小心者のスケープゴート   作:吟ぎんが

2 / 9
狂える朔月

「……………朝…」

静かな朝、暖かい布団にくるまった姿で目を覚ました。時計を見ると5時半、心臓が脈打っていることに気付く。不味い、寝坊だ。朝の訓練に遅れてしまう、急いで身支度を……

「…………そんな訳…ないよね…」

分かってる、毎朝早起きし特訓を重ねるリリィとしての日常、それは私自身の手で幕を下ろした物でしかなかった。

リリィになる事を選んだからには脅威に立ち向かわなければならない、逃げてはいけない、恐れてはいけない、けど私にはそれが出来なかった。恐れてしまった、逃げてしまった、そんな奴リリィである資格はない。あの時もう死んでしまえばよかった

「………痛みがもう…傷、治ってきたのかな…」

今みんなは必死に訓練を積んでる、血を流して戦っている。命を賭して人を護っている、そんな人達を私は殺した。皆が苦しんでる今私は理由もなくのうのうと生きている。そんな私を赦せない。

「……ごめんなさい…」

私は襲いかかる現実に耐えられず夢の世界へと逃げ込んだ

 

 

 

 

「おはようございます…」

「おはようサヤちゃん、もう動いて大丈夫?」

「多分…良くなってきたと思います。ありがとうございます」

神無木神社に住ませてもらって2週間、治ってきたのか動けるぐらいにはなった、2人に挨拶をする為寝室を出ることにした。居間に入ると神無木幻音さんの姉、神無木星莉花(かんなぎせりか)さんが朝食の準備をしていた。

「結構、それじゃあ食べるよね?朝ごはん」

「……はい…頂きます…」

「幻音ちゃん呼んでくるわね、待ってて」

卓には3人分、ご飯と味噌汁、生卵に調味料と極めて平凡な物だった。ここは何故だか陥落地域な気がしない、ガスも電気も水も普通に通っている。静岡はヒュージによって人間の住める土地ではなくなった、もっと窮屈な物だと思っていたんだけど……

「身体はもういいのね、サヤ」

「はい、おはようございます幻音さん」

「おはよう、それじゃあ頂きましょうか」

互いに食事前の挨拶をして朝ごはんに手を付け始める。何もかもが平和で本当に不思議としか言いようがない。これじゃあ悲劇の陥落地域とは到底思えない

「今日は物資の到着日だったわね、私行ってくるわ」

「その必要はないわ。サヤ、少し歩くけど行ける?」

「はい!もう大丈夫です!」

ここに住ませて貰う以上私も手伝わないといけない、けどお2人は一体何をしてるんだろう?

 

 

 

 

 

「えーと…この辺かな……」

ガタガタと手押しのリヤカーを引いて砂利道を歩く。朝ごはんを終え御遣いを頼まれた私は幻音さんに貰った地図を頼りに村の広場まで歩いて行く事となった。

整地された道路の脇には規則的に区切られた空き地が広がっている。少し前まで畑や田んぼになっていたのかもしれない。ヒュージの脅威に曝されることになり世界の気候バランスが崩壊、季節感が失った影響で農作物はろくに育たなくなってしまった。ヒュージの温床となった静岡じゃそれはもう酷い物なのだろう。何も無いという惨状から目を背けずには居られなかった。

目的地に着くと数人の人集りが目に入った。60いや70だろうか、それくらいのご老体の方々だ。私に気付いたらしく視線が集まってくるのを感じた。余所者が入ってきたとなったら気になるのは当然の事だが視線が苦しい…

大きな排気音を鳴らし田舎には不相応な巨大な鉄塊が降下する。ガンシップが到着。

「皆様お待たせしました!物資の提供に参りました!順番になりますので列にお並び下さい!注文表の提示をお忘れなく!」

いつの頃からか物や人の長距離移動は空路を使う事が当たり前となっていた。勿論ヒュージによる影響である。戦闘による地盤崩壊、ヒュージに襲われるリスクの高さから陸路による運搬は廃れた。安置さえ確保されていれば確実に送り届けられるため陥落地域ではガンシップによる物資提供が行われているらしい

運転手?配達員?と共に護衛のリリィがガンシップから降り私は彼女らから逃げるように顔を伏せる。目を合わせられない。綺麗で優しそうで強そうな彼女達が眩しい、私がならなければ行けなかった姿、なれなかった姿……

「次の方は…ってあら、貴女見ない顔ね」

「ご、ごめんなさい…」

「こんな若くて可愛らしいお客様が増える事なんてなかったからね、驚いちゃった」

「水無月沙夜花と言います…あの……これを…お願いします」

「ごめんなさい、水無月沙夜花ね。あー貴女、神無木さんとこの…」

「え?お2人を知ってるんですか?」

「彼女らが居なかったらここはとっくに更地になってる、積込むからちょっと待ってて」

搭乗員達が重そうな荷物を次々と引っ張り出しリヤカーに載せていく姿をただ呆然と眺めていた。

「こんにちは」

「え、あ、はい!こんにちは!」

「話は幻音ちゃんから聞いてるわ、確か…サヤちゃん…だっけ?」

「は、はい。水無月沙夜花です」

「いい名前ね。こんな何も無い所だけどよろしくね」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

不意に声を掛けられびっくりしてしまった。先程目にした村のお婆さんだ。穏やかな雰囲気で少し緊張が解れた気がする。一緒にいたみんなも優しそう、ちょっと安心したかも…

「そうそう、幻音ちゃんに頼まれてた物なんだけど出来たから渡して上げて、魔物と戦った時に汚しちゃったって落ち込んでたの」

「あはは………」

それは紅白の装束。校章が着いてない事を除けば私のとだいたい同じ物だと思う。ごめんなさい、たぶん私の血です…

「サヤちゃんも頑張ったって聞いたわ。ありがとう」

「い、いえ……私は……」

「なんでも村のピンチだったらしいじゃない。今こうして居られるのも貴女が戦ってくれたからだと思う。痛いのも苦しいのも我慢して…本当に凄いわ。よく頑張ったわね、ありがとう」

「わ、私は……」

「私達に出来ることがあったらなんでも言ってね、恩は返したいから」

「は……はい……ありがとう……ございます………」

 

 

 

 

 

 

「うっ……うぉぇぇ………」

荷物を抱えた帰り道、胃が逆流してくる気持ち悪さに耐えきれず1人蹲り嘔吐する。せっかく用意してくれたご飯も無駄にしてしまった勿体なさと罪深さに更に気分が悪くなる

「ゲホッ!ゲホッ!」

何故私が感謝される、あの人たちが私なんかに感謝する言われはない。恩は返したい?恩なんてある訳が無い。我慢?違う、出来なかったから逃げ出した。私のおかげ?違う、私が彼らを追い込んだのだ。私が逃げていなければこんな事にさえならなかったんだ

「ハァ……ハァ……」

私はリリィなんかじゃない。私は皆を殺そうとしたんだ。感謝される資格なんてある訳が無い。彼らの笑顔が苦しい、彼らの善意が恐い。人の善意さえ受け取れない自分に嫌気がさす

「………帰らなきゃ」

お2人を待たせてる、これ以上迷惑はかけらない。急がなければ。落ち着きを取り戻した私は再び歩き始めた

「あはは…はぁ…汚いなぁ………」

 

 

 

 

 

「桜がこんなにも…」

日差しが心地よい昼下がり、荷物を無事運び終え、2人が整理している間私は境内の掃除を言い渡された。辺り一面は桜の花が舞乱れ境内を幻想的に染め上げている。

四季のバランスが崩壊し植物が季節通りに花を咲かせるのが困難になったこの時代、暦の通りに花を咲かせる姿を見たものは幸運が訪れると言われたが私にとってこれは果たして幸運と言えるのだろうか

「サヤちゃん」

「星莉花さん、荷物の方は片付いたんですか?」

「ええ、あとは幻音ちゃんがやるって。私はこっち」

彼女に着いていくとそこは物干し場だった。寝間着だろうか、私が着ていた物と同じ衣服が大量に吊るされている。とても3人で使い切る物とは思えない。

「あの、ここって何をしている所なんですか?」

「あーあの娘説明してなかったんだ……えーと…先ずここ周辺の性質からね……」

星莉花さんが言うにはこういうことらしい。陥落地域の奪還を掲げてはいるものの今はまだ調査段階、攻略の為に情報収集と戦力の強化が各ガーデンで行われている。陥落地域の調査探索は日帰りで済むものではなく1週間か2週間程の滞在が必要となってくる場合も多い。その住み込み期間の生活を私達神無木家が請け負うということ。

「命を代償に国に尽くしてる人間がお手製テントやガンシップですし詰め生活なんて可哀想。安全を確保できない所謂敵地での生活にかかるストレスってとてつもない物なの。誰だって自宅のベッドが恋しい物よ」

「……………」

「増してやリリィ、彼女達は殆どが未成年。流石に政府も気に病んでたんじゃないかしら、快く受け入れてくれたわ。それもあってかこの辺はいい感じ補助を貰ってるって訳なのです」

「じゃあリリィ達の仮宿って感じでいいんですね」

「そういう事よ」

説明をしながらも作業する手は止まらない。村の方々や運転手さんの言ってた事が少し分かった気がする、でもなんかおかしい…

「けどちょっと待ってください、陥落地域って確かエリアディフェンスが壊されたりで防衛機構が維持できなった所なんですよね?」

「あーそもそもここが何故無事なのかって事ね。そうね、ここでも防衛は難しいと思う。」

「なら…」

「これは話したと思うけど私達のレアスキル覚えてる?」

「はい、幻音さんはユーバーザインで星莉花さんはテスタメントですよね」

「そ、認識操作と効果範囲強化能力。私達はこれでヒュージに見つからない空間を作ったの。周辺一帯の認識を書き換えた。ここには何も無いってね」

星莉花さんは幻音さんと2人のレアスキルで村一帯の気配を消失させたという。何も無い空間にはヒュージは現れない、マギも村も人も山も川も全て消し去りヒュージには何か在る事さえ認識出来ない。通りかかった対象物は皆無意識のうちに通り越してしまうものらしい。なんというかめちゃくちゃな……

「そんなこと出来るんですか?」

「マギは未だ謎だらけ、陥落地域も混沌の魔境。要因は色々あるだろうし説明は出来ないけどやってみたら出来た、あいつらだって何も無い所にわざわざ足を運ぶ事はないでしょ?多分」

「じゃあ私がヒュージに追われたのは?」

「匿う対象を侵入者に認識されてたら幻音ちゃんのインチキは効力をもたないの、結界内に入る時ヒュージと接敵してない事が前提で成り立ってる」

何が何だか分からないけどつまりこちらから外に出ない限りヒュージからは襲われることはないってこと?その前にこんな大規模なレアスキルを常時発動するって大丈夫なの?

「他の地域だとまた別の対策をしてるって聴いたけど何処も滅茶苦茶なもんよ。まぁ何であれここはそういう所。だから私達が機能してる間は多分大丈夫よ!多分!」

話してる間にも星莉花さんは洗濯物を降ろし終え物干場を立ち去った。私も掃除に戻らないと

「手伝って上げたいけどごめんね、私も仕事あるから」

「い、いえ!ありがとうございました!」

 

 

 

 

 

「あの……私の分…少し多くないですか…?」

幻音さんが用意してくれた夕食を頂いた。夕飯はご飯と鯖の味噌煮にお吸物、何故か私のだけ全体的に盛りが多い。

「食べなさい、残すんじゃないわよ」

「は、はい!頂きます!」

美味しい……そして暖かい…このごはんが滞在を強いられるリリィ達の支えになるのだろう。思えば朝ごはんの味噌汁も美味しかった。こんなご飯を吐き出してしまった私が嫌になる。

「どうだった?婆さん元気にしてた?」

「はい、優しい人でした…」

「そう、繕ってくれた装束なんだけど貴女のもあるから、明日からそっちを着なさい」

「私の?」

「ええ、嫌でしょ?桜華生の死装束を着続けるなんて」

「幻音ちゃん言い方」

「…………はい、ありがとございます…」

「明日から忙しいし手伝って貰うわよ」

「はい!頑張ります!」

「いい返事ね。そうそうお姉様、明日のレギオンですが…

「ええ、何かしら」

2人話し込んだ為私は箸を伸ばす。美味しい、美味しいのだ。この美味しさを私は知っている。家族で笑いあったあの頃の味、私の誕生日に振舞ってくれたお姉ちゃんの温もり、そんな優しい味だ。 さんも美味しかった。幻音さんも厳しいけど皆のように優しくて美味しい。村の皆も私に優しかった。それなのに私は

「私…村の皆に感謝されたんです…」

「そう?よかったじゃない」

「良くないです……良くないんです……私が感謝される筋合いはありません……だっておかしいじゃないですか??お2人の力で秩序は保たれてたんですよね?私がいなければ村が襲われる心配なんて無かったはずです!私が禍を振り撒いた!私が皆を陥れた!それなのに!なんで!」

「そいつを貴女が倒した、ならそれでいいじゃない。それとも貴女はなんて言って欲しかったの?」

「それは……」

「石でも投げて欲しかった?蔑んで欲しかったの?貶して欲しかったの?誰もする訳ないでしょそんな事。そんなに傷つきたいなら勝手に自分で傷付いてなさい」

「………………」

「いいサヤ、人間はね、皆勝手な生き物なの。喜ぶのも怒るのも憎むのも勝手に湧いて勝手に言い放つ化け物なの。誰もが自分の欲しい答えをくれるなんて思わない事ね」

「…………はい…ごめんなさい…」

「……………残すんじゃないわよ」

「はい…」

 

 

 

 

「真っ暗……」

月が姿を暗ます新月の夜、縁側で座り夜空を見上げる。2人とも寝たのだろうか、部屋の電気は全て消え失せ夜の帳は落ちきった。瞳に映すのは曇の隙間から見え隠れする小さな星々。地上を照らすにはまだ足りない。

右手には短刀、リリィになる私に贈られた御守り刀。恐いぐらいに鋭い刃も暗闇に隠れてよく見えない。私はこれで終わらせる

「そうだよね…私がやらないと…………」

私は間違えた。選んでは行けなかった。なら何故選んだ?楽だったからだ。私には何をすべきか分からない。未来とは己の力で迷い考え掴み取る物。選択を放棄し姉の通ったレールに沿っただけの愚か者、そんな奴に未来を選べる訳が無かった。リリィを選んだあの日の私を終わらせる

「はぁ……はぁ…」

視えない刃が左の手首にそっと触れる。早く手を引け、そうすれば全部終わる。これは私に課された罰、皆を殺した罪、皆を裏切った罪、全部終わらせられる。私は…

「私は…私はぁ!!」

手首が血液が溢れる。痛い、痛い、熱い、熱い、血液がボタボタと流れ落ち止まる気配がない。やった!やってしまった!これで私も!

「やっちゃった……みんな、ごめんなさ

「やれる訳ないじゃない、馬鹿」

あれ?違う!おかしい!切り口が浅い!何故!?

「私が視せるは刹那の幻、何を視るかは貴女が決めて。せめて貴女に良い夢を、ユーバーザイン。さぁ瞳を閉じて、おやすみなさい」

「え……あ………………」

瞳を覆われ消え去る意識。夢と現の境界で少女の声を確かに聴いた

「貴女は死ねないわよ、貴女、弱いんだもの」

 

 

 

 

「まったく…世話の焼ける…」

刀まで持ち出して…確かに私は勝手にやれと言った。そこまでやれとは言ってない。けどやはり傷は浅い。痛みに敏感なだけに変な物幻視して気が動転しただけだろう。まぁ私も少し手を加えたけど……畳でやられたらどうなってたことやら

「ねぇ幻音ちゃん」

「どうかしましたか?手当てをしなければ行けないので手短に」

「やっぱり帰してあげるべきだったと思うの、流石に苦しそうよ」

「彼女が自身で選んだ事です」

「脅したりしてない?貴女ならやりそうよ」

「否定はしません。けど帰した所でどうなりますか?この子はきっと死に行きます。死にたくないのなら戦わせるべきじゃありません」

彼女は善人だ。間違いなく借りを返そうと死にに行く。半端に強くなって死に行くんならそんな善性捨ててやれ。

「私はこの子を生かします。私はそう選びました」

「その羽織り………分かったわ………あともう一つ、レアスキルを使い過ぎよ、回復率も落ちてきてる。限界もそう遠くないわ」

「……はい、気を付けます」

私はリリィ 自殺志願者が嫌いだ。こんな弱い子を無駄死ににしかならない愚か者になんかさせてやるものか。

リリィの可能性を閉ざした少女がどんな結末を迎えるのだろうか、私には分からない。無責任なのは分かってる。けどそれでも私は彼女の未来を照らしたかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。