「こんにちは、おばあちゃん」
「あら沙夜花ちゃん、こんにちは」
村の広場で共に集まったご老体方に挨拶を交わす。私は物資の受け取りに村に来ていた。物資運搬は私の仕事だ。村の人達と交流をする機会が多く、いつの間にか彼らと世間話をする事が多くなっていた。
ここへ漂着し一年近くが経過した。フードを被り、目を合わすことも出来ない私を前にしながらも、彼らはとても優しく接してくれた。今もこうして素顔で会話出来てるのも彼らのおかげだろう。
「どう?ここの生活も慣れてきた?」
「はい…鎌倉より気温が安定しないのは大変ですけどなんとか……この服のおかげかな……」
「ありがとう。娘の受け売りだけどね、役に立ったのなら嬉しいわ」
「はい!とても助かってます」
ここはエリアディフェンスを始め、あらゆる負担緩和装置が行き届かない陥落地域。脅威との生存戦争により世界の気候バランスが崩壊、猛暑の数週間後には真冬のような寒さになったりとそれなりに厳しい日が続く。リリィ用の防護装束によって外気の影響をある程度は抑えられている。
「行けない、服持ってくるの忘れちゃった。後で神社に寄るわね」
「ありがとうございます…良ければ私が向かいますよ」
「いいの?悪いわね」
「いえ、気にしないでください!」
配達員さんに伝票を渡す。注文した荷物が荷車に次々と乗せられていく。わたしはそれを見てるだけ、彼女らの仕事の邪魔は出来なかった。
「これを」
「はい、確かに預かりました」
おばあちゃんはリリィに封筒を手渡した。荷物の受け取りだけでなく配達もやっていたらしい
「手紙ですか?」
「連絡なら携帯で出来るけど、たまにはアナログも楽しいのよ」
「なるほど…お相手は誰なんです?」
「向こうで頑張ってる娘にね」
「娘さんが……あの…一緒に行かなかったんですか?」
「そうねぇ……」
とても失礼な事を口走ったと思い何度も頭を下げた。ただ馬鹿な理由で帰れない私なんかとは違う、何か理由があるのだろう。
「この村が好き、とか色々あるけどなんて言うべきかしらね…」
荷物の積込みが終わったと遮るように声を掛けられ、後続のため荷車を退けた。会話に詰まってしまったので有難かった
「すみません、仕事が終わったらすぐ向かいますので待っていて下さい」
「ええ、急いで転ばないようにね」
「はい…気を付けます」
「如月家……ここだね……ごめん下さい」
一通り仕事を片付けた私は、地図に従いおばあちゃんの家に向かった。村を訪れるのも2人に案内されて以来になる。既に国が撤退し人間は退去されるべき土地とされている。大半は国の指示に従いこの地を去ったとされその殆どが空き家。エリアディフェンス下の住宅街と違い生気が感じられない。
「いらっしゃい、悪いわね来て貰っちゃって。上がって」
「はい、お邪魔します」
手招くままに年代の感じる一軒家にお邪魔する。茶菓子が出せないと謝られた。気にする必要などないのに…
「幻音ちゃん以外に若い子を招くのもいつぶりかしらね…」
「幻音さんはよく来るんですか?」
「昔はよく来てたわよ。孫と仲良かったからね…司令官のご飯が不味いっていうから料理を教えたりしたわ」
会話の合間、おばあちゃんは紅白の衣を私に差し出した。保温性を落とす代わりに耐久性を高めて欲しい、と星莉花さんから注文があったらしい。見た目に大きな変化は無さそう。
私達の為だけに作ってくれた衣装、頭が上がらない
「ありがとうございます…」
「こちらこそ、最近物忘れが酷くてね…とにかく間に合ってよかったわ」
「間に合った?」
「ごめんなさい。何でもないわ」
彼女ははにかみながら私に書類を手渡した。
「広場での質問、何故ここに拘るのか…だったわね。さっきまで考えてたけど私はこれかなぁ…」
「これって幻音さんの…」
「知ってるの?あの子が自分から言うとは思えないけど」
「ちょっと機会があって……幻音さんは多分知らないと思います…」
1度読んだから覚えている。ある服屋に産まれた1人の少女が戦いに巻き込まれ、家族を守る為に戦いに赴く物語。最後は少女が纏う衣服に守られ戦いを終える。その後少女は家族と共に人を護る服屋を切り盛りしていくという話だった。物語の中に衣服への感謝、家族への愛が感じられて私も好きだった
「勿論モデルの孫はもう居ない。叶わぬ夢だと言うことは分かってる。それでも孫はそんな未来を求めてた。届かぬ明日を願ってくれる子がそこに居てくれた。私にはそれが何よりも嬉しかったの。あの子に私は救われた気がした」
「おばあちゃん……」
「こんな所から娘が出られたのも、私が生きていられたのもあの2人の力のお陰、だけど村人揃って消えちゃったらあの子達はどうなるの?」
「それは…」
「力の都合上あの子達はここから出る事が出来ないんだって。娘や貴方達と違って私たちはそう長くない。なら少しでもあの子達の役に立てればなって思ったの」
おばあちゃんは笑う。ここに残る人達は皆、幻音さんか星莉花さん、2人に何かしら恩を受け彼女らの援助の為残る選択をしたのだという。リリィ受け入れの活動を続けられるのも神社の改装や国との交渉等、村の方々が内外で活動してくれたからだった
「ここじゃ交通も機能しないし医者も居ない。生活するには不便でしかない。だけど孫たちは命を払って戦った。こんな寂れた土地だけど私たちにとってそれだけ価値のある世界なの」
「皆さん、やっぱり凄いんですね……」
「やれる事をやってるだけよ、そこは沙夜花ちゃんと何一つ変わらない」
部屋中にチャイムが鳴り響く、部屋の時計は5時の刻を指していた。再度謝意を示し席を立つ。
私はただ1人無様にも命拾いした訳ではない。私はこの人達、この地に眠るリリィ皆に助けられてしまったのだ。
結界の維持だって幻音さんと星莉花さんが居れば事足りる。ここに私は不必要。何も出来ず何も目指せずただ居るだけの自分が堪らなく情けなかった。
「沙夜花ちゃん、貴女はここで色んな物を見てきたと思う。何かしら受け取ってくれたのなら私は嬉しい。だからといって孫のようになる必要はないの。貴女は貴女の為の物語を紡がなくては行けない。貴女が大切だと思った事を選ぶのよ」
「選べるのかな……」
「大丈夫よ。よく思い出してみて、ここへ来るまでの事、ここへ来てからの事。そうすれば自然と見えてくるものよ」
「……はい、ありがとうございました…」
「私達も幻音ちゃんも、貴女の選択を楽しみにしてる。どうか悔いのないようにね」
「そうして、お爺さんお婆さんとお別れしたお姫様は、故郷である月の都へと帰ってしまいました」
「………おわり?」
「うん、これでおしまい」
幼き語り部は文字しか残らない頁をめくり、後書きを読む事無く絵本を閉じた。勉強し文字を覚えたお姉ちゃんは、私に絵本を読み聞かせてるようになった。何を読んでもらったか、どんな話だったかは殆ど覚えてない、だけど読み聞かせてもらった思い出は今でも覚えてる。
「もっとみたい」
「いいよ、何がいい?」
「これ」
私は語り部の持つ絵本を指さした。僅かに覚えてる物もあった。月から来たお姫様の絵本。私はそれが好きだった
「同じだよ?いいの?」
「うん」
正直な所、あの頃の私からしたら何でも良かったのだろう。本を選びに傍を離れていくのが嫌だったのだと思う
「もうすっかりお姉ちゃんね、詩空」
「お母さん!」
「沙夜花、お姉ちゃんを困らせてない?そう、良い子ね。詩空、私も一緒にいい?」
「はい。あ……お母さんに読んで欲しい」
「任せて、それじゃあ始めるわよ」
語り部がお母さんへと代わり世界が一新される。心地よく読み解される物語に私もお姉ちゃんも耳を傾けた。
「お母さん…なんで?」
お姉ちゃんの声によりお母さんの言葉が途切れた
「お姫様ってなんでこの国に来たの?」
「月の国で悪い事をしちゃったんだって」
「悪い事ってなに?」
「うーん…私も分からないの」
「お母さんでも分からないの?」
「ええ…詩空と同じね、私も分からない」
3人での読み聞かせ、時々お姉ちゃんがお母さんに何かをよく聞いていた。何を話してるのか難しくて分からない
「悪い事は良くないよね。お姫様、悪い人なの?」
「そうね、悪い人かもね…沙夜花は嫌い?」
「好き!」
「ふふ、聞いてなかったのかしら。まぁ私も好きよ」
罪を負って地に落とされたお姫様。最終的に月に帰ることは出来た、彼女にとっては良かったのだろう。だがその代わりにお爺さんにお婆さん、彼女を大切にした多くの人達の涙がそこにはあった。そう在った彼女は確かに悪人だったのだと、私はそう思う
「お姫様は悪くないよ」
「詩空はそう思うのね、本当に優しい子」
「詩空、沙夜花も、人間…お姫様がそうだったように、誰もが善いと思われる道なんて選べない物なの。だからこそ人は間違える。けどそれは終わりじゃない。歩き続ける限り、それが正しかったと笑える時が必ず来る。だからどうか、最後まで諦めないで」
「悪くない…かぁ」
ある日の夜。神社の石段に腰掛け空を見上げる。ほんのりと丸い月が世界を優しく照らし映す。ただ夜風に当たっていたい。そこに理由なんてなかった。
「あんたも飽きないわね」
「幻音さんこそ…」
隣に座り込む幻音さん。私も彼女も用はない、にもかかわず月を見上げて隣合う。もうすっかり見慣れた光景だった
「……皆凄いんですね」
「何よ、藪から棒に」
「如月さんのおばあちゃんに聴いたんです。ここの人達の事。亡くなったリリィ、村の人達、村を出た人達、皆が皆頑張ってたんだなぁって」
「…やれる事をやってるだけよ」
「おばあちゃんも言ってました。やれる事をやってるって、私にはそれが羨ましい」
「あんたは出来てないっていうの?」
「そうですね…私、やっぱりリリィなんです」
スキラー数値も高く未来を先読みする異能持ち。人より強い力を持って生まれたリリィにであるべき存在。それが私だ
「そういえば聞いてなかったわ。貴女、どうしてリリィなんかになったの?」
「……お姉ちゃんの役に立ちたかっんです。お姉ちゃんはリリィになる為に沢山の努力をしてました。お姉ちゃんはいつも戦ってたんです」
毎日のように道場に通い詰めていたお姉ちゃん。私はいつも遊んでばかり、血豆と絆創膏でいっぱいの手で撫でられた日々は今でも忘れられない
「馬鹿馬鹿しい…で、あんたは知ってんの?その子がそれ程に無茶する理由が」
「いえ……分かりませんでした。そうじゃないですね。分かりたかったんです。なんでそんなに頑張れるのかを」
私にはあの人が分からない。何故頑張れるのか、それ程までに自分を犠牲に出来る理由は何なのか。少しでも分かればいいと強く願った。私になりに
「私にも分かります。痛い、苦しいというのは…私には耐えられないと思います」
「そうね、あんたじゃ無理よ」
「相変わらず手厳しい…だから、少しでも力になりたかったんです…私の力ならお姉ちゃんの願いも叶えられるかもしれない、私ならお姉ちゃんを楽に出来るかもしれないって…そう思ったんです」
まあ、全部ダメでしたけどね!全部逆効果。だからこの結果はお姉ちゃんを余計苦しめる事になってしまった。
亡くした妹を今でも大切にしてる汐里さんを知り、気付いてしまった。お姉ちゃんはきっと私を大事にしてくれてる。だからこそ今が苦しい。私の存在証明、それさえ出来ればあの人を少しでも楽に出来るのだろう
「幻音さん、凄く勝手なお願い、言っても良いでしょうか?」
「今更な事聞くのね、あんた何時でも自分勝手よ」
「ごめんなさい……あの…私、帰っても良いでしょうか…?」
私に殺された仲間達、彼女らは皆痛みを覚悟しリリィの道を選んだと思う。そこに一体どんな理由があったのか、私には分からない。私はその願いを殺してしまった。
その犠牲に意味はあったのか。それを決めるのは私が紡ぐ道筋だ。私も彼女らを正さなければならない。敗し滅ぶだけだったこの地に、意味を持たせた幻音さん達のように。彼女らの為にも私は選ばなくてはならなかった。
「決めたのね?」
「はい…」
幻音さんは月に向けて手を伸ばす。瞬間、彼女の手元から初めから在ったかのように大きな酒瓶が姿を現した
「地元で造られてた毒物よ、潰れて当然だわ」
「私達未成年ですよね…?」
「悪人がルール護ってどうするのよ」
変な味、何がいいのかさっぱり分からない。それでも誰かに求められた、求められたからこそ生きていた。こんな私でもいつか分かればなと、そう願いたかった。
「この端末にここの情報とあんたの活動記録が入ってる。上に渡しなさい。完全無罪とは行かないまでも多少は軽くなるはずよ」
「何から何まですみません…」
村の広場にガンシップが到着した。何時もなら荷物の受け渡しが始まる所だが今日は違う、私が故郷へ帰るための迎えの便だった。
私は何人かの村人に紛れ故郷の鎌倉へ帰ることになった。準備から匿い先まで手を尽くしてくれた2人には頭が上がらない
「また少し寂しくなるわね…」
「寧ろ清々します。迷惑な穀潰しが消えてくれるんですもの」
「本当にすみません……」
「そう言わないの。もし気が変わったら帰って来なさい。私は待ってるからね」
「星莉花さん…ありがとうございます……」
親バカの常套句と幻音さんは笑うがそこに嘲笑の色は無い。
「ごめんなさい…こんなにして貰ったのに何も出来なくて……」
「私があんたに期待した事あった?」
「い、いえ……」
この人はいつもそうだ。迷惑な私を良いとも悪いとも言うことは無かった。私に何も求めない。信頼に足る人間で無いことは分かってる。
「最後に教えてください。こんな私を、どうして助けてくれたんですか?」
「そうね……貴女はリリィとしては失格。最初は惨めな貴女を犠牲にするつもりだった」
「……え?」
「でも貴女は生きたいと願った。他者を殺してでも生ようとする貴女は好きよ。どんなに意地汚くても生きる事にしがみつく事、それだけは誰も笑う事は出来ないんだから」
「……………………」
「早く行きなさい。振り返る事ないように」
「……はい、ありがとうございました。お二人もお元気で」
最後の挨拶を済ませデッキに乗り込む。私を乗せた方舟は空へ立つ。「会いに来ます」とは言えなかった。言葉に出したら求めてしまうから。選びたかった未来、それを望むだけで私は揺らぎ、壊れてしまう。私はそれ程に弱い人間なのだから。
「帰って来なさいって…ほんとに帰って来たらどうするつもりなんですか…」
「悪かったわ」
ハッチが締まりエンジンがかかる。少女を乗せたガンシップは轟音を上げ、今まさに飛び立とうとしていた
「ヒヤッとしましたよ…あの子すぐ甘えてくるから…」
「そうね……」
心無しか元気がない。彼女なりに精一杯面倒を見てきたんだ。思う所はあるのだろう
「これじゃあ私達が爺婆みたいじゃない……」
「爺婆?」
「あの子よく読んでたんですよ、竹取物語。まあ、携帯渡してからは何してるのかは知りませんけど」
「そういう所、星羅にそっくりね…」
空元気な笑い声。私は何と返せばいいか分からない
「ほんとに良いのね、幻音ちゃん」
「はい、残るのは私達だけです」
私達がかけ続けた認識阻害の結界。それももう限界。これ以上の維持は不可能、ヒュージを欺けない。だからこそ今、全てを明かして世界を狂わせなければならない。空虚な隙間から突然姿を出すことで周辺の環境に強い影響を与える事が出来る。ぶっつけ本番だし何が起こるか分からないけど…
「私達、何を間違えちゃったのかな…」
「分かりません」
ユーバーザインの使用者、神無木幻音に全てのヘイトが向かうだろう。過労による減退に加え彼女は元から強いリリィではなかった。私や星羅、サヤちゃんの様な戦えるだけの力を持って居ない。この子は初めから諦めていた。それでも生き続けていたい願っていた。届かぬ明日を夢想し、蹴落とし、背負いながら生きてきた。そんな物語ももうすぐ終わる
「大丈夫です。あの子が自分の手で、私以外を選んでくれた。だからそれでいいんです」
「幻音ちゃん…」
私は幻音ちゃんを何としてでも生かしたい。星羅の為でもあるけど他でもない私の為に。その為にはやっぱり水無月沙夜花、彼女のスケープゴートが必要不可欠。幻音ちゃんは怒り、怨むだろう。それでもいい。
「少し寝かせて下さい。身体が重い」
「ええ、帰りましょうか…」
やれるは事全てをやった。後は貴女よサヤちゃん。貴女の選択に全てがかかってる。彼女が拾い、繋ぎ、愛した貴女に私は願う。何処までも不器用な彼女に報いあれと
「ど、どういうことですか!!2人は大丈夫じゃなかったんですか!?なんで!!」
「静かにしろ。リリィに怪しまれる」
「そんな事!」
「我慢しろ。今は自由にされてるがお前が行動を起こせば必ず拘束にくる。そうなったら終わりだ」
ガンシップ内部、私たちは空に揺られる。今までの事、これからの事、今にも泣きそうな身体を抑え物思いに耽っていた。もう後戻りは出来ないと。
そんな時おじいちゃんが私に声を掛けてきた。出来れば1人にさせて欲しかった。しかしそんな事お構い無しに彼は言葉を放つ。「正しい選択をした」と。意味が分からない。この人とは初対面、そんな人に自分の選択を精査される筋合いなど無い。
彼は続けてこう話した。この船が空へ飛び立ったが最後、村の結界は消滅する。幻音さんと星莉花さんが死ぬのだという。
「ふざけるのも大概にしてください、あの二人がそんな事する訳が……え?嘘……そんな……筈が…」
「視えたのか?」
視えてしまった。いや、何も視えなかった。彼女らと再開出来る可能性が存在しない。そんな馬鹿な事あるはずがない。未来が途切れるなんてあってはならないのに
「村には生存者が居ます。如月のおばあちゃんもここには居ません…そんな状態で…有り得ません…」
「知らないのか?奴らもう居ない。死んだよ」
「え?は??」
「寧ろここまで生きてこられたのが奇跡だ。我々はマギを持たない、急速な気温変化への耐性を持ってないんだよ。病院もないから持病の対応も出来んしな」
「そんな……そんなことって…」
「真実を確かめる機会はない。嘘だと思うのならそれで構わんさ」
思わず私の為に作ってくれた服を抱き締める。先月会った時が最後…そんな身体で私達のために?なんて馬鹿な事を……
「私に何が出来るって言うんですか…私なんて何も…」
「出来るさ、お前なら神無木幻音を生かす事も可能だ」
「出来るって何が…私の力は視るだけです…力になんてなれませんよ…」
「殺すには十分だろう、あの馬鹿2人より適任だ。それ以上相応しい力はない」
私が戦えばあの人を救えるの?あの二人は生きていられるの?ならやる事は1つしかない
「何をすればいいんですか?教えてください」
「星莉花から伝言だ」
ああ良かった。こんな私にもやれること、あったんだ
空を翔ける輸送機、ガンシップの運搬コンテナ内での出来事。陥落地域から同乗した少女が老爺と口論。落ち着いたと思った矢先、彼女は持参していたcharmを起動し始めた。charmラックに預けた物とは別で隠し持っていたらしい。
「一体どういうつもり?」
「船をUターンさせて貰います」
「は?」
「だから、退いてください…」
「認める訳ないでしょ」
彼女の行為は立派なハイジャック、許される行為ではないし護衛を請け負った私たちのメンツも大きく損なう。多少は痛いだろうが我慢してもらおう。
私たち6人に対し相手は1人。彼女の獲物は小さな盾型のcharm、戦闘向きには見えないし意味がわからない
「御老体もいます。砲撃、電気類の使用は禁止、出力は訓練モードに変更。対象の骨折程度なら許可します」
「了解、覚悟してよね!」
後輩の先制攻撃により戦闘が発生。私達は彼女を取り囲み隙を伺う。
「そこ!」
対象は盾で防ぎ、躱すのみ。反撃に出る気配はない。やはり攻撃能力は低い。圧倒的に私達の有利。しかし何かがおかしい…盾で弾かれる度に妙に心がざわつく
「こいつ!未来視よ!」
「だったら!!」
仲間達からも焦りが見えてきた。当たり前だ、砲撃が出来ないとはいえ6対1。コンテナ内、電車で言えば1.5車両程しかない空間だと言うのに未だに傷一つ付けられない。それどころか盾の出力は上がっている。
「掴めました。ジャストガード、多分行けます」
「なっ!?」
防戦に回ってた少女が動く。私達の攻撃を受け流しつつ止まることなくコンテナ後方へ走り出す。不味い、そっちには
「ただいま、お姉ちゃん」
charmラックから布都御魂を取り出し素早くコアを交換する。恐くあれが彼女本来の獲物。
「行きます。ごめんなさい」
刀を構え謝罪の言葉と共にこちらに突っ込んできた。誰に向けた謝罪なのか、私には分からない
「弥生さん!!」
「え?」
少女の一閃。気付いた時、私は宙を舞っていた。己の意思では無い。では何故?そう、私は切られたのだ。相手は共に鍛え合った好敵手でも脅威でもない、ただ1人の少女に
「ぐぁ…あぁっ!」
浮かされた人体は重力に従い床に打ち付けられる。全身に広がる酷い痛みに耐えきれずcharmを零した。続けて2人
、3人と音を立てながら崩れ落ち最後には敵の少女ただ1人だけが立っていた。
「ごめんなさい、もう私は止まれないんです」
突如視界が切り替わる。コンテナを出ようとする彼女に今まで企んでいた不意打ちを仕掛ける映像が浮かび上がった。ファンタズムによる幻想共有、それは痛みに耐え立ち上がろうとする私を含む、レギオン全員の心を無慈悲にも砕いていった。
少女は操縦席へのハッチを開け姿を消す。コンテナには見守るだけの老人達、床に横たわる出来損ないの私達だけがそこに取り残された
今から大体1年前、渋々と物資運送の護衛に就く中、私はこの女に出会った。出会ったと言っても一方的にだと思うが
「………………」
「………………」
互いにかける言葉など無かった。彼女は俯き、私たちに目を合わせようとしない。みすぼらしく汚れた制服を見てわかった。彼女は桜花中だ。私を蹴落とした女がこんな辺境に匿われてる。私はこの女が嫌いだった。
「こんにちは沙夜花ちゃん、今日も頑張ってるわね」
「いえ…私は……こんにちは……」
次に彼女を見た時には服が新調されていた。責務を果たさない癖に良い身分だ。挨拶もろくに返せない。私の席をこんな女に奪われたのかと思うと無性に腹が立つ
「すみません、お手伝いします」
「お気になさらず、そこで待ってて下さい」
「あの…私も何か…」
「あのさ、邪魔って言ってんの」
「はい……ごめんなさい…」
脅威を殺し人間を護るのが私達リリィという存在だ。百合ヶ丘、メリクリウス、桜花中と同い年ながら戦地に赴き、中学生の身で名乗りをあげるリリィが大勢いる。私はこんな所で配達業だ。目的地は決まって安全地帯、護衛なんて必要はない。訓練する時間も経験を積む時間も無駄にしている。そんな無駄さえもこいつに奪われたらいよいよ私に立つ瀬がなかった。
「今まで本当にありがとう。最後にお願いがあります」
「お願いとは?」
「乗客の中にリリィが1人居ます。その子が駄々を捏ねるかも知れません。流石に無いとは思いたいけど…そうなったら力ずくでも構いません。彼女を止めてください」
「どうなっても構わないと言うんですね?」
「はい。お願いします」
巫女と隊長の会話を聞い時、あまりの馬鹿馬鹿しさに吹き出しそうになってしまった。そんな馬鹿な事するやつが何処にいる。けどそうなってくれたら面白い。リリィ人生を壊された仕返しにはいい機会だ。今すぐにでも再起不能にしてやりたかった
「………………」
で、今に至る。結果は惨敗、勝負にすらならなかった。仲間達は未だに気を失ったままだ。レアスキルの有無?対人経験の差?そんな物関係ない。私はあの女に負けたのだ。
数分後、ガンシップは急旋回。目的地は鎌倉から出発地点に変更になり来た道を引き返すことになった。女は運転の邪魔になるからといいコンテナに戻ってきた。
「八咫鏡のジャストガード、瞬間防御障壁が成功すれば高度6000mでも無事に着地出来るとの事だ」
「前例はあるんです?」
「ある訳無いだろ、あいつの無茶振りだよ、ファンタズム頼りだとよ」
「あはは……ほんっとうに無茶振りですね……」
ガンシップからのスカイダイビング。馬鹿げてる、命が幾つあっても足りない。
「説明した通りお前の役目は生贄だ。踏み出したら最後未来はない。本当にいいのか?」
「はい………いや、でも正直、今でも行きたくないです……やっぱり私は生きていたいんです…それでも行かないと…」
「なら、行かなければいいじゃないの」
「あなたは……」
冗談も休み休みにいえ。こいつは戦うのにビビった臆病者だ。そんな腰抜けが突然スケープゴートなんて馬鹿な選択出来るはずがない。
「それは勇気とは言わない。蛮勇と言うのよ」
「………はい、馬鹿な事は承知です」
「…大体なんなのよアンタ…私の努力!時間!未来!全部踏み躙っておきながら何様な訳!?巫山戯んじゃないわよ!!」
私はcharmを構えていた。出力は全開、我慢なんて出来ない。そうしないとこの今まで溜め込んだ怒りは収まりそうになかった。
「やめてください…未来は見えているはずです…」
ファンタズムのテレパシー効果、私の手は全部見抜かれ自分では勝ち目は無いと告げてくる。それでも負けられない、歯を食いしばり女を見据える
「だ、だからなんだって言うのよ!レアスキルなんてなくたってアンタなんか!!」
「……なんで…立っていられるんですか…?」
「あぁ!?馬鹿にしてんの!?アンタが無駄に死ぬって言うのなら、私が今ここでぶっ殺す!アンタに死なれたら私はどうなるっていうのよ!一生アンタの敗北者だなんて絶対に許せない!今殺らないと私は一生前に進めない!」
「………あぁそっか…ごめんなさい。私は」
もう聞きたくない。女の呟きを遮るようにcharmを振るう。数度の剣戟の後未来通りの結果を導いた
『沙夜花ちゃん聴こえる!?目標地点まであと5000!時間が無いわ!準備しなさい!』
運転席からのアナウンスが鳴り響く。大っ嫌いなクソ女、沙夜花は慌てて老人達をハッチから遠ざけ飛び降りの準備を始める。今までの喧騒は無かったかのよう
「気は済んだか?」
「はい、それじゃあおじいちゃん。行ってきます」
「ああ、星莉花によろしくな」
沙夜花はハッチの前に立ち羽織りの紐を引きちぎる。その足は今でも震えていた
『高度4000!富士山から落ちると思いなさい!私が出来るのはここまで、後は貴女で何とかしなさい!ハッチ開放!さようなら!水無月沙夜花!」
「待っ!」
こんな雑魚の私にさえ怯えてた少女は、迷う事なく地上へ向かって飛び降りた。
私は傷だらけの身体を引き摺り窓から地上を見下ろした。何千メートルも上から1人の人間を探すなんて不可能。それでも私は目を凝らし彼女を探す。
「……見つけた…なんで…?あんな距離見える訳が…」
見つけた、彼女の姿がはっきりと見えてる。あんな女もう一生見たくないと、護衛任務の度に思ってた。それなのに彼女から目を離せない。無事に着地するまで何としてでも見届けたかった
「なによ…あれ…翼…?」
何処かで聞いた事があった。特に優秀なリリィの中にマギによる翼を纏う者がいると。あくまで噂話。変な本を読んだ馬鹿の出任せに違いないと、そう思っていた。今日までは
「違う…あれは……天の…羽衣…」
天から見秤う私の眼を持ってしても見失う。そう諦めかけた瞬間、地上に一輪の花が咲いた