チート転生者様のことなんてぜんぜん好きじゃない異世界ハーレム   作:本間・O・キニー

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 昨日と変わらぬ酒場の個室。

 ハーレム王は、昨日と変わらぬ姿で私を出迎えた。

 いやよく見ると、目の下にクマが見える。顔色も少し悪い。

 昨日、彼と別れてから何があったのか。それを敢えて聞くほど、私は野暮ではなかった。

 

「じゃあ、二番目の嫁との出会いから話すとしようか。あれはなかなか変わった出会いでね」

「ほうほう。じゃあ街で奴隷を買ったというような、ありきたりのシチュエーションではないわけですね」

「まあ、そうだね。旅を始めて何日か後、草原を歩いていたら、ドラゴンに遭遇したんだ」

「なんと、ドラゴンを嫁にしたんですか」

 

 ドラゴンと言えば、不眠不休で宝物庫の番をしているような変態種族。それがその辺の草原に出てきて嫁になったというのなら、確かに相当変わった出会いだろう。

 

「違う違う。いや、全く違うわけでもないか。そのドラゴン娘にもプロポーズしたんだけど、無視されて逃げられてしまってね」

「わざわざ特訓したプロポーズの台詞は空振りでしたか」

「会心の出来だと思ったんだけどなあ。まあそれで、本題はそのドラゴンが襲ってた相手の方。馬車の中から、お姫様が出てきたんだよ」

 

 お姫様。確かにレアな種族ではあるが、ドラゴンの後だといささか見劣りしてしまう。

 この男が、ちゃんとドラゴンを口説き落としてくれていたら。そう思わずにはいられなかった。

 

「なんで不満そうな顔をされてるのか分からないけど……とにかくそんな出会いをきっかけにして、この国の第二王女様が俺の嫁になってくれたというわけだ」

「逆玉の輿というやつですね。凄いじゃないですか。もう魔王討伐なんて無茶なこと止めて、ヒモとして生きていけるのでは?」

「いやあ。それは無理だろうね……」

 

 急に男の歯切れが悪くなる。

 まあ、昨日の時点で既に予告されていたことなのだが、やはりその二番目の嫁にもあるのだろう。

 一筋縄ではいかないような、何かしらの問題が。

 

「言われたんだよ。『勘違いするな。貴様のことなど、別にぜんぜん好きではない』ってね」

 

 またそれか。つくづくその言葉に縁のある男である。

 

「でもその女、嫁入りは承諾したんですよね。やはり錯乱していたのですか?」

「だから君、人の嫁に向かってね……それに、彼女は王族だから」

「ああ、高貴なる者の義務というやつですか」

 

 地位には、それ相応の義務が生じる。

 強大無比な魔王を討伐するという目的のためなら、自分が嫌いな男に嫁ぐくらい、我慢できるということか。

 なかなかに感心なお姫様である。

 確かにそういう理由なら、ヒモは許してくれないだろう。

 

「まあでも、理由はどうあれ嫁になってくれるなら良いですよね。貴方のことを嫌いな嫁が一人から二人になったところで、大差無いでしょうし」

「そうだね。ただ、彼女を連れていくようになってからは、旅が大変になってね……」

「ああ、箱入りのお姫様ですものね。大荷物を持たせて歩かせるだけで、すぐ不平を言いそうです」

「不平は言わないんだけどね。俺が運ぶから」

 

 昨晩丁寧に掃除したはずの耳が、また信用できなくなってきた。

 

「運ぶとは、彼女の分の荷物を?」

「いや、彼女自身を。お姫様抱っこで」

 

 お姫様を運ぶのなら、確かにお姫様抱っこが相応しいか。

 いや本題はそこではなく。

 

「彼女、貴方のことは好きじゃないんですよね?」

「ああ。ぜんぜん好きではないそうだ」

「しかしお姫様抱っこなんて、普通は好きな人にしてもらうものじゃないんですか?」

「俺もそう聞いてみたよ。でも単純に、馬に跨るのと同じようなものだから、気にしないらしい」

「なるほど。ずいぶんと貴族的なお嫁さんですね」

 

 仮にも夫とした男を家畜と同レベルで扱うのは、如何なものかとも思うが。

 しかし、個人的な好悪で扱いを変えない公平さは、為政者に相応しい態度である。

 

「でも、それだと貴方は大変ですね。彼女自身に加えて、二人分の食料やらテントやらも一緒に運ばないといけないんですから」

「まあ嫁が二人になって、《ハーレム王》の効果で筋力も増えたから。それに、テントは一つで間に合ってるんだ」

「えっ?」

「彼女も一緒のテントで寝てるからね」

 

 そろそろ、驚くのにも飽きてきた。

 

「彼女、貴方のことは好きじゃないんですよね?」

「ああ。ぜんぜん好きではないそうだ」

「しかし一緒のテントで寝るなんて、普通は好きな人とすることじゃないんですか?」

「俺もそう聞いてみたよ。でも単純に、ぬいぐるみを抱いていないと寝付けないから、仕方なく俺を代用してるらしい」

「なるほど。本当に箱入りお姫様といったお嫁さんですね」

 

 尊大なイメージだった彼女に、思いがけない可愛らしい一面が見えて、つい微笑みが溢れる。

 もしかして、王族としての義務さえ無ければ、無邪気でわがままな少女だったりするのだろうか。

 

「それに、実は合理的な理由もあるんだ。俺の《ハーレム王》の能力は、嫁たちとの距離が近い方が強くなるから」

「ほほう……!」

 

 そういえば以前、彼の最初の嫁も一緒に寝ていると言っていた。

 となると旅用の、そう大きくはないテント一つに、三人がぎゅうぎゅう詰めで横になっているのだろうか。

 合理的とはいえ、少々窮屈そうである。

 

 それでも三人だけなら、まだなんとかなるだろう。

 だがこの男には、現時点で既にもう一人の嫁がいるのだ。

 想像せずにはいられない。四人の男女を詰め込んだ、複雑怪奇なテント内の様相を。

 しかも彼は、今後さらに嫁を増やす気でいるのだ……

 

「なんだか初めてキメラモンスターを見た時の嫁たちみたいな顔してるけど、大丈夫?」

「ああ、すみません。大丈夫です」

 

 脳裏に浮かぶ恐ろしい光景を、私はえいやと投げ捨てた。

 お姫様の話に、意識を戻していく。

 

 これまでの話を総合的に勘案し、客観的な視点から評価を下してみると、彼と嫁の行動はただのラブラブなバカップルである。

 もちろん実際にはその嫁に、男への愛情は無いわけだが、それがどうしたというのだろうか。気にせず据え膳と思っておけば良い話だ。

 

 だからきっと、今回もあるのだろう。

 彼女の、決定的な問題点が。

 

 まるで、そんな私の思考を察したかのように、男の話は核心へと移っていく。

 

「彼女に一つ、気になることがあってね」

「馬扱いされても気にしない貴方が、そこまで言うようなことですか」

「うん。実は彼女の右のお尻には王家の血統を示す聖痕があるんだけど」

「待って下さいなんでそんな事知ってるんですか」

 

 私も王家の聖痕については聞いたことがあるが、位置は一人一人違うという話だったはずだ。

 

「いやね、彼女は着替えも風呂も、全部使用人に世話をさせてたらしいからさ」

「一人ではできないと……でも、他の嫁に頼めばいいじゃないですか」

「平民出には任せられないってさ」

 

 なるほど。確かにこの男は異世界出身なのだから、平民出ではない。

 いや本当にそんな理屈でいいのか。

 そもそも公平な態度はどうした。

 

「まあその話は置いといて、たまにその聖痕を撫でながら呟いてるんだよ。俺がいないと思ってたんだろうけど」

 

 そして、男の顔は苦悩に歪む。

 自分ではどうすることもできない、傷跡を目にしたように。

 

「『こんな聖痕(もの)、無かったら良かったのに』ってね」

 

 私は、ただ切なかった。

 結局のところ、そんな痣一つ持って生まれてきたというだけの理由で感情を押し殺せるほど、人間は強くないのだ。

 身分も、義務も、捨て去ってしまいたいと思うほどに。

 

「だから、俺は魔王を討伐する。彼女を、義務から解放するために」

 

 昨日と同じように決意を込めて、ハーレム王は宣言する。

 だがその声が、昨日より弱々しく感じるのは、気のせいだろうか。

 私と彼との心の距離が、昨日よりも近づいたせいなのだろうか。

 

 何と言葉をかけるべきか、私は、しばし考える。

 

「頑張って、下さいね」

 

 結局、口から溢れたのはそんな月並みな言葉だった。

 

 

 

「今日も愚痴ばかりになっちゃってたけど、本当にこんな話で良かったのかい?」

「ええ。とても楽しくて、ためになる話でしたよ」

 

 すっかり茜色に染まった室内で、男に微笑んでみせる。

 興味深い話がいくつも聞けて、本心から、そう思っていた。

 

「明日は、三人目のお嫁さんの話を聞かせてもらえるんですよね?」

「君が良ければ、そのつもりだよ。彼女は……これまでよりもっと、ユニークな話になると思うけど」

「それは、楽しみです」

 

 軽く挨拶をして、個室を後にする。

 ドアを開けた先には、昨日と変わらぬ、酔っぱらい達が騒ぐ酒場の光景──は、存在していなかった。

 

 妙に静かだ。

 客らしき男たちが、ちらほらと席に座っている。ただ、座っている。

 全員、酒盃に手を伸ばそうともせず、物々しい雰囲気を纏いながら何かを意識している。

 入り口から中を覗いてきたまともそうな客が、一瞬で回れ右をして帰っていった。

 

 なんだろう、この営業妨害は。

 

 そして、よく見ると奥の方に一人、男たちより更に怪しい人物が座っていた。

 妙に素材の良さそうなマントで全身を隠した、小柄な人間。

 これまた、酒を注文すらしていない。

 

 私は、それ以上考えるのを止めて、そそくさと店を立ち去った。

 大通りに出ると、期待どおりの喧騒が戻ってきて、ほっとする。

 どこかから、ドラゴンの遠吠えが響いてくる。

 

 のどかな街並み。行き交う人々。平和な景色。

 それらをしみじみと眺めながら、先程のハーレム王との会話を反芻する。

 

 ハーレム王のことを、ぜんぜん好きじゃない嫁たち。

 そんな嫁たちを、義務から、使命から、解放しようと奮闘するハーレム王。

 そこに愛情こそ無くても、美しき人間の絆。

 

 だから、言ってはいけないのだ。

 台無しにしてはいけない。

 魔王討伐なんて無謀なことは諦めて、もっと簡単に、お嫁さんたちを解放してあげられる方法がありますよ、なんて。

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