―――とおい、とおい、昔の話……西暦という時代が始まる前のことだった。
――――地上で繰り広げられる悲惨に絶望して、力弱き人々を新天地へと導いた魔法使いがいた。
魔法使いは、強大かつ膨大な力の持ち主であり、新天地―――赤き星。
太陽系第四惑星―――『火星』の『裏側』に、その力で以て、人々の新たな楽園……。
魔法世界=ムンドゥス・マギクスを築いた。
「だが導かれた人間たちは、別に聖者でもなければ欲を捨て去った修験者でもなく、『ただの人間』だった。当然、一つどころに集まったところでソリの合う合わない、自分たちと違うから従わせるなど、争いの根本の大小はあれども、地球の歴史と変わらぬ戦いは繰り広げられたわけだ―――結果的に、導いた魔法使いは姿を消した」
一部を除いて、集められた人間たち全員が『呆然』とせざるをえない、大きすぎて遠すぎる説明。だから、疑問は多すぎた。
「まるでこの学校と同じだな。1科と2科―――能力の大小やら優劣だけで、差別であり優越意識を持つなど、お前たちと何も変わらん。むしろ学校という限定的な共同体であるだけに、それは陰湿なものへと変わる」
「雪姫先生……」
「怒ったか? だが、それを変えずにここまで至ったのだから、事実は事実だ」
真由美の言葉に何一つ表情を変えずに返す雪姫。彼女からすれば、真由美の改革なんぞただの『絵に描いた餅』にすぎないのだから、どうでもいいのだ。
「話を戻すが、近代科学を主体に発展した地球とは違い、裏火星の人間たちは『魔法』というものを主体に文明・文化を発展させた。結果として―――彼らはその世界を維持するために、2000年代初頭ぐらいから、地球にある『魔素』とも『魔力』ともいえるものを収奪すべく、様々なことが行われた。ある者は各国政府と秘密裏に交渉し、ある者は密やかにそれを収集すべく人造人間を送り出したり―――まぁ色々だわな」
「……火星に導かれた人々は、地球にもやってこれるんですか?」
「―――『入り口』があるならば、帰りのための『出口』もある。ようは『出入り口』になる。常識じゃないかな」
摩利の言葉に返す。言われてみればその通りだった。
「そこから先のことに関しては、長くなるから割愛するが、そうして時は流れて2090年代においては、もっと直接的な手段に打って出た」
「それが魔法師の身柄を―――そういうことなんですか?」
「ああ。本来ならば、こういったことを許さないように、中世時代にとある古い魔法使い―――地球にいた『禍音の使徒』と呼ばれる存在が、地上で悪さをしていた火星の魔法使い共を火星まで退かせて、ある種の不可侵条約を結んでいたんだがな」
遠く、懐かしいものを語るようにする雪姫の姿が印象的だが、ソレに対して浦島、シールズ、十文字の表情は、苦笑い気味だ。
「……連中も、この時代になって若干ながらケツに火が点いた形ではあるか。『彼女の夢』に沈むまでは猶予が出来たが、それでも『礎』たる御子の力とて無限ではないからな」
そして、最大級の事実が告げられる。
「―――今回、お前たちは明確に狙われた。私は麻帆良にニセの連絡で呼び出され、こいつら、啓太とリーナは大使館に呼び出された。その理由が分かるか?」
「……俺たちは障害とすら見られていない。ただの好餌なんですね」
複雑な気持ちで、その事実を認める克人。
「そうだ。近々『なにか』は起こる。警戒しろと言っても無理であり、かといって学内の内通者を炙り出すことも不可能だ。マギステルは、お前たちマギクスとは違い『自己を顕示しない』ように教育されているからな」
「まぁオコジョにはなりたくないからね」
「ユウメイムジツと化した制度ですケドネ」
どういうこっちゃという想いを一欠片ほど抱きつつも、それでも……戦いはまだ序盤でしかないことを認識するのであった。
何より……こんな大きすぎて膨大すぎる話を聞かされて、それを全てまるっと信じるには時間が欲しかったわけで―――――。
「で、また僕の所に深夜訪問するわけかい」
少しだけ不満を表す坊主だが、達也としても言い分はあった。
「深夜って……まだ10時じゃないですか」
「坊主の朝は早いんだ。もしかしたらば、葬儀でお経を読んでくれと言われるかもしれないしね」
この明らかに怪しすぎて、檀家がいるかどうかも不透明な寺の和尚に、経を読んでもらいたい仏さんがいるだろうか?
そんな疑問を覚えつつも、九重八雲は兄妹が聞いた話に関して―――。
「概ね事実だ。いや、彼女ほどの証人はいないからね。
事実、西暦以前から彼ら裏火星の魔法使いたちは地上に降り立ち、歴史の裏側で随分と『悪さ』をしていたようだ」
―――縁側にてそう太鼓判を押すのであった。
多くの創作物で魔法使いが『悪』というイメージが多いのは、もしかしたらば、ここに起因しているのかもしれない。
「けれど、地上世界に残った魔法使いたちもいたんですよね? 彼らは禍音の使徒さんとかと協調しなかったんですか?」
深雪の疑問はもっともだった。
「まぁ『当初』は積極的な協力こそ無かったが、あまり表立って敵対したくもなかったのだろうね。何せ殆どは、魔法世界の価値で言えば『ごろつき』『チンピラ』みたいな連中であり、それぐらいならばともかく、『本国』の『兵隊』どもが大挙すれば分からん話だったからね」
魔法世界の『軍事レベル』がどれほどであったか分からなかったのも、事実の一つだった。そして、そのごろつき達ですら、当時の魔法使いたちにとっては脅威だったということである。
「だが、あまりにもろくでもない連中ばかり来ていたので、義憤を覚えた地球の魔法使いたちも、終盤辺りには、禍音の使徒、闇の福音、マガ・ノスフェラトゥ―――様々な呼び名を着けられた『悪の魔法使い』に協力して、当時の魔法世界本国『メガロメセンブリア』にやって来て、一大騒動を巻き起こしたとのことだ」
洋の東西を問わず集まった人間たちは、『カチコミ』をかまして『ブッチギレ!!』しまくって、その後は『悪の魔法使い』を代表に地上との協定を結び、地球・火星間で緩やかな関係を維持していた。
「およそ1518年の頃―――日本で言えば応仁の乱後、徐々に戦国の時代が広まりつつある頃だね。まぁまだ信長は出てこない。しかし、北条早雲が死ぬ前年というところだ」
戦国大名の先駆けが死につつある時代……。その頃に海を渡り、西欧世界で猛威を奮った火星人たちを駆逐して、火星の異界で『使徒』とともに決着を着けた。
だが、ここで一つの疑問が生まれる。
「何故、その禍音の使徒とやらは『悪の魔法使い』なのですか? 普通ならば『正義の魔法使い』とか言われていてもおかしくないのに……」
もしかしたらば、裏火星という異界の魔法使いだけの蔑称で、地球の魔法使いはそうは思っていないのかもしれないが―――。
「いやいや、まぁ……何というか、彼女はやり過ぎたというか、殊更自分を大きく見せすぎたというか……最後の講和会議で、ゴルゴンゾーラという古狸の議員を脅しつけるようにして『殺した』あとに、彼が連れてきた戦力全てを壊し尽くしたからねぇ」
「―――彼女? 女性だったんですか?」
「うん。闇の福音は紛れもなく女性だよ。その後に彼女の戦いよう・戦い方は魔法世界の人間たちには、強烈なトラウマとして植え付けられた―――ただ旧世界の魔法使いたちは知っているのさ。
大昔に、蒼星の義勇溢れる魔法使いを束ねて、紅星の暴虐と戦った偽悪的な偉い魔法使いがいたってね」
八雲の言葉は、まるで尊いものを語るかのように厳かなものだった。それは―――魔法師たちには関わりのない歴史であって―――少しだけ羨ましくもなる。
歴史の立脚点というものがマギステルにはある。
対して、魔法師には『力』しか自分を証明するものが無いのだから。
「そもそも論になるが、彼ら裏火星の民たちは『はじまりの魔法使い』が下した『戒律』を破ったからこそ、彼女にそこまでの力が備わったとも言えるかもしれないけどね」
八雲の少し不明な物言いはともかくとして、重大なことを聞くべく話を進める。
「……それでその後、裏火星と地球の魔法使いたちは、交流をしていたんですか?」
「一度出来上がっていた協力関係を全て破棄も出来ないからね。ただ……今の時代では、裏火星と地球側は殆ど断絶状態だ。こんなことになっているのは、全てはエレメンツの後の『現代魔法師』の誕生に因があるのだが……それはまた別の話だ。こんなところで大丈夫かい?」
ここまではただのマギステルの歴史の補足に過ぎない。問題点は……。
「俺や深雪の魔法で―――マギステルに対抗することは出来ないんでしょうか?」
「本日、一高を襲った『地のアーウェルンクス』に関しては『特級』であり、この太陽系世界最強格に値する魔法使いだ。比較対象としては置いておこう」
つまり『別格』であるということ。全てのマギステルがあれだけの力を持っていれば……という危機感はあったのだが、それでもその『特級の相手』と互角以上に渡り合ったのが、同級生にいたのだ。
対抗意識は出来上がり、そして羨望も生まれる……。
「遇し方次第としか言えないかな……ただ絶対条件として、マギクスがマギステルを害するならば、2つの壁を越えなければならないとしておく。まぁ全マギステルがそうというわけじゃないんだけど……彼らの魔法戦と君たちの魔法戦はかなり違う」
そうして九重八雲は語る。
1つには、マギステルが戦闘となると絶対に張る『障壁』である。これは『対魔法攻撃』『対物理攻撃』などの特徴を持った、『多層かつ重厚』なものを展開してくるのだ。
これを突破するには当たり前のごとく、それを超えるほどの魔法をぶつけなければならない。マギステルの魔法の中には、『障壁貫通』という術理でそれらを突破することも出来る。
「だが、魔法師となると途端に厳しくなる。これは単純に、君たちの魔法の大半が、『現象』を『改変』することで『その結果』を導き出すということに終始するからだ。障壁を張った魔法使いを害するだけのエイドス改変を行おうにも、それらは障壁という『壁』を突破することも出来ずに、『押しつぶされる』」
三年の風紀委員の1人が言っていたのは、そういうことだったのか。
「そして放出魔法に関しても同じくだ」
さらなる絶望感が襲う。そしてあの『地のアーウェルンクス』とやらは、十文字家ぐらいしか達者に出来ない魔法障壁ごと『移動』をする。しかも『高速』という言葉がつくことを、容易く行っていたのだ。
2つ目には、魔法使い及び『魔法剣士』が身体そのものに貼り付ける肉体強化の魔法である。
「基本的にマギステルは、従者を置くことで自らが白兵戦せず、遠距離から『移動砲台』としてブッパするのが基本だが、どうしても接近戦を演じる場合の策として、従者と同じく超人的なパワー&スピードを確保するための自己強化術が存在している」
「―――それもまた破らなければならない壁……」
「ある程度は僕の忍術や魔法剣術においても、無意識のサイオン操作で自己を強化しているとも言えるが、マギステルや気功拳士のそれは、明確な術として存在しているからね」
だが……浦島やあのアーウェルンクスに比べれば、自分たちのはかなり格落ちだ。
「以上を超えるには……まぁピンキリだね。魔法使いのレベル、そして魔法師そのもののレベル次第だとしか言えない。全くもってアドバイスにはならないけどね」
絶望感という程ではないが、それでも魔法師の魔法が通じない相手、そんなものを想定していないだけに、どうしても……。
「無力ですね。俺たちは」
「悲観するなと師匠としては言ってあげたいが、ただ……彼らと相対するならば、魔法師としての常識は捨てて挑むしか無い」
出来ることならば敵対しない方がいいけどと八雲は言うが、あのフード……フェイト・アーウェルンクスらしき人物という不詳の存在は、深雪と達也の秘密を知っていた。
いずれにせよ……向き合う日は近い。
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「達也は今日は非番らしいが、浦島は?」
「少し呼ばれている。まぁ昨日出来なかったデスクワークをやれということなんだろうけど」
西城の言葉にそう返す。実際、委員長から呼び出しを食らってしまったのは事実なのだから。
「しっかし、昨日の浦島とクドウさんスゴかったよな」
「ええ……けどシンメイリュウなんて流派聞いたことが無い……」
そりゃ世から隠れた剣術流派だものと無言で言いながらも、千葉流なる魔法剣術の家でも知らないならば、『そういうこと』だ。
近衛のババ様がそうすることを望むならば、それに従うのみだ。
……ふと、今更ながら疑問を口にすることにした。
「そっちの柴田さんはともかく、西城と千葉さんは、あの乱痴気騒ぎになんで参加しなかったんだ? 少なくとも第一の被害者に司波君がいるならば、応援加勢しても良かったのに」
実力の程は見ていないが、言葉の調子から血気盛んなものを感じる2人が、あの戦いに参加しなかった事実を疑問に思うのであった。
その言葉は非番で帰ろうとしていた司波達也を少しだけ留めて、耳を傾けさせることになる。
「いや、俺たちも最初は出ようとしたんだぜ。CADも返却されていたからさ、けどよ……」
「2,3年の二科生の指導教官『橘』先生が、校舎から出るのを止めてくれちゃってさ! ったく!! 出てみれば1科生はズタボロだったじゃない!!」
「エ、エリカちゃん―――けど……今更ながら、橘先生は変というか妙な言い様をしていたんですよね。『1科生が敢闘するから、君たちはここで待機しているんだ』って……」
「別に妙でも無い気がするけど?―――ああ、つまり1科生がここまでズタボロになると理解していたことが、不可解なわけか」
敢闘という言葉の意味を調べれば分かるが、これはどちらかと言えば『敗色濃厚な相手にも挑みかかること』を意味することが多い。
つまり―――あの教師は、現れた相手が尋常の相手でないことを、知っていたかもしれないということであろうか。
そういう疑問を、柴田は覚えているのだろう。
「あんまり気にしないほうがいいと思うけどね。この学校にいる教官たちも、色々な過去があってここにいるわけだし、そこには色々とあったんじゃないかな」
「―――雪姫先生も、か?」
「女の過去を知りたがるなんて、デリカシーないな。司波」
「まぁ言われれば……そうか……」
「恋仲になれば教えてくれるんじゃない。口説けば?」
その言葉にE組全体がざわつく。いらぬ注目を集めてしまう浦島の言葉に―――。
「んじゃ、お先に」
何一つ責任を取らずに教室から去っていくのであった。
怒ることすら出来ぬ見事な退場。
今日一日、同じようにクラスメイトから質問攻めにあった達也を見捨てていくその無情に……もしかしたらば、こいつが―――。
(いや、師匠も禍音の使徒は女だと断言したからな)
そもそも、その人は既に死んでいるはずなのだ……。
600年近くも昔の人物が、今の時代に生き残っているはずがない。そんな達也の値踏みなど知らぬ啓太は、気配を『殺しつつ』E組教室から去った。