職員室に同時に入った僕と“彼”は、不思議と眠気を感じてしまっていた。・・・おかしい。“彼”は夜型じゃないと思うし、眠気を感じるのはまだわかる。けど、僕は夜型で、1徹したとしてもギリギリ大丈夫な方だし、それに“彼”に会う前までは無茶苦茶寝ていたハズ。しかも体感的な話、完全に目醒めてから30分程度しか経過していない。だとしたら、これはなにかの無臭無色の薬品なのかと僕の脳裏に、ふと物騒な帰結が過ぎった。薬品であるとまだ確定していないとはいえ、もしそうなら目的がよくわからない。普通に警備用なら、警報を鳴らせば良いハズだ。薬品を用いた罠だなんて、もし過剰に吸引接種したら、個人差もあるだろうが、よくて病院行き、最悪の場合には「死」だからだ。厳重な軍事施設とかでならまだわかるが、学校でこんな罠を配備する必要はないハズだ。
「煌星・・・くん。」
ーーーバタン。
“彼”は何かを言おうとしたが、「くん」で丁度途切れてしまった。・・・マズイ。“彼”に気を取られたからか、眠気が強くなってしまってしまい、そのまま眠りについてしまった。
ーーー目が覚めた。1秒でも早く目醒め切りたいと思った僕は、目を擦っていた。目が醒めていくうち、僕は『エリーゼのために』の音色が変わっているのを感じた。ようやく目が醒め切った僕は、目の前の光景に驚愕した。そこには、ヨーロッパ風の建物や街灯が建っていて、かつそれは、ルネサンス期や近代に描かれた欧州諸国の油彩画に登場する街並みのようで、まるでタイムトラベルをしたかのようだ。さっきいた学校の夜よりも、実に神秘的だ。沈みかけの夕焼けが、街をさらに幻想的に彩っていて、眺め歩きをしたくなってしまうかのように美しい。だが、それらを眺め歩く前に・・・そばで寝ている“彼”を起こさなければ。
「起きてよ〜」
と何度も楽しく呼びかけても、“彼”は一向に起きない。かといって肩を揺らしたりするのも気が引けてしまうので、どうしたものか。とりあえず僕は、その場で足を伸ばして座り、“彼”の頭を優しく持ち上げて、膝に乗せてあげた。硬いコンクリやらレンガに寝かせたままでいるよりも、こっちの方がまだマシだと考えたからだ。こういうのには子守唄が一般的な感じだけど、選曲はどうしようかと悩んでしまう。子守唄に僕の好きな曲の『暗い日曜日』をチョイスするのも、純粋な“彼”には合わない。・・・いや、よく考えたら、『エリーゼのために』が流れているんだから、態々子守唄を歌う必要もないか。
ーーーそして何分経っただろうか。日が沈み、街を鮮やかに照らしているのは月光で、また別の美しさと幻想を感じさせる。近くにある時計台の短針と長針は、それぞれ、ラテン数字のVllとVlllの間と、Vl・・・戌の二つをピッタリに刻んでいた。ここがヨーロッパだと仮定すると、欧州諸国の大半は日本から約ー7時間の時差がある。つまりここはヨーロッパのどこかで、もしこの空間が、さっきいた学校と繋がっているなら・・・と考えながら、“彼”の頭を、気付かれぬよう、音楽に合わせて撫でようとしたが、その前に“彼”が、欠伸しながら腕を伸ばして目を覚ました。
「ふわ〜ぁ・・・おはよ〜。・・・ん?頭が少し暖かいような・・・」
「ご、ごめん!レンガの上で寝かせたくなかったから・・・」
「なんだ、そんなことかよ。お前優しいよな〜。俺のこと考えてくれたんだろ?寧ろ嬉しいよ」
と“彼”は優しい声色で言い、僕の頭を優しくポンポン叩きながら、続けて優しく撫でてくれた。寝起きだと言うのに、その手は暖かかった。月光とそれに漂うピアノの音色は、“彼”の優しさを優しく象徴していた。僕が弟なら、“彼”はお兄ちゃんって感じ。実際、僕より3つ上だし。
「それにしたって、ここはどこなんだ。見たところユーロピアンな感じで綺麗だよな」
「う〜ん、ここに特徴的な建造物とかあればいいけど・・・」
「とりあえず、歩いてみないか?」
「二人で散歩・・・いいよ!初めてのことだしさ!」
「俺も、君と散歩するのすげー楽しみにしてたんだ」
「やった〜、僕嬉しいな〜。じゃ、行こっか!」
ーーー歩き出して数百歩、庭園らしき広場に入った僕はその場で止まった。あの大きな建造物に、見覚えがあったからだ。いきなり立ち止まった僕を訝しんだのか、“彼”が聞いてきた。
「煌星くん、どうした?この建物に、なにかこの場所への手がかりがあったとか?」
「ここって・・・多分シェーンブルン宮殿だよ。かつてヨーロッパで猛威を奮い、“日の沈まぬ帝国”と呼ばれた“ハプスブルク家”の離宮の一つ・・・」
「よく知ってるなぁ・・・ハプスブルクは高校世界史からだったような気がするけどな」
「個人的に調べてた〜!
「発音良すぎだろお前」
彼は微笑みながらそう言った。僕は英検準2級を持っていて、単語の発音程度なら、意味と発音さえわかる限りは多少読めたりする。不思議なことに、さっき“彼”に撫でられたからか、例の“黒い霧”が少し晴れてきた。それに伴ってか、自分の記憶の断片がいつの間にか少し蘇った。
「だって2年前、君は英語の勉強を教えてくれた・・・そっから勉強に力を入れたんだ。それが僕にとっての一番の思い出なんだ」
「そうだったんだ・・・よく頑張ったな」
「そう言って貰えて、嬉しいよ。ありがとう。話を戻すけど、この宮殿はウィーンにあるんだ」
「ウィーンって、オーストリアの・・・首都だよな」
「その通り。俗称で“音楽の都”とも呼ばれているここは『エリーゼのために』の作曲者のベートーベンや、『怒りの日』で有名なモーツァルトなどの、世界的に有名な音楽家の活躍した場所で有名な場所だよ。そして、歴史的にはハプスブルク家の皇居、ホーフブルク宮殿があるところでもあるんだ」
僕は欧州史が好きだ。だからwikipediaとかで無茶苦茶調べてしまうんだ。僕は授業の内容はそこまで把握していないが、こういった知識だけはムダに蓄えている。“彼”は僕の小さな豆知識を興味津々と聞き、「ふむふむ」と言う様な感じでこう言ってきた。
「かなりすごい場所なんだなぁ・・・なるほど。そりゃ有名な訳だ。音楽や世界史の授業でイヤと言う程聞くけど、そういうことだったのか」
「ベートーベンやモーツァルトは超ド定番だもんね。それ以外だったら、ポーランドからショパンとか・・・」
「あ〜、聞いたことあるな。『幻想即興曲』で有名な・・・」
「ベートーベンやモーツァルトに次いで有名だよね〜!」
「そうそう。音楽の授業でよく流れるよな〜!ここで話すのもなんだし、中で休憩しようぜ」
深夜の宮殿に何があるのかと考えると実にワクワクしてしまう自分と、兄の様に自分をリードしてくれる“彼”が、庭園を歩き進める。次第に、建物は徐々に大きくなっていった。
今回も読んでくださり、ありがとうございました!次回もお楽しみに!
まだまだ初心者ですが、もし気にいったなれば、高評価をつけてくれたりするとすごく嬉しいです!
いつか本格的な小説を書ける様に頑張っていきます…!(応援よろしくお願いします!)