討論会当日。
果たしてどのような結果が齎されるのか、どうでもいいとしながらも、起こることには注意を払わなければいけない。
そして何より―――啓太が注意を払わなければならない存在は、同盟側の論戦相手にいたのだ。
集まった生徒はかなり多い。そして討論は始まる……。
始まり、そして中盤頃になると―――正直言えば、生徒会側の旗色は悪かった。
当初、真由美会長は魔法科高校だからこそ、魔法競技部活が優先されるのは当然だとしてきたが、連盟が持ち出してきたのは―――……
要するに日本の公立高校としての規範を著しく損しているとして、責め立てたのだ。
ここで一つ注釈ではあるが、現在の日本の高等学校制度というのは、世界的な寒冷期からの温暖期、気象変動の激しさ、それに付随する世界戦争の影響で人口は減少。
専門家の早期育成が必要になったという経緯がある。
それゆえにか、高校時点で専門性の高い教育を施す高校が一般的であり、文科高校、理科高校、教養科高校、体育科高校などが多くある。
だが、だからといって私立高校や普通科高校が無くなったわけではない。
東京では有名過ぎる芸能人育成のラ・フォンティーヌ・ド・ムーサ女学院。
埼玉県には巨大な『学園都市』。多くの学校機関を内包して、その土地の名前から総称『麻帆良学園』というところもある。
つまり―――。
規範を越えたことをやっているとしているのだ。
私立ならば、特定の部活動にチカラを入れて、そこに資金を注力するのもありだろう。そもそも、その目的―――学校法人としての『名』を売らせるために、スポーツ部活で全国を目指させることもある。
生徒の思惑は違うとしても学校としては、それもまた一つ。
だが、ここで立ち返るに、これは私立学校だからこそ『許される』行為なのだ。
少なくとも国公立高等学校の看板を掲げて、その実態はとんだ魔法偏重主義。
魔法競技などという競技人口も大して無いスポーツ。おまけに戦う相手はたった八校のみ。
東京で有名な六大学野球の六校ですら他の関東リーグや大学大会に出ているというのに、これでその競技に資金の偏重があるなど、おこがましい話だ。
ついでに言えば、学校次第では、入る人間がいなくて魔法競技の部活が廃れているということもあり得るのだ。これには九校戦採用の競技であるかどうかも関わるのだが、そこはさておいても――実に生臭い話である。
『魔法科高校だから魔法競技部活が優先されるのは当然だとおっしゃる? ならば理科高校の場合は、フナの解剖実験でも競技部活として優先されているのか?
それともヒトの腑分けに耐えきれるかどうかが部活なのか?
体育科高校あるいは防衛高校だからといって、暴対術関連の競技に予算優先権があると思っているのか?』
体育科高校の生徒の中にはそのまま軍人が多いこともあっての反論。それに対して、真由美会長は苦しくなる。
『それは――――』
『論拠から言えば、そんなものはない!!! どの『国公立高校』も、部活動の予算がその専門教育に即して、優先的に振り分けられるなんてことはない!!』
言葉と同時に示したデータは近隣の専門高校―――国公立のそれにあるものばかりだ。
「ウオン」先輩の言葉は、かなり強い……。
更に言えば今時の教育基本法においても、そのような偏重と偏向は許されていない。
「醜悪なる様だな。多数派であることに甘んじて、少数派が多数派に合わせることを寛容さと、当然のことだと履き違えていたツケが回っただけだ」
「まぁしゃーないでしょ。あの人は、所詮魔法師が多くいるところでしか生きてこなかったから、魔法師じゃない社会なんて、魔法が当然の価値として評価されない世界なんて想像すら出来ていなかったんでしょうよ―――そして、ここは……ホグワーツでもなければ魔法界でもない」
「ニッポンというネーションステートのパブリックハイスクールでしかなかった」
雪姫・啓太・アンジェリーナの阿吽の呼吸の如き問答の渡しあいが、同じく舞台袖で聞いていた他の人間を少しだけ苦しめる。
「だが、そんな見事な演説をぶるウオン…
雪姫の不穏な言葉に、同じく舞台袖にいた委員長である摩利は少しだけ物申す。
「ちょっと待ってくださいよ雪姫先生―――今のままならば、討論で不利な状況になったから身柄を拘束するなんて絵図にしかなりませんよ。独裁国家の秘密警察みたいな真似はやらないでくださいよ」
「この間、その秘密警察よろしく、投降呼びかけからの拘束なんて真似をやろうをしていたお前がそれを言うか」
「―――主導したのは司波達也君です」
責任の押しつけ。スケープゴートにされた達也としては、別に風紀委員の職に未練はないが、少しばかりムカッと来たので反論しようとした時に……。
『羽音さんの言葉は、もっともです……私は―――自覚なしに傲慢になっていました……部活動における予算配分に関しては尽力します!!! これまでの魔法競技だけの優遇を見直します!!!』
その言葉にざわつきが生まれる。それはもはや『敗北宣言』だったからだ。
魔法科高校で魔法を達者に使うことが尊ばれるからと。『国公立高校』の規範を越えていた。違法状態だったと言われれば、もはや何も会長側に反論は出来ない。
だが、この状況に対して―――。
「ふざけるなっ!!! 魔法科高校なんだから、魔法を使う競技が優先されて当然なんだ!!!」
「そんなものは、弱者に寄り添うだけのポピュリズムの政策でしかない!!!」
1科生側から反論というかヤジが飛んできた。この下劣な言い様……。
実に不愉快なだけだ。しかし、この言いようで火が点いた。1科生たちは、自分たちの既得権益が脅かされると思ったのか、その言葉に乗っかってくる。
そして、それは1科生たちが差別をしてきたという事実を裏付けするだけであり―――。
「これが……この学校の……マギクスなどというものの実態か―――醜悪だなキティ?」
羽音の言葉が何故か、舞台袖の『誰か』に向けられていた。真由美会長は、『平等反対』『2科生は現状に甘んじていろ!』というシュプレヒコールに戸惑い、よろめくようにしかなっていない。
「そうだな。だが、それをアナタが講評出来ることでもあるまい。作り出した者たちは知性を持つ、自意識を持つ、己を持つ……それだけだ」
「そうだな。だからこそ―――私はあの娘に寄り添った。かつて……私を癒やしてくれた……ただ1人の愛しきヒトのために、あのヒトも同じだった」
羽音の言葉と視線は、少しだけ浦島に向けられていた。悲しい、悲しげな言葉と視線が―――。
「だから―――滅ぶのさ。滅ぶべくしてな」
瞬間、羽音有子の姿はかき消えて、同時に―――同盟員たちは、風紀委員が監視及び拘束するはずだったというのに、それをあっさり抜けて―――。
「君たち五月蝿いね。だが、まぁ仕事なんで―――」
申し訳ないと言いながら、拳の一発で、まるで戦術級魔法を放ったかのように、扇状に倒れ伏していく。
―――1科生の紋章を着けていた人間たち。シュプレヒコールを上げていた人間たちが、だ。
堂の入った連続したボクサーパンチ。その直接打撃と拳圧が全員を倒していく。
「なっ!?」
「子爵級悪魔!!!」
「ヤング・ヘルマン!!!」
呆気に取られた自分たちとは違い、敵の正体を見破った浦島とシールズは動き出したが。
その言葉を聞いたヘルマンとやら……2科生の学生―――その擬態を脱ぎ捨てて。
「はっはっは!!! 少年少女よ!! こんなゴミ溜めの掃き溜めみたいな連中に、関わっちゃダメだと思うぞぉおおおお!!!」
化け物のような面を見せて―――その口を一杯に開いて天井に向けた。
予想されること―――それは。
大講堂の天井を崩落させるほどの大規模魔法、レーザービームのような光線が天井を直撃。
その効果は絶大であり、天井は崩落を開始する。病葉となった天井の建材が土砂崩れのごとく降り注ぐ結末。
それを何とかするためにも―――。
達也はそれを消去しようとしたのだが―――その前に……。
「アデアット!!!」
何かの布を出した浦島は、それを手にしてから天井に放り投げた。すると布は自動的に―――物理法則と質量保存の法則を無視した広がりを見せて、下にいる自分たちを影にするのだが。
その布を突き破って、建材が落ちてくる気配はなく、そして布は――――小さく、極小にまで縮んで、包まって落ちてきたのだ。
全員が呆然としていたが―――ヘルマンなる化け物は消えて、少しだけ壊れて怪我人、重傷を負った人間数十人が放置されている中でも、浦島とシールズはヘルマンを追って外へと出ていったようだ。
「なにが……」
起きたんだと続けることも出来ないほどに、連続した異常事態の全てに―――。
「委員長! 有志同盟の面子がいません!!!」
「それと、外で」
瞬間、大講堂にいる全員が身を竦ませるほどの大轟音が聞こえてきた。悲鳴すら聞こえるそれは―――明らかに戦闘の合図である。
「こんな感じです!!!」
風紀委員たちの報告が続々と上げられていく中―――取るべき行動は……。
「雪姫先生……私達はどうすれば……」
「さぁな。怖いならば外に出るな。ただ……自分たちの現実が覆されるなど、身の危険が迫っていると分かっていても外に出たいならば―――私は止めはせんよ」
わずかな勇気が本当の魔法。
そう言っていたことを思い出す。布を自分の胸の谷間に入れた雪姫先生は、その後には浦島たちと同じく大講堂を出ていくのであった。
残された自分たちはどうするべきか。吹き抜けとなってしまった天井。そして労るように殴られた1科生を見ている2科生……。
色々考えたが、やはりここから出て事態を見極めることにするのであった。それがどういう結果を齎すかは分からない。
それでも向かうことに意味はあると信じて、司波達也は妹と共に向かうのであった。
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「ブランシュとやらの装備! 完全にPMCの連中のそれだな!!!」
「ド―見ても裏火星のテクノロジーも入っているワ!」
特殊なタクティカルアーマーを着込んだ兵隊たち。無機質なフルフェイスマスクで顔を隠した連中は、こちらに銃弾を吐き出してくるが―――。
「ぬっ!!!!!」
それよりも早く動いた啓太とリーナによって無効化される。瞬動による移動のあとには―――。
「「
その装備を剥がすことで無力化をするのであった―――が―――。
「きゃー!!」「いやーん!?」
どうやら女性もいたようで、全裸状態になったことで羞恥心がマックス。そして啓太は眼福マックスであった。
「レディーのヌードをマジマジと見るな!!」
「ぶべっ!!」
顔を引っ叩かれて、眼福タイム終了。
とはいえ、この人達をどうしたものかと想うも―――。
「すらむぃ! あめ子! ぷりん! 出番だ!!」
「いえっさーだぜ!」
「けーた!」
「水上防衛隊出動……」
いつもどおりに『契約使い魔』を使用して拘束するのであった。
「水牢にいれとけ! 溶かすなよ!!」
「あいあい!! ヘルマンのおっさんらしき魔力を感じるゼ! 気をつけてナ!」
「マスター、ごブウンを……」
「わたしは心配していません!」
三者三様の返事を聞きながら、啓太は牙を剥く相手を探すのであった。
状況は最悪であった。敵―――と想定していたブランシュの戦力は、こちらの予想を上回る。しかも、相手は別段何か資産的な価値あるものを盗ろうとしているわけではない。
自分たち……魔法師をアブダクションしようと動いているのだ。
即ち―――。
「いたぞ!! 十文字とかいうデミヒューマンだ!!」
「捕らえろ!!!!」
こうして自分が目立つことで、敵の眼を惹き付けるしかないのだ。
ハイパワーライフルなど目ではない銃弾の連射。
ガウスライフルとかいう電磁加速弾の連射は中々にキツイ。十文字が『鉄壁』で動きながら、他の魔法生徒に攻撃を願い出た布陣ではあるが、それが中々に出来ない。
(そうか、あの銃はEMP兵器としての特性もあるということか)
如何にCADがかつての魔法道具と比べて優れている。呪文詠唱を必要としなくなった。
そう豪語出来ていたとしても、どうしても最後にはテクノロジーとしての障壁が存在する。
それは電子機器ゆえに『高圧電流』などには弱いということだ。
当然、現代の電子機器はそういった風な突如の空気中の放電にも耐えられるように作られている。当然、CADもそうだ。
しかし……だからといって近距離に落ちる落雷や、何かしらの事故で発生する電磁パルスなどの影響下に置かれれば、どうなるかは分からない。
CADを開発した技術者とて、相手が『放電』系統の術式を使った場合のことを考えていなかったわけではない。
しかし現実に、電子機器であるCADには電子金蚕なる古式魔法なんだか、ワームウイルスだかが脅威として存在した時期もあったのだ。
まぁつまり―――。
(完全に魔法師だけを殺す機械かよぉ!!!)
CADを無力化するだけの『電磁パルス』を放つ銃弾。
攻撃と防御を一手で行えるそれを前にして、学生魔法師たちに被害が出つつある中。
―――援護の手が出る。
「がはっ!!」
「おぼっ!!」
この電子圧の中でも構わず動ける超人―――魔法使いが動き出したのだ。
「浦島……」
自分たちを制圧せんと圧を掛けてきた連中が、次から次へと吹っ飛んでいく。
後ろを取られたことで脅威判定を上げたようだ。
「クイックムーヴの使い手!?」
「散れっ!!」
相手はかなりの練度だ。そのアーマーの機能を十二分に操り、魔法師でもそうそう出来ない身体移動をこなすのだが―――。
冗談のような拳圧―――いや、拡散レーザービームのようなものが猛烈な勢いで、扇状、放射状に放たれて自分たち魔法師が苦戦した相手を倒していく。
その理不尽! まさしく嫉妬であった!!
「戒めの風矢!!!」
「う、うごけない!?」
「風花・武装解除!!!」
「アーマーがふっ飛ばされた!?」
そして無力化をしたあとに、何かの水の球の中に入れられるブランシュメンバーたち。
それを数分でこなした男と女が、克人の前に立っていたのだ。
「浦島……ブランシュが着ているのは?」
「まぁ裏火星のPMCで標準装備されているものですね。魔法能力が低い人間たちを兵隊として活用する装備です―――あくまで『マギステル』としての『魔法能力』ですけどね」
つまり完全に『やられる』装備だったようである。やっかいな限りだ。
「状況は?」
「何とも言えませんね。俺たちとしては、ブランシュなんて連中は皆さんにお任せしたいんですけど」
無茶を言うなという言葉を飲み込んで、ブランシュなんざどうでもいい程の脅威が出たという言葉に聞き返す。
「アーウェルンクスか?」
「あの若白g―――いや、もう若くないけど、それの『創造主』がです」
その言葉に、魔法使いのことに詳しい十文字の血の気が引いた。
そして―――図書館の方向から、強大なまでの……邪気であり魔素が放たれた。
瞬間、校舎全てが爆砕したかのような『魔法』が炸裂。校舎棟―――特に1科生側の場所が縦割りの断面図のように成り果てた。
遅れて轟音が鳴り響く。
莫大な量の炭酸が弾けたかのような、とんでもない爆音が連続して鳴り響き、地面すら揺れている。
恐慌が起こる。悲鳴があちこちで上がり、立っていることすらできなくなる。
――――災厄が来臨する。
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「君たちがマークしていた司甲くん―――まぁ今はもう賀茂くんだが、結構な地位のヒトでね。西の方の『偉い人』から保護を頼まれていたんだ」
「ごっおおお………」
悲鳴というか呻き声だけしか上げられない沢木。苦悶と苦痛に苛まれている中、1人だけ直立不動の白髪頭は、今まで覆っていた偽装を剥いでいたのだ。
「まぁ君たちは怪しいと思った人間をマークしていただけだ。職務に忠実でたいへん結構。だが、そもそも……既に入れ替わっていたんだから、当然であり……つまり君たちは無能ではないが、無知すぎたということだ」
「あ、あんたは……!!」
「そして大根役者すぎた。ヒトを問い詰めるならば、探偵・刑事を気取るならば、もう少しセリフは考えろよ―――改造人間ども」
嘲り・皮肉・嘲弄の限りを言われて、倒れ伏していた風紀委員2人は歯ぎしりして痛みに耐えながら、起き上がろうとしても起き上がれない現実に圧し潰された。
「ボス、ブランシュの連中は予定通り動いているとは言い切れないです」
「予定違いはどこにでもあるが―――ふむ……漁夫の利、一石二鳥を得ようとしてもムリかな?」
「止めといたほうが賢明ですよ」
部下である男に窘められたフェイト・アーウェルンクスは、倒れ伏した魔法師2人を『ヴィクティム』にしろと言う前に―――。
強烈なプレッシャーが、放たれた。
「ボ、ボス! フェイト様!!!」
「ああ……今回の『ヨリマシ』は、マギクス……恐らく壬生紗耶香さんか。甲くんの報告通りではある」
「それでは―――」
「サヤカ=ヨ■■というところか。君は本社に戻れ―――いざとなれば戦力を引き連れて駆けつけろ。アスラ」
「ぎょ、御意です……」
本当ならば、自分の戦いに着いていきたいであろう部下を本社に返してから、ここからでも見えている天にまで上がる柱の下に向かうことにした。