギー収支が合わない。規模としては、第一種異界災害(カテゴリーA)顕現クラスだ」

 

 表示されたグラフには、詳細なパラメータが描かれていた。

 

「つまり、安全な黒馬(ペルシェロン)は、霊脈を起点に転移・工作をしている可能性が高い。そして――」

 

(時期が悪い……か)

 

 男の声を先んじて、足を組み直した照子は心の中で予想する。そんな照子を壇上の男が一瞥した。

 

「今は、異界打ち返しの時期と被る。……餓蝕魔弾(イクリプス)による何らかの霊脈への大きな変動が加わると、冥界への道が閉ざされかねない。希少な人材が失われる懸念がある」

 

 餓蝕魔弾(イクリプス)によって、霊脈が切り貼りされてしまった場合、元に戻るには膨大な時間がかかる。

 星全体を俯瞰したときに霊脈というのは、記憶回路のような役目を果たす場合がある。つまり、根幹が丸ごと失われてしまうため、復帰に時間が必要であり、最悪消滅したままになる可能性もあった。

 冥界・儚畏比良坂までのルートは、現在太い霊脈が使われている。そこが消失した場合、復帰に数世紀単位で時間が掛かるのは想像に固くなかった。

 

「最後に最悪のケースだ。冥界と現世の間で餓蝕魔弾(イクリプス)が放たれた場合、これまで行われてきた先人の努力が無に帰す事になろう」

 

「諸兄に於かれては、以上のことに留意してほしい」

 

 壮年の司令は、そう締め括った。

 

 

 

 

 時は、冥界打ち返しが行われる数ヶ月前に遡る。

 

 黒いコートを着て、縮れた黒髪と無精髭を無造作に生やした男が、建物の物陰にかけれるように壁に寄りかかっていた。左腕を負傷しているのか、右腕で抱えるようにさすっている。

 足元には赤い血が滴っていた。

 

「最悪だ」

 

 件の男、安全な黒馬(ペルシェロン)は、中東にある貧民街の片隅で毒づいた。

 

 請け負った仕事は完遂した。

 依頼元は、国際窃盗団ピンクポッチーズ。

 異世界産の無骨なナイフ一本を、南米から中東に運ぶだけの簡単な仕事のはずだった。

 

 

 しかし、完遂したことによって要らない恨みを買ってしまった。

 嵌められた事に気づいたのは、その時だった。

 

「くそ」

 

 何かを感知し、顔を上げたペルシェロンは駆け出した。

 土を塗ったくった様な壁から、ぬるりと影が離れて人形を象ったからだ。

 

 古くから世界中で暗躍している、暗殺教団の刺客だった。風体の判然としない人型をした異形の影は、ノイズを走らせながら黒いコートへ迫ってきた。

 

「はぁ、はぁ」

 

 その出来事を筆頭に、ペルシェロンは三日三晩逃げ惑った。

 しかし、古から暗殺を請け負う伝説の組織の力は、生半可なものではなかった。この場合、三日三晩逃げまわることができたペルシェロンを褒めるべきであろう。

 

 国外に脱出しようにも、異界の技術を含む多種多様な手段が講じられ、逃げる場もなかった。

 

 

 

 

 

 追われ始めて四日目。

 遂に捕らわれたペルシェロンは、首魁の眼の前に吊るされることとなった。

 

 逆さに吊るされたペルシェロンが目を覚ましたとき、鼻は黴臭い匂いと鉄錆た匂いを鋭敏に感じ取った。

 

「君は高名な運び屋らしいな」

 

 埃っぽい倉庫の中で、ペルシェロンは男に低い声をかけられた。

 覚醒したての目は、ボヤけていて役に立たない。更に、低い声を発する男の姿は、明り取り窓からの逆光で影しか分からなかった。

 

「だれ……だ?」

 

「だれ、か。私は誰かであって、誰でもないんだがね」

 

 まるで禅問答のように答えた男は、ペルシェロンを吊るしている滑車の機構を弄って落とした。

 

「がはっ。くそ」

 

 ペルシェロンは硬い床で毒づいたが、全身に布を巻いた男は興味を示さずに編まれた円座にどっかりと座った。

 布の隙間から鋭い眼光が覗いている。

 

「君が運んでいた遺物はな……こちらの界隈ではよく知られていた宝具と呼べるものだよ」

 

 男は逆さ吊りから開放したにも関わらず、ペルシェロンを警戒していなかった。

 

「……中身は知らない。俺は運ぶだけだ」

 

 片膝立ちになったペルシェロンは言い放った。瞳には、強い意志が浮かんでいる。

 

「……よろしい。巡り合せもあるだろうが、我々からすれば、それが政敵に渡ったと言うだけのことだ。……しかし、既に取り戻した」

 

 男が手品のように右手に取り出したのは、古びた無骨なナイフだった。

 

「……殺したのか?」

 

 ペルシェロンも関わった手前、寝覚めは悪かった。

 しかし、布で巻かれた男は大仰に手を振って否定した。

 

「殺してはいないさ。彼奴も使い道のある男だからな。だが、()()()の事情としては、既にアレが所有していることになってしまった。取り返しはつかない」

 

「……殺すなら殺せ」

 

「いやいやいや。我々は無用な殺しはしないよ。……あー、つまりだ。()()()()()異なるものを異なる場所に捨てて来ることが……君をここから生かして返す条件だ。いや、言い直そう。生き残れたら、だね」

 

「はじめから……? どういうことだ?」

 

 ペルシェロンは眉根を寄せた。この余裕のある男が言っていることの意味が分からなかったからだ。

 

「……質問はしてもいいが。そもそも、君に選択の余地があるのかな?」

 

「……」

 

 そんなやり取りの後、承諾したペルシェロンは開放された。

 

 

 

 

 

 国際窃盗団ピンクポッチーズは、異災に深く関わる者たちの集まりだ。耳や尻尾や羽の生えた異人たちもいる。

 大きく掲げる目標としては、『聖なる遺物の回収』となる。

 しかし、組織も一枚岩ではなく。

 中には、異界からやってきた帝国主義者の隠れ蓑となっているケースも存在した。

 

 そんな中、様々な包囲を掻い潜って、特級の遺物を運ぶペルシェロンは目の上のたん瘤だったのだ。

 そこで、暗殺教団が長年探していた遺物をペルシェロンへ押し付けた。あわよくば潰し合ってくれることを願っての事だった。

 

 

 

 

 世界を影から守る暗殺教団は、異界の植民地至上主義者から、非情に嫌われた存在だった。

 餓蝕魔弾(イクリプス)によって、教団の中枢を異界と結合せんとした異界の植民地至上主義者の目論見は、あっさりと崩壊した。

 三流の運び屋を自爆テロさせようとして、あっさり返り討ちにあったのだった。

 

 他方、ペルシェロンが運搬を成功させたことで、裏での政治的な動向が悪くなり、身動きが取りづらくなった。

 

 そんな背景もあり、暗殺教団とペルシェロンは手を組むことになった。

 

 初めからなかったコトにする。

 それは言葉通りの意味だ。

 

 時逆巻く秘宝(カリグラフィ)

 数字で隙間なく埋められた一枚の羊皮紙だ。読み解いた者を虚数空間へ取り込み、別の時間軸にタイムリープさせる地球産の遺物だった。

 

 こうして、時間を遡ったペルシェロンは、三流の運び屋の荷物をすり替え、一級の霊地だらけの日本へやってきた。

 

 しかし、その行動には制約が伴っていた。

 運び手を起点に餓蝕魔弾(イクリプス)をいつ点火するかも分からない活性状態に持ち込む呪いのせいだ。

 元々、教団内で無理やり炸裂するはずの呪いを一身で背負うことになったのだった。

 

 日本についた当初、呪いの刻限が差し迫り、一級の霊地を探し出すのはとても間に合いそうになかった。

 そこで、ペルシェロンは情報屋の伝手を辿り一計を案じた。

 

 餓蝕魔弾(イクリプス)の呪いを逆手に取り、大規模な霊災を起こすことで、餓蝕魔弾(イクリプス)が大規模に発動したと複数箇所で誤認させたのだ。

 

 霊脈に長く居座り、霊気圧の影響を強く受けた人間達を人柱に、半端な召喚で異世界人が召喚される(しるべ)としたこの行いによって、暗殺教団に不利益を与えた異界の植民地至上主義者達は、あっさりとペルシェロンの罠に乗り、無事に概ね淘汰された。

 

「仕上げだ。俺を嵌めたこと、後悔させてやる」

 

 仕上げを行うべく、安全な黒馬(ペルシェロン)は、活性状態にある太い霊脈へ飛び込んだ。

 

 

 

 

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