「準備は良い?」
「はい!お願いします!」
雑多な木々が生い茂った神無木神社の裏山、私の合図を聞き届けた星莉花さんが木の陰に紛れ姿を暗ます。ステルスにより一切の気配が消え去り私だけが取り残された。
私のcharmは2つ、小型の拳銃に実体剣。トリグラフと言うらしい。本来は実体剣にも砲身があり2挺を連結し運用する物らしいが壊れた拾い物故それらの機能は共に外されている
標的は星莉花さんから投げ出される60サイズの段ボール。原理は全くさっぱり分からないがその速さは恐ろしく早い。何故?
投げ出される数は18発、私が一度に込められる段数分だ。前後左右ランダムに投げられるが私の視界から横切る前に1発穴を空ければいい。
剣を腰に差し拳銃を構える。charmにマギを込め銃弾を装填、起こり得る可能性を思い描く。先ず左手から1個、右を向き2個、同じ位置から間を置いて一個、振り返り3個……全弾撃った後最後の一個が顔面目掛けて飛んでくる。あれ?1個多くない?
「視えた」
予測された未来を現在に投影、予測に従い左を向き虚空に構える。筋書き通りに投げ出された的を筋書き通りに狙い撃つ。ひとつ、ふたつ、みっつと次々に的を撃ち落とす。願った未来に寸分を狂わず再現された行動は絶対だった。
「これで、最後!」
弾切れと共に剣を抜刀、前から飛び出してきた的に目掛けて力いっぱいに剣を投擲。剣は的を貫き正面の大木に深々と突き刺さった
「お疲れ様サヤちゃん。命中率は8割ちょっとって所」
「ありがとうございました。まだまだですね…」
「何言ってるの、最初と比べ全然良くなってるわよ」
「やっぱり散弾と違って難しいですね…少しでもズレると狂っちゃいます」
射撃訓練が終了、ステルスで隠れてた星莉花さんが姿を現してきた。神無木神社へ住ませてもらうことになってからもうすぐ一年、定期的に星莉花さんに訓練を手伝って貰っている。
「トリグラフの分離携帯は牽制やミドル級までの掃討用、1装填で6割超えてるなら充分すぎるくらいよ」
「そうですかね…」
強く張られたワイヤーを引き剣を手元に引き寄せる。破損状態で拾われた剣はガーデンで改造され、機能の大部分を削いだ代わりに、空き容量を利用し剣にもワイヤーを取り付け投擲用として扱う物にしたらしい。
「あーいたいた、探したわよ。それ私のcharmじゃない。そんなんで遊んでたの?」
「遊びじゃないです!射撃訓練です!」
「そもそも射撃に使うものじゃない。こう使うのよ」
持ち主が姿を見せる。charmを受け取った幻音さんはコアを交換し剣を投げた。ワイヤーに連動し剣は不思議な軌道を描き道行く小枝を切り落とす。落ちる枝は地面に着くこと無く打ち込まれた弾丸によって消しされた。
「すご……」
「最新式のシステムが組まれてるからcharmが勝手に制御してくれるの。システムを理解したらファンタズムを持ってるあんたの方が扱えるはずよ」
「そうなんですね…そうだ、用事って何ですか?」
ああそうだったと帰ってきた剣を手に取り鞘に納める。そして私達に神社から持ってきた書類を私たちに手渡した。記載されているのはリリィ達のプロフィール表、次回のお客様から送られて来た物なのだろう。何故私に伝えに来たのかはすぐ理解出来た。
「桜ノ杜……」
「別に夕飯時でもいいと思ったけどね、空気悪くなるし今伝えるわ。今回の仕事、休む事に口は出さない。部屋に籠ってなさい」
轟音を響かせリリィを乗せた巨大な鉄塊が村の広場へと舞い降りる。ガンシップの着陸と共にハッチが解放、時代錯誤な和の装いを纏った少女達が次々と降りてくる。私はフードを深々と被り素顔を隠す
「初めまして。私たちは桜ノ杜高校、現地の案内人というのは貴女ですね?」
「私の事は神無木星羅とお呼びください。お待ちしておりました桜ノ杜高校の皆様。ようこそお越しくださいました。皆様の宿舎までご案内します。着いてきてください」
早急に話を済ませ神社へと案内する。桜ノ杜高校、私が在学していた桜華義塾の上に当たるガーデン。私が目指すべき道だった場所であり敬愛するお姉ちゃんの居場所である。幸い名簿には私の縁者は載っていなかった。
「ここの石段を登った先に在ります」
「鳥居…ということは神社?」
「はい、そちらと比べ名ばかりの場ではありますが…」
お姉ちゃんは人との縁を大切にする人であり友人も多い。そして恐らくお姉ちゃんもまだ桜ノ杜で戦っている。彼女と縁のある人なら私の存在に繋がる可能性が高い。彼女らに私の痕跡を刻まれることが無いように祈ってしまう。
「ご苦労、サ…星羅」
「ご、ごめんなさい……お願いします……」
私が神社に案内し幻音さんが話を付ける。責任者の登場、大抵のリリィは雑用でしかない私など興味を示さない。いつも通りに事が進む。私は境内を去り自室に帰ろうと足を早めた。なのに…
「神無木星羅さん」
「わ、私で……す…か?」
幻音さんが彼女らに対応する中、1人のリリィが私を追いかけて来た。
「宿舎はこちらではありません…」
「知ってる。ねぇ、こっちを向いて。……ありがとう、そのフード、取ってもいい?貴女の素顔、見せて欲しいの」
「ごめんなさい…それは…」
「ダメ、取りなさい」
「い、いや……」
有無を言わさず羽織のフードに手をかける。落ち着きのある聞き慣れた声、見透されるような紅く透き通った瞳、私はこの人を知っている。私の事をよく知る1人
「久しぶり、水無月沙夜花ちゃん」
「あ、あぁ……ああぁ……」
「夢都希?そんな子送られて来たデータに無かったわよ」
「ですよね……」
「ん?あぁそういえばさっき1人不調だかで別部隊の子と交代、みたいな事言ってたわね」
「……………………」
「で、ビビったあんたは逃げ出したって訳ね。履物くらい履きなさいよ。ズタズタじゃない…全く…」
「………ごめんなさい…」
私は我を失い裏山に向かって全力疾走。振り切られた楓奈さんも追いかけて来たものの諦めたのか帰って行った。裏山までちゃんと整備されているはずがなく、地面は小枝や小石落ち葉で覆われている。足袋は紅く染め上がり歩く度に激痛が走った。
「痛っ!!」
「我慢しなさい、そんな小汚い足で上がらせないから」
足裏がズタボロの状態で帰ってきた私は幻音さんに抱えられ浴室まで連行された。身体を洗われ今は傷の手当を受けている。無意味な自傷、もう何度目になるのだろう。また嫌な気分に襲われる。こんな身分でありながら迷惑をかけ続ける不甲斐ない自分、私の痛みを癒してくれるこの人への何か入り交じった感情。全てが嫌だった
「彼女らが滞在する間、またあの子と顔を合わせる事になるけど、貴女は大丈夫?」
「それは……」
ここは陥落地静岡、桜ノ杜の攻略対象。なら私の素性を知るリリィが現れるのも変な話ではない。そんな人間と相対した時点で亡霊としての私は消え去り、裁かれるべき罪人としての私だけが残る事になる
「もう一度聞くわ。引き篭るというのなら止めはしない。仕事も2人でやるし部屋は隠しといて上げる。勿論口止めもね。けど、貴女が何かをどうにかしたいというのなら…」
幻音さんの提案は簡単だ。彼女らの滞在期間私は自室から出なければいい。何もしなければ何も起こらない。私の生存は揉み消されまた平穏が訪れるだろう
「………ありがとう…ございます…だけど………大丈夫です。もう、逃げる訳には行きませんから……」
「そう、いいのね」
「……はい」
手当は済んだものの足裏の痛みは癒えなかった。痛みにしがみつき前を歩く。何故だか今はこの痛みが救いの様に感じられた。
「お帰りなさいませ、お身体の方は大丈夫でしょうか?」
「はい、皆無事です」
「それは良かったです。ただいま夕食の準備を進めてます。浴室等も空けておりますので準備が出来るまでお寛ぎ下さい」
「ありがとうございます。そうさせて貰います」
リリィが任務から帰還、出迎えをし食事準備に戻る。いつもの仕事をいつも通りにこなす。
「おはようございます皆様方、朝食の準備が整いました。寝間着は通路の籠に入れて下さい」
「おはようございます星羅さん、さぁ行きましょうか」
翌朝、お客様に挨拶し食堂へ招く。いつも通りに事が進む。
「お気を付けて、行ってらっしゃいませ」
「はい。行ってきます」
朝食の片付けを終え境内を掃いて回る。charmを担いだリリィを見送り掃除に戻る。いつもの仕事、いつもの毎日。それなのに不思議と落ち着かない。恐く私を知っているのは楓奈さんだけ、けど多分お姉ちゃんの事は皆も知っているはず。楓奈さんは黙ってくれているみたい、だけどいつ私の身元が割れてもおかしくはない。不出来、不誠実、不始末な私とは違いリリィは皆強く正しい。そんな彼女らを前にして胸を張れる道理等あるはずも無かった
「あぁ……痛いなぁ…」
「お帰りなさいませ、お疲れ様でした。夕食までお時間がありますので…」
「あら、怪我人は見て見ぬふり?」
「え?あ…ごめ……て…楓奈さん!その腕…血塗れじゃないですか!」
何日か経った夕暮れ時、部隊が帰還し工房へ歩いてる姿を見て彼女らに挨拶しに向かった。言葉を端折ったとの指摘に謝るところだが今はそれ所じゃない。
「軽く抉られちゃってね、血が止まらないの」
「早く言って下さいよ!!すぐに手当します!」
「ありがと。フードはいいの?星羅ちゃん」
「ッ……は、早く着いて来てください!」
損傷のない右手を握り医務室に連れて行く。楓奈さんの余裕のある笑みがなんだかとても腹立たしかった。
「夢都希さんがあんな怪我負うなんて…」
「狙って食らったようにも見えましたけどね」
「何故そんな馬鹿な事を…」
「さぁ…あの子狙いとか?ほら何処か詩空さんに似てません?ちょっかい掛けたかったとか?」
「そんな事の為に?」
「あたしにも分かりませんってば」
「とりあえず薬はこんな感じですかね」
「よく出来ました。勉強したのね」
「………仕事…ですから」
沙夜花ちゃんに医務室まで手を引かれ治療を受ける事になった。彼女の施しは丁寧だった。今後に支障が無ければ良いと私たちの雑な応急処置とは違う、どちらかというと衛生兵や医療班に近い。彼女なりしっかりと勉強して何人もの血を見てきたのだろう。
もしくは自傷。彼女の手首には癒えそうにない切り痕が残っている。戦闘で負った傷では無いことは分かる。そんな彼女でも私達から逃げず彼女なりに出来ることを示してくれた。それが分かっただけでも怪我をした甲斐があったという物
「この前は驚かせてごめんね、改めて聞かせてもらうけど貴女、沙夜花ちゃんよね?桜華中3年、水無月家の次女沙夜花ちゃん」
「……はい…お久しぶりです…夢都希楓奈さん…」
「久しぶり、最後にあったのはいつだっけ?去年の初詣ぐらい?」
「はい……恐らく……」
「じゃあ私達ちょうど1年振りって感じね」
包帯を巻く手が止まる。沙夜花ちゃんの震えが私にも伝わってくる。その瞳から迷いと葛藤を映し出す
「………やっぱり…帰らなきゃいけないですよね…」
「沙夜花ちゃんはどうしたいの?」
「………帰るべきなんだとは思っています……でも……」
「恐いのね」
「………………はい」
任務で行方不明となって以降私たち誰1人にも連絡を寄越さなかった理由、それは恐らく自分が生きている事を知られたくなかったからだろう。
「もうご存知ですよね……私が何をしでかしたのか…」
「ええ、詩空から聞いたわ」
「……………」
彼女の失敗、言うなら敵前逃亡。ヒュージを前にして戦闘を放棄し逃げ出す行為。確かに問題行動だ。重い懲罰に再教育、銃殺刑もやむ無しとされる。それが古代の軍隊の話であればという話だが…
「分かっています……私はリリィなんかじゃありません…ただの犯罪者です。殺人者です。今すぐにでも帰って裁かれなければいけないんです…」
「そんな事……」
桜花義塾は五大ガーデンを担う桜ノ杜の過酷な戦に耐えうる土台を育む場だ。戦闘技術は勿論リリィとしての在り方、生き方の理想を徹底的に学ぶ事になる。しかしあくまで理想論、その理想を完璧に叶えられる者は到底人間とは呼べない。増してや私たちはまだ子どもだ。初陣を飾る少女に兵士として正しい選択を選べるとは誰1人として思っていない。
「失敗しないリリィなんて居ないわよ。皆最初は迷惑をかける物なの。私だってスモール級相手にドジって先輩に大怪我させた物よ」
「その先輩は……」
「引退したわ。何故あの時動けなかったんだろうって今でも後悔してる。心が折れそうだったわ。でもあの人に背中を押されて今の私がいる。恩師みたいな人」
桜ノ杜ではお馴染み貝殻の首飾りを見せびらかしてみる。沙夜花ちゃんの羨ましそうな眼差しについ頬が緩んでしまう。
誰もが理想を目指すが現実を前に敗れ去る。しかしそれは終わりではない。生きている限りそこから始めなければならない。その新たな道を切り開く力は他人無くして成り立たない。
桜ノ杜に限った話ではなく、あらゆるガーデンで学年の壁を越えた交流が推奨されている。それは上級生との交流が大きな影響を齎す可能性を見越してのこと。同じ苦境を乗り越えた上級生が下級生の折れた心を支え、新たな道標を照らす存在となり得るからだ。
彼女の不幸、それは偶然にも多くの選択肢が目の前にあったこと、憧れの対象がよりにもよって詩空だったことだろう。あの子の在り方はあまりにも強く正し過ぎた。
「沙夜花ちゃん、貴女ここへ来て何をして来たの?」
「私なんて……なんにも……」
「それは嘘、見てきただけでも応急手当に炊事洗濯、お客さんの対応と色々やってるじゃない。それは素晴らしい事なのよ」
「誰でも出来ます。大したことじゃないです…」
「いいえ、これは貴女にしか出来ない。貴女がここで沢山のことを見て学んできたからこそ在る貴女だけの正しさ」
包帯を巻き終わり手が離れる。丁寧に施された治療跡が彼女の軌跡を物語っていた
「どうですか?特に痛い等は…」
「大丈夫よ。ありがとう……ねぇ沙夜花ちゃん、もっと話せない?ここへ来て何を見てきたのかを、貴女が何を想って生きてきたのか、教えて欲しい」
顔を伏せ少しの沈黙の後、彼女は応えた
「私の部屋を教えます…仕事が終わったら来てください……」
「ありがとう。沙夜花ちゃん」
心配なんかいらない。貴女の妹は今もしっかりと生きている
「ねぇ、何書いてるの?」
「さあね、何書いてるんだろ…私」
ある葬儀の帰り道、私は神社に寄り道し古ぼけたノートを手に取り筆を滑らせていた。
「言い方が悪かった。誰を書いてるの?」
「…………考えりゃ分かるでしょ?」
「うん」
私のやることは変わらない。敵を殺し、仲間を殺し、仲間の夢を書き連ねる。
「友達だったんだよね」
「ええ、付き合いは長い方だと思う。明るい子だったわ」
「そうなんだ、じゃあ楽しく書かなきゃね」
「あんたね………」
もう何人目になるだろう、正直な所直ぐに終わるかと思ってた。他人の人生を利用し物語を娯楽に置き換える最低な一人遊び。いくら綺麗事を重ね正当化しようとその事実は変わりない
「霜月さんのおばあちゃん、良かっただって」
「は?」
芯が折れペン先の金具がノートを貫いた。今なんと言った?霜月さんは前回私が殺し終わらせたリリィの名だ。それを読ませた?親族に?
「あ、あんた何やってくれてんのよ!!何度も言ってるでしょ!これは私の一人遊び!他人に読ませる物じゃないのよ!」
「けど喜んでたよ。コピーさせてくれって」
「ウケたとかそういう事じゃない!」
私の駄文が世に知られた嫌さはあるが問題はそこじゃない。
私は他人の人生を踏みにじり尚且つ創作という形に置き換えその尊厳さえも壊している。人は幾つ物の可能性から選び各々に揺るぎない真実を手にしている。そんな人間にこれはどうかとありもしない可能性を見せ付けることは不粋であり悪なのだ。
「幻音は自分を悪く言うけど私は別にいいと思う。可能性は無限にあっても赦されるべきだよ。結局選ぶのは私たちなんだから」
「もしかしてあんた……今までのも全部…」
「うん、ご遺族に見せたよ。娘を知ってくれてありがとうだって」
「はぁ……」
相手の記憶を消すレアスキルなんて…ある訳ないか、そんな御都合主義。
「で、どうだったの?どうせろくな反応されなかったんでしょ?」
「皆良かったって。見せたかいがあったかな」
「そ、そうなの…」
「幻音は満足してないの?」
「そうね」
はっきりいって皆足りてない。その子の見た目、仕草、趣味に特技、書きたいことは沢山ある。だけどそれを書き記すだけの技術がない、書けばぐちゃぐちゃになり書かなければ味気ない。尺を増やすのが1番だがそれを連ねるだけの彼女らの世界を私は知らなかった
「でも私は好きだよ、幻音の見た世界に入りたい」
「あら、それは死んでもいいって言う訳?」
「うん」
「………引くわ。あんたなんかバッドエンドがお似合いよ」
「いいねそれ、笑っちゃうかも。お姉ちゃんも入れてあげて」
「いや、頭冷やせって言ってんの。読者が居なくなったらどうするのよ」
「あ、そっか」
人間は矛盾した生き物だ。好きと言っていた物が次の日には嫌いと言い出すなんて日常茶飯事、死にたくないと嘆いた少女が死んでもいいと言い出す始末。私のように才のない語り手はその変化を書き切る事は出来ない、描く内面をひとつに絞りもう1つの可能性を殺さなければならない。どちらかを剪定 せんていしなければならなかった。
「もし、私以外に死なない友達が出来たらその時は…」
「夢……」
自室。目の前には電源の入ったモニターが佇み1本の棒線が飽きること無く点滅し続けていた。いつも通りの寝落ち、最近頻度が多くなってきた。いい加減飽きが来たのだろうか
部屋の前で足音が止まった。星莉花でも沙夜花でもないのは分かる。認識阻害をかけてるはずだが効いていない、
「これで2人目ね…やっぱりポンコツじゃない、この力」
侵入者が戸をノックすると同時に私は宙にぶら下がったcharm用ワイヤーに手をかける
「お入り下さい」
自室に侵入するのを確認、私はワイヤーを引き抜いた。部屋に配置された仕掛けが作動し侵入者目掛け無数の刃が降り注いだ。
「失礼」
侵入者が手持ちの短刀を投擲、天井のナイフ射出機が破壊され1本のナイフが重力に従い落下した。実体を持たないナイフもどきの幻影は全て侵入者に刺さることなく通り抜ける
「夢都希楓奈と言います。急な異動の為書類の提出が間に合わなかったことをお詫びします。申し訳ありません」
「……………食物アレルギーにcharm整備、其方に不便が無いようにお願いしているだけです。私としては情報が無かろうが問題はありません。ていうか、もっと楽にしなさい、同い歳くらいでしょ?」
「そう言ってくれると助かるわ」
「なんの用?従業員意外立ち入り禁止って立て看板見なかった?」
もちろんそんな物何処にもないんだけど。
「神無木星羅、いいえ、水無月沙夜花は私の身内なの。彼女を助けてくれたお礼を言わせて欲しくてね」
「感謝したとこで何も出ないわよ」
「それは期待してない」
「………………………」
リリィ撃退装置にかけた一週間を返して欲しい。まあでも使う機会があっただけ良しとしよう
「あの子を守ってくれてありがとう。あなた達が居なかったら今頃はどうなってたやら…」
「あの時は私も退屈してたの。ペットとしては上出来よ」
私は夢都希さん目掛けて1枚の座布団を放り投げた。彼女は座布団を受け取り座り込む。奇襲を受けたにも関わらずお手本のような正座をする余裕は流石桜ノ杜と言った所。もう私から攻撃する手が無い事を理解している
「夢都希さん、貴女はサヤの事昔から知っているのよね?どう見える?」
「変わった。肉体面も精神面も大きく進歩してる。まるで別人よ」
「実際どうなの?あれで戦い抜けられる?」
「それはどうかしらね……あの子、戦闘スキルだけでいえば群を抜いている。並のリリィを周回遅れにさせてしまう程よ。ただ…」
「ファンタズム」
「そう。あの子の強さの源でもあり最大の弱点、ファンタズムが強力過ぎた事に問題があった」
現在ある情報をかき集め最適な道筋を描くファンタズム、その仕組みは分からないがその力の本質は選ぶ事にあると考える。私は仲間を綴る時にまず考える、どんなオチにしようかなと。そしてオチに至るまでの手段として描く道筋に苦心し時に至れないと諦める。その苦労を省略出来るというのがファンタズムなんだと思う。悩むのはオチだけだなんてほんと憎たらしい
「結局オチを選ぶのもその時の気分に寄る物ね…」
「沙夜花も言ってたけど貴女結構おかしな言い回しするのね」
「ごめんなさい、忘れて」
過程を省略できる以上基本的にどんな願いも叶えられる。ヒュージと相対し死にたくないと願えばその願いも叶ってしまうのだろう。例えそれが他者を蹴落とす形になろうとも
水無月沙夜花はその選択を私のように無慈悲に下せる女ではない。でないとここまで苦しむ道理はない筈だ。しかし選択の最終決定権、心という物はそんな単純な構造していない。自身の置かれた状況、体調、他人との交流具合、過去の積み重ね、肌に感じた外気等々あらゆる要素が輻輳的に絡み合って現在の心が構築される。その瞬間の思い付きでそう在りたくない選択さえも選んでしまえるのが人間だ。
「ファンタズムは強力かつ危険な力よ、桜花義塾に限らず覚醒者には特別な訓練が施される。沙夜花が陥落地域に送られたのもその一環でもあった」
「となると上の理想は静岡攻略班、上手くいかないものね…」
沙夜花は陥落地域の環境を誰よりも感じ取ってるはず、情報量が物を言うファンタズム使いにこの経験は今後の戦力として有用なものとなるだろう。
「夢都希さん、貴女はサヤをどうするつもり?今すぐにでも連れて帰る?」
「外には話さないと約束しちゃったし私はあの子に選んでもらいたいの。私からは手は出さないつもり。けど聞いていい?ここ、いつまで持つの?」
「………どういう事よ」
「私視えるのよ、物体の弱みって言うのが。貴女の結界も幻も私には分かるの。それで視ちゃった、誤魔化しに誤魔化した継ぎ接ぎだらけの結界を」
「……それで?」
「私の見立てで持って後数ヶ月。貴女はどうするつもり?」
「………考えはある、それだけ。話はここまでよ」
夢都希さんはありがとうと一言、立ち上がり私を見据える
「サヤには黙ってて、でないと記憶ごと根こそぎ奪い去るから」
「護るのでは無くまやかす…どちらにせよその見栄っ張りなところ、詩空にそっくりだわ…」
「あんたのその紅い目さっきから不愉快なの。早く消えなさい」
「悪かったわね」
律儀に頭を下げ部屋去っていく。窓から照らす既望 いざよいを見上げ深く長い溜息を付いた
「ありがとう沙夜花ちゃん。世話になったわね」
「いえ、私こそ…ありがとうございます…」
桜ノ杜の任務が終わり、退出準備を済ませた者からガンシップに向けて去っていく。手当の後から楓奈さんは毎日のように自室に顔を出し今までの出来事を言い表すことになった。
相模のリリィに殺されかけたり本を読む様になったりと思えば仕事以外でも色々な事があったと思う。石掘りの貝殻を褒めてくれたのは結構嬉しかった。もう少し頑張りたい
「あの………ごめんなさい」
「そう謝らないの。そりゃあ私が家族だったら問答無用で帰してた所だけど、結局は赤の他人だもの。そこまでする謂れはないわ」
「でも…」
「まだ帰りたくないんでしょ?なら見つけないと。帰れない理由なんかじゃない、貴女がここに居たい理由をね。それからでも遅くはないでしょ?」
「………はい…ありがとうございます…」
「それじゃあね。光が導く心のままに、沙夜花ちゃんが満足のいく選択を期待しているわ」
楓奈さんの後ろ姿を1人見送る。その出で立ちはいつ見ても眩しい。誰も居なくなった境内で1人俯く。やはり私はあの人達の様に強く在れない。少なくとも1度は帰らなくてはならないというのは分かってる。選ぶべき道は視えている、それなのに決断がいつまで経っても下せない。理由はもう分からない
「サヤ、皆行ったわよ」
「はい……あの…幻音さん、私どうしたらいいんでしょうか…」
「知らない」
「あはは……」
帰ったら多分ここでの経緯を皆に話す事になる。お姉ちゃん達を前にして胸を張って語れるだろうか。その先に何が待っていても私は立っていられるのだろうか。そんな事誰にも分からない。
「そんな事より喜びなさい。桜ノ杜から差入れを貰ったわ。今日は刺身定食ね」
「本当ですか!?」
幻音さんに星莉花さん、村のおばあちゃん達と私は良くして貰ってばっかりだ。対して私はこの人達に何もしてやれてない。何か私にもやれる事はないか。その何かを見つけられたらいいなと、そう願った。