ソード・ダンジョン・ワールド2.5 作:魔剣(槍)ちゃん
誰も彼も、敗北と挫折を知って、強くなっていくんです。
逃れ得ぬ運命/それは遥か碧落の星
憧れは遠く、頂きは高く。
そして──世界は残酷だ。
『猛者』も『勇者』も、そして『剣姫』も。皆、この道を歩いた。そして己が求めるものへと旅を始めたのだ。
そんな始まりの道に似つかわしくない巨体が一つ、停滞した地下の空気を裂いて進む。爛々と輝く赤き双眸が前方に走るターゲットを掴んで離さない。
蹄が跡を残し、地を蹴り出す。逃げ惑う獲物を喰らわんと牛頭人体の怪物が冒険者を追い詰める。
「ベ、ル」
息も絶え絶えに男が空気を吐いた。纏う鎧と背負った槍が男の体力を容赦なく奪っていく。手放すわけにもいかない。あの一撃を防護点0でもらえば確実にあの世行きだ。
ベルと呼ばれた白髪の少年は歯を鳴らし、背後に迫る恐怖に顔を青ざめながら、視線で続きを促した。
「──止めるから、行け」
フロム・ヘルはその名に違わず、地獄の門をノックする覚悟を決めた。
急ブレーキに靴底が音を鳴らして地面が削れる。
戦慄を振り払うように右手で得物を握り、長い長い息を吐く。
セレナーデがミューズに付き合うと言っていたので、いつもは三人のところを本日限りベルと二人でパーティを組んだのだが、彼らはとんだ貧乏くじを引いてしまったようだ。
フロムの後ろで人の転がる音がする。
彼の判断に頭が追いつかなかったのか、ブレーキをかけきれなかったベルがつんのめって壁に衝突していた。
立ち上がった彼は叫んだ。悲愴な声で、涙ぐんでいた。
「無茶だ!」
「無茶でも!!!……やるんだ」
餌が二匹とも足を止めている。もうこの先に退路はない。その事実に牛頭がぐちゃりと口を歪めた。
逃げるのを諦め、逃げる先も失った獲物に何を焦る必要があるのか。
剥き出しの歯と細めた目が彼らの境遇を嘲笑ったように見えた。
「もって20秒、脇を抜けて逃げろ。頼むぞ」
「でも──ッ!!」
苦渋の決断だった。
二人揃って無様に屍を晒すくらいなら、一人が可能な限り敵を引き付け、もう一人が逃げた方がいい。
文句を言おうと駄々をこねようと、時間が長引くほどにミノタウロスの腹に収まる肉が増えるだけ。
そして、ヘイトを買うフロムには一応の──ただ生存する時間を少し伸ばす程度のものだが──秘策があった。
しかしベルの感情は理屈で納得することができない。
これがベターだと、これ以上ない策だと分かっていても、それでも。
「死は、避けられない」
脅威の足音が一歩、また一歩。
思わずベルはフロムを見た。震える唇が言葉を紡ぐ。
恐れを飲み、フロムも一歩前進する。
「僕も、ベルも、誰もその運命からは逃げられない」
ミノタウロスは嗤った。
この矮小な冒険者を、愚かにも自分に立ち向かおうとする冒険者を。
歯が立たないと分かっていながら挑む、その蛮勇を。
「だが──今じゃない」
敵わない──わかってる。
勝てっこない──わかってる。
死ぬかもしれない──承知の上だ。
それでも、と賽を投げること。
人はそれを──“冒険”と呼ぶのだろう。
ベルが涙を拭い走り出す。
同時、耳をつんざく咆哮と共にフロムへ放たれた右腕。まともに受ければ防具を通り越して肉体に穴が空く。
ライフで受ける選択肢はない。
一瞬が何十倍にも引き伸ばされ、脳内に走馬灯がチラついていく。
吸い込まれるかと思われたその攻撃は、恐ろしい風圧を伴ってフロムの左肩を掠めた。
回避が成功したのだ。
「らぁっ!」
幸運にもミノタウロスの一撃は回避することができた。
次は此方からだと、避けた勢いのままに引き込んだ戦旗槍を勢い良く前へ突き放つ。
槍はモンスターの脇腹に直進する。
今出せる最高の速度で、最短の距離で、突き穿つことはできなくとも、自分をほんの少しでも脅威とさえ認識させることができれば、それで良かった。
その切なる想いは、守りたいという願いは──レベルという壁を覆すに能わない。
想いだけで人間が逆境を乗り越えられるなら、今まで幾つの命が無駄になってきたのだろう。幾つの成功と勝利を積み重ねてこれただろう。
気合いとは詰めの一手にこそ力を発揮するが、そもそも力がないのでは話にならない。
地力の低さが災いし、幾つもの屍が今も尚
牛の鼻がせせら笑うように息を吐く。
どうだ、無駄だったろう。
お前の努力は、何の価値もなかったろう。
攻撃を外し、投げ出される身体。
叩き込むのにちょうどいい無防備な背中。
両手を握り、高く掲げ、ハンマーのように振り下ろす。
背骨が余さず粉砕され、人間が物言わぬ肉塊へと変貌する。
その刹那、フロムは口を開く。
視界が捻れる。あらゆるモノが鈍重に、世界を着色する色彩が急速に褪せていく。
程なくして中空に剣の形をした光が現れ、空間を薙ぎ払うように大きく振るわれた。
硝子が砕けるような音と共に世界は元の有り様を取り戻す。
ただ一つ、『槍が当たらなかった』因果を書き換えて。
ミノタウロスの脇腹へ戦旗槍は刺さった。
運命は変わった。槍は確かにモンスターを捉えた、一撃を加えたのだ。
しかし、それだけだ。
ただ、それだけだ。
力が足りない。
たった一撃で倒れるほど、モンスターはヤワではない。
『ウヴォオオオオオオオオオオオオッ!』
致命傷になど程遠いが、格下に傷をつけられたミノタウロスはご立腹だ。
乱雑に──されどLv.1には到底捉えきれない速度で──放たれた蹴りは力の抜けたフロムの身体を捉える。
鎧が砕け、骨の折れる嫌な音と共に血塗れの身体はピンボールのように何度も壁を跳ね回る。
そして、あろうことかまだ逃げている最中のベルの背中を追い越し、投げ捨てられたゴミのように力なく地面を転がり、動きを止めた。
「──ひ」
恐怖にベルの喉が詰まる。
死んでいるのかいないのかも分からないし、彼がそれを確かめている暇はない。
脈をとっている間に撲殺だ。
怖い。
逃げたい。
手が震え、足が竦む。
ものの数十秒で変貌した仲間の姿に、歯がガチガチと音を鳴らす。
強ばる身体が動きを阻み、おもむろに近づくミノタウロスを見つめることしかできない。
背後を見る。小さく指が動いていた。
『逃げろ』と、指が。なけなしの力を振り絞って。
「……逃げません」
悪寒は止まらない。
今すぐにだって胃の中の物全て吐き出してしまいそうだ。
石のように硬い身体は万全の10分の1すら力を出せないだろう。
命の危機を警告するように、鼓動は早鐘を鳴らしている。
でも、でも。
──それでも!!
ここは譲れない、そう心に火を灯し不格好にナイフを構える。
ベル・クラネルは有らん限りの力で叫んだ。
「逃げませんッ!僕は!」
決意と共に啖呵を切った、その
ミノタウロスの身体に銀の光が走り抜けたのは。
【
・フロムの保有するスキルの中で最も有用性のあるスキル。行為、攻撃威力、素材決定に対しての因果を書き換える→失敗を成功にすることができる。
・ただし書き換えられる範囲には限度があり、対象の達成値が高すぎる(例えばLv.1 vs Lv.7だと能力値に差がありすぎて無理)と効果は発揮されても結局意味はない。
・一回の行動(命中とか回避とか)に対して一回だけ発動できる。
・再行使に二十四時間の
ラストエリクサー症候群によくなる。
※モザイクかかるくらいには重症ですが、生死判定には成功しています。HPゼロで即死になるシステムだったら殿買って出たりはしなかったかもしれません。
さすがにこの惨状の中にセレナーデちゃん入れるのは可哀想だと思ったのでミューズちゃんとお出かけです。
ベル君には新しい覚悟が芽生えたことでしょう。
あ、これはまだフロム君のスキルが示唆する試練ではないです……。
あなたの性癖は?
-
①お辛い→幸せ
-
②幸せ→お辛い→ハッピー