小心者のスケープゴート   作:吟ぎんが

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穂踏みの果て

「失礼します」

「入りなさい」

一冊の本を片手に携え幻音さんの部屋に訪れた。幻音さんはテーブルに組んだ足を乗せタブレット端末を弄っている。初見は威圧されたが気にならなくなった。ここの生活にも少しづつ慣れて来たのかもしれない。

私達は外征に来るリリィ達の仮宿の提供を仕事にしている。レアスキル:ユーバーザインで創り出した仮初の安全地帯、本来エリアディフェンスの存在しない陥落地域でも最低限の生活を送るだけの寝床の確保に成功した。しかし、脅威にとって餌でもあるマギを宿すリリィを長期的に、大人数を匿い続けるということは困難、1レギオンも匿ったら半月程の空白期間を置かないと結界を維持出来ない、らしい

「借りていた本、お返しに来ました」

「そう、元の場所に戻しておいて」

「はい、ありがとうございました」

手に持っていた本を本棚に戻す。私は毎日そこまで忙しい訳では無い。そんな時は本を読んだり記憶を頼りに訓練と無意味な時間を過ごしていた。

「サヤ、これを」

「はい、何でしょう……」

声を掛けられ振り返った矢先、幻音さんの手から長方形の物体が放り投げられた。どこに落ちようがお構い無しとばかりに端末に向かい合っている。物体は大きな弧を絵描き落下地点に先回りした私の掌に収まった

「…………あの……これは……」

「見て分からない?携帯だけど…」

「なんで私に…」

「どうせ暇なんでしょ?少しは勉強しなさい」

指示されるままに携帯を操作すると現代文、数学、語学等に加えcharm学や看護学等、座学で見覚えのある科目がアプリ内に入っていた。

「便利な物よね。金さえあればガーデンに通わなくても最低限の学習は出来る。登録名は適当に用意させて貰ったけどまあ気にしないで」

リリィ用の通信学習のようなものらしい。登録情報には私、水無月沙夜花の名前ではなく神無木星羅と書かれていた

「病人や怪我人のケアは貴方の仕事よ、ここに居たいのなら最低でも看護周りはしっかりやる事。後の使い方は貴女に任せるわ」

私に任せる、それは故郷に連絡を取ろうが構わないと、帰りたいのなら帰りなさいと、そう言われてる気がした

「い、いいんですか…?私に…」

「誘拐犯じゃあるまいし…自由に使いなさい」

「は、はい…ありがとうございます…」

「節度は弁えなさいよね。下手に痕跡残したら後々苦労するから」

「どういう………すみません、分かりました」

 

 

 

 

 

「……………」

日が落ちきった晩、自室で携帯を取り出しある番号を打ち込む。連絡先は私のお姉ちゃん。私達は何時でも生存確認を取れるよう、任意の相手の電話番号を暗記させられるようになっている。

「お姉さんにあって上げてください」

携帯を受け取った時、百合ヶ丘の汐里さんの言葉を思い出した。今の私は向こうでは行方不明とされているだろう。生きているのか死んでいるのかさえ分からない。それが苦しい物であると知った。今こうして生きているのだと私の言葉で伝えなければならない

「まだ憶えてた……」

打ち込んだ番号を何度も読み直すがそこに間違いはない。通話ボタンを押すだけで良い。なのにそれが出来ない。いつまで経っても画面が変わる事はなかった。

「恐い………」

私の生存確認。これだけで多くの事が変化する。まず私は桜花中に帰還命令が下る。それは私が殺したあの人達に向き合うという事。そして彼女らを裏切り今日まで連絡も出さず、リリィとしての務めも果たさぬまま、今の今までのうのうと生きてきた経緯が全て明らかになる。

「…………………」

私は全部間違っていた。楽な道へと逃げた代償はあまりにも大きかった。間違えたのなら謝らなければならない。ここで逃げたらまた大きな罪を重ねるのだろう。お姉ちゃんのこともさらに苦しめることになる。まだ間に合うかもしれない。だけど………私は……

「………………………寝よう…」

こうして私はまた間違える。携帯の電源を落とし与えられるだけの明日を待つ。正しい道を視ていながらそれを選べない。どこまでも惨めな自分がただただ情けなかった

「ごめんなさい……」

無意味なだけの涙を流し、私はまた夢の世界へと逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

いつものように私が神社まで案内、幻音さんが連れてきたリリィの対応をする。今日のお客様は荒蕪 こうぶ女子、百合ヶ丘や相模のように有名なガーデンでは無いが駿河奪還を掲げ日々戦っているらしい。

「こちらからは以上です。何か質問でも」

「はい!!!」

大きな掛け声と共に1人のリリィが集団の中から飛び出して来た。

「何でしょうか?」

「神無木幻音さん…でしたよね?あれですよね!思い草さん!」

「え?」

「…………………は?」

「私、貴方のファンなんです!」

幻音さんの顔が青ざめていくのがこちらからでも見て取れた。キラキラと目を輝かせ嬉しそうに迫るリリィ。露骨に嫌な顔を浮かべる幻音さん。よく分からないけど不味い、機嫌を損ねると私にも被害が……

「夢叶!初対面なんだから弁えなさい!困ってるでしょうが!」

「痛い痛い痛い!!ごめんなさいごめんなさい!」

隊長さんの背後から放たれた関節技、小柄なリリィの悲鳴が境内に響いた

「………………話は終わりです。charmは工房の星莉花に当たってください。それでは」

「えっと……あの…」

「サヤ!早く来なさい!」

「は、はい!!」

幻音さんに怒鳴られ混沌と化した境内を走り去る。本人からは事情を話してくれそうにはなかった。

 

 

 

 

「すみません、本借りに来ました」

「持っていきなさい」

夕飯の片付けも終わった晩、私は幻音さんの部屋を訪れた。幻音さんは相変わらず机に足を乗せタブレットに向かい合ってる。乱雑に並べられた本棚を眺める。

ここ地元のガーデンは陥落後も抵抗活動が続いでいたらしい。しかし幻音さん達の在籍中に崩壊、廃棄される事になったという。部屋にある本は全てそこの図書館から取ってきたものらしい。

「携帯で読めばいいじゃない、そっちの方が充実してるのに」

「本で読むことに慣れてて…落ち着かないんです……」

「それもそうね、私も慣れるまで苦労したわ」

「ですよね……」

目に入った1冊の童話本を手に取った。

「これ借りていきますね」

「どうぞ」

「ありがとうございます、おやすみなさい」

「おやすみ。ああそうだ、今日の子達に私の部屋を教えないように」

「え?は、はい、分かりました」

一冊の本を携え部屋を出る。自室に向かう途中例の小柄のリリィが1人廊下で蹲っていた。

「あ、あの……どうかしましたか?」

「………何処ですか?」

「え?」

「思い草…じゃなかった…神無木幻音さん!何処ですか!?」

「あぁ…」

 

 

 

 

 

「教えられない!?」

「はい、申し訳ないですが」

文月夢叶(ふみづきゆめか)さん、高いスキラー数値と優れた身体能力で中学生ながら高校のレギオンに所属する可能性溢れたリリィらしい。つまり私と同い年。

文月夢叶さんはミーティングが終わり自由行動になるや否や幻音さんに会いに向かったという。面倒に感じた幻音さんがレアスキルで部屋を隠した。私なら案内出来なくもない、けど頼まれたし連れて行ったら面倒な事になる。このまま夢叶さんに暴れられても困る、とりあえず私の部屋に来てもらう事にした

「まず要件は何ですか?それが分からないと私も通せません」

「インタビューです!」

「…………はい?」

「だってしたいでしょ!?何作も書き続ける私の推し!私の追ってる作者さんが目の前にいるんです!やる事と言ったらそりゃもう決まってるでしょ!」

「………ん?え、えーと……」

「あーピンと来てない顔ですね…」

熱く語る夢叶さん。正直話に着いていけない…指示されるままに携帯を操作し、小説投稿サイト?の彼女の語るページが表示された。

「まあ考えてみれば身内に話す訳ないですね。私だったら腹切って消滅します」

「それ私に見せるの……」

そのページには20は超えた幾つもの作品が並べられている。ここ数ヶ月は止まっているらしいが初投稿は2年ほど前。これ見ちゃ行けないやつだよねきっと………

「これがなんで幻音さんだと…」

「昔はSNSと紐付けられてたんですよ。昔撮られた自撮りだってあります、まあ翌日には消されてたけど…勿論保存済みです!折角ですし見ます?」

「み、見ませんし見せないで下さい!!!何考えてるんですか!」

「えぇ~可愛いのに」

正直凄く気になる、けど私の中の彼女のイメージが崩れてしまう気がした。そんな葛藤もいざ知らず、ぼろぼろと幻音さんの情報を吐き出して行く夢叶さん、堪らず思考をシャットアウトし事なきを得た。もしこの人に喋らせたら私が手引きした事がすぐバレる。やっぱりこの人、幻音さんに会わせられない…

「自撮りと作品の傾向を見た感じ、リリィである事だけは予想出来てたんですがねぇ…こんな所でお会い出来るとは夢にも思いませんでした。まあそういう事でですね、教えてくださいな」

「ダメです。インターネットで話せるならそっちで聞くのは出来ないの?」

「そりゃあ生の声があるならそっちで聞きたいじゃないですか」

分かんないかなぁと気だるそうにため息を着く夢叶さん。それはこちらのセリフでもあった

「まあいいや、聞いても無駄だろうし思い草さん探しは後日にします。それはそうと沙夜花さん、珍しい物を読まれますね…」

「え?そ、そうかな…」

脇に置かれていた童話本を指さした

「だと思いますよ、我々くらいになると大抵は恋愛小説とか推理小説とかになりません?それかリリィ系雑誌」

「分からないです……本を読み始めたのも最近なので…」

私にとっての読書、それは暇潰しによるものでしかなかった。趣味という訳では無いし多すぎる活字を見るとそれだけで気が滅入ってしまう。

正直何が面白い話で何が好きかよく分からない。だから読みたい本を自分で決める事が出来なかった。私が手に取った本はどれも過去の読み直し、お姉ちゃんに読み聞かせて貰った物語ばかりであった。

「貴方も貴方でおかしな人ですねぇ……」

「……………………」

「どうです?思い草さんの書いた物語、読んでみませんか?」

「え?幻音さんのを?」

「はい、別に人気があるとかそういうのでは無いです、というか何故こんなに続くのかって位超ドマイナーです。気に入るとは思いますよ?私と同じ変人ですし」

「…………………」

確かに幻音さんが普段どの様な事を考え、何を感じ取っているのかは正直気になる。けどやっぱり勝手に覗き込むのはどうかと……

「何か気を遣ってそうなので言っておきますが、読みたいのなら読んであげるべきですよ?作者がどうとかではありません。物語って誰かに読んでもらう為にありますので」

「ぐっ…そう言われると…」

「さ、観念して携帯を出して下さい。私の同志になるがいい!」

夢叶さんの勧誘に根負け、夢叶さんの指示に従ってしまった。幻音さんの腑を覗く背徳感に身を震わせる。ごめんなさい、私は貴女の世界に踏み込みます。どうかお許しを……

 

 

 

「君にはあれと戦える力を持っている」

死刑宣告ってこういうものなんだ、幼い私にも理解出来た。大人の倍はあるような化け物と戦わされるのだ。

脅威によって両親は殺された。身寄りの無かった私は崩壊間近の地元のガーデンに引き取らた。そしてリリィの素質を見出される

「私達と共に戦って欲しい」

冗談じゃない、あんな化け物共相手にするなんてごめんだ。けど私に拒否権など無かった。私の何倍も生きている大人がこんな雑魚に頭を下げ懇願してきたのだ

「レアスキルを覚醒、スキルはユーバーザイン」

終わったと思った。奴らと戦うには未来が視えたり速く動けたり単騎で殺せる腕力が必要不可欠。なのに私に出来ることは無意味な幻を見せるだけ。とんだ外れを引かされた。

「必ず帰って来ます。それまで生きて下さい」

強豪校からの引き抜き、実力や才能を持つ者は皆この地を去って行った。戦犯(?)の娘が施設に連れてかれたと憐れな噂も耳にする、才能もいい事ばかりではない。それでも生きていられるのならこんな所から身を引いた方が懸命だ。ここには逃げる力も無い者、力はあっても才は無い者、背負い切れず崩壊寸前の優しい指揮官、何故か居る神社の姉妹だけが残された

「何奴も此奴も……馬鹿なんじゃないの…」

連携を鍛える暇もない、個の力も足りない、こんな状況で戦い抜くなんて不可能だ。皆で仲良く生き抜く余裕なんてある訳が無い。私はただ生きていたかった。だから私は皆を殺した。多くの仲間を見殺しにした。リリィを殺したヒュージの隙を突き確実に仕留める。それが私に出来る唯一の戦い方だった。

「ねぇ、何書いてるの?」

「さあね、何書いてるんだろ…私……」

無能な私に殺された皆は一体何を願うのか。色々聞いた。奴らに復讐を。別れた家族とまた会いたい。外の世界を見てみたい。けど私は彼女らとは違う、聞いた所で本当の事は分からなかった。

死者を救えるのは生者だけだと育て親から聞いた。だから私は想い描いた。私が殺した彼女らの夢を、踏み躙った世界の果てを。

プロでは無いし子どもの文章、何処までも稚拙で小さな世界。それでも私は想い描く。聞いた限り、学んだ限り、書いて、書いて、書き続けた

 

 

 

 

「…………」

携帯から目を離し一息ついた。夢叶さんに紹介された2作程、主人公が悪党を懲らしめるお話、知らない世界に旅立つお話、そんなに難しい話ではなく軽く読むことが出来た

「どうでした?」

「なんだか…羨ましいな……」

「羨ましい?」

「うん……どっちも苦労してて大変そうだった。けど最後は皆乗り越えて………幸せそうだった……」

「ハッピーエンドってやつ?」

「ハッピーエンド……そうだね……」

何も主人公だけが頑張ったんじゃない、色んな人達が頑張ってた。夢に向かって最後まで頑張ってた。最後にその夢を叶えて幸せになれた。これがフィクションというのは分かっている。だけど私にもなれるのだろうか…最後に笑う事が出来るのだろうか……物語の彼女達が堪らなく羨ましかった。

「あと少し意外…かな…」

「意外?」

「うん、幻音さんがこんな事考えていたなんて…」

仕事や家事を除くが普段は気だるそうにパソコンや端末を弄っている。あまり創作とか好まなそうな印象だった。お話も少し暗い?のはあるかもしれない。けど明るく楽しい、彼女作る料理の様な優しさが私にも感じ取れた。

「皆そんなもんだと思いますよ?この辺本人の話を聞くと変な性癖溢れたりしてまた面白いんですよ!てことで沙夜花さん」

「ダメです」

「…………貴方も頑固ですねぇ…はぁ~私も鷹の目だったらなぁ…ルナトラなんて外れですよ外れ」

計画が崩れたと言わんばかりに舌打ちをされる。その問題に私を巻き込まないで欲しい

「まぁ満足出来たようで何よりです。沙夜花さん、明日も一緒に読んでみません?」

「え?いいの?」

「はい!こんなマイナー作家の話が出来る同志、今までいませんでしたから…他人の評価っていうのも気になります」

「………うん、じゃあ明日も…」

「約束ですよ!まあ破るなら私の方か…無事に帰って来れるよう頑張ります!」

 

 

 

 

それから2日、3日、4日と任務後の読書会は続き幻音さんの想う世界に触れ合い語り合い羨ましくも楽しい時間を過ごした。

彼女らが去った数日後、長らく止まっていた幻音さんの新作が投稿。私と語り合った文月夢叶さん思われるキャラクターが綴られていた。

 

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