「モウッ! ドコ行ってたのヨ!?」
「九郎丸とちょっと剣戟をな」
どこでもいいだろ。などと返せば不機嫌になることは理解しているだけに正直に話しておく。もっとも詳細に関してはあまり語らなくてもいいだろうと思いつつ、何かあったのかとアンジェリーナに尋ねると。
「ミユキの飛行魔法に関して、チョットよくない感じで」
「? 全校に流布する形で決着したんだろ? 今更なんだよ」
面倒な思いでいながらもテントに入ると、そこかしこから『ようやく来たか』という面をされる。この期に及んで俺に何か用があるべきことだとも思えんと考えながら何事かと思う。
そうして会長が口を開いた……それは―――。まぁ一高にとっては好ましからざる事態であろう。
「浦島君の懸念が当たった形だけど……どうしたものかしらね」
「何でそこで全員の視線が俺に向くのか分かりませんね。知りませんよ。使ったやつ・使わせたやつで責任持って事情説明させるべきことでしょ」
「そりゃそうなんだがな」
水尾佐保がリークしたわけではないだろう。時間帯的に、そして三高の判が無い以上、どこかの学校にいる誰か『切れ者』が画策したのだろう。
2・4・6・7・8・9の魔法科高校の連名・連判でつらつらと『一高の不義・不実』を書き上げて、決勝戦での飛行魔法の使用を禁止するように委員会に訴えていた。
それゆえ、決勝リーグの開始は少々延びる形になっていた。
「で、これが何だと?」
プリントされた紙束を机に放りながら聞く。
「お前はどちらがいいか?と思ってな。当然、委員会が決をするわけだが意見すべきかどうかを決めかねていてな」
「十文字会頭じゃなくて、そこの総合首席と理論首席に行かせるべきでしょ。というわけで俺は飛行魔法をゴリ押ししでも使うということで」
「……意外だな。お前はこの懸念……飛行魔法で他の八つの学校が禁止方向に持っていくと言っていたのに」
「言っただけで、その後の展開は知りません。そして個人的にはどう考えても違反ではあろうなと思いますよ。ディエゴ・マラドーナの神の手レベルの反則行為です」
その言葉に兄妹の目がキツくなるが、全く怖くないので啓太は無視する。
「けれど……飛行魔法は、1ヶ月前にFLTからデバイスと同時に術式として発表されたんです。それを使うことは悪いんでしょうか?」
「ミラージ・バットという競技の特性上大いに悪いです」
中条の抗議にあっさりと返した啓太に誰もが息を詰まらせる。
技術屋として、そこまで言われては来るものがあった。この九校戦は確かに普通のスポーツ・運動競技大会とは違って機械仕掛けのデバイスを用いた魔法という特殊技術での競い合いだ。
そこに介在するものは普通のスポーツよりも特殊であり多い。中でも魔工技士として選手が使うデバイスの調整もまた活躍の場なだけに、司波達也を全面的に否定されることは、自分たちの存在意義を全否定されるも同然だったのだが……。
浦島啓太の舌鋒は鋭すぎた。
「ミラージの光球の出現及び打杖の際のルールに確実に触れるでしょ。光球の出現1m圏内に到達した選手に優先打の権利が与えられる。このルールで想定しているのはポールから跳躍した選手が上空で交錯する可能性を考えてのものと、同時に狙い通りに飛んだつもりでも打ち漏らした場合の攻撃選択の順序の交代を期したもの―――これってつまり、出足の速さだけじゃ決まらない。スタンピードよろしく勇んで出ていった連中に一歩遅めに出て後続として叩くという選択肢もあるわけですよ」
「た、確かに私は少し勇み足すぎたかな……到達は一番でも光球を叩く位置取りが悪すぎた……」
決勝リーグに進めなかった小早川とかいう先輩の嘆くような言葉を聞きながらも話は続く。
「地上10mに投影される立体映像の球体を叩く。この一点において、競技種目として本来ならばやっちゃいけないことがあった。それが飛行魔法だと思いますけどね」
「なんでそんな風にイジワルなことを言うんですか!?お兄様は九島閣下の工夫という言葉に則ってやっただけなのに!!」
「その言葉が如何様にでも解釈できる元凶だ。逆に聞くが……ミラージ・バットというジャンパー・ポイントゲットの競技で飛行魔法を使うその『工夫』のメリットとやらを教えてほしいもんだ」
啓太の言葉に司波達也の目が鋭くなる。それは……言った瞬間に全てが決まる言葉だからだ。
(お前まで俺を不実な人間だと責めたいのか?)
言葉に出さないが不満を覚えた達也だが妹の言葉は止まらず。
「当然、滞空していればその分10mの高さに―――」
――急所を自ら貫くのであった。
言った瞬間に思い至る様子の司波深雪。
失言というわけではないが、今さらそのことに気づいたようだ。
「競技の意義をそもそもブチ壊す魔法ではあろうな。まさしくディエゴ・マラドーナの神の手と同じだよ。オンプレー中は手を使うことを許されているのはキーパーだけなのに、手を使ってゴールを決めたようなもんだ」
カトラはその辺りを弁えていたからこそ新人戦において光井と里見との戦いではそれを使わなかったようだ。
その辺り……他の競技選手へのアンフェアを理解したのか少しだけ俯く司波深雪。これでも兄貴への敬愛だけを叫ぶかと思っていた啓太は驚くもとりあえず続ける。
「俺は元々、魔法師とか関係ない世界の人間だったからアシスタンツの重要性とか、その工業力・技術力が競技選手のパフォーマンスに関与するとか言われてもピンとこない。結局、戦うのは我の身体だしな」
スポーツ競技における道具の良し悪し程度ならば、素人考えだが分かることも少しはある。
卓球のラバーの接着剤……チャックによって打球の反発力・回転力が変わる。しかも試合直前に新品のラバーを貼り付けることがザラである。
金属バットを氷水でキンキンに冷やすことで、打球が普通よりも鋭くなる……。
しかし、そこまでだ。結局のところどれだけ道具の性能を上げたところでバットに当てられないピッチャーの渾身の一球を放られれば意味はない。
チャックでいい性能を出したラケットであっても、あちらも同条件であればまたもや意味はない。というか県レベルですら、そういうことは当たり前にやっているのだ。
「低学年向けのジュニアホビーを扱った漫画なんかでは、現実でもそうだが使用者は己のホビーマシンやトレーディングカードの性能、コンボを如何に引き出すかということを考えるけれど、魔法競技大会ってのは現実のスポーツとは違うものなんですか?」
結局、浦島啓太という人物は魔法師の関係者は多かったが、魔法師的な価値観というか……
なんせ使える人間が限られたテクノロジーなどに何の意味があるのだろうかと感じる。
それは世界を閉ざす端緒。かつて、そしていまでもヨルダ=バォトが目指しているもの。
―――『■全なる■■』への標へとなる。
そんな風な話をしつつも、飛行魔法に関しては結局全校に通達された時点で、使うことを前提にした決が委員会から来たのだった。
「この話になんの意味があったんですか?」
司波達也や司波深雪がいなくなったテント内でアツアツの緑茶を淹れつつ、可奈子から渡された温泉まんじゅうを食べる啓太は、上役3人に問いただす。
「意味、か……お前は練習時点で飛行魔法が使われれば、こんなことになると言っていたな」
「どんなバカでも分かりそうですけどね。だって上空に滞空し続けてその上で自在に移動できるならば、ミラージ・バットという競技のゲーム性は失われる」
光球の出現位置を下から見たうえで打つための位置に素早く移動・跳躍するという前提をぶっ壊せば、そりゃ妙なことにもなる。
更に言えばその跳躍の持続時間及び落着のタイミング、出現位置など全てを測ったうえで取れる光球を叩くとなれば、そのゲーム性すら失われる。
温泉まんじゅうをもう一つ口に運ぶ。
「……実を言えば、今回のことはアナタの田中太郎名乗りや詳細不明な勝ち筋に対する嫌疑も含まれていたのよ」
「でしょうね。でなければこんなことにはなっていなかった」
分かりながらも、啓太は何も言わない。
どんな慰めをしたところで無意味だからだ。
またひとつまんじゅうを食べる。食べてから端末に色々と書き込むわけだが……。
「何故……何も話さずに解決しようとする? そこまで俺達は置物でしかないのか? そして俺達に温泉まんじゅうは無いのか?」
「俺は別に自分が何か他人から見れば、『だいそれたこと』をやっていたとしても、別に他の人間にわざわざ知らせて無闇に怖がらせなくても明日の日の出を見て、今日も一日恙無く過ごせそうだーという平穏な気分を害する必要もないと思っているんですよ。あとこの温泉まんじゅうは妹が持ってきた試作品なので改善点などを書くようなんです」
村の嘘つき少年の『海賊が来たぞ〜!!』というホラが朝イチに聞こえなくても、『まぁそういう時もあるか』などと考えている方がいいに決まっている。
「けど、もうそれは無理じゃない……魔法師を利用して世界の破滅を願う人間や組織、アンドロイドがいただなんて想像すらしていなかった……それどころか、そういうことは私達が知らないところで繰り広げられていただなんて」
(俺からすれば別に想像の埒外ではない話ですね)
口には出さずに会長の言葉に思う。結局のところ、
となれば、そいつらを利用しようとするのは間違いない。
(別に俺は
あいつらが好き勝手やってくれなければ、可奈子に懸想している山梨のキャプテン・コウマがワールドユースでベストパフォーマンスを発揮してくれないかもしれないのだ。
「まぁ、泥かぶるわけじゃないですが、俺が今大会でやったことを説明すればいいんでしょ。マギステルの魔法は本質的には理屈よりも感性が先にありますから理解できるかどうかは知りませんが説明しますよ」
最後のまんじゅうを食べて『皮の発酵が不十分。酵母に改良の余地あり』と書きながら話を終わらせた。
「そうなのか?」
「ひゅーとやってひょい。ひゅーひょいっ。って感じですから」
風紀委員長の疑問に答えてから今度こそテントからいなくなるのだった。
そしてテントの外には……。
「待ってなくて良かったのに」
「イイから!ゴーアヘッド!何か見ましょう!!」
腕を取られて色々と九校戦会場を見て回ることになるのであった……。
そんな2人とは別に……CADなど試合で使う器具の検査を任された部署にて一つの案件が混乱を巻き起こしていた。
「啓太君の仕込みね……確かに違反じゃないけど……もーう!!!」
検査委員の代行というかどうしても検査委員でも判別出来ない『事項』を任された国防軍の女性士官であり、九島の係累でもある『藤林響子』は頭を抱えたのだが……
「そういう風に、男のやることにイチイチいらないケチを着けているからお前は男運がクソ悪いんだよ響子」
そんな妙齢の女の様子に一家言あるのは、とんでもない年月を生きているBBAであるが、藤林と同じように妙齢の女にしか見えない松岡雪姫であった。
「にゃ、にゃんですとぉっ!?」
「お前個人や周囲にも異論反論はあるだろうがな。
女のウソを許すのがイイ男ならば、本当にイイ女ってのは男が一本筋を通した決意にアレコレ言わないんだよ」
ぐさりっ!と心に剣が突き刺さった響子。しかし、周囲の他の隊員たちとしては納得がいかないようだが。
「さしずめ、『これ』は啓太なりの司波達也へのアンチテーゼというところだ。アイツは司波達也という個人を嫌っているからな。都合の良いときだけ遵法精神というものを叩き棒にして誰かや組織を叩いたり、そのくせ自分が有利に立つためならば、ろくでもない手段を行使する……閻魔大王様が引っこ抜くのに苦労しそうな多数の舌をな」
「つまり?」
「―――『人間大失格』というところだな」
恥の多い生涯を送っていることは間違いなさそうな馴染みの人間に少しだけ同情してしまうのであった。