綾小路に憧れた男の実力至上主義生活   作:ラトソル

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過去回想です。
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彼と出会った日

 中学時代、いやその前から。私の家は母子家庭だった。

 

 母親が一人で私と妹の二人を育ててくれた。満足な収入ではなかったから裕福な暮らしとは到底言えるものではなかったけど、私は家族の生活が大好きだった。

 

 私も妹も、家計の状況は理解出来ていたから、お母さんに欲しいものをねだるようなことは無かった。

 

 妹は本当にいい子だ。

 あれが欲しい、これが欲しいなんてことは一切言わない。私のお下がりの服でも文句なんて言わない。いつも笑顔でお母さんに迷惑をかけない、本当に自慢の妹。

 

 欲しいものもあるはずなのに、我慢して、耐えて、耐えて、耐えてきた。そんな妹に……初めて欲しいものが出来た。去年流行してたヘアクリップ。妹が大好きだった芸能人が付けてたもので、お母さんはそれに気づいて、無理してシフトを入れた。

 

 その結果、お母さんは倒れた。

 

 今でも覚えてる。病室のベッドで泣きながら謝るお母さんにありったけの罵声を浴びせていた妹の顔を。泣きながら、楽しみにしていたヘアクリップのことを叫んでいた妹を。そんな妹を、私は責められなかった。

 

 姉として、妹の笑顔を取り戻したい。そう思って、私はデパートへ向かった。

 お金なんて持ってないのに、私はヘアクリップが売っているお店へと向かった。

 

 そして、盗った。

 

 一万円以上するヘアクリップ。その時に罪悪感は無かった。いや、押し隠してたのかもしれない。私たちは我慢してきたんだから。妹のためだから。そんなハリボテな理屈で押し通した。

 

 そんな時だよ。

 

 君に会ったのは。

 

 君に……救われたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 周りを見渡す。誰もこちらを見ていない。私は一思いにヘアクリップを盗り、カバンへと入れた。心臓の音なんて気にもせず、私はすぐに店を出ようとした。

 

 あと少しで出られる。妹を、喜ばせられる。そして、お店と外の境界線。踏み出した足は、腕を掴まれたことにより止まった。

 

 呼吸が止まった。心臓が破裂しそうだった。瞬きをする余裕すらない。汗が吹き出す。瞳が揺れて、視界が歪む。

 

 バレた、バレた、バレた、バレた、バレ────

 

(なに、やってるの……私)

 

 ふと、我に返った。

 

 なぜ、腕を掴まれたのか──見つかったから。

 

 何を、見られたのか──私がヘアクリップを盗るところ。

 

 私は、何をしたのか──まん、びき。

 

 血の気が引いていく。取ってつけた理由なんて消え去った。理由なんて意味をなさない。そうだ、私は万引きをしたのだ。その事実に、自分のことながら吐き気がする。

 

 ゆっくりと振り返る。掴まれた手を見る。男の人の手だ。相手の顔を見るのも怖い。全身が震える。でも、私の視線はその人の顔まで自然と運ばれた。

 

 歳は私と同じくらいだろうか。それしか分からなかった。相手の顔なんて気にしてる程今の私の感情は冷静では無い。何故か彼は驚いたように私の顔とカバンの中を交互に見ていたけど、そんなことは気にならなかった。

 

(ああ、私。犯罪者に、なっちゃった)

 

 焦りも、驚愕も既に消えていた。今あるのは諦めの心のみ。私はこれから警察に捕まる。笑顔にしたかった妹も、お母さんも、こんな私が身内で心底絶望するだろう。

 

 もう何も考えられなくなった私は彼に「店の前で待ってて」と言われ、俯きながら店の前で待機していた。その時盗ったヘアクリップも彼が持っていったので元の位置に戻してきたのだろう。

 

 きっと彼は店員さんを連れて私のところに来るんだろうな。そう思っていたが、彼は来ない。体感では永遠に感じたけど、きっと五分程だろうか、彼は一人で私の所へ来た。そして私の手を取りどこかに向かって歩いていく。さすがに混乱した私は彼にどこへ行くのか尋ねた。

 

「落ち着ける所へ行こう」

 

 そこからはお互いに何も話さず、落ち着いた雰囲気のカフェへと入った。

 

 周りに誰もいない端の方へと行き、二人席へと座る。なんでこんなところに連れてきたのか、疑問は尽きない。すると、店員さんが来て、レモンティーを二人分持ってきてくれた。どうやら私が気づかないうちに彼が注文していてくれたらしい。

 

 彼はレモンティーを手に取ると、固まっている私に「もしかして、嫌いだった?」と申し訳なさそうに聞いてきた。ハッとした私は首を横に振る。

 

「い、いえ! いただきます!」

 

 慌ててティーカップを手に取りレモンティーを少し口に含む。レモンの爽やかな風味が口いっぱいに広がり、少しだけ気分が軽くなった。

 

「……美味しい」

 

「よかった」

 

 今まで正常に働いていなかった脳が機能し始め、冷静になってきた。ふと、前に座っている彼の顔が目に入ってくる。さっきまでは分からなかったけど、彼の顔はとても整っていた。そういうことに興味があまりない私でも、彼のことはかっこいいと思うほどだ。事実、同じ店にいる女性は彼の方を向いていた。彼がレモンティーを飲んでいる姿は、とても絵になっていた。

 

 ふぅ、と一息ついた彼はティーカップを置き、こちらへと顔を向ける。険しい顔でも、非難する表情でもなく、彼の表情は柔らかく、暖かかった。

 

「落ち着いた?」

 

「……はい、ありがとうございます」

 

「畏まらなくてもいいよ。()()歳近いし。俺は中三だけど、君もそのくらいじゃない?」

 

「え、あ、うん」

 

 とても同い年には見えないほど、彼は大人びていた。

 

「……じゃあ、本題に入るけど」

 

「……っ」

 

 その言葉に、思わず体が膠着する。そうだ、何を落ち着いているんだ私は。私は取り返しのつかないことをしたんだ。いや、しそうになった。彼のおかげで未遂になったけど、でもそんなことは意味が無い。万引きしたことには変わりなかった。

 

 どれだけ糾弾されるだろう。何を言われるだろう。怖い、けど何を言われても受け入れなければならない。責められて当然のことをしたのだから。しかし彼は優しい表情を変えなかった。もう一度ティーカップへと口をつけ、また戻す。

 

「事情は……まあ、言いたくなかったら別に聞かないけど。ま、やっちゃったものはしょうがない。受け止めて、前に進むしかないね。以上」

 

「……え?」

 

「え、何?」

 

 思わず、私は口を半開きにして唖然としてしまった。責められると思っていた。非難されると思っていた。でも、彼の口からはそんな言葉は出てこなくて。そんな私の反応に、彼は心底不思議そうにこちらを見てきた。その反応も、私を困惑させてくる。

 

「そ、それだけ……?」

 

「それだけ、って……これ以上なんかあるの?」

 

「だって、私、万引き……犯罪をしたんだよ……?」

 

「俺止めたし、未遂じゃん」

 

「で、でも……」

 

 彼の言葉が理解出来ない。私は罪を犯したんだ。責められることはあれど、許されてはいけないことをしたんだ。なのに、どうして彼は私のことを許すようなことを言うのだろうか。

 

「てか、それだけって言ってたけど、俺が言ったこと結構きついぞ?」

 

「え?」

 

「一之……えーと、君名前なんて言うの?」

 

「わ、私? 一之瀬、帆波」

 

「……一之瀬ね。一之瀬って見た感じ善人の塊みたいな人だから、『万引きをした』っていう事実はずっと一之瀬の中を蝕むと思う」

 

「ッ!!」

 

「罪から逃げるのは簡単だよ。他のことに意識を向ければ良いだけだし。それらしい理由付けたら自分の中では正当化できるし。でも、受け入れるっていうのは、何倍も難しい。罪の意識と一緒に進んでいかないとだめだから。爆弾を抱えながら歩くようなものだよ」

 

 彼の言っていることは、全て的を射ていた。そうだ、私は逃げていたんだ。妹のため、我慢してきたから、そんな理由にならないことを並べて万引きを正当化して、私は罪の意識から逃げていた。私は正しいんだと、自分に言い聞かせていたんだ。

 

 そして、実際に私は罪を犯してしまった。このことは、多分一生私の中に居続けるだろう。消えることなんてないし、そんなことは許されない。私自身が許さない。その罪を受け入れ、共に進んでいくのは、どれほど難しいか。

 

「……いきなり受け入れろ、っていうのは難しいと思う。一人で抱え込んでたら、多分壊れる。だから、誰かに一之瀬自身のことを打ち明けるっていうのもひとつの手だと思う」

 

「打ち、明ける」

 

「うん。誰でもいい。親でも、姉妹でも、友達でも。俺とかでもね」

 

 最後を笑いながら言った彼の言葉は私の胸にスっと入ってきた。でも、それは結局「逃げている」のではないだろうか。そう思ってしまった。

 

「逃げじゃないよ。打ち明けるってことは、一之瀬が自分の罪と向き合おうとしてるってことだ。わざわざ他人に自分の弱点を知らせるってことなんだからね。だから、これは『逃げ』じゃなくて『立ち向かう』ってことなんだよ」

 

「『逃げ』じゃなくて、『立ち向かう』……」

 

「そう」と言い、もう一度彼はレモンティーを口に含む。その動作を見ながら、私の中では彼の言葉が繰り返されていた。彼の言葉は、私の中には無かったものだった。

 

「……変われるのかな、私」

 

「変わらなくてもいいよ」

 

「え?」

 

「理由は分からないけど、一之瀬なりの葛藤はあったんだと思う。今の一之瀬が悪いわけじゃないんだ。むしろ変わるのは悪手だと思う」

 

 こちらの目を射抜く彼の瞳は、私の内面を全て見抜いているようだった。

 

「『変わる』……じゃなくて、『成長』かな? 今の君のいい所を伸ばす方がきっといい。今こうして悩んでるのを見るだけでも、君の善性が見て取れる。それは捨てちゃダメだ。絶対に」

 

「だから」と言い、優しく微笑んだ彼の笑みは、今まで見てきた何よりも美しく、魅入ってしまうものだった。

 

「今回は、受け入れて、前を向く。それだけでも十分だ。万引きをした自分もいるってことを自覚して、その上で進んでいけばいい」

 

 彼の優しい声が。彼の暖かい笑みが。彼が伝えてくる全てが、私の心を溶かしていく。罪の意識は消えない。消えてはいけない。これは私がしたことなのだから。彼の言った通りだ。私は罪を受け入れよう。受け止めて、その上で進むんだ。

 

 久しく感じなかった、涙の予兆。私はそれを我慢して、手を強く握りしめた。泣くのを我慢しているから、私の顔はくしゃくしゃになっていると思う。でも、今はそんなのはどうでもよかった。あなたに会ったのは、今回が初めて。でも、初対面の人の筈なのに、私はあなたに聞いて欲しい。それが『逃げ』じゃないって、あなたが教えてくれたから。

 

「あのね……聞いて欲しいことがあるの」

 

「……うん、いいよ」

 

 内容なんてない言葉だったけど、彼はその一言だけで全てを察してくれた。彼の口から伝わる彼の優しさ。私を優しく撫でる彼の声。彼の全てが暖かかった。

 

 彼の返事を聞いてから数秒、私は声が出なかった。本当に彼に聞かせてもいいのか。こんな話、彼に迷惑じゃないだろうか。その数秒の沈黙も、彼は黙ってこちらを見続けた。全てを受け入れるような彼の姿勢に、私は無意識のうちに語り始めた。

 

 母親や妹、そして家がどんな状況なのか。どうして、万引きをしようとしたのか。私は包み隠さずに全てを彼に伝えた。話す前までは躊躇していたのに、話し始めてからは止まることなく話していった。時折彼の顔を見ると、いつも彼は私の目を見ている。長い話、しかも赤の他人の話なのに、彼は心から寄り添って聞いてくれた。それが堪らなく嬉しくて。

 

 数分かけて、ようやく私は全てを語り終えた。全てを口にした私の心は、どこか軽くなっている気がした。一人で抱え込んでいたものを、彼に聞いてもらったからだろう。

 

 彼の様子を窺う。私の話を全て聞いた彼は、目を閉じて何かを考えていた。私にかける言葉を探しているのだろうか。

 

 少しして目を開けた彼は立ち上がって私の横まで来た。急な行動にどうしたのか不思議に思い呆然とする。

 

「一之瀬のお母さんって今も入院してるんだよね」

 

「う、うん」

 

「じゃあ、一之瀬のお母さんに会わせてもらってもいい?」

 

「……え?」

 

 突然のお願いに戸惑う私を、彼の視線が射抜く。彼の意図は分からないけど、彼の頼みを断るという選択肢は自分の中では消えていた。彼の望みなら叶えてあげたいと思ってしまう。

 

 既に中身を失ったティーカップを置いて席を立つ。お会計の値段に少し驚いたけど、彼は全てのお金を出した。悪いと思って私も出そうとしたら、「大丈夫大丈夫。スポンサー付いてっから」とよく分からないことを言いながら彼は私を押し切りお会計を済ませた。

 

 そして、寄るところがあると私をベンチに座らせて彼がどこかへ向かって走ってから数分、彼がすぐに戻ってきて私の手を掴んで出口へと向かって行った。後ろから見る彼の背中は大きくて、頼もしい。掴まれた手は優しく包み込まれていて、不快感なんて無かった。

 

 幸いにも近くのバス停から病院まで直通便が走っており、私たちはそのバスに乗り、お母さんのいる病院まで向かった。そのバス代も当然のように彼が出そうとしたので、私は元から握っていた小銭を出そうとすると、彼は一気に二人分払った。「道案内代」と言う彼に強引にお金を渡そうとするも、「スポンサー付いてっから」とまたもや押し切られてしまった。

 

 病院の受付の人に身内であることを告げ、私たちはお母さんのいる病室の前まで来た。目の前にある扉がいつもよりも大きく、重たいものに感じた。罪を犯してしまった私に、この扉を開ける資格はあるのだろうか。こんな私を、お母さんは受け入れてくれるのだろうか。そんな思いが、私の中を駆け巡る。

 

 無意識に、私の右手は彼を探していた。当然のように、隣にいる彼の左手に私の手が当たる。意図せずした自分の行いにハッとした私は彼の方を見る。彼も私の手が当たったからか、驚いたようにこちらを見ていた。彼の顔を見ると、不思議と勇気が出てきた。

 

 手を取っ手に置く。心臓が鳴り響く。けれど彼が横にいるから、爆音のように鳴り響く心拍音はゆっくりと落ち着いていった。

 

 深呼吸をする。深く息を吸い、吐く。よし、と前を向き、私はドアを開いて、一歩を踏み出した。お母さんの部屋は個室で、お母さんは起きていたから突然来た私と横にいる男に驚いたような表情をしていた。

 

「おはよう、お母さん」

 

「帆波? どうしたの、突然。それにそちらの方は……?」

 

「お母さん」

 

 お母さんの話を遮る勢いで、私は声を放つ。それはこれから全てを打ち明ける意思表示。その事に気付いた彼はお母さんに一礼した後、病室の外へと出た。自分は邪魔だと思ったのだろう。突然の出来事の数々にお母さんは何がなにやら分からないといった様子だったけど、私の顔を見るとお母さんの表情は真剣なものとなった。そして私は全てを伝えた。

 

 万引きをしたと伝えた時のお母さんの表情は悲しみや怒りの混ざったものになっていたけど、私の表情と声を聞いて、話を遮ることは無かった。

 彼に救われたことも、全て話した。

 

 全てを聞いたお母さんは、怒るでも、蔑むでもなく。

 

「……ずっと、我慢してきたんだね、帆波」

 

 涙を浮かべながら、私に寄り添ってきた。私の頭の後ろに両手を回し、体に引き寄せてきた時には、もうダメだった。

 

「ごめんね、帆波」

 

「……ぅ、あ」

 

 我慢してきた涙が一気に流れ出した。彼の前では止めていた分も全て。

 お母さんの服にしがみつき、ごめんなさい、と何度も叫んだ。

 

「ごめんなさいっ、ごめんなさいッ!」

 

 泣き叫ぶ私を、お母さんは優しく抱きしめてくれた。彼の笑みとも違う、母親の暖かさが、私の体に染み込んでいく。ここが病院であることも、時間も、全て忘れて、私は母の前で涙を流し続けた。

 

 落ち着きを取り戻してきて、まだ目の周りが赤く染まっているほどになり、私はお母さんの抱擁から離れ、扉の外に待つ彼の元へと向かった。泣き叫ぶ私の声も、赤く腫れた目も、彼には全て伝わっているはずなのに、彼はその事には一切触れず、いつもの優しい笑みを向けてくる。

 

 彼を連れてお母さんの元へ行くと、「一対一で話がしたい」という両者の意見と、「今日はもう帰りなさい」という母の言葉に、私は病室を後にした。

 

 彼ともう一度話がしたくて、ロビーで少しの間待っていたけど、一向に彼は姿を現さなかった。お礼もまだまだ言い足りない。それでも、もう夕日が落ちだしている。家には妹も待たせてあるので、私は諦めて家へと向かった。

 

 次の日、私は家の掃除や洗濯があったため、先に出た妹から少し経ってから母の元へと向かった。昨日も見た扉は、昨日に比べて小さいものになっていた。扉を開けようとすると、中から妹のはしゃぐような声が聞こえた。不思議に思いながらも中に入ると、そこには笑顔で飛び回っている妹と微笑みながらそれを眺めているお母さんがいた。

 

「あ! お姉ちゃん!!」

 

 私に気付いた妹がこちらへと走ってくる。「見て見て!」と人差し指を立てて自分の髪に着いているものを指さした。

 

「────あ」

 

 妹の髪に付いていたのは、妹が欲しがっていたヘアクリップ。「お母さんがくれたの!!」と言いながら笑顔ではしゃぐ妹を見ながら、私は困惑していた。

 

 お母さんはヘアクリップを買いに行けるような状態じゃないし、そんなお金は無い。あったとしても買いに行けないのだから、どうしてヘアクリップがここにあるのか、不思議で仕方がなかった。

 

「帆波」

 

 困惑している私にお母さんは声をかけ、手招きする。謎が私の中に残るまま、私は言う通りに母の元まで近づいた。ベッドに座っている母の手には、包装された物があった。

 

「あなたによ」

 

「え……?」

 

 さらに混乱するも、「開けてみなさい」と母が言うため、綺麗にテーピングされたカラーテープを剥がしていく。包装紙の中には四角い箱が入っており、その箱の上部分を開けた。

 

「────」

 

 中には、【がんばれ】と書かれたメッセージカードと、美しいネックレスがひとつ入っていた。

 

「ッ、!」

 

 昨日全てを吐き出したはずの涙が溢れ出す。これが誰からの贈り物なのかは、私にはすぐにわかった。喜びはしゃいでいる妹に気づかれないように、声を殺して泣く。手には瞳から零れる涙が無数に落ち、止めることなんてできなかった。

 

 今すぐ彼に会いたい。彼にお礼を言いたい。彼の声を聞きたい。彼の笑顔を見たい。

 

 彼の……あなたの名前を知りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『久しぶり』

 

 あなたが私を覚えていてくれた事が、本当に嬉しい。

 

 今の私は、最高に幸せだ。

 

「……改めまして。一之瀬帆波です」

 

 クラス全体での自己紹介で、もうあなたの名前は聞いたけど。

 

 今、こうして二人きり。あの時と一緒。

 

 だから、もう一度あなたの名前を聞かせて貰えませんか? 

 

 私の言葉を聞いた彼は、あの時と同じ暖かい笑みでこちらを見た。

 

「────水野悠です。宜しく、一之瀬」

 

「────うんっ! 宜しくね、水野くん」

 

 ────そして、ありがとう。あの時私を救ってくれて。

 

 満面の笑みを見せる一之瀬の首元には、小さな四葉のクローバーの形をした物がひとつ付いたネックレスが、光に照らされて美しく輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デパートで一之瀬にめっちゃ似てる子に出会った。

 

 一つ下の幼馴染の誕生日が近かったからなんか買おうと思ってきたらなんか挙動不審な子がいたから見てたらヘアクリップをカバンに入れたから咄嗟に腕を掴んでしまった。

 

 ビクッと体を震わせてこちらに振り向いた子はよう実の俺の推しでもある一之瀬にめっちゃそっくりだった。

 

 いや〜、こっちの世界に来てみんなカラフルな髪の色してたけど、まさか一之瀬色がいるとは。しかも顔がめっちゃ似てる。思わず顔とカバンに視線が振り回された。

 

 でも万引きはこの子の経歴に傷が付くし、とりあえず盗んだ商品を棚に戻して来て、この子のメンタルケアしないとな。落ち着けるカフェにでも行くか。

 

 罪を受け入れてがんばれと言ったら何故か驚かれた。なんでや。君一之瀬見たいな見た目だし今までの行動とか見たらかなり罪の意識に悩まされるはずだけどな。それわかってるのかな? 

 

 あっぶね、一之瀬って言うところだった。さすがに知らない女の名前を言われたら引くだろうし、君の名前を教えて貰って一之瀬じゃないってことを俺の中に刻もう。

 

 What's your name? 

 

 へぇ〜、一之瀬帆波って言うんだ。

 

 どゆこと? 

 

 見た目だけじゃなくて名前まで一緒なのか。ん? 待てよ? そういえばCMで高度育成高等学校のPR流れてたな。

 

 え、君一之瀬なの? 本物? 

 

 マジかよ、ここよう実の世界なのかよ。そりゃよう実の単行本無いわけだ。今世紀最大の大発見だな。ちなみにここまで0.1秒かかってない。

 

 今ここで動揺したらこの子……一之瀬にも伝わってしまう。幸いなことに、精神統一は極めてるからな。

 

 てか、一之瀬のやらかしって万引きなんだ。なんかある感じではあったけど、まさかまさかだな。

 

 え? 変われるかって? いや、一之瀬は絶対変わらないでいいよ。Bクラスは君の善性に惹かれてみんな付いていってるし、俺も一之瀬のそういうところ好きだし。

 

 どんな事情があるかは知らないけど、一人で抱えない方がいいぞ。ま、さすがに初対面の俺には打ち明けないだろうけど。ハハッ。

 

 ……え? 俺に言うの? マジで? 聞くけども。

 

 

 

 重っ!! 

 

 まじかよ、こんな過去背負ってたのかよ。知らなかったわ。

 

 同情はしない。それは失礼に当たるから。部外者である俺が同情なんてしたら一之瀬はきっと惨めになる。

 

 ……よし、気が変わった。一之瀬ママに会いに行こう。

 

 妹ちゃんが欲しがっていたヘアクリップは覚えてるから、とりあえず買いに行くか。後は、一之瀬にも頑張って欲しい。これから彼女には未遂とはいえ万引きという罪の意識に蝕まれるんだから。モチベーションとなるものは必要だ。よし! 一之瀬にも何か贈り物を買おう! 一之瀬ママには……買ったら受け取ってくれなさそうだな。一之瀬のお母さんなら絶対いい人だし。それで二人の分も受け取って貰えなかったら困る。今回は見送りとさせて頂きます、すいません。

 

 ん? 支払い? いいよいいよ、俺にはスポンサー付いてっから。

 

 

 予想通り、一之瀬ママに二人分のプレゼントを渡すのは難航した。一之瀬ママの分も買ってたら絶対受け取ってくれなかったな、これ。何分もの討論の末、やっと折れてくれた。いやいや、マジで俺個人の気持ちですから。気にしないでください。

 

 最終的にありがとうと言って貰えただけで満足です。帰り際に「帆波を宜しくね」と言われた。どゆこと? 

 

 そして現在。

 

 一之瀬の笑顔が可愛すぎて死にそうです。助けてください。

 

 

 

 

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