デミグラス・デッドコード   作:peg

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蒔絵

 

 

 巫女との再開の後。

 

 みのりによって引きずられた塵子は、人垣の裏側まで引き摺られて解放された。解放された塵子はそのまま玉砂利の上で、膝を抱え込んで座り込み肩を落とした。

 

「ぅー、もふもふがぁ……」

 

「チリ先輩……よしよし」

 

 引き摺られてきた塵子を、哀れんだ杏奈が撫でた。

 

「ほ、ほらっ。なんなら、私をもふもふしていいですよ……」

 

 そして、意を決した杏奈は両手を広げた。

 ちなみに杏奈は、塵子の言う()()()()についてよく分かっていない。

 

「あんなちゃぁん……! ……固。うん、もういいかな」

 

 杏奈の鎧に頬を当てた塵子は、鎧に冷やされたように蒸気していた表情を消して急に素面に戻った。そうして、それ以上の抱擁を拒否した。

 杏奈の寛ぎ系戦闘装束(カジュアルアーマーコーデ)のせいだった。

 

「……」

 

 自愛を帯びた顔で抱擁しようとした杏奈は、両手を半端に広げたままの姿勢で固まった。

 みのり達からは、聖母のような表情をしている杏奈が、一つの絵画のようにその場に残されているのが見えた。

 

(無慈悲)

 

 白目の御影とみのりの心の声が、一致した瞬間だった。

 

 

 

 

 そうこうしているうちに、巫女の託宣が終わったのか、人垣の向こうで光の柱が迸った。

 輝く光が天蓋まで吹き上がり、踊る文字が端末に降り注ぐ。

 

 光る文字が降り注いだ塵子達DPCの端末が、金属の楽器を打ち付けるように高く長く鳴った。

 共鳴するように音の音階が上がっていく。

 

「うっ……」

 

「ヒヒ。ミノリ。耳塞いどきな、酔うぞ」

 

 目眩を催すような音に、みのりは思わずうめき声を出した。この音には、呪術的な効用があるようにみのりは感じ取った。

 

「わぁ! やっぱキラキラしてんねぇ♫」

 

「チリ先輩はこういうのがいいんですか?」

 

 みのりとは対象的に、塵子や杏奈はキラキラと光る()()を見上げて楽しそうにクルクルと回っている。

 ついでに、塵子もキラキラと光っていた。

 

 巫女の託宣による強烈な強化魔法(バフ)が、端末を起点にDPC達へ掛けられているのだった。

 主だった内容は反魂である。

 この呪いを掛けられることで、一度死んでもこの時点に肉体を回帰して、一度だけ生き返ることができた。

 この儚畏比良坂において、積み上げられた歴史によって無類の力を持つ神薙の一族は、一挙手一投足で人の生き死にを左右するほどにその力が高められているのだった。

 

「ヒヒ。反魂歌だ。耳塞いでもいいが、目はカッボジって見とけよ。これが見られるのもエージェントになった役得みたいなもんだ」

 

 反魂歌。

 世界でも類を見ない、神域に差し掛かった力だった。

 暗い空に浮かぶ細やかな文字は、さながら金糸の蒔絵を見ているようだった。

 

 

 ……。

 …………。

 ここだけの話。

 こういった(蘇生)現象が起きるからこそ、所謂ゲーム脳の女は、半分遊びでここに参加しているのだった。

 

 

 

 

「うぅ……。別の場所になりました……」

 

 赤い髪をオールバックにあげた杏奈が、端末を眺めて肩を落とした。

 配置場所が塵子から離れてしまったためだ。

 

「しょーがないよ、杏奈ちゃん」

 

 冥界の打ち返しにあたって、儚畏比良坂内に一定区間でDPCが配置される。

 特に、結界の核である要石付近には、力の強いDPCが配置されるのが常だ。

 塵子についても、その核の一人となっている。

 

「どうしてブロック分けするんですか?」

 

「ヒィヒ。この儚畏比良坂に平面的な距離の概念はねぇんだ。ただし、日本に来るはずだった冥界、その全てがここの何処かに湧く。一度に全部湧いたら、普通は処理しきれねぇからな。だから分けるんだ」

 

 みのりの肩に乗った御影の人形が、腕組みして意味深に言った。

 

 この儚畏比良坂によって、日本に沸く筈だった冥界は例外なく、この古の結界の中に取り込まれているのだった。

 

「まぁ。POPしたそれぶっ飛ばせば、遺物を落とすってわけよ!」

 

「POPって」

 

 みのり達の会話を耳聡く聞き、振り返った塵子は鼻息荒く拳を握った。

 対照に、みのりは何処か諦めたように塵子を見ている。

 

 冥界産の遺物は、日本古来の骨董品に形が似ているものが多い。備わっている異能もそれに準じたものが多かった。

 しかしながら、敵として何が湧くかは全くランダム。

 ゲームのランダム要素はクソと常日頃から思っている塵子であったが、過去の成功体験もあり、今回はやる気に燃えていた。

 

「チリせんぱーい……」

 

「あ! うーぬ。困ったな」

 

 沈んだ空気の杏奈が、か細く鳴いた。塵子はそんな杏奈を前に、腕組みして足りない脳みそを動かしていた。

 塵子は反動形成中の女児のあやし方を、よく知らない。なぜなら、アラサーくらいから思春期真っ只中くらいの女に若返った塵子には、女心がよく分からないからだ。

 そんな幼気な雰囲気を出す杏奈を見咎めた御影は、みのりの肩から降りて小言を言った。

 

「ヒィヒ。いい加減師匠離れしろよ。嫌われるぜ?」

 

「!? ぜんぜん大丈夫です! 行ってきます!」

 

「えぇ!? あ、杏奈ちゃん!? あー、行っちゃった」

 

 御影の言葉を聞いた杏奈は、打って変わって身を起こすと配置先に駆け出した。

 しかし、御影の言葉とは裏腹に、TS目バベル喪失目くんちゃん科耳普通属魔法少女種(物理種)に類する塵子としては、実は全然ウェルカムなのであった。

 

 

 

 杏奈が去って暫くして、塵子達も指定された場所へ移動した。

 

 DPC達には、異なる色の灯った蝋燭が手渡された。これが各々の場所までの道標となるのだ。みのりは、塵子と同じ濃緑色の灯火が渡された。

 真っ暗な畦道を、皿に置かれた蝋燭の灯火だけが心細く照らしている。

 灯火の色を辿っていった塵子達が配置されたのは、白い塀に囲まれた庭だった。広さは、小さな校庭のグラウンド程もある。

 白い石で敷き詰められた庭は、漣のように石が蠢いていた。

 

「わぁ……♪ 歩きづら」

 

 楽しそうに一歩踏み出した塵子の感想である。

 美しい見栄えへの感嘆から、白目へと一瞬で変わった。

 

 庭の真ん中には、絶海の孤島のような苔むした島があり、半分苔で覆われた丸い岩に注連縄が施されていた。

 岩の上には、季節外れの枝垂れ桜が狂い咲いている。

 

「これが要石……」

 

 島へ登ったみのりが、注連縄の施された石の前で見上げたままの姿勢で呟いた。

 

「こいつがこの空間を維持してんだ。湧いた奴らはこの石を目指してくる。これが結界の核って知ってんだよ。マ、割られても隣の区画の要石がその役目を引き継ぐがな」

「……。全部割れたらどうなるんですか?」

 

 素朴な疑問をみのりは、御影に返した。

 

「んー、まーなんだ。この世の終わりだな」

「……」

 

 御影は素気なく言い切った。御影の言葉に、みのりは浴衣で来るべきではなかったと、今更ながらに悟り白目を剥いた。

 

「おっ? 早速来たよ!!」

 

 みのりが視線を送ると、いつの間にか竹竿を持った塵子が、要石の上から玉砂利に糸を垂らしていた。糸はピンと張り竹竿はしなっている。

 

「よっしゃ! フィィィシュ!」

 

 塵子の声と同時に砂利飛沫を撒き散らせて、巨大な黒い鯉の化け物が白い玉砂利に落ちてきた。

 そして何をするまでもなく、その場で跳ねている。

 

(えー! これが侵略者?)

 

 見たままの俎上の魚だった。

 

「ありゃヤベェな。ミノリ、触るなよ」

 

 その見た目とは裏腹に、御影は深刻な声でみのりに注意を促した。

 

「え? どういう意、あ」

「いくぞ!! とう!」

 

 質問するみのりの声を遮って、要石から飛び出した塵子は、反魂歌の残滓が輝く満天の空の中に身を翻した。

 さらに、空中で派手な一回転を決めて片足を突き出した塵子は、巨魚へ向かってミサイルのように突撃した。

 塵子の背中からは、無駄に浴衣に似合うスラスターの炎の様なものが吹き出していた。

 それは、星空を切り裂く流星に見えた。

 

「あちょー!!」

 

 ただし、塵子はアホな掛け声とともに墜落した。

 墜落の衝撃波は辺りに伝播し、玉砂利の津波が島に激しく打ち付けた。

 

「滅茶苦茶……! く、障壁魔法(シールド)!」

 

 飛び出した危険な飛沫を、みのりは大き目の障壁魔法で防いだ。

 弾丸のように降り注いだ丸い砂利が、みのりが展開した障壁魔法の表面をバラバラと滑っていく。

 

「ミノリ! 盾を維持しろ! くるぞ」

「!?」

 

 塵子の蹴撃によって半分に破壊された巨大な鯉は、鱗の一つ一つが剥がれて、空に不気味に浮かび上がった。そして、先の石の津波と同じように要石の方向へ襲いかかってきた。

 

 鱗の一つ一つが人の顔をしている!

 

「亡者の顔だ! 取り込まれるなよ!!」

「ぐぅぅあぁ!」

 

 亡者の視線によって、魂を削られるような圧力をみのりは感じた。一瞬でも気を抜けば即座に物言わぬ骸と化して居ただろう。

 

「!? 通り抜けて」

 

 顔だけの亡者たちは、みのりの盾を透過して襲いかかってきた。

 しかし、盾を透過した亡者たちは、暫く進むとまるで力尽きたようにうめき声を残して消えていった。

 

 瞬きを繰り返すみのりへ、塵子が遠くから声を掛けた。

 

「みのりん! とったどー!」

「……」

 

 肉塊の上で塵子が掲げているのは、無駄に禍々しい雰囲気を放つおたふくの仮面だった。全く売れそうに見えない。

 

「おっシャァ! 次だ次! ウェイ! ウェーイ!」

 

 頭に明らかにヤバいおたふく面を被せた塵子は、足元の肉塊を空中にバラ撒き始めた。

 

(そのお面を被って大丈夫なんですか!?)

 

 みのりの心配を他所に、塵子は独り、理解し難い猟奇愉快犯の如く肉片との踊りに狂じていた。みのりからは、お面で呪われているように見える。

 

「チッ。あいつ、呼ぶ気か……? オィ、チリ!! ミノリも居るんだぞ!!! ヤメロ!!」

 

 空間に撒かれたヒレなどの肉片が、空を割って現れた隆々の腕に掴まれた。

 割れた空間を押し広げるように、膿んだ濃緑色の身体が徐々に姿を表す。

 人を10倍したような、威圧感を感じる大きさだった。

 

(鬼……!?)

 

 それは古い絵巻に描かれるような、古典的な鬼神の姿をしていた。死んだ同族の血を呼び水に、橙色の頭髪をした異形の鬼がこの場に現れたのだった。

 

「■■■■■■■■■■■■■――」

 

 おどろおどろしい叫び声が響き渡った。

 

「くらえ! 魔○光!」

 

 鬼の姿が全容が現れたとき。

 両手を桃型に合わせた塵子が、何処かで聞き覚えのあるワードを巫山戯て叫びながら、黄色いビーム状の何かを放った。

 黄色の何かが鬼の顔面に直撃すると、強烈な閃光とスパークが走った。

 

「っ……!」

 

(鬼はどうなりました!?)

 

 みのりの目が光に慣れた頃、鬼のシルエットが浮かび上がった。

 首から上を失った鬼は、玉砂利の池に仰向けにコミカルに倒れた。

 

(えー!? 一撃!? 明らかにヤバい奴だったのに!)

 

「みのりん! とったどー! でっかいから持ってて!!」

 

 縮尺自在な鬼の金棒を島の近くに投げつけて、塵子は再び肉を撒き始めた。

 

「辞めろっつってんだろうが!! 聞けや!!!」

 

 いつものイントネーションを脇に置いた御影に、ガチで叫ばれながらも塵子は肉撒きに興じた。

 

「ソォイ! ソォォォイ!!」

 

(あ、これはあれです。止まんないやつ)

 

 みのりは高く高く飛んでいく肉を見上げて、そう思った。

 ヒビ割れ魑魅魍魎の瞳が覗く空を見上げるみのりの背中は、花火を見る浴衣少女の如く孤島の上に佇んでいた。

 

 

 

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