「ライス、G1に出られるの……?」
プロシュートが、次走は皐月賞だ。とライスシャワーに伝えた際の彼女の最初の反応はこれだった。G1レース。すべてのウマ娘たちが目指す、格式高い最高グレードのレース。その出走馬として選ばれるだけでも一苦労のレース。ライスシャワーはその出走権を勝ち取った。
「ああ、となりゃよォ……要るんだろう? アレが……『勝負服』っつたか」
『勝負服』。ウマ娘がG1に出走するときの身に着用を許される、専用の衣装。中にはあきらかに競争に適していなさそうなものもあるが、ウマ娘が着用すると『不思議な力』が働いて、いつも以上の力を発揮できるのだという。
「『ひな形』のカタログが届いてるぞ。
この中から、デザイナーやらを選ぶんだと」
そう言ってプロシュートがライスシャワーに投げ渡したカタログには、出来合いのものではあるが、それでも目を見張るようなデザインの勝負服や、多数の勝負服デザイナーの連絡先が記載されており。ライスシャワーは思わず、それに目を奪われた。
しかし、ライスシャワーには一つの夢があった。
「お兄さま。カタログもいいんだけど……私は自分で『勝負服』のデザインをしてみたい」
ウマ娘自身着用するのだから可能であれば自身ですべてデザインをするというのも不可能ではない。創造性に優れる彼女なら不可能ではないだろうし、士気の向上にもつながるはずだ。プロシュートはライスシャワーの提案を受け入れ、ライスシャワーも練習の合間を縫い、スケッチブックにデザインを書き連ねてはああでもない、こうでもない、と頭を悩ませる。
その日、ライスシャワーは1日オフ。この機会に勝負服のデザインを決めてしまおうと服飾デザインの本を参考にするため図書室に訪れていた。
「うーん、やっぱりライスは『幸せの青いバラ』が好きだし青いバラのモチーフ入れたいな。
となると、全体的に落ち着いたイメージの……」
手に取ったばかりの『図説でわかる!ウマ娘勝負服』他数冊を抱えてテーブルに向かう途中、本棚の角を曲がった表紙に鉢合わせしてどん、とだれかにぶつかってしまいばらばらと本を取り落とす。
「あっ、ああっ、ごっ、ごめんなさい……!」
とっさに相手に謝り、それから散らばってしまった本を拾い上げようとするが、相手の方が先に、本を拾い上げライスに差し出してくる。その相手は――
「ブルボン、さん……?」
「こんにちは。ライスシャワーさん」
ミホノブルボン。無敗の4勝をあげた今年一番の期待の星。そして……ライスシャワーの当面の目標。クラシック戦線では確実に彼女とかち合って火花を散らすことになる。そして、彼女に勝てぬことにはあのメジロマックイーンを倒すことなどできない。
「………………」
「………………」
(気まずいよぉ……)
そんなミホノブルボンとライスシャワーはその後同じテーブルにつき、読書を行うことになった。今日は休日ということもあって図書館も人が多く、空きテーブルが近くになかったからだ。ミホノブルボンのほうは、無表情に『ウマ娘のレース前心理と思考に関する論考』という本を黙読していた。
「み、ミホノブルボンさん、この前のレース凄かったね」
沈黙が耐えられなくなったライスは、思わずブルボンに話しかける……にしても、もうちょっと話題を選べばよかった、と後悔した。負かした相手からすごかったね、と言われてはちょっとひがみっぽいし、ブルボンの方も返しづらかろう。
「はい。私にとっても、トレーナーにとっても満足のいくレースでした。
私の目標の第一歩……皐月賞への試金石としては十分かと。ライスシャワーさんも、入着おめでとうございます」
ブルボンはまっすぐライスシャワーの眼を見て返事をする。その瞳には勝ち誇った色などはみじんもなく、自負や自信すらなく、ただ当然の結果だった、という結論の身が垣間見えた。
「あ、うん……」
……その堂々とした対応に、むしろ自分のほうがうまく会話を続けることができず、そこで沈黙するライス。
「……ライスさんはこのところ勝負服のデザインをしていると聞きました。
皐月賞には出てくる物と考えていましたが、どういった勝負服をお望みなのですか?
私は……それに興味があります」
「え……?」
むしろ、ミホノブルボンから話を振られる。だが、その話の振られ方は少し意外だった。その練習量、そして普段の機械的で無感情なふるまいから、サイボーグだとか、普段はオイルを飲んでいるのではないか、なんて冗談まで囁かれる彼女のこと。話をするならトレーニング方法についてだとかかと思えば、勝負服についてとは。
「私の話を少ししても?」
「は、ひゃい!? はい! どうぞ!」
ライスシャワーは舌を噛みながら驚いた。ミホノブルボンさんが私なんかとおしゃべりをしてくれるなんて。
「私の勝負服は……私自身がデザインしたものなんです」
「え……」
たしかに、ミホノブルボンの勝負服は他のウマ娘のものと比べても少々奇抜だ。レオタード風の衣装にスカート、各部のメカニカルな蛍光装飾。それらはより彼女の印象をロボットのように印象付ける物であったが。
「……私は、子供時代に私の父と共に見てあこがれた、
古いTVアニメの宇宙を駆ける戦闘機をイメージして、あの勝負服をデザインしました。
私の子供時代に原風景を……そして、父と夢見た約束を忘れぬために」
てっきり、ミホノブルボンのあの衣装はデザイナーか何かに任せたのだと思っていたが、まさか彼女自身の発案だったとは。
「……あなたの夢は、なんですか。ライスシャワーさん」
彼女の勝負服はある意味では彼女の『夢』の結晶であった。そして、今ここで彼女から自分自身の『夢』を聞かれるということは……きっと、これからのクラシック戦線をどういう『覚悟』で戦うつもりかと問われるも同じ――。
つまり彼女は絶対に三冠を取るという『覚悟』を『勝負服』に乗せている。では、ライスシャワーは何を『勝負服』に乗せるのか。ぼんやりではあるが、『形』が見えた。
「私は……『幸せの青いバラ』という作品が好きなんです。
その作品に登場する青いバラのように美しく咲き誇ること……己の中に眠る『ウマ娘』としての
才能を『開花』させることが、わたしの『夢』です。そのためには……」
「私は、貴方に勝ちます。ブルボンさん。絶対に。絶対に。絶対に……!」
「……受けて立ちますよ。ライスシャワーさん」
そのまっすぐな『覚悟』をミホノブルボンは正面から受け止めた。
――3週間後。
「これが、ライスの勝負服だよ。お兄さま」
それは童話のお姫様めいてレースなどが要所に使われており、ウェディングドレスにもやや近いデザインながら深く濃い紺色をした勝負服だった。帽子や胸元には青いバラのコサージュが施され、袖口なども華をイメージしたつくりになっている。
「えへへ……ライスにしては……結構、いい感じにできたと思うんだ」
「ほう……こりゃあ見栄えがいいじゃあねえか? 俺もスーツにはこだわりがある。『一流』ってのはモノにこだわるものだ。仕事道具にしても衣服にしても、車にしてもな……それを、自分からデザインするなんてのは……ライス、おめーも『一流』の自覚がついたようだな」
「ほめすぎだよう……お兄さま!」
褒められ慣れしていないライスは、わああ、と顔を真っ赤にしていたが、あとは、この見事な『勝負服』に見合う経歴をライスに獲らせてやるだけである。それは、ミホノブルボンという強敵に『勝つ』事に他ならないが……
……ライスシャワーはミホノブルボンに完膚なきまでに敗戦を重ねた。
――皐月賞8着、日本ダービー2着。
「まだ、届かない……」
皐月賞でも日本ダービーでも、正直言ってライスシャワーは有力なウマ娘とはみられていなかった。力の差を、見せつけられ続けた。
だが、彼女は決して挫けず、次を見据えて、トレーニングに打ち込む。それは、半ば日本刀を鍛造するような作業にも似ていた。打たれて。打たれて。打たれて。
鉄火場に飛び込み。また打たれ。打たれ。打たれ。
(……寧ろ、寧ろこの逆境を利用して『強くなってやる』ッ!)
そしてついに、ライスシャワーは一振りの鋼と化した。
G1グレードレース。クラシック3冠路線最後の勝負。菊花賞。芝3000M。ここまでミホノブルボンは無敗の2冠を達成、史上5人目の無敗の2冠ウマ娘となった。そしてこの菊花賞を取れば……彼女が公言してきた『クラシック3冠』を達成する。
その日の事を……後年のテレビ番組取材でミホノブルボンはこう話した。
「あのレースについては……私の中の手ごたえとしては『怖いほどうまく調子をもってこられた』と感じていました。プレッシャーすらなく。負ける気はしませんでしたね。もちろん――負けるつもりでターフに上がったレースなど、一回たりともありませんが……」
「ですが、あの日ライスシャワーさんと地下バ道ですれ違ったんです。
わたしは初めて、他のウマ娘に目を奪われましたね。体からあふれ出る……気力というのでしょうか。そういったものが『奔流』のように見えて――」
――その日、ミホノブルボンはレース場にはじめて、戦慄した。地下バ道ですれ違ったライスシャワーの『覚悟』……いや『漆黒の殺意』に……
「さて今日の主役はこのウマ娘を置いてほかにいないでしょう。
無敗の三冠なるか、一番人気4枠7番ミホノブルボン。そしてトウエイモルガン入ってくる。
5枠10番、マチカネタンホイザの姿も見えます」
運命のターフに、ウマ娘が続々と集う。どのウマ娘もマークしているのはミホノブルボン。絶体に3冠を阻止し、クラシック最後の冠を奪い取ってやるとばかりに気合十分だが……ミホノブルボンにはライスシャワーの姿しか、目に入らなかった。
(…………ついに、化けましたね)
それが冷静になったミホノブルボンの感想だった。彼女は凡百のウマ娘ではない。ターフ上に、かつてのライスシャワーと同じように気後れを持ち込むようなメンタルの持ち主でもない。だが、今のライスシャワーも、それは同じだった。
(……ライスはこの舞台で、咲くんだ)
奇しくも、ライスシャワーとミホノブルボンの枠番は4枠。隣同士でのスタートとなる。だが、お互い会話はなかった。全バゲートイン。緊張の瞬間。
「
プロシュートのつぶやきと同時に……ゲートが、開くッ!
「「ッ!!!」」
ミホノブルボン、ライスシャワー。お互いスタートは互角だった。ターフの緑を蹴り、飛ぶように前に進んでいく。まずハナに立ったのはトウエイモルガン。ミホノブルボンは生来の逃げ馬であるが、ここは二番手に甘んじる。
ライスシャワーは五番手の位置から、虎視眈々と『ミホノブルボン』を狙う。菊花賞は重賞レースの中でも非常に長い距離を走る、スタミナがモノを言うレースだ。
((トウエイモルガンは快調に飛ばしているように見えるが、アレは必ず最後に失速する))
ミホノブルボンとライスシャワーの思考が同調する。ライスシャワーは度重なる戦いで、ミホノブルボンの走り方の癖、戦術を頭に叩き込んでいた。
(わかる……ブルボンさんの考えていることが……!)
長距離レースはいかに無駄を抑え体力消費を抑えるかも重要だが、逃げウマのブルボンはクセから無理に飛ばすトウエイモルガンに追いすがろうと、自然に前に出ようとする場面もあった。だが冷静なライスシャワーはそれに付き合わず、ペース配分をきっちりと行っていく。
「さあ最後の直線に入ってまいりました!
トウエイモルガンこれは苦しいかやや後退!代わりに来た!来ました!ミホノブルボンあがってくる!」
トウエイモルガンの逃げで非常にハイペースとなったレースは、早々に最終直線までなだれ込む。ここでミホノブルボンがモルガンを躱し、先頭に立った。このまま逃げ切る態勢か。
(……ライスは……勝つ……!)
ここでミホノブルボンを追いすがる影。ライスシャワーだ!ライスシャワーが上がってくる! 3番手マチカネタンホイザ! しかし、しかし、しかし、ライスシャワーはぐんぐんと速度を上げてミホノブルボンに迫り……
並んだッ! 並んだッ!
「うぁあああああああッ!!!!」
「やぁああああぁッッ!!!!」
ライスシャワーと、ミホノブルボンが同時に吼えた。まるでお互いの『夢』をぶつけ合うように、二人のウマ娘がもはや他を引き離しただの『意地』でスピードを上げていく!
(ライスは……悔しい思いをいっぱいしてきた……
弱音も吐いた……だめなところもいっぱいある……だけれどッ!!!)
「ライスだって、『咲ける』ッ――!」
競り合いから抜け出したのはライスシャワー! 頭一つ、半馬身、一馬身。むしろ距離を離していく……!
「ゴォオオオオオール!!! 菊花賞を制したのはライスシャワーだ!
ミホノブルボン、無敗の三冠の夢潰えるッ……勝ったのはライスシャワー!!!」
興奮した様子の実況が聞こえる。ライスシャワーは、胸を抑えながら掲示板を見やり。勝ち時計は3:05.0。菊花賞でのレコードタイムを示すRの文字が掲示板に点灯する。
「ライスの……勝ち……しかも……レコード……」
「…………負けた……」
と、後ろでぽつりとミホノブルボンの声が聞こえた。それは、誰に対して吐かれたものでもなく、珍しい、彼女の感情のこもった独り言であり……ミホノブルボンは、そのままうつむいて。涙を流した。
「ごめんなさい、お父さん……」
「あ……」
普段感情を見せず、過酷な練習にも泣き言一つ吐かずについていくというブルボンが、人前で初めて泣いた。そしてここで、ライスシャワーは会場の異様な雰囲気に気づく。ブーイング……そこまではいかないが、騒然としている。
「おい……ライスシャワーが勝っちまったぞ」
「そんな……ミホノブルボンの無敗の三冠、見たかったのにな……」
「なんか、ね……ちょっと拍子抜けだよね」
「惜しかったな、ブルボン……」
ウマ娘の鋭敏な感覚は、無慈悲にも観客のつぶやきを聞き取ってしまった。ライスシャワーは、居てもたってもいられず、その場から逃げ出した。
「ひっ……ひぐっ……ひいっ……!」
ライスシャワーは泣きじゃくりながら、地下バ道を歩く。なんだこれは。勝って、咲き誇って、みんなに幸せを与えるのではなかったのか。むしろ逆だ。ライスが勝った事で、ブルボンさんをはじめとする皆の幸福を奪ってしまったのか?
では、今までの頑張りは一体……? ライスシャワーの世界は、一度の勝ちで崩壊した。
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