二次創作小説式特撮活劇『GOLSHI MAN』   作:K氏

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恋愛も人生も、積み重ねだからこそ面白い

 恋愛というものは、人生においてもっとも危険で、もっとも甘美な冒険の一つだと言える。

 

 まず恋が芽生えるのか、愛が芽生えるのか、それは人それぞれだが、それらが結びつき、やがてそれを向けた相手と一つになれた時、至上の幸福が待っていると人は言う。……その後の人生がどうなるかはともかくとして。

 

 学業と走り、そしてエンターテイメントの三本の柱を軸とする此処トレセン学園においても、恋という概念は存在する。

 多くの場合、恋の感情に芽生えるのは思春期真っ盛りのウマ娘達であるが、その行く先は大抵、同じウマ娘か、もしくは――

 

「……Ich liebe dich」

「ふ、フラッシュ……?」

 

 ――己にとっての『杖』であり、一心同体の存在とも言えるトレーナーである。

 

「な、なんのジョークだ? 急に押し倒してきて……」

 

 しかし、トレーナーとはあくまでウマ娘を教え、導く存在。それ以上でも、それ以下でもない。

 だが、身近に存在する、自分を大切にしてくれる頼り甲斐のある異性というのは、時として彼女らの感覚を麻痺させる事もある。

 彼女、エイシンフラッシュもまた、そうして感覚が麻痺してしまったウマ娘の一人であるらしかった。

 

「……此処までしても、伝わらないんですね」

 

 そんな彼女の目に、ほの暗い何かが蠢くのを、トレーナーは見た。

 そして彼には見えないが、彼女を取り巻く空気にあの黒い靄が漂っているのを、我々視聴者側の人間は気づく事だろう!

 

「貴方が……貴方がいけないんですよ。私は、走る為に此処に来たというのに――」

 

 黒い靄が部屋全体に、そして、窓や扉から外へと漏れていき――

 

「私……ずっと前から貴方の事が!」

「何よ! アタシだって好きだったのに!」

 

 見目麗しい乙女が、恥じらいながらも告白する構図。あるいは、それに触発されて自分もと告白する絵面。

 これだけを見れば甘酸っぱい青春の1ページのように思える事だろう。

 

 ……だが、それを齎しているのはあの黒い靄だ。

 

「ちょっと、邪魔しないでよ! 今は私が告白してるんだから!」

「アンタ、アタシより後からチームに来た癖に、ナマイキなのよ!」

 

 当然こうなる。

 

「ふ、二人ともそこまでに……」

「ああ!?」

「元はと言えば、ハッキリしないアンタが悪いんじゃない!」

「は、ハッキリするも何も、元からトレーナーと生徒だから駄目だって……」

「そんなの通ると思ってるんですか!?」

「通らない方が不思議だよぉ……」

 

 当然、こうなる。

 

「……会長! またも怪現象が!」

 

 生徒会室の扉を勢いよく開けるのは、お馴染み『女帝』ことエアグルーヴ。彼女もまた、言い知れない悪寒と共に、胸の奥から湧き上がる欲求に必死に抵抗していた。

 具体的に言うと、己のトレーナー(女性)をベロベロ舐め回したくなるような、そんな魂レベルでの幼い欲求に抗っていた。

 

 ……だが、彼女は気づくべきだった。

 

「んぅ? とれーなぁ、だれかきたよぉ……」

「ちょ、陛下? あの、エアグルーヴさんが来てらっしゃるんで、流石にその状態のままはどうかと……」

「めっ! いまはぁ……ルナって、よんでくれなきゃ、やぁだ」

 

 ……ついこの間も著しい悪影響を受けていたのに、今回はそうはならないという保証など、どこにもないというのに。

 

「かッ、か……かい……ちょ……」

 

 恐ろしいものを見てしまったエアグルーヴは、心の中でダイスを振る!

 

 ――失敗! SAN値がガリガリと削られていく!

 

 それでも泡を吹いて倒れない辺り、彼女の精神力は計り知れないものがあった。

 

 

 

 

『トレセン学園のあちらこちらで、告白に次ぐ告白、そして、テレビではおよそ放送できないような暴挙に出るウマ娘が多数発生しております。つきましては、精神的にマトモな方には、早急な避難を――』

 

『とんでもない事になってますねぇ、トレセン学園』

 

 テレビスタジオでは、キャスターが他人事のようにそんな事を呟く。

 まぁ、怪現象が起きているのがトレセン学園の敷地内だけだと考えると、安全圏にいると思われる彼がそのような口ぶりになるのも無理はないが。

 

『人間とは生まれながらにして持たざる者。それはウマ娘にとっても例外ではありません。ではここで言う『持たざる』とは何を指して言っているのか? 簡単です。家族以外の存在です。それを求める感情の一つが、恋愛というものだと私は考えています』

 

 そんな中にあって、難田はいつも通り、淡々とした口調かつ真顔でそう語った。

 

『そしてトレセン学園に通うのは思春期のウマ娘。つまり恋愛に興味を持つ年頃の娘です。その彼女らが誰を恋愛対象に選ぶのか……その辺りに関しては環境に依存するので何とも言えませんが、学会でも非常に興味関心の高い議題の一つでもあります』

『と、言いますと?』

『……生々しい話ですが、ウマ娘は単為生殖を行う生命体ではない。耳に尻尾、更に華奢な肉体からは想像もできない程の身体的出力の高さ。加えて個人差はありますが知能も高い。ある意味人間の上位互換と言っても差し支えないのがウマ娘という存在ですが、彼女らという種の繁栄には、どうしても人間の男が必要不可欠なのです』

 

 「ある意味、彼女らの顔の良さは種の存続の為の進化なのかもしれません」と、そこまで続けたところでキャスターが咳払いをする。

 

『……失礼。ですが今回の事案と関係のある話なのです。トレセン学園において、最も身近な男性と言えば誰か? そう、トレーナーや教員といった目上の立場の人間です。大人なのです。大人というのは、基本的には頼り甲斐のある存在です。そんな存在が身近にいれば――』

『……恋心が芽生えるのも必然と?』

『そうは言いませんが、しかし過去にもそのような事例が無かったわけではありません。多くの場合は卒業後に籍を入れるというケースが殆どです』

『例外もあると?』

『……今回、その危険があるという事です』

 

 

 

 

「トレーナーさん? どうしてそんなに逃げるのですか?」

「逃げるに決まってるだろう……!? 流石にトレーナーと生徒でだなんて……!」

 

 壁に追い詰められる男トレーナー。そんな彼に迫るは、ドイツからの留学生であるウマ娘、エイシンフラッシュ。

 普段は理知的な彼女の瞳には、その光は無く。

 代わりに、獣染みた欲望だけがギラついていた。

 

「私、初めてだったんですよ? こんなに誰かを好きになったのは……」

「それは、喜ばしい事だが……」

「なら、後は貴方と一緒になって、そしてドイツで一緒に実家を継いで暮らす。完璧なプランではありませんか?」

「一緒になるの確定!? 俺の人権は何処へ行ったんだ!?」

「安心してください。私はこう見えて尽くすタイプですよ? 家事全般だって得意ですから、生活面でも困らせはしません。勿論夜のお世話に関しても問題なく……」

「アー! アー! キコエナーイ! オレナァーンニモ、キイテナーイ!」

 

 夜のお世話とは、一体なんなのか!?

 興味のある視聴者もいるだろうが、これは健全な全年齢特撮番組なので、つまり夜中に疲れた体を癒す為にご飯を用意したりマッサージしてもらったりする的なものを想像しよう!

 違うものを想像した君は今すぐゴルシマンに向かって懺悔しよう!(※台本を執筆した人は後で懺悔しに来るように)

 

「と、とにかく、俺は君とは一緒にはなれない! 倫理的にも、立場的に考えても! それに、()()()そんな事言われたって、今すぐ君の想いに応えるなんて無理だ!!」

「……倫理……立場……」

 

 そう口にするなり、俯いたまま動かなくなるエイシンフラッシュ。

 

 ――すわ、チャンスか!?

 

 そう思ったトレーナーは、ゆっくり、ゆっくりと出口に向かおうと――

 

「……それがなんだって言うんです?」

 

 ギロリ、という音がしたような気がした。

 

 エイシンフラッシュの艶やかな黒鹿毛の前髪から、彼女の目が覗く。

 

「ひっ――」

 

 そして、一瞬にして間を詰められてしまう。そして、細く長く、それでいて白磁の如き手が、トレーナーの顔の横の壁へと叩きつけられる。

 

 所謂壁ドンというやつだ。その手が壁にめり込んでさえいなければ、もう少しときめきもあったのかもしれない。

 

 そして同時に、彼女は顔を近づけてくる。

 

 整った顔立ちに柔らかな笑みを浮かべ、爛々と輝くそのサファイアの如き瞳をした彼女が、今のトレーナーにはとても恐ろしい何かに思えてならなかった。

 

「……Ich liebe dich wie verrückt」

 

 彼女が何を言っているのかは、分からない。分からないが……それはきっと、情熱を通り越して、狂気の領域にあるものだ。

 普段の彼女なら……あらゆる事に対し常に計画的に立ち回る彼女なら、こんな強引な事はしないだろう。

 付き合うにしても、彼女が卒業してから言う筈だ。それならまだ考えなくもないだろうが……少なくとも、今のトレーナーは彼女の事を異性として好きという訳ではない。共にトゥインクルシリーズを駆け抜ける、相棒のような存在なのだ。

 

 ――それが、()()こんな事になるなんて……。

 

「ねぇ、トレーナーさん。私は本気ですよ? ……ねぇ、教えてください。私が嫌いだから駄目だと仰るのでしょうか? それとも私の見た目が好みじゃない? それとも年上が好き? それとも……」

「ちっ、違う……そうじゃなくて……ッ」

 

 思わず口に出してしまった否定の言葉。それは、彼女を傷つけまいとするトレーナーの良心がもたらしたものなのか。はたまた、己が身を守らんとする本能が言わせた事なのか。いずれにせよ、それを言った事で、目の前の彼女に火を付けてしまったのも事実であった。

 

「ふぅん……違うのですか……なら、どうだと言うのです?」

 

 ずいっと迫る顔が近い。互いの吐息が混ざりあう程に近い。

 

「……それってつまり、私が好きって事なんじゃないですか?」

 

「もし嫌いなら、抵抗、しますものね? まぁ、腕力でもウマ娘に勝てる訳ないんですけど」

 

「でも、大丈夫です。私の事が嫌いになっても……じっくり、じっくりと、私の事を好きになってもらいますから」

 

「――そう。誰にも邪魔できない場所で、誰にも邪魔させないようにして。だから貴方は、私だけのモノになってくれるだけでいいんです。ただそれだけで――」

 

 

 

 

「――それだけで、貴方は幸せになれるんですよ?」

 

 そんな至近距離で囁かれた声は、酷く甘いもので――

 

「あ、うあ」

 

 脳が痺れるような感覚が、トレーナーを襲う。

 

 ――ああ なにも かんがえ られ――

 

 恐怖とも、快楽ともつかない感情に支配されたトレーナーは、もう動く事ができなかった。そして、その瞬間を逃さず……まるで獲物を捕食する蛇のように。

 エイシンフラッシュのその艶やかな赤い唇が……彼の口元へと近づいていく。

 

 そうして……触れ合いそうになる――

 

 

 

 

 その時である!

 

 

 

 

「――ッ! 誰――」

 

 背後に気配を感じたエイシンフラッシュが、咄嗟に振り向く。

 

 はたして、そこにはいつものトレーナー室の風景が――否! 窓の外から、ギョロリとした目を持つ巨大な面長の異形が、こちらを覗き見ているではないか!

 

「~~~?!!?」

 

 あまりもの衝撃で腰を抜かしてしまうエイシンフラッシュ。

 

 ――なんだこれは!?

 

 エイシンフラッシュの胸中を、そんな言葉が埋め尽くす!

 

 そう、それは好奇心に満ち溢れた巨人、ゴルシマンである!

 

 ゴルシマンは数分前から、彼女らのやり取りを見ていたのだ!

 

「な、あぁ……!?」

 

 少し前に噂になっていた。トレセン学園に現れた謎の『壁』と巨人。

 『壁』を破壊した巨人は、何処へともなく去ったそうだが……まさか、この異様な存在がそれなのか!?

 

 驚愕の表情を浮かべるエイシンフラッシュの後ろで、トレーナーも腰を抜かしていた。

 

 そんな彼らを見ていたゴルシマンは、何を思ったのか、目から光線を放つ。

 

 それがエイシンフラッシュの身体に照射されると、当然のように体から黒い靄が溢れだす。

 

 それが部屋の外へと逃げ出し――トレセン学園のグラウンド、その芝コースへと溶け込んだ!

 

 ――ず も も も も

 

 異様な鳴き声を上げながら立ち上がるは、やけに湿った芝生を身体中に生やした怪人。

 それが巨大化し、ゴルシマンの前に立ちふさがった!

 

『なんだこれは!?』

『私には分かります。アレは――重バ場です』

『重バ場!?』

 

 水を滴らせながらうねうねと蠢く怪人――『愛が重バ場』は、ゴルシマンが構えるよりも早く、その両腕をゴルシマンに向けてかざした。

 

 その瞬間――ゴルシマンの身体がぐらつき、瞬間的に背後に倒れてしまったではないか!

 その拍子に、偶然にもゴルシマンの腕がトレセン学園の校舎、その一角を粉砕してしまう。

 

「絶叫! 私の部屋がぁぁぁ!!!」

「理事長~~~!!!」

 

 一体、これは如何なる現象か!?

 

『恐らく、あの怪人は重力を操る能力を持っているのでしょう。芝の重バ場は、思うように走れないものですからね』

『そ、そういう事……なんですかね?』

 

 なんとか立ち上がろうとするゴルシマンに、『愛が重バ場』は追い打ちを掛けるように腕を振るう。

 すると、前進しようとしたゴルシマンを、地面に縫い付けるかのように倒してしまった!

 

『ああっ、ゴルシマンが!』

 

 思わず叫ぶキャスター。相変わらず真顔の難田。

 

 ――ず も も も も ぉ ♪

 

 まるで動かないゴルシマンに、『愛が重バ場』は己が勝利を確信したかのように、くぐもった笑い声を上げる。

 

 ああ、ゴルシマンよ。もう駄目なのか!?

 

 誰もがそう思っていた――その時。

 

 

 

 

「何よ!? やろうっての!?」

「いいわ! なんなら拳で白黒着けようじゃない! そんで……トレーナーがアタシのモノだって証明してやるんだから!」

 

 そんな声が、ゴルシマンの耳に届いた。

 

 ――ムクリ

 

『あっ、立った! ゴルシマンが立ちました!』

 

 なんと何事も無かったかのように立ち上がるゴルシマン。驚く『愛が重バ場』。

 

 しかし――立ったゴルシマンは、ストレッチをするように肩をグルグルと回しながらも、どこかげんなりとした様子で。

 

『あれは……なんでしょう? 凄く、落ち込んだ様子ですが……』

『私には分かります。あれは、凄くガッカリしています』

『ガッカリ?』

 

 首をプラプラと動かすゴルシマンに、『愛が重バ場』は困惑を隠しきれない。

 

 すると、唐突にゴルシマンがその場で地団駄を踏み出した。

 

『こ、今度は一体……』

『私には分かります。あれは、つまらないからやっているのです』

『つまらない!?』

 

 そう。ゴルシマンは心底つまらなかった。

 さっき見ていたエイシンフラッシュとトレーナーのやり取り。そこから生まれた『愛が重バ場』の攻撃。そこに加えて、殴り合いでトレーナーの所有権を決めようとするウマ娘達。

 

 ゴルシマンの地団駄が、トレセン学園を揺らす。

 その度に、学園内の人間が飛び跳ねる。

 

『え、えーと、ゴルシマンは一体何を……?』

『私には分かります』

『なんでも分かりますね先生!?』

『あれは――モールス信号です』

『モールス信号!?』

 

 そう、ゴルシマンは地面をただ踏んでいた訳ではない。自分の伝えたいメッセージを、モールス信号の要領で発信していたのだ!

 

 それを翻訳するなら、こうなる。

 

 ――お前ら、軽い。軽すぎる。

 

『……え、それだけ? それだけなんですか!?』

 

 しかし、『愛が重バ場』にはそれが通じていないのか、再び重力操作を行おうと腕を突き出――

 

『……あっ! 消えた! ゴルシマンが消えました!』

 

 ――そうとした瞬間、ゴルシマンがその場から消え失せた。

 

 ゴルシマンの姿を探す『愛が重バ場』。

 その背後に、突然ゴルシマンが現れた。

 

 そう、それこそはゴルシマンの技の一つ、ゴルシワープ。

 まるで瞬間移動したかのように、荒れたバ場をものともしない高速移動を行う技だ!

 

 ゴルシマンは、まるでヤクザが敵対組織に乗り込む時のように乱暴な前蹴りで、『愛が重バ場』の背中を蹴りつける。

 前につんのめるように倒れた『愛が重バ場』は、身体を動かす。だが、一向に起き上がらない。

 どうやら、湿った己の身体が滑って上手く立ち上がれないようだ。

 

 そんな『愛が重バ場』を、まるで養豚場に送られる豚を見るような冷たい目で見やるゴルシマン。そして――またもや唐突に、懐から鎖付きの巨大な金の錨を取り出し、『愛が重バ場』の身体に括りつけた。

 

 ――不沈艦、抜錨ォッ!

 

 そう言わんばかりに、ゴルシマンはその状態の『愛が重バ場』を引っ張りながら飛び立つ。

 

 そうしてあっという間に辿り着いたのは――宇宙空間。

 ゴルシマンはそこで『愛が重バ場』の拘束を解く。

 

 拘束を解かれた『愛が重バ場』は、怒ったようにまたも両腕をゴルシマンに向ける……が、何も起こらない。

 それもそうだろう。此処は無重力の世界。地球の重力に依存している『愛が重バ場』の能力は、此処では全くの無意味だ。

 

 ――ずもっ ずももっ

 

 焦りを隠し切れない『愛が重バ場』に対し、ゴルシマンは持ち前の飛行能力を制御し、ドロップキックの体勢に入る。

 そして、猛烈なスピードで『愛が重バ場』の身体へと突撃!

 

 ――ずもぉぉぉ!?!?!?

 

 ゴルシマンのキックが『愛が重バ場』の腹部に突き刺さり、その身体がくの字に曲がる。

 その状態のまま、縦横無尽に飛び回るゴルシマン。まるでゴルシマンの自由さを表しているかのように、飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ!

 気分はさながら宇宙のジェットコースター。その終着点は一体どこに?

 

 そして――最後にゴルシマンはそのまま、地球に向かって降下。

 程なくして『愛が重バ場』を伴い、トレセン学園のグラウンドへとその身体を叩きつけた!

 

 なお、幾らか粉塵が巻き上がったが、ゴルシマンのおかげで地形が変わるような事は無かった。ありがとうゴルシマン!

 

 ――ず も  も   お    …………

 

 ゴルシマンの脚と地面でサンドされた『愛が重バ場』は、まるで断末魔のような呻き声を上げると、黒い靄となって弾けた!

 その靄は、空気に溶けるように消え去ってしまう。

 

 

 

 

「……っ! 私、私は、何を……?」

 

 時を同じくして、エイシンフラッシュが我に返る。

 きょろきょろと辺りを見渡すと、そこには恐怖で引きつった顔のトレーナーが。

 

「あの、トレーナーさ――」

「く、来るなぁ!」

 

 伸ばしかけた腕が止まる。

 

 そこには、明確な拒絶の意志があった。無理もない。エイシンフラッシュは殆ど覚えていないが、トレーナーは彼女という存在が初めて恐ろしく感じたのだから。

 そんな彼を見ている内に、エイシンフラッシュの脳裏に、僅かにだが先程の記憶が甦る。

 自分自身ですら信じがたいまでの恋への熱と、そして自分だけを愛して欲しいという暗く重い欲求。

 衝撃を受けると同時に、トレーナーがそのような反応を取るのは道理だと理性が思うと同時に……彼女の本能が、それを悲しんだ。

 

 彼女が今のトレーナーと共にトゥインクルシリーズを駆け抜けるようになって、どれくらい経っただろう。

 その道のりは、決して楽なものではなかった。

 だが、彼女がそれでも諦めずに走れたのは、トレーナーが真摯に、懸命に支えてくれたおかげだった。

 それこそ、彼以外のトレーナーに就く事が考えられない程に。

 

 だから、そのトレーナーに初めて拒絶された事が……彼女にはたまらなく辛かった。

 

 エイシンフラッシュの胸の奥で、痛みが広がっていく。

 

 そしてそれは、涙という形を成して彼女の瞳から――

 

 

 

 

 ――ズズン!

 

 

 

 

「!?」

 

 またもや振動。何事かと外を見れば――またあの巨人、ゴルシマンが見ているではないか!

 

 ゴルシマンは、湿っぽい空気を毛嫌う。

 カオスの権化たるゴルシマンにとって、湿っぽい空気は停滞の現れ、つまり常に流動するカオスの世界を決まった形に当てはめるようなものだ。

 そんなゆっくりでもどかしさすらある世界を、ゴルシマンは退屈に思うのだ。

 どうせなら、皆の感情がカオスになるような、そんな明るい空気の方がいいじゃないか。

 そんなお節介精神で、ゴルシマンは極彩色の思念波動を放つ。

 

「――――!」

 

 トレーナー室内にいたエイシンフラッシュとトレーナーの、心の波長とでも言うべきものが重なる。

 

 そして、彼らの脳裏に過るのは――

 

『せんせー! ぼくね……ぼく、おおきくなったら、せんせーとけっこんする!』

『あらあら! じゃあ、大きくなるまで覚えてたら、考えてあげるわね!』

 

 それは、幼き日のトレーナー。

 恋というのは、思春期でなくとも唐突に訪れるものだ。

 ただ、思春期という多感な時期に恋に落ちる機会が多いというだけで。

 

「……そうか。そうだった。俺も、昔はあんな事言ってたんだっけ……それで先生には流されて」

 

 そして、恋はいつだって、人を真剣な気持ちにさせる。

 だが、間違ってはいけないのは――

 

「後から知ったけど、先生、もう結婚してて。それが子供心に凄くショックで……」

 

「……でも、そうやって結婚を、誰かとの恋愛を経た余裕のある先生だからこそ、僕も好きになったんだよな……」

 

「その点、僕はまだまだ、幼いなぁ……自分に恋する子に向き合おうともせず、ただ怖がってばかりで」

 

 ――恋愛とは、人生の一部だ。

 

 稲妻のように唐突にやってくるそれに、最初は戸惑う事もあるかもしれない。逆に、思い切って飛び込んでいくかもしれない。

 どちらであろうと、その時行う行動には、それまでの人生経験が活かされる事になる。そして、その中で様々な経験を積み重ねて、人は成長していくのだ。

 そう、恋愛も人生も、どちらも積み重ねなのだ。そうして積み重なったものは、きっと様々な色が混ざるカオスそのものになるだろう。

 恋愛とは、そんな積み重ねのカオスを別のカオスと混ぜる冒険である。

 故に、それまでに積み重ねて来た人生の重み全てを乗せて挑まなければならないし、同時に相手の人生の重みを背負う覚悟をしなければならないのである。

 

 ゴルシマンは、人と人が関わり合う事で生まれるカオスも愛する。

 

 人というカオスが、また別の人というカオスと混ざり合った時、生まれるのはきっと新しいカオスだ。その瞬間こそが、ゴルシマンが最も心惹かれるものなのだ。

 秩序的に整ったものは美しいが、無秩序に色が混ざり合ったものもまた美しいものなのである。

 

 だからこそ、己の事しか考えないような一方的なアプローチのように、相手のカオスを飲み込むだけのような一方通行の関係性をゴルシマンは許さない。

 例え向けられる愛が重いものだろうと、人は無重力のように自由であらねばならない。

 何者にも縛られぬ自由だからこそカオスが生まれ、そして『面白い』というポジティヴな感情が生まれるのだと、そうゴルシマンは伝えたかった。

 何故なら、人は誰しも生まれながらにして自由に生きる権利があり……同時に、誰かの自由を奪う権利はないのだから。

 

「……なぁ、フラッシュ」

「……はい」

「さっきは、本当にごめん。俺もきっと、自分の事しか考えてなかったんだと思う。君の気持ちを全然考えなくて……」

「いいえ! トレーナーさんが謝る事では! ……私だって、衝動だけで行動して、トレーナーさんの気持ちを考えていなかったんですから……私こそ、ごめんなさい」

 

 互いに頭を下げ合い、少しの間見つめあう二人。

 そして二人は、どちらからともなく笑みを零す。

 

「……俺、あの人みたく余裕のある大人になり切れてないけどさ……それでも、ついてきてくれるか?」

「勿論です。mein Trainer」

 

 「良かった」と口角を上げるトレーナーに、「あ、でも」とエイシンフラッシュが続ける。

 

「……私の前で、別の女性の方の話は、その、あまりしないで頂けると、ありがたいと言いますか……」

「……そっか。そうだな。分かったよ」

「その代わりと言ってはなんですが……貴方の人生を彩るのに相応しいウマ娘になりますから」

 

 そう口にしたエイシンフラッシュの顔は、決意と自信に満ちたものであった。

 

 それを、ハカを踊りながら見るゴルシマン。

 

 その背後に、あの黒い靄が少量ながら集まっているではないか。

 

『……オノレ、ゴルシマン! 裏切リ者メ! イツカ必ズ、貴様ニ報イヲ受ケサセテヤル……!』

 

 

 

 

『……最後に、皆さんはジョッキーという言葉をご存知でしょうか?』

 

 番組の最後に、難田がそんな事を問い掛ける。

 

『ジョッキーとは、英語圏において騎手という意味合いを持つ言葉で、トゥインクルシリーズでもアメリカジョッキークラブカップという言葉が伝わる程、海外のウマ娘界隈では常識的なフレーズです』

 

『この騎手という言葉、日本では馴染みが薄い言葉ですが、その源流は古代ローマやギリシャまで遡ります。当時盛んだった戦車レースにおいて、その戦車を牽引する存在としてウマ娘が重宝され、そんな彼女らに指示を出したりするのが、戦車の乗り手たる騎手の役割だったのです。言うなれば、現代におけるトレーナーのような存在でした』

 

『そして、イギリスにおいてはそれがジョッキーという言葉になるのですが……元々は、一人の憶病な青年が語源となっているのだそうです』

 

『一説によれば、ある戦争において彼は、相棒であるウマ娘と共に、負傷者をバ車に乗せて戦地の外まで運んでいたそうです』

 

『しかしある時、彼らは大きな問題に直面しました。いつものように負傷者を運んでいたところ、進行ルートが戦場になっていたのです。憶病な彼は、当然危険を冒したくありませんでした。だがしかし、迂回すれば重傷者の命が危ない。……そこで彼は決心したのです。弾丸の飛び交う戦場を突っ切ろうと』

 

『……ご存知の通り、ウマ娘は大きな音や光に弱い性質を持っています。にも関わらず、青年の相棒であるウマ娘は彼に従いました。そして、青年の巧みな指示とウマ娘の健脚が合わさり、無事に通り抜ける事が出来たのだそうです』

 

『以来、彼の名はイギリスのウマ娘史における英雄的存在の一人として名を連ねる事になり、憶病だった彼に付けられた蔑称であるジョックが形を変え、今のジョッキーという言葉になった、というのが通説となっています』

 

『……ここで重要なのは、彼らがそのような判断をするのに至るまでには、とても一言では語り切れない、互いに培ってきた人生というカオスのぶつかり合いがあったからこそだという事です』

 

『人とウマ娘。種も、形も、価値観も異なる彼らが、人バ一体の関係となる。それが如何に困難な事か、トレーナーをやっている皆様ならお判りでしょう』

 

『……ウマ娘は力が強い。故に、彼女らによる支配構造が成立してもおかしくはないと、学会においてもそんな声が聞こえてきました。逆に人間には科学という武器があり、それによってウマ娘を支配する構図もあり得たとも』

 

『ですが……そうした違いを超えて、積み重ねて来たものをぶつけ合って、そうして初めて、人バ一体の関係になれるのです。だからこそウマ娘も人間も、今日に至るまで一方的な支配関係にならず、互いに笑い合える共存関係になったのだと私は思っています』

 

 そう語る難田の前に、どこからともなくカウボーイめいた格好の男と、カウガールめいた格好のウマ娘――タイキシャトルが現れ、カメラの前を独占する。

 

『テレビの前の君達も、自分を愛してくれる相手がウマ娘だからって怖がるんじゃないぞ! 逆に、お前という人間の重みをぶつけてやるんだ! こんな風に!』

 

 そう言いながら、カウボーイは「タイキー!」と両手を広げ走っていき、タイキシャトルも「トレーナーさん!」と、ノリノリでそれを受け止める。

 そのまま、笑い合いながらグルグル回る……というかタイキシャトルがカウボーイをハグしたまま振り回している絵面を、キャスターはなんとも言えない表情で見ていた。

 

『……あ、そうだ忘れてた! 学生諸君! 恋愛するのは自由だが、不純異性交遊は当然NGだ! ナイスガイとの約束だぜ! ……あ、タイキ? もうちょい力緩めてくれるとありがたイタタタタ!?』

 

 

 

 

 ――恋愛も人生も、積み重ねだからこそ面白い――




逃走した脚本家より『ドイツ語はgoogle翻訳に頼りました』
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