デミグラス・デッドコード   作:peg

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みのり

 真夏の都会(コンクリート)ジャングル。

 気温は既に過去最高気温の45度を突破し、地獄の様相となっていた。

 

「ねぇあの人」

 

「えっ、気まぐれ妖精!? ほんとに居たんだ」

 

「え、昨日九州居なかった? 本物のやつ?」

 

「一昨日は、静岡のローカル中継で凍ったミカン喰いながら河川敷歩いてたよ」

 

「俺もUPしたろ。よし、宝くじ買お」

 

 昼間に紫髪の塵子が街を歩くと、すぐさまその行動がネット上にアップされる。

 要するにひどく目立った。

 

(あっつぅ~。死ぬ。アイス食べよ……)

 

 しかしながら、普通の携帯端末を持たせてもらえない本人は、全く感知していなかった。

 

(なんで、電子マネー使ったらだめなの……。死ねよ。ポイ活させてぇ……。いや、待てよ……どっちかと言うと賢いインターネッツがしたい)

 

 にこにこ現金主義。

 時代に逆行し、給与も茶封筒で手渡しされる始末だ。

 交通系電子マネーも使用禁止だ。見つかると没収される。

 当然、口座を作ることも許されてなかった。

 

 深夜に全国間の瞬間移動を繰り返す、塵子についた仇名は気まぐれ妖精。

 流行を外した電波な格好と、彼女の蠱惑的な容姿が注目を集めていた。

 ネット上では、塵子を見つけてSNSへアップすると、宝くじが当たり、彼女が出来、夜に熟睡できるという都市伝説が、まことしやかに語られている。

 

 都市伝説のトリガーとなったミリオン動画には、電波美少女が痴漢やコンビニ強盗をジャーマンスープレックスで制圧している動画が、なぜか多数を占めていた。

 

 尚、そのことを小耳に挟んだ機関の上層部は頭を抱えていた。

 機関の切り札の一枚にして、地上最強生物に近しい異能相克(バリアブル)が、政府の情報操作を搔い潜ってなぜかネットでバズるという状況に。

 消すと増える。

 原因として、ネットの浄化作用を理解していないことも挙げられた。

 

 現在このことは、強すぎる能力の反動が要因として結論付けられている。いや、むしろ最初の2年で、八方に手を尽くした政府にそのように諦められていた。

 止めても勝手に流行る。

 要するに、ネットや社会生活から孤立させる以外に、科学的な面で手の打ちようがなかった。

 

 塵子が持たされている携帯端末は、流通しているスマートフォンに酷似しているが、内部のOSや通信で通じる先が一般と異なる。

 最も、端末自体は日本語の怪しいポンコツAIに牛耳られているので、塵子が操作できることは何もなかった。

 

「おほぉっ、シロクマあんじゃーん♪」

 

 ダイレクトマンゴーアイスと迷った末、都心では割とレアなフルーツてんこ盛りのバニラアイスを手に入れた塵子は、無駄に広い公園内の偉人像近くのベンチに座った。

 

 季節は8月上旬。木陰であっても40数度。

 もはや暑すぎて、やぶ蚊やセミは過去の遺物と化していた。

 コンクリートジャングルで生きていけるのは、二足歩行の動物と昆虫だけだ。

 

(ダニとかねぇ……。ぉー、tough ピーポーぉ)

 

 脳内で、熱中症で死にそうになりながらも働く人間をディスりながら、塵子は薄い木の匙で掬ったアイスを大口で頬張った。

 そんな塵子へ、背後から声をかける存在がいた。

 

「あなたが、異能相克(バリアブル)。塵子さん……、ですか?」

 

「あん? あんがももよ?」

 

 ベンチで仰け反り、縁から首だけを向けた塵子が言った。視界は逆転している。

 アイスクリーム頭痛で顔を歪ませた塵子は、木で出来た薄い匙の一部を噛み砕いた。まるで、野良猫のような威嚇だ。

 

「埋蔵文化財活用協会から出向してきました、源口みのりです。あとこれ。忘れ物です」

 

 黒髪の少女が略式の敬礼をした。

 埋蔵文化財活用協会はDCPの下部組織だ。

 表向きは防衛省に何の関わりもない、民間の考古学研究財団となっている。

 財団のヘルメットを被ったキャラが喋る標語は、Dig Commencement!(採掘開始)

 しかし、最初にワラワラと集まる割には現場であまり役に立たないので、塵子は密かにこの組織をダメーポ(DC)と呼んでいる。

 

 源口みのりと名乗った少女は、黒髪をストレートに伸ばした女学生の格好をしていた。中学生……。いや、十代後半に差し掛かりそうな、若々しさに溢れていた。

 顔はそこそこ整っており、塵子は、テレビ(公共放送)でごり押しされてもそこそこ熟せそうな印象を受けた。

 着ている制服は、改造する前の塵子の制服に酷似している。

 

 塵子の制服の魔改造は、政府からの指示だ。

 存在しない学校の制服を着ることによって、何となく世の中に紛れる予定であったが、先に論じた理由によって計画がご破算になった機関の意向だった。

 世の中には、恐ろしい制服フェチがいるという闇を、塵子を通して知った要職の人員は多かった。

 

(きっかりした恰好しちゃってぇ。優等生かな? たぶんこれは下着も白)

 

 頭痛に蝕まれ、一気食いした後悔に苛まれながらも、塵子は透けない制服をガン見した。

 碧のセーラー服を着たみのりが突き出したのは、事務所に放置してきた人形だった。親猫に咥えられた子猫のように、背中を摘ままれている。

 

「あ゛」

 

「チリ……。お前、わざと置いていったろ」

 

「ぇうぇへぇ。いたたたたた……。だって人肌の温度で暑いんですよぉ、御影さん。人形の素材をヒンヤリするペルチェ素子とかで出来ない? ん-へひふへしょ?」

 

「食うの止めて喋れよなァ」

 

 アイスクリーム頭痛に耐えながら、塵子はぐったりとした人形に問いかけた。

 

「ヒヒ。金払えるんならいいぞ♪ まぁ、電源入れて40万くらいでどうだ♬ 2、30キロは覚悟しろ」

 

「……。パパ活始めようかしら……。うーん、今の私なら玉ごと抜けるかな?」

 

 金額と重さはともかく、人形の暑さが嫌な塵子は想像を膨らませた。

 虚空をニギニギする塵子へ、不気味の谷に突っ込んだ人形が突っ込んだ。

 

「ヒャハハハ、精巣だけ引っこ抜かれたら一生腎虚だ。一生分()()()()()、貰えるもん貰えるかわからんだろ。……トラブルの臭いしかしないから、やめとけェ。そもそも、マッチングアプリ禁止どころかネット接続できないだろ、おまえ」

 

「……」

 

「そこはほら、立ちんぼで」

 

「捕まる……いや、その前にSNS蝿に集られるだろうなァ。お前の場合なァ」

 

 突然繰り広げられる、アングラな話題に委員長風のみのりは硬直した。

 

 死にかけの蝉爆弾が、高い木から突然数匹落ちてきた。

 

 憧れの存在のコレジャナイ姿に、なんとか言い訳を探して再起動するには時間がかかった。

 

 

 

 

「あーん……。みのりちゃんだったっけぇ?」

 

「はい」

 

 場所は移って、地域で普及率()の変わる良くあるファミレスの一角。

 ドリンクバーでカオスに混ぜた、茶色の何かをストローで汚く啜った塵子が問うた。

 

「なぁんで、DCPにきたの。というか、照ちゃんにちゃんと話したの?」

 

「……、てるちゃ……。霧島室長へのご挨拶は、既に済ませました。機関の上の者から話を通してあると、聞き及んでいます」

 

「肝心の私が何も聞いていない件」

 

「馬鹿なチリに言うわけないだろ。……チリは、ちょっとワードセンス古いよなぁ。隔離政策の弊害かァ?」

 

「チョベリバぁぁ。ペッ!」

 

「古すぎんだろ」

 

 塵子は新しく剝いたストローの袋を、ファミレスの机に居直る人形へ吹き、器用にぶち当てた。

 

「……、あなたは! この国で、類を見ない実績をお持ちと聞き及んでいます。いえ、日本一だと思ってます! 私も勉強させて頂きたく、今回立候補しました!」

 

「ヒャハ。こりゃぁ青いのが来たなァ♪」

 

「……」

 

 塵子と人形との絡みを清算するように、黒髪のみのりが声を高くした。

 

 人の少ない昼間のファミレス。

 声の高いみのりの声に反応した若いウェイトレスが、禁煙席へ顔を出した。

 しかし、目の合った塵子が手を振ると、ウェイトレスは注意せずに赤面して引っ込んだ。

 遠くに聞こえるシャッター音からして、多分ファンだった。

 

 頬杖をついた塵子は、ゲンナリとした表情に変わった。

 

「みのりちゃんさぁ。過去に何があったか、知らないけどさ。あたしは政府の奴隷よ? 神格視する(ファンになる)のやめときなぁ?」

 

「……貴女が解決した、富士樹海の第一級異界災害(カテゴリーA)。そこに私も居たんです」

 

「っスぅー……マジで……」

 

 空気が凍った。

 先ほどのみのりは、ヒーロー視されるべき個人の行動、言動が理解できずに硬直したが、もう片方は格好付けるはずだった個人の前で失言したことで硬直した。

 

 富士樹海の第一級異界災害(カテゴリーA)

 

 当時出て来たのは、かぐや姫伝説で出てくるような月の住人。

 端的に言えば、地球の科学技術を超過したSFオーバーパワーワールドだった。

 侵略初期で言えば異能相克(バリアブル)の発動しない、進んだ未来の平和的な技術だったのだが、女しかいない月の住人が謎のエロパワーを発揮して地球の男どもを乱獲し始めたことで、塵子の力が完全覚醒した。

 エロゲかよ。当時の塵子はそんなことを思っていた。

 

 塵子がDCPに所属しての初めての大事件だ。

 

 これは、異界とチャンネルの繋がってしまったこの世界の座標が引き起こす、自然災害に近しいカタストロフィーだった。

 実際のところ、何が起きるかわからない。

 収拾がつかなくなると、諸外国では隕石や核兵器で地形ごと消滅するため、表向きには秘密裏に建てられた原発の事故等と捉えられる事案だった。

 尚、富士樹海には原発等ないため、機関の人員や政治家の首を懸けて制圧が行われた。

 失敗すれば、おそらく富士山がなぜか噴火していただろう。

 

 第一級異界災害(カテゴリーA)で最大の問題とされるのは、異界からの知的存在の流出だ。

 諸外国では、途切れぬ補給(超火力)で異界を制圧し、刑務所を建設した例もあるようだが、理の違う異界特有の技術をこの世界の科学技術に落とし込めるのには、難航しているようだ。古典物理学すら適応できない事例もあるらしかった。

 秘匿された異世界の技術に触れ、安易に魔法に縋る国民が出てくると国家崩壊の憂き目に遭うことが予想されるため、こういった事はやはり秘密裏に行われていた。

 

 しかしながら、過去からの研鑽もあり、一部第一級異界災害(カテゴリーA)との共生に唯一成功しているのが日本だ。

 更にスパイ天国の日本は、国内にアングラな組織も多くあり、塵子の身体もなんやかんやあって、そのアングラな組織に作られたものだった。

 

 先ほどの話に戻るが。

 よくよく考えると、過去に救った少年少女の前で言ったのが、いうに事欠いてパパ活(売春)である。

 思い出した塵子は、瞬間湯沸かし器のように赤面した。

 

「さっきの話は、冗談だって分かってます。私達が必死に異世界と戦っている間に、平和を享受している普通の人たちに対する……。その、嫌なこと。とか、ですよね? 分かります」

 

 この言葉を聞いた塵子と、不気味の谷に落ちた人形を操る御影に電流が走った。

 

((この子。もしかしなくても、めっちゃいい子!))

 

 普通の人間を擁護しつつ、割と最適な正解を導き出した黒髪の少女に、ドストレートに言ってしまえば、結構年齢の行っている塵子と御影は戦慄した。

 

 

「みのりちゃんさぁ。能力(アビリティ)は、なんなの? あ、御影さんさぁ、照ちゃんに言っておいてよ」

 

「珍しく連れて行くのな? 俺も寝耳に水だったからなァ。ヒャハ、霧島のやつ。絞っとくぜ。起業2年の事業主とのデート。失敗したらしいけどなぁ。ヒャハハハハハ」

 

 この人形を操っている御影という人物と、上官っぽい霧島の力関係は、塵子にも良く分かっていなかった。

 

「コーヒーぶっかけた私が言うのはなんだけど。ご愁傷様。でもさ……ここ2年って、なんか怖くない?」

 

「閑処に送られたステータス(出世欲)モンスターには、お似合いじゃねぇの? 気まぐれ妖精の面目躍如だなァ」

 

「なんだそれ」

 

 二人の会話を尻目に、みのりは安いコーヒーを一口含んだ後、髪をかきあげて話し始めた。

 

「私の能力(アビリティ)は、確率偏在って名前を付けられていました。任意の事象を引き出せると……。私にも思い当ることはあるんですが……。説明できる程、良く分かってません」

 

「うーーーーん? ぅん?」

 

 ストローを咥えたまま腕組みをした塵子は、考え込んで仕切りのすりガラスに頭をぶつけた。

 

「ヒヒ。足りねぇ頭使ってんじゃねぇよ」

 

「うっさい」

 

 咳払いをした塵子は、みのりへ問いかけた。

 

「あーそうそう。で? みのりちゃんはぁ、魔法は使えるのかな?? ん???」

 

(こいつ、露骨にマウント取りに入りやがった)

 

「いえ、使えません。第2種使用許可証(ライセンス)しかありませんから」

 

「あぁぁ、そうなのぉ。ほーぉん。勉強して帰るといいよぉ♫」

 

「えぇ。そうさせて頂きたいです。それと、以降はこれを使うつもりです。見てください!」

 

 黒い学生カバンから、無駄に自信満々のみのりが取り出したのは、黒光りする金属の塊だった。

 ゴトリと重たい音を立てて机がきしんだ。

 流線形の形をしたサイバーパンク仕様の銃だった。ところどころに、赤と青の霊脈的何か(レイライン)やプラズマが走っている。

 異世界由来の物だ。しかも、件の富士樹海からの出土品である。

 

「うぅん? 第2種ライセ……? ――は!?」

 

(!?!?)

 

 御影の人形が覗き込んだ変な角度で停止し、塵子の背中を冷や汗がドッと流れた。

 塵子は不審者のようにキョロキョロと監視カメラや店員の姿を探したあと、両手をバタつかせて言った。

 

「ちょちょちょ、ちょっと。直して直して。分かったから直して。違う、戻す戻すよぉ。消される。消されるから」

 

「え? あ、はい」

 

(こいつ天然かァ……?)

 

 異世界秘匿の理念から全力逆行する行為に、人形の御影は呆れた。

 みのりは、塵子を前に少し舞い上がっていただけだったが、二人からの第一印象がド天然娘へと定まった瞬間だった。

 

 机に崩れ落ちた塵子は、御影に猫なで声を飛ばした。

 

「御影さぁん……」

 

「そんな声出すな。誰も見てなかったからセーフにしといてやる」

 

「あっぶねぇ。……ただでさえ少ない給料減るとこだった!」

 

「ヒヒ。気をつけなァ」

 

 

――じげん しん を 一件 確認 しました。

――付近 の D・C・P は 速やか に かくにん を お願いします。

 

 

 塵子のくそったれなポンコツAIが、古いゲームの効果音のような場違いな電子音で着信音を知らせ、一方的に語り掛けてきた。

 

「あー、っと。なんで1UPみたいな音だしてんだ……?」

 

 端末の裏側を確認する塵子は、側から見ると機械音痴少女に見えた。

 

「早速だなァ。どこだい?」

 

「向かいのビルかなぁ」

 

「私! 見てきます!!」

 

「あちょっとぉ! 会計もしなきゃでしょ!?」

 

 黒髪を靡かせて、みのりは駆け出した。レジの自動会計機で支払いまで済ませると、あっという間に出て行ってしまった。

 

「んんー張り切ってんねぇ。というか、会計一瞬で終わるのかよ。あたしもあれほしい……」

 

「ヒヒ。後輩におごられてやんの。……感心してないで、さっさと追え」

 

 

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