デミグラス・デッドコード   作:peg

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訓練

(あの異能相克(バリアブル)に、手ずから指導してもらえるなんて!)

 

 その思いとは裏腹に、みのりは剥き出しの太いコンクリートの柱に隠れた。膝や肘に簡易的なプロテクターを着けていたが、それ以外は普段の碧色のセーラー服のままだった。

 

 少し癖の付いた紫髪が二房揺れた。

 銀色の髪留めで結われた塵子の髪だ。

 

「破裂した液体が炎上すると思えコラァ!」

 

 碧色のセーラー服を魔改造した電波な服を着た塵子が、楽しそうに吠えながら水風船を発射した。

 反響した声が響く中、相対するみのりが必死な形相で、何故か反射して飛んできた水風船を避けた。

 

 場所は事務所のあるビルの地下。

 窓のない無機質な訓練室だった。

 障害物はなく、建物を支える太い柱以外は、剥き出しのコンクリートだけが視界に入った。

 

「くっ! うっ!」

 

 塵子が手に持っているのは、水風船を高速で連射する水風船ランチャーだった。太いホースに繋がれており、毎秒3発ほど手のひら大の水風船が発射されていた。

 

 高速で迫る水風船を、黒髪を翻しながらみのりは避け続ける。

 

 次の柱へ。

 回転、側転、バック転。

 アクロバティックな動きを、みのりは繰り返した。

 

 訓練に必死なみのりだったが、

 

「ヒャッハー!」

 

(パンツの見える美少女を、水風船で撃つゲームだ!!!)

 

 対する塵子の頭の中には、ポップな文字の効果音が広がっていた。いやむしろ、チラリチラリと覗く下着に、めちゃくちゃ興奮していた。

 

(たのしい!)

 

(なんてスパルタ! これが異能相克(バリアブル)……!)

 

 同じ訓練を行う二人の心は、早くも空中分解していた。

 

 そんな中、みのりに避けきれない量の水風船が殺到した。

 いつの間にか二丁持ちになった塵子が、調子に乗って連射し始めたからだ。

 

(!?)

 

障壁魔法(シールド)!!」

 

「おっ、いいねぇ! その調子その調子♫」

 

 みのりの張った障壁魔法(シールド)は、立体的な菱形をしていて、半透明に向こうが透けて見えた。

 形成した盾から手を離しているのに伝わる衝撃。

 みのりは、破裂する水風船の威力に改めて慄いた。

 

「くぅぅ」

 

 みのりは、障壁魔法(シールド)を水風船が飛んでくる方に放ると、稼いだ時間で柱へ隠れた。

 形成する意識が外れた盾は、空中に溶けるように消えた。

 

「おぉ! やるね!」

 

「はあ……はぁ……」

 

 みのりは、塵子から受けた障壁魔法(シールド)の説明を思い出した。

 

『頑張れば、ぜっっっっったい割れない』

 

 そう言って、腕組みした塵子の姿を思い出して。

 

「……」

 

 そして、苦い顔になった。

 説明が雑すぎてよく分からなかった。

 

 異世界由来の技術、魔法。

 障壁魔法(シールド)は任意の方向に壁を作る魔法だ。形も自在であるが、性格に寄って形成しやすい形は異なる。

 みのりの場合は立体的な菱形。

 お手本を見せた塵子は、なんとも弱そうな全身を覆う卵型の盾だった。

 

 先日停止されてしまった、みのりの第二種使用許可証(ライセンス)

 その補填のための訓練だ。

 

 第一種異界技能使用許可証(ライセンス)

 魔法技能の使用許可証だ。

 その仮免許取得に向けて、みのりは塵子と訓練を行っていた。

 仮免は、特定のプログラムに則った師匠が付くことで発行される場合がある。

 この場合は、塵子がそれにあたった。

 

 実は抜け道にもなっており、仮免であれば、戸籍抹消の憂き目に合うこともない。

 ただし、政府から要注意人物としてマークされるが。

 

『みのりも反撃しろ』

 

「あははは!」

 

 トリガーハッピーとなっている塵子には聞こえていなかったが、事務所でこの訓練所をモニターしている霧島照子の声が響いた。

 

「はぁ……はぁ……。ん」

 

 息を整えて力を溜めたみのりは、低い姿勢で這うような姿勢で駆け出した。

 飛び出した柱から、距離にして駆け足6歩半。

 みのりの脚で、ほんの一瞬の距離だった。

 

「よっしゃー!! そこだぁ!!」

 

「ふっ。障壁魔法(シールド)!!」

 

 短く息を切ったみのりは、右手を伸ばして進行方向に盾を形成した。楽しそうにしつつも注視していた塵子からは、無理やり押し通るかに思えた。

 

「甘いぞ♬」

 

「はぁっ!」

 

 しかし、みのりは左右にステップを踏むと、飛んで来る水風船を巻き込むように菱形の盾を振り回した。

 

(有効形成範囲から離れても、『頑張れば』消えにくい!)

 

 先ほど塵子の残念な説明を思い出したみのりは、既に数回だけ使った障壁魔法(シールド)の性質を理解し始めていた。

 

「ん!?」

 

 塵子は驚愕した。

 今日初めて、障壁魔法(シールド)を使ったひよっこに接近を許したからだ。

 更に、連打される水風船に対して、みのりは盾を投げた。

 

「だからぁ。それじゃ、消えちゃうって」

 

 勢いの乗った盾は、当たる水風船の力に負けて途中で失速した。

 

(あれ!? 消えない!?)

 

 飛んで来る盾に注意を取られた塵子は、みのりを意識から外してしまった。

 脇から再加速したみのりが、塵子へ迫る。

 役目を果たした盾が、溶けるように消えた。

 

「はぁっ!!」

 

 音が鳴るほど左足を踏み込んだ、みのりの気合一閃。

 盾に気を取られていた塵子は、みのりから突き上げるような蹴撃を受けた。

 

「うわぁっ!?」

 

 仰け反るように辛うじて避けた塵子だったが、右手の水鉄砲が飛んで行ってしまった。

 

「えぇ!? 足はっや!?」

 

 驚くのも束の間、みのりからリズムの良いワンツーパンチが飛んで来る。

 

「はっ、ふっ!」

 

「あちょ、ちょ、ま」

 

 必死な表情で塵子は避けた。

 

『ヒャハハハ。だっせぇ、やられそうになってるじゃねーか』

 

 その状況を御影に煽られた。

 眉間に血管の浮いた塵子は、銃に繋がったホースを振り回してみのりから距離を取った。

 

「はぁ? やられてないしぃ。みのりちゃんは、私の胸を借りるつもりで、もっとどーんと来なさい」

 

 御影の言葉に、煽り耐性ほぼ0な塵子は、無関係なみのりにイキリ散らした。

 

「……分かりました。胸をお借りします。……ここに来るにあたって、事前訓練は受けています。行きます!」

 

「え? 何の訓練?」

 

 不意に塵子の視界から消えたみのりが、しゃがみ込んだ姿勢から、塵子が持つ残りの水風船ランチャーを蹴飛ばした。

 塵子の視界では、地面スレスレで仰け反るように、ブリッジしたみのりのパンツが映った。

 

 謎の技術で距離を詰めたみのりの動きに、塵子は理解が及ばなかった。

 丸腰となった塵子は慌てた。

 

「えぇ!? うわぁっ。あちょ、たんま! たんま!」

 

「ふっ!」

 

 みのりはバネのように起き上がり、再度塵子に迫った。

 

 そのまま涼しい顔で二撃三撃と、拳を振るうみのりに対して、塵子は必死の形相で避けた。

 しかし――。

 

「そげぶっ」

 

 フェイントを躱した先。

 飛び跳ねたみのりが放った本命の正拳突きが、顔面に突き刺さり、塵子は鼻血を撒き散らしながら倒れた。

 

「え? えーっと……?」

 

『あははは! 見た? だっさ』

 

『ヒャハハハ。おいちゃんと撮ったか? 漫画みてぇな鼻血でたぞ』

 

 天井に着いたスピーカーから、霧島照子と御影の楽しそうな声が聞こえる。そんな中、みのりは鼻血を吹いて気絶した先輩の前で立ち尽くした。

 

「いや、あの……」

 

 外れたホースから流れる水が、床で痙攣する塵子の鼻血を広げていった。

 

 

 

 

 

 

 ずぶ濡れになった服を着替えた二人は、ベンチに座っていた。支給された水色のダサいジャージは、意外と着心地が良かった。

 

「いちちちち」

 

「あの。大丈夫ですか?」

 

「あはは……大丈夫大丈夫ぅ。はぁ」

 

 場所はロッカーの立ち並ぶ更衣室。

 プラスチック製のベンチに座った塵子は、腫れた鼻を作った原因のみのりから、治療を受けているのだった。

 

「まぁ、偶にはいい薬なんじゃねぇの? ヒヒ。ちゃんと訓練しろって、いつも言ってんだけどな」

 

 ベンチの脇には、いつの間にか移動してきた御影の不気味な人形が座っていた。

 

「やってますよぉ。それに……いざとなったら、御影さんが守ってくださいよ」

 

「ヒヒ。俺は監視役だぜ」

 

「ぶーぶー」

 

 鼻にティッシュを詰め込んだ塵子は、ブーイングを繰り返した。

 

「あの……なんで、あの時の動きをしなかったんですか?」

 

 みのりの言うあの時とは、先日のビルでの動きのことだった。

 

 一瞬で大型の事務用品ごと細切れに切り刻む光子の刃を、塵子は左手一本で打ち払った。

 

 塵子がそれほどまでに強いと、みのりは思い込んでいた。

 

「ヒヒ。お前の考えていそうなことは……。まァ半分正解ってとこだろうなァ」

 

 御影は何と伝えたものかと悩んだ。

 

「半分?」

 

「あァ」

 

 二人が塵子を横目で見やると。

 塵子は鼻に詰めたティッシュを抜き、噴き出る血に再び新しいティッシュで栓をしていた。

 

「ぁー……。血ぃ止まんねぇ」

 

「……」

 

「……」

 

 顔を見合わせた人形とみのりは、話の続きへ戻った。

 

「こいつが強いのは、異能限定だ。異能をほとんど使わない戦いでは……。身体能力自体は、一般人とそう大差ないのさ」

 

「それで……」

 

 物理に弱い。

 それは、異能相克(バリアブル)の名前が独り歩きしている塵子にとって、大きなハンディキャップとなってい……ることもあった。

 

「特に拳銃なんかで撃たれたら、割とヤベェかもな」

 

「そもそも、普通の人間も死ぬのでは……?」

 

「ヒャハハ! ちがいねェ!」

 

 不気味な人形が、ベンチの上で笑い転げた。

 

 

 

 

 

 

 塵子の鼻血が収まり、一息ついたところで事務所へ戻ることになった。服装はダサいジャージのままだ。ジャージは二人の若い肉体の魅力に溶け込んでいた。

 

 狭苦しい階段を抜けて、事務所の扉へ差し掛かると、誰かの影が扉を開いて出て来た。

 堀の深い人種だった。

 

「あぁ! ジョニーさん!」

 

「Oh……ボンビーgirl!」

 

 扉から出て来た地黒の外国籍風の男が、鼻にティッシュを詰めた塵子の声に反応した。

 

「yes、yes。It was a eternal pleasure!!」

 

「What!?」

 

 扉を開け放ったままの姿勢のドレッドロックスの頭をした紺色のスーツ姿の男に、塵子が良く分からないテンションで絡んだ。

 まるで、塵子が持つ駄AIに支配された携帯端末のような、そんな応答だった。

 

「ヒヒ。ちなみに自分で何言ってるか、多分わかってねぇぞソイツ」

 

 御影の指摘で、塵子は恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

「いやぁ、アメリカ語とか。何回やっても、しゃべれないしぃ。えへへ、……練習してるんだけど」

 

「発音だけは、やたらネイティブなんだよなァ。意味わかってねェけど」

 

(そもそも英語です)

 

 みのりは心の中で冷静に突っ込んだ。

 もはや、何処から手を付けていいかわからない程、場はカオスな状況となっていた。

 

 ジョニーと呼ばれた人間は、日本人からすれば奇特な髪形に真っ赤なネクタイが映えていた。

 海外のエージェント。

 雰囲気を感じる姿に、みのりは息を飲んだ。

 

「帰るところを引き留めるつもりはなかったんだが……。もう一杯くらいコーヒーを飲んでいきなよ」

 

「Oh……。それでは、ご相伴に預からせていただきます」

 

 OL風に黒のパンツスーツを着こなした霧島照子の言葉に、ジョニーはあってるような、あってないような流暢な日本語で答えた。

 

 

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