デミグラス・デッドコード   作:peg

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一般帰還者藤間澄海くん

 

 コンビニの明かりが照らす、暗い夜道。

 少女の携帯端末が電子音を吐き出した。

 少女の着ている服は、まるで架空存在模倣(コスプレイヤー)のように、過剰なゴテゴテしいフリル付きの服だ。注視しなければそうと判らない程に、魔改造された碧色のセーラー服だった。

 

――じげん しん を 一件 確認 しました。

――付近 の D・C・P は 速やか に かくにん を お願いします。

 

 調子っぱずれの電子音が、下手くそな日本語を話した。

 日本の公的機関にありがちな、形だけ取り繕ったAIだった。

 

「はぁ? またぁ~? 多すぎぃ。2時間前もあったじゃん! ってかこの喋り方腹立つ!」

 

「ヒヒ、奴隷だからねぇ。しょうがない♪ 無視したらクビだぞ♫」

 

(こいつも……いつかぜってぇ殺す)

 

 少女の肩には、不気味の谷に落ちた着せ替え人形が取り付いていた。監視の人形だ。

 

 携帯端末の灯りに照らされているのは、銀色の髪飾りが目立つ紫色の髪を頭の両脇で二つ結びにした少女だった。

 都市の中に出れば、ひどく目立ってしまうだろう。

 

 紫色の少女は、憮然とした顔で端末から顔を上げると、ミシミシと鳴る携帯端末を懐にしまった。

 そのまま、光の照らされない小道に移ると、忽然と消えた。

 

 

 

 

 

 

 深夜。

 住宅街にある戸建住宅でのことだった。

 

「やっと……帰ってこれた……」

 

 少年が万感の思いで呟いた。

 薄暗い部屋の中、少年は上半身を起こして両手を眺めた。

 異世界で戦い続けて5年。

 ようやく。

 ようやく、元居た世界に戻ることができた。

 世の中のネット小説で流行っているような、不可思議な体験をしたといっていい。

 

 しかし、平和な現代に帰ってくるには、少年の手は既に血に汚れすぎていた。

 

「うっ……、くっ……う」

 

 少年は両手で顔を覆った。

 あまりにもつらい体験がフラッシュバックしていく。

 

 仲間の裏切り。

 国の策略。

 魔王の最期。

 恋人の死。

 救えなかった人々の死。

 

 それは、少年をすさんだ暗殺者に仕上げるには十分な体験だった。

 

 召喚の因果逆転。

 

 少年は魔界を滅ぼし、人の世の荒波にもまれ望郷した。

 禁術に手を染め、時間を巻き戻し、世界に呼び出される前の元の世界の自分へと憑依していた。

 

「これしかなかった……これしかなかったんだ。ごめん。みんな……」

 

 戦いの果て、少年は疲れ果て、あらゆる手を尽くして元の世界へと帰ってきた。

 因果を捻じ曲げ、自分が救うはずだった世界を……見捨てた。

 これから、あの世界は荒廃していくのだろう。

 少年の人生。その因果を曲げての召喚だったのだ。

 ある種の因果応報といってよかった。

 

 少年はしばらく泣き続けた後、両手に光を灯らせた。

 

「つ、使える……。……く、くく」

 

 泣いた跡が残るまま、少年は影を赤く切り裂くように嗤った。

 異世界の魔法。

 少年は持ち込んだ異世界の品々を前に、顔を歪ませた。

 

 異世界の魔法は、この影の落ちた少年を、魔法のない現代で明るい未来に導くことができるだろう。

 

 

――ピンポーン。

 

 

 明るい都市も眠る頃。

 その時、まるでホラー映画のような音が、薄暗く笑う少年の耳朶を打った。

 

 少年の肩が跳ねた。

 手元近くにあった目覚ましが示す時間は、午前2時。

 丑三つ時だった。

 

「……2時。……酔っ払いか……?」

 

 2階にある部屋の一室。

 玄関までは少し遠い。

 少年は、こんな時間にチャイムを鳴らす存在に思い当らなかった。

 

(無視しとけば、あきらめて消えるか……?)

 

 無視を決め込んだ。

 時間が解決するだろう。

 そう考えてしばらくたった時、再び、音が鳴った。

 

――ピン。

 

………………。

 

――ポーーーーーーン。

 

 ピンで肩が跳ねて、ポーーーンでイラっとした。

 

「どうやってんの!?」

 

 チャイムを押し込んで、しばらくしてから離したのであろうか。

 電子式(インターホン付き)のチャイムで遅延させるなんて、なんてニッチな技術なのだろう。

 

(ピンポンダッシュの玄人か……?)

 

 少年の頭の中に、馬鹿な考えがよぎったとき、それは起きた。

 

――ピンポーン(ピンポーン×37)

 

 除夜の鐘のような、エコーの響く電子音が部屋中に響き渡った。

 

(明らかにおかしい……。まさか、元の世界じゃないところに来てしまったのか……? いや、落ち着け。異世界の魔法があれば、大丈夫だ。俺はやり直すんだ)

 

 ホラー世界に帰ってきてしまったのだろうか。少年の心臓の鼓動がはやまった。大丈夫だと、自分に言い聞かせると玄関の戸を開けることを決めた。

 

 廊下の照明は付かなかった。

 そういえば、部屋の電気もついていなかったのではないか。そのことに気付いたとき、少年のこめかみに一筋の汗が流れた。

 

 インターホン越しではなく、直接ドアを開けることにした。

 

(やばい奴だった時は、殺して消せばいい……。女だったら楽しんでからにするか)

 

 少年は異世界脳筋式に言い訳すると、玄関の戸に手を掛けた。

 長い異世界生活が、少年のモラルを蝕んでいた。

 

 チェーンは外さずに、玄関をゆっくりと押した。錆び付いた音を立てて扉が開いていく。

 

(魔法を当てるにしても直接がいい)

 

「だ、どなたですか?」

 

 少々どもって日本語を話す少年の前には、暗い夜道の虚空が広がっていた。

 何故か街灯も付いていない。思えば、星明りもなかったのではないか――。

 

「い、いない? 光源魔法(ライト)

(見られても記憶を消せばいい)

 

 安易に魔法を使った少年の目には、表情をごっそりと落とした人形の顔が写った。

 

「うわああああああ!」

「ひゃあああああああ! ヒャッハハハハ! 黒だ!!!」

 

「光源魔法だけじゃん。冗談でしょ?」

 

 タイル貼りの玄関へ尻もちをついた少年の視線に、一瞬だけ紫色の髪の毛が躍った。

 

「だ、誰だ!? 昏睡魔法(デッドスリープ)!!」

 

「………」

 

「ほらな」

 

 少年は、異世界で対人魔法の、睡眠を強制する魔法を重用していた。

 異世界に召喚された当時、この世界で培った良心が、異世界であっても人を殺すことをよしとしていなかったからだ。

 しかし、最期に至っては、眠らせた相手を殺したり犯していたりと、歪んでしまった性根はここに至っても発揮された。

 

 少年の知らないうちに、本音を暴く霧が出ていた。

 

「……女だ。く、くくく。もういい。もういいんだ、へへ」

 

 ばれなければいい。

 異世界から少年が持ち帰ったものは、あまりにも大きな代償を払うことになった。

 

――攻勢 そ んざい です。

――排除 を 提案 します。

 

「わかってるっての」

 

「犯してもばれなければいいんだってよ。ヒャハハ。筋金入りだぜ」

 

 人形の声が響いた直後。

 鋼鉄製の扉が内側にはじけ飛んで、少年が座り込んだ横を回転しながら飛んで行った。

 

 反射的に少年は驚異的な身体能力を発揮し、狭い廊下でバック宙した。

 回転と同時に、隠し持っていた装備を展開させていく。

 異世界で受けた体験が、最強の相手をイメージさせた。

 

《体力強化》

《筋力強化》

《魔力増強》

《限界突破》

 

 聖邪剣。

 星降る板金鎧。

 魔法を弾く音無の外套。

 七歩一歩の戦闘靴。

 

 足先が床に着く前。

 扉が階段に刺さりバカみたいな音を奏でたとき、最強の装備を展開した少年の額へ、紫の少女の指が触れた。

 少年からは蠱惑的な少女が眼の前に突然現れたように見え、硬直した。

 

「え?」

 

「とりあえず。収容所に送るわよ」

 

「あーあ。またオーバーキルだ。ヒャハ」

 

 高まった魔法の力が、指先から放たれた。

 少年の記憶はそこで終わっている。

 

 

 

 

 

 夕刻。

 息の詰まるような事務室の一角で、先の紫の少女が、バリバリのキャリアウーマンのような女に 叱責されていた。

 

「はぁ。また、倒壊……。えぇ、3棟!? なんで手加減しないの!? いい加減にしてほしいんだけど?」

 

「しかし長官殿。相手は異界帰還者(カテゴリーB)です。手加減して勝てる相手ではありません」

 

 パイプ椅子に居直った少女は、キリッとした表情で答えた。

 

異能相克(バリアブル)が何言ってんだ!? 殺すぞおまえ!?」

 

(だからこそなのだが……。というか、何でめかし込んでるんだ?)

 

 長官と呼ばれた女が、ヒステリック気味に机を叩いた。ポニーテールに括った柔らかそうな茶髪の髪が揺れた。

 

 その時、少女は揺れる机の上に雑誌を目聡く見つけた。

 

(ぁー、Z()exiesぅ)

 

 結婚できた! とか、幸せは作れる! とか、底辺層に対しては割とポジティブに嘘を吐く雑誌群だった。

 

「どこ見てんだ!」

 

 長官は悪びれなく視線をさまよわせる少女へ、再度声を荒げた。

 しかし、怒られた紫の少女の視線は、きつそうなボタンで止まった胸元で止まった。

 

「……」

(でっか。……人は何故もっと武器を使わないのか。Vivaワールド)

 

「聞いてんのか!?」

 

 乳をガン見し、この世の無常を嘆きながら称賛する少女の顔面に、雑に積まれていた書類が投げ飛ばされた。

 

 少しだけ正気に戻った紫の少女は、パワハラを物ともせずに、先の出来事を思い返した。

 

「いやぁ〜……あははは」

(一番弱い魔法だったんだけど……とは言いづらい)

 

 次元震を観測した時点で、緊急避難警報が付近の住民には発令される。

 理由はその時々だが、竜巻だったり地震予報の誤報だったり、Jアラートだったり、爆発物テロだったりした。今回の場合は、爆発物テロ。

 結論から言えば、全力で揉み消されるので、割と何をしてもナシよりのアリであった。

 

 防衛省 異界災害対策本部 先取秘匿防衛課 

 通称 DCP

 

 少女が所属する組織の日常の一幕だ。

 

(今回の件も、ヒステリックメガネ巨乳ポニテがなんとかするんだろう。大丈夫、大丈夫。でぇじょうぶだ、まだでけぇおっぱいがふたつある)

 

 書類の切れ端に包まれた少女は、高を括っていた。

 

 

 並行世界で目を覚まして6年。

 紫色の少女は、ここでキャリアを積んでいた。

 

 この世界に来た当時、並行世界に拉致された挙句、作られた身体へ押し込められていた。

 さらに、元の世界に帰れないと来た。

 

 研究所を制圧された勢いで、DCPに保護されて今日に至る。

 いや、保護されて、この世界を守る尖兵とされたのだ。

 しかし、身元の保証もなく、異世界で天涯孤独の身となった少女にとっては、DCPの申し出は渡りに船だった。

 

 所属するDCPの掲げる目標はわかりやすい。

 

『異世界からの侵略を阻止せよ。日本の文明を守れ』

 

 これに尽きた。

 

 異界帰還者(カテゴリーB)の連行に始まり、第一級異界災害(カテゴリーA)の制圧、他にも文化侵略を成しうる異界知識継承者(カテゴリーC)の討伐が主な任務となる。

 

 少女の作られた身体には、不思議な機能が備わっていた。

 異能相克(バリアブル)

 とある研究者によって付加されたものだった。

 少女の体に備わった異能の力というべき魔法の力が、相対する相手によって出力を変える、というものだった。

 つまり、相対する相手が強者であればある程、その力を増すというものだ。

 

 先に戦った異界帰還者(カテゴリーB)は、凄まじい力を有していたのだろう。

 少女の知る限りで最弱の魔法が、建物3棟を倒壊させ、さらには更地にしてしまったのだから。その力は推してしかるべきだった。

 

 

「あはは、じゃないわよ」

 

 その時、備え付けの固定電話が音を鳴らした。余計なボタンのないシンプルな電話だ。

 

「はい、霧島です。…………はい」

 

 茶髪の長官の意識が、電話に掛かり切りとなった。

 隙きを見つけた異能相克(バリアブル)と呼ばれた紫の少女は、家庭用コーヒーサーバーの方へスススゥと移動した。サブスクリプションサービスで購入できる赤いやつだった。

 

 ヴィィィイイイン、と重厚な音を立てて黒い液体を機械が吐き出した。

 

(良く見てなかったせいで、エスプレッソにしてしまった……まぁいっしょか)

 

 少女からは、電話は白熱したように見えた。

 

「この世界に魔法なんてのはない。……と?」

 

「彼女達は兵器ではありません!」

 

「それは……」

 

「わかりました……。指定の日時で伺います。失礼します」

 

 少女には、会話の内容はわからなかったが、茶髪の長官は更に上の役職の人間に無茶でも言われたのだろう、と当たりを付けた。

 

――この世界に魔法なんてない。

 

 最初の言葉がすべてを物語っていた。

 

 異能を持った所属の人員達は、ペット以上兵器未満。

 もっと言えば、機関が口利きしなければ戸籍すら存在しない闇の住人だ。

 政府からすれば、既存の兵器群に収まらない(爆薬や鉄の塊を持たない)、管理された肉の抑止力だった。

 

 更に、表向きには謎の庶務業を行う派遣人員という体で雇われていた。業務上、全国各地を飛び回るのだが、交通費すら支給されないことがザラにあった。

 

(ぉー、BLACKぅ……)

 

 ねっとりとした発音で小さく言いながら、少女はコーヒーを眺めた。

 自身の環境と揺れる水面を合わせた至高のギャグだった。

 

(まぁ、成り行き上しょうが無いけど)

 

 どうしょうもない過去を思い出し、棚へ背を預けて少々格好つけた少女は、デフォルメされた猫の載ったマグカップに口を付けた。

 

「にっっっっが!!」

 

 少女は吹き出した。

 

「うひゃ! 何やってんだお前!?」

 

 吹き出された不透明な液体は、放物線を描いて茶髪長官の白いワイシャツへ降り注いだ。

 

「ああぁぁ。染み抜き!? ああぁ、く、クリーニングしなきゃ……。はっ!? 間に合う!?」

 

「駄目みたいだなァ。今日のデートは諦めな。ヒャハ。チリも謝れ」

 

 混乱する茶髪の女に反応したように、不気味の谷に落ちた人形が起動した。遠隔操作で動く人形の、中の人が戻ってきたのだった。

 

「あちゃー……。ごめん、照ちゃん」

 

 紫の少女・塵子の謝罪を聞いた、茶髪の霧島照子は崩れ落ちた。

 

「あぁぁ。あちゃ〜じゃないわよぉぉぉ」

 

「ヒヒ。さっさと連絡して、多少の遅刻も許せない男なら諦めなァ」

 

「照ちゃん、あたしの服貸そうか?」

 

「そんな電波なの着られるか!!!」

 

 多少の罪悪感があったのだろう、塵子は服を貸そうと申し出たが、一瞬で棄却された。

 パツンパツンになった胸元を見たかっただけの、塵子の罠だった。

 

 

 これが、DCPに保護された少女の日常であった。

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