小心者のスケープゴート   作:吟ぎんが

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月満ちる先に

「な、何の光……?」

恐る恐る目を開く、すると別れを告げた筈の見慣れた神社がそこには在った。私は境内に出来た小さなクレーターの中心地に立っている。全身が少し痛むが無傷と言ってもいい位だ。粉々に壊れた八咫鏡から何故か無傷なコアを外し胸を撫で下ろした。どうやら無事に着地出来たらしい。

charmの防御結界を一点に集約し全開放する瞬間防御結界ジャストガード。少しでもタイミングを間違えてたら私は潰れた肉片になっていただろう。その可能性を何度も見てきた。けれど私は立っている。この全身に巡る鈍い痛みが教えてくれる。この世界は夢なんかじゃないのだと

「おかえり、サヤちゃん」

「ただいまです。幻音さんは?」

「熱出して寝込んでる、行きたいのは分かるけどそれは後、着いてきて、最終チェック始めましょう」

「よろしくお願いします」

私も務めを果たさなきゃ。私が生かされ今まで生きてきた理由を示さなくてはならない

 

 

 

 

「来てくれてありがとう。お爺様から話は聞いてる?」

「はい、大丈夫です」

星莉花さんに招かれるまま私は彼女の工房に向かった。私の役目はスケープゴート。2人が逃げ伸びるまで私一人が神社に残る。無限に湧いてくるであろうヒュージを迎え撃ち可能限りケイブを壊す。ただそれだけ。私がヒュージを殺し彼らの脅威となり、注目を惹き付けられればそれで良い

「国から支援を送れる場所じゃないのは分かってます。付き合ってくれる協力者って誰なんですか?」

「ほら前に居たでしょ?私たちに散々迷惑かけた縮地使い」

「相模女子…?」

「そう、ガンシップを使わずこんな所まで徒歩で来た馬鹿集団の1人。専門外の機械持ち込んだり貴女に殴りかかったり、やりたい放題してったんだから迷惑料として付き合って貰いましょ」

懐から小切手を出す、これで釣るのよと笑っている。桁まで読む度胸は私には無かった。

「まあ命の保証はないしほんとに来てくれるかは微妙、連絡先教えるから貴女からも声掛けてあげて」

「りょ、了解です…」

安全地帯から歩いてきた五月女さん、独自で進行ルートまで記していたらしく縮地持ちという点も含めて適任なのだと星莉花さんは語った

「測定失敗。計器が逝かれてる」

「それってどういう…」

「それだけ今の貴女は強大って事。天の羽衣、ここまで貯め込んでたのね……」

マギリンカーネーションクロス・天の羽衣、私が今まで纏っていたフード付きの羽織りを指す。装着者の周囲内外からマギを溜め込む再充填不可の使い切り永久充填式マギ増幅器。言うならマギの貯金箱のような物。羽織紐を切り捨てる事がトリガーとなっていたらしい。

おじいちゃんに言われた通り飛び降り際に羽織紐を引きちぎった。それからという物身体が妙に軽い。視界も鮮明で飛び降り際数秒後には肉塊になっていた筈なのにとても晴れやかな気分だった。

「その羽織、妹のお気に入りだったの。結局使う事なく死んじゃったんだけどね……」

「星羅さん…ですか?」

「ええ、よくわかったわね」

「何となくですが…なんかそんな気がしました」

「それから擬似妹の幻音ちゃんに渡り貴女に渡った。今その羽衣は長期間に渡って染み込ませた3人分のマギが解放されてる状態。だもんでその羽衣には星羅と貴女のファンタズム、そして幻音ちゃんのユーバーザインのマギが混ざり合っているって訳。これで条件が整った」

星莉花さんが幻音さんの結界を解除。その反動で大気中のマギを暴走。羽衣を使い幻音さんのマギを纏う事で暴走の目を私へと誤認させる事が出来るという。

「結界には星莉花さんも必要だったんですよね?私にテスタメントはありません。其方は……」

「そうね、勿論私にもヘイトが向かう。というか元々は私がそれ利用してサヤちゃんの役をするつもりだったの。私のサブスキル聖域転換で幻音ちゃんのマギを再現する形でね」

「そうだったんですね…ごめんなさい…」

「いえ、正直な話私じゃ無理、幻音ちゃんが自力で逃げられるとも思わないしね…ファンタズムとテスタメントって根っこはほぼ同じなの。その願いを何処から見出すか、ただそれだけ違いなのだと思ってる。話を戻すけどこの狂った環境下において星羅と貴女、絶大なファンタズムの持主なら貴女の方が上、衰えた私の気配なんて塗りつぶせる」

だから問題は無い。私は幻音さんが生き延びる姿をただ信じていればいいのだと言う。なら大丈夫、私の障害となる物を踏み躙る。それだけが私に出来る唯一の役割なのだから

 

 

 

 

 

「お休みの所すみません…」

「……はぁ…最悪…死神まで視えてきた…」

「死神…その通りですね…あはは…」

幻音さんのいる寝室へ上がる。そこには高熱を出し弱り切った彼女が寝込んでいた。この人のこんな姿見た事がない。彼女の拒絶を無視し力無き手を握った。今なら分かる。彼女はとっくに限界を迎えていた。数週間?数ヶ月?もっと前からなのかもしれない

「そのマギ…まさか羽衣を…」

「はい、こうするしか無かったので」

「や、やめてよ…手を離して…私を瞞さないで…あの子は選んだのよ…こんなの幻に決まってる」

「ごめんなさい、けどこれが私の選択です」

「…………呆れた…」

返す言葉もないと言った様子。無理もない、こんな茶番劇私なら笑ってしまう

「その力があれば逃げられるはず…アンタは逃げなさい…サヤだけでも…」

「いえ、私が抑えます。幻音さんは星莉花さんと何とかして生きて下さい」

「馬鹿言わないで……私なんか切り捨ててしまいなさい…過去にしてきた通りにすればいいのよ」

「同じ過ちはしたくないんです」

「そんな立派な思想…誰も望んでなんかいないわよ」

「それは貴女にも言えることでしょう!何がしたいんですか!貴女は!」

病人を相手しているにも関わらず声を荒らげてしまう。立派な訳がない。多分これは私の我儘だ。幻音さんは選んだ、私を生かし己を終わらせる選択をした。それを私は今ここで全て台無しにしようとしている。恩を仇で返すとはこの事だ、これを愚かと言わずとして何とする

「貴女も同じなんですよ!私と同じ!大馬鹿者です!勝手に救うだけ救って!始めっから私を生贄にしてれば良かったんですよ!それが私の理由になったのに!!どうして!!」

「サヤ…あんた…」

「私は貴女に救われたんです!それなのにこんな結末なんて…私だけがいい思いして、本当馬鹿みたいじゃないですか!」

私はこの人に救われてしまった。お姉ちゃんと一緒に居られたらなんてつまらない理由で歩き、目指す未来も何も無い何処までもクズの私を前にしておきながら、それでも良いと、生きていても良いと歩かせてくれた。こんな状況になってなお、私は私のままでいいのだと言う。それでも私は…

「幻音さん、知ってますか?私が行けなかった桜ノ杜ではこんな風習があるんです。仲の良い下級生と上級生でひとつ貝を分け合う、それが2人だけの大切な繋がりを示す宝物になるんです」

懐からペンダントを取り出し彼女の首に通した。神社で生活していく中で教えて貰った石の彫刻、この1年間暇を見つけては磨き続けた、私が出来る最大限のひとつ貝のアクセサリー

「幻音さんにお預けします。やっぱり不格好ですがこれでも1年間続けてきたんですよ?誰にも見られないのは少し寂しいです」

「……私は桜ノ杜なんかじゃないわよ…」

「そうですね…お姉ちゃんに手渡すつもりで作ってました。お姉ちゃんに見せてあげて欲しいんです。私じゃあの人には会えそうにないはないので…」

「そんな物…私に押し付けないで」

こんなエゴの塊を押し付けといて私の代わりに会ってくれと、なんて迷惑な約束だろう。我ながら言葉にしながら気分が悪くなってきた。けどそれでいい、私が逃げずに戦える理由になるのなら…

「サヤちゃん、もういい?」

「はい、後はお願いします」

星莉花さんが寝室へと訪れた。charmとデバイスの最終調整が終わったらしい。私は彼女の手を離し立ち上がる。もう行かなくちゃ

「お姉様…お願いします…サヤを…」

「ごめんね幻音ちゃん、それは聞いてあげられない」

「何を……まさかあんたも…!」

「私たちは決めたの。ごめんなさい」

「ねぇ嘘でしょ!その手を離して!」

「貴女は頑張った。もういいの、もう戦わなくていい。後は私たちに任せて。貴女には明日が待っている。せめて今だけでも、おやすみなさい」

「やめて!私はそんな物!星莉花ぁ!!」

「テスタメント起動、接続ユーバーザイン。結界、解除」

テスタメントによる対象者に仕向ける意図的なマギ暴走、取り押さえる星莉花さんを振り解こうと藻掻く幻音さん。しかし瞬く間に脱力し気を失ってしまった。彼女の安らかな寝顔はまるで精巧に整えられた人形のように綺麗だった。

村を覆い隠す蜃気楼は今、完全に消滅した

 

 

 

 

 

「こうなってからかけるなんて……やっぱり迷惑だよね…」

私は境内の石段に腰掛け携帯端末に耳を傾けた。私がどんな無様を晒しても面倒を見てくれた彼女はもういない。意識の無い幻音さんは星莉花さんに担がれ、2人揃って姿を消した。神社に残ったのはたった1人、寂しさを感じた私は無意識に緊急ダイアルを繋げていた。一定のペースを崩すこと無く鳴り響く電子音。正直な所繋がって欲しくない、この瞬間が永遠に続いてしまえばいいのにと願ってしまう。

「……ぁ…繋がった…もしもし…お姉ちゃん?」

無機質な着信音が途切れる。突然の静寂、遂に届いてしまった。言葉が出ない。何を話せばいいか分からない、それでも繋がってしまった。精一杯出ない声を振り絞る

「や、やっほー…元気にしてた?久しぶり………」

遅れて相手の声が帰ってきた。聞いた事もない、慌てたような震えた声

「うん……ごめんなさい……心配かけて…」

本当に沙夜花なの?うん、本当に私、水無月沙夜花。何処にいる?ごめんなさい、それは答えられない。何をしているの?困った、何処から話せばいいんだろう。何も考えてないんです

「ねぇお姉ちゃん……今だから言えるけど……私、お姉ちゃんは目指してみたかったんだ…お姉ちゃんは凄いね……私はダメ、リリィになれなかった。恐かった、逃げちゃった……私…もう人殺しだよ…やっぱり皆私の事恨んでるよね」

そんなは事ない。貴方の帰りを皆待っている。否、そんなはずは無い。私は恨まれるだけの行いをした。私はただの人殺しに過ぎない。私からリリィになると皆の反対も押し切ってこの様だ。

「けどね、私生き残っちゃったの。もうどうすればいいか分からなかった。私、なんで生きてるんだろうって……私は生きていても良いのかなってずっと悩んでた……それでねお姉ちゃん、私見つけたよ…こんな私でも出来る役目を…」

何かを察したのだろうか、震えた声が荒くなってくるのが分かった。やっぱり凄いなぁ…

「うん、多分お姉ちゃんの思う通り。私、守りたい人が出来たの。多分……し、死んじゃうかも……だけど…私…頑張るから…」

相手からの声が途切れる、マギが活性化してる影響なのか回線が悪くなってきた。

「私ね、遠くから来たリリィに教えてもらったの。ヴァル…なんだっけ…?まぁいいや…戦って死ねたリリィは天国に連れてってくれるんだって…地獄よりはそっちがいいな……」

聴こえてるのかな…返事がないから分からない

「ごめんね、もう時間みたい…私が何をしてきたか、言葉じゃ伝えきれない。緊急ダイアルって録音ついてたよね?うん、ならいいかな……もし良ければだけど…時間がある時にでも見て欲しい物があるんだ……アドレス言うね」

記憶した英数字を声に出す。一応聞こえてはいるみたいだけど一体どんな気持ちで聞いているんだろう…

「これね、小説サイト?って言うのかな…私の好きな人が書いてるの。うん、お姉ちゃんもきっと気に入ると思うよ。私のお姉ちゃんだもん」

私は話せないけどあの人なら私の軌跡を示してくれる。あの人はきっと書いてくれる。でないと私が頑張る意味が無くなっちゃう

「どれくらいかは分からないけど……多分新作が投稿されると思う。そうなったら何か…感じてくれると嬉しいな…」

あの人は答えない。結局の所私がどう思われてるのかよく分からなかった。もしかしたらとてつもなく扱き下ろした物が出来上がるのかもしれない。それはそれで面白いのかも…

「私も読みたかったなぁ……」

『沙夜花、質問に答えて』

「え?」

『聞きなさい!!』

「は、はい!!」

不思議な感触に狼狽えてしまった。電波が安定しないこの状況にも関わらず、相手の声がはっきりと聞き取れたからだ。まるで今お姉ちゃんが目の前にいるかのように感じられる

『戦場で死ぬ、そう言ったわね。沙夜花は死ぬ為に戦うの?』

「うん……私の役目はスケープゴートだから…そこから何とかする作戦はあるけど難しいって……」

『じゃあ何で戦うの?』

「……そうしないと…大事な人が死んじゃうから…」

『死にたいの?』

「し………死にたくない…死にたくない…死にたくないよ!私だって生きていたい!お姉ちゃんに会いたい!皆に謝りたい!幻音さんと一緒に居たい!何時までもあの人の読者で在りたいの!でも私じゃ!」

『なら生きなさい!!』

「………………」

『その人を生かせたらそれでいいの!?いい訳無いでしょ!!他にもいっぱいあるじゃない!貴女の願いが!!その願い全部叶えてみせなさい!』

「でも私じゃ…」

『その為に戦うの!!死ぬ為なんかじゃない!生きる為に戦うのよ!!それがリリィなの!確かに死ぬ為に戦いたがるリリィもいる!それを否定するつもりも資格も無い!けど貴女は違うでしょ!!やれる事全部やって!精一杯生きてみなさい!』

「お姉ちゃん…」

『沙夜花が生き延びて何して来たのか、私には分からない。それでも、今まで頑張ってきたのはよく分かったわ。守りたい人が出来た、それは本当に何よりもかけがえのない大事な心よ。成長したのね…沙夜花。私は信じてる、貴女が無事に帰ってくることを…だから…』

「……うん……うん…!やってみるよ!私に出来ること…やってみる!」

『その意気よ。私は待ってるから、いつまでもね…』

「うん、私は生きる、頑張るからお姉ちゃん。それじゃあ…行ってきます」

『行ってらっしゃい』

マギの影響により機能を失った端末を宙に振り投げ、真っ二つに切り裂いた。遠くから地響きが聞こえて来る。周辺からは嫌な気配、ケイブが開いたのだろう。その数5…6…もう分からない。とにかくいっぱいだ。

石段を降り社を見上げる。私の行く末を見守ってくれたのは幻音さん星莉花さんだけじゃない。

「貴方も見守ってくれたんだよね?貴方が居てくれるなら恐くない、大丈夫。最後まで見ていてね」

右眼にバイザー型のデバイスを取り付け、お姉ちゃんからの御下がりのcharm布都御魂を起動。放出されるマギに反応した羽衣が私を覆う。二挺のcharmを腰に差し目先のケイブへと飛翔した。

 

 

 

 

「見つけた、まず一つ」

森の中でケイブを発見、考えるより早く見つかった。中からスモール級が次々と沸いてくる。発生から数刻、大物の発生にはまだ時間が足りてない、速攻で決める。

「お姉ちゃん、幻音さん、力を貸して」

布都御魂を散弾銃に換装、左腰から小型銃を抜き両charmにマギを込め弾丸を装填、群れの中へ飛び込んだ。

「!?」

激しい銃声とヒュージ達の悲鳴。右に、左に、四方八方から迎え撃つヒュージを二挺のcharmが纏めて一掃した。

本来、汐里さんの様にレアスキル円環の御手を持たないリリィは2つのcharmを同時に扱う事は出来ない。これは結界の反動による大規模なマギ暴走。誤認と改竄のマギが色濃く染み付いた天の羽衣があっての事。2つのcharmが互いにもう片方を認識出来ていないだけなのだと思う。

銃から刀へと姿を変え歪みを一閃。そこには何も残らない。私だけがこの空間にとり残された。

「………次」

 

 

 

 

 

「3つ目」

気配を追うこと3つ目のケイブ。直感任せだが何とかなってる、これも羽衣の影響なのかそれ程までに数が多いのか、よく分からない。

ヒュージの群れとケイブ最短距離から若干のズレがある、そのまま向かうと私は熱線で狙い撃たれて殺される

「それなら!」

トリグラフの改造実体剣、天叢雲を引き抜き群れへと投擲。ワイヤーを握り強引に薙ぎ払う。視認困難なワイヤーと剣による斬撃で群がる木々ごと掃討。ヒュージ達の姿勢が崩れた隙に布都御魂を抜刀、ケイブから溢れるミドル級を蹴散らし歪みを切り裂いた。3つ目のケイブを破壊、引き寄せた剣を握り群れに駆ける。全てを殺し、私はまた一人

「次!」

次の歪みを探しその場を去った

 

 

 

 

 

「ラージ級…四体…」

次のケイブに向けて森をぬけ開けた土地に飛び出した所、私の3倍以上はありそうなヒュージと接敵した。ケイブはまだ沢山ある、こんな所で時間はかけられない。身に付けていた片眼鏡にマギを込めヒュージを見据える。右目のスクリーンからヒュージ達の弱点部位が識別された

「見えた」

選ぶ未来は一撃必殺、投影された部位を目掛けて布都御魂で一刀両断、四体のラージ級は私に触れること叶わず息絶えた。

星莉花さんが開発したターゲッティングスコープ・八尺瓊勾玉。センサーで認識したヒュージ情報を陥落地域内で多くのリリィから集めた戦闘データを算出、マギを通し弱点情報を右目のスクリーンに投影させるマギデバイス。お姉ちゃんの友人、夢都希楓奈さんの協力により鷹の目の一部の能力を再現した物らしい。

「……痛っ」

このデバイスの稼働には莫大なマギを必要とされる、この瞬間、私だけにしか扱えない。そして反動として使用者の視神経を損なう失敗作

「早く…行かなきゃ」

再起不能になったヒュージの核を切り裂き走り出す。どうなってもいい、私は1秒でも長く生きていたかった

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……流石に…人間担ぎながらは…キツい…」

目標座標に向けてひたすら走る。妹を背負いcharmを振りながらのフルマラソン、サヤちゃんに大半を押し付けてはいても衰えた私にはなかなかしんどい

「ねぇ幻音ちゃん…少し太った?」

返事はない。この子はとっくに限界を超えている。こんな状況でもぐっすりと眠っている。零距離でのユーバーザインで脳をショートさせたから無理も無いが…

私の役目は妹を逃しサヤちゃんの脱出経路を確保する事、彼女が耐えてくれる可能性を祈り脅威の数を減らしていかなくてはならない。

「サヤちゃん……ごめんなさい…」

対ヒュージ戦という物は本来リリィが徒党を組んで集団で遂行する物。小型の掃討から大型の撃破、無限に湧き出るケイブへの襲撃、それを1人に全部押し付けているのが現状だ。接敵する可能性のあるギガント級以上の存在は今までのリリィに処理して貰ったが、それでも生き残るのは不可能に等しい。だから私は言った、死んで来いと。

「ねぇ星羅…貴女はこうなる事を視えいたの?」

彼女は本当によくやってる。だいぶ離れた今尚あの子のマギが感じ取れる。彼女本人の卓越した戦闘スキル、羽衣による増強、あの子の持つ生きたいという強い意志。それが今の彼女を支えているのだと思っている。

心配すべきはサヤちゃんが強くなり過ぎた事。彼女のスキラー数値は危険域にまで達している。強化された母胎で育った私達、特異点到達者のマギに加え蓄え続けた村の地脈、全てを彼女に背負わせている。長時間の戦闘はあまりにも危険だ、ヒュージの側に置き続ける訳には行かない。

 

 

 

「見つけた、けど…」

広場にてをケイブ発見、しかし様子がおかしい。開けた空間だというのにラージ級の影さえ感じられない。小物を蹴散らしながら前へ…

「え?」

視界が切り替わる、それは私に見せる終の幻影。地面が抉れ足下から顔を出したヒュージ、私はなすすべもなく丸呑みにされる私の未来。

「大丈夫だよ、ファンタズム」

離れたスモール級に剣を投擲、バランスを崩した対象にワイヤーを伝い目の前に引き寄せた。目の前に来たヒュージから剣を引き抜き、そのまま前方に蹴り飛ばした。

「ごめんなさい」

ユーバーザイン、私のマギを纏わせたヒュージに地中のラージ級が誤認。共喰した隙を狙い剥き出しの身体を切り刻んだ。ケイブを破壊。私達なりに想い出を重ねてきた発着場も今や見る影もない。

「はぁ……はぁ……あと何人……ううん…次…」

休んでる暇はない。殺せる間に殺さないと…代わりに死んでくれる人を求めて私は走った

 

 

 

 

「星羅…あんた何考えてんの…」

「あ……幻音…大丈夫?」

数年前、この周辺に残った僅かな生き残りリリィをかき集め、私達を脅かす近海のヒュージネストを完全に破壊した。私含めカス揃いだったけどこんな地獄のような僻地で暮らしていれば人間変わりもする。スケープゴートに頼りきった私でも今やS級だの特異点だのと称される程になってしまった。

「ねぇ、私がいつ死んでくれといった?」

「いつだったかなぁ……わかんない……」

「とぼけないで!」

作戦は成功しヒュージは退き一時的ではあるが村を守ることが出来た。代償にその僅かな仲間に養父の司令官が死亡、ガーデンは経営不可となり事実上の崩壊となった。そしてあの子も今…

「なんで私を庇った?」

「幻音は生きていたいんでしょ?」

「当たり前じゃない!あんたもそうでしょ!」

「うん……ごめんね…」

顔を見せてとの要望、私はうつ伏せの少女を痛みのないよう身体を返し今にも消え入りそうな表情を覗いた。

巨体によって下半身が潰され袴と肉塊の判別さえつかない。まともな人間なら即死だろう、リリィの高い生命力は時により残酷な現実を私たちに見せつける

「これで……皆と同じだね」

「違うわよ!」

「違わない。私だけ特別扱いなんて嫌だよ、幻音」

そう、何も変わらない。あの子の命を奪った、ただ私が生きる為だけに。両親も、父さんも、仲間達も同じ、手順が違うだけ、今までと同じ様に私が生きる為殺してきた事と変わりない。

「そ……そうよ!!殺したのは私よ!私なの!だから何よ!殺せば良かったじゃない!あんたが私を殺せば!!」

「あはは…冗談キツいよ……私が殺しても何も残らない…」

「残るとか残らないとかそんな事!」

「大切な事だよ…私には大切な事なの……お姉ちゃんも私も…ここが好きだったの…パパとママも…おじいちゃんも…皆好きだった…幻音のおかげで…リリィの皆も村の人達も凄く好きになれた……だから…」

少女が私の手を握る。精一杯なのだろうがまるで痛みを感じられない。私のおかげ?私のせいなの?この子を変えてしまったのは私?

「ねぇ幻音……私…頑張ったよ……皆みたいになれたかな?」

「やめて!あんたは読者なのよ!!読者は安全な離れた所で鑑賞してればいいの!あの子達の様になれなんて言ってない!!あんたが居なくなったら私は!」

「大丈夫だよ幻音…読者は私だけじゃない…今は私だけかもだけど…読んでくれる人がきっと来る…ううん…必ず」

「そんな奴いる訳ない!あんたが必要なの!私の駄文なんて誰にも読まれない!」

相変わらずだと少女が力無く笑う。

「幻音…私はここで頑張ってきた皆のこと…好きになって欲しいの……もっと色んな人たちに…私じゃそんな事出来ないから…我儘だとは思う…けど…私の知らない外の皆にも選ばせてあげて…」

「私に押し付けないで!あんたが読んでくれたから私は書いていられたのよ!じゃああんたが居なくなったら…私はどう頑張っていけばいいのよ!!」

「ごめんね幻音…私はここまで…後は…」

「ま、待って!まだ私は!」

私は多くを殺し過ぎた、気付いた時にはもう遅い。そもそも私一人食いつなぐだけでも手一杯、私じゃ皆の命を背負えない。背負うのが嫌だったから誰かに押し付けた。彼女らを背負い尚笑って生きてくれるのならそれで良かった

「人の命を背負えるほど私はそんなに強くないです……」

「私、生きていてもいいんですか…?」

「笑ってもいいんですか?」

悪い訳がない、寧ろ笑え。何も知らない貴女でも、この世界で笑ってくれるのなら、それは彼女たちの救いになる。

「知らないわよ。貴女自身の手で見つけなさい

「けどまぁ…いつか……笑えるといいわね」

私達の物語に裁決を下すのは読者だ。私から答えは下せない。それでも私達を殺した貴女が最後に笑ってくれるのならそれで全てが成立する。私の代わりに背負ってくれる貴女が紡ぐ物語を、私は最期まで付き合いたい

「まだ終わってないよ、幻音」

「ええそうね、私にもやれる事がまだ…」

 

 

 

 

「痛い……」

日も沈み始めた夕暮れ時、ケイブを破壊し尽くした私は来た道を引き返し神社の境内に帰ってきた。一体いくつ殺したんだろう……さっぱり思い出せない。歩いた背にはヒュージの亡骸。優秀なリリィはヒュージの撃破スコアを競い合うなんて言うが、皆はこんな惨状を笑い合ってるのかな…

「まだ殺さないと……ダメなのかな…」

あと何人殺せばいい、私が刃を振るう度にあの子たちは痛ましい悲鳴をあげる。私が生きてる限りあの子達は脅威を排除しにやってくる。あの子と私は何も変わらないのかもしれない。あの子達もただ生きていたいだけなのだ

「もうやめてよ…」

夕日が見せる不規則な影、ミドル級による屋根からの奇襲を予見した。私は彼らの攻撃より先に飛び上がり2挺の砲撃により殲滅、屋根に上がり取り逃した標的を2つの刃が切り裂く。どんなに騒々しい音を出しても神社の主が姿を見せることはなかった。

「はぁ………はぁ……」

周辺のケイブは殆ど滅ぼした。それでもあの子達は私を求めやってくる。ヒュージと人間は根本的に違う生物だ。ただの脅威でしかない、それでもあの子達も生きている。私はあの子達を背負える程の存在なのだろうか…分からない

「ぁ………あれ…信煙弾!?」

遥か遠くから天を向かって吹き上がる煙を見つけた。星梨花さんによる特別製の信煙弾。作戦開始前、彼女は予め赤と緑、2色の弾を私に示した。赤は異常事態を知らせる色、つまり作戦失敗。役割を放棄して今すぐ逃げなさいとの事。元々逃げ場等存在しない、諦めろという意味合いでもある。そしてもうひとつは

「緑…やった…やったんですね……」

幻音さんの離脱を知らせる色。作戦が上手くいった合図、後は星梨花さんと合流し何とかして離脱する。夜が来る頃には結界の反動による大気中のマギも安定化する。闇に紛れれば私達も何とか逃げ切れるかもしれないとの事。行き当たりばったりだがそれが一番確率が高い

「急がないと……」

右目の痛みが酷い、羽衣からのマギももうそんなに残ってない。力がある間に走らないと…私も信煙弾を打ち上げ生存証明を示す。天まで焚き上がる煙を目指して傷だらけの社を力強く蹴り上げた。

 

 

 

 

「ゴフッ…」

妹を背負い走る私は足を踏み外し地面に叩きつけられた。それは突然の出来事だった。胸部に刺されたように痛みが押し寄せ、足がもたれかかってしまった。何故?どういう事?なんの前触れも無く?目の前に敵影はいなかった。千里眼は切れてない、ホールオーダーも発動している。飛び道具なら察知出来たはず。何故気づかなかった?

「いっつ……」

妹が立ち上がる。今の衝撃で目が覚めたのか、いや違う。背中の固定はそんな簡単に外れるように出来てない。まさか……

「これ……サヤちゃんの………」

「……えぇ…あの子の御守り…自決用に持ってたんだけどね…」

原因は刺傷、あの子の短刀が私の胸に打ち付けられた。聖域転換で変換したマギ特性を増幅し任意のサブスキル・レアスキルに接続する私の能力、その大元はテスタメントだ。私の防御障壁は良くて安物の防弾チョッキ程度の物。つまりリリィなら軽い怪我で済むものも私には致命傷となってしまう。胸元から溢れる血が止まらない、止血しないと不味い…

「ごめんなさい…こうしないと止まりませんので」

「よく…分かってるわね……」

妹も妹で立っていられず嘔吐した。限界を超えているのに無理をするからだ。

「幻音ちゃん……そっちは反対よ……何処に……行くの………?」

「あの子が…泣いてるんです。本当に世話の焼ける子です…私が見てあげないと」

「ダメよ…それは…ダメ……サヤちゃんの頑張りを…無駄にしないで」

こんな状況でも身体は動く、短刀を引き抜き止血処理を進めている。意識と身体が離れて正直気持ち悪い。

「物語っていうのは…読者が居て初めて成立する物なの…あの子はまだ終わってない。それなら私も終われない…あの子の結末を見届けるまで…最期まで付き合って上げないと…」

「ならどうするの?あの子と貴女、一緒に死ぬつもり?そんな事するなら私は貴女を!」

妹は止まらない。契約の異なる私のcharmを握り起動を試すが失敗。あの子の短刀を拾い、私に背を向けた

「勝手に打ち切りだなんて決めつけないで下さい…私は生きます。みんなの分も…星羅の分も…星莉花の分も…あの子と背負って紡いで見せます」

「幻音ちゃん…」

「その為なら…私は貴女を殺します…今までありがとうございました…さようなら、私達のお姉ちゃん」

「待って…幻音ちゃん…星羅………」

妹は走りだす。彼女の姿はまるで幻を見ていたかのように姿を消した

「お姉ちゃん…ね…」

私も背を向け走り出す。手を伸ばしても届かない、それなら今私にやれる事を。たとえ幻であろうとも、私はあの子の姉なんだ。妹の願いを胸に、私も前を向き走り出す

信煙弾を打ち上げる。全て順調、心配はいらない。私に任せて、貴女達は私が何とかしてみせる

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ………もう……いや…」

消耗し切った身体に鞭を打ってひたすらに走り続ける。森を抜け山を下り倒壊した橋を飛び越える。山を貫くトンネル出口を破壊、ヒュージを殺し、追っ手を減らしながら前を見る。それでもあの子達はやって来る

「いや……嫌なの……もう殺したくない…」

信煙弾の発射地点、その道のりを塞ぐように歪みが唐突に現れた。

「…嘘……そんな…応えてよ…!」

トリグラフが起動しない、羽衣のエネルギー切れ。布都御魂でヒュージに応戦する。身体が思う様に動かない。痛い、死にたくない、恐い、生きたい。幻視される無数の死が私の心を掻き乱す

「うわああぁ!!」

迫り来る死に向けて刃を振るう。ヒュージの悲痛な断末魔、私に迫る運命を彼らに押し付ける罪悪感が私の未来を暗く染め上げる。

「ごめんなさい…ごめんなさい!私は!こんな!」

何も変わらない、私が生きる事でこの子達が息絶える。私は生きていたいだけなのに、私はみんなを奪いたくなんてないのに…それなのに…この道を選んだばかりに私は…

「いやぁぁ!痛い!痛い!」

スコープを起動しスモール級、ミドル級を裂いて歪を破壊。右眼に激痛が走りのたうち回る。マギも身体も限界だ、もう嫌だ、立ちたくない、走りたくない。殺したくない

「え?」

地面に転がる私の耳元で目の前でとてつもない衝撃が響いた。視力の合わなくなった目を開くと私の何倍もある巨大がそこに居た。私がケイブの破壊にもたついた事で、消滅際のケイブからラージ級を呼び出す結果となってしまった

「ヒッ!い、嫌だ!やめて!助けて!!」

急いで立ち上がり迫る死を間一髪で免れた。しかし四方から木々を薙ぎ倒す音が近づいてくる。ラージ級の群れとそれを取り囲む小物たち、囲まれてしまった

「あ…あはは……だめ…だったのかな……やっぱり…」

精一杯頑張った。やれる事は全部やった。大勢を殺してしまったし皆から力を沢山貰った、それでも私じゃ間に合わない、多分、ここが私の終着点。

「ごめんなさい……私…やっぱり生きてちゃ行けなかったんだ……」

「そんな訳ないでしょ」

目を疑った。私に飛び掛ってきたスモール級が私の目の前を過ぎ去り沈黙。動くはずのないトリグラフが空を舞う。ラージ級を取り巻く大勢のヒュージが一瞬で屍となった。

次に気が付いたのは手の感触、人の手に握られる不思議な感覚。そこに誰も居ないというのに、その体温には覚えがある

「指輪とcharm、返しなさい」

「え?え?」

「それから…少しゲロ臭いけど…耐えなさい」

「え?んむっ!」

突然唇を奪われた、訳が分からない。けど、この味にも覚えがある。おばあちゃん達に善意を見せられ、それに耐えきれなかった私の味だ

「ゲホッ!あんたもあんたで鉄臭いわね」

「ど………どうして……?」

「マギ交感!星莉花から奪った分よ」

「なんで……ここに…」

「さぁ…何ででしょうね……」

腰に差してた2挺のcharmはいつの間にか取り外され、声の主の気配も消えた

「まだ終わってない。鞘に収めるのはまだ早いわ、殺りなさい。水無月沙夜花」

「……………はい」

両眼を見開き刀を構える。殺してきた多くの命を背負い私は未来を願う。願う未来は届かぬ明日。明日を夢見て刃を振るった

 

 

 

「おら、借りもん返しに来たぞ」

「……なんであんたが……持ってんのよ」

昏睡する少女を抱え、倒木にもたれ掛かる私の前に1人のリリィが現れた。リリィの手から残り物を詰めるタッパーが側に転がってきた。いつの間にか失くしたと思ってたけど行方がようやく思い出せた

「あぁ…あんたが…持って行ったんだっけね……」

「忘れてたのかよ、まあ1年近く前だしな」

「何の用……あんたに…付き合ってあげる余裕は…悪いけど…ないわよ…」

「ああ、見りゃわかる」

もう少女は戦えない。私も私で片腕が飛ばされた。ワイヤーで止血はしたけどこんな応急処置じゃ助からない

「ちょっと悪いな」

「触らないで」

「お、あったあった。これならまだ使えそうだ。」

私の懐から変な封筒が出てきた。リリィは抜き取った封筒を自分のポケットにしまった

「……なにそれ……」

「仕事料、お前の姉さんからの依頼。あんたをエリアディフェンス下に送り届けろってな」

「星莉花……依頼人は考えなさいよ…」

「全くだ」

彼女から星莉花のマギが感じられる。あの傷での超長距離テスタメント、確実に死ぬ。

「はぁ…私もここまでみたいね……」

「あ?お前を逃がす為の戦いなんだろうが」

「だってあんた、人間2人も背負えないでしょ?」

「やるつもりだが」

「あんたに無茶させた所で…1人病院に着く頃にはお陀仏よ…だったらサヤを……は?」

「だから、その為にあたしを呼んだんだろ?」

「い、いや……訳が分からないんだけど……」

「お前らを連れてワープする。出発座標もだいぶズレたし何処に着地出来るかもう分からねぇ。まずテスタメント付けて他人を乗せるなんて初めてだ。あたしもどうなるか分からない」

「あんた…ワープってそんな簡単に…」

「簡単じゃないさ。バイクも回収しないといけないし着地点には揺らぎが生まれる、近場のガーデンは大忙しだろうよ。こんな長距離普通に危ないから飛びたくはないんだけどさ、そっちの女には気に入ってんだ。やりたい事見つけた、死にたくないってさ」

リリィは有無を言わさず私たちを担ぐ。急に生えてきた瞬間移動、こんな御都合主義許される訳がない

「許されんだよ。世の中他人の御都合主義で回ってる。あんたらも頑張ってきたんだろ?良いんだよ、御都合主義で報われろ」

「そんなもんだと読ませて貰うわ…星莉花お姉様…ありがとう」

「じゃあ飛ぶぜ、首が繋がってる事祈ってな」

「は?ちょ…」

私の意識はここで途切れた

 

 

 

 

 

「あれ?ここって……」

目が覚めると見慣れた天井。いつもの寝室で目を覚ます。部屋はまだ暗い、変な時間に起きてしまったのかな。今まで何してたんだっけ?思い出せない。薄暗い部屋を見渡すと見知らぬ少女がそこに居た

「おはよう、沙夜花」

「……お、おはよう…ございます、貴女は?」

少女は応えない。少女は戸を開け私を外へと招く。寝室を出るとそこには満ち満ちたお月様。真っ暗闇を優しく照らす

「あの…ここは何処なんですか…?」

「なんて言うんだろ…神社?書斎?墓場?なんでもいいと思う」

外へ出ても変わらない、いつも通りの風景が広がっている。何の変哲もない見慣れた神社だ。少女に手を引かれ彼女の背を追いかける

「墓場?私死んだんですか!?」

「それは沙夜花次第だよ」

境内の石段を上り本殿の扉を躊躇いなく開ける。部屋には大きな本棚と寝具、それ以外は何も無かった

「沙夜花はどうしたい?」

「どういう事なんですか?」

「ここで眠れば全てが終わる。もう誰も殺さなくて良いし死ぬ恐怖もない。辛い想いをする必要もなくなる」

少女は本棚から一冊の本を取り出し手渡す。中身は白紙。題名も空白、著者名は神無木幻音と記されていた

「何もしなくてもいい、だけど何も残らない訳じゃないよ。今までの頑張りを幻音が残してくれるから」

「あの人の中で生き続けられる……そういう事ですか?」

「うん、沙夜花も最期は幸せに生きられた。そう書き加えてくれるの」

「そう…ですか……」

私はあの人の描く世界が好きだった。最期は笑って終われるからだ。あの人に包まれ私の見れない可能性を見せてくれるのなら、それ程嬉しいことは無い

「眠らなかったらどうなるんですか?」

「またあの世界に戻る事になる。大変だよ、物凄く」

「戻れるんですか?」

「うん、だってこれはただの可能性 まぼろし。貴方が望めば叶えられる」

少女は本棚から一冊、私に差し出した。さっきのとは違い文字が途中までは敷き詰められている。題名は無い、著者名は水無月沙夜花

「これって…私?」

「うん、貴女が辿ってきた軌跡。貴女が描き続けて来た貴女の為の物語」

「私の為の……」

「読んでみなよ、それから決めても遅くないよ」

改めて本を握ってみる、今までにない文章量。意を決して頁を捲った。

そこには私の今までの生い立ちが描かれていた。お姉ちゃんの頑張りを不思議がって眺め続けた事。家族の反対を押し切ってリリィになると、お姉ちゃんの師範をうち倒し認めさせてしまったこと。友達と上級生との夢を話し合っていたこと。私が仲間を殺し幻音さんに助けられたこと。よく見れば心情も行動も現象も矛盾だらけでちぐはぐだが、それでも私が歩いて来た物語がそこに記されていた

「読んだみたいだね」

「あの……続きってどうなるんですか?急に終わっちゃって…」

「それを決めるのが沙夜花の役目だよ。作者は貴女、続きが欲しいなら書けばいい。書きたくないならやめればいい。それは貴女にしか決められないの」

「私にそんな事…」

少女はもう本棚からもう一冊を抜き取り頁を捲った。

「片目も潰してボロボロになりながら沙夜花と幻音は皆を殺した。貴女の物語はここで途切れてる。けど幻音の描く本にはこう書かれてる。貴女が知り合ってきたリリィに2人を逃がせる人が居た。そして彼女は実行した」

急に視界が切り替わった。病室の様なところで横たわってる私、隣には私のよく知る時代錯誤な紅白少女。

「脱出には成功。着地場所は百合ヶ丘って所。そのまま死にかけの2人は医務室に連れてかれて入院。体裁として沙夜花は百合ヶ丘生として入学、村からの財産と貴女の家族でなんとかって感じだよ」

「これが……私…」

「うん、両足は疲労骨折、全身ボロボロで意識不明の重体。もう半年は経つかな。起きたとしてもこれから長い生活、凄く大変」

「幻音さんは…何をしてるんですか?」

「幻音は貴女が目覚めるのをずっと待ってる。同じ病室で治療を受け、退院し同じ病室に居られなくなっても、今も通って貴女を待ってる。幻音は沙夜花の続きを読みたいんだって」

名も知らぬ少女は微笑んだ。今ようやく理解できた。私があの人の続きを読みたいのと同じ様に、幻音さんも私の続きを読んでいたかったんだと

「私に…何を選べと言うんですか?」

「貴女の物語を終わらせるか、続けるか、それを選んで欲しい」

「やっぱりそうなんですね」

「幻音は貴女が続けたいと頑張るから追いかけてきた。貴女が自分で終えるというのなら多分怒りはしない、まあ悲しいとは思うけどね。私としては終わらせてくれても面白いかな、どっちを選んでも、誰も文句は言わないよ」

「私は……」

私が眠れば全てを終えられる。生きる事は簡単ではない。痛いのも嫌だし苦しいのも嫌だ、これからも罰に怯えて生きていくなんて早く辞めてしまいたい

なにより、私なんかじゃ誰かに頼らないと生きていけない。いや、誰かを殺さないと生きられない。自分のしたい事のため、人の想いを踏みにじり、迷惑をかけ続け、殺して生きてきたのが私だ。自分が死にたくないからとヒュージを殺す、生きていたいからと限られた尊い生命を殺して食す。人間でなくても生きたいという願いは変わらないはずだ。私が生きれば誰かが死ぬ。

多分、私の在り方はどうしても悪にしかなれないんだと思う。そんな混沌に塗れた悪女の物語、続かせるべきでは無いのだと私は思う。

「決めた?」

「うん、私は……生きるよ」

こんな選択正しくない、間違えてる。それでも私は生きていたい。死にたくはないのだ。それに私の続きを待ってくれてる人がいる。それが分かっただけでも私は前を向いて歩いて行ける。

持っていた本は一振の短刀へと変化した。少女は私に笑顔を見せ姿を消す。この世界を終わらせる、私が今見た風景、この世界が何なのか私には分からない。それでも終わらせ方は私の身体が知っている。満天に輝くお月様の下、刃を私の顔へ向け、潰れた右眼を全力で突き刺した

「やっぱり私は生きたいんです。ごめんなさい」

 

 

 

 

「……………………」

目を開けると白い天井、色んなものが吊り下げられてる。蜘蛛みたいなヒュージに捕まった幻を思い出して良い気分では無い

「さ……さ…や?」

隣の少女が震えている。見慣れた衣服、見慣れた顔。その表情は初めて見る。私の手を残った右腕で強く握られた。少し痛い。けど嬉しい痛みだ。暖かい

「また…心配かけちゃいました…ごめんなさい」

「ええ、本当に……世話のやける子ね…」

 

 

 

「ほら、行くのよ」

「は、はい……」

「足を動かしなさい!1年もリハビリしたでしょ!今更ビビってんじゃないわよ!」

「ま、待ってください…心の準備が…」

目を覚ましてから治療を受けること1年、さすがはリリィと言うべきか、あんな容態でも何とか回復、ようやく外に出る事が許された。任務には出られないが医療室で怪我人の治療の手伝いをしている。やっぱり私に出来るのはこういうことくらい

私が眠っている間身元が割れていたらしく、目が覚めて容態が安定した途端、私の縁者が駆けつけてきた。家族にも桜花中にも連絡を怠った事は酷く叱られた、けど幻音さんとおばあちゃんの娘さん、仕事で交流があった人達に庇われて話はそれで済んでしまった。ある2つを除いては

「決めたんでしょ!あんたの足で会いに行くって!」

「そうなんです!そうなんですけど!!なんで被っちゃうんですか!?」

「知らないわよ!どっちにしろ前か後の問題だったんだし、纏めてやっちゃっても構わないでしょ!覚悟を決めなさい!」

幻音さんは水無月家、夢都希家から縁ある桜ノ杜の神社の紹介を受け今は巫女として働いている。隻腕でも器用さが幸いして割と何とかなってるらしい。

「あーもう良いわよ、私から行くわ」

「ま、待ってください!行きます!行きますから!」

私たちが向かった先はリリィ達のお墓、そこに居たのは私のお姉ちゃん、水無月詩空 みなづきしずく。私の覚醒後、縁者達が見舞いに来る中、お姉ちゃんだけは一度も姿を見せる事はなかった。自分の足で話して欲しいのだと、その意味が私には理解出来た。そして今、彼女が私の目の前に立っている

「あはは…ひ、久しぶり……」

「……………ええ。おかえりなさい、沙夜花」

「……うん、ただいま。お姉ちゃん」

喉から絞り出した在り来りな一言。長かった、この言葉を伝える為にどれだけの寄り道があっただろうか。この言葉を伝える為に多くの者を殺してしまった。それは変わる事ない事実だ。

沢山の犠牲 スケープゴートの上で何とか成り立つ、(貴方)の為の物語。今はまだ醜い未完成でも、私達(誰か)が少しでも満足できる結末に辿り着く事が出来たらなと、そう願った

「話したい事が沢山あるけど…先ずはこれ、ひとつ貝…つ、作ってみたんだ…良ければだけど……受けってくれますか?」

 

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