チート転生者様のことなんてぜんぜん好きじゃない異世界ハーレム   作:本間・O・キニー

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 この日、私は一つの確信を胸に、ハーレム王の待つ部屋を訪れていた。

 

「ズバリ、当ててみせましょう。三人目のお嫁さんも、『貴方のことなんてぜんぜん好きじゃない』と言いますね?」

「いや、ごめん。言わない」

「なんですって……!?」

 

 一晩中考え抜いて導き出した会心の予測が、崩壊した瞬間である。

 

「おかしいですね。完全にパターンを読み切ったと思っていたんですが」

「まあ正直、俺も彼女と会う前には、そんな予想をしてたけどさ」

 

 私の硬直したドヤ顔を、苦笑いをしながら見つめてくる男。その視線に、少々頬が熱くなる。

 だが、いつまでも恥ずかしがっている訳にもいかない。

 男の回答は、一つの重大な事実を示唆しているのだから。

 

 すなわち、「三人目の嫁は、この男を嫌っていない」という事実を。

 

 考えてみれば、当然の話である。

 嫌いな相手の嫁になることを承諾するような奇矯な女など、そうそう居るものではない。

 そんなのが三人も集まるなんて、常識的に考えてあり得ないのだ。

 

「じゃあ、三人目のお嫁さんは──」

「ああ。初対面で『死んで下さい』って言われた。そのまま刺された」

 

 そもそも、好きとか嫌いとかいうレベルを飛び越えていた。

 

 

 

「彼女と出会ったのは、薄暗い路地裏だった」

 

 男は遠い目をして語り始めた。

 

「いやいや、なに平然と語り始めてるんですか。私は貴方の嫁の話を聞きに来たのであって、ただの通り魔の話をされても困るんですが」

「ちゃんと俺の嫁だよ。プロポーズも承諾してくれた。まあ、その直後に刺されたんだけど」

「だからそれ、ただの錯乱した危ない女じゃないんですか?」

「俺の嫁に失礼なことを言わないでくれ。ちゃんと皮膚で弾いたからノーダメージだ」

 

 なるほど。確かにいくら殺意を持って攻撃してくる相手でも、ノーダメージなら危険でもなんでもない。

 ペットがじゃれついてくるようなものである。目くじらを立てる必要など無いだろう。

 本当にそれだけなら、だが。

 

 一応納得した私の様子を確認して、男は遠い目に戻っていく。

 

「彼女は、暗殺者なんだ。幼い頃から過酷な訓練を受け続けて、それで、人間らしい感情を失ったって」

「人間って、残酷ですねえ」

「プロポーズを受けてくれたのも、油断させるための演技だったらしい。実際、最初に刺されるまでは、完全に気を抜いてたよ」

 

 この男がチート転生者でなければ、その一撃で終わりだったのだろう。

 冷酷な手口を聞くだけで、嫌でも分かる。人間らしい感情を持たない暗殺者というものの、その恐ろしさを。

 きっと初撃が失敗した後も、ありとあらゆる残酷な手管を使って──

 

「まあそれで、通らないナイフを突き立てようと何度も頑張ってて、涙目になってて可哀想だったから嫁に勧誘したんだ」

 

 いやどうしてそうなる。

 

「彼女、感情を持たない暗殺者なんですよね?」

「ああ。そうだよ」

「なんでそんなヤケになった子供みたいなことしてるんですか」

「俺もそう思ったよ。けど実は、全部俺に同情させて懐に潜り込むための演技だったらしい」

「なるほど。やはり手段を選ばない暗殺者というのは恐ろしいですね」

 

 目的を達成するためなら、駄々っ子の真似すらやってみせるとは。

 人間らしい感情を持たないからこそできる、恥というものを投げ捨てた恐ろしい手口であった。

 

「でも、なんでそれを貴方が知ってるんですか? 演技だってバレてたら意味無いですよね?」

「そうなんだけど、なんか寝言で言ってた」

「やっぱり彼女も一緒に寝てるんですか……」

 

 まあそこは、昨日の時点で予想していたことだけども。

 

「彼女、暗殺者なんですよね?」

「ああ。そうだよ」

「なんで貴方の前で無防備に眠りこけて寝言なんて言ってるんですか」

「俺もそう思ったよ。けど実は、これも無防備に寝てると見せかけて、隙を探るための演技らしい」

「なるほど。やはり手段を選ばない暗殺者というのは恐ろしいですね」

 

 私は驚愕せずにはいられなかった。

 まさか、そこまでするとは。

 

 睡眠。それは人間が、最も無防備になる瞬間。

 だからこそ、人間は思ってしまう。眠っている他者に対しても、こいつには警戒しなくてもいいだろう、と。

 そんな心理すらも、その女は暗殺に利用するというのだ。

 

 その上、この単にべらべらと秘密を漏らしているだけのように思えてしまう寝言。これもまた厄介である。

 無意識に漏れた一言。それはきっと、彼女の本心からの言葉に違いない。誰もがそう思ってしまうだろう。

 そこに、一片の致命的な嘘が混じっていたとしたら?

 

「本当に、危険な女ですね……」

 

 魔物とは違う、人間を殺すために特化した人間。

 そのえげつなさと、そんな女を平気で側に置ける男の豪胆さに、改めて私は感嘆していたのだった。

 

「そんな彼女だけど、最近気になることがあってね」

「自分に対する殺意よりも、気になることなんてあるんですか?」

「うん。別に毎日刺されてもノーダメージだからそこは気にしてないんだけど」

 

 平然と言ってのける男。しかし、そんな男でも、次の言葉には少しの困惑が混じっていた。

 

「最近よく、ナイフと間違えて木の枝で刺してくるんだ」

 

 確かに、意図が分からない。

 意外なものが弱点となる英雄の伝説は定番とはいえ、流石にその辺の木の枝で死ぬことはなさそうなものだが。

 

「後は、そんなに筋力があるわけじゃないのに、絞め技で挑んできたり」

 

 効かないナイフに固執するよりは良いのだろうが、確かに不気味な兆候だ。

 

「大したことない毒を、口移しで飲ませてきたり」

 

 まあ、口移しで致死毒なんて使ったら、自分も死ぬか。

 

「それで自分だけ痺れてたり」

 

 流石に意味がわからない。

 

 一連の不審な行動。その裏に隠された意図。深淵なる謎。

 私は熟考に熟考を重ね、そして遂に一つの結論を導き出す。

 

「全部、油断させるための演技なのでは?」

「やっぱり、君もそう思うか」

 

 つくづく、暗殺者というものは恐ろしい。

 

 

 

 それから、彼はたくさんの話をした。

 

 エルフの女王に「100年考えさせて」などと言われた話。

 プロポーズを無視してずっと歌っていたマーメイドの歌姫の話。

 雪女に氷漬けにされた話。

 その他諸々、たくさんのプロポーズ失敗談を。

 

 そうしているうちに、気づけば今日も、茜色の光が差し込んでくる。

 それは、この時間が終わってしまう合図。

 ほんの少し、名残惜しさが胸をよぎる。

 

 もう、明日は無いのだから。

 

 ハーレム王を取り巻く三人の嫁たち。その話は全て終わってしまった。

 個性的で、面倒で、彼のことなんてぜんぜん好きじゃない、三人の嫁たち。

 話の上でしか知らないのに、どうしてか彼女たちには親近感さえ沸いてくる。

 

「本当に、大変なお嫁さんたちばかりでしたね」

「本当にね。でも、彼女たちには感謝してるよ。俺の能力の外付け強化パーツみたいな役目を、快く引き受けてくれているんだから」

 

 最後まで分からなかったのは、この男の精神性だった。

 普通、もう少し恨み言が多くなっても不思議ではないと思うのだが。

 しかしそんな精神性だからこそ、ハーレム王というものには向いているのかもしれなかった。

 

「あんなのでも嫁になってさえいれば、しっかりカウントされるなんて、貴方の恩恵(ギフト)ってちょっと変じゃありませんか?」

「一応、嫁の愛情によっても効果は増減するって言われたんだけど……自分では上がり幅が良く分からないからねえ」

「なるほど。その辺の未亡人の老婆と片っ端から婚約する案はダメでしたか」

「君、たまに思考がえげつないよね」

 

 顔を見合わせて、二人して笑った。

 

「じゃあ、そろそろお別れですか」

「うん。また会う機会があるといいね」

「きっと無いと思いますよ。だって」

 

 くすりと、微笑む。

 

「私、魔王ですから」

 

 男の驚く顔が、目に映る。

 彼の視点からは、変貌していく私の姿が見えているのだろう。

 耳は長く、肌は青白く、長い黒髪は燐光を放ち、瞳は血のように紅い、そして美少女なことはそのままの、魔王の姿に。

 

「最初は初対面で始末しようと思っていたんですけどね。貴方の話が面白くて、ついこんなに長引いてしまいました。おかげで、良いことも教えてもらえましたけど」

 

 唇の端をニイと吊り上げながら、爪の伸びた右手に魔力を込める。

 

「貴方のその《ハーレム王》の恩恵(ギフト)。きちんと成長していけば、きっと脅威になったことでしょう。でも今はまだ、ゴミ同然の力」

 

 力の源たる嫁も、三人しかいない。側にも居ない。

 その嫁たちとの愛情も、ほとんど無きに等しい。

 今のこの男は、恩恵(ギフト)を活かすこともできない、ただの無能でしかない。

 

「喜んでくださいよ。これで貴方のお嫁さんたちも、義務とか使命のために貴方に縛られることはなくなるんですから」

 

 私は、彼に飛びかかった。

 

 

 

 数秒後、そこにはそれはもう完膚なきまでに叩きのめされて、板張りの床に無様に這いつくばっている私の姿があった。

 

「いや待って下さいなんでそんなに強いんですか貴方。チートですよチート」

「正直俺も驚いてる。なんで勝てたのか分からない」

 

 不思議そうに自分の拳を見つめている男。その様子を見るに、本当に彼にも理由が分かっていないらしい。

 なんという理不尽。こんなアホみたいな経緯で魔王たる私が倒されるなんて、泣きそうである。

 

 いじけて床をなぞっている私。

 そんな私に、男が神妙な顔で話しかけてくる。

 

「もしかしたら、君のおかげなのかも」

「どういう、ことです」

 

 きっと、ろくでもないことを言われるのだろう。そんな予感があった。

 

「この三日間、君とずっと話をしてて、共感してもらえたりもして、本当に楽しかった。きっと、君も同じだと思ってる。だから、俺たちの間にはもう、絆が生まれてたんじゃないかって、そう思ったんだ」

 

 一息に言い切ると、男は少しためらう様子を見せる。

 そして、意を決したように付け足した。

 

「まるで、夫婦みたいに」

 

 つまり、こう言いたいのか。

 私が、この男に惚れていたと。プロポーズされたら即OKするくらいに、べた惚れだったと。

 そして、そんな間抜けな理由で、この強大なる魔王がボコボコに敗れ去ったのだと。

 

 そんなバカみたいな話を、本気で主張しているのか。この男は。

 

「違いますよ。全くの的外れです。本当に、とんでもない勘違いをしますね貴方は」

 

 きちんと言ってやらなければならない。

 このチート転生者様が、そんな下らない誤解を、ずっと信じ続けたりしないように。

 私の口からはっきりと、否定しなければならないのだ。

 

 そうしないと、きっと後悔するから。

 

「私は、貴方のことなんて、ぜんぜん好きじゃありませんから」

 

 そう言い遺して、私は目を閉じた。

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