LED照明ばかりが明るい事務所で、四人の人が応接間の椅子に腰掛けていた。
銀色の髪留めをした紫髪の塵子が、極めて真剣な表情をして呟いた。
「んーーー。いー……と、いんSPACE……? 麗しのマダム……。ピンクの昼下がり……異次元の……fly away」
「……。どこのエロ小説だ……」
塵子の上司であり、パンツスーツの姿をした霧島照子は、恥ずかしさから机に突っ伏すように頭を抱えた。雑に結んだ茶髪のポニーテールが、存在を主張して揺れた。
頬に指を当てた塵子は、ジョニーが持ってきたデータ……を打ち出した紙を見ていた。当然全て英文だ。良く分からない分析データも踊っていた。
本来、特殊な端末に送られるそれは、燃やすことを条件に紙で打ち出されていた。
これには理由があった。塵子の携帯端末に入っているAIが、部屋のムードにそぐわないエロティックな音楽を流し始めたので、制裁で靴箱の中に封じ込められていた為だ。
『お前は営巣行きだコラァ! シベリア送りだ!』
靴箱にAIが投げ込まれる際。
電源の切り方の分からない塵子へ、もはや誰もツッコミを入れなかった。
「そうデース。ズズッ」
コーヒーを啜った海外のエージェント、ジョニーが塵子の呟きを雑に肯定した。スーツの色は紺色でネクタイが赤かった。
「ヒヒ。汚ねーな」
「ノーノー。It's Japanese traditional style」
「馬鹿にしてんのか……?」
御影の不気味な人形が、汚くコーヒーを啜るジョニーへ突っ込みを入れたが、戦争も辞さない返答に白目を剥いた。
エージェントジョニーはこれを、ジャパニーズ煎茶スタイルと言って憚らなかった。
そんな中、ダサい水色のジャージに黒髪ロングが映える少女、源口みのりが端末から顔を上げた。
胸元には三原中と書かれていた。
廃校になった学園からの払い下げ品だった。
「
みのりは既に端末を使い熟し、要点だけAIに自動ピックさせていた。当然、翻訳も兼ねている。
「塵子。殆ど読めてないじゃない……」
みのりの声を聞いた照子は、ぼそぼそと評した。
「えへへ……。照ちゃん、後で読んで♪」
塵子は頭を掻いた。
「はいはい。……はぁ」
姿勢を正し、ため息を吐いた照子が、ジョニーへ視線を向けた。顎で話を促すと、カップを置いたジョニーが急に口早に語り始めた。
「国際窃盗団ピンクポッチーズが、この国に持ち込んだとの情報が入ってマース。奴らは、異世界由来の技術を使って盗みを行いマース。昔のジャパニーズアニメをリスペクトした格好をシていて、完全に痴女デース。ファンが多いデース。世界各国にいマース」
「ヒヒ。何処から突っ込めばいいんダ……?」
「ちなみに私もファンデース。推しは嘘つき
(だから早口だったのか……!)
ジョニーの話を聞いた4人に、しょうもない電流が走った。各国で扱いが異なるとはいえ、異界のプロがそれでいいのかと全員が思った。
「ちっ……」
(コイツ……めんどくさがりやがって)
「
「………………。……、…。……?」
照子の説明に、しばらく考えた塵子は、百面相した後にゆるキャラのような顔になった。目が頻りにもっと優しくと訴えていたが、照子は無視した。
「使われるとどうなるんですか……?」
「同次元接合だ。小規模には短い時間経過で戻る。……揺れ戻しの衝撃波は防げんがな」
「?」
塵子とみのりが、可愛らしく小首をかしげた。
「ふぅー……。その部分の空間そのものが折り畳まれて無くなる。そして、無くなっても次元の時間遷移のタイミングで、過去情報から複製されるらしい。具体的には……そうだな。塵子、紙を貸して」
「ん!」
英文の書かれたA4用紙を眼前に押し出した照子は、真ん中部分を3cm程裂き、分かれた2枚を合わせた。
「……。この英文みたいになる。みのり、読んでみろ」
「……間がないんじゃ、まともに読めないですよ?」
「それが日本で起きるんだよ。九州と北海道が陸続きになったりな。そして、無くなった場所を……我々は認識すらできん場合もある」
照子は破いた紙をピロピロと振った。
「その破れた紙が、再び間に割り込むで……衝撃波が起きると?」
「一応そう考えられているな」
聡いみのりは、照子の言いたいことを察した。
「ぅーん……? 照ちゃん。でもそれ、地球割れちゃうじゃん」
塵子は両手をハート型合わせて、上部を第二関節付近で重ねた。すると、固定していた親指が離れた。
何故か、塵子は過程をすっ飛ばして答えを導き出した。
「……。だから国際問題なんだよ」
カップ片手に胡散臭いピースをするジョニーを、照子は親指で指さした。
「なるほどぉ。把握♫」
「ぉ〜」
立ち上がって親指を立てる塵子に、みのりがパチパチ拍手した。
「はぁ……」
照子は頭痛がするように頭を抑えた。
「苦労してマースねー」
「ヒヒ。その胡散臭い喋り方やめろ。さっきまで普通に喋ってたじゃねェか」
照子へ憐れみの声を掛けたジョニーだったが、御影からついに言葉遣いへのツッコミが入った。
「あなたには負けマース」
ジョニーは軽やかに躱すと、塵子の方を向き直った。
「ところで、塵子サーンの借金は減りましたか? 無くなったらうちに来てくだサーイ。何もかもを用意しマース」
「アン? 減るわけねェダろう」
全く感情の籠もってない顔で、ジョニーが愉しげに言った。御影は完全に無視されていた。
数年前、塵子に初めてコンタクトを取ったジョニーは、引き抜きに接触していたのだった。
「塵子さん、借金してたんですか……?」
みのりが、おずおずとした調子で訊ねると、塵子は恥ずかし気に答えた。
「あ、ははは。私、入れる保険なくてさぁ……」
実のところ、
更に、元は様々な理由付きの高級取りなのだが、手元に残るのは地方中小企業の高卒事務員初任給レベルの手取りとなっていた。
尚、その負債額は、海外のエージェントが塵子を引き抜こうと接触して、顔を引き攣らせるレベルだ。
大きな金額が動くと、世間に晒されるリスクが上がってしまうため、引き抜きも通常は嫌がられる傾向があった。
もっとも、気まぐれ妖精として名が知られている塵子には、当てはまらない話であったが。
どの国でも行われている、
余談だが、これにはしょうもない理由が伴っていた。
「ヒヒ。保険の問題じゃねぇんだよ。俺が説明してやるよ」
「あー! 御影さん駄目だって! やめてぇー!?」
何処からともなく飛び出した天蚕糸で、抗議する塵子は椅子に縛り付けられた。
御影には、人の不幸を面白可笑しく話す悪癖があるのだ。
塵子一年目。
『おぉー♪ 給料すんげぇ貰えんじゃん! 影のエージェント最高かよぉ!! かぁー! 大事なもん失ったけど、この世界に来てよかったわぁ!!』
塵子二年目。
『別に建物ぶっ壊しても修理すればええやろ。いったれぇ!! ハァー!』
そして、塵子三年目。
『……。おうちかえう』
そこには、FXで全額溶かした顔の塵子が居た。
腕組みした御影の人形が、訳知り顔で塵子の変遷を語り終えた。
「ヒヒ。もみ消しやらなんやらで、結構金が飛ぶんだよナァ。もっと稼げよな」
「そうなんですね……。気を付けます」
「既に扉壊したり、小さいサーバー壊したりで結構査定マイナスになっているぜ? ヒャハハ」
「えっ!? お給料は引かれないんじゃ……?」
「んー。ヒヒ。給料じゃなくて評価かな」
「!?」
寝耳に水の話に、青い顔になったみのりは仰け反ってショックを受けた。
「御影さぁん」
これまでのことをみのりへ説明する監視役の御影に、塵子が媚びた声を出した。
「すり寄っても何も変わらねェぞ。俺は監視役だからな」
「チッ」
ヤンキーフェイスになった塵子は、唾を吐く勢いで舌打ちした。
隙きあらば交渉する。これは、他の
御影の場合は、塵子の破壊神ムーブから、ある程度のマージンを取っているため、譲歩には消極的だった。
「宴もたけなわデース。次の打ち合わせがあるので、帰らせて頂きます」
「引き留めてすまなかったな」
「ジョニーさんまたねぇ」
「Bye」
黒いサングラスを掛けて立ち上がったジョニーは、笑顔の塵子に手を降ると、
「海外の方って……あんな感じなんですね」
「ヒヒ。あれが特殊なだけだよ」
閉まったままの扉を見送った面々の間に、いつの間にか拘束を解いた塵子の柏手が響いた。
「はいはい! 皆様お待ちかねぇ。青コーナー、昭和堂のティラミスです! 出てこいやぁ!」
Canを連呼する出囃子の歌を歌いながら、変なテンションで回転して冷蔵庫の扉を開いた塵子は、厳重に梱包されたケーキを取り出した。
「(ビクッ)」
急な動きに、みのりの肩が跳ねた。
塵子が取り出した包み紙の表面には、封と御札が貼ってあった。
「ヒヒ。ジョニーにも食わせればよかったのになァ。卑しん坊め」
「興奮すると、また鼻血がでるぞ」
御影と照子の指摘に、塵子は封を開ける手を止めずに反論した。
「はぁ? 訓練のご褒美なんですぅ。動かないやつにはないんですぅ。鼻血はもう止まったんですぅ……って、あぁ!?」
塵子が包み紙を開けると、半分ほどが無くなっていた。
包み紙の裏には、
〈umm Tasty. Thank you チッソ〉
と、ココアで無駄に高度に書かれており、犯人が容易に想像できた。
「あぁんの、ティラミス野郎! 今度会ったらバニラビーンズで美味しい匂いにしてやる!!」
「どんな仕返しですか?」
三時のおやつを半分取られた塵子は、怒り心頭となり叫ぶのだった。
みのりは言っていることが良く分からず、何故か照子に聞いた。
「はぁ……」
カオス。
この事務所での日常だった。
◇
熱帯夜。
爆音を鳴らして鉄の箱が通過する高架下。
黒いコートの男が、影に佇んでいた。無精髭を生やし、縮れた髪が緩いアフロのようになっている。
異界から流出した種が流れ着き、それに目を付けた各国のアンダーグラウンドな組織が、挙って栽培している植物を抽出したものだった。乾燥させた粉末が、gあたり金の50倍は下らない謎の草だ。
「……フゥー。んで?」
男の吐き出し紫煙は、地面に吸い込まれるように沈んでいった。
陰気な男が声を掛けると、コンクリートから石の顔が浮き出た。
「んで? じゃねえよ。なんで取引場所を日本にした? MIBのいる本国よりも、ここは危険なんだぞ」
「知ってるよ」
「運び屋のアンタも焼きが回ったな。誰の依頼だ?」
もう一度、タバコを光らせた男は、紫煙を吐き出した。
吐き出された紫煙が、今度は空中で寄り集まると、スクロールする文字が現れた。
「読み辛っ。糞が。…………なに?」
表情豊かな石の顔が、文字を読んで眉根を寄せた。
「オレも脅されててな。下手には口に出せんよ」
「お前……?」
陰気な男と石の顔は、普段から良くつるむ運び屋と情報屋だった。
一瞬、近くを通った車の明かりで男の顔が照らされた。男の顔の右半分は、この世の文字ではない流動する赤い文字が蠢いている。
「……こりゃぁ、厄介なのに目をつけられたな。解呪は」
「必要ない。依頼を果たせばそれで終わりだ」
男は脇に置かれた銀のジェラルミンケースを手に取った。
「ナビが欲しい。一級の霊地に置いてこいとのお申し付けだ」
「チッ。……異界の連中は、どうしてそう雑なのかねぇ。GPSの座標で言ってくれないものか」
「知るかよ。教えるのに百年かかるだろ」
そんなやり取りのあと、石の顔が黒いカードケースを吐き出した。
「んべ」
「どうも」
吐き出されたものを拾った運び屋は、短くお礼を言うと闇に紛れた。
「
情報屋はそう言い残すと消えた。
そこには、いつもどおりの喧騒が広がっていた。