雑居ビル。
そこには、良く分からない企業が
ファミリーレストランから飛び出して来たみのりは、黒髪をかきあげて、機関から支給されたばかりの黒い端末を前に困惑していた。
――ふきん の DCP は かく にんを おねがいしま ぁ す。
支給された端末のAIが全く役に立たないのだ。
「一体……どこに行けばいいんですか、これ……?」
――POINT45869.22584apt。
――DCP は かく にんを おねがいしま す。
――ひ なん アラート を 発令 し ます。
終いには、赤いアラートが画面上を滑るだけで、手動の操作も受け付けなくなった。
もはや、一般のスマホに標準搭載されているマップアプリを使った方が、幾分かマシだった。
「……」
みのりは役に立たない端末を仕舞った。
学習してない支給したてのAIは、全く信用できなかった。
これが民間企業であれば、独自のアルゴリズムで繰り返し学習して大本の情報と共有されるが、運の悪いことに日本の公共機関製だった。
ちなみに、ちゃんと
しかし、全くと言って良いほど使われていないみのりや塵子の関わるAIは、現状では恐ろしく幼稚だ。
(飛び出してきた手前、おめおめと戻れません。なんとしても手柄を上げないと……)
そんな考えの元、みのりは非常階段を駆け出した。
みのりが非常階段を登ると決めたとき、各階の非常階段へ続く扉の鍵は固く閉じていた。
みのりがDCPに出向出来た理由は、強制的な
過去にも塵子に師事した人間は多く居た。
塵子と同じ課の中にも数名見られる。
しかし、関わった9割程の人間は、塵子のぶっ飛んだ性格についていけず、下部組織へ出戻りする者達が多かった。
それが却って、
異界の痕跡に共振する古銭を導に、みのりは11階にあった扉を蹴破った。
階段を掛ける途中で非常ベルが鳴っており、中に居た人間達は既に居ない。
廊下を歩く途中、銃を取り出してカバンを隅へ投げた。
流線型デザインの黒い銃には、トリガーは疎か機械的な機構は見られなかった。銃と言うには、くの字に折れ曲がりすぎた武器を、みのりは握りしめた。
銃の紫電が照らす明かりを頼りに、オフィスに侵入していく。
(この匂い……オゾン……?)
消し忘れた有線放送が流れる中、空気が電流に焼かれる匂いを感じた。
一部、紙が燃えた匂いも混じっている様に思える。
(あの時もそうだった!)
みのりが思い出すのは、家族と行ったキャンプの苦い思い出。
当時のキャンプ場もこんな匂いが充満していた。
そして、一家の大黒柱が、天女のような女たちにあんなことやこんなことをされ。
目撃して衝撃を受けた家族たちは、事件の後、一家離散した。
雑然と区切られたパーテーションの間を転がるようにして、みのりは苦々しい匂いのもとを追った。
流行りの曲が流れる中、緊張が極限まで達したみのりは、自分の心音で頭が一杯になっていた。
少し離れた所で、書類が崩れる音が聞こえた。
視線を向ければ、倒れ込んだノートパソコンの明かりに照らされて、天井に影ができているのが見えた。
(人型!?
影はアフロめいた髪型をしており、不気味に揺れていた。
「ギェアゥア!!」
更には、まるでこの世の終わりのような、不気味な絶叫を上げた。
「く!?」
(こんなの、どう考えても普通じゃない! やるしか……!)
立ち上がったみのりは、因縁のある銃を構えた。
シリアルナンバーJDR-582-000-002-963-588。
みのりが埋蔵文化財活用協会から持ち出してきた、遺物の名前だ。
持ち主の生体エネルギーを吸い出した本体が、虚数領域に格納した刃を読み出して実体化させる兵器だった。
7本のオレンジ色に光る光子の刃が、みのりの背に実体化した。
「Fire!」
脳波コントロールだ。
意志を向けた方向へ、光る刃が回転しながら殺到し、高速で飛んでいく。
最後の1本が到達すると、射線上にあった衝立や机が、遅ればせながら斬られて崩れた。
視界が遮られた。
吹き上がったホコリが、視界を不鮮明にしてしまったようだった。
「……」
煙が晴れると、そこには。
無傷の塵子がいた。
「ちょっとぉ、大人しくしなって! ん? 遅かったねぇ」
右手で、暴れる異界からの到達物を拘束している。
全身に肉感のある触手を持った、ソフトボール大の化け物だった。
「え、は?」
(私をいつの間に越したの!? 剣はどうやって無効化したの!? ……流石、
みのりは驚いて固まった。
汗だくになりながらも、最速で来たはずだった。それを、あっという間に追い越してきたように感じる。
攻撃を何事もなかったように無視したのは、どうやったのか。みのりの理解は及ばなかった。
理由を聞けば、いつか真似できるようになるだろうか。
「い、いつの間に……?」
しかし、みのりの口からは、一つの質問しか出なかった。
「ヒャハ。まぁ、憧れるのは分かるんだが……。スパイ映画やってんじゃねぇーんだぞ。次からは、遊んでないでさっさと登れェ」
「まぁ、エレベーター。ガッツリ動いてるからねぇ」
「……」
塵子が親指で指差す先で、ポ~ンと軽い音を出して扉が開いた。
みのりは顔が引き攣るのを感じた。
◇
顛末はこうだ。
時間は、みのりが店を飛び出していったところへと遡る。
「あれ、居ないねぇ?」
紫髪の髪を銀色の髪飾りで結った塵子は、不気味の谷に落ちた人形の御影を肩に乗せて店を出た。
「ヒヒ。お前がもたついてるからだ」
ファミレスを飛び出した塵子は、特に携帯端末を見ることもなく、間髪入れずに雑居ビルに正面から突っ込んだ。
避難警報音が鳴る中、人波を逆行していく。
電波な服を着た蠱惑的な女学生。
比較的マトモなモラルをしている大人なら、制止するだろう。
やはり、ここにも塵子の腕をつかむ存在がいた。
「お嬢ちゃん! 逃げないと不味いよ!」
「きゃーーー! この人痴漢です!」
「……」
塵子は、大声量で叫んだ。
尚、止められる場合もあるが、塵子はこれで大体回避できることを知っていた。
微妙な空気になり、同僚の女性から白い目で見られながら、立派な男性は走り去った。
キラリと光ったのは、彼の良心の欠片だったのかもしれない。
周りから関わったらやべぇ奴認定された塵子は、それ以上の妨害を受けることなく無事にエレベーターホールまで辿り着いた。
階層案内をする機械音声が鳴る中、塵子はエレベーターに乗り込んだ。
「やれやれ」
「お前最低だなァ」
「どこがよ?」
「やれやれ。……だなァ」
御影はひっそりと、世の中の良心へ祈りをささげた。
11階は電灯が消えており、非常灯の灯りと閉じられた縦型ブラインドから漏れる明かりが唯一の光源だった。
「ヒヒ。魔法使わねェの?」
「もし、逃げ遅れた人がいたら……」
「居たら?」
「あたしの給料が減るから。使わん!」
「ヒヒ。言うと思ったぜ」
塵子のアホ毛がひょこひょこと動いた。
長年の感覚からして、ここに現れそうなのは小物だった。
ずんずんと、オフィスの中を歩いていくと一つのノートパソコンに行き当たった。
画面では、サボリーマンがひっそりと行っていたゲームが、召喚エフェクトのままフリーズしていた。
「あちゃ~、またこれかぁ」
「チッ。報告あげてるのに、上は何してんだ……」
特定のゲームの特定のイベント。
そこに日時が噛むと、異界と座標が繋がる場合があった。
「とりあえず、シャットダウンさせてぇ。えっと、……フリーズしてる時ってどうするんだっけ……」
「電源だ。電源」
「でんげん、電源」
電源を探す塵子の前のノートパソコンが突然暴れ出して、机から落ちた。
「……何もしてないのに! パソコンが壊れた! 何もしてないのに!」
「ヒヒ。これがほんとの、ってやつだな」
塵子は刺激しないように、ヒソヒソ声で器用に叫んだ。
その時、ショートした音を立てて、黒い塊が画面から飛び出して来た。
「ほっ!」
「ギェアゥア!!」
余裕を持って塵子が右手で捕まえたのは、もじゃもじゃとした触手を生やした異界産の原生生物だった。
「これいつか、マジでヤバイ奴来るんじ……ん?」
召喚
「Fire!」
少女の声が響いた。
パーテションを突き破って高速で飛んでくる刃を、左腕一本で打ち払っていく。6本打ち払った後、時間差で飛んできた最後の一本を弾いた。キラキラと、どこかで見たことのある光子が散った。
「あれ、これって……。って、おちちち暴れない! ちょっとぉ、大人しくしなって! ん? 遅かったねぇ」
塵子は、恐怖で暴れまわる原生生物をなだめながら、瞠目して固まるみのりを見つけたのだった。
◆
西日が差し込み、白ワイシャツの上を茶髪が揺れた。
「あっははははははは!」
陰気な事務所に、霧島照子の陽気な笑い声が響いた。
「照ちゃん、笑いすぎだよぉ。可愛そうじゃん」
「だって、あはははは」
「ヒヒ。まぁ、笑われとけよ。こういうのは、転べるうちに、転んでおいた方がいいんだよ」
顛末を面白可笑しく話した御影のせいだった。
渦中の当人は、パイプ椅子の上で小さくなっている。当然、涙目で顔が真っ赤になっていた。
独断専行した挙げ句、肝心の現場に遅れ、更にはフレンドリーファイア。オフィスの備品もいくつか壊してしまっていた。
フレンドリーファイアの相手が、塵子でなかったら、大惨事になっていただろう。塵子本人は、全く気にしていなかったが。
「あははは! やっぱり、転びまくってるやつは言うことが違うねぇ! ぶはははは!」
「あ? 鼻鳴らして笑ってんじゃねぇぞ、豚」
笑い上戸の照子が、御影にちょっかいを出した。
「うわ。また始まったし……」
「その年でおにんぎょうあそびですかぁ~? あはははは!」
「独り身で楽しそうな奴はいいなァ! あ~でもぉテレワーク最高♫」
「あー! お前!! それ言ったら……戦争だろうがッ!!」
御影は口喧嘩に付き合う気が無い様で、あっさりと切り札を切った。
御影はああ見えて、2人の子持ちだ。日々子育てをしながら、異世界と戦うママだった。
「いいんですか? あれ、止めなくて」
「いいのいいの。いつものことだから」
塵子とみのりの視線の先では、いい年した大人が人形とじゃれていた。若干ホラーが入っているが……。
「あとぉ、はいこれ!」
塵子は縮こまっているみのりへ、一枚の書類を差し出した。
「なんですか、これ? え゛!?」
「そん……な」
みのりはフリーズして紙を落とした。
みのりの固まった手に棒アイスを差し込むと、塵子は言った。
「そりゃそうだよ。隠ぺい工作大変なんだからぁ。ってか、あんだけ盛大にブッパして、お給料引かれなかっただけマシなんだよぉ? あと、ふふん、保険に入っておいた方がいいよぉ」
最後に訳知り顔でそう締めくくった。