面倒くさいので、取り敢えず寝る ~IS編ifストーリー~ 作:とんこつラーメン
時間は少し遡り早朝。
謹慎から解放されたセシリアは、ようやく自分の部屋に戻って来れたのも束の間、起きて早々に彼女の携帯に通話が掛かってきた。
その相手を見た途端、セシリアの顔は青ざめさせたが、だからと言って出ない訳にもいかず、渋々と言った感じで電話に出る事に。
その通話相手から言われた言葉を耳にした瞬間、セシリアの頭は真っ白になった。
「今…なんと仰いましたの…?」
『聞こえなかったのか? ならばもう一度だけ言ってやろう。良く聞くがいい』
震える手で辛うじてスマホを持っているが、いつ落としても不思議じゃない程にセシリアの精神は焦燥していた。
手汗が酷く、呼吸も荒い。
聞きたくないと思いつつも、ここで聞かなければ絶対に後で後悔するという確信もあった。
故に、聞かない訳にはいかなかった。
『セシリア・オルコット。お前はもう用済みだ』
「わ…私が…用済み…?」
『そうだ。碌に結果も残せないばかりか、候補生としてあるまじき言動を繰り返す貴様をこのまま残しておく理由が無い』
結果を残せていない? あるまじき言動?
セシリアには全く身に覚えが無かった。
正確には、自分にとって都合の悪いことは全て綺麗さっぱりと忘れ去っていた。
『まさかとは思うが、私が…否、我々が何も知らないと思っているのか?』
「な…何の事やら…」
『しらばっくれているのか…もしくは本当に分からないのか。まぁ…どちらでも構わん。理解出来ていないと言うのであれば、改めて言ってやろう。良く聞くがいい』
「は…はい…」
もう立ってはいられない。
フラフラとしながら、セシリアは近くにあったベッドに座り込んだ。
『入学早々に日本と日本人を侮辱するような発言をし、あまつさえ代表候補生で無い者を見下し、その後に貴様は碌に謝罪すらもせずに男の尻を追い掛け回す始末。別に色恋をするなとは言わん。だが、それを理由に己の役目を忘却するなど論外だ』
怒涛の勢いで言われた言葉に、セシリアは反論すら出来ずに黙って聞いていた。
余りの迫力に、受話器越しとはいえ恐怖を覚えていたからだ。
『しかも貴様、完全なる素人の小僧に敗北寸前まで追い込まれたそうだな? 貴様が勝ったのは単に運が良かったに過ぎん。それでも代表候補生か。恥を知れ』
「申し訳…ございません…」
『今更それを言うのか? だがもう遅い』
何もかもがいきなり過ぎて、脳が情報の処理に追いつかない。
目の焦点が合わなくなり、喉がからからに乾く。
『無駄に適正だけは良い癖に、実力がそれに伴っていない。それだけならばまだしも、貴様は候補生と言う立場に胡坐をかき、現在では碌に自己鍛錬すらしていないと聞く。その理由が『例の男にISの操縦法を教える為』…だと? ふざけているのか? いつからお前はそんな事が出来る立場になった? 国家代表ならばいざ知らず、候補生はまだまだ努力をしていかなければいけない存在だ。それを怠った者がどうなるのか…貴様とて知らない訳ではあるまい?』
「あ…ああ……」
そうだ。思い出してしまった。
セシリアは知っている。目の前で見ている。
怠惰となった候補生の哀れな末路を。
今になって、ようやく思い出してしまった。
『『
「ま…まだ…必死に練習はしているのですが…」
『嘘を言うなら、もっとマシな嘘を言うのだな。言った筈だ。我々は全てを知っていると。お前は何もしていない。男を振り向かせるのに夢中になり、最もしなければいけない事を全て怠った。ふざけているのか? ビットを使っている最中に何も出来ずに棒立ちになっている者など、単なる雑魚以外の何者でもない。例の男にもそれが理由で敗北しそうになったのだろう? それなのに、どうしてそれを克服しようと思わない? 理解に苦しむ』
何も言えない。言い訳のしようも無い。
全てが正論。文字通りぐぅの音も出なかった。
『更に言えば、貴様は学園に襲来した謎のIS相手に手も足も出ずに瞬殺されたらしいな? 無断出撃までして。その結果が数日間の謹慎処分か。お前は一体どこまで恥の上塗りをすれば気が済むのだ?』
「…………」
悔しさに唇を噛み締める。
だが、相手は事実しか言っていない。
事実であるが故に、何も言えない。
どうして自分の学園での行動を知っているのか、なんて疑問はその悔しさの前で一発で吹き飛んだ。
『だが…もういい。お前はそんな余計な事を考えなくてもよくなる』
「私が…候補生を辞めさせられるから…ですか…?」
『そうだ。日本には『仏の顔も三度まで』という諺があるらしいが…今の女王陛下はまさにそれだ』
「じょ…女王陛下が…!?」
『そうだ。心優しき陛下でも、貴様の所業に憤慨していた。だが、それでもきっと候補生としての使命を思い出してくれると信じてくださっておられたのだぞ? お前はその女王陛下の温情と信頼を見事に裏切ってくれた。感服するよ。間違いなく、お前は我が国の恥さらしだ。お前を候補生にしたのは間違いだった。その点だけは我等の落ち度だな』
どうして、こんな事になってしまったんだろう。
そう考えるよりも、セシリアは『この状況をどうにかしなくては』という心に支配された。
『お前も知っての通り、我が国の候補生の数は他国と比べてもお世辞にも多い方とは言えない。だからこそ、その競争率も激しい。こうしている間も必死に特訓をし、候補生になりたいと頑張っている者達が大勢いる。嘗てはお前もそうだった筈だ』
「はい……」
『だが、貴様は過ちを犯した。取り返しのつかない、致命的な過ちを』
なんとかして今の自分を繋ぎ留めなくては。
候補生でなくなったら、学園にいられなくなる。
それは即ち、一夏の元にいられなくなるのと同義。
この期に及んで、まだそんな事を考えていた。
『実はな…お前の後釜はもう決まっている』
「なん…ですって…!?」
『全ての面において、お前よりも遥かに優秀な操縦者だ』
「それは一体…」
自分の代わりに選ばれた者。
一体どんな人物なのか気になるのは当然のことだった。
『ブルー・ティアーズの二号機『サイレント・ゼフィルス』は知っているな?』
「は…はい…」
『そのゼフィルスのテストパイロットを務めている少女が貴様の開けた穴を埋める事になっている』
「そ…んな……」
よりにもよって、自分の専用機の姉妹機とも言うべき機体を操る人物が後釜になるなんて。
皮肉と言うには余りにも残酷すぎた。
『彼女は本当に優秀な人物でな。もう既に『並列思考』は愚か、『偏光制御射撃』すらも完璧にマスターしてしまっている。しかも、単純なIS操縦技術も貴様よりも遥かに上だ』
自分に出来ない事が全て出来る人物。
仮にセシリアが受話器の向こうの人物と同じ立場であっても、同じような判断を下すだろう。
『分かるか? 彼女は全てにおいてお前の上を行っている。謂わば『完全上位互換』なのだよ。実際、彼女がもたらしてくれた数多くのデータはどれもこれもが非常に有用かつ貴重で、今後のIS開発に多大な功績をしてくるだろう。碌なデータすらも残せないお前と違ってな』
IS操縦者としても、ビット使いとしても自分よりも上位の存在。
己の存在意義…即ち『国内でも貴重なビット適正者』というアドバンテージが意味を成さなくなる。
いや、逆にビットを使えるという事実がセシリアの首を絞めていた。
もしビットを使えなくても、操縦者として優秀であれば問題は無かったかもしれない。
だが、今のセシリアはどっちも劣っていた。
『現在、彼女に学園を通じて交渉中だ。答えが出るのも時間の問題だろう』
「学園…? まさか、そのゼフィルスの操縦者はIS学園にいるのですか?」
『そうだ。お前と同じ一年生だと聞いている』
全く知らなかった。
まさか、同級生にそんな人物がいただなんて。
「ど…な……な…で…の…」
『何?』
「どんな人物なんですの…その方は…」
『知りたいのか。いいだろう…特別に教えてやる』
もう藁にも縋るような思いだった。
名前を聞いたのは、セシリアの脳裏に『ある考え』が思い浮かんだからだった。
このチャンスを逃したら、本当に自分の人生は終わりだ。
『名前は『高田マドカ』。国籍は日本だ。さっきも言ったが、操縦者としての実力は一流で、情報ではよくオランダやタイ、台湾の候補生とよく一緒にいると言う』
「タカダ・マドカさん…」
オランダやタイ、台湾の候補生と言えばIS学園にはそれぞれ一人しかいない。
流石のセシリアも、彼女達の顔ぐらいは知っていたので、探すのは意外と簡単そうだった。
「あの…一つ…進言良いでしょうか…」
『なんだ』
「もしも…もしも、私がその『タカダ・マドカ』さんにISで勝利出来たら…候補生を続けさせて貰えませんでしょうか…」
『フッ…矢張りな』
「え?」
何が『矢張り』なのか。
どうして急に笑うのか、セシリアには意味が分からなかった。
『女王陛下の仰れた通りだな。追い詰められたら間違いなく『勝負に勝ったら』などと抜かしてくると。まさか、そのまんまの台詞を言ってくるとは思わなかったがな』
「陛下が…そのような事を…」
『だからこそ、陛下はこうも仰られていた。『もしも、勝負に勝つ事が出来たら…その時は今までの事は全て不問に処す』…とな。女王陛下のご慈悲に感謝するのだな』
「あぁ…ありがとう…ございます…」
どうにか首の皮一枚繋ぐことが出来た。
後は、この千載一遇のチャンスをものにするだけだ。
『だが…相手が勝負を受けるとは限らない。もしも相手が勝負そのものを拒否した場合、その時点でお前の処分は決定事項とする。勿論、負けた場合も同様だ。念の為に言っておくが…決して逃げられるとは思わんことだ。敗北した瞬間、もしくは勝負のステージにすら上がる事が出来なかった場合、お前はIS学園を強制退学、同時に候補生の称号も剥奪する。…それだけで済めば御の字だろうがな』
「ど…どういうことですの…?」
『最悪の場合、オルコット家自体が取り潰される可能性もある…ということだ』
「オルコット家が…お取り潰し!? ど…どうしてっ!?」
『お前がそれだけのことをしてきた…と言うことだ。そもそも『ノブレス・オブリージュ』すら出来ないような当主の家など、存在するだけ邪魔だ。お前の両親はあんなにも国と陛下の為に尽力したと言うのに…本当に情けない…。今のお前はブリテンだけでなく、オルコット家の恥晒しでもある。両親の努力を、苦労を、全て水の泡にしようとしているのだから』
「そ…そんな事は決して! 私は私なりに必死に家を守ろうと…!」
『他者と他国を見下し、男の尻を追い駆ける事がか? それで一体何が守れているというのだ。私にも分かり易く説明してくれ』
「そ…れは……」
そこまで言われてようやく思い出す。
自分の今までしてきたことを。その言動の数々を。
「ち…違う…私は…私は…オルコット家の為に…」
『そうだ。家に仕えていたメイドたちに関しては心配するな。ある意味では彼女達も貴様の身勝手の犠牲者だからな。我々から次の就職場所をちゃんと斡旋する予定だ。だから心置きなく…お前一人だけ破滅しろ。我が国の面汚しが』
もう引き返せない。後には戻れない。
自分の身を、母が遺した家を守るためには勝つしかない。
そう決意をすると、不思議と勇気が湧いてきた。
今の彼女の中にあるのは、愛する母と恋する少年の顔のみ。
二人の為にも絶対に勝たなくては。
哀れな事に、その中に亡き父の顔は全く無かった。
最後の最後まで、セシリアは無意識の内に父の事を見下していた。
『精々、無駄に足掻くがいい。では…さらばだ。もう二度と会う事も、声を聞く事も無いだろう』
最後にそれだけを言い残して通話が終了した。
「タカダ…マドカ…彼女さえ…彼女さえ倒せば…私は…!」
勝利の他に選ぶ道は無い。
だが、セシリアはまだ知らなかった。
自分が勝負を挑もうとした相手の実力を。
それがどれだけ無謀で愚かだったことを。
最初から勝ち目なんて微塵も無い勝負だったことを。
それを全て承知した上で、敢えてマドカとの勝負をちらつかせたことを。
現実は、どこまでも無常で非情である。