一高にとっての第四試合とも第五試合とも言える七高との試合は「渓谷ステージ」で行われた。
渓谷ステージの形状は「く」の字形に湾曲した人工の谷間。水が流れていると上流・下流で有利・不利が生じるので、実態は渓谷というより崖に囲まれた細長い「く」の字形の湖だ。
いや、湖というほど水深は無いので(最も深いところで五十センチ前後)、細長い「く」の字形の「水溜り」か。
海の七高などと称される相手校にとっては、海水と淡水の違いはあれど『水』があるという状況が、色んな意味で有利に働く。
この試合はその前文の通りに七高の独擅場だった。
流石に此処に来るまでに浦島啓太の恐るべきバトルマジックの前に沈黙させられてきた相手校を見ていただけに、徹底的な遠距離砲撃に徹している。
しかもエクストラアタッカー10人が、遂に他のメンバーも攻撃可能になったということで、展開される絨毯爆撃。
「風情がない」
襲いかかる魔法の乱舞を前に手を差し向けて呪文名を唱える。
「―――
重力子を利用した魔法がアプリから選択されて発動。離れたところから飛んできた現象改変型の魔法も全て『吸収しつくす』のであった。
「すまんな。エックス」
『お気になさらず。私はケイタの
「また来るぞ!!」
エックスとの会話を中断せざるを得ないほどに七高の攻撃は間断無い。
火力係数に違いがあると判断した後には、発生した重力球の大玉を小さいサイズに分割して周囲に浮かべる。
自動防御をさせた上で会話をする。
「このままじゃ、こちらがカメになったままに押し切られてしまうな。司波、西城―――前出ろや」
「本気か?」
「ビビっているわけじゃねぇだろ。そもそもお前の術式解体も西城の飛剣板も、こんな遠間から放てるもんじゃないんだ」
この距離はお前らの距離じゃないはずだと断言してしまうと、押し黙る2人。
ゆえに……。
「防御術式は―――掛けといてやる。そら特攻してこい!!」
(一瞬にしてこれだけの他者への強化を施すとは)
言葉の合間に、それを掛けてきたことに驚嘆しつつも。
「分かった。モノリス守備を頼んだぞ」
「支援砲撃は頼むぜ。浦島!」
そんな言葉で送り出してから亀甲魔陣での防御は忘れない。キツイ限りだが、とにかく2人を送り出して前線での戦いを繰り広げなければならない。
(俺が檻に囚われている時間は残り2分か)
今試合は今までになくスローペースな進行であった。前に出て撹乱すべき司波達也が今まで出ていなかったからだが。
((そろそろ何かを仕掛けてくる頃だろう))
司波達也と浦島啓太が読んだ通り―――七高陣が人数を分けた。
浦島啓太に向かう七人のアタッカー。そして六人のディフェンスが本陣前に居座る。
(分断してきたか)
数的優位を生かしたいい戦術ではあるが……。
「そいつは俺をなめすぎだ―――ッ!!!」
七人のアタッカーが繰り出してきた技は、驚愕すべきものだった。
「サメだとぉっ?」
サイオンで構成されたあり得ざる巨大なホオジロザメの群れが、大地に撒かれた水の上を泳いで啓太に向かってくるのだった。
・
・
・
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「出た―――!!!
「サメの主食は亀なんだ!! これで勝つる!!」
七高から聞こえてくる囃し立ての言葉に、一高としてはどうしたものかと思う。あの手の幻術とも攻撃術ともいえるものは、対処に難をきたすと思うのだが……。
浦島啓太は、その場で耐えしのいでいる。耐えながら、七高モノリスに向かった2人の進撃を支援している。
「サメだってー」
「サメですか」
「サメなんてね」
「サメじゃとて!」
「サメかぁ」
軟骨魚類の分際で生意気なという想いを何人かが持つのは、浦島啓太が骨のぶっとい男であることを知っているからだ。
襲いかかる水と、同時にやって来るサイオンのサメをいなす啓太の姿が見える。
そして、今の一高チームでようやく浦島啓太が動くに動けなかった制約である、檻の鍵が開けられた。
「―――10分たったワ」
瞬間、モノリスから半径10mに出ることを許さなかったラインが消える。
自由の身となった啓太がまっさきにやったことは、恐るべき速度で直進。そして急ブレーキからの蹴り―――当然、距離的には届かないはずだが。
蹴りの軌道……回し蹴りの要領で放たれた軌道を拡大する形で―――空気が大きく裂ける。
放たれた衝撃『刃』は、もはや巨大な『剣』も同然。打たれた人間たちは全員が痛みで立っているのがやっとの状況だ。むしろ倒れ込みたいほどである。
(分厚いアーマーの内部構造が全て切り裂かれている!!!)
(防御を担当していた術者の術ごと全てやりやがった!!! )
身体が上下真っ二つに分かれていないのが奇跡なのではないかと思うほどに重く、鋭く、疾い攻撃だった。
そして浦島啓太は……歯を食いしばって立っているだけで動けない七高生たち相手に、突っかかる。
「サメを出してくるから
言いながら何かの術を展開する啓太を前に、防御を試みようとするも―――――
「―――ネコザメだッ!!!!!」
『MYUUUUUUUU!!!!』
セリフと同時に意趣返しのように、啓太の前に現れた巨大な温泉カメ(究極体)の幻影が、ヒレの払いだけで全員を10m以上も豪快に吹っ飛ばすのだった。
(((((ネコザメって……どんなサメ……?)))))
吹き飛ばされながらも、そんな疑問が走馬灯のように走った七高生たちを置き去りにしてモノリス攻略組に合流した啓太が……バックアップだけに徹して2人の見せ場を演出しつつも、『全勝』で決勝リーグへと進出するのだった。
「あんまり美味しくないんですよね」
「サザエを殻ごと食べちゃうんだよね」
「アングルによってはネコに見える」
「サメの中でも体長はそんなに大きくない」
「サザエワリとも言われるが、基本雑食でネコとも共通点はある」
無駄な豆知識を披露した啓太ガールズの言葉はともかくとして、改めて浦島啓太の能力を見た一高陣は言葉を失う。
「アイツのあの能力は何なんですか……?」
自分たちが現実的な範囲で頑張っているとでも言えばいいというのに、あいつだけがDBの世界(破壊神ビルスが出てくるぐらい)、幽遊白書の世界(魔界統一トーナメント編)の住人に見えるのだ。
「分からんなどとは言わんよ。コレに関しては」
「分かるの十文字君?」
「単純な話、マギステルの『身体強化』というものには『限界』が無いのだ。瞬動術に代表されるように、彼らの身体は我々が使う自己加速魔法よりも高速の世界での戦いを旨とする。はて無く鍛えれば『宇宙空間』での戦闘すら出来る―――当然「生身」でな」
それを冗談だと笑えないのが、現在の自分たちだ。
乾いた笑いを浮かべながら汗をかいている十文字は更に続ける。
「俺もあんな映像を見せられなければ、与太話だと笑えていたのだろうがな。だが世界最強の魔法使いが『ステゴロ』で殴り合う姿は、尋常ではない」
「……じゃあアイツのアレは……己の身体を強化した上での―――ただの回し蹴りだってんですか!?」
「正確に言えば、0−100−0。トップで生まれた慣性エネルギーを全て溜め込んで停止、そこから一気に停止状態から吐き出す……。理屈だけを申せばそれだけなのだが……」
「俺達では無理ですよ……」
そもそも自己加速魔法にしても移動系魔法にしても、その終了条件などを細かく設定しなければ、最終的な発動がならないのだから難儀なのだ。
それならば、最初っから『あれだけの威力の風の刃』でもブッパしておけばいいのだが、浦島のそれはそういう理屈を全て覆す何かがあるのだ。
野球で一点入れたとしても、ヒット3本での得点とホームランで一点の違い。
ホームランはホームランでも、ギリギリのスタンドインか場外ホームランかの違い。
そんな風にイメージしてしまう。
「……やっぱり摩利に色仕掛けで聞き出してもらうしか無いのかしら?」
「もう二度とやらないからな!!!」
そんなやり取りをしつつも、どうせ浦島啓太は何も教えてくれないだろうなと、諦めの境地の真由美なのだった。
そんな中、三高にて激震が走るような通達が走る。
「聞いたとおりだ。一条―――お前は次のモノリスコードの出場は禁止だ」
「な、なんでですか!? 時逆にやられましたが、俺自身はまだやれます!!」
「違う。そうじゃない……お前の親父さんからの申し出だ」
苦しい表情の前田校長が放ったその言葉に、ことの裏側を察する。
これ以上の失態を公衆の面前で繰り返せば、本格的に他の魔法家から突き上げを食らうかもしれない。十師族の地位に留まることは無理かもしれない。
一色、一ノ瀬、一ノ倉など他の『一』の数字持ちの家は、どう出るか分からない。
勿論、すぐさま『降格』というわけではないだろうが、それでも罷免の理由にはなってしまうかもしれない。
(あれだけ卑劣な裏工作を施してまで浦島への勝ちを狙ったというのに……俺はとんだ
反対に浦島は周囲に対して道化を演じつつ、確実に勝ちを拾っていった。恐るべき千両役者だ。
見るべき眼が曇っていた自分たちでは、気付けぬ業物が、役に対する仕込みが、懐にあったのだ。
自嘲の言葉が将輝の内心でのみ生まれる。
「逆に浦島を出場停止にすることは出来ないんでしょうか? それならば―――」
「お前なぁ。そんな飛車角落ちした相手に勝ち名乗りをあげて、一条『家』の沽券が回復すると思うか? 剛毅が求めていたのは、正体不明の魔法使いに一条将輝が勝つという絵面だ。どうにもアイツが策を巡らすと出目が悪すぎる……合っていないんだよな」
ため息を突きつつ、一条家にご厄介になっている人間ともいえる吉祥寺の苦肉の策を却下する前田校長。
「私もカン所が鈍ったよ。闇の福音……ドールマスター・ダーク・エヴァンジェルの最新の愛弟子にして、古式の中の古式―――浦島家が求めた『全幸の魔法使い』……こんなドデカイ人間を隠していただなんて、人が悪すぎるぞ雪姫師傅……!!」
「校長先生は憤るも『気付けなかったお前が悪い』とか言ってきそうなんじゃが」
「……本当、あの人だったら言いそうだよな……」
四十九院沓子の平淡な言葉にため息交じりに同意せざるを得ない前田千鶴。
「まぁどうするかはお前次第だ。反抗期もないガキでもあるまいしな。ただ、その場合出さなければならない『女生徒』がいるということは通達しておく。さて―――どうする?」
だが最後には教育者として、あるいは剛毅の先輩としての視点…2人の一条の男子を見てきたからか、そんなことを言ってくるのだった。
「準決勝までは残り―――」
「2時間だな。登録のリミットは1時間20分まで、それまでに決めておけ」
責任は私が取るとだけ言って会議室から出ていった校長先生に対して、深く一礼をしてから将輝は頭を切り替える。
ここからなのだ、と。
そして、この状況に笑みがこぼれっぱなしの少女がいることが、戦いを激しくするのだった……。