チート転生者様のことなんてぜんぜん好きじゃない異世界ハーレム   作:本間・O・キニー

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「プロポーズの言葉って、何が大事だと思う?」

 

 ハーレム王は、意味ありげな顔で尋ねてきた。

 ハーレム王とは言うものの、まだ若い男だ。金持ちにも見えない。こうして貸し切りの個室で高級そうなグラスを手にしているのが、少し不釣り合いにすら見える。

 きっと、ドアを隔てた隣、酒場のホールで飲んだくれていたとしても、誰も気にしない。そんな風情の男だった。

 だが、街の人々は確かに噂していたのだ。この男こそが、ハーレム王であると。

 

「恥ずかしながら、ずっと恋愛沙汰とは縁がなかったものですから」

「まあ、想像でいいから」

「そうですね。やはり自分がどれだけ相手を愛しているか、はっきりと伝えることでしょうか」

 

 正直、月並みすぎる答えかと思った。わざわざこんなことを聞いてくるのだから、もっと奇抜で、ウィットの利いた回答を期待されているのではないかと。

 しかし男は、どこか満足げにうんうんと頷いていた。

 ほっと胸を撫で下ろす。そんな私の様子を、男は優しい目で眺めてくる。

 

「でも、俺の最初の嫁はこう言ったんだ」

 

 そして、さらりとなんでもないことのように呟いた。

 

「『勘違いしないで。貴方のことなんて、ぜんぜん好きじゃないわ』ってね」

 

 若きハーレム王は、悲しげな顔でグラスを傾けた。

 

 

 

 この奇妙な男の噂を聞いたのは、ひと月ほど前のことだ。

 ある人は言った。生まれも育ちも明らかでない、突然現れた不審な男であると。

 ある人は言った。常識外れの戦闘能力で人々を救う、正義の味方であると。

 またある人は言った。美人嫁を三人も囲っているくせに、美しい女と見れば声をかける、けしからん男であると。

 

 それらの噂が混じり合い、まあ実際救われた人は多いからという声が多かった結果、彼は敬意を込めてハーレム王と呼ばれることになったらしい。

 

 そんな摩訶不思議な男の話を聞けば、誰だって興味を持つだろう。

 私もその一人だった。是非、話を聞いてみたかった。

 そして、なんやかんやと手練手管を使った結果、私はこうしてハーレム王と二人きりで会う機会に恵まれた。

 

 だが彼の話は始めから、いや始まる前の枕の段階から、私の想像していたのとは少々違う方向へと走り出していたのだった。

 

 

 

「さて、どこから話したものか。そうだな……俺は、この世界とは別の世界から召喚されてきたんだ」

「なるほど。それで誰も生まれや育ちを知らなかったのですね」

「妙に納得が早いね……まあそれで、俺を召喚した子が教えてくれたんだよ。俺には《ハーレム王》の恩恵(ギフト)があるってね」

「ああ、だからハーレム王なのですか貴方は」

 

 《ハーレム王》の恩恵(ギフト)。男の説明する所によると、その能力の持ち主は、嫁を増やせば増やすほど無限に強くなっていくらしい。

 つまり別にハーレム王になれる能力ではない。というか自力でハーレムを作れなければただのゴミである。

 なんとも詐欺臭いネーミングの能力であった。

 

「それじゃあ最初の嫁をゲットするまでは、王どころかただの無能ですか」

「ま、まあそうなんだけどね。でも最初の一人はすぐに見つかったんだ。その召喚術師の女の子が、嫁になるって言ってくれて」

「それはまた至れり尽くせりな……ああ、それで先程の話に繋がるわけですね」

 

 ようやく、話が見えてきた。

 

「つまりその召喚術師が、自分から嫁に志願しておいて貴方が好きじゃないなどと宣言する、支離滅裂な女ということですね。錯乱でもしていたんでしょうか」

 

 最初からそんなのに当たるとは。この男、女運は無さそうである。

 

「君ね、一応俺の嫁なんだから。それに、彼女には果たさなきゃいけない使命があったんだ」

「嫌いな相手に身を捧げてでも、果たしたいほどの使命ですか」

「ああ。魔王を討伐するっていう」

 

 それはそれは。確かに身の一つや二つくらい捧げても不思議ではない。むしろ、その程度で買えるなら大安売りと言っていいほどの、大それた使命であった。

 

「それに、彼女はとても献身的にサポートしてくれてるんだよ。嫌いなはずの俺に対してね。掃除、洗濯、料理、耳かき、他にも……」

「ちょっと待って下さい。耳かき?」

「うん。耳かき。膝枕で」

 

 どうやら、自分の耳かきが足りなかったわけじゃないらしい。

 

「彼女、貴方のことは好きじゃないんですよね?」

「ああ。ぜんぜん好きじゃないそうだ」

「しかし膝枕で耳かきなんて、普通は好きな人にするものじゃないんですか?」

「俺もそう聞いてみたよ。でも単純に、俺が指示を聞き逃したりしたら困るからってことらしい」

「なるほど。ずいぶんと合理的なお嫁さんですね」

 

 嫌いな相手だとしても、共に旅する仲間なのだ。円滑な連携ができるよう、配慮するのは当然である。

 かと言って、実際にそんな風に行動できる人間は希少だろう。

 

「そうだね。とにかく合理的な子だよ。しばらくは彼女と二人旅だったんだけど、宿代が勿体ないからって宿も一部屋しか取らなかったし」

「ああ、男の人が、自分は床でいいと言ってベッドを譲るシチュエーションですね。そういうの、かっこよくて憧れます」

「いや、一緒のベッドで寝てた」

 

 やっぱり、耳かきが足りなかったかと不安になった。

 

「彼女、貴方のことは好きじゃないんですよね?」

「ああ。ぜんぜん好きじゃないそうだ」

「しかし同衾なんて、普通は好きな人とするものじゃないんですか?」

「俺もそう聞いてみたよ。でも単純に、床で寝て風邪でもひかれたら困るからってことらしい」

「なるほど。本当に合理的なお嫁さんですね。じゃあ野宿の時でもなければずっと添い寝ですか」

「いや、野宿の時もくっついてくる。保温のためって」

「なんと……!」

 

 私はすっかり、その名前も知らない女への評価を改めていた。最初は錯乱した自己中女などと思っていたのが、申し訳ないくらいである。

 目的のためだとしても、好きでもない相手のためにそこまで気を使うなんて、なかなかできることではない。

 

 しかし、ここで一つの疑問が湧いてくる。

 これまでの話を総合的に勘案し、客観的な視点から評価を下してみると、彼の嫁の行動はただのデレデレの世話焼きチョロインである。

 もちろん実際にはその嫁に、男への愛情は無いわけだが、それがどうしたというのだろうか。気にせず役得と思っておけば良い話だ。

 先程のような、悲しげな顔をする理由としては弱い気がする。

 

 もしかして、まだ何かあるのだろうか。

 彼女の、決定的な問題点が。

 

 まるで、そんな私の思考を察したかのように、男の話は核心へと移っていく。

 

「ただ……一つだけ彼女に困ったことがあってね」

「貴方を好きじゃないことではなく?」

「うん。別に嫌われてるだけならいいんだけど」

 

 嫁に嫌われていてもいい、などとさらりと言ってのける男。

 そんな男でさえ困るようなこととは、一体どんなことなのだろうか。

 非常に、興味が沸いた。

 

「あれは、そう。彼女と日課のプロポーズ特訓をしていた時だ」

「待って下さい何ですかそれ」

「いやね、ハーレム王を目指すなら、愛の言葉の一つや二つはさらりと言えないと困るから、腕を磨くよう言われて。彼女を練習台に」

 

 自分ではこの世の終わりのようなプロポーズをしておいて、それか。

 まあそれも理屈としては正しい話ではあるが。

 

「話を戻すとね、その終わり際に彼女が呟いたんだよ。俺には聞こえてないつもりだったんだろうけど」

 

 男の顔が、悲痛に歪む。

 その言葉を思い出すだけでも、耐え難い苦しみだというように。

 

「『ハーレム作りなんて、ずっと上手く行かなければいいのに』ってね」

 

 その言葉を聞いた時の私は、ただ悲しかった。

 やはり使命のためだとしても、愛なき相手に仕える苦痛に耐えられるほど、人間は強くはないのだ。

 一時だろうと使命を忘れ、男の失敗を望む言葉を吐いてしまうほどに。

 

「だから、俺はもっと努力して、ハーレムを増やして、強くならなきゃいけないんだ。いつか、彼女に言ってあげるために」

 

 万感の思いと、不屈の意思を込めて、ハーレム王は宣言する。

 

「『もう、好きでもない俺のために尽くさなくても良いんだよ』と」

 

 

 

「ああ、もう日が暮れる時間か。ごめんね、つい愚痴ばかり話してしまって」

「いえいえ、なかなか興味深くて面白い話でしたよ」

 

 いつの間にか、窓からは茜色の光が差し込んでいた。

 それに気づいた男が、申し訳無さそうな顔をする。

 しかし私の方は、今日の会話にとても満足していた。

 

「ただ、貴方の他のお嫁さんの話を聞けなかったのが残念ですね」

「聞きたいのかい? あの二人の話も多分、愚痴ばかりになると思うけど」

「ええ。是非とも」

 

 返事を聞くまでもなく、彼も乗り気であることは伝わってきた。

 こうして愚痴れる相手に飢えてでもいたのだろうか。それとも、私の外見のおかげだろうか。

 やはり、美少女というものは便利である。

 

 あっさりと翌日の約束を取り付けた私は、男を残して個室を後にした。

 ドアの先、酒場の広間では、既に酔いの回った男たちが大勢騒いでいる。

 その間を通り抜け、出口へと向かう途中、誰かとぶつかってしまった。

 

 なかなかに、美しい女性だった。

 こんな酔漢たちの縄張りには、不釣り合いなほどの。

 

「失礼。不注意でした」

「こちらこそ、ごめんなさい」

「こんな所に何かご用事ですか」

 

 人のことは言えないか、と思いながらも聞いてみると、女性は花のような笑顔で頷いた。

 

「ええ。大好きな夫を迎えに」

 

 その笑顔を見ていると、自然と胸が暖かくなる。

 彼女の夫は相当な幸せ者だろう。先程まで話していた、あのハーレム王とは大違いだ。

 

 彼にも、こんなお嫁さんがいたらなあ、と思わずにはいられなかった。

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