「ふむ……少々、勿体ぶった演説だったかな?」
「そんなことはありませんよ。九島閣下のお言葉は若人たちの心に届いていましたよ」
あからさまなおべっかを使う大会役員に作った笑みを浮かべながら、九島烈は少しの違和感を覚えていた。
だが、自分を騙すほどの魔法師など……。いや、魔法師に限らなければいくらでもいる。
苦い思い出とともに思い出す。
自分が全能感を覚えていた、強化措置を受けた後の魔法能力をブッちぎる恐るべき能力者達。
『悪魔』『不死者』
『吸血鬼』そして……『真祖』
世界とは、かくも深く、悍ましく、凄惨で、残酷で、広すぎて、巨大すぎるということを痛感させられた少年時代。
自分の弟……愚かな実弟は、自分を超える能力を持っていた。その力を俗世の栄光だけに使えば良かったというのに、弟は彼らと同じでありたいと思ったのだ。
自分たちは日本政府の思惑で作られた存在だ。その意図をはみ出せば、どのような事になるかは理解できていたはずなのに―――。
そして自分の権力欲と時の日本政府との思惑は合致して、弟を追い出して自分を九島という家の当主に据えさせた……。
その上で作り上げた制度は……すでにどん詰まりを迎えていたのだ。
(そして、優秀な魔法師の卵だけを集めたこのような大会……不協和音は響くばかりだ)
もはや何が悪かったのか分からぬほどに、烈の思惑は崩れっぱなしだ。
(だがせめて……エヴァンジェリン殿だけでも、自分に味方してほしかった……)
「そりゃ無理な話だ。故郷から追い出されたケンの身の上の方が重なるからな。どうしてもお前には辛く当たらざるを得ない」
思念が『召喚』の呪文であったかのように、自分ひとりだけとなった部屋に一人の『少女』が現れる。
影を使ったゲートだろうが、魔法師ではこんな移動術は使えない。正しくチーターである。
そんな少女は黒色のゴシックロリータの服を着て、まさしくロリロリな様態である。
まるで老人がイケない無聊を慰めるために呼びつけたような様態の格好は、いろいろな意味で『現在の烈』には頭を悩ませてしまう。
「……何か御用ですかな? 雪姫先生、いえエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルどの」
「フルネームで呼ばれるのも久々だな。だがあのこまっしゃくれたレツ坊やがこんなヨボヨボのジジイになってしまったんだ。大した用事じゃなくても顔を見るぐらいはするさ」
そのあざ笑う言葉に反感を覚えながらも、とりあえず会話をする機会が得られたので少しだけ会話をすることに。高級ソファーに腰掛けながら、対面の同じようなソファーに座るよう促すと少女はそれに従う。
「成程、ただの戯れでしたか……ならば戯れついでに聞きたいことがあります」
「なんだ?」
「……ライフメイカー、ヨルダ・バォトは再び降臨しますか?」
「するだろうさ。分かりきったことを聞くんだな……もう少し面白みのあることを聞いてくるもんだと思ったのにな」
頬杖を突きながら、つまらんと言わんばかりの少女。だが、烈としても言いたいことがある。
「―――我々はかつてあなた方、マギステルと契約を結んだはずだ。いずれ魔法師は
苦悩を刻みながら一言一言、身を絞る想いで言い募る。それこそが烈にとっての発端。
「四葉が生み出した『彼』こそがそれであったはずだ!!! なのに何故!!! こんな残酷なことになる!? 来臨したヨルダがやったことはまず『魔法師』を殺すことだった!! 我々は体の良い撒き餌なのか!? ヨルダを弱らせるためだけに存在している雑兵でしかないのか!? ……あなた方は裏切ったのか!?」
口角に泡を飛ばさんばかりの勢いで烈は絶叫するように言う。これこそが、聞きたかったことだ。
若者たちを死なせたくなかった。自分たちの存在が間違いではないと教えたかったのに、現実はそれを裏切っていく。
京都にいる『近衛様』にも聞けなかった重大な事実。
だが――――――――。
「知るか。そんなこと。あの女の考えなど分かるわけがない。当て推量で物申したって意味がない」
言葉はあまりにも寂しいものだった。表情も冷たすぎて烈は拳を握りしめるものだ。
「ついでに言えば、四葉のガキは完全にアウトだ。奴こそが、ヨルダが憑依するに値する『器』の最有力だ。少しだけ測ってみたが、アイツの
「……どういう意味ですか?」
烈の耳にも詳細に入ってきているわけではないが、彼こそが四葉家の秘蔵っ子であり、そしてその能力は待ち望んだものだと思っていたのだが……。
「四葉達也はその気になれば、魔法師だけの楽園を作り、そこに閉じこもる。そこを楽園だと信じて、そこを天国だと教えこんでな―――何も知らぬ。いや、考えを放棄した連中をあたかも信じさせて……そしてその他の人間は、自分に同調しなければ如何ようにも扱う」
「そのようなことを……」
まだ司波達也もとい四葉達也のことを見きれていない烈ではあるが、この600年以上もの悠久の
「まぁ先々の話だ。私も久々に目通りした『師匠』から見せられたものの一つだが、軽く言っても地獄だったのでな……ちょいと言いたくなった」
茶目っ気のつもりかもしれないが、頭が痛くなる。
だが、その言葉で分かることもあった。
それは『世界の形』の一つなのだと……。
・
・
・
「あーもう!!! 嫌な感じだった―――!!!」
何が嫌な感じなのか、分からなくもない。とはいえ―――。
「大体! 浦島君も何でそこで深雪に対してフォローしないのよ!!! 持ち上げれば何かあったってのに!!!」
そんなものは、九校戦の公式端末で、全ての生徒の魔法能力というか成績のほどは、それなりに晒されている。
問題は―――。
「そして田中太郎という偽名使い!! なんなんだアイツは!? そんなにまでも本名を名乗りたくないのか!?」
「かもしれないね」
いきり立つ親友の光井ほのかに返す北山雫は、浦島啓太という男子が、そこまで本名を名乗らない理由の一端を知っていた。
「浦島家は、財界でもちょっとした名士の家だから、無用なトラブルを避けるためにも、そういう本名を名乗らないでいるのかも」
「えっ? 実家は和菓子屋じゃないの?」
「それは経営の一つ。他にも『温泉旅館』『国際貿易商社』……etc。かなり手広くやっていて、それら全てがかなり好調なんだ」
「……ホクザンよりも?」
思わずほのかは、言っている親友の家の稼業と比べたが……。
「簡単な財力規模で言えば、ウチだけど、商売ってそういうのだけで決まらないから」
こればかりは新興の財閥では分からないものがある。それだけじゃ肝心の所には入り込めないのが、ビジネスという伏魔殿の恐ろしいところだ。
明治以降に勃発を果たした日本の商業会を始めとした財閥は、WW2の敗戦後、進駐してきたGHQに解体を命じられたあとにも、驚くべき復活を果たしてきた。
そこには米国に本拠を持つロックフェラー、ロスチャイルド、モルガン、カーネギーなどの財閥との明治以後に出来上がった繋がりと、後の世界戦略による意図も多分にあったのだが……。
明治の魑魅魍魎が跋扈する世界。
植民地時代の列強の脅威に対して、永らく鉄の結束を誇ってきたこれら伝統ある財閥は、その独特の嗅覚で巧みに異分子を嗅ぎ分けるのだ。
そういった機微に疎いホクザンなどの新興の財閥では、決して牙城を切り崩せはしない。
影では成り上がりものなどと陰口を叩かれているのではないかと思うほどだ。
「そうだったんだ……」
「まぁ私も浦島家の人とは会ったことがないんだけどね」
結局の所、謎は深まるばかりだ……。
そうこうしている内に、B組の賑やかしたる明智英美が温泉に行こうなどと誘ってきて、この話は終わりを迎えるのだった。
そんな一方で……。当の本人は気楽なものであった。
「んじゃ九郎丸は魔法世界、それも桃源神鳴流の方のヒトだったのか?」
「うん。兄様が『武者修行に出てこい』などと言って、こっちの方で色々と手続きしちゃったみたいで……まぁ何とかやれているかな。けど、中々―――
「そりゃ隠れ潜むのが常の人種だもの。しゃーないさ」
寧ろ魔法師の方が変なのだ。
マギステルのマジックはいうなれば『努力次第』で『誰も』が習得可能な人間技能であり、何か偏重した才能が無ければ使えないようなものではない。
当然、一部の例外というものはあるのだが……基本的にどんな魔法でもそれなりの素養と『魔力』『気』の発現さえあれば使えるものだ。
実際、どこぞの英雄……雪姫が愛し焦がれた男は『カンペ』のようなものを読まなければ、呪文を唱えられなかった。ぶっちゃけ暗唱することが出来なかっただけなのだが……。
だが、魔法師には
そういうことを覆したかったのが、九島健なのだが―――。
「ちょっ! 九郎丸!! そのハメはやめぃ!!!」
「ローニンズゲート
クソがっ! という暴言を吐き捨てるのを抑えつつ、コントローラーを握る手に汗が滲む。
ここで超必を出すタイミングを―――。
などと格ゲーマーとしての血を騒がせる戦いは、不意の来訪者を告げるチャイムのせいで中断せざるをえない。
「シールズさんかな?」
「夜中に男子の部屋に来訪するなんざ、修学旅行かっつーの」
ぶっちゃけその辺りは完全に区切られているはずなのだが……追い出すことは難しいかもしれない。
(―――殺気をビンビンに走らせやがって野良犬・ケンカ犬が)
啓太と同じものを察したのか、九郎丸も持参してきた野太刀を手に立ち上がるも、手だけで抑えてから自分が応対することにした。
ドアの端末に出てきた男。司波達也に、『何だ?』と手短に問いかける。
『―――少々話したいことがあるんだが……』
「明日にしろ。俺はいまこの九校戦で出来た友人を歓待しているんだ」
無粋な限りの男を素気なく追い払う言葉。
「どうせ喫緊の用事でもないんだろ? 帰れや」
『随分とお前は冷たいな』
「そりゃ師匠が氷属性の魔法を得手としていたからだな」
水属性たる自分は、師匠と似通ってしまうのである。(屁理屈)
『とにかく、俺はお前に聞かなきゃならないことが―――』
激昂するような調子になる男。別にこいつに公益性とか、公共性とかそういう気持ちがあるわけではないのだろうから、野良犬・ケンカ犬に絡まれている気分にしかなりえない。
自分が有利、頂点に立つためならば、己の理屈や己の考えのためだけならば、他人の都合など気にしない。挙句の果てには情理も条理も意に介さない―――究極のエゴイスト。
正しく魔法師の極みである。
「僕のことならば気にしなくていいよ啓太君、それより扉の前にいるヒトと話したほうがいいんじゃないかな?」
「やだよ。キミの勝ち逃げで終わらせるとか」
「うーん。なんて辛辣な。ちなみに扉の前にいる男子ってなんて名前?」
「司波達也」
そんな風な会話が、達也にはインターホン越しには伝わっていた。流石にここでも『理論主席』なんぞと紹介されたならば、流石に蹴りを入れたくなる気分だったが……。
次の瞬間には―――ぞわっ! とするほどの気配が達也に伝わる。
正直言って怯えを覚えるほどの、何とも言い知れぬもの。恐怖と言えたかもしれないが……。
『そうか、君が『タツヤ・シバ』か……何を話すか興味がある。僕も同行していいかな?』
ここで駄目だと言えば、恐らく更に浦島は出てこない。というか主導権があちら側にある以上……達也に決定権はないのだ。
『いいさ。扉の向こう側にいる人が、夜更けに不躾かつ無粋なことをやっているんだ。そっちに否も応も無いことは理解しているよな?』
「ああ……」
イヤな奴だ。まぁ確かに正面から見れば、そういうことだし、特別仲良しではない。むしろ仲は険悪なほどだ。
だからこの対応は分かっていたとはいえ、少々達也としてもキツイ。相手がただ自分をナメているだけの相手ならば、特に何でもない。
要は、噛み付いてくるならばそれ相応のことをするのだが、浦島の場合はスッポンのように、一度噛み付いたならば相手が降参するまで、息絶えるまでは噛みつき続ける相手に思えるのだ。
ようは―――達也にとって油断ならない相手だ。
そんな実力や技能の高低程度でしかヒトを評価出来ない人格は完全に看破されていて、更に嫌悪感を増しているのだが―――。
浦島とともに出てきた相手、女か? と見間違えそうな少年。先程まで一緒に作業していた五十里という先輩と同系列な女顔の少年が、剣呑なものを手にしながら出てきたのだ。
「―――ホテル内じゃなくて外に行こう」
「九郎丸もそれでいいか?」
「構わないさ」
何だか敵意を九郎丸という少年から感じる達也は、どこかで会っただろうか? とそう思いながらも……不穏な空気を伴いながら外出するのであった。