ドリーミング・マシーン 作:タナトス・ドリーマー
世界初の精神同調装置、精神同調型マン・マシン・インターフェース、またの名を肉体から精神を解き放つ神器『アウト・ザ・スピリット』通称ATSと呼ばれる機械が公表され、製作した
それは精神医療から工学にまで応用できる可能性を秘めたものであり、特に研究所付属の病院にいた入院患者に先行して精神治療に使われ、回復へ向かっていると発表されている。しかし、それは精神を同調した者に乗っ取られる可能性や精神が残留し、脳死状態になる危険性も孕んだ物であり、最先端技術に対する報道はそれらを大いに扇動するものであり国民感情は芳しくなかった。
それに目を着けたのが我々財団である。理性と革命を掲げ、日夜人類種の未来の為に研究を続けている。財団を名乗ってはいるが正式名称は人類種研究機関『Σ財団』であり、我々はこのATSを応用したフルダイブ型の機器や精神同調、神経同調による制御装置、または夢を共有したり夢見る機械を作ることすらできるだろう。そこで我々は幾つかの試作品を作っている。
「シナプスを増幅させ、そこから生体電流として取り出された一般的に思考とされるものを電気信号に変換し、光ファイバーケーブル束で繋いだ処理装置によって電子的、つまりデジタル処理することでオブザーバーで対象の夢を映像化することができます」
「……つまり夢を映像として見ることができるということか?」
「簡潔に言えば、ですね。また、ATSを並列に繋げて同期、同調させれば夢を共有させることもできます。この場合、被験者のシナプスを電気信号に変換することの逆、電気信号を生体電流程度の電流に変換し放出するために……」
「待って、博士。ストップ」
立てられた人差し指が眼前まで迫り、次いで口元へ落ちていく。それを見送りながら、博士と呼ばれた大江は口にチャックのジェスチャーで答えた。大江氏はいかんせん職人気質で、しかし何処と無く子供っぽい性格であり、説明するときに早口で捲し立てる様な喋り方をする癖がある。
「すみませんね。彼女、止まれないんです」
「ええ、構いませんよ」
小泉氏は精神科医であると同時に精神疾患の治療研究における国内の第一人者である。大江氏をよくもこれほど手綱を握り、世紀の大発明を起こしたものだと、その人間性と手腕には敬服するばかりである。
ともあれ、彼女達の説明は少々専門用語を必要とするが、基本的には夢見る機械と言って語弊は無い。我々が目論むATSを応用したモノの話をしても彼女達は一向に構わないと言ってくれている。無論、無償ではなくある程度の財団からの寄付という形で資金提供を行う事と利益の何割かを寄付するというもの。財団と同名の企業があり、そこが製品として販売と流通を担当となる予定ではあるが、まずは日精研との連携と技術的な協力が必要となる。
だからこそ、ここに財団の代表として私がいる。
「しかし、マスコミが騒ぎ立てる様な症例は実際に起こり得ることなのですか?」
「精神的に虚弱な人、または自我が弱い人が相対的に強い人に取り込まれる可能性は確かに存在します」
「あぁ、その問題なら今開発中の電脳式疑似ダイヴシステムで解決できそうだよ」
「は!?初耳なんだけど!?」
「だって、今思い付いたんだもん。キミのお陰でね」
そういって先程までの僅かな間、沈黙していた大江氏が口を開く。キミ、と言って指差したのは私だ。
「私が?」
「本音と建前、面倒なだけの人間の二面性が図らずも役に立ったってわけさ。二律背反と言うべきか、さも当然の様にありすぎて気付かなかった」
「……博士、あなたなら今日中に組み上げられるでしょ?」
「紙面とデータに出しておくよ。実際に完成するのはいつかはわからないけどね」
「よろしく」
手をヒラヒラと振って部屋を出ていく。その背中を目で追って、これが天才かと感じさせられた。なんと自由奔放で発想力の塊か。まさか初対面の私から工学的な分野の打開策を発案できる程、ましてやまだ自己紹介と所属、それとATSの性能しか聞いていない段階で、だ。
「……あれが天才ですか」
「そうよ。彼女は天才なの。だからこそ許されている反面、疎まれているの」
「あの性格では、一般社会には少々劇物ですな」
「唯我独尊、自由奔放、奇天烈奇想天外。だとしてもその能力は目を見張るものがある」
「なるほど。使えるものは使おうと。ところで、お二人はどのようにして関係を?」
「含意が広すぎるわね。ま、私の論文に彼女が食い付いたのよ。最初はメールが飛んで来た。私ならそれを具現化できるって」
「そして、実際に具現化してみせた、と」
「そうなるわ」
「彼女は私のこの姿勢、というより在り方から着想を得た様子でしたが、予想などはつきますか?」
「全く不明よ。私が出来るのは精神治療だけ」
そういって彼女は書類の束を渡してきた。軽く目を通す限り、ATSの基礎原理から性能までを紙面に出力した諸元の数々のようだ。紙束から顔を上げれば、彼女は真剣な眼差しでこちらを貫いていた。
「当初の通り、主導権はこちらが持つ。貴方達はあくまで技術協力と流通を担当する。それでいいわね」
「契約書の通り、ですね。あくまで我々はそちらにお願いをする立場。協力してもらっている側です。では、話は纏まったというわけで。よろしくお願いします。ご不明な点等ございましたら名刺の電話番号か裏面の代理者にお願いいたします。必ずどちらかはいるようにしますので」
「わかったわ。良い関係になることを期待します」
▼▽▼
その後の滑り出しは順調であった。窓口となり調整役である
そこに一人の転機が訪れた。名を
「何故この計画に?」
「葛西さん、最初に言ったじゃないですか。俺の力が必要だって」
「貴方の希望があったからですよ。一度蹴った話じゃないですか」
「その節は申し訳ありませんでした。でも、俺が考え直した理由はある程度の目処が着いたからです」
「目処?」
「はい。精神応用工学とでも言うべき今回の計画ですよ。特にATS応用のDWの草案は見ましたか?ATSにシナプスの電気信号化と送受を担当する電脳を間に挟む事で夢を共有する、まさに夢見る機械!」
「君がここまで饒舌になるとは」
「いいじゃないですか。世界はロマンに満ちているんですから!」
ドリームウォーカー、DWと呼ばれる耳掛け式の電脳式疑似ダイヴシステムと呼ばれるもの――最も、そう呼んでいるのは二人だけだが――をATSと接続することで夢を共有することができると華井は言う。
葛西は訝しむと同時に活用法を考えた。まず、用途から。夢を共有することで何が行えるか。夢の中でなら何をしても罪には問われまいし、共有した者以外に内容が漏れる事は無い。なら、使用法は消費者に任せるのが最適か。しかし、副作用や精神残留の懸念もある。発表時期はどうするべきか……。
「華井、私の懸念を聞いてくれるか」
「どうぞ」
「あの精神残留の問題だが」
「あぁ、それなら既に解決済みです。DWに内臓された疑似ダイヴシステムで電脳同士を接続することで、夢を電脳を介して共有します。その間の記憶等の問題はまだ分かりませんが、大江さんの見立てでは程度にもよるが目が覚めたら覚えてはいるだろう、らしいです」
「……なるほど、だから電脳式疑似ダイヴシステム、か」
「そうなります。もしかして説明されてませんでした?」
「まぁ、そうなるな」
「あー……なら、これに目を通しておいて下さい。俺と大江さんの計画と周りの人から得た意見、最後に俺の纏めた報告書です」
「あぁ、助かる」
それを持ち帰り、葛西は報告書に目を通していた。華井に刹那的で快楽主義的な側面があるのに、気が付いていたが大江との接触により、それが加速したのに薄々感づいていた。元より考えの不明瞭な人物であるが、意外にも素直でそれこそ弟の様に思えたりもした。
それらは報告書にも現れており、読みやすい文章に加えて専門用語は極力除かれ、あったとて注釈で説明がついている。その中で計画の一つである『体外投影』という言葉が目についた。ARや空間投影にも通じる技術とATSを複合させて思い描いた画像などを外部へ投影、もしくは出力機器を繋げてそこに出力することが出来る。念写のようだと思ったし、高度に発展した科学は魔法と区別がつかないという言葉を思い出した。
予定では体外投影の計画は今週中のようだ。明日にでも聞いてみよう。
▼▽▼
ATSと体外投影用の接続機器であるウィルプロジェクターによる実験は成功した。華井と大江はそれすら通過点に過ぎなかったが、ATSはその姿を小型・軽量化させて遂に耳に掛けていても違和感も疲れも無い程になっていた。
「葛西さん、コーヒーどうぞ」
「どうも、小泉さん」
体外投影、その実験をガラス越しに眺めながらコーヒーを啜る。この心の高鳴りはなんだろうか。まるで、子供が新しい玩具を前に胸を躍らせるが如き感情だ。シナプス増幅投射装置による識閾下、ほぼ無意識への直接的な思考の投射を可能にする天才の発明を前にしているのだ、それはそうか。
「……財団は理性と革命を掲げて貴女方と共に、この精神工学、心理科学などの発展に尽力してきました」
「そう……ですね。今では思考を外へ出力できる段階まで来ています。あの二人ならどこまでも進んでいきそうですね」
「寂しそうですね。親元を離れる子供を見る、ようでは?」
「それは貴方も同じでは?華井くんはとても人懐っこくて良い子ですから」
「ふふっ、精神医には敵いませんな」
華井の思考を投影している。科学に支配された世界、否、恐らくは最近読んだディストピア小説の彼なりの解釈の世界だ。それを見て思考の投影は解釈の不一致を無くせる、または意見の相違を無くせる物になるのでは?とここまで考えて、いつか見た論文で人間は論理より感情で動く生き物だ。という事を思い出してはたと納得する。
例えこれで意見の相違が無くなろうと、人間は感情で納得出来なければ争う生き物だ。悲しいかな、歴史が証明済みである。まぁ、財団職員たる私には、商品価値以外には余り関係は無いが。
「これが、平和的な利用をされるのを期待しています」
「残念ながらそれは、使う側の意志とモラルに期待しなければなりませんね。とはいえ、これが意志疎通を新たな段階へ導くものだと思っています」
「そうかもしれません。人は論理より感情で動く生き物ですから、どうか、と願うだけになってしまいます。故に、あなた方には正しい使い方を広めて欲しいと思っています」
「ええ。それが我々の責任であり、義務ですから」
その後、ATSとDW、投射装置たるシナプス・バリスタ――以後SB――と名付けられた三つを集約した個人携行可能な夢・思考共有装置『シェア・シナプス』が完成し、財団と研究所の連名で発表されることとなった。