その光景に、全員が驚愕する。
仰け反り、何度か硬い路面に後頭部をぶつけた森崎。受け身を取ることすら許されず、その硬さを味わうことになるのだが。
擦り傷・切り傷だらけの身体を起こそうとしながらも現象の不可解さに、混乱するのみーーー。
「な、なにが……!!」
「俺だったら疑問を口にする前にもう一度試すね―――俺が動く前に、だ」
その言葉が挑発だと気付いた森崎は、痛みをこらえて立ち上がりながら、赤くなった顔のまま、もう一度銃口を向けようとしたが。
「まぁ真正面に立つバカはいないな」
「ぶごぉっ!!!!」
膝立ちになった瞬間、一科生の集団に割るように『出現』した啓太は、横合いから『衝撃』を食らわせる。
人間がどれだけやっても鍛えられない『内臓』を撓ませる一撃。俗にリバーブローと呼ばれるものが、その威力以上に森崎を今度は横っ飛びにふっ飛ばした。
人間が水切りの石のように吹っ飛ぶ現実を見せられる度に、誰もが唖然とする。
「―――お兄様……」
「――――――」
不安げな顔で達也を見る深雪を認識したが、何も言えない。何も分からないのだ。
(眼で見たが、何も分からん……精々、サイオンではない何かのチカラが『循環』しているのは分かるが―――)
肝心の森崎をふっ飛ばしている『原理』が分からない。
浦島はポケットに手を突っ込んだまま何かをしている。
これが、ふっ飛ばされている森崎の家の家伝『ドロウレス』であるならば、とんでもない皮肉ではあるが。
(浦島のポケットにはCADの類が無い!)
それがどういう事実か―――皆目見当がつかないのだ。
しかも、それでいながら自己加速魔法なのか、それとも移動魔法なのか、ともかく分からんが……。
「ぶ、分身の術でしょうか?……」
深雪の言う通り、先程から眼を離すと浦島の姿が見えなくなる。その後には全くもって別の場所に出現しているのだ。
まるで幾つもの浦島啓太が次から次へと現れる。
移動魔法や自己加速魔法をぶっ千切った超々高速移動―――としか言えないもので、何とかターゲッティングしようとする森崎をあざ笑う。
その度に、出現した方向から細かな『圧』が何十発も放たれて森崎を痛めつける。
もはや、森崎は何も出来ない。両方の目蓋は腫れ上がり、目視することすら困難になっていく。嬲り殺しも同然だが―――このような結果を誰が予想出来ただろうか。
(浦島啓太……一体……!!)
「うっしゃー!! ソコだーー!! えーい面倒だ! この辺でノックアウトだい♪」
(―――ドラマーなんだろうか?)
何者なんだ? と言うセリフを、シールズの囃し立ての言葉で変換されてしまった達也だが、事態の大きさに変化が現れる。
これだけの騒ぎ。当然、駆けつけるべき者が出てくるわけで―――。
その前に、この騒ぎを『閃光魔法』で止めようとしたのか、A組女子がCADを読み込んだ所に―――サイオン弾が直撃。
とんでもない精度を見せたそれの後には、次弾であるドライアイスの弾丸が作られて、散弾撃ちをしていた浦島に放たれようとして―――放たれた瞬間。
浦島は位置を変えて、四方から迫るドライアイス弾の交錯地点、即ち数秒前まで浦島がいた位置に森崎を押し出した。
「あっ!!」
「まっ、まっt―――」
放たれたドライアイス弾丸は、放たれる前ならば何とかコントロールを出来たが、放たれた後ではただの物理現象にさらされるのみ。
慣性の法則を消費しようと動き出し、真由美が焦った瞬間
―――。
「魔法の射手 連弾・氷の2矢!」
横合いから響く言葉。厳然たる命令により、氷の矢は連刺しの形でドライアイス弾4つを砕いていた。
「何で、自分の反応速度よりも速い相手に弾を当てられると思えるんだ?」
「う、うぐっ……す、すみません」
ノロマが、と言われた気分の真由美が金髪女教師に謝る。
そんな真由美とは別に―――。
「風紀委員長の渡辺摩利だ。君たち1年A組とE組の生徒だな。事情を聞く―――当然、起動式は展開済みです。抵抗すれば即座に発動します」
睨みつけるような渡辺摩利とかいう女子の言葉に誰もが萎縮する。青ざめる。あくびをする。ためいきを突く――――若干名、違う態度をする人間もいたが……。
「啓太! 何をやってる―――うわぁ! 大怪我人!!」
雪姫に連れてこられたらしき懐かしい顔。彼はどうやら1科らしく、紋が着いた制服を着ていた。
そして倒れている相手を見て驚愕している様子だ。
「おや懐かしい顔一人、面倒だから幹比古。
当たり前のごとく啓太に回復手段はあったわけで、面倒だから知り合いに任せてしまうのだった。
「わ、分かった! コノカ様の魔力かぁ……貴重な体験だぁ……」
啓太の渡した扇を手に回復を仕掛ける幹比古。それを見てから、向き直った気の強そうな先輩女子は、険相を浮かべてこちらを見てくる。
「――――――随分と舐められたものだな私も」
「抵抗はしちゃいません。ただ単に、そこにいる怪我人の救護のための道具を渡しただけです」
「………物は言いようだな。そもそも―――何が発端だったんだ?」
そうこれだけの怪我人を出して、下手人たる人間は―――。
(そもそも、やったのは浦島なのか?)
そういう疑問が出てくる。あれだけの圧で、何度も森崎をサッカーボールのように叩きまくったアレの原理は、何も分かっていない。
超高速で移動し続けた手際は褒めるが……。
答えを知っているのは―――数名いるが、簡単に口を割るまい。そうしていると。
『みゅう♪』
やぁ! とでも言わんばかりに……カメが、達也の目の前で浮遊して、ヒレで挨拶してきた。
大きさはまだまだ小さい方だが、それでも―――空飛ぶカメという不可解すぎる存在の甲羅には何かが括り付けられており――――。
興味に駆られて、その『映像再生機器』らしきものの『再生』ボタンを押した。
『ですから何度も申し上げている通り―――わたしはお兄様と帰る予定なんです』
投影された映像が……事の発端から結末までを克明に記録していたのだった。
十分後………。
「なるほど、事情は分かった。しかし……」
全てを見終わったあとに渡辺摩利は、不実を暴露されて意気消沈するA組を無視して―――。
「ケイタ、今日の晩ごはんはナニにする?」
「まだ買い物にも行けてないのに考えられないよ」
……『主犯』とも言える2人に眼をやった。見ただけならば、この内の浦島啓太こそが下手人だが……。
(ナニをやったのかが分からない……!)
CADを相手に向けずに魔法を発動する方法というのは無くはない。ぶっ飛ばされた森崎の家が開発したドロウレスというものだが、これの場合は単純な魔法が殆どであり、これほどの大威力の術を抜かずに放つなど―――。
「そこの金髪と話す一年男子―――浦島とか言ったか」
「いいえ、田中です」
「それはもういいわよ! 天丼か!?」
真由美が思わずツッコミを入れるほどに、使い古された一手である。だが……。
「―――君がこれだけのことをやったのか?」
「しがない雑草だとナメた報いです。もっと言ってしまえば、俺も知らないわけじゃないご老人のことを悪し様に言われて、むかっ腹が立ったわけですね」
「………義憤に駆られたからと、このような暴力沙汰を許していいわけがない―――しかし……」
何をしたかが分からない。サイキックでもないし、見えぬ暗号化された魔法式でもない。
立証責任がこちらにある以上―――森崎は、誰から放たれたか分からぬ原理の不明な圧でふっ飛ばされただけということになる。
「―――そのポケットの中、見せてくれる?」
先程からズボンポケットの中に手を突っ込んでいる状態に容疑を向けた。真由美の言葉で手を出して、ポケットの内側を引き上げる浦島。
何も握り込んでいない手のひらを見せて『タネも仕掛けもありません』という態度が、余計に何かを隠しているということになったわけで―――。
「ならば、そのポッケに実際に手を入れさせてもらう!!!」
「私が右!! 摩利が左!!!」
「―――」
避けようと思えば避けられただろうが、何かに怪訝な顔をした浦島の目線は―――雪姫先生に向けられていた。
「―――」
だが、注目は浦島のポケットを後ろからまさぐる美少女2人に注がれる。
彼女たちとしては危険性高すぎるCADなり、なにかしかの魔法具を探ろうとしていたのだろうが、どこまで手をやっても『何も見つからない』のだ。
「ちょ、ちょいと!! 先輩方!!!」
流石に接触が多くなっていったことで浦島も焦ってくる。ズボンのポケットを破かんばかりに、深く手を差し込もうとする度に、目に見えて強調されている胸が、あちこちに当たっていく。
制服越しとはいえ、その柔らかさを味わって美味しい思いをしている浦島に対して―――。
―――なんで、アイツだけ!
達也を除く周囲の男子一同の心が、同調した瞬間であった。
だが、こんな状況でも一向に動かない浦島に対して、達也は怪訝な思いで―――。
(何かが浦島の足を拘束している?)
そんなものが見えた瞬間、遂に―――。
開かずの金庫を開けた鍵師のごとき声が響く。
「見つけたぞ!! この太くて―――」
「長い棒のようなものが、森岡君を叩きのめしたもの―――……アレ?」
詳細を語る女子の先輩2人の声が途中で戸惑う。さりげに加害者(未遂)にして被害者(重傷)の名前を間違えているのだが……。
「あんたら……何処触ってるんだよ……」
その羞恥心からの言葉と、自分たちが得物として見ている位置で何となく気付く。浦島啓太から見下ろされる摩利と真由美の顔。
こ、これはまさか!!!
「「きゃああああ―――ぎにゃあああ!!!!!」」
大変失礼かもしれないが、風紀委員長の方は凛然とした様子とは真逆の少女らしい悲鳴にギャップ萌えの真髄を見る。
「いててて!! チカラ強く握ろうとするな!!」
「ワタシのケイタの『カメ』になんてことすんのよ!!」
さっさと離せばいいのに、いつまでもポケットの内側に手を突っ込んでいる女子先輩2人(顔真っ赤)は、アンジェリーナの言葉でようやく、ポケットから手を出す。
……何だかちょっと名残惜しそうな手つきがひどく淫靡だと達也は想ったが、あえて言わない。
そんな先輩2人に一瞥もやらずに浦島は、雪姫先生にだけ眼を向けている。
「エヴ……雪姫! いい加減離せよ!!」
「んー? 私は何もしとらんぞ? 美少女の先輩2人に、イイコトされて良い気分だろう?」
戯けた返答をした雪姫先生に対して、ふざけんな! と言わんばかりの表情で、ようやく動かせた手で膝を叩いた浦島。
(雪姫先生の拘束術を足に食らって動けなかったのか?)
「しかし、何の躊躇もなく『ポジションチェンジ』を頻繁にする男子のポケットに手をやるとは、お前らそれでも女子か?」
その言葉にガツンと殴られた気分の委員長と会長だが―――。
「あ、いや……その―――う、浦島という名に相応しい立派なカ、カメでした!」
雪姫先生は、誰が感想を言えと言ったという顔だが、真っ赤な顔で声を上ずらせながら委員長が言った瞬間、アンジェリーナと深雪を除く周囲の女子一同が、顔を紅潮させながらも浦島の『下半身』に注目した。
美月など眼鏡を外して、裸眼で見ているのだから―――。
(なんだこのエロい空気は……)
こういうのに『乗れない』自分が、少しだけイヤになりながらも―――。雪姫先生は仲裁をはかった。
「まぁこれで収めとけ。三方一両損というわけではないが、全員がそれなりに『損』して、分けとなっただろう」
不満というほどではないが、何というか色々な意味で終わってしまった感はある。
「A組の面子―――お前たちの意識が高いのは分かったがな、お前たちの言い様は、お前たちを『どうにでもしたい』反魔法師団体の言い分と変わらんよ。彼らが日常という公共を脅かされないために、お前たちに『反抗できない首輪』を着けたがっているのと同じく、お前さん方は、自分たちが信奉する公共の利益とやらの為に、司波深雪とアンジェリーナの自由を奪おうとしたんだ」
雪姫先生の言葉、それに明確な反論は出てこない。
だがソレ以上に―――雪姫先生の言葉には実感が込められていた。もしかしたらば、この人も石を投げつけて、集団でリンチしようとする輩に追われたのかもしれない。
「そして啓太―――アンジェリーナとケンの為に拳を向けたことは理解するが……『居合い拳』によるタコ殴りはやりすぎだ。おまけに『連続瞬動』による移動など見せ過ぎだ―――『タケミチ』は、こんなことの為にお前に『無音の拳』を教えたんじゃないんだぞ」
「―――はい」
「まぁ風紀委員長と生徒会長によるセクハラで、お前も制裁は受けただろうしな―――そして……森崎瞬」
「は、はい……」
いつの間にか、五体満足に回復していた森崎が縮こまりながら、雪姫の言葉に応じた。
「お前がどれだけ魔法師の界隈に詳しかろうと、
ならば、アナタはどれだけ知っているんだ? という言葉は出ない。なぜだか分からないが、それは重みを感じるのだった。
「ちなみに言えば―――現在の魔法師たちの頂点制度、ナンバーズを作り上げた九島烈こそが、積極的に「実弟」を追い出すように画策していた人間だよ」
―――その言葉に一部を除き、誰もが心臓を掴まれた。
「―――血を分けた実の弟すら、権力の奪取のために国外に追い出す人間が作り上げた『生臭い制度』の下で、『選ばれた人間』などと誇っているような連中に、果たしてそのような『変革』が出来るか―――私は甚だ疑問だな」
最後の笑みを浮かべながら放たれた言葉は、現行の制度下で生きている魔法師たちにとって最大級の皮肉であった。
その皮肉を最後に校舎に去っていく雪姫先生の背中はどことなくさみしげなものに見えた……。
「―――雪姫先生にまとめられてしまいましたが、生徒会の沙汰は同じく、今回の件は一応不問とします。先に手を出した方が悪いですが、それを元に過剰な暴力行為もまた遺恨を残します……その事を覚えておいてください」
とことんまで恐縮する森崎を見てから、『肩が凝った』とばかりに腕を回す浦島を見た七草会長は、そのあとに解散を指示するのだった。